「む……思った通りに動かない…痛くはないけど」
「以前とは感覚がまるで違うはずだから、少しずつ慣らしていくことになるよ。今は自分の身体ではないように感じているかもだけど、慣れてしまえばこれまでのように動かせるからね」
「焦るつもりはない。だが、早くこの足で歩いてみたいから頑張る」
専門医に付いてもらいながらリハビリを開始した紘平。手術から一週間が経過すると、不思議なことに紘平の股関節に付けられた傷は綺麗さっぱり消え去ってしまったのだ。医師からは「足が体に適応したから」と告げられて納得した紘平は、それならばとリハビリを開始したいと頼み込んだのである。
万を喫してリハビリを開始した紘平だが、ぎこちなく自分の脳が出す命令を受け付ける足に困惑が隠せていない。感覚もいまいち戻っていないため、本当に自分の足なのか疑っているぐらいである。
「それにしても……軽く叩けば鉄を殴ったような音がするんだな。普通叩けば痛みを感じる脛をゲンコツで叩いても痛みはなかったけど」
「それは痛覚を遮断しているからね。痛覚まで残してしまうとショック死するぐらい凄惨な痛みが身体を奔ることになるんだ」
「遮断して正解だった。それに痛みがないならトランポリンを死ぬまで跳ぶこともできる」
「まあ、程々にね。それと、君の肺は水中や宇宙空間でも呼吸することができるようになっている。息が切れることもない。それとイレギュラーな効果なんだけど、心臓と回路を直接接続したことで疲れない体になってるんだよね」
「それはどういうことだ? 心臓に回路を接続したのは分かったが、それと疲れない体とがどうやって結びつくんだ」
確かに疲れないというのは魅力的だけど、と付け加えて紘平が尋ねる。紘平の体には三つの変化が生じている。一つ目は痛みを感じないこと。二つ目は呼吸がどこでも可能ということ。三つ目は何をやっても肉体的な疲れは感じないということだ。このうち、痛覚に関してと呼吸に関してはある程度想像がついたり納得できる物だろう。しかし、あまりにも無関係である“肉体的な疲れを感じない体”というのは紘平が訝しがるのには十分すぎる理由を持った。
「君の肺を正常に動かすために、中には莫大なエネルギーを常時生成し続ける機関が備わっているんだ。偶然にもその機関が心臓と直結したことで結果的に疲れない体を手に入れてしまった……と、先生は言っていたよ」
「つまり俺の体は痛みも疲れも感じず、どんな状況でも呼吸を続けることで生命活動を止めることがない生物になったということか」
「莫大なエネルギーが心臓を伝って全身に行き渡っている限り、君は非常に死ににくい体であるとも言えるよ」
「待ってくれ。もしその説が正しいなら、莫大なエネルギーは全身に巡っていることになる。そうしたら身体能力も上がっているんじゃないか?」
「そこは実際に確認するしかないね。もしそれが本当なら、医学もより一層進歩するよ」
手術をする前から、成功すれば人外になると伝えられていた紘平。しかし現実の結果は彼の想像を遥かに上回るレベルにまで人外化しており、今後体験するであろう苦悩に早速ため息をつかざるを得ない。
「先が思いやられるが……まあ仕方ないか。早いところ歩けるようにしよう」
「僕も全力でサポートするよ。あ、何か不調があれば言ってね。すぐに先生にメンテナンスしてもらうように言うから」
その後、時折ぶつくさと文句を言いながらも紘平はリハビリを続けるのだった。口調は確かに悪かったが、見え隠れする歓喜の心を読み取られて専門医に軽く笑われていることを彼は知らない。
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「先輩、元気にやってます?」
「真衣か。まあ……ボチボチだな」
二週間後。リハビリを相変わらず続けている紘平の元へ真衣が一人でやって来た。ベッドに腰をかけて本を読んでいた紘平はチラッと彼女を見ると、本に栞を挟んで備え付けの机の上にコトリと置いた。
「顔色は随分と良くなりましたね。前に来たときは真っ青だったけど。私の前なら痛みを我慢しなくても大丈夫ですよ?」
「……バレてたか」
「多分だけど愛生も気がついてますね。まったく、先輩ってば変なところで意地張るから心配なんですよ」
「勝手にしとけ。お前が心配するべき所じゃないだろ」
特に目を逸らすこともなくズバズバと鋭い言葉を吐いていく紘平。しかし真衣は意に介してはいない。これが彼なりの気遣いだと彼女は気がついているのだ。その優しさにまた、真衣は紘平に惚れていく。
口に手を当ててクスクスと笑う真衣。そしてほんの少し視線を下げると、ブラブラと理由もなく揺れている紘平の足が目に映った。
「あれ、もう自由自在に動かせるんですか?」
「まあな。普通に歩けるぐらいには回復したよ。少しでも力加減を間違えれば地面を抉ってしまうから退院はまだ先になるが」
「じ、地面を抉る? 機械化した先輩の足ってそんなに凄い力を出せるんですか?」
「医師曰くだが、俺の足は常人の三十倍の脚力を発揮できるらしい。調節はもちろん可能だが、ミスれば大災害を引き起こしかねない」
そして疲れることも痛みを感じることもない。すっかり人外になってしまったとも付け加えて目を伏せた紘平。その表情に殆ど変わりはないが、真衣の目には人間ではなくなってしまったことに対して悲しんでいるようにも映った。
「何かを得るためには代償として何かを失わなければならない。俺の場合は“人間”を捨てたってわけだ」
「先輩……」
「そんな顔するなよ。折角の美人が台無しになるだろうが」
「は、はあ!?」
言い淀むこともなく爆弾を平然と投下する天然ジゴロな紘平に、真衣は顔を真っ赤にして病室にも関わらず大声を出した。
「え、えっと……その、変な質問なんですけど、先輩は私のこと可愛いと思っているんですか?」
「そりゃあ、学校の噂なんざすぐ耳に入ってくるからな」
「そうじゃなくて! 先輩自身はどう思っているのか知りたいんですよ!」
「俺か? 何処に行っても声をかけられそうなぐらい可愛いとは思うが」
「うぐ……なんという破壊力っ」
支極当然のことを言っただろ? という表情の紘平に顔を真っ赤にして頭を抱える真衣。
少し前に来たときは愛生に見せつけられたので今日は自分がアピールしなくては! という心意気は紘平の天然炸裂によってあえなく崩れ去るのだった。
「あ、そそ、そうだ! 先輩、今から散歩しませんか?」
「散歩? 病院内をか?」
「そうです。先輩のリハビリも兼ねて一石二鳥ですよ!」
「一石二鳥だって? 確かにリハビリは数多くやるに悪いことはないが……一石二鳥?」
「ほらほら! 善は急げですよ!」
実に魅力的な笑みを浮かべて紘平の手を自然と握る真衣。彼女の言う一石二鳥が一体何なのか分からない彼は、ほんの少しだ考える素振りを見せたが……すぐに開き直ってその手を握り返し、ゆっくりと立ち上がった。
リハビリを始めたことで幾分か滑らかになった動きで足を踏み出す紘平と、手を握った状態で紘平が転ばないように細心の注意を払う真衣の姿は、誰が見ても微笑ましい新婚さんの様であった。
「あらあら、仲が良いのね。新婚さんかしら?」
「いや、自分はまだ高校生。結婚を出来るほどの自信もないから」
「本当かしらね? 紘平くんの佇まいって高校生の物ではないとおばさんは思うわよ?」
「誰が何と言おうと自分は高校生ですよ」
病院であるが故、おばちゃんが仲睦まじい二人を見かけてニコニコと人の良い笑みを浮かべながら“新婚さん”と評していく。
傍から見ればリハビリに励む夫と、それを支える献身的な妻にしか見えない光景である。病院であろうと近所で見られる仲睦まじい光景大好きなおばちゃんたちの瞳を射止めるには十分すぎる。
「まあ、人類初の手術を受けたら精神的に成長し過ぎてしまうのかもね。何となく納得してしまうよ」
「そりゃどうも。しかし俺が手術したということは病院内で知れ渡ってるのか?」
「あったり前よ! 両足と肺を機械化したサイボーグでしょう? 知らない人が居る方がおかしいね! しかもハーレム男と来るなら尚更だ!」
「ハーレムじゃねえよ」
ハーレム男と言われて頬を引き攣らせる紘平。本人に自覚は一切ないため、愛生や真衣とやたら近い距離で歩いていても彼からすればリハビリを手伝ってくれているとしか思えていない。どこまでも罪作りな男である。
「ハーレム……許せないかな。でも愛生とならギリギリ……」
「おいこら。お前も変なこと考えるな」
真衣の頭を軽く叩いて閉口させた紘平は、しばらくは付き合わなければならない厄介事に再度ため息をつくのであった。
もう一話リハビリ回を挟みます。次は愛生×紘平で書くつもりです。
余談ですが、現在カスタムキャストを使って紘平、愛生、真衣のアバターを制作しています。完成したら最新話の方に載せますので、楽しみにして頂けると幸いです。