なんとか興奮が収まった黒鉄車は、狼から忍義手を受け取りその解析に挑んでいた。
「素晴らしい、それ以外に言葉が見つからないほどの逸品だ。あれほどなめらかに切断された腕の断面の筋肉が収縮する僅かな動きを感知して駆動するなど、目の前に現物があっても信じられない。人間の腕を最低限の部品で再現し、しかも切り替え式の仕込み武器を内蔵して展開できる。これほどの暗器を作ることが可能な職人がこの世界にいるとは。
わかる、わかるぞ。この義手は戦う人間の腕を徹底的に再現するために造られたものだ。改良も一度や二度ではない、何度も改造され最適を見つけるために組み上げられて来たに違いない。持てないがために武装を仕込み、新しい局面に対応するために新たな武装を仕込む余地まである。素晴らしい、この技を完全に会得できれば、我が一族の悲願を叶えるだけでなくその先までも……」
延々と独り言を呟きながら忍義手を観察する黒鉄車は、端から見れば何かに取り憑かれた職人そのものだ。これで落ち着いた方なのだから、どれだけ狂乱していたのか、そして落ち着かせた狼の苦労は察してあまりある。現に、普段表情を崩さない狼がどことなく疲れたような表情を浮かべている。
「複製は、できそうか」
狼の呟くような問い掛けに、黒鉄車は忍義手から目をそらさずに応える。
「職人として業腹ですが、とてもではないがこの義手は複製できません。そこそこの腕を持つ剣士の義手程度ならなんとかなりそうですが、柱のような熟練者の腕の代わりを務めるものは組み上げられません。
分解すれば再び戻せない恐れがあるため、組み上がった状態からなんとかして情報を引き出そうと四苦八苦しながらも黒鉄車の口もまた止まらない。
「ああ、
いや、複製などと気弱なことは言わない。いずれこの義手を超える絡繰を生み出し発展させるのだ。我が血ならば必ず成し遂げる。成し遂げさせてみせるぞ……」
自分に言い聞かせるように執念を燃やす黒鉄車。だが、狼が聞きたいのはそこではなかった。
「義手ではなく、籠手のような形で道具を仕込む装備を作ることは可能か」
「うーむ……腕を覆うと、その分内部空間が無くなるために容量と拡張性が落ちる。この義手のように装備を付け替える細工も難しいな。
2つほど内蔵する装備を固定して、なんとか部分的に再現できるといったところです。悔しいですがね」
唸るように自らの技術の敗北を認める黒鉄車だが、その眼は爛々と輝いていた。
「まあ、見ていてください。今は最低限の再現しかできませんが、この義手を模倣することで戦闘に耐えうるだけの物は作ることができそうです。いずれそちらが求める水準を必ず満たすと約束しますよ」
「期待している。
試作品を作るまで、どれほどかかる」
見本という形で忍義手を貸し出すという話になったのだが、貸している間狼は鬼狩りの責務を果たすことができない。それゆえの問いだったが、できるだけ早く仕上げてもらいたい狼とは裏腹に黒鉄車の返事は芳しくなかった。
「申し訳ありませんが、この義手はかなり高度な技術が使われています。籠手に流用するため簡易的なものにするといっても、一朝一夕に済むものではありませんぞ。
未知の技を解明し改変しなければなりません。少なくとも半月は覚悟していただきたい。もちろん、私は寝る間も惜しんで取り掛かる所存です。鬼狩りの有力な戦力を長期間拘束するわけにはいきませんからな」
半月という時間に狼は鼻白んだが、自らが預かる予定の部隊に必要な装備だ。命を預けるものである以上、中途半端なものを与えるわけにはいかない。
僅かな沈黙の後、狼は静かに頷いた。ここで急かしても利点はない。せいぜい粗雑な装備が作られるだけであり、粗雑品に命を預けるのならばそもそも無い方がましだろうとの判断だ。
「わかった。時間をかけるだけの価値があると期待させてもらう」
「それはお約束します。
ささ、今日はもう遅い。半月は降って沸いた休暇とでも考えて、ゆっくりと体を休めた方がいいでしょう。この里の温泉は傷や疲れによく効きます、里の者たちも、鍛冶仕事の後よく浸かって体を癒やすのです。きっと狼殿も気に入りますよ」
「では、いただこう」
黒鉄車から温泉の場所を聞いた狼は、里への長期滞在をどう耀哉へ伝えるか、文の内容を考えつつ黒鉄車の作業場を去った。
その後ろ姿を見送った黒鉄車は、小屋の中に入ると壁に背を預けてへたり込む。狼がたびたび漏らす圧に、精神が限界を迎えていたのだ。
「いやいや、流石は現鬼殺隊でも指折りの猛者だ。並の隊士など比較にならないなあれは」
自らを鼓舞するための軽口を叩きつつ、黒鉄車は作業台に安置された義手へと視線を向ける。
「本当によく使い込まれている」
絡繰専門の職人である黒鉄車は、当然ながら狼よりも絡繰りについての造詣が深い。狼は自己整備機能の範囲内でしか忍義手を解体・整備することはできないのだが、黒鉄車の知識は戻すことができる範囲とはいえそれよりも一歩踏み込んだ解体・整備を可能としていた。
故に、狼自身が気がつかない範囲の痕跡に気がつくことができる。木組みの部品に染み込み、縄の一部も染めている赤黒い何か。鍛冶仕事で生傷の絶えない環境にいる黒鉄車は、その正体へあっさりと辿り着いた。間違いなく、血の跡だ。
「鬼のものならば、日に晒せば灰になる。そもそも、首を切った時点で消えるだろう」
赤く染まる陽光に血の跡を晒すが、一切の変化は見られない。つまり、この血の持ち主は鬼ではなく。
「だからどうした」
黒鉄車の顔に、凄惨な笑みが浮かんだ。そう、かつて狼がどこで何をしていたかなど鬼殺隊には関係ない。今は多くの鬼を斬り、影ながら人々を護っているという事実こそが全てだ。
「お館様が鬼殺隊の不利益になることを放置するはずもない。無駄なことを考えるよりも、今はこの技術を少しでもものにしなければ」
組織の長への信頼を口にしながら、黒鉄車は一人忍義手の解析をするべく作業机へと向かった。
その様子を、一羽の烏が小屋近くの木からじっと見ていた。しばらくして黒鉄車が動かないことを確認してか、観察を終えた烏は音も立てずに刀鍛冶の里が誇る温泉方面へと飛び去った。
狼が忍義手を黒鉄車へ貸し出した翌日。彼の姿は長専用の鍛冶場前にあった。温泉を担当の鎹烏と堪能した後滞在期間が伸びたと長に伝えようとしたのだが、少なくとも日が昇るまでは楔丸の手入れを辞めないという長の主張のため連絡ができなかった。ならば日が昇った今ならば伝えられるだろうという考えから、案内を長の側付きに頼んだのだった。
近付けば、まだ日が昇ってそれほど経っていないにもかかわらず集合しているひょっとこ面の集団が見えた。大将首に群がる足軽のような光景に狼は僅かに気後れするも、案内人は異様な光景を気にもかけずに近づいていく。
「ああ、気になさることはありませんよ。昨日からこの様子なので、なれました。
ほら、楔丸の主から長に話があるそうです!」
案内人の一言に、ひょっとこたちは一斉に道を開いた。事前に練習をしていたような連携に、彼らがどれだけ楔丸を讃えているのかがわかる。
「さあ、行きましょうか」
面越しにもわかるほどの視線を注がれながら、狼は長がいる鍜治場の扉を開いた。数度扉を叩くが、返事がない。
「鉄地河原殿、失礼する」
念のため一声かけ、扉を開いた狼は視界に映った光景に言葉を失った。
「はあ……はあ……素晴らしい。なんと美しい刀や……」
荒い息を漏らしながら、探し人である鉄地河原が楔丸を至近距離で眺め刀身を撫でまわしていたのだ。利き腕らしい右手に握った木槌から手入れの途中であり、表面の微妙な変化を見定めるために刀身を撫でているというのは狼にもわかった。だが、あまりの衝撃に思わず扉を閉めてしまったことを責められる者はいないだろう。
「あの、どうかなさいましたか?」
案内人が、不思議そうに首を捻る。狼以外にも内部の光景は見えていたはずなのだが、その場の誰一人として取り乱す者がいない。
「長も昨日と比べてかなり落ち着いた様子。今なら言葉も通じると思いますが。
あまり長くかかるとこの者たちの忍耐が限界を迎えますので、お話をされるのならば早いほうがいいかと」
案内人の視線を追って振り向くと、ひょっとこの群れは1人の例外もなく鍛冶場の扉を見つめていた。何かきっかけがあれば、鍛冶場になだれ込みかねないほどの圧力を感じる。
あれでおとなしくなったのならば昨夜はどのようなことが行われていたのか、楔丸を預けて本当に良かったのかと悩みながら、狼は扉をくぐった。
「鉄地河原殿、失礼いたす」
狼の改めての挨拶も、ひたすらに楔丸を撫でまわしながら時折木槌で表面の調整をする鉄地河原には聞こえていないようだ。
「なんと質の高い鉄。それだけやない、儂でも見たことがない金属がこんなにもぜいたくに使われとる。手入れも欠かされとらんな。愛されている良い刀や。
ああ、国宝や宝刀として博物館に飾られてもおかしくないような造りの刀が、実戦で振るわれてる。これほど贅沢なことが本当にあるとはなぁ。ええ、ええぞ。使われ直され手入れされてこそ、刀はその本質を全うし美しさを増すんや。
この楔丸を打った鍛冶師、これほどの人間がいるという事実が儂はまだ腕を上げられると教えてくれる。ええぞ、儂の腕できちんと手入れしたる。主を守り、またここに持って来たくなるようにな」
妄執と共に刀へと語りかける鉄地河原の姿に、狼はたしかに黒鉄車が所属する組織の頂点であると深く納得した。同時に今意識を自分へ向けさせることに強い危機感を抱くが、このまま時が過ぎれば廊下のひょっとこが部屋になだれ込んでくる危険性がある。
「仕方がない。失礼」
狼は覚悟を決め、ひたすらに楔丸を手入れする鉄地河原の右手を木槌ごと掴んだ。
「何をする……ああ、狼か」
一瞬凄まじい圧を放った鉄地河原だったが、狼の顔を見たとたんに圧は収まった。その機を逃す狼ではない。
「里の滞在期間について、お話が」
「なんや、楔丸の手入れはまだかかるで。狼は自分で手入れしてたみたいやけど、芯にかなりの疲労がたまってたわ。一日二日でなんとかなる内容やない」
中途半端な手入れでは手放せないと主張するように、鉄地河原は庇うように楔丸を背に回した。
「いや、義手の用事で時間がかかると言われた。半月は厄介になる」
「なんや、気にすることやないぞ。むしろこっちからお願いしたいくらいやからな。その半月を使って、しっかりと楔丸の手入れをしたる。またこの里で手入れしたいと思うくらいにな」
「世話になる。では、これで」
「ああ、せっかくなんやからゆっくりと体休めとけ。休むのも鍛錬の内や」
楔丸と触れ合う時間が増え、目に見えて上機嫌となった鉄地河原へ一言告げて狼は退室した。廊下に居並ぶひょっとこの様子から、もう少し長居をしていれば彼らがなだれ込んできただろう。
「もうこんな時間か。おまえら、入ってきてええで」
許可の一言と共に部屋へと吸い込まれていく姿に、狼は自らの予想が間違っていなかったと確信を持った。
狼が去った鍜治場で、大勢の刀鍛冶に囲まれながら鉄地河原は楔丸に想いを馳せる。手入れをしている間に感じ取った、この刀が持つ切れ味と強度の歪な関係に。
刀の完成度から量るに、この刀を打った刀鍛冶は間違いなくその地域最高の腕を持っていたはずだ。それほどの腕を持つ刀鍛冶が、研ぎ師としての腕を併せ持っていないはずがない。万が一研ぎ師として平凡だったとしても、鍛冶の腕に相応しい研ぎ師と繫がりがあるはずなのだ。
そう、楔丸を打った刀鍛冶は
だからこそ、楔丸は殺すではなく主を守ることに特化した。斬り合いではなく受け護り続けるために身は堅く、刃は最低限にしかし刺突時に邪魔にならぬ程度には磨かれ、一息で貫けるよう先端は類を見ないほどに鋭い。
もちろん、相応の実力者が持てばそれなり以上の殺傷力を発揮するだろう。それでも、鍛冶師はこの小細工とも言える工夫を施さずにはいられなかったのだと鉄地河原には推測できた。
「その工夫を、儂の独断で崩すわけにはいかんわな」
鉄地河原の腕があれば、楔丸の強度を落とすことなく今よりも鋭い切れ味を与えることは可能だ。だが、それをしてしまえば楔丸を打った刀鍛冶だけでなく、その名に込められた想いまでもないがしろにすることになる。1人の鍛冶師として、それはしてはいけない禁忌だ。
「ほれ、今から楔丸を研ぐぞ。どういった輝きを持つのか、一瞬も目を逸らすな」
周囲の刀鍛冶たちへ注意を飛ばしつつ、鉄地河原は砥石へと向かった。これほどの日本刀を扱える幸運を、神に感謝しながら。
里への滞在期間は飛ぶように過ぎ去り、狼がついに里を去る日がやってきた。楔丸は新しく打ち直したかのような輝きで主を迎え、忍義手は細かい汚れを取り除かれ以前にもまして滑らかに駆動する。
「楔丸に忍義手、ともに素晴らしい手入れをしていただいた。感謝する」
狼の眼前には、ふらつきながらも満足げな雰囲気を放つ鉄地河原と黒鉄車が立っている。両者共に、ほとんど不眠不休で担当の道具にかかりきりだったのだ。むしろ今立っている方が不思議である。
「楔丸の汚れに歪みはとれたし、目釘に柄も手入れしておいた。何かあればすぐに来てや」
「義手内部の細かい汚れや摩耗した部品はできる限り対処しました。それと、これが例の品です」
黒鉄車が風呂敷包みを差し出す。狼が包みを解くと、いくつかの絡繰籠手が修められていた。
「今の私が持つすべての技術を詰め込みました。実際の使用感を言っていただければ、それだけ改良すると約束します」
誇らしげに胸を張る鉄地河原と黒鉄車へ、狼は深々と頭を下げた。
「次回も、よろしく頼む」
明日をも知れぬはずの剣士に、次を約束される。鬼殺隊の職人にとって、これほど嬉しいことはない。
「ああ、次は楔丸だけじゃなく日輪刀のほうも手入れしたる!」
「次はより発展した絡繰籠手をお見せしますよ。楽しみにしてくださいね!」
2人の職人の声を背に受け、狼は隠の背へと体を預ける。
突然の長期休暇が終わり、再び鬼狩りの日々が始まった。
鬼滅の刃 用語集
施設・組織
温泉 おんせん
刀鍛冶の里に沸く秘湯。
多くの効能を持っており、里の者たちにも愛される憩いの場でもある。
里の外れから長い階段を登った先にあるのだが、男女の区切りがない湯舟が一つあるだけなので登った先でしばらく待つこともしばしば。
用語
絡繰籠手 からくりこて
本作独自の道具。
狼が持つ忍義手を部分的に再現した、狼衆標準装備となる片腕用の籠手。
内部に二種類の武装と鍵縄が仕込まれており、使いこなせれば格上相手でも意表をついて有利に立ち回ることを可能としている。
武装の組み合わせを変えるには籠手そのものを変える必要があるため、その組み合わせによって誰の籠手かをある程度判別することができる。
鉤縄は標準装備なのだが、技術の限界で忍義手のように人間を持ち上げることはできない。