TS人外メイドがメイドさんパワー(物理)を知らしめたいだけのお話 作:流浪人生
パチパチと音を立て、焚き火の中の薪が爆ぜる。何となくこういうのって好きなんだよな。思わずほうと声か吐息かわからんものが漏れた。
時刻は夕方。西の方に沈み往く太陽を尻目にテキパキと野営の準備を進める冒険者3人組をオレは眺めていた。
もちろん下山は滞りなく終えられた。
途中、群れた犬っころとかポケットの中のモンスターに出て来るウ●ボットみたいな植物とかが襲ってきたが、あんなの物の数ではない。束になって掛かって来られても吹くように蹴散らすことができるくらいには強いつもりだ。
そうして森を抜け、魔物の少ない平原に出てしまえば、オレも彼らも互いに用などないはず。だから今頃は彼らと別れて1人旅を再開しているはずだった。
そのはずなのにこうして彼らの作業を見守っている経緯は、リーダーの青年がオレを引き留めてきたことから始まる。
彼らが言うには翌朝に迎えの馬車が来るらしく、今夜はここでキャンプをするらしい。この山から最近接の都市まで人の足で行くには結構日数が必要だからだそうだ。
送迎の料金について聞いてみると御者が顔見知りゆえの割安なのだとか。コネってすげー。今のオレは完全なぼっちやぞ。
そして、昼に助けたお礼として保存食ではあるものの夕食を奢りたいとのことだ。人の厚意を無碍にするのもあまり良くないし、オレが持っている保存食も量は少ないから、これ幸いと同伴させてもらうことにした。
それにしてもどういう心境の変化だろうか? リーダーの彼なんか、1度はオレを警戒して護衛をマッハで断るくらい離れたがっていたのに。
きっちり守ったから信用された、と見て良いのだろうか。
「フォグ、テント張ったよ!」
「おうスノウ、サンキュ。」
そうそう、おなご2人を侍らせるプレイボーイなリーダーの男は「フォグ」というらしい。どこか間抜けそうにも見えるが、全体的に整っている顔だと思う。それに冒険者を名乗るだけあって全身の筋肉がしっかり鍛え上げられているのがわかる。こうしてみると、こういう「男らしい男」に生まれたかった気もしてくる。いや、この体は気に入っているけど。
そしておっきい方の女の子は「スノウ」さんというようだ。銀色の髪の毛を三つ編みにして一本にまとめたおさげは真面目な一方どこか幼い印象を与える。
ちなみにおっきい、というのは無論背丈のことです。
……決してさっきからたゆんたゆんしている何かのことではない。ないったらない!
「リーダー、結界も張っておいた。完璧。これで今夜は安心して熟睡!」
「レインもご苦労。僧侶のお前がいて本当に助かるよ」
最後に、女性の手首が好きな殺人鬼っぽいことを言ったちっさい方の女の子は「レイン」ちゃん。130cmあるかも怪しい背丈はまごうことなき幼女だ。腰まで伸びる薄紫のロングヘア―と常に眠たげな目付きはどこか神秘的である。
そして自身の名前を一人称にしているのと、羽織っているローブがぶかぶかなのがとってもキュート。
まったく、小学生は最高だぜ!! ……大丈夫。オレはイエス・ロリータ・ノー・タッチを掲げる由緒正しき紳士。断じてロリコンじゃない。わたしはフェミニストです。
いや、それにしてもよ?
「あの! 本当に、わたしにも何かお手伝いさせていただけませんか!?」
「座っていろ。今の青髪は賓客。リーダーの厚意に感謝して丁重にもてなされるべき」
「同じようなセリフ3分くらい前にも聞きましたよ! どうして『良いから座ってろ』という旨をみんなやんわりとおっしゃるのですか!!」
「「お前が客だからだ」」
「そんなご無体な!」
「ねぇ、もう良いんじゃない? 本人が志願してくれてるんだしさ……?」
「「ダメ」」
やだフォグさんとレインちゃんったら、めっちゃ頑固! さっきから何回かこうして手伝いたいと持ち掛けているのだが、すべて見事に却下されているのである。もどかしいよ。オレの意を汲もうとしてくれるのはスノウさんだけだ。ぐすん。
こちとら20年かけて使用人根性を養ってきたのだ。目の前でなされる作業を指咥えて見ているだけなど、いっそ苦痛まである。この感覚を喩えるなら────そう、「イキたいのにイケない時のような」────……おっと、これ以上はやめておこう。
え、何々? オレより弱いご主人様候補でもないヤツの世話を焼くのはおかしい、だと?
ちょっとだけならセーフだオラァ! このまま家事を手伝えないシチュエーションが旅の合間にちょくちょく入ってきたら絶対いつか発狂してしまう! だから規制緩和だ!!
あ? 「ちょっと」がどのくらいかだと? 「ちょっと」は「ちょっと」だよ!!
この、バカっ………………バーカ(語彙力低下)!
……落ち着けオレ。
まぁ、とにかく眺めるのが苦痛なのにそれでも大人しく待っているのは彼らの顔を立ててのこと。お礼をしたいというのにその機会を奪ってしまうのはこちらとしても本意ではない。
言い換えるとこれが「彼らからのお礼」であるという大義名分がなくなれば、すぐにでも割り込む所存である。お仕事したい。ふんすふんす。
「あっ、水筒がない! 逃げてるうちにどっかで落としちゃったのかも……。
ごめん、みんな。あったかいスープは用意できないや……」
おっと?
「せっかくレインが聖秘術で作った『スープの素』の活躍の場を奪うつもり?
ゆ゛る゛さ゛ん゛」
……これは、お仕事のチャンスじゃあないっすか?
っていうか、僧侶の聖秘術って『スープの素』なんか作れるの? やけに現代日本じみた言葉なんですけど……オレの使える魔法でなんとか再現できないかな? あんまり良い方法は思い浮かばないが。
「まぁまぁレイン。あまりスノウを責めないでやってくれ。生き残れただけで十分だろう?」
「リーダー…………だが、しかし」
ここでさっと右手を上げる者が現れた。オレだ。
凛とした「できる女」の顔をキメている今のオレなら、頼りにしてくれても良いんじゃねぇの?
「────……水が必要なら、わたしにお任せいただけませんか?」
わぁお、だいぶ困った顔をされたよ。
お礼をする相手であるオレの手を借りたくないのはもちろんのこと、ここまで善意の志願を断り続けたことで引っ込みつかなくなったバツの悪さもあるねコレ。
「あの、どうかそこまでわたしをお気になさらないでください……」
「いや、しかしだな」
お、あと一押しでイケそう。
「わたしが『あったかいスープ』を飲みたいんですよ。
わたしがそうしたいだけなんですよ? ねっ?」
「よし青髪。すぐにこっちへ来い」
「ちょっとレインさーん!? 『借りはここできっちり清算するべき』とか『これ以上借りを作るな』とか『ここで媚び売っとけば後々得するかも』とか最初に言ったのあなたですよね!?」
「それを本人の前で高々と叫ぶな、この“おたんこなす”! このバカリーダー! フォグ!」
「俺の名前は悪口じゃねーッ!!」
……何というか、ここまで明け透けだとかえって清々しいな。
別に彼らの行動が打算によるものだろうと何だろうとオレは特に気にしないつもりだ。そのくらい普通のことだから目くじらを立てる気にならないのである。
なんなら、これ以上オレに借りを作りたくなかったはずなのに「スープを飲みたいから」なんて理由でその打算を投げ捨てられるレインちゃんのある種の素直さを見れたので良かったまである。
クールぶった態度の裏にちゃんと子供らしいところがあるんすね~ニヤニヤ。
いずれにせよ今の彼らの態度の理由が打算によるものとわかったワケだが、さっきまでの彼らがオレを見る目はそんなことを考える余裕さえないほどの畏れに満ちていたと思う。
これはかなりの前進ではなかろうか。
「えっと、メイドちゃん。お水持ってるんだよね。レインちゃんは今あんなだし……こっちに来てくれる?」
そう言うスノウさんの視線の先には醜く罵倒し合う男と幼女の姿があった。当のスノウさんはというと非常に呆れた目をしている。彼女もあの2人同様に「オレに媚びを売る云々」に一枚噛んでいたのだろうし、その心中を察するのは容易だ。ご愁傷さまです。
「かしこまりました、スノウ様。それと、よくこれがメイド服とわかりましたね」
「その言葉遣いもそうだし、頭のそのヘッドセットとか、その服、よく見たらエプロンドレスだってわかるし……そんなところかな?
あと、様なんて付けないで、お願いっ。慣れてなさ過ぎて全身かゆくなっちゃうよ」
「はい。では、スノウさん、と」
「ふふっ。ありがとね」
そういうとおもむろにスノウさんがオレの頭の上に手を伸ばしてきた。
そのままよしよしと優しく撫でられる。
あれ? ナチュラルに受け入れてしまったけど、どうしてわたくしは撫で撫でされてるのでせうか?
「あの、スノウさん?」
「いやぁ、むふふ……。可愛くって、つい、なんかね」
おぅ、そうか。確かにオレはこの空の下で一番可愛いからな。
……………………いやいや、待て待て待て待て。
オレ、20余年ずっとジジイと2人ぼっちで生きてきたわけだから、今世で女の子と会話するのは今日が初めてではないか! しかもこんな、撫でてもらったりとか、前世でもお母さんにしかしてもらったことねぇぞ! スノウさん胸部に備えた母性の象徴がすごいし、やべぇ興奮してきた気がする。オレからナニがなくなってかなり久しいけども。
ねぇジジイ、オレどうすれば良い!? あんた、なんかこういう時に役立つこと言ってなかったか!?
────良いか? お前が完成させた奥義《メイドさんペルソナ・フィルター》は、そう易々と解いて良いものではないのだ。
(────……うっかり素の口調で話したせいでボロ雑巾にされたある日のこと。)
いや、ソレはあんたの性癖の話だろ! ナニがないオレがこの昂ぶりを品良く収める方法を聞いてるの!!
────良いか? お前が完成させた奥義《メイドさんペルソナ・フィルター》は、そう易々と解いて良いものではな(ry
わかったよ! 普通に我慢すれば良いんだな! そうなんですね!?
────そだよん。
こんなセリフまでオレ記憶してんのかよ。イマジナリー・ジジイと完全に会話できちゃうじゃん。こんな記憶のヴィジョン風情をあいつとは認めないけど。
「あの2人ね、ああしてギャーギャー喚いてるけどちゃんとメイドちゃんにお礼がしたいって言ってたんだよ?
もちろん私も。だって、メイドちゃんに助けてもらったから」
「んんっ? そうなのですか?」
なんか無理に2人の痴態をフォローしようとしてるようにも聞こえるけど、スノウさんの優しい語り口と手つきからは本物の真心っぽいサムシングを感じるし、信じて良い気がする。
「────……髪の毛やわらかいね」
「『旦那様』お手製ですから、当然です」
「っ………………」
あれ、なんだこの沈黙。オレまた何かやっちゃいましたぁ?
というのは冗談で、スノウさんが黙った理由は何となくわかる。
この人はオレが誰かに仕える侍女だということを理解してしまっている。
────だから今オレが単独行動しているのが不可解なんだよな?
その結果、オレが「旦那様」と呼称する人物を仄めかしたのに対して、その人物について尋ねて良いのか否かを決めあぐねているはず……という推測は、そう的外れじゃないと思うのよね。
その質問そのものがオレにとってのタブーだったら、今度は自分がひき肉にされる番だ、とか思っているのだろう。別にそんなことしないけど。
まぁ私的に気分の良い話ではないから、聞かれもしないのに教えてやりはしない。
ここはスルーでいこう。
「……スノウさん。水をどうすれば良いのですか?」
「────……あぁ、そうだった、そうだった! この鍋に水を注いでほしいの」
「あっ」
お手々が……………………パイオツカイデーな姉ちゃんのスベスベなお手々が離れていく。さみしい。
「それでメイドちゃん? 見たところ無手だけど、どこかに水を隠し持ってるの?」
「いえ、これから出すのですよ」
一応、紳士としてこれだけは言っておくがね、聖水(意味深)を出すわけじゃないからね。良いね? そういうのは然るべきお店に行って頼んでほしい。いや、オレはそういうお店に行ったことなんてないんだけどさ。
「もしかしてメイドちゃん、聖秘術使えるの!?」
「いいえ。それは神に身を捧げし僧侶、ないしは神官にのみ許された特権でございますゆえ。
しかしながら……魔法なら」
「────……えっ」
自分でも勿体ぶった言い方した気がする。
でもなんか雰囲気出てきたし気分もノってきたし、いらないけど詠唱しちゃおう。オレの言語センスの見せどころだ。
「現世の渇きを潤す始原よ、今一度耳を傾け、我が声に応えよ。
────……《正位置たる盃の一》」
瞬く間に、半透明な球体がどこからともなく発生して、ぷかぷかと浮遊しだした。
ぶっちゃけ水の塊を生成するだけである。あと純粋すぎる水はかえって体に良くないらしいってどっかで聞いたから、こっそり土魔法も発動してミネラル分とかを混ぜておいた。水量は大体1.5~1.6Lくらい。一人あたり400mLを目安にしたけど、大丈夫だろうか。
「────……ま、ほう。そんな、えっ……?」
あっれれ~? なんか、おっかしいぞ~??
スノウさんがなんか茫然自失って感じになってしまった。
反応が思ってたんと違う。コレ完全にやっちまったな。
ははーん? 魔法が快く思われていないのは知っていたけど……さてはこの国、威力とか規模とかに関係なく魔法が嫌いなんだな?
このくらいのただ便利なだけレベルのモノならセーフって思ってたんだけどな。
まるでアレルギーだ。
ふとジジイの言葉が蘇る。
────お前、色々と抜けてるから気を付けろよ。親として心配になるわ。
ホントそれな。これは駄メイドですわ。