隻腕の狼、大正に忍ぶ。   作:橡樹一

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当主との語らい

 警戒心を隠そうともしない狼と、耀哉の護衛との間で緊張感が高まっていく。何か決定的なきっかけがあれば、この場で剣戟が結ばれてもおかしくはないだろう。

 にもかかわらず、その空気に挟まれているはずの耀哉は穏やかな笑みを崩さない。

 

「お前たち、そう警戒するものではないよ。彼、狼にとって私は未知の相手だ。その相手が自分の大切なものに関係する物を持っているのだから、彼の警戒は当然のものだろう?」

 

 主の言葉に、僅かとは言え殺気立ってすらいた2人の護衛が僅かに目を伏せ構えを解いた。

 

「さて、落ち着いたところでもう一つお願いがあるんだ。申し訳ないのだけれど、庭の入り口まで下がっていてくれないかな?」

「なっ!?」

 

 護衛たちはあっけにとられ、次いで矢継ぎ早に反論をまくし立て始めた。

 

「お館様、護衛を命じられた身として、それは受け入れがたい命令です。万が一お館様の身に傷1つでもつけば、我らは他の柱たちはもとより、お館様のご家族に申し訳が立ちませぬ」

「さよう。そちらの者の得体も知れぬうちにお館様単身で話し合わせるわけにはいきませぬ。どうか、ご再考を」

 

 深く頭を下げる護衛の様子を見て、狼は当然の反応だろうなと考えていた。もしも九郎が似たことを言い出した場合、狼も全力で止めるだろうということは容易に想像ができたからだ。

 だが、必死の反論にも耀哉は笑みを崩さない。

 

「大丈夫だよ、ふたりとも。この人はむやみと人を傷つける性格ではないよ。

 それに、別の部屋に移ってくれというわけではないよ。見える範囲なのだから、何かがあれば柱である君たちが間に合わないなどという事はないと私は信じている。違うかな?」

 

 そう問われれば、実力を見込まれて選出された護衛として否とは言えない。不服そうな表情のまま、2人の護衛は腰を上げた。そのまま庭の入り口にまで下がると、なにがあれば即座に動けるよう警戒心を隠さずに狼を注視している。

 

「ふふっ、少し意地悪な物言いをしてしまったかな。

 さて、あれほど離れれば声も途切れ途切れにしか聞こえないだろう。待たせてしまってすまなかったね、狼殿」

 

 両目を輝かせながら、どこか嬉しそうに語る耀哉の態度に狼は違和感を抱いた。

 

「何故、そこまで好意を向ける。互いに初対面のはず」

「先ほど炎柱……ああ、あの赤い髪をした男だよ。彼に渡した本を読んでいたからね。幼いころ、君の活躍には胸を躍らせていたものだ。

 その本人と会えるということで、少しはしゃいでしまっていたみたいだ」

 

 にこにこと笑う耀哉に、狼は毒気を削がれる。しかし、この程度で絆されていては忍びなど務まらない。心を律し、改めて耀哉へと視線を投げかけた。

 

「先ほどの話の続きをしてもらおう。ここはどこなのか、と」

「無駄を嫌うところも、本の通りだね。

 信じられないだろうけど、今は君が竜胤の御子を守り戦った時代から三百年以上経過した、君から見れば未来の世界ということになる」

 

 狼は、眼前の男の正気を疑った。守り鈴により過去の世界を追体験したことはあったが、あれはせいぜいが数年単位の移動であることに加え実際に狼が体験した出来事を追ったに過ぎない。

 

「信じられないという顔をしているけれども、事実だよ。と言っても突然信じられるような話ではないだろう。でも、昨日私の剣士(こども)を助けてくれてから今まで、戦国の世ではありえないものを見てきただろう?」

 

 たしかに、狼は街に入ってから数々の信じられないものを見た。間違いなく戦国では作ることができないものばかりであり、いくら葦名が山深い僻地だったからといっても、ここまで技術格差があるとは考えにくい。しかし、そうなると主のいない自分はいったいどうすればよいのか。

 

「表情からして、納得はしてもらえたようだね。そして、現状に戸惑っている。

 弱っているところを追いうちするようで心苦しくはあるんだけど、もうひとつ伝えたいことがあるんだ」

 

 耀哉の声に、狼は思考を中断した。今後どのように動くか考えるにしても、情報は必ず必要だ。そして、耀哉の口から信じられない言葉が語られた。

 

「私は、君の主である九朗の子孫なんだよ。厳密には、彼の子孫が私の先祖と結婚してね。おそらく、先ほど君が私を主と勘違いしたのは、血のつながりもあってのことだと思う」

 

 一切体を動かすことができなくなるほどの衝撃が、狼を襲った。咄嗟に何かを言おうと口を動かすが、言葉が出てこない。

 

「急に言われても困るだろうけれど、伝えないままの方が不義理だと思ってね。

 2人とも、もうこちらに来ても大丈夫だよ。槇寿郎、例の本を彼に渡してくれないか」

 

 主の声に、2人の護衛は元居た場所へと腰を落ち着けた。赤髪の青年……槇寿郎は、定位置に戻る前に狼へと桐の箱を差し出している。

 

「さて、読んでみてくれないか? 恐らく最後の頁に書かれている言葉が、君の知りたいもののはずだ」

 

 耀哉の言葉に従い頁をめくった狼は、そこに書かれた文字にゆっくりと目を通した。なかなかの厚さを持つ本の最後にしては、非常に簡素といえる一文を。

 

 ――以上が、戦乱に呑まれようとした葦名の国で起きた事柄の一部始終である。この大和の小国での出来事を記録にしてどうするのかと問うものもいるだろう。だが、我が生涯の忍びが成した事柄を、誰に知られることもなく葬ることは私にはできなかった。

 人として目覚めたとき、すでに我が忍びの姿は無く、彼から託されたという薬師が傍に寄り添ってくれているだけであった。今も手を尽くしてはいるが、恐らく見つかることは無いのだろう。我が血と共に生きると誓っておきながらという気持ちがないわけではないが、これも私を助けるためにあの忍びが選んだ道なのだ。無下にすれば、それこそ我が忍びを裏切ることになってしまう。

 そろそろ筆を休めることとしよう。明日は我が写し身とも呼べる、変若の御子を薬師殿がお連れくださるとのことだ。この国から出るにしろ残るにしろ、わが身に宿った竜胤により定めを歪められた彼女を放ってはおけない。機会があれば、この後の話も書にしたためようと考えている。

 最後に、わが生涯の忍びに謝辞を描いて終わるとしよう。

 

 ――狼よ。我が書と共に、生きてくれ。人々の記憶の中で。

 

「さて、この本を我が一族が継承していたというだけでも、君のかつての主と血が繋がっているということをある程度証明できるだろう。だが、それでもまだ信用は難しいと思う。

 そこでだ、我が一族に口伝で伝わる言葉があるんだ。我々からすればなぜこのようなことを口伝でと思わないでもなかったけれど、少しは証明になるかもしれない。聞いてくれるかな?」

「……聞かせて、いただきます」

 

 狼の目の動きから読み終わったと判断し、耀哉は最後の一言を伝えた。

 

「願わくば、もう一度だけでいいからお主の草笛の音が聞きたい……だ、そうだよ」

「御子……様……!」

 

 恐らく九朗と狼にしかわからない言葉を聞き、ついに狼は確信を持った。眼前の人間は、狼が命を賭して仕えた九朗の子孫であると。そして自らの行動を書に記し、口伝を残すほど主に思われていたという事実を知り、狼はただ深く頭を下げた。あまりの雰囲気の変化に、護衛の2人からどよめきの声が上がったが、狼は気にしない。

 

「さて、どうやら私が君の主の血を引くものだと信じてもらえたようだね。その書は差し上げるから、ゆっくりと読むといいよ。

 狼、君の実力を見込んでお願いがあるんだ」

「伺いましょう」

 

 先ほどまでの警戒心はどこへやら、狼は非常に素直に返事を返した。

 

「我々は日々鬼を狩っているけれど、相手が相手だからね。少しでも強く有能な人材を常に欲している。

 狼よ、君の主の威光を借りるようで心苦しいのだけれども、鬼殺隊の下その力を振るってはくれないか?」

「お館様⁉」

 

 思わずといった様子で槇寿郎がこれを荒げるが、耀哉に静かにするよう指示を出され渋々と口を噤む。

 本来であれば、例え静かにするよう言われたとしても全力で反対の声を上げただろう。そうしなかったのは、狼の態度があまりにも変わっていたからだ。彼から見れば、警戒心を隠そうともしていなかった男とはまるで別人のように感じている。

 

「謹んでお受けしたいところではありますが、この身はただ1人の主に仕えるよう鍛えられました。組織に入り、和を乱さぬよう動く自信はありませぬ」

 

 狼の口上に、水柱はほうと感心の声を漏らした。自らの欠点を、主になるかもしれない者の前で宣言できる者は少ない。水の荒々しい一面を性格へと落とし込んだような彼は、その素直な部分が気に入ったようだ。

 

「ならば、どの程度鬼狩りとして動けるか見てからでも遅くはないのではありませんかな?

 ひとまず育手の元である程度鍛え、その間に組織内での動き方を教えてゆけばよいでしょう。

 幸い、水の育手ならば幾人か伝手がございます」

「おい水の、何を言い出す!」

「炎の、こうなってはお館様が頑固であるのは知っているであろう? どうやら彼の元主はお館様の遠縁であるようだし、無体はすまいよ」 

「しかし……」

 

 現状2対1となってしまい、槇寿郎は言葉に詰まる。

 

「無理に納得してくれなくてもいいんだよ、槇寿郎。全員が無条件で私に従う組織など、不自然極まりないものになってしまう。君のように自分の視点から注意や意見を言ってくれる人間が柱であること、私はうれしく思う」

「では……」

「でも、私は狼の力がどうしても欲しいんだよ。ここは見逃してはくれないかい?」

「……お館様がここまでおっしゃられるのならば、是非もありませぬ」

「ありがとう、槇寿郎」

 

 ひとまずといった形ではあるが、槇寿郎が意見を曲げることでこの場は収まった。当然ながら未だ納得はしていないようだが、この件を蒸し返すようなことをする男ではないと鬼殺隊の2人は知っている。

 

「狼、今日はこの屋敷で川原と共に体を休めてくれ。明日になったらこの越津が育手のところにまで案内するよ。我々鬼殺隊については、道中に説明してもらうといいだろう。

 ふたりとも、それでいいかな?」

「御意」

「謹んでお受けいたします、お館様」

「それではこの話はこれでおしまいだ。狼、庭の入り口に君を案内した隠が待っているから、彼に部屋まで案内してもらって休むといい」

「お心遣い、感謝いたします」

「槇寿郎と越津は少し残ってくれ。話したいことがあるんだ」

「御意」

「御意」

 

 狼は改めて新たな主に一礼し、庭の入り口に戻る。耀哉の言った通り、案内役の男が1人狼へ一礼した。

 

「こちらへ。すでにお部屋の用意は整っております」

 

 正面玄関から屋敷へ入ると、廊下には主張こそ強くないもののしっかりと調度品が飾られている。歩きなれた様子の男は数度廊下を曲がり、襖の前で足を止めた。

 

「こちらとなります。どうぞごゆるりと。お食事の時間になりましたら、お声がけさせていただきます」

 

 一礼して去る男を見送り、狼は案内された部屋へと入った。1人がくつろぐには十分な広さの小部屋には、軽食と布団が用意されている。

 ひとまず腰を落ち着けた狼は、桐の箱から九朗の手記を取り出す。表紙を愛おしげに撫で、忍びは主が残した手記を丁寧に読み始めた。

 

 

 

 狼が去った庭に、1人の隊士が呼び出されていた。耀哉だけでなく2人の柱も加えた三人から視線を向けられ、川原は顔から血の気が引いている。しかも柱のうち片方は、自らが修める水の呼吸の頂点なのだ。これで緊張しない方がおかしいと言える。

 

「そう怯えることはないよ、川原。私たちはただ君に話を聞きたいだけなんだ」

「は、はいっ!」

 

 何を聞かれるのかと戦々恐々とする川原に、耀哉の穏やかな声が僅かな安らぎを与える。現状から見れば、焼け石に水だが。

 

「聞きたいことはほかでもない、君が助けられた男についてなんだ。君から見て、彼はどのような人だと感じたかな?」

「彼、ですか」

 

 予想外の質問だったのか川原はあっけにとられ、真剣に悩みだす。

 

「とても……そう、とても強い人でした。鬼の攻撃を簡単に弾き返し、体勢を崩した鬼を異様な刀で突き殺しました。私では太刀打ちできないでしょう」

「そうか。性格はどうだったかな? 人に害をなすように感じただろうか」

「いえ、共に行動した間は僅かでしたが、悪意を持つようには見えませんでした」

 

 報告を聞いた耀哉は考え込むように目をつぶり、僅かな間沈黙すると目を開き笑みを浮かべた。

 

「ありがとう川原。聞きたかったことは以上だ。下がっていいよ」

「はい、失礼いたします」

 

 ぎこちない礼をし、逃げるように庭を去る川原の姿が見えなくなると越津が口を開いた。

 

「報告にもあったが、どうやら相手の隙を突いて一撃で仕留める戦法を使用するようであるな。偶然ではあるが、水の呼吸との相性は悪くないようですな」

「それもだが、俺としては異様な刀とやらが気になるな。鬼の首を切らずに殺すなど、聞いたことがない」

「そうだね。鬼の骸をここへ」

 

 耀哉の声に従い、控えていた隠がおっかなびっくりといった様子で2体の鬼の死体を運んできた。万が一を考え、死骸と耀哉の間には柱がいつでも守れるよう控えている。

 

「むう……体が崩れていないにもかかわらず、活動する様子がない。まるで人間の死体ではないか」

「だが、鬼の死体で間違いはないようだな。見ろ」

 

 刀身も見せずに鬼の小指が切り落とされ、槇寿郎は指を日に当てる。陽光に晒されたとたん、指は塵も残さず崩れ去った。

 

「間違いないか。しかし、そうなるといかなる手段で鬼の息の根を止めたというのか」

 

 越津と槇寿郎は顔を突き合わせて考え込むが、耀哉が手を鳴らしたことで思考が中断される。

 

「それは彼が鬼殺隊に入隊してからでも聞く機会があるだろう。鬼の死骸は研究に回せるし、解析待ちとなりそうだね」

「まあ、ここで悩んでも結論が出ない話ではありますな」

「たしかに、ここで悩んでも仕方のないことではありますな。それでは、私はこれで失礼つかまつる」

「失礼いたします、お館様」

 

 これ以上は後日の研究待ちとの結論を出し、2人の柱は耀哉に一礼し共に狼の見張りもかねて与えられた部屋へと足を向ける。

 ふと、耀哉が疑問を口にした。

 

「そういえば、越津は狼を誰に任せるつもりなんだい? 水の呼吸は使い手が多いから、その分育手は多いだろう?」

「はい。話に聞く限りと彼の纏う剣気から、生半可な育手ではいけませんからな。弟子が最終選別を突破していない点が気にはなりますが、元水柱の鱗滝の元へ送ろうと考えております」

 

 別段隠すことでもない。越津は足を止め、あっさりと考えを伝えた。

 

「そうかい。たしかに彼が現役のころは、技の冴えは比類なきものだったと父上から聞いている。確かな人選だと思うよ」

「ありがとうございます。さっそく文をしたためようと思いますので、これにて」

「ああ、呼び止めて悪かったね。ふたりとも護衛ご苦労だった。ゆっくりと休んでおくれ」

 

 耀哉の声に、2人の柱は今度こそ庭を後にする。耀哉も隠を呼び鬼の死骸を保管所へと運ばせ、自身も仕事に戻るため屋敷内へと消えた。




 鬼滅の刃 用語集

 人物

 鱗滝 うろこだき
 本文登場まで、解説は控える。

 越津今座衛門 こしづ-こんざえもん
 今代の水柱。
 防衛と反撃の切り替えに定評があり、特に反撃時の猛攻は荒々しい濁流のようであると評される。
 年齢としては槇寿郎より上であるものの、柱としての実力は中堅であるため偉ぶった態度をとることはない。

 煉獄槇寿郎 れんごく-しんじゅろう
 今代の炎柱。
 代々鬼殺隊に所属する煉獄家の当主でもあり、猛者揃いの柱の中でも最強と名高い実力の持ち主。
 現在妻との間に2人の息子を授かっており、次代の鬼殺隊士とするべく教育内容について悩んでる。

 用語

 柱 はしら
 全鬼殺隊員の頂点に立つ最強の剣士たちに与えられる称号。
 柱の画数から9人が定員となっており、修めた呼吸を頭につけた柱、水の呼吸ならば水柱と呼ばれる。
 相応の実力が求められる立場故、殉職や引退で人数が欠けても即座に補充されるわけではない。

 隻狼 用語集

 人物

 変若の御子 おちのみこ
 死なずの探究者たちにより、竜胤の御子を人為的に造り出す計画の元生み出された不完全な竜胤。
 少なくない人数が生み出されたとされているが、無事に成長できたのは1人の女子だけだった。
 主の命を受け探索と行っていた狼と出会い、秘蔵していた不死切りを授けた。

 用語

 守り鈴 まもりすず
 仏の加護を得るために持ち歩く、小さな飾り鈴。
 何らかの要因で持ち主の手を離れた場合、仏の元に備えるという習わしがある。
 狼はこれをきっかけとして、失った記憶の世界を追体験することとなった。
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