隻腕の狼、大正に忍ぶ。   作:橡樹一

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鬼殺隊本部

 鬼と呼ばれる死なずを切った狼は、是非礼がしたいと言う男――川原と名乗った――の後ろについて町に向かった。そこで目にした光景に、思わず言葉を失う。

 

「どういう……ことだ……」

 

 狼の眼前には、見慣れた葦名の地とは比べものにならないほどに発展した町並みが広がっていたのだ。それも発展しているだけではなく、そこかしこに戦国ではあり得ない道具の数々が目に入る。

 

「どうしました?」

 

 狼を心配そうに見る川原は、特に疑問に思っていない様子だ。

 

「今は、何年だ」

 

 絞り出すような狼の問いに、川原は訝しみながら口を開いた。

 

「大正になって何年だったかな。

 えっと、顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」

 

 今の狼に、川原の問いかけに応える余裕など無くなっている。狼の記憶では、最後に聞いた元号は文禄だ。文脈から大正が元号の一種であることに見当はつくが、それはつまり元号が変わるほどの間狼は主を放置していたということに他ならないのだ。

 

「さすがに鬼2体を切ったことは精神的に負担だったみたいですね。宿も近いのでもう少し頑張ってください」

 

 狼が静かに混乱する様子を、川原は鬼との戦闘から出た疲労が原因だと考えたようだ。僅かに足を急がせながら、狼を先導する。

 

「藤の家があれば本部との連絡も楽なのですが、どうもこの辺りには見当たりませんで。

 ああ、申し訳ない。そのあたりの話は、宿についてからにします。ここで話しても困られるでしょう」

 

 いつのまにか、川原は狼に敬語で接するようになっていた。最初こそ助けた礼のつもりかと考えていた狼も、こう話しかけられ続ければそのことに疑問の1つも沸く。

 

「お主、なにゆえ敬語など使う」

「命の恩人相手に、礼を失しては鬼殺の隊士として恥ですから。あなたの腕前に感服したという理由もありますがね。

 おお、宿が見えました。宿の主人には私が話をつけますので、少々お待ちになってください」

 

 そう言い残し、川原は宿の中へと消えていく。

 狼は川原の言葉を聞き、どうにもむずがゆい思いをしていた。元々仕える者として義理の父たる大忍びから徹底的な教育を施されてきたのだ。今更他人から敬われるなど、どうにもすわりが悪い。とはいえ、相手が悪意を持たず純粋な敬意から敬語を使っていることは狼にもわかる。ひとまず好きにさせるかと考えたところで、宿の戸が開き川原が顔を出した。

 

「同じ部屋ならばということでなんとかなりました。ささ、案内します」

 

 そして川原の先導の元、狼は宿の寝室にまでたどり着いた。にこやかに狼を招き入れた川原だったが、部屋に入った途端表情を引き締める。

 

「まずはこの度の助太刀、まことに感謝しております。貴方様がいなければ、この身は悪鬼の腹に収まりあの者どもの力を増す結果となっていたことでしょう」

「待て。まずは、その悪鬼とやらについて聞かせてもらおう」

 

 狼の要求に頷いた川原から聞かされたのは、狼をしてにわかには信じがたい話だった。夜の闇に紛れて人を襲う鬼。人間をたやすく引きちぎる怪力に加え、人を喰えば喰うほど強くなり、異能に目覚める者すらいるという。夜の闇の中ではほぼ不死身といっていい再生能力を持ち、しかし日の光を浴びれば瞬く間に肉体が崩れ去る。

 その鬼に対抗するために組織された、政府非公認組織である鬼殺隊。部外者ゆえに自己の判断で詳しいことを話すわけにはいかないとは川原の弁だが、日の光以外で唯一鬼を殺すことができる日輪刀を携えて今日も人知れず鬼を切る。

 この話だけを聞いたのならば、狂人の妄言として片付けられてもおかしくはないだろう。しかし、狼には先ほどの戦闘という実例があり、さらには葦名の地で戦った多くの化生という経験もある。

 ひとまずは信じようと考えたところで、宿の窓にはめ込まれた木戸が軽く叩かれた。

 

「おそらく私の仲間です。少々失礼しますね」

 

 一言断り川原が木戸を開くと、黒頭巾で頭部を隠した人間がひょっこりと顔を出した。川原と二言三言話し合うと、頭巾頭は一礼して去っていく。

 

「さきほど貴方が殺した鬼の死骸を回収するよう頼みました。実物があれば、信用も得られやすいでしょう」

 

 川原の言うことには一理ある。特に、本来ほぼ不死身である鬼を特殊な刀で刺し殺したなどという、鬼を深く知るものならばより強く否定するであろう情報を、鬼殺隊本部へと報告するのだ。証拠はいくらあっても困ることはない。

 

「さて、と。私はこのまま報告書を書きますが、貴方はどうしますか? お疲れでしょうし、何か起きればすぐ起こしますので」

「では、言葉に甘え休ませてもらおう」

 

 もちろん、言葉通り無防備に寝るつもりなど狼には毛頭無い。ふすまを閉め川原から視界を切ると、壁を背にし、片膝を立てて刀を握る。最速の動きで刀を抜けることを確認し、僅かな音でも目を覚ますよう気を張ったまま、狼の意識はゆっくりとまどろみに沈んでいった。

 

 

 

 どれほど眠っただろうか。隣の部屋で動く気配を感じ取り、狼は静かに目を開いた。木戸がゆっくりと開かれる音と共に、鳥の羽音が響く。木戸の隙間から見るに、未だ日は昇っておらず夜の闇が広がっている。そんな中飛ぶ鳥など梟くらいのものだが、彼の鳥は羽音を立てない。かつて狼が対峙した敵の中には、犬を自在に操った槍足の正長という忍びが存在した。鳥を操る忍びが居ても、おかしくはあるまい。音を立てずふすまににじり寄り、僅かに隙間を開いて様子を窺った。

 川原が、開いた木戸を見ながら何かと話している。狼を起こさないよう声を潜めてはいるものの、卓越した忍びである狼にとって隣の部屋の話声を聞き取るなどたやすいことだ。

 

「悪いな、夜中に文を運ばせてしまって。ああ、返事はしないでくれ。隣の部屋で恩人がまだ寝ているんだ。あとで何か埋め合わせをするから、食べたいものでも考えていてくれ。

 じゃあ、よろしく頼むぞ」

 

 結果として、狼の警戒は杞憂に終わった。川原は部屋に侵入、いや、親しげに話しかけているところを見ると、川原が招き入れたのだろう。烏に手紙を預けており、ひと撫でされた烏は満足げに翼を広げると開いた木戸から夜の空へと飛び出していった。

 あまりにも聞き分けがいい烏の様子に、狼は内心舌を巻いていた。彼の義父である大忍びは、その名に相応しく梟を伝令役として使っていた。だが長年飼われていた梟ですら、今見た烏ほど人間のような動きはしなかったのだから。

 狼がふすまを開くと、川原が狼へと目を向けた。

 

「おや、起こしてしまいましたか」

「今の、烏は」

 

 申し訳なさそうな川原に対し、狼は率直に疑問をぶつける。

 

「我々鬼殺隊は、烏を使って連絡を取り合っているのです。私が報告書を書き終わる頃合いを見て、受け取りに来てくれたんですよ」

 

 こともなげに伝える川原の声や表情に、嘘は無い。こうも気軽に明かす様子を見るに、鬼殺隊に僅かにでもかかわったものにとっては周知の事実なのだろう。いかに鬼が優れた身体能力を持とうとも、所詮は2本の足で地に立つ存在なのだ。月明かりの元、天高く飛ぶ烏に手を出す方法は限られてくるため、隠す必要はないのだろう。

 

「早くとも、返事が来るのは明日以降となるでしょう。それまでゆっくりと体を癒やしてください」

 

 川原の一礼を合図として、この夜は互いに休むことになった。狼はすでにある程度疲労が取れたため、義手の手入れを行い始める。

 結局狼が再び休憩に入るころには、夜明けまで1時間を切っていた。

 

 

 

 目覚めた川原とその身じろぎの音で目覚めた狼が共に朝食をとっていると、1羽の烏が開け放った窓にとまった。独特な形状の飾り紐を首に巻いた、どこか気品のある大柄な烏だ。また伝令かと最低限の意識しか向けていない狼とは対照的に、川原は両目を溢さんばかりに見開いている。

 

「どうした」

「ま、まさか……」

 

 狼の声に反応できないほど、川原は狼狽している。

 

「こんにちは、名も知らぬお人よ」

 

 突然、知らない声が室内に響いた。咄嗟に狼は警戒態勢をとるが、周囲には敵どころか人の気配すらない。

 

「失礼、驚かせてしまいましたね。吾輩はそこのものが所属する鬼殺隊、そのまとめ役である産屋敷直属の使いの者です」

「烏が……」

 

 話の内容よりも先に、狼は烏が人の言葉を話しているという事実に驚いていた。その様子を見た烏は、不思議そうに首をかしげる。

 

「おや、川原から聞いてはいなかったようですね。吾輩をはじめとした鬼殺隊の烏たち、鎹烏と呼ばれているものたちは、訓練により人間の言葉を話せるようにしているのです。迅速な連絡のためにもね」

 

 こともなげに言っているが、それを成すためにどれほどの訓練が必要なのか、狼には想像もつかない。

 とはいえ、今その苦労を想像しても仕方がない。居住まいを正し、狼は烏へと向き直った。

 

「産屋敷の使いと言っていたが、何の用だろうか」

「我が主は隊士を救ったあなたに直接礼が言いたいとのことです。それと、ひょっとするとあなたに渡すべきものを預かっているのかもしれないと」

「渡すべきもの、とは」

 

 狼に心当たりはない。そもそも、会ったこともない相手が何故狼に渡すものを預かっているというのか。

 そんなごく当然の疑問は、烏が放った次の言葉で吹き飛んでしまう。

 

「葦名の地について……その表情からして、あなたが我が主の待ち人で間違いなさそうですな」

 

 その名を聞き、狼は忍びにあるまじき動揺を表に出してしまった。その様子を見た烏が満足そうに目を細めるが、狼にそれを気にする余裕はない。

 

「詳しい話は主が直接会って話されるとのことです。こちらに使いの隠……我々の組織の裏方を務めるものたちをよこしますので、屋敷に来てはもらえませんか?」

 

 形式として選択肢の提示はされているが、今の狼にとってその選択肢はあってないようなものだ。

 

「……伺おう」

「それはなにより。吾輩も主に良き返答を持ち帰ることができますな」

 

 重々しい狼の答えにも、烏は気にした様子がない。組織の長直属というだけあり、烏でありながらかなりの胆力を持っているようだ。

 

「さて、詳しい報告のため川原も共に来るようにとのことです。一刻もしないうちに迎えの隠が来るでしょう。お待ちしておりますよ」

 

 突然名を呼ばれた川原の動揺を面白そうに眺め、烏は笑うように1鳴きして飛び去った。

 どうにか挙動不審となっていた川原を落ち着かせ、朝食の残りを腹に収めたところで宿の主人がやってきた。

 

「お客様、藤の使いと名乗るお方が訪ねていらっしゃっておりますが、いかがいたしましょう?」

「ああ、私の知り合いで間違いない。少し早いが、これで失礼させてもらおう」

 

 簡素なやり取りと共に宿を出た狼と川原は、入り口で待っていた男に町はずれの林まで案内される。茂みの中には昨晩部屋を訪れた男が黒頭巾を被って待機していた。

 

「さて。申し訳ないのですが、ここからは目と耳を隠していただきたい」

 

 待機していた男と同じ黒頭巾を被りながら、藤の使いと名乗っていた男は目隠しと耳栓を狼へ差し出した。

 

「何故だ」

「これからお連れする産屋敷邸は、鬼殺隊の本部でもあります。万が一にも場所が判明しないよう、いかなる人物にも同じ処置をさせていただいているのです。ご理解ください。

 装着を確認でき次第、私たちが背負ってお送りいたします」

 

 常人であれば、突然五感のうち2つを塞げと言われれば拒否感を抱くだろう。五感を研ぎ澄ませる忍びである狼は、より強い嫌悪感を抱く。しかし、同行者の川原がおとなしく処置を受けており、現在葦名の地に関する唯一の手がかりを失うわけにはいかないという理由から、狼は渋々自らの手で目隠しと耳栓を装着する。

 外界を感知する手段を失った狼と川原を、隠たちはあっさりと背負い中々の速度で走り出した。

 

 

 

 どれほど移動しただろうか。途中数度背負う人間を変えながらも移動は続き、体感で数時間ほど背負われた後に狼は地面へと下ろされた。

 

「おつかれさまでした。産屋敷邸に到着いたしました」

 

 狼の目隠しが外されると、目の前には立派な日本家屋が建っていた。その外見に、狼はどこか既視感を覚える。僅かな思考の後、狼は答えに辿り着いた。

 似ているのだ。かつて狼の主が暮らしていた、平田屋敷の本邸に。

 似ていると言っても正面の門構えだけではあるのだが、漂う雰囲気がどこか彼の屋敷を思わせるのだ。

 

「お館様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 

 戸惑う狼を、どこか急かすように男たちが先導する。共に連れてこられた川原は報告のためか、先に屋敷の中へと連れていかれてしまっているようだ。思考を中断し、狼は男たちの先導に従い館の庭へと足を向けた。

 平田屋敷ほど防衛を意識していないのか、庭へは漆喰の塀1枚を挟んですぐ到着した。時期もあってか満開に咲き誇る藤の花を潜り抜けると、広い枯山水の庭が広がっている。その庭に面した縁側に、1人の男性が座っていた。背後には、2人の護衛らしき影が控えている。

 

「わざわざ出向いてもらって申し訳ないね。本来であればこちらから礼を言いに行かなければならないところなのだけれども、私の体が弱いばかりに失礼な形をとってしまった。許していただけるかな?」

 

 深い慈しみを感じさせる、落ち着いた声の持ち主だった。短く切りそろえられた髪は黒々とした艶を放っており、これほどの手入れに気を使えるという男の立場を伺わせる。両目は深い思慮を湛え、優し気な笑みと共に眦は緩やかな線を描いていた。

 狼にとって、それらの全てが些事だった。一歩、また一歩と縁側に座る男にまるで引き寄せられるように狼が近づく。案内役たちが止めようと手を伸ばすが、縁側の男が手を挙げてそれを制する。

 

「……御子様」

 

 絞り出すような狼の声。そう、服装も年齢もまるで違うというのに、狼は絶対の忠義をささげた主と非常によく似た気配を目の前の男から感じ取ったのだ。

 

「やはり、君は狼だったんだね。竜胤の御子である九朗殿に忠義を捧げた、熟練の忍びであると聞いているよ。

 私は産屋敷耀哉。君に渡すものがあるんだ」

 

 柔らかな笑みを絶やさず、耀哉は隣に置いてあった桐の箱を開いた。収められていた本の表紙に書かれた文字を見た狼は、両目を見開く。

 

「その文字は、九朗様の」

 

 狼の声を聴き、耀哉は背後の1人に箱ごと本を手渡した。

 

「この本は後でお渡ししよう。いろいろと話さなければならないことがあるんだ。

 まずはそうだね、ここがどこなのかというところから話そうか」

 

 凍えるような警戒心をむき出しにする狼と、太陽のような笑みを浮かべる耀哉。静かな日本庭園の中、向かい合う2人は対極的な雰囲気を纏っていた。




 鬼滅の刃 用語集

 人物

 産屋敷耀哉 うぶやしき-かがや
 鬼殺隊の長を代々務める、産屋敷家97代目当主。
 穏やかな物腰とは裏腹に、強い芯と強かな面を併せ持つ組織の長として相応しい性格をしている。
 組織に所属する人間の顔と名前をすべて暗記するほどに、鬼殺隊という組織を構成する人間を愛している。

 施設・組織

 産屋敷家 うぶやしきけ
 鬼殺隊を創設した一族であり、今もなおその長を務め続ける一族。
 莫大な資本と確かな歴史を背景に、持ちうる権力をすべて鬼殺のために注ぎ込む執念を絶やさない見方を変えれば恐ろしい一族。
 一族の者たちは代々短命であり、30歳を超えて生きた者はいないと記録されている。

 隠 かくし
 鬼殺隊の非戦闘作業全般を務める者たちであり、主に鬼殺の事後処理や隠蔽を担当している。
 事務作業や隊服の仕立てといった雑務もこの部隊の仕事であり、鬼殺を十全に行えるようあらゆる作業をこなす裏方たちである。

 用語

 藤の家 ふじのいえ
 鬼殺隊の協力者たちであり、鬼の被害から救われた人間が自主的に協力する際の通称。
 主に隊士の宿や連絡の拠点として家を無償で提供しており、鬼狩りを助けることを誇りとしている。

 隻狼 用語集

 人物

 狼の義父 
 大忍び、梟と呼ばれる凄腕の忍び。
 狼を超える大柄な体からは想像できないほどの俊敏性と体中に仕込んだ忍具を自在に操る。
 竜胤の力に目がくらみ陰謀をもってその力を手に入れようと画策するが、主を守ると心に決めていた狼に敗れる。

 槍足の正長 やりあしのながまさ
 孤影衆の1人であり、毒手と忍犬を自在に操る難敵。
 孤影衆を纏める長の息子の1人であり、実力も息子たちの中で最強と称されている。

 施設・組織

 平田屋敷 ひらたやしき
 葦名氏の傍流であり重臣、平田家が構える屋敷。
 かつて竜胤の御子を養子として育てていたが、戦の準備で若い戦力が減った隙に族の襲撃に会い屋敷は門下の町ごと焼き払われた。
 この襲撃事件がきっかけで、九朗は竜胤の御子としての力を覚醒させることになる。
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