新年初の投稿にもかかわらず少々暗い内容ですが、お楽しみください。
柱との定期訓練が決定した手合わせから十数日後、狼の姿は鬼殺隊本部である産屋敷邸にあった。狼衆の訓練も軌道に乗り自室で実戦投入の日程に頭を悩ませていたところに、産屋敷邸直属の烏から緊急の招集があったのだ。訓練の合間に隠に同行させ実戦の空気を感じさせ、ついに鬼狩りに直接介入するという重要な案件だったのだが、緊急招集は鬼殺隊の今後に関わることがほとんどだ。優先度は言うまでもないだろう。
すぐさま準備を済ませ隠によって産屋敷邸へ辿り着いた狼だったが、上には上がいるものである。屋敷の庭にはすでに炎柱である煉獄槇寿郎と、影柱である影蔵伸三が雑談を交わしつつ待機していた。
「おお、狼殿か。先日の手合わせでは期待外れになってしまい申し訳ない。
ところで、何故産屋敷邸にいるのだ。これから緊急の柱合会議があるのだが」
「お館様から文が届きました。此度から、部隊の長として柱合会議に参加するようにと」
影蔵の疑念に狼が釈明を返すと、柱二人の表情が僅かに和らぐ。一般の隊士では開催すら知らされない会議の情報は、許された者以外に聞かれていいものではない。狼がその許された一人とわかり、警戒を解いたのだ。
「なるほど、たしかに立場としてはお館様直属となるのだ。柱合会議に参加してもおかしくはないか。
改めてだが、久しぶりだな狼。狼衆が実践投入の時期を図っていると聞いている。俺の任務でよければ同行させるか?」
両柱に会釈をしながら、狼は愼寿郎の申し出に内心首をかしげていた。初対面のころから、彼は狼に対して懐疑的だったのだ。もちろんそれが隊のため、謎の人物である狼を一人も警戒しないのは不用心であるとの考えからということは狼も察している。
それだけに、この提案が炎柱自らの口から出たことが意外だった。狼の沈黙から表面ながらその驚きを読み取ったらしく、愼寿郎が拗ねたように視線を逸らす。
「お前がどうであれ、お前の教えを受けた部隊はお館様肝入りであり鬼殺隊の一員だ。
そもそも指導者を怪しんでいるからといって、一緒くたにその教えを受けた者たちを邪険に扱うほど狭量になった覚えはないぞ」
不器用ながら狼をそれほど嫌っていないという意思表明に、側にいた影蔵が大いに食いついた。
「素直に実力を認めていると言えば良いものを。
狼殿、こやつおぬしの活躍を聞き評価しているというのに、嫌われ役を買って出た手前今更素直に褒められずにこのようなことを言っておるのよ。
炎柱、照れ隠しに素直でないことを言うのはよいが、それに馴れんよう気をつけたほうがいい。おぬしかなり不器用な面があるから、何かでこじらせると心にも無いことしか言えなくなりそうでなぁ」
「うるさいぞ影蔵、お前は俺の爺さんか!」
「お館様が鬼殺隊の父であるように、この身は隊士皆にとって親戚の爺のような存在でありたいのでな。爺さんと呼んでもらえるならば、喜んでその呼び方を受け入れるぞ?」
飄々とした影蔵と直線的な愼寿郎とでは相性が悪いらしく、文句の尽くをいいようにあしらわれている。剣の実力ならば炎柱に軍配が上がるのだが、こと舌戦においては結果は逆転するようだ。
考えてみれば、狼衆設立の際は愼寿郎が賛成に回ったことで場の空気が大きく動いたことは確かだ。狼への悪感情もなくただ隊を考えて怪しんでいる以上、鬼殺隊のためとなる部隊がより早く稼働するよう協力しようとするのは自然だろう。
だが、現状の問題はからかう影蔵と照れ隠しに怒鳴る愼寿郎だ。このままでは、発案者本人の羞恥心からせっかくの実戦投入機会を失いかねない。内心慌てつつ、狼は言い争う2人の柱の間に割り込んだ。
「影柱様、戯れもほどほどにせねば不要な軋轢を生みますぞ。
炎柱様、ご提案ありがたく受けさせていただきます。後日お館様と協議し、日程などの目途が立ちましたら鎹烏にて連絡いたします」
「む、そこまで言われてはここまでにしておくか。鬱陶しがられるならばまだしも、嫌われてはたまらん」
「お館様の意向を曲げてまで俺の任務に同行させる必要はないぞ。まあ、そういった案もあった程度に考えておけ」
飛び込んだ狼に気勢が削がれたのか、柱たちは素直に言葉の矛を収めた。そこで、ふと両者共に違和感を覚える。
「そういえば、岩柱はどうした。普段であれば、ここまでになるまであの堅物が止めに入るだろう」
「言われてみれば、緊急招集であの畠山が遅くなるとは珍しいな。狼よ、たしかお前はあの継子……悲鳴嶋と同期である程度交流があるらしいな。師である畠山に何か急用があったなどは聞いてはいないか?」
愼寿郎の問いに、狼は黙って首を振った。たしかに、普段の柱合会議であれば岩柱師弟は二番目か三番手に産屋敷邸へと到着することが多い。三人で首を捻っていると、そこへ越津と天水が顔を出した。
「やあやあ遅くなり申し訳ない。畠山が最後とは珍しいな」
「遅くなりました。てっきり僕たちが最後かと思ってたんですけど」
意外そうな越津に首をかしげる天水も、何故畠山が遅れているのか知らないようだ。
「越津に天水。おまえたちも知らんのか」
最後のあてが外れ、眉を顰める愼寿郎の肩に影蔵は手を置いた。
「まあ、珍しいが今までなかったわけじゃない。任務が長引いているのだろう。そう心配せずとも、会議前には着くだろうさ」
「あいつが遅れるとは思わんが、どうにもな」
慰めるような影蔵も、自分の言葉を信じてはいないようだった。愼寿郎もひとまずは不安を隠すが、そわそわと落ち着きがない。
「雨柱様、いままで岩柱様が柱合会議に遅れたことは無かったのですか」
「僕が知る限り、ほとんど二番手か三番手には来ていたみたいですよ。まあ、僕は柱になってから一年少ししかたっていないし、あんまりあてにはならないですけどね。
柱最長の影蔵さんが不信がっていますし、今までなかったみたいです」
狼の疑問に答える天水も、どこか不安である様子を隠すことができていない。無言のままの越津は、眉間に深い皺を刻み込んでいる。
そしてその不安を肯定するかのように、産屋敷あまねが襖を開き姿を現した。普段のかっちりとした印象を与える着物ではなく、緩やかな服装をしている。かなり珍しいことなのだが、狼以外それに気がつく者はいなかった。
「皆様、急の呼び出しにもかかわらずよくぞお集まりいただきました」
「いえ、我らが敬愛するお館様からのお声なのです。逸る者こそあれ、疎む者などおりますまい」
静かに頭を下げるあまねに、一同を代表して愼寿郎が挨拶を返した。
「心遣い、ありがとうございます。
さて、皆様お揃いのようですね」
「あまね様、未だ岩柱である畠山ヤヱがおりません。緊急の柱合会議に遅れるとは何か理由があるはず。もうしばらくお待ちいただけませぬか」
「その件につきましても、お館様からお話があります」
どこか感情を感じさせないまま、あまねは襖の横に控える。そして、現鬼殺隊当主である産屋敷耀哉が姿を現した。
「やあ、私のかわいい
「お館様におきましては、ご壮健なによりです。
失礼ながら、岩柱である畠山ヤヱの不在についてお教え願えますでしょうか」
普段の愼寿郎であればまずあり得ない挨拶の省略に、柱全員が思わず愼寿郎を凝視した。しかし、それを咎める者はいない。皆が内心、不在の理由を察しつつもどうか否定して欲しいと願っているのだ。
「今から説明するから、落ち着いておくれ愼寿郎。
皆も薄々わかってはいるのだろうけれど、昨晩岩柱である畠山ヤヱが殉職した」
だが無情にも、彼らが抱えていた不安は敬愛する主人によって肯定されてしまった。
「それは、確かなのですか」
希望を捨てきれない天水が食い下がるが、耀哉は生半可な希望を持つことを許さない。
「残念ながら、事実だよ清右エ門。
任務先から彼女だけでなく柱付きの隠すら帰ってこなかったために新しく隠を派遣し、隠全員の遺体が確認された。ヤヱは、残念ながら腕の一部と薙刀の破片しか見つからなかったそうだよ。見つかった血の量からして、生きてはいないと」
天水の動きが止まり、うつむいた彼の足元にいくつかの染みが生まれた。
鬼殺隊は、若くして家族を殺され天涯孤独となったものが多い。そういった者たちが抱える心の傷を、畠山の面倒見の良さと優しさは癒していたのだ。彼女に母を見るものが多い中、天水は何を見ていたのだろうか。憧れか、思慕か。感情の向かう先を失った今となっては、未熟な思いがどのように花開いたのかを知る術はない。
「ヤヱの薙刀は、今の季節にもかかわらず凍りついていたとのことだよ。日の光に晒した途端、氷は最初から無かったかのように消滅したそうだ。まず間違いなく、血鬼術の類だろう。
柱を相手取りながらも隠の離脱を一人たりとも許さなかった状況から見て、ヤヱを殺したのは上弦の鬼と見て間違いないだろう。氷の血鬼術を扱う鬼と遭遇した場合、十分に警戒してほしい」
天水の様子に気がつかないふりをしつつ、耀哉は伝えるべき情報の共有を進めた。
鬼の中でもひときわ強力な12の集団である十二鬼月。鬼の始祖たる鬼舞辻無惨に選ばれたそれらの中でも別格と呼べる6匹の鬼が、上弦と呼ばれる存在だ。
上弦については、100年以上前に一度討伐されたきり一切の記録がない。鬼殺隊最高戦力である柱ですら、遭遇すれば命を落とし続けた結果だ。その謎の一端を解明できただけでも、畠山は柱に相応しい成果を上げたといえるだろう。
「にわかには信じがたいですが、少なくとも岩柱が不在となったことは事実。先に欠けた風柱の補充もままならないうちにもう一柱が折れ、残る柱は我ら四人のみとなってしまいました。
畠山を悼む気持ちがないわけではありませんが、早急に新たな柱を見出さねば鬼殺隊が傾きかねませんぞ」
激情を抑えるために拳を握りしめ、愼寿郎は主に進言した。たしかに、ここで故人を悼む間にさらなる痛手を受けてしまえば鬼殺隊はその勢力回復に大きな時間をかけることになるだろう。
進言を受けた耀哉は、静かな笑みと共に愼寿郎を見つめ返した。
「もっともな心配だね、愼寿郎。
でも安心して欲しい。ちょうど昨日、新しい柱となる条件を一人の隊士が満たしたんだ」
「それは良い知らせですな。ヤヱが逝った悲しみを埋めるものではないものの、慰めにはなりましょう。
して、その者は今どちらに?」
輝哉の情報に、影蔵は安心したような表情を浮かべた。柱最古参である彼は、鬼殺隊の盛衰を産屋敷家の次に肌で感じてきた男だ。彼が柱となってから、鬼殺隊は鬼に押されその力を徐々に失ってきた。先輩に当たる柱も次々に殺されてきた彼にとって、新しい柱はなによりも歓迎する事柄なのだ。
「今、襖の向こうに控えてもらっている。
入っていいよ、行冥」
「失礼いたします」
輝哉の呼び声に従い、一人の巨漢が入室した。盲いた目は白く濁り、南無阿弥陀仏が書かれた羽織を纏っている。身につけた隊服の釦の色は、柱を表す金色だ。
「前に紹介したことがあったね。昨日任務先で下弦の壱を討伐し条件を満たした、ヤヱの継子でもあった行冥だ」
狼の心に驚きはなく、ただそうかという納得が広がった。もともと実力的には柱と遜色なかっただけに、柱たちからも懸念の声は上がらない。
「このたび岩柱を拝命いたしました、悲鳴嶼行冥です。
何かと劣る身ではございますが、足手まといにはならぬよう精進いたします」
一礼し、輝哉に断ってから行冥は庭へ降り柱たちへ並んだ。居並ぶ鬼殺隊の最高戦力たちを見た輝哉は静かに微笑む。
「みんな、今は不安かもしれない。九人存在するはずの柱は五人しかおらず、継子を持つ者もいない。
でもね、私はそこまで不安というわけではないんだ。最近隊士の中から希有な才能を持った者が度々見つかるようになってきたし、鬼殺隊外から強い人間を数人引き入れることもできた。
それに、狼が育ててくれている狼衆もそろそろ動き出せるらしい。彼らが本格的に活用できれば、剣士の負担は減るだろう。
夜明け前が最も暗くなるというよ。必ず来る夜明けを目指して、私たちは歩き続けなければならない。みんな、期待しているよ」
「御意!」
輝哉の言葉に、居並ぶ一同は一斉に頭を下げた。演説としては静かな言葉は、しかし不思議と一同の心を奮い立たせている。
その後細々とした話し合いが少し挟まり、輝哉が去ると柱たちは一斉に悲鳴嶼を取り囲んだ。畠山を通じて最も交流があった、影蔵が代表して最初に声をかける。
「師である畠山の死を悼むべきか柱の就任を祝うべきか複雑だが、とにかく下弦の討伐おめでとう。いずれ柱に届く男だとは思っておったが、ここまで早いとはな。若人は儂のような老人の予想を常に超えてくれる」
感慨深げな影蔵の後ろから、愼寿郎が歩み出た。
「畠山は残念だった。よい腕の柱であり、鬼殺隊士によく気を配っていた。
そしてよくぞここまで上り詰めた。下弦の壱を昨晩切ったばかりだというのに、目立った傷はなく疲れた様子もない。
君もまた鬼殺隊になくてはならない存在になっていくだろう。俺は君のこれからを信じる」
「お二方とも、お言葉痛み入るとともに歓迎ありがとうございます。皆様からの評価を過大なものとしないよう、これから益々の努力を重ねましょう」
そう言って、悲鳴嶼は未だ暗い顔の天水へと向き直った。
「我が師への涙、ありがとうございます。ですが、あの人は泣くよりも笑った方を好んでいました。あまり泣いていると、笑われてしまいます」
そう言いながら、悲鳴嶼は一筋だけ涙を流す。この場にいる者は、かつての柱合会議で彼の涙脆さを知っている。それだけに、流す涙が一筋ということはどれだけ悲鳴嶼が泣き出すことを堪えているのか、察することができた。
「継子に言われたら、泣いて落ち込んでるわけにも行かないですね。あの人に笑われるならまだしも、呆れられたら困る。
さて、柱就任おめでとう。もう僕より強いだろうけど、経験は負けてないから何かあったら聞いてくれると嬉しいです」
「我ら水の呼吸に類する者は新たな柱に協力を惜しまん。気軽に接してくれ」
外見上は取り繕った天水が、悲鳴嶋へと笑みを向けた。今は取り繕っているだけだろうが、そう遠くない内に立ち直ることができるだろう。精神的にも強くなければ、到底柱など務まらないのだ。それを支えるよう背後に建つ越津の支えがあれば、間違った形で強くなる心配はないだろう。
そして、悲鳴嶋は狼と向かい合った。同期としてよく関わっていた両者だったが、これで共に鬼殺隊にとって替えが効かない存在となったのだ。
「柱合会議で狼殿が部隊を任されると聞いたとき、おいていかれたと感じました。やっと追いつくことができた」
「こうも早く柱になるとは、流石の腕だ。これからも、共に腕を振るおう」
簡単なやり取りだったが、そもそも口数が少ない狼からすれば十分に話した部類だ。悲鳴嶋も狼の性格は把握しており、これだけのやり取りでも十分に自分を考えてくれているとわかっているため嬉しそうに微笑んでいた。
「聞いていただきたい。私が岩柱となり屋敷をいただくことになったため、岩柱邸に残された我が師の遺品はすぐさま整理させることになります。そこで最後に師、畠山ヤヱを悼むために小規模ながら岩柱邸で食事をしようと思うのです。
参加していただければありがたいのですが、どうでしょうか」
悲鳴嶋が場の全員と言葉を交わしたのち、1つの提案を投げかけた。幸い柱合会議はあまり時間をかけずに終了したため、今から移動と食事をしても夕方には終わるだろう。そこから各任務に向かっても、計算上は十分に間に合う。
柱の中でも慕われていた畠山を偲ぶ催しに参加しない者がいるはずもなく、現役の柱が揃って移動する珍しい光景の後に鬼殺隊幹部のみ参加の非常に豪華な食事会が開催された。
追悼と歓迎を同時に行う食事会のため、賑やかなれどどこかしんみりとした雰囲気の中愼寿郎が狼へと話しかけた。最低限話はするが、どこか考え込んでいるように見えたのだ。
「狼、何をそんなに考えている?
まさかとは思うが、お前の部隊がもっと早く動き出していればなどと考えているのではあるまいな」
「いえ、そのようなことは」
当然、狼はそのような思い上がりをしてはいなかった。柱がいてなお隠まで全滅したのだ。狼が鍛えたとはいえ、援護する人間がそこに数人加わったところで結果は同じだったことだろう。
「ならば、何を考えておるのかな?
なに、この場ならばよほどの話でもない限り真に受ける者はいない。悩みがあれば、吐き出すことで多少楽にはなりましょうぞ」
影蔵の言葉に、狼は僅かな逡巡の後重い口を開いた。
「見るに、お館様の奥方は身篭もっておられた。あの場で何故お館様がそのことをお知らせにならなかったのかと」
狼の零した一言に、その場にいたほぼ全員の時が止まる。
「それならば、訃報の後に慶事を伝えても私たちが困るだろうからとおっしゃっていた。それと、気がついたときに驚かせたいともおっしゃっていたな」
一人だけ平然と茶碗を持っていた悲鳴嶼の返答を皮切りに、焦りからあまねの妊娠を見抜くことができなかった柱たちによる大騒ぎが始まった。
後日、柱たちによるあまね懐妊祝いの波状攻撃が産屋敷邸を襲うのだが、それはまた別のお話。