プロットができていても肉付けには苦戦するのだと痛感しております。
月の光が疎らに降り注ぐ山中で、一人の大男……宇髄天元が獣道を歩いていた。背には巨大な出刃包丁にも似た一対の刃を背負い、不安定な足場にもかかわらず足運びには微塵のブレもない。
「ったく、いい加減出てこいっての。記念すべき五十匹目だってのに地味な野郎だ」
周囲を探りながらぼやく宇髄だったが、背後に微かな物音と何者かの気配を感じ取り振り向いた。
音もなく、小柄な男が視線の先に控えていた。茶の襟巻きを身につけ、顔の下半分は隠されている。
「お前は、たしか狼衆だったか?」
「はい。鬼を発見し、足止めを開始したので報告を。
左眼球に文字を認めましたが、距離や動きもあり数字までは把握できていません」
茶襟巻きの狼衆……寄鷹組から発された言葉に、宇髄の表情が引き締まった。
瞳に文字を持つ鬼は、特に強い力を持つ。刻まれた数字は序列であり、小さいほどに強さを増すのだ。たとえ序列が下から数えた方が早かろうとも、並の隊士ならば死を意味する相手に大男も余裕を捨て去る。
同時に、夜鷹に似た鳥笛が周囲に響いた。
「音の元に鬼がいます。お早く」
狼衆の言葉を聞き終わらないうちに、宇髄は笛の音の元へと走り出していた。
常人離れした鬼殺隊士と比べても、尚異常な速度で駆ける宇髄。その背後を、狼衆が徐々に離されながらも追従している。
宇髄はかつて、忍びの里の当主筋として並々ならぬ鍛錬を受けて育った。今では抜け忍として里との縁は切っているものの、鍛錬は欠かすことなく続けている。本気を出していない自分へ遅れながらも追従する狼衆は、宇随にとって警戒対象となっていた。
「まさかいまさら追い忍なわけはない……とは思いたいな。
まあいい。地味にうじうじ考えるよりも、何かあったらその時派手に暴れるとするか」
宇随が里抜けを決めた時点で、里の経済や影響力、保持する戦力は風前の灯となっていた。鬼殺隊に深く浸透している狼衆を組織するほどの力があるとは思えず、事実宇随が里抜けをした後に放たれた追手は見習いも同然の力量である者が数名程度だった。
そもそも狼衆ほどの組織を生み出せるのであれば、たとえ秘密裏であったとしても当主筋である宇随の耳に入らないはずがない。
ここまで考えて、宇随は思考を切り替えた。突然大木が蛇のようにうねりながら襲い掛かってきたのだ。
「血鬼術です。木とは思えない動きをします故、警戒を!」
背後の狼衆の警告とほぼ同時に、宇随は横っ飛びで大木を回避した。背後の狼衆にも危なげなく回避された大木は、地面に突き刺さるとその動きを止める。
大木の発生源へと宇随が視線を向ければ、一体の鬼が人間の骸を咀嚼していた。
「なんだ、餌が増えたか。
面倒な手合いであったが、これならば相手をした甲斐があったというものよ」
血に染まった衣装は、狼衆の制服だった。引きちぎられうち捨てられた襟巻の色から、夜鷹組に属していたことがわかる。死の間際に吹いたのであろう、鳥笛がその上に転がっていた。
鬼を挟んだ向かい側では、木屑の中で息を切らせている乱破組の姿があった。装束を血で斑に染め、構える刀は刃毀れと歪みで原形をとどめるのが精一杯といえるほどに傷んでいる。
「足止めご苦労、あとは任せろ!」
宇随は今にも倒れ込みそうな乱破組へと声をかけながら、背負った日輪刀を構える。
「おお。逃げたと思った茶の襟巻に加えて、ずいぶんと食いでのありそうな男が来たものだ。
三人纏めて、この男のように儂の養分になるがいいさ」
そんな宇随を見る、食欲に満ちた鬼の左瞳に刻まれた数字は下参。
狼衆からの情報に間違いはなかった。鬼舞辻無惨が従える最高位の戦力、十二鬼月だ。
「記念すべき五十匹目の鬼が十二鬼月とは、流石は俺だな!」
誇らしげに口を動かす宇髄だが、目は一切の油断を映していない。背後に控える狼衆の身のこなしから、組織そして狼衆の実力はある程度とはいえ把握している。それと同格だと推測できる者が一人殺され、組は違えど同じ所属の者が瀕死にまで追い込まれている。
この状況下で油断をするほど、宇髄天元は愚か者ではない。
「威勢が良いことよ。
その筋肉に背丈、なかなか食いではありそうだが……ちと堅そうだな。
柔らかくしてやろう。そぅら」
下弦の鬼が腕を振るうと、肘先からが樹木となり鎌首をもたげ襲いかかった。同時に鬼が座っていた周囲の木々も形を変え、濁流のように宇随へと向かう。
「鈍い鈍い!
俺様がこの程度、避けられないわけないだろうが!」
常人であれば逃避など叶わず全身を殴打されるであろう木々の嵐を、宇髄は軽々と回避した。すでに狼衆の二人は安全圏にまで待避しているため、宇髄は戦闘に集中できる。
笑みすら浮かべる宇随を、鬼は忌々し気に睨みつけた。
「まるで
ならば」
鬼が振るわなかった片腕を地面に突き刺した。直後に腕が膨れ上がり、鬼を乗せる形で地面から大樹が出現する。巨大な蛇にも見えるそれは、とぐろを巻くように鬼を囲んだ。そして締め付けるようにして、鬼を内側へと取り込む。
警戒を強める宇髄の前で、鬼を締め付けた大樹が変色した。
「さあて。この姿になった儂をどう切るのか、お手並み拝見と行こうかの」
蛇であれば頭であろう部分から、鬼の上半身が出現する。次いでその周囲から蛇の頭が生え、それぞれが一斉に宇随へと襲い掛かった。
土石流にも見えるそれを宇髄は軽々と回避するが、地面を抉るその一撃に顔を顰めた。しかし、次の瞬間にはその険がとれた。視線の先には、鬼の胴体を構成する木。
彼の脳裏に自らが「譜面」と呼称する戦闘方程式が組み立てられていく。その段階で、背後に狼衆が降り立った。
「よう、黒色のは大丈夫なのか?」
「この身ならば問題なく。刀を変えましたので、一刻程度なら凌いで見せましょう」
「薬を飲ませましたので、一刻は強がりでも数分程度ならば凌ぎましょう。この身はこちらがあるので」
血を拭き刀を変えた乱破組に宇髄は思わず問いかけるが、同僚である夜鷹組の言葉に彼を戦力として計上する。その夜鷹組は、懐から変わった形状の手裏剣を取り出した。
「お前らがいるなら十分だな。「譜面」が完成した、勝ちにいくぞ!」
「ほほ。死にかけ1人と逃げるだけの臆病者が戻ってきただけで、ずいぶんと大口をたたくものだ。好きに策を練ればよいさ。それに縋るがいい。
死してもおぬしらの肉は儂の糧となるのだ、無駄ではない故安心して逝くがよいぞ!」
余裕を崩さない鬼を後目に、宇随は手早く狼衆に作戦を伝える。そして狼衆が頷いたことを確認し、真っ先に鬼へと突っ込んだ。
「臆病者共だけでも逃がすか?
無駄なことよ!」
それを自己犠牲と見た鬼が尾を叩きつけるが、宇髄はそれを真正面から迎え撃った。
「舐めるな!
音の呼吸弐の型、轟音瀑布!」
高速の連撃に合わせて、その刀身から爆発が巻き起こる。音の呼吸に相応しく音を響かせながら、宇髄は鬼の尾を削り取っていく。
「わ、儂の尾が!?」
「さっきお前が突っ込んできたとき、胴体を見たぜ。地面と擦れて、ずいぶんささくれ立ってたな。
確かにその体は木とは思えないほど硬いが、鬼の肉体と比べれば強度は落ちるみたいだな!」
自分でも気が付いていなかった弱点を指摘され、鬼は大きく動揺する。だが、その程度で動きを止めるのであればこの鬼が十二鬼月にまで成り上がることはなかっただろう。
ボロボロにされた尾が扇のように広がり宇髄の視界を塞ぎ、胴から延びた蛇の頭が回り込むようにして襲い掛かる。このままでは、流石の宇髄といえども手傷は免れ得なかっただろう。
「甘い」
奇妙な音と共に、その頭が弾き返されなければの話だが。
「貴様、黒襟巻きの!」
鬼はとっくに逃げ出したと決めつけていた雑魚の再出現に激高した。弾かれた蛇頭を無理矢理振り上げ、生意気な餌目掛けて突き出す。
「剣士でないお前に何ができる!
大人しく死んで儂の養分になればよいものを、延々と無駄な抵抗をしおって!」
荒々しい連撃を、乱破組は夜鷹組から借り受けた
激高に揺れる鬼の視界が、突如黒く塗り潰された。同時に、刺すような痛みが眼球を襲う。視界外から弧を描いた手裏剣が正確に眼球を貫いたなど、鬼にとっては理解の外だ。
混乱する鬼は何が起こったのかわからないまま、胴体をくねらせ蛇頭を振り回した。しかしその大半が乱破組によって弾かれ、無駄に体幹をぶれさせる。
「貴様ら、絶対に許さんぞ!
必ず喰ろうて……」
ここで、鬼はふと気が付いた。最初に自分の腕を抉った男はどこに行ったのか。
「音の呼吸壱の型、轟!」
その疑問が浮かぶと同時に、鬼は自らの首が宙を舞う感覚を得た。
途端に崩れゆく体の感覚。手裏剣と爆音で視界と聴覚を失った鬼は、自らの肉体が朽ちる感覚に怯えながら消滅した。
鬼の肉体が完全に消え去ったことを確認し、宇髄は大きく息を吐いた。しかし、その目は全く気を抜いていない。
視線の先には、寄鷹組が放った手裏剣が落ちている。異常な軌道を描き、正確に鬼の眼球を貫いた得物だ。手に取らないのは、これの持ち主との軋轢を考慮してのことだった。
「おや、寄鷹手裏剣に興味がありますか?」
その様子に気が付いた寄鷹組が聞くと、宇髄は警戒心を隠しへらりと微笑んだ。
「ああ、見たことがない得物だったからな。寄鷹手裏剣が名前なのか?」
「ええ、訓練すれば自在な機動で飛びます。手に馴染めば、これほど便利なものもあまりないですよ」
「変わった名前だが、由来はなんなんだ?」
「頭目が決めているので、そこまでは。
貴方様は今回の功績で柱になられるでしょうし、聞く機会があれば答えてもらえるとは思いますが」
「覚えてたら聞いてみるさ。ありがとうな」
「いえ、おつかれさまでした」
一礼をして踵を返す夜鷹組は、同僚の遺体を担ぎ山を下っていく。見れば、いつの間にやら乱破組は姿を消していた。
宇髄は鋭い視線で周囲を警戒し、しかし大きく息を吐き出し頭を振るう。
「まあいい、今度御館様に掛け合ってみるか」
事後処理の隠が近づく草の擦れる音を聞きながら、宇髄は静かに独りごちた。
とある夕暮れに、狼の元へと産屋敷家直属の鎹烏が知らせを持ってきた。会わせたい人がいるので、明日の朝産屋敷家へと来てほしいという簡潔なものだ。差し迫った任務があるわけではなかったので、狼は速やかに出向く意を示した。
翌日、産屋敷邸の小部屋で狼は耀哉と対面していた。丁寧な挨拶を済ませた狼は単刀直入に訪ねる。
「御館様、此度の合わせたい人物とはどのような相手なのでしょうか」
「忍びの里の出でね、狼が鍛えた狼衆の技量に思うところがあったみたいなんだ。
数日前に十二鬼月を討ち取ってね、新しい柱となることが決まったんだけれど、柱になる前に狼衆の頭目と話したいと頼まれたんだよ」
狼は僅かに考え込んだ。
その様子に、耀哉は眉を顰める。
「忍びと言っても、衰退した隠れ里の出だよ。聞いた話からしても、葦名に関わっていた可能性は低い。
なにか心配事でもあるのかな?」
耀哉の問いに、狼は頭を縦に振った。
「はい。狼衆に興味を持った点に違和感がありまする」
「違和感?」
「どうにもはっきりとしない、直感のようなものです。会って話せばはっきりするかと」
狼自身でも上手く言語化できない感覚。それを元としたあやふやな不安の吐露だったが、耀哉はそれに笑顔で答える。
「なら是非とも合って話して欲しいね。そうすれば、狼も彼が心配するような相手じゃないとわかるよ」
「……御意」
「そろそろ到着するころだね。庭へ向かおうか」
控えていたあまねに先導され、耀哉と狼は廊下を進む。
「御館様の到着を知らせますので、お待ちください」
そう言ってあまねは襖を抜ける。
「狼、私が呼んでから来てくれるかな?」
「御意」
「ありがとう」
耀哉と狼が短いやりとりを交わした直後、あまねの声が響く。
「御館様の、おなりです」
その声を合図として、耀哉は静かに部屋へと踏み込んだ。
陽光が降り注ぐ庭で、宇随は跪いていた。襖の開く音に続いて、畳を踏む音が縁側へと近づいてくる。
「良い天気だね。
今日という日に予定を会わせてもらいありがとう。手間がかかっただろう」
「いえ、
労りの言葉に礼をもって返し、宇随は顔を上げた。耀哉は初めて会ったときと変わらぬ柔らかな笑みを浮かべているが、宇随の心境はその時とは似ても似つかない。
「最初に言っておくと、狼は天元が思うような者ではないよ。言葉は少ないし険しいけれど、皆と同じ優しい子だ」
「御館様を疑うわけではありません。
元忍びとして、奇妙な忍具を考案したものと話したかっただけです。柱合会議後では、特定の相手と話す機会がとれそうになかったので」
宇随の言に嘘はない。断片的とはいえ柱の激務を知らされている宇随は、ただ気になるからという理由で特定の人間と話をするだけの暇を作る自信は無かった。慣れれば融通は効くだろうが、それには年単位の時間が必要だろう。
宇随が情報を欲しているのは今なのだ。柱の条件を満たし、しかし未だ柱ではないこの時を逃すわけにはいかない。
興味半分警戒半分の心境を抱える宇髄へ、耀哉は変わらぬ笑みを向け続けている。
「天元、疑いを隠しきれていないよ。まあその疑いも、本人と話せば解けるものだね。
狼、来ておくれ」
「御意」
主の言に従い、音もなく狼が現れる。襖を開く音すらたてぬ身のこなしは、見る者が見れば目を見張るだろう。
狼の服装と左手の義手から、この男こそ狼衆の長であると宇髄は理解した。隻腕とは予想していなかったかために内心動揺するが、それを表に出すへまはしない。
2人の元忍びが向かいあった。警戒し合う者同士の会合が、今始まる。
宇髄天元 うずい-てんげん
音の呼吸を修めた二刀流の隊士であり、元忍びという異色の出自を持つ巨漢の美丈夫。
元とはいえ忍び、それも長の家柄で修めた技は健在であり、尋常ではない筋力と速度を併せ持つ。
忍びの里から共に抜け忍となった3人の妻がおり、いずれも方向性の違う美女揃いである。
音の呼吸
雷の呼吸から派生した宇髄独自の呼吸。
神速の居合いである派生元と比べると劣るものの、十分な速度と威力を両立させた型が多い。
特注の日輪刀は火薬と織り交ぜることで、衝撃の瞬間に音の名にふさわしい轟音を発する。
忍びの里
宇髄とその嫁達がかつて所属していた隠れ里。宇髄は次代の長候補として、特に苛烈な修行を強要されていた。
確かな技術の元発展した有力な里だったが、時代の流れに取り残され消滅寸前にまで追い込まれている。
宇髄の里抜け後は、弟が次代の長の地位を継いでいる。
窖蛇 こうだ
本作独自の鬼であり、現下弦の参。立場に見合うだけの実力と、それに裏打ちされた傲慢な言動が目立つ。
開幕の乱撃で寄鷹組を一名殺害したが、その戦果に油断し乱破組の守りに攻めあぐね宇髄に補足される。
自らも把握していなかった、樹と一体化すると肉体の強度が落ちる弱点を突かれ、動揺したところに手裏剣で視界を潰されあっけなく首を落とされた。
樹蛇乱打 じゅだらんだ
下弦の参の血鬼術であり、周囲の樹木を蛇のように変え自在に操る。木々は蛇そのものの性質を持つため、索敵に高い適性を持つうえ反応速度や単純な力も並の鬼殺隊士を簡単に殺害するほどに高い。直接攻撃系の血鬼術としては上位と言えよう。
作中で見せた樹木との一体化は奥の手であり、巨体とそれに伴う広範囲攻撃で上位の隊士であっても易々と圧殺できる凶悪なもの。
反面動作の鈍さが目立ち肉体強度が本来の鬼のそれと比べると大幅に落ちるという欠点を抱えているうえ、一体化前に備えていた蛇の性質を失っている。