翌週。紘平は最初の改造手術を受けようとしていた。一番最初に手術するのは右足である。機械化するには一度右足を股関節から下は全て切断し、止血を行った後に人工的に制作された足を取り付けるという手術だ。
神経や骨との接続は機械化した足が自動的に行うため、医師たちが行うのは表面からしっかりと足を取り付ける事である。
止血までの間、大量出血で死に至らないか。そして足を切断したことによるショックに体が耐えきれるか。さらには全身麻酔の状態を一日近く耐えることが出来るのか。この三つが足の手術は要点だと医師は紘平に話した。
なお、肺の手術に関しては胸を切り裂いたときのショックと一時的に肺を取り除かれても生きていられる生命力が必要になると言う。当然、生命維持装置を取り付けこそするが、それでも死の危険が高いのに変わりはないのだ。
「緊張してるかな?」
「当たり前。麻酔をかけられて寝たら二度と起きられないかもと考えればな。しかもあと三回はこうして手術台に寝転がらなければいけないんだから……」
「我々も最善を尽くす。君の家族、そして大切な人から彼処まで頼まれたんだ。失敗はしないよ。後は君の覚悟次第だ」
手術台の上に寝転がって目を閉じ、逡巡する紘平。彼の瞼の裏にはこれまで体験してきた思い出が映っている。しかしその時間はほんの僅か。すぐに目を開けると、決然とした表情で医師に告げた。
「遺書は書いた。最悪の場合を考えてビデオレターも遺してある。俺の覚悟は……とっくのとうに固まっている」
「そうか……よし、それなら始めようか」
点滴を打ち込まれていない右手を軽く握って互いに頷き合う紘平と医師。周りに待機している他の医師も、決然とした表情だ。
「これより、結城紘平くんのオペを開始する。なお、この手術は必ず成功させると心に決めておくと。其処の君、麻酔を取ってくれ」
「絶対に、生きて帰る。待ってろ……愛生」
「それじゃあ、これを持って……深呼吸してくれ。臭いかもしれないけど、これが麻酔だからね」
そこまで良い臭いはしない麻酔を嗅ぐ紘平。その間に医師たちはすぐに手術に取りかかるために、手術に必要な道具一式やこれから彼の右足となる機械の足を取り出した。
「あ、き。まって……ろ……」
「寝た、みたいですね」
「よし、すぐに酸素マスクを取り付けるんだ。心拍数や脈拍も注視しておくんだぞ。この手術、何としてでも成功させるからな!」
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一方その頃
「愛生? どうしたの、そんなにボーッとして」
「ふあ!? あ、いや……何でもないよ。ヘックシュ!」
「本当に? 最近ボケッとしていることが多くない? それに風邪でも引いたの?」
「大丈夫だって。話はちゃんと聞いてるし風邪も引いてないから」
学校生活が今一身に入らない愛生を、友人が心配して声をかけるも彼女はすぐに笑顔で“何でもない”とだけ答える。
実際のところはと言うと、愛生の心は超大型台風の巻き起こす暴風に揺れる木々並みに乱れまくっていた。その理由は実に簡単である。
(先輩も私のことを……?!)
愛生は紘平に抱き締められてから、実は両思いなのかしら? という思考から抜け出せなくなっていたのだ。
紘平が愛生に抱いている気持ちは“恋愛感情”に比較的近い親愛なため、両思いかと言われると正確には違うと答えるのが正しい。しかし一概に間違っているとも言えない微妙な関係なのである。友達以上恋人未満といったところだろう。
「ふーん、まあ良いけどね。それにしても最近、乙女の顔をしているよね」
「え、どういうこと? というか乙女の顔って何?」
「結城先輩とは進展しているのかなって」
「ふえ!?」
「結城先輩、カッコいいよねえ。何考えているか分かりにくいけど、それがまた良い味しているというか。今時珍しい片目隠れな髪型も普段無言な結城先輩とベストマッチしているから凄いよね。イケメンは何やってもイケメンだよ」
愛生が男子に人気なように、紘平もまた学校中の女子から大人気なのである。交通事故に遭って大怪我を負ったと伝えられたときは、彼を轢いた軽トラックの運転手を特定して報復しに行く話が本気で上がったぐらいだ。それと同時に、他人のために命を投げ出す紘平の姿勢がより多くの女子の心を射止めたのは想像に難くない。
彼の容態に関しても学校中に知れ渡っており、手術に必要になるであろうお金の募金活動が行われていた。一部の女子は隻眼になったと聞いてさらに胸をときめかせたとか。
ちなみにその際助けられた愛生は、多くの女子から羨ましがられることになった。心中で深く悩んでいた愛生はより渋い顔をすることになってしまったが、そのことを知る人物は誰一人として居ない。
「私も結城先輩争奪戦に参加してるけど、中々落ちないよね。難攻不落ほどやりがいはあるけど」
「え、真衣も?!」
同じトランポリン部であり一番の友人である“南真衣”が愛生をからかうかのような口調で挑発する。真衣は愛生以上にスラリとした体型をしており、童顔な愛生とは違って大人っぽい顔つきをしている。男子の中では愛生と真衣の二人で好みが分かれており、大人っぽくモデルのような体型の真衣か童顔で黄金比を地で行く体型の愛生かで日び論争が繰り広げられている。
彼女たちは親友であり、それと同時にライバルである。良き理解者には変わりないが、同時に超えなければいけない壁のような物だとも認識しているのだ。
「部活でも優しいからね。惚れるのも仕方ないでしょ? むしろ惚れない人っているのかな」
「その点ではトランポリン部は有利だけどね。でも真衣まで参戦したら泥沼化しそうで怖いよ……」
「泥沼化する前に先輩のハートは貰うから大丈夫よ」
「その余裕はどこから出てくるの!?」
恋する乙女は止まることを知らない。妖艶な笑みを浮かべて紘平のハートを奪い取ると大勢の前で宣言する真衣と、紘平との距離が実は一番近い愛生。彼女たちの言い争いは、チャイムが鳴って先生が教室に入ってくるまで終わることはなかった。なお、入ってきた独身の先生は紘平が全学年の女子に好かれていることに血の涙を流したとか。
昼休みになっても彼女たちの言い争いは止まることはない。ちなみに学校二大美少女の二人の言い争いは、学校中の男子からすればある種の“名物”として人気が高い。一方で二大美少女は同じ人が好きで、自分たちには見向きもしないという事実に、口にこそ出さないが激しい嫉妬の炎を燃やしているとも付け足しておく。
「でも先輩との距離が一番近いのは愛生だよね。そこの所は羨ましいよ」
「距離が近いのは意識してないけど……」
「まあ、大抵の子は恥ずかしがるか怖がって近づけないからね。愛生の天然な部分が羨ましい」
「天然じゃないよ!」
愛生の反論は届かない。むしろ微笑ましい物でも見たかのような優しい視線を送る人が殆どだ。愛生は誰もが認める天然さんなのだ。天然なことで勘違いする男子が続出するという二次災害、愛生の可愛らしさに鼻血を吹き出して気絶する三次災害が連続で発生するオマケ付きである。誰が呼んだか、“歩く天災”だ。
「ところで先輩はいつ手術するの? 私は一気に手術はしないとだけ聞かされているんだけど」
「もう開始したんじゃないかな。昼ごろから手術開始って言ってたよ」
「サイボーグになるんだっけ。そうしてまでトランポリンを跳ぼうとする先輩は本当にトランポリンを愛してるんだね」
真衣の言葉は半分正解と言ったところだ。紘平は少なからず愛生の“お願い”に心を揺り動かされて決断をしている。誰か一人でも自分の跳ぶ姿を見たいというなら、命を削ってでも叶えてやろうという自己犠牲の精神の元に生まれた決断ではあるが、確かに愛生の言葉は届いていたのである。
親友が能天気に紘平のことを褒めいる中、愛生は窓の外を見つめて愛する人の無事を祈るのだった。
現在の紘平の状態は“隻眼”、“両足粉砕”、“呼吸器不全”となっています。この時点でも十分死ねる状態です()
ちなみに関係ない話ですが、全身麻酔をするとまず耳鳴りがします。その後、視界が少しずつボヤけていき、ハッとして目を覚ませば手術が終わっています。これは実体験です()