「みゅふふふふ~……おね~ちゃ~ん……」
ノートPCに向かって、真っ赤でだらしない笑顔を向けるゆい姉さん。
「あらあら、ゆいちゃんったら」
そのPCの中で、ほんのり顔を紅くしながら笑うお母さん。
うーん……同じお酒呑みの人でも、こうも差が出るとは。
「だって、おねーちゃんがいるんだよ? これがうれしくないわけがないでしょー」
「ありがとう、ゆいちゃん。でも、飲み過ぎはダメよ?」
「ふぁ~いっ」
そう言いながら、ゆい姉さんはラベルに某女教師キャラが描かれた「みずほ」ってお酒をくぴくぴとラッパ呑み。画面の中のお母さんも、同じお酒をコップに注いでちびちび呑んでいた。
「お父さんさ、あのお酒あけても良かったの?」
「ん? ああ、せっかくゆいちゃんがかなたと会えたんだからな。こういう日にあけないのはもったいないだろ」
顔をほんのり紅く染めてるお父さんは、そう笑うとラベルに「おねてぃ」と書かれたお酒をコップに注いだ。
ありゃりゃ、お父さんもすっかりゴキゲンになっちゃって。
「はい、ゆいお姉ちゃん。おつまみにいかのわた味噌焼きを作ってみたよー」
「おおっ! ゆたかったら気が利くねー!」
台所からすのこに乗せた陶板を持ってきたゆーちゃんを見て、大はしゃぎのゆい姉さん。
「かなたさんから教えてもらったんだ。ごはんのおかずにもいいんだって」
「そうなんだー……うんっ、美味いっ! ゆたかとかなたおねーちゃんの愛の結晶がいっぱいつまってるよー!」
「ゆい姉さん、それって使い方間違ってない?」
「いーじゃないかいーじゃないか! おいしーのはかわらないんだしさっ!」
あーもー、すっかり酔っぱらいじゃん。ほらほら、箸をぶんぶん振り回すのはやめよーね。
「ゆーちゃん、美味しいわよ。お味噌とお酒の分量もちょうどいいぐらいね」
「本当ですか? よかったぁ、お姉ちゃんとかなたさんに喜んでもらえて」
デジカメから取り込んだいか焼きを嬉しそうに食べるお母さんに、ほめられて喜ぶゆーちゃん。
「あー……女の子だらけで、ぼかぁ幸せだなぁ」
こっちはこっちで、違う幸せを感じてるお父さん。なかなかカオスな状態だけど……まあ、笑顔があふれる宴ならよしとしますか。
「ほら、こなたも呑みなよー!」
「や、あのっ、私未成年だからね!」
訂正。若干一名よろしくないかもしれない。
事の始まりは、日が傾きかけた頃のこと。
「はろー」
「あ、ゆい姉さん」
居間でテレビをぼーっと見てると、ゆい姉さんが突然やってきた。
「どうしたの? 今日は平日でお仕事だったんじゃない?」
「うん。でも明日から夏休みもらってるし、ゆたかから会いたいって電話があったから来ちゃった」
「ゆーちゃんが?」
いつもゆい姉さんのほうから来るから、ゆーちゃんが呼ぶっていうのはなんか珍しいな。
「あっ、お姉ちゃん。いらっしゃい」
「おー、約束どおりちゃんと来たよー」
ぱたぱたと駆け寄るゆーちゃんを、ゆい姉さんがひしっと抱きしめる。うむ、なんて美しき姉妹愛。
「で、どしたの? 突然会いたいって」
「あのね、お姉ちゃんに会わせてあげたい人がいるの」
会わせたい人……その言葉に私はピンと来たけれど、
「えっ?! あ、会わせたい人って、ゆたか、恋人ができたのっ?!」
「ちっ、違うよー!」
事情を知らないゆい姉さんに言ったら、そりゃそう勘違いしてもおかしくないか。
「お姉ちゃんも、たぶんよく知ってる人だよ」
「よく知ってる人……誰だろ。きよたかさんとは今朝も電話したから違うだろうけど」
首を傾げながら、ゆーちゃんがすすめた椅子へと座るゆい姉さん。
「ちょっと待っててね、今連れてきてあげるから」
ゆーちゃんはそう言うと、また居間から出て行った。
「会わせたい人ねー。こなたは知ってるの?」
「んー、知ってることは知ってるけど、直接会った方が早いと思うよ」
「そっか」
それに、なによりゆい姉さんの反応も見てみたいし。
「おまたせっ」
お父さんと打ち合わせ済みだったのか、ゆーちゃんはすぐにノートPCを持ってやってきた。
「パソコン? テレビ電話か何か?」
「いいから、ちょっとのぞき込んでみて」
「どれどれ……」
ゆーちゃんに言われて、ゆい姉さんがずいっと画面をのぞき込む。
「お久しぶり、ゆいちゃん」
そこには、満面の笑みをたたえたお母さんがいるわけで……
「……こなたー、このかなたお姉ちゃんって、何かのプログラム?」
さすがに、いきなり見ても信じられないか。
「ち、違うよ。かなたさんだよ」
「信じられないかもしれないけど、正真正銘のお母さんだよ」
「あはは、まっさかー」
ゆい姉さんは笑いながら、ぺしぺしとノートPCを叩いた。
「きゃっ」
「揺れにも驚くなんて、よく出来てるねー」
「だ、だから違うんだってば」
あたふたするゆーちゃんに、あわてるお母さん。うーん、これはそろそろ助け船を出したほうがいいかも。
「お母さん、ゆい姉さんがよく知ってることを言ってみたら?」
「え、えっと……最近は迷子になってない? 昔うちに来たとき、よく勝手に遊びに行って、ゆきちゃんに怒られてたけど」
「やだなー、もう二十歳過ぎてるんだよ? 昔とはちが――」
そこまで言って、ゆい姉さんの表情がビシッと固まった。
「あの……なんで知ってるの?」
ギギギギと音がしそうなくらい、ギクシャクした動きで画面を指さすゆい姉さん。
「だって、ゆきちゃんがよくこぼしてたもの。『ゆいったらまたすぐどっかに行って』って」
その質問に、相変わらずの穏やかな表情で答えるお母さん。
「……かなたお姉ちゃん?」
「なあに? ゆいちゃん」
そして、お母さんの表情がいたずらっぽい笑顔になって……
「ホントに、かなたお姉ちゃんなの?」
「ええ。あなたもよく知ってる、泉かなたよ」
それが、嬉しそうな笑顔に変わっていった。
「び、びっ、び……」
「あ、ゆーちゃん、ちょっとごめんねー」
「えっ?」
ゆい姉さんの様子を見た私は、ゆーちゃんの耳をふさいであげた。さすがに、ゆーちゃんだけはちゃんと守ってあげないと――
「びっくりだーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「おおぅっ?!」
「きゃっ!」
こ……これが瀬戸内名物のハウリングボイスみたいなやつデスカ……?
「こ、こなたお姉ちゃんっ?! かなたさんっ?!」
お母さんもヒヨコを飛ばしながら目を回してるし、家中に響くほどとは、正直なめていたヨ……がっくし。
* * *
その後はもう狂喜乱舞なゆい姉さん。ノートPCにベアハッグするわ、嬉し泣きするわ、きー兄さんに会わせるって強奪しようとするわともう大変。そのままの勢いで夕ごはんを食べたら、いつの間にか酒宴にまでなっちゃってるし。
「それにしても、あのやんちゃだったゆいちゃんが結婚かあ」
「うんっ、結婚しちゃったー」
お母さんの言葉に、相変わらずのペースでお酒をあおっているゆい姉さんの顔がさらに緩む。
「ゆーちゃんやこなたに聞いたけど、きよたか君は単身赴任なんでしょう?」
「うー、それが悩みの種なんだよー……でも、ね」
ほんのちょっとかげったゆい姉さんの顔だけど、またすぐ元の笑顔に戻った。
「きよたかさんは私の隣に必ず帰ってきてくれるし、いつだって連絡してきてくれるから……ちょっとは寂しいけど、心配はしてないよ」
「ゆいちゃんは、きよたか君のことを信じてるのね」
「うんっ。だって、私の大好きな旦那様だもん」
きっぱりと言い切って、誇らしそうに笑うゆい姉さん。
これだけ想ってもらってるなんて、幸せ者だよねー……ちゃんと想ってあげなきゃダメだよ、きー兄さんも。
「かなたお姉ちゃんも、おじさんやこなたのことを信じてたから帰ってきたんでしょ?」
「ええ、私のことをちゃんと想っていてくれるって。最初は、ちょっと会いづらかったけど」
「そうだぞー、こなたばっかりかまってもらっててずるいなって思ったぞー」
「ううっ……ごめんなさい、そう君」
はいはい、酔っぱらいのお邪魔虫はシャラップ。
「……ていっ」
「ぐぉっ」
私はお父さんの首筋に手刀を落として、そのまま黙ってもらうことにした。
「でも、ちゃんと信じていたままの二人だった。それに、ゆーちゃんっていうかわいい子もうちに来てくれて、とっても嬉しかったわ」
「えへへっ、自慢の妹だよー」
「は、はずかしいよー……」
お母さんとゆい姉さんの話題にのぼった当の本人はといえば、りんごジュースをちびちび飲みながら真っ赤な顔。さすがのゆい姉さんも、ゆーちゃんにお酒を呑ませようとはしないか。
「そうね。そう君に会う決心をしたのも、ゆーちゃんのおかげだったもの」
「いえっ、そんな。最後に決めたのはかなたさんですから」
「ううん。あの時真剣に話を聞いてくれて、どうすればいいか考えてくれたじゃない。背中を押してくれて、本当に感謝しているわ」
「はうぅ……」
恥ずかしそうに身をちぢこませるけど、私もお母さんの言葉の通りだと思った。
「ゆーちゃんって、いざっていうときはすごい行動力があるからね。ほら、合格した頃のみなみちゃんの件とか、今作ってるゆい姉さんへのえ――」
「お、お姉ちゃんっ! 言っちゃダメッ!」
「ご、ごめん」
ゆーちゃんにあわてて口を塞がれて、まだまだゆい姉さんの誕生日が先だったことを思い出した。いけないいけない、ついやっちゃうところだったヨ。
「私に、何?」
「ううんっ、何でもないの! 何でもっ!」
「ふうん。ま、いっか」
気を取り直して、またお酒呑みへと戻るゆい姉さん。こういうとき、細かいコトを気にしない性格ってのは得やね。
「でも、私もゆたかのそーゆーポジティブなトコロが好きだよ。さすがに『新しい環境で頑張りたいっ!』って言って陵桜に行ったのにはビックリしたけど」
「きっと、ゆいちゃんの背中を見て育ったのね」
「ぶふぉっ!」
ちょっ、なんでお母さんの何気ない一言で酒を噴くんデスカ。
「かっ、かなたお姉ちゃん、どーしてそーゆー恥ずかしーこと言うのかなー」
「あら。だって、ゆいちゃんだって婦警さんになったり、結婚を決意したりってポジティブじゃない。そのお姉ちゃんの背中を見て育ったから、ポジティブになったんだと思うな」
「そ、そうなのかなー……」
照れたようにうつむくゆい姉さんに、恥ずかしそうにうつむくゆーちゃん。うん、二人ともれっきとした姉妹だよ。
「それと、こなたもそうね」
「えっ、私も?!」
そうは言っても、一番私がありえないと思うんですケド……インドア派だし、マイペースだし。
「だってそうじゃない。お料理を教えてあげたり、いっしょにお買い物をしたり。きっと、ゆいちゃんがそうしているのを見て、自分もゆーちゃんにそうしようって無意識に思ってるのよ」
「うーん……そうなのかなぁ」
「ええ、きっとそう」
そう確信を込められて言われると、私まで恥ずかしくなってくるヨ……
「そっかあ。じゃあ、私はかなたお姉ちゃんの背中を見てたのカナ?」
「ふぇっ?!」
ぽつりと呟いたゆい姉さんの言葉に、お母さんまで顔が真っ赤になっちゃった。
「だって、おじさんとかなたお姉ちゃんの新婚家庭に遊びに行ったときは、いつもかなたお姉ちゃんのことばっかり見てたし」
「みんな"お姉ちゃん"の背中を見てたってことなんだねー」
「そう言われると、そういう気も……とゆーことは、お母さんがその元祖ってわけか」
私はそう言うと、ゆーちゃんとゆい姉さんといっしょにPCの中のお母さんのことをじーっと見た。
「ううっ、恥ずかしい……」
ふっふっふっ、これがさっきまで私たちが喰らった攻撃なんだよ。お母さんも少しは喰らいたまへー。
「あっ、もしもきよたかさんとの間に子供が出来たら、ゆたかにもお姉ちゃんになってもらおっと」
「こ、子供って……」
「まだまだ先だけどねー。きよたかさんが帰ってきたら、いっぱい、いーっぱい愛してもらうんだから!」
そ、それって未成年の私らの前で堂々と言っちゃっていいんですかネ。
「ゆい姉さん、それってかなりキワドイ発言では……」
「ゆ、ゆいちゃん、ちょっと飲み過ぎたんじゃない?」
「はうぅぅ……」
ゆい姉さんの爆弾発言に、私たちの顔はゆでダコのようにすっかり真っ赤になっていた。
「ううっ、きよたかさんかむばーっく! ぷりーずあわちゃいるどっ!」
そんなこんなで、私たち「お姉ちゃんズ」(候補生一人含む)の宴は真夜中まで続けられた。