例によって勢いクオリティです。
今回は少しグロい表現があるので苦手な方はご注意下さい。
酷い頭痛だ。
まず始めに思ったことはそれだった。気を失った時に何処かにぶつけたのか、それとも野ざらしな所で寝ていたからかはわからないが。
起きようとすると、ズキリと背中や腕が痛んだので、どうやら倒れた時にぶつけたらしいことがわかる。どれくらい気を失っていたのかはまるで検討がつかなかった。
何となく、遠くから聞こえてくる午砲の音から正午あたりと予想したところで違和感を感じた。空が暗いのだ。
「午砲って夜に撃つっけ……」
ぼうっとする意識の中でそんなことを思った。しかし、またしても違和感を感じた。午砲は普通、各所で数発撃つ程度なのに、今のは複数聞こえる。それも、色んなところから。反響しているのもあるかもしれないが、それにしても数が多い。まるで、戦いでも起こっているかのような……
そこでやっと思い出した。さっきの女を。
今は夜だ。だが、ただの夜じゃない。
昔から物覚えが良かったこともあって、飲み込みはわりと早い方だった。と、言ってもこんな非常時にそれでは逆に不安になるが。
すると突如、男女の悲鳴が聞こえてきた。何者かに襲われているのか、走っているような足音もする。とっさに石階段の下に身を隠す。しばらくすると、裏路地から男が飛び出してきた。ひどく慌てた様子で、顔面は恐怖に染まり、蒼白くなっていた。後ろをしきりに振り返りながら走るのを見ると、何かに追われているようだ。肝心の追い掛ける相手は見えないが。
しかし、その時。
「え」
思わず声が出た。自分でも驚くほどあっさりとした声だったが。
光線が男の胴体を貫いたのだ。傷口から血が噴き出すと、男はまるで壊れた絡繰人形のように前のめりになって倒れ込むと、吐血してしばらく痙攣した後、動かなくなった。
目の前で起きてることが理解出来なかった。信じたくなかった。間違いなく、今の男は死んだのだ。訳が分からなかった。今すぐにでもありったけの声で叫んで逃げ出したかったが、本能がそれを許さなかった。両手で口を抑え、必死に声を封じる。もし、今声を上げれば死ぬ。そう直感していた。
男と同じく、路地裏から逃げてきた女も、さっきと同じ光線に斃れた。しかし、今度は全く同じというわけではなかった。女は頭部を破壊され、脳漿を辺りに撒き散らしながら見るも無惨な姿になっていた。
その惨状が真実か否かはまだ12歳の少女にはどうでも良いことだった。ただ、一つわかるのは目の前の惨状が見るに耐えないものであるということだけだった。
叫び声の他に嘔吐までこみ上げてきたその時、先程の男女を殺害したと思われる何かが現れた。
ソレはゆっくりと、音もなく忍び寄り、すぅっと現れた。
ソレは黒い靄だった。ソレは赤い目を持つ何かだった。ソレは躊躇無く人を殺す殺戮物体だった。
眼前のソレは、まるでそれが『存在』することだけを誇示するかのように、暗闇で不気味な淡い光を放っていた。
このままでは殺される。そう確信し、静かに後退りした。ゆっくりとアレの視界から消えなければならない。しかしこの時、彼女に人生最大の不幸が襲いかかった。
カラリ、と乾いた音が響いた。どうやら足で石階段に小石を落としてしまったらしい。しまったと思う隙もなかった。アレは明らかにこちらを向いた。気付かれたのだ。
しまったと思った。もっと用心すればと後悔したが、今更遅い。アレは赤い目をギョロリと光らせ、ゆっくりと石階段の方に近づいてきた。焦らすように迫るアレの気配を感じ、身体中に鳥肌が立つ。生気が抜け、汗や血まで凝固していくのではと思うほど、体温が低くなるのを感じた。両手で口を抑え、必死に声を殺し、自分から出る音を遮断しようとする。そんな中でも心臓だけは、激しく鼓動を刻み、その音は耳に届くばかりでなく、脳の真ん中まで響くかのような重低音で、アレに聞こえてしまうのではないかと思えるほどだった。出きることならこの音さえも消してしまいたいが、それでは自分が隠れている意味が無くなってしまうため、それだけは許すことにした。
しかし、それらの恐怖や努力を嘲笑うかのように、アレは一直線にこちらに向かってきた。
死ぬ。
このままだとそうなると確信する。
しかし、自分には何も出来ない。この場で息を潜めるしか、自分に出来ることはないのである。
涙が溢れてくる。恐怖からか引き攣ってしまい、瞬きが出来ないからなのかとか、理由はどうでも良かった。何なら涙さえもどうでも良かった。アレに殺されなければ良い。そう思った。
気配はより近づく。もうすぐそこだ。燃える家々の火に照らされて桟橋に影が落ちる。すぐ上だ。石階段の所まで来ている。
まさしく、それはたしかな実体を持ち、全身の血の気が抜けそうなほどの重圧を感じさせながら、その存在を誇示していた。
赤い光りがコチラを覗こうとする。
あぁ、だめだ。これは死ぬ。
確約された未来が迫る感覚を抱き、それを受け入れざるを得ないと想像したその時。
耳をつんざく爆音が響いた。悲鳴が出ると身構えたが、既に恐怖で声は全く出ず、一先ずはそれに安堵する。
すると、アレは爆音のした方を振り向くと、そのままのそりと動き出した。どうやら見逃してくれたらしい。
取り敢えず一安心といった所か。気配がしなくなってから大きく息を吐く。てっきり過呼吸にでもなるかと思ったが、そんなこともなく、むしろ呼吸は落ち着いていた。
5分ほど経って、ようやく動けるようになると、石階段の上を覗いた。先程の爆音の正体が気になったからだ。幸い、アレは1体だけだったようで、周辺の安全を認識すると共に爆音のした方を見てみた。が、見なければ良かったと、後悔をすることになる。
その爆音の原因はわからなかったが、ともかくしてそこに見えたのは、本来家があったと思われる場所が一部開けて、他にも数軒の家が燃え盛り、その住民か、避難民だかが燃えながら助けを求めて彷徨う有り様だった。
燃える人々は「あつい、助けて」などの叫び声を上げながらのた打ち回るか、さっきのアレに殺されるかしていた。よほどの地獄だ。戦争でも起きているかのようで、現実感が無かった。ここのところ、現実感がひどく喪失している出来事ばかり起こっていたが、これはその中でもずば抜けていた。
あまりの衝撃に一瞬、言葉を忘れて立ち尽くすも、ここでようやく家族のことを思い出す。この酷い状況で、家族は無事なのか。そう思うと、途端に家族のことが気がかりになり、居ても立ってもいられなくなった。
下駄が脱げて裸足になっているのも顧みず、雪子は走り出した。
しかし、道がわからない。無我夢中で走ってここまでやってきたので、帰り方がわからない。そもそもこの街に来てまだ2日目で、近所の道すらよくわかっていなかった。かと言ってじっとしていることも出来ず、とにかく走った。足が砂で汚れるのも、小石を踏んで血が出るのも気にせずに走る。裏の小道とはいえ、状況はそれこそ惨憺たるもので、乱雑に捨て置かれた荷物や、帽子に着物、さらには怪我をしたのか動けない人まで。
そこには徹底したほどの非日常が広がっていて、あの活気に溢れた生きている街はどこにも無いようだった。
また、近くで爆発が起こる。あまりの衝撃によろけるも、転ばずに走り続ける。至るところで燃え盛る家々と右往左往しながら逃げ惑う人々の様は、一見すれば滑稽なものであった。
しかし、そこに自分がいるとなれば、全く笑えず、当事者として正しく生死を争う問題だった。逃げる人々を押し退け、また突き飛ばされそうになりながらも店の方へと走る。正直いえば、道などわからなかったが、それでもとにかく走った。大通りは人が多すぎたため、裏路地から行こうと小道に入った途端のことだった。
何かにぶつかったのだ。一瞬アレにぶつかったと思い、冷や汗が出るも、それは杞憂だった。
「雪子かい?!よかった、無事だったんだね!」
「伯母さん!」
ぶつかった相手は伯母だった。見知った人と再会したことと、アレではなかったことに安堵すると伯母に強く抱きついた。伯母は強く、しかし優しく雪子を抱擁すると、雪子の顔を見て言った。
「大きな怪我もなさそうでなによりだよ。ともかく、急いで家に戻ろう。皆逃げる準備をしているからあとは私らが戻れば……」
そこで伯母の言葉は途切れた。理由は直ぐに理解した。
「お、伯母……さん……?」
血だ。まるで絵の具のように真っ赤な血だ。伯母の美しい青色の着物と、母が旅のために買ってくれた雪子の桃色の着物に真っ赤な血が飛び散っていた。
伯母も、私も何が起きたのかわからず放心していた。伯母は自身の胸に空いた穴を見ると、吐血しながら雪子に言った。
「……逃げ……て……逃げ……」
そして今度もまた、言葉が途切れた。またしても血が飛び散る。一度目とは比べ物にならないほどの血だった。
伯母は血溜まりの中に瞳孔を開いたまま倒れていた。それが一体どういうことか、わからない私ではなかった。
「え……は……伯母さん……?」
伯母はピクリとも反応しなかった。死んだのだ。あまりに唐突で、容赦も無かった。
そして、気配に気づき、その方を見ると、
「アレ……だ……」
アレがいた。伯母がアレに殺されたのだ。意味がわからなかった。わかりたくなかった。しかし、それが現実。
アレは雪子の方を見ると眉間の間を光らせ始めていた。
「うぅ、うぁうぅ……」
声が出ない。あまりの恐怖に呂律が回らない。しかし、動かなければ。
殺される。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ありったけの声で叫びながら走り出す。直後、雪子のいた所にあの光線が当たり、地面を焦がした。死に物狂いで走るその顔は、涙でしとどになっていた。
アレが追いかけてきていたが、そんなことは気にも止めず、とにかく走った。運良くその道は昨日、店に行くときに通った道だったため、記憶を手繰りながらなんとか店まで走っていくことにした。途中、道がわからなくなった時は直感で道を選び、走った。もし、迷って立ち止まっていたら、アレに殺されるからだ。事実、アレはしつこく雪子を追いかけ、少しでも見えたら光線を撃ち込んできていた。必死で逃げていると、曲がり角で何かに躓いて転んだ。何なのかと打ち付けた頭を擦りながら見てみると、
「あ……」
それは我妻の死体だった。恰幅の良いその体はうつ伏せで倒れ、その下には大きな血溜まりが出来ていた。だらしなく垂れている舌と、恐怖に引き攣ったかのような目には既に生気は無かった。あんな男ではあったが、死んでいるのを見るのは流石に気分の良いものではなかった。
しかし、いつまでもそこでへたれこんでいる訳にもいかなかった。アレがまた迫ってきたのだ。震える足に鞭を打って走り出す。既に精神は限界だった。
やっと店が見えてきた。もうすぐだ。もうすぐで家族の所に……
「お母さん!伯母さんが……伯母さんが……………!!」
いの一番に伯母のことを伝えようとしたが、それが無意味なことだと察した。
街の火災ぐらしか光源がないので、店内は暗く、よくは見えなかったが、むしろそれで良かったとも思った。
店内は血塗れだった。当然、それは母や兄、姉、弟、そしてまだ幼い妹のものだった。
狭い店内の大半を占拠していた大きな棚は殆どが崩れ、また破壊されていた。手前には頭部に孔が開き、倒れる兄が。棚の下敷きなって血溜まりの中に倒れているのは姉。そして店の奥には弟と妹を連れて逃げようとした母が、夥しい量の血溜まりの中に倒れていた。まだ小さな妹の手は力なく放り投げられ、弟の手には伯母に貰ったブリキの軍艦の玩具が握られていた。
人生史上、最高に現実感のない光景だった。はたしてそれが現実なのかどうかは最早どうでも良く、それが何であるのか、それは果たしてどういうことなのか。その方が知りたかった。しかし、目の前のそれが現実なのに変わりはなく、圧倒的な現実がそこにあるだけだった。
しかし、
「いやだ……お母さん……お兄ちゃん……紀之……和子……」
血塗れの着物の裾を握りしめながら現実を受け入れることを拒否した。しかし、現実の拒否は現状の追認さえも否定することになり、まるで事態は進まないことになる。しかし、それでも時間が巻き戻ればいい。何もなかったことになれば良い。そう思いたくなるほどに目の前の現実は信じ難いものだった。足元に血のねっとりとした感触が伝い始めた頃
「っ!?……」
右耳に激痛が走った。途端、首筋に血が滴る気色の悪い感覚を覚えた。
反射的に後ろを振り返ると、そこにアレがいた。
「いや……」
どうやらアレの光線で、耳を撃たれたらしい。アレはまたしても眉間を光らせ始める。
「いや……」
またあの光線が来る。今度は外さないだろう。石階段の所で見た女や、兄のように私の脳天に風穴を開けるのだろう。
「いや……!」
ここまでなのか。私も、伯母のように呆気なく殺されてしまうのか。
「いや………!」
家族を殺したアレに。
「いや………!!」
何も出来ず、ただ虫けらのように殺されるのか。
否、そうではない。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の叫びに共鳴するかのように大地が震える。瓦礫が、小石が浮き上がり、それらは高速でアレに突き刺さって行く。実体の無いはずのアレに深々と突き刺さると、止めと言わんばかりに大きな鉄柱が、アレの眉間に突き刺さる。
アレは悲痛な断末魔を上げると、目映いばかりの光となって霧散した。
私は脱力し、その場にへたれ込むと訳もわからず泣き出した。
その後の人生で流す予定だった全ての涙を一瞬で流そうとするかのように、猛烈な勢いで泣いた。
常闇の帝都に、全てを喪った少女の哀哭が響いた。
と、言う感じで3話でした。
こんな感じで相変わらず独特な表現と語彙でやっていきます。
予定よりもかなり長くなりそうです。