書き終わるたびに見直してはいるのですが、どうにも見落としはなくならないものです。
小規模な宴会ができるほどの面積を持つ畳の部屋で、異様な光景が広がっていた。
「なあ、これだけの人がこれだけ頼んでるやないか。べつに害あるようなことをするわけでもないし、頷いてくれてもバチは当たらないと思うで?」
大勢のひょっとこ面を付けた男たちが、一斉に来客を伏し拝んでいるのだ。その先頭で誰よりも長く頭を下げ続けている小柄な老人の言葉に、来客である狼は唸りながら難色を示した。
なぜこのような事態となったのか。時は半日ほどさかのぼる。
狼衆の骨子を練り、ある程度の形に仕上げた狼は一つの問題に直面していた。弾きや葦名流といった技術を教える事に関しては、何も問題はない。最悪狼と打ち合い、否が応でも体に叩き込めばいい話なのだから。
問題は、忍び技を代表とした忍義手の装着を前提とした技だ。狼は失った左腕の代わりとして忍義手を使用しているが、当然五体満足の人間は義手をつけることができない。まさか義手をつけるためだけに左腕を切り落とすわけにはいかないうえ、そもそも忍義手の予備は無いのだ。
どうせ指導するのならば自らの全てを教え込みたい狼としては、このままでは片手落ちの結果となってしまう。しばらく悩んだ末、狼は現状最も頼りになる相手へと相談を持ち掛けた。そう、今の主である産屋敷耀哉である。
一般の隊士からすればとんでもない発想だが、内定状態とはいえ一部隊を預かる長として不完全な判断をするわけにはいかない。ついでに自らが扱う忍具の複製ができないかという期待を込めた問いは、即日返事が返された。
曰く、鬼殺隊の装備を一手に引き受ける刀鍛冶の里があるとのこと。彼らの技術は非常に高度なものであり、独自に散弾銃を創り出し絡繰りを専門とする一族も所属しているらしい。そこならば義手の解析や、装備に関して何らかの案が得られるのではないかとのことだった。
願ってもない提案に、狼は次の休暇にでも里に向かうと返信し当日を待った。
そしてやってきた休日の朝、狼は指定された林で隠と落ち合い困惑していた。
「里までの地図を渡されると思ったのだが」
「刀鍛冶の里は、産屋敷邸ほどではないですが重要な拠点です。万が一にも漏れないよう、私たち担当の隠による乗り換え輸送で案内することになっています。
たとえ柱であろうとも従っていただいている規則ですので、ご了承を」
手間をかけさせることに遠慮していた狼だったが、こう言われてしまうと従わない方が迷惑なのだろうと諦めが出る。おとなしく目隠しと耳栓をつけ隠の手により刀鍛冶の里へと輸送された狼は、到着すると顔合わせを兼ねて里長の元へと挨拶に向かったのだった。
「どうもコンニチハ。ワシこの里の長の鉄地河原鉄珍。
君が新しい援護部隊を任されたっていう狼か。お館様から話は聞いてるで。よろぴくな」
人の上に立つものとして、今まで見たことがない雰囲気の鉄地河原に狼は困惑する。彼が今まで出会ってきた指導者は、大なり小なり器に裏打ちされた口調と雰囲気を身に纏っていた。眼前の小柄な老人は相応の雰囲気はあっても、どこか好々爺のような柔らかなものであり口調も軽い。
印象と実態が噛み合わないために生まれる違和感を押さえつけ、狼は挨拶を返した。
「狼と申します。本日は装備品の相談に参りました」
相手の地位に応じ深々と頭を下げた狼が視線を上げると、ひょっとこの面越しに鉄地河原は興味深そうな目を狼の義手へと向けていた。
「へえ、ほんまに左腕は義手なんやな。しかも違和感なく動くうえに動作音すらほとんどない。
そういえば君、その義手についても相談があるらしいな。ここでの話が終わったら黒鉄車っちゅう絡繰師を紹介するわ。
代々絡繰りをいじってる一族で、絡繰り人形の整備もしてるから十分力になれると思うわ。最近ちょっと行き詰ってるらしいから、使用者の目から何か気づいたことがあれば言ってほしいし」
「使った感想程度でよいならば、喜んで」
狼からすれば、ただ使用具合を報告するだけで職人からの覚えがよくなるという断る必要がない提案だ。当然受けると鉄地河原は嬉しそうに頷いた。
「それはありがたい。黒鉄車も喜ぶわ。
で、あとはあんたが任された部隊の装備と消耗品の相談だったかな。本腰入れて話そうか」
鉄地河原が纏っていた好々爺然とした雰囲気が引き締まり、口調も硬いものへと変わった。さきほどまではあくまでも里のまとめ役であり相談相手としての姿であり、この古鉄のような雰囲気を纏った状態こそが、里でも最上位の技術を持つ長としての姿なのだろう。
「それでは、要望から」
狼も思考を戦闘時のそれに近いものへと切り替え、柱たちと相談し練り上げた骨子を元にした装備案を提示していく。切れ味や攻撃範囲よりも、頑丈性や扱いやすさを重視した刀。咄嗟に使える装備を仕込む籠手。隊服に仕込む鉄の編服など、狼が使う道具類を参考とした装備は剣戟を重視する鬼殺隊からすれば異端ともいえる。
それだけに新しい可能性を提示された鉄地河原は、話が進むにつれて瞳を輝かせ食い入るように資料を凝視し始めた。長の背後に控えていた側近たちも引き込まれたのか、長を窘めることも忘れて狼の説明を食い入るように聞いている。
「なるほど。さっき黒鉄車に使い手の目から話してやってくれと言ったが、まさか新しい剣士からの提案がこうも心躍らせるものになるとは思ってなかったわ。
いままでの剣士たちとは違う考えもあって面白いし、使い方を考えれば一般隊士にも持たせられる道具が多いんやないか」
「長、これは狼殿の部隊だけで運用するにはもったいない。多くの隊士が持てるよう、こちらでも専門の集団で改良を続けるべきです」
「そうやな。さっそく人員の選別を始めようか」
「それはお待ちいただきたい」
盛り上がる鉄地河原とそのおつきに待ったをかけたのは、ほかでもない狼だ。制止をかけられた鍛冶師たちは、資料を纏めて差し出す狼を怪訝そうに見る。
「なんで止める。君は手柄の独り占めや道具の独占を考えるような人ではないと見るから、何かしらはっきりとした理由はあるのやろ。
君が持ち込んだ道具は、うまく扱えば鬼殺隊の助けになるのは間違いない。それを止めるのは相応の理由を言ってくれんと、こっちとしては納得できん」
「慣れぬ道具を急に広めてもいいことなどない。不用意に加えた鉄は刀の害になるように、慣れぬ道具が原因で鬼の前で戸惑いでもすればそれは十分死因となりえる」
狼の意見に、鍛冶師たちは自分が職人特有の盲点に陥っていたと気がついた。物を提供するだけではなく、その先にまで考えが行かなかったのだ。ただ、これは鍛冶師たちが悪いというわけではない。今まで彼らは、剣士に刀を打ち渡してきた。渡した武器や道具を相手が十全に扱えることが普通であり、新装備を支給する経験が無かったために今回狼が指摘した問題自体が発生しなかったのだから。
「それに、刀だけで戦える剣士に道具を渡すのは無駄だ。そなたらに作成を依頼する道具はお館様から命じられた部隊に持たせるもの。隊士を援護するための部隊が運用する道具を、主戦力であり援護対象である隊士が持っても意味がない。
先ほども言ったが、使いこなせない道具は害にしかならない。そなたたちの道具に対する技量や熱意は察して余りあるが、こちらも相応の理由あっての判断だ。わかっていただけるか」
狼の畳みかけるような説得に、長は僅かな沈黙の後に長いため息をついた。
「ワシも耄碌したかの。目先の技術に夢中になって、肝心の使い手のことを忘れるとは。ものをつくる人間としてやってはいかん思い込みをしてしもうた。
ありがとうな狼。今回の一件がなければ、この間違いに気がつかないまま独りよがりの刀を打ってたかもしれんわ」
心を込めた謝罪と共に頭を下げようとする長を、狼は手で制した。上に立つものが簡単に頭を下げるものではない。今の世では問題ないのかもしれないが、かつて狼が生きた戦国ではこのような行動に付け込まれて首を取られる人間が少なからずいたのだ。
そんな殺伐とした理由に気づくはずもなく、鉄地河原は自分の立場を考えての助言だと受け取った。予想していたよりも遥かに人のことを考えられる人物だったと狼への評価を大幅に上昇させ、ならばと彼なりの恩を返そうと考える。
「そうや、君は日輪刀以外にも刀を二本持ってるらしいな。この縁や、ワシが手入れをしようか?」
鉄地河原なりの誠意だったが、狼が差し出したのは彼専用に打たれた鋼鐵塚の日輪刀だけだった。残る二本は、左手側に揃っておかれている。
「遠慮しなくても。これでも里で一番の腕を持ってると自負しとる。せめて刀身だけでも見せてくれんか。君では気がつかない、職人だからこその何かが見つかるかもしれんで?」
鉄地河原の心遣いから来る言葉に、狼は無下にするものではないと楔丸を手繰り寄せた。刃を上に向け、ゆっくりと抜刀する。
それが、大きな失敗であるとは思いもせずに。
「……どうした」
なぜか固まった鉄地河原とその控えを見て、不審に思った狼が問いかける。
「お、狼。その刀をどこで……?」
「産屋敷家に仕える前の主より、授かった。それがどうかしたか」
絞り出すような鉄地河原の声に思わず答える狼だったが、続く刀鍛冶たちの行動に度肝を抜かれることとなる。
「た、頼む! その刀、ワシに研がせてくれ! いや、研がせてください!」
「お願いします! それほどの刀、そう見られるものではありません!」
「これだけの刀を手入れするなど、一生に一度あるかどうか。長ならばあなたも満足できるだけの仕上がりになります! どうか、どうかその刀の手入れを任せてください!」
縋り付かんばかりの勢いで足元に迫る三人の男たちに、狼は思わず不死斬りを確保し後ずさった。このまま床においておけば、勢いのままに引き抜かれかねない。
なんとか三人を落ち着かせようと考えを巡らせる狼だったが、長たちの大声に反応してか護衛の鬼殺隊士たちが襖を開け放ってしまった。
「長! いったい何が……狼さん⁉」
床に転がった長たちを狼が刀を抜いて見下ろすという、誤解しか生まないであろう光景に隊士が思わず刀に手をかける。しかし、それよりも長の一言のほうが早かった。
「お前たち、手が空いている者を全員この部屋に集めろ!」
「え、いやしかし」
「早くせんかい!」
あまりの迫力に、護衛のはずである隊士たちは蹴とばされるようにして部屋から駆け出していく。そして少しずつ集まってきた鍛冶師たちは、狼が持つ楔丸を見るや否や滑り込むようにして土下座の体勢に入る。
こうして冒頭の光景は完成したのだが、鍛冶師の流入は止まらない。増え続けるひょっとこをつけて土下座する男たちは、ついに部屋をはみ出し廊下を埋め始めた。
「狼。一言いいと言ってくれれば、ワシは全身全霊を込めてその刀を手入れする。それを見れば、この男たちにも必ず勉強になる。
それに今言っても引き渡そうとさせる嘘に聞こえるかもしれんが、その刀は素人手入れでは限界に近いほど疲労がたまってる。ここでしっかりと手を入れんと、折れはしないかもしれんが曲がりかねんで」
聞くものが聞けば刀を手入れしたいための方便とも思える説明だったが、鉄地河原の目は真剣そのものだった。瞳の輝きと鉄地河原の職人としての誇りを信じ、狼は楔丸を鞘に納めて差し出した。鉄地河原の言葉が本当ならば、彼の忠告を無視して楔丸を振るうことは九朗への裏切りに等しいと狼は考えたのだ。
「おぬしの腕と誇りを信じる。完璧な仕上がりにしてくだされ」
「おお……この鉄地河原鉄珍、一世一代の仕上がりにして見せますぞ。期待してくだされ」
差し出された楔丸を、鉄地河原は捧げるように受け取った。感動に震える声は、自分自身に誓う言葉だろう。
「里の者よ、鍛冶場に向かうぞ。そうは無い機会、見逃すなよ!」
尊敬する長の発破に、部屋に集合していた里の鍛冶師たちは屋敷が震えるほどの声量で返事を返した。
「……長殿、絡繰師の黒鉄車殿はどちらに?」
そのまま退室しようとした長の背に、狼の冷静な声が届いた。絡繰りの件をすっかり忘れていた鉄地河原の背が揺れ、手だけで傍に控えていた鬼殺隊士を呼び寄せる。
「君、黒鉄車のとこまで狼君を案内してあげて。彼なら作業場にいると思うから。
この人が案内するから、狼君はついてって。ワシの名前出せば話は通ってるから」
そう言い残し、鉄地河原は大勢の鍛冶師たちをつれて部屋から足早に去っていった。残された隊士曰く、屋敷に造られている長専用の鍜治場へと向かったようだ。
「それでは、こちらになります」
残された狼は隊士に先導され、里の外れに建つ家へと到着した。母屋に大きな作業場と、中々の設備を誇っている。作業場からは、何かを削るような作業音が響いていた。
「到着しました。では、私は警備がありますのでこれで」
案内を終えた隊士はそそくさと長の家へ戻っていった。狼は気にせず、物音が聞こえる作業場へと向かう。
「失礼。鉄地河原殿の紹介を受けた、狼と申す」
狼が作業場の外から声をかけると、作業音が止みすぐに一人の男性が顔を出した。
「おお、あなたが絡繰義手を使うという。
挨拶が遅れました、私は黒鉄車銅造と申します。里でも珍しい絡繰りを専門とする一族の当主です。
立ち話もなんですな。ささ、狭いですがお入りくだされ」
銅造に招き入れられた作業場は、少々小さいがよく手入れをされていた。なんともなしに小屋の中を見渡した狼は、壁に据え付けられたものに目を止める。
「これは」
「おお、それに目を付けられるとは流石ですな。
なんでも戦国時代の剣士を模して造られたという、絡繰人形です。我が一族は、この絡繰を手入れし保存することが目的の1つなのですよ」
「戦国の……」
男の説明に、狼は思わず左腕を伸ばし絡繰人形に触れようとした。その腕が、横から延びてきた腕に突然掴まれる。目をやれば、当然腕の持ち主は銅造だった。
「何を」
「素晴らしい……」
狼の抗議の声を遮るように、どこか蕩けた様な声を銅造が出した。背筋に得体のしれない寒気を感じ、思わず忍義手を引き寄せようとした狼だったが銅造が手を離さない。
「なんと精巧な絡繰りだ。人間の腕と相違ないほどの性能に、この内部構造は何かを組み入れるようになっているな。なんと無理な動作をしなければ駆動音すらしないとは、考えられない代物だ。
狼殿、これほどの義手を一体どこでお造りになられたのです⁉」
楔丸を見た長とよく似た雰囲気で詰め寄る銅造に、狼は里全体がこういった人間の集まりなのかと現実逃避気味な思考を巡らせることとなった。
鬼滅の刃 用語集
人物
黒鉄車銅造 くろがねぐるま-どうぞう
本作独自の登場人物。
刀鍛冶の里では珍しい、絡繰細工を専門とする黒鉄車家の当主。戦国の時代より受け継がれた、絡繰人形の保存と継承を使命としている。
腕はいいのだが最近行き詰まっており、新しい刺激を欲していたところに狼の忍義手を見て興奮が最高潮に達した。
妻が臨月であり、第一子を楽しみにしている。
鉄地河原鉄珍 てっちかわはら-てっちん
刀鍛冶の里で最も高い技術を持つ里長。
小柄で柔らかな言葉遣いをする一見好々爺然とした人物なのだが、自らの鍛冶師としての腕に誇りを持つ職人であり鍛冶に関することになると雰囲気が全く変わる。
大の女好きであり、女性の刀となると非常に気合を入れて打つことで有名。現に岩柱である畠山の薙刀は彼の作品であり、硬度と切れ味を非常に高い水準で両立させた逸品となっている。
施設・組織
刀鍛冶の里 かたなかじのさと
鬼殺隊の装備品を製造するため、鬼に襲われないよう人里から離れて造られた隠れ里。
暮らす住人は例外なく鬼殺隊に関わる人間であり、そのほとんどが刀鍛冶。
里の人間は火を扱うという縁起上か例外なくひょっとこの仮面をつけており、一見するとかなり不気味な集落となっている。
重要拠点であるため柱にすら場所はわからないよう細工されており、万が一のために護衛の隊士が常駐している。