隻腕の狼、大正に忍ぶ。   作:橡樹一

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 今回は3つの短編を集めたものとなります。
 ご了承ください。


大正コソコソ噂話集、壱

 同期との鍛錬

 

 鬼狩りをしながら新部隊の設立準備を行う狼にとって、時間は貴重品だ。数少ない空き時間も、そのほとんどが自己鍛錬に消えていく。

 とはいえ、休みをまったく取ることができないわけではない。激務ではあるが、最低限の自由時間はあるのだ。

 その少ない休みを使い、狼は岩柱邸を訪れていた。同期である悲鳴嶼と会うためであり、久しぶりに鍛錬をする約束をつけていたのだ。

 

「両者共に、構えな」

 

 偶然休みが重なった岩柱、畠山が見守る中、現在の鬼殺隊でも指折りの猛者である狼と悲鳴嶼は向かい合い得物を構える。狼は刃を潰した刀だが、対する悲鳴嶼は斧と鉄球を鎖で繋いだ珍妙な武器を手にしていた。

 

「随分と、風変わりな得物だ」

「刀も薙刀もすぐに折れてしまうので斧を使っていたが、何分手数が足りない。鍛冶師に相談したところこれと同じものを渡されてな、使ってみれば存外手に馴染んだのだ。鎖の反響音で周囲を探ることもできる」

 

 悲鳴嶋の言葉に、狼は思わず口元を緩めた。同期でありある程度の交流があるだけに、彼が武装について悩んでいたことも知っていたのだ。

 二人の会話が途切れ、緊張が場を支配する。

 

「はじめ!」

 

 畠山の声に、最初に反応したのは悲鳴嶼だった。発条仕掛けのように腕が跳ね上がり、鉄球がすさまじい勢いで投擲される。間合いを完全に無視した一撃を、しかし狼は一切の動揺を浮かべずに弾き落した。地面にめり込んだ鉄球を踏み潰して固定しようと試みるも、一瞬早く悲鳴嶼により引き寄せられ回収される。

 

「参る」

 

 次に動いたのは狼だった。独特な歩法であっという間に距離を詰め、刀を振り下ろす。

 

「岩の呼吸参ノ型、岩軀の膚」

 

 ゴウゴウと特徴的な呼吸音と共に、悲鳴嶼は鎖を身に纏わせるように振り回すことで狼の一太刀を弾いた。同時に鎖の先端に取り付けられた斧と鉄球が狼を死角から襲うが、狼は冷静にその両方を弾き返した。

 

「これを凌ぐか」

「さらに、参るぞ」

 

 決め手と考えていた一撃を凌がれた悲鳴嶼は僅かに集中を途切れさせてしまい、その隙を突いて狼は刀を鞘に納める。納刀音に眉をひそめる悲鳴嶼だったが、本能とでもいうべき予感に従い技を繰り出す。

 

「岩の呼吸参ノ型、岩軀の膚」

 

 先ほどとは違い、反撃を考えない分厚みを増した鎖の壁。その壁を凄まじい衝撃が襲い、鎖の大半が弾き飛ばされた。

 何が起こったのかわからない悲鳴嶼だったが、傍で見ていた畠山の目には一連の流れがはっきりと目に焼き付いていた。狼が納刀し、悲鳴嶼が身を護った次の瞬間。狼が居合から目にも留まらぬ二連撃を鎖の壁へと叩き込んだのだ。

 葦名流奥義・葦名十文字。狼が技に慣れた結果、その軌跡は美しい十字を描き斬撃が重なった部位に大きな衝撃を与えた。もしも鎖の量が少なければ、この一撃で決着がついていただろうことは想像に難くない。狼としてもこの一撃で勝負をつけるつもりだったようで、珍しく驚きの表情を浮かべている。その精神的動揺を見逃す悲鳴嶼ではない。

 

「岩の呼吸壱ノ型、蛇紋岩・双極」

 

 複雑な回転を伴って迫る手斧と鉄球に、狼は僅かに反応が遅れた。普段であれば容易に弾き返す二連撃も、反応の遅れと不規則な回転が相まって先に到来した鉄球を弾くことが精いっぱいだった。次いで迫る手斧は刀で防いだが、体幹に無視できない負荷がかかってしまう。

 狼が歯を食いしばる音で、悲鳴嶼はここが攻め時だと判断した。鎖を全力でたぐり寄せ、手斧と鉄球を構え狼めがけて走り出す。

 対する狼も、迫る悲鳴嶼を見て刀を大上段に構えた。先ほど手斧を無理に防いだ際、刀から響いた異音を狼は聞き逃さなかったのだ。ここで攻めきらなければ、そう遠くないうちに模擬戦用の刀はその生涯を終えるだろう。

 岩の呼吸特有の地鳴りのような音が大きく響き、対称的に狼の呼吸は小さいながらもその鋭さを増していく。

 

「岩の呼吸伍ノ型、瓦輪刑部」

 

 未だ体幹が回復しきっていない狼に時間を与えるわけにはいかないと考えた、悲鳴嶼の強烈な先制攻撃だ。本来ならば広範囲を乱れ打つ型を、狼の周囲に密集して放つ。階級が高い隊士でも無事では済まない一手へ、狼は正面から立ち向かった。鬼であろうとも竦むであろう鉄の塊へ、大上段に構えた刀を力強く振り下ろす。

 葦名一文字。優れた使い手ともなれば防いだ刀ごと人間の上半身を両断するほどの威力を持つ振り下ろしは、眼前に迫った鉄球を押し止め地面へと叩きつけた。同時にめり込まんばかりの踏み込みにより、狼の体幹は芯が通ったように安定する。

 だが、悲鳴嶼の操る武器は未だ残っている。生きているかのような動きで鎖が宙をうねり、手斧が凄まじい勢いで狼へと迫る。刃を潰しているとはいえ、これが直撃すればただでは済まないだろう。

 側面の手斧にどう対処するのか警戒する悲鳴嶼の前で、狼は信じられない行動に出た。迫る手斧を完全に無視し、悲鳴嶼へと大きく踏み込んだのだ。いつのまにか振り下ろしていたはずの刀は再び大上段に構えられ、いつでも振り下ろすことができる状態になっている。

 葦名一文字、二連。常識では考えられないことだが、葦名流では全力の唐竹割りを連続で行うことが技として成立していたのだ。ただ武骨に、正面から叩き切る。反撃が来るならば、もう一度叩き割る。葦名の一文字は、二連で完全となるのだから。

 踏み込みの勢いからは想像できない速度で、狼は間合いを詰める。悲鳴嶼が風切り音から狼の位置を把握したときには、すでに狼は悲鳴嶼を剣の間合いに捕らえて振り下ろしの体勢に入っていた。悲鳴嶼は咄嗟に鎖を手繰り寄せ、予測した軌跡を遮るように両手の間を通し踏ん張った。悪足搔きに近い稚拙な抵抗だったが、その行動は無駄にならなかった。

 硬質で澄んだ音と共に、狼が握る刀が鎖に触れた途端折れたのだ。

 

「そこまで!」

 

 武器が破損したため、これ以上の戦闘続行は不可能であると判断した畠山によって模擬戦は終了となった。張り詰めていた空気が霧散し、狼と悲鳴嶼は互いに一礼する。

 

「不甲斐ない」

 

 折れた刀を見て、狼の口から自然と自らへの苦言が漏れた。刀の扱いがより巧みであれば、観の目がより鋭かったならば、体捌きがより鋭ければ。悲鳴嶼が扱う鎖斧とでも呼ぶべき得物は、斧と鉄球を繋ぐ鎖の長大さから懐がなによりの弱点だ。そこに潜り込めば悲鳴嶼とて苦戦は免れ得なかったのだろうが、狼はその挑戦の尽くを悲鳴嶼の技巧に阻まれたのだ。なによりも、得物が楔丸だったならばとまで考えそうになる自分を戒める。

 声にこそ出さないが、悲鳴嶼も狼と同じように自らの不甲斐なさを嘆いていた。得物の間合いからして、悲鳴嶼が圧倒的に有利だったのだ。並の使い手であれば、悲鳴嶼が操る手斧と鉄球を捌ききることができずに被弾する。そうでなくとも、身を守るために刀で防ごうと試みてあっさりと獲物を折られるだろう。

 不満を滲ませる両名を見て、立会人の畠山は笑みを溢さずにいられなかった。実力の釣り合った同期は、鬼殺隊においてこの上なく貴重だ。しかも互いを尊重し合い、互いの欠点を知る者同士が高め合えばどれほどの戦士にまで成長するのか。

 

「悲鳴嶼、興が乗ったから久しぶりに打ち合うよ!

 狼も、遠慮しないでかかってきな。柱の実力、見せてやるさ!」

 

 期待に胸を高鳴らせながら、疼きのままに畠山は得物である薙刀を引き寄せた。刃を潰した打ち合い用の武器なれど、放たれる気迫は実戦のそれとなんら変わりない。

 それから日が暮れるまで、岩柱の屋敷では武器が打ち合う音が途切れることはなかった。

 

 

 

 始動、狼衆

 

 とある日の昼下がり、鬼殺隊の隊士たちが山を背負う屋敷の庭に集められていた。その場の誰一人としてなぜ自分が呼ばれたのかを把握する者はおらず、周囲をせわしなく探っている。

 

「剣士だけかと思ったけど、けっこう隠もいるな。合同訓練にしては人数が多いし、そもそも俺が呼ばれるはずがない」

「ああ。少しまわりと話してみたけど、集まった隊士で(つちのと)よりも上の階級はいなかった。合同任務ならもっと上の隊士を集めるだろ。そもそも、隠がなんでこんなにいるんだ」

「最近隊士の質が落ちてるって話だし、改めて訓練でもするのか」

 

 一部の隊士や隠が自分の予想を言い合う中、前触れ無く屋敷の襖が開かれた。その奥から現れた人物に、集められた鬼殺隊隊士たちは驚愕した。

 

「皆さま、本日はお集まりくださりありがとうございます」

 

 最終選別を取り仕切っていた、白い髪を持つ美しい女性。一部の隊士は鬼殺隊を纏める産屋敷家の奥方と知っているため、より困惑は大きい。

 そんな場の混乱をよそに、産屋敷あまねは話を進める。

 

「この場に集められた皆さまはお館様直々の指示により新設される部隊である、狼衆への所属条件を満たしております。

 狼衆は鬼を切る剣士を補助することを目的とする部隊であり、剣士よりも裏方寄りであり隠よりも前線に出る中間的な立ち位置となるでしょう。鬼の攻撃を受け、隙を生み出し、隊士が確実に鬼の首を落とすことができるようにすることが使命となります。今まで鬼を切っていた剣士の皆様からすれば、一線を外れるということになります。隠の皆様からすれば、前線に出ることになります。訓練も相応のものとなるので、環境そのものが大きく変わるでしょう。

 それを厭う方を、無理に所属変更するつもりはありません。この場から去っていただければ所属は元のままであり、この申し出を断ったからといって後に鬼殺隊内部で不利になるようなこともありません。考えが変わって転属の申請があれば、狼衆への所属変更はいつでも受け付けます。しかし、狼衆となれば剣士や隠に戻ることはできません。

 半刻後にこの場に残った方は、狼衆として訓練が始まります。それでは、よく考えたうえでの判断をお願いいたします」

 

 演説を終えたあまねは、静かに屋敷の中へと消えていった。半刻経つまでは、もう出てくることはないだろう。残された隊士たちはどうすればいいのか判断に迷っているのか、ざわめきがやまない。

 そんな中、一人の少年が屋敷の出口へ向けて歩き出した。

 

「おい、行くのかよ。もう少し考えてもいいんじゃないか?」

「考えるって何をだ。別に隠や裏方を軽く見るつもりじゃないが、せっかく呼吸の適性があって鬼を切ってるんだぜ?

 悪いけど、通用する限りは剣士としていたい」

 

 友人らしい剣士と僅かに言葉を交わしても考えは変わらなかったようで、振り返ることなく去っていった。鬼殺隊での立場が悪くなるわけではなく、後からでも受け入れるという言葉の後押しもあったのだろうその少年を皮切りに、半数ほどの剣士や隠が庭を去って行く。

 しかし、もう半数は庭に残ることを選んだ。自分の実力に見切りをつけていた剣士や、鬼への憎しみが深くより鬼に近い場所で鬼殺隊に貢献したい隠たちだ。比率としては、隠の方が多いだろう。人数にして、約50人。

 そしてきっかり半刻後、あまねは背後に狼を伴って現れた。

 

「皆さま、決断をしていただき感謝いたします。こちらが皆さまの部隊を率いる長、狼です。

 私はこれにて。では狼、後はお任せします」

「御意」

 

 最低限の話を済ませ、あまねは狼に後を任せてこの場を去った。残された狼に怪訝な目線が集まるが、狼は意に介さず口を開く。

 

「部隊を任されることとなった狼だ。皆にはまずこれをつけてもらう」

 

 そういって狼が箱を取り出す。蓋を開けると、中には何本もの赤い襟巻きが収められていた。頑丈な作りのそれを、狼は庭の隊士たちに配っていく。

 

「狼衆である印のようなものだ。

 今は全員子犬も同然故赤の目立つ色となっているが、実力と適性に応じて組を分ける予定もある。その際はまた別の色だ。励め」

 

 一人前にはほど遠いと言われ反発を覚えた者もいたが、それを表に出す者はいなかった。ここに残った剣士は大なり小なり自らの実力に思うところがあり、隠はそもそもの実力で剣士の最低水準に届いていない自覚があるのだ。

 血とは違う暗い赤の襟巻きを全員が身につけたことを確認し、狼は新しい箱を取り出した。

 

「これから、お前たちの刀は武器よりも防具としての面が強くなる。代わりにお前たちの牙となるものだ」

 

 収められた絡繰籠手を全員に見せ、狼は箱の蓋を閉めた。ある程度の目標を見せることにより、訓練に身を入れやすくする。耀哉からの助言はある程度の効果を生むだろう。

 

「一定の実力を身につけた者から順に、この籠手を渡す。絡繰装備を二つ仕込むことができるから、好みの組み合わせを考えろ。

 これからお前たちはこの屋敷で訓練をしながら過ごすことになる。重要拠点のように隠されているわけではないが、むやみに人を呼ばないように。

 質問が無ければ、鍛錬に移る」

 

 質問と言われても、現状未知のことが多いため何から聞いていいのかわかる者はいない。その沈黙を質問無しととらえた狼は、全員を先導して屋敷の裏山へと向かった。

 狼は忍びとしての技を身につけるにあたり、そのすべてを実戦形式でその身に叩き込まれてきた。そしてせっかく訓練地が山ということもあり、鱗滝協力の下大量の罠が山のいたるところに張り巡らされている。

 後に狼衆として活動する隊士は語る。訓練中、これは訓練をお題目とした体のいい隊士の口減らしかと疑ったと。それほどの地獄が待ち受けるとは知らず、鬼殺隊の新しい力となる隊士たちは山中へと消えていった。

 

 

 

 狼の帰郷

 

 鬼殺隊や鬼が主に活動する関東から北の山奥で、狼は簡素な地図を片手に道なき道を進んでいた。非常に珍しいことに、この遠出は鬼殺隊とは何の関わりもないものだ。狼衆の訓練中に耀哉からもたらされた情報を聞くや否や、当面の間の訓練を自主訓練に切り替え自らも長期の休みを申請したのだ。

 本来であればそのような長期の休みを鬼殺の隊士が許可されることなどまず無いのだが、事情を知る耀哉から秘密裏に1週間の休暇が狼へ与えられた。その書状が届いたその日に狼は屋敷兼訓練場を出立し、2日目の昼には現在の山中へ辿り着いていた。

 常人の移動速度と比べれば、異常なまでの速度を維持する狼に疲労の色は見られない。元々の体力だけでなく、今は精神が肉体の疲労を無視するだけの活力を狼に与えているのだ。

 そしてさらに半日ほど移動を続け、三日目の日の出と共に狼は目的の地へと到着した。

 周囲を深い森に覆われながらも、かつて人の手が入ったその地は低木が散見される程度に木が生える程度だった。建造物のほとんどは崩れ去りかつての面影はほとんど無いが、曲輪や石垣などは頑強に自然への抵抗を続け形を残している。

 戦国の世に、葦名と呼ばれた国。その中枢である葦名城跡地を、狼は複雑な思いで眺めていた。石造りの部分がかろうじて形を留めているに過ぎない城下へ、狼は忍義手を使い軽やかに降り立つ。当時世話になった荒れ寺は、すでに竹と木々に呑まれ敷地の判別すらできない状態となっていたため立ち入りを諦めたのだ。

 かつては葦名の雑兵が警戒し内府の兵が押し寄せた道も、獣道と判別がつかない状態にまで自然に飲まれている。かすかに残る痕跡を辿り、狼は葦名城の本丸まで辿り着いた。

 大手門は朽ち果て、その奥に広がる本城も崩れ去っている。狼の心に、落胆は無かった。葦名と思わしき土地の情報が見つかったと聞いた時から、薄々こうなっているのだと予想はしていたのだ。狼は何かを見つけるために葦名の地へ訪れたわけではない。自分がたしかに元の時代とは異なる時代へと迷い込み、帰ることができないと確信を得るために足を運んだのだ。

 忘れ去られた地で静かに朽ちるかつての戦場を眺め、狼はたしかに自分がこの時代で生きるほかないと心に刻みつけた。休暇は一週間だが、鬼狩りを再開するのは早いに越したことはない。最後に城の跡地を目に焼き付けようと見渡したところで、視界の端に動くものを見つけた。

 目を凝らすと、誰もいない空間に人間の姿が浮かび上がっていた。かつての葦名でも過去の出来事を幻影を通して見るという不思議な体験をしている狼は、興味本位でその人影に近づく。そしてその人物を判別し、驚きの声を上げた。

 

「エマ殿……」

 

 一度ならず世話になった女傑の姿に、狼は思わず立ち尽くす。何かを手に持ったエマは、かつて一心の部屋が供えられた二の丸へと向かっているようだ。そのあとへ続こうとして、狼はエマの陰になっていたもう一人の幻影に気がついた。今度こそ、狼の動きが完全に止まる。

 

「御子……様……」

 

 狼の記憶と寸分の狂いもない、主である九郎の姿がそこにはあった。エマと何か言葉を交わしながら、すでに失われた道を歩いている。二人の姿が木々の間に消えかけて、気を取り直した狼は急いでその後に続いた。かつての葦名では幻影と共に声も聞こえたのだが、あまりにも時が流れているためか声は聞こえない。だが、無二の主が動く姿を今一度見ることができただけでも狼にとって感無量だった。

 目頭を押さえながら幻影の後を着いていくと、二の丸跡で幻影の足が止まった。いや、幻影からすれば今まさに二の丸の基礎前にいるのだろう。狼からは苔生した岩場にしか見えない場所で、エマと九郎はなにやら作業をしている。手元を見るに何かを石の下に保存しているようだ。作業を終え立ち上がると、幻影は役割を終えたように消失した。

 すぐそこに保存された何かがあるという状況で、それを見たいという誘惑に勝てる者がどれだけいるのだろうか。少なくとも、狼はその手の欲望に素直だった。幻影が立っていた場所に立ち、半分地面と同化している石を見る。仕込み斧を展開し、いくつかの石を叩き割ると石の下から朽ち果てた木箱が出てきた。

 隠し場所としては単純かもしれないが、滅んだ国の崩れた石垣を掘り返す輩などそうはいない。結果として今まで残っていた箱の中身は、一冊の本だった。油紙と蜜蝋によって厳重に保護されていたため、目だった傷みは見当たらない。表紙を見れば、葦名流秘書の文字が。そして著者の名を見た狼は、目を見開くことになる。

 

「一心殿、か」

 

 表紙をめくれば、どうやらかの剣聖が自分で見聞きし修め編み出した技を戯れに纏めたものらしい。これがあれば、狼に新たな牙が加わることだろう。今狼が持つ伝書を合わせて教えれば、狼衆にもこれらの技を身につける者が出るかもしれない。

 僅かに踊る胸を押さえつつ、狼は書物が隠されていた場所に一礼した。僅かな時間感謝を捧げ、ほかにも何か発見があるのではと踵を返して城跡の散策を始める。

 散策の途中に、狼はふと考えた。先人に習い、自らも修めた技を纏め書とするのも一興ではないかと。




 鬼滅の刃 用語集

 施設・組織

 狼衆 おおかみしゅう
 本作独自の存在であり、狼の継戦能力及び生還能力を重視した産屋敷耀哉の発案で設立された前線支援部隊。
 狼が持つ技術を教え、適正ごとに組を作り柔軟な作戦遂行能力を得ている。
 現在は実験的に運用されているが、いずれは合同任務への同行や柱専属の狼衆など隠と同じかそれ以上に隊士に近い存在となるだろう。

 赤襟巻の狼衆 あかえりまきのおおかみしゅう
 狼衆の中でも、未だ専門が定まらない存在。狼衆内では、子犬組と呼ばれる。
 未熟者だが、中には組に振り分け直前の者もいるため実力の幅は大きい。
 未熟と侮らないことだ。生まれたての子犬か、牙を持つ新たな猟犬か。外見から判別する方法は、無いのだから。

 用語

 蛇紋岩・双極 じゃもんがん・そうきょく
 岩の呼吸壱ノ型。本来ならば手斧と鉄球を同時に放つ技なのだが、本編では狼に連撃を与えるため時間差をつけて技を放った。
 武器が回転しながら迫るため、受け止めると予想外の方向に力が流れてしまう。よって回避を選択する者が多く、相手の行動をある程度縛ることが可能。
 牽制技のように思えるが、岩の呼吸の身体強化と武装の質量により十分鬼の首を落とす威力を秘めている。

 岩軀の膚 がんくのはだえ
 岩の呼吸参ノ型。武器を肉体の至近距離で高速移動させ、攻撃を弾きながらも反撃の隙を伺う技。
 全集中の呼吸を見渡しても珍しい防御重視の技であり、岩の呼吸を使う者が生存性を高める要因の一つとなっている。
 悲鳴嶼が扱う場合、武器だけでなく鎖も防御に回せるため、非常に高い防御性能を誇る。

 瓦輪刑部 がりんぎょうぶ
 岩の呼吸伍ノ型。強化された脚力で跳躍し、落下の勢いを利用し連撃を浴びせる技。
 本来は広範囲を制圧攻撃する技なのだが、本編では狼の防御を崩すために攻撃範囲を集中し放った。
 狼だからこそ受けきることができたが、並の鬼では数体纏めて肉体をえぐられる威力の大技。

 隻狼 用語集

 施設・組織

 荒れ寺 あれでら
 葦名本城に続く道から僅かに外れた、荒れ果て神職もいない寺。
 人知れず様々なものが流れ着くとされており、実際に主からはぐれた狼も流れ着くようにしてこの寺に辿り着いた。
 流れ着くモノは多く、モノ同士の交流もまた多い。荒れた寺を背景に、情は確かに通っていたのだ。

 用語

 葦名一文字 あしないちもんじ
 葦名流基本の型。大上段に構えた刀を、地面を強く踏みしめつつ勢い良く振り下ろす単純な動きからなる。
 単純故に威力は高く、放つ際に地面を強く踏みしめるため体幹が崩れた場合でも修正できるという利点を持つ。
 ただ正面の敵を叩き切るという単純さ故に強力であり、技と呼べぬと嘲笑う者はほぼ例外なく頭を割られる末路を辿る。

 葦名一文字、二連 あしないちもんじ、にれん
 葦名一文字の派生であり、一文字を連撃として打ち込む技。勢いと威力から、この技を初めて受ける者はそのほとんどが同じ末路を辿る。
 若かりし葦名一心が得意とした型でもあり、防いだ刀ごと人間を腰まで両断する威力を誇っていた。そもそも、初撃を凌ぐ者すら稀ではあったが。
 一文字の威力を保ったままの二連撃であるため、耐えきったとしても大きな隙を晒すことが多い。とどめならずとも、確実な勝利へと布石として有効な一手である。

 葦名十文字 あしなじゅうもんじ
 葦名一心が起こした葦名流の奥義であり、ただ疾く切ることのみを突き詰めた型。
 あまりの速度に銀閃が目に残るほどであり、その軌跡が十字となることが技の名の由来である。
 特別な目を持たなければ刃の動きを捕らえられず、相応の身体能力なくば刃を避けることは叶わない。まさしく奥義と呼ぶにふさわしい技。
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