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狼が鬼殺隊士として初の任務を終えてから数ヶ月。かつての経験を活かしながら手際よく鬼を切り合同任務も問題なくこなすため、比較的高齢の入隊者との侮りも徐々に減少し反対に階級は順調に昇格していた。
彼からすれば与えられた責務をこなしているだけなのだが、初任務での戦死も珍しくはない鬼殺隊で、ほとんど傷も負わずに鬼を切り同僚すら護る余裕がある隊士は少ない。結果高い貢献度から信頼を勝ち取る狼なのだが、この日は珍しく任務以外の指令に従い隠の背で揺られていた。なぜか緊急の召集命令が届き、本部へ向かっているのだ。
両足を地につけ目隠しを解くと、以前と変わらない門構えが目に入った。
「庭ヘ向カエ! オ館様ガイラッシャルマデ待機スルノダ! カアアァァァ!」
空からついてきていた狼の鎹烏が、騒がしく指示を飛ばした。狼が初めてこの屋敷に呼ばれたときも、会合は庭で行われた。今回もそうなのだろうと納得した狼が庭へと入ると、そこには先客がいた。見上げるような巨体に手で挟んだ数珠、そして白く濁った眼という特徴を持つ男に、狼は見覚えがある。
「悲鳴嶼か」
「その声は、狼か。先日の合同任務ぶりだな」
同じ最終選別を突破した同期である悲鳴嶼行冥が、1人松の木の下で佇んでいた。どういう縁か、合同任務でも度々顔を合わせるため自然と会話が繋がる。
「あの時は狼が鬼の一撃を防いだおかげで楽に戦うことができた。私だけならばもっと時間がかかり、怪我も多く負っていただろう」
「できることをしたまでだ。礼には及ばん。おぬしの腕ならば、そう危険もなく相手にできたであろう」
互いに手柄に執着する性格ではないことに加え、不思議と戦闘法が噛み合うのだ。同期ということも手伝い、この2人は一般的に友人と呼べる程度の交流を持っていた。
「何か失態を犯して呼ばれたのだとばかり思っていたのだが、私以外にも呼ばれたとなるとどうもそうではないようだ」
「心当たりはない。話があるまで待つしかないだろう」
向かい合って首を捻る2人の背後で、足音が聞こえた。振り向いた狼の目に、見覚えのある顔が映る。
「おお狼! 息災か?」
「狼にそちらは悲鳴嶼か。どちらも活躍はきいているぞ」
「久しいです、越……水柱様に炎柱様」
狼の発言に、あくまでも一隊士でしかない悲鳴嶼は驚きを隠せなかった。
「柱の皆様に名を覚えていただけるとは。
名乗りが遅くなり、失礼いたしました。悲鳴嶼行冥と申します。このように盲目故、ご容赦願いたい」
「ああ、気にすることはないぞ悲鳴嶼隊士。突如湧いて出た相手にいちいち名乗るわけにはいくまい。盲目ならば、背格好から判別するわけにもいかぬであろうしな。
それに、今はまだあくまでも私的な交流と言えよう。当方もこの炎柱も、公の場でなければそこまで礼儀にうるさいわけではない」
「その通りだ。階級をかさに着て威張り散らすなど隊士の風上にも置けん行為。よほど目に余る態度でもない限り、いちいち口うるさく咎めるものは今の柱にはいない。安心するがいい、悲鳴嶼隊士」
「お心遣い痛み入ります」
よほど感動したのか、涙を滝のように流しながら悲鳴嶼が頭を下げる。幾度かの合同任務でこの涙脆さを知っていた狼はまたかと受け流していたが、初めて見る柱の2人は目を剥いて驚いている。
「ど、どうしたというのだ悲鳴嶼隊士!?」
「先日任務があったと聞いているが、受けた傷が痛むのか!?」
「ああ、柱ともなれば一隊士にここまで心を砕くことができるのか。なんと尊く有り難いことだ。南無阿弥陀仏」
悲鳴嶼の異変をなんとか止めようと慌てる柱の気遣いに、涙脆い悲鳴嶼は感動して更に涙を流し念仏まで唱え始める。事情を知る狼は止めても無駄だと知っているため傍観を貫き、場の混沌は深まるばかりだ。
「なんだいあんたら、なに一般隊士を泣かせてるんだい!」
混迷を極める場の空気を叱咤するように、女性の一喝が響き渡った。怒気を纏わせ歩み寄るのは、狼を超える身長を誇るまさに女傑と呼ぶにふさわしい人物だった。鬼殺隊士としては珍しく、日本刀ではなく薙刀を背負っている。
「おお畠山、お前も手伝ってくれ! この隊士はいきなり泣き出して落ち着かんのだ!」
槇寿郎必死の訴えに、畠山はひとまず確認するつもりになったらしい。頭を掻きながら悲鳴嶼に近づくと、肩を叩いて存在を知らせる。
「おい、あたしは岩柱の畠山ヤヱだ。なんでお前はそこまで泣いてるんだ? 冷静に考えれば、柱2人は隊士をいびるような性格じゃない。そっちで我関せずと突っ立ってるやつが原因なら、ごまかすために何かしらの行動はとるだろう」
「ああ、心遣いありがたい。これは柱の方々の心が素晴らしいと感じたために感動し流した涙。心配いただく必要はなく、無用の心遣いをさせてしまったことをお詫び申し上げます」
予想外の回答に、畠山の思考が停止する。視線で柱の2人に真偽を問うが、真剣な表情で頷かれこの証言が真実であるという裏付けが返ってきただけだった。
「そ、そうかい、ならいいんだよ。無体を強いられたのかと思っただけだからね」
「ほう、これは珍しいものを見させてもらった。あの岩柱がこうも取り乱すとはな」
「豪快な部分しか見てなかったので、すごく新鮮です。あ、煉獄さんに越津さんこんにちは」
動揺を隠しきれない畠山が、突然聞こえてきた声の主へゆっくりと向き直った。初老といっていい老人と、未だ年若い少年が連れ立って歩いている。見ようによっては祖父と孫にも見える組み合わせだが、この2人もれっきとした鬼殺隊の柱だ。
「おお、影蔵に天水か。紹介しよう、岩の呼吸の隊士である悲鳴嶼と呼吸を使わない隊士である狼だ。2人とも、こちらは影柱である影蔵伸三と雨柱である天水清右エ門だ」
越津が呼び出された二人の紹介を始めてしまったため、気恥ずかしさから行動を起こそうとしていた畠山は出鼻をくじかれる形となってしまった。その場の感情で動くことができれば誤魔化しも効いただろうが、こうなってしまえば一度冷静になった頭で同じように行動することは難しい。
そうしている間に悲鳴嶼と狼が挨拶を始めてしまった。
「繰り返しとなりますが、悲鳴嶼行冥と申します。呼吸は岩を使い、丙の階級をいただいております」
「狼と申します。姓は無い故気にしないでいただきたい。呼吸が使えない故水の型とかつて修めた技を組み合わせて使っており、階級は同じく丙となります」
姓がないという狼に一同は僅かに眉を顰めるが、政府非公認の武装集団に過ぎない鬼殺隊には訳ありの者も多い。人の事情を掘り返す趣味を持つものはこの場にはおらず、またこの沈黙を狙っていたかのように屋敷から声がかけられた。
「皆様お揃いですね。
お館様の、お成りです」
静かな声であるはずのその一言は、不思議とよく響いた。屋敷に目を向ければ、最終選別を取り仕切っていた女性が襖の側に立っている。
宣言を聞いた柱たちは一斉に姿勢を正し、屋敷に向かい跪いて頭を下げる。柱たちほど馴れていない狼たちは一呼吸遅れて柱たちに倣った。目が見えないはずの悲鳴嶼も、場所と相手から同様の礼を尽くすことができたのは幸運と言えるだろう。
音もなく襖が開かれ、鬼殺隊の主である耀哉が静かに入室した。
「朝早くからよく集まってくれたね、私の可愛い
今回の柱合会議を一日延ばしてしまい、負担をかけてしまうね」
「お館様のお考えあってのこと、お気になさる必要などありませぬ。
遅ればせながら、お館様におかれましてもご壮健何よりです。益々のご多幸、切にお祈り申し上げます」
どこか芝居がかっているが真摯な感情が込められた影蔵の挨拶を聞き、耀哉はにっこりと笑った。
「ありがとう、影蔵。さて、昨日話したけれども今日の議題は2つだね。
行冥」
「は、はい」
突然名前を呼ばれ、悲鳴嶼は驚きの表情を浮かべたまま顔を上げる。
「きみには、岩柱である畠山ヤヱから継子にならないかとの打診が入っている。実力を伸ばす良い機会だと思うのだけれど、どうかな?」
穏やかな問いに、悲鳴嶼は内容を理解できていないようだ。
「同じ岩の呼吸を修めたヤヱなら、君をより強く導くことができると思うんだ」
「ああ、あたしが教えりゃすぐにでも甲になれるさ。まあ、岩柱の位はそう簡単に開け渡しゃしないがね!」
にっかりと笑う畠山の声を聞き、固まっていた悲鳴嶼は両の目から滝のように涙を流し始めた。
「身に余る光栄です。浅学非才の小人ではありますが、そのお話ありがたく受けさせていただきます」
泣きながらも笑みを浮かべる悲鳴嶼を見た畠山は、この涙脆さがあの誤解を生む光景を生んだのかと1人納得する。
「話が纏まったようでなにより。
それでは、もう一つの議題に移ろうか」
新しい師弟を微笑みと共に眺めていた耀哉の視線が、狼へと向けられた。
悲鳴嶼へ向けられていた視線が途切れ、その場の全員が耀哉へと向き直った音が響いた。すべての隊士にとって、継子は新たな強さへの入口であり憧れだ。盲目である身ながらもその栄光を掴んだ悲鳴嶼は喜びに震ながらも、次の議題に興味が沸き聴覚を集中させる。
「狼。君は呼吸を使うことができないらしいね。それにもかかわらず、隊士の盾となり無傷で任務を終えることができると聞いているよ。
この話に、間違いはないかい?」
「相違、ございませぬ」
悲鳴嶼も知る狼の異常性。呼吸による身体能力の強化は、鬼殺隊における必須技能だ。鬼に迫る剛力を得てなお、鬼殺の隊士に怪我は絶えない。
その事実を知るものからすれば、呼吸の加護を持たずに一線で戦う狼は信じられない存在だ。あらぬ疑いをかけられる可能性すらあるが、耀哉の声にそのような響はない。ただの事実確認であり、狼の返答も気負いのないものだ。
「呼吸を使うことができない狼がこれを成すということは、その正体は技術ということだろう。これは確認なんだけれども、それは鍛えることができれば誰でも使うことができるものだ。違うかな?」
「素晴らしきご慧眼、事実に相違ありませぬ」
狼の返答に、さしもの柱たちもざわめいた。教えて身につく技能ということは、狼のように極端に負傷率が低い隊士を増やすことができるということだ。死傷率が高く、万年人手不足である鬼殺隊の内情を知るものとしては無視できない。
色めき立つ柱たちが一斉に動く気配は、しかし耀哉の無言の制止で表面化することはなかった。
「その返答のおかげで算段がついたよ。
狼。君がいいと言ってくれるなら、私は君にその技術を教えるための部隊を預けたいと思う」
耀哉の言葉に、会議場である庭は沈黙に包まれた。一隊士に部隊を預けるという前代未聞の計画に、誰もが言葉を失ったのだ。
だからこそ言葉を発することができたのは、問いかけられた狼でしかなかったのはある種の必然だろう。
「お言葉ながら、それは避けるべきかと。
この身はあくまでも一隊士、位も高いとはいえ最高位ではありませぬ。お館様が引き入れたお気に入りだからこその特別扱いと、邪推する輩が出れば隊の規律にかかわりましょう。
それに試しとはいえ一部隊をいただけば、権限にもよりましょうが私兵を集めているのだと捉えかねられません。ご再考を」
間違いなく栄達の近道であろう提案を正面から蹴る狼に、一同は驚くと同時にどこか納得した。つきあいが長い者は、狼が主のために鬼殺隊で活動していると知っている。初対面の者も、纏う雰囲気から出世を望んでいないと察していたのだ。
「狼の考えもわかるのだけれど、その技術を広めないのは惜しい。
皆は、何か考えはないかな?」
耀哉が意見を求めるが、前例がない試みのため誰も悩むばかりで口を開かない。
「お館様、やはり」
狼が再考を促した直後槇寿郎が口を開いた。
「お館様、私は賛成いたします」
この発言に、その場の全員が少なからず衝撃を受けた。隊士の前では常に微笑みを絶やさない耀哉ですら、驚きを隠すために笑みを深くしたほどだ。
「話してごらん、槇寿郎」
「はい。たしかに一隊士、しかも柱ではなく甲ですらない者に部隊を預ければ大きな反発が予測できます。しかし、それを差し引いてもこの男の技を広める価値はあるかと」
「驚いたな。おぬしは狼にあまり好意的ではなかったと思ったが」
「越津よ、私情と大局を分けられぬほど俺は幼くはないぞ。どう考えても、この男の技は鬼殺隊の大きな利となる」
反対すると予想していた槇寿郎が賛成に回ったことにより、狼は旗色が悪くなったことを感じ取った。耀哉が発案しているため、柱は全員が消極的賛成派と見ていいだろう。つい先ほど継子となった悲鳴嶼にこの状況をひっくり返すほどの発言力があるはずがない。
「狼よ、一人では守れる範囲にも限界がある。私のためと思い、どうかその技の使い手を増やしてはくれないかな?」
耀哉の一押しで、狼は折れた。無言で頷き、決意に満ちた表情を浮かべる。
「それでは、隠や下級階位の隊士と交流する時間をいただきたく。その中から、見込みがありそうなものたちを選別いたします」
「狼よ、それならばある程度実力がある隊士のほうがいいのではないか?」
「お館様はできうる限り早急な戦力の補強をお望みである様子。ならば元々戦える者を鍛えるよりも、戦えなかった者たちを実戦に出られるようにした方が効率が良いと考えまする」
「なるほど、一理あるのう」
決まるが否や、積極的な案を出し合う狼と柱の声を聴いた悲鳴嶼が、静かに拳を握り締めた。
「悔しいか?」
傍にいた畠山だけが、その様子に気がつき声をかける。
「はい。私は未だ一隊士としても未熟であり、実力もそう高くはありません。しかし、同期である狼はすでに柱と意見交換をし鬼殺隊の質向上にまで貢献しようとしている。この身も負けてはいられないと」
「腐らず超えようとする限り、人は強くなれる。あたしの師匠がよく言っていた。
同期と競い、力を伸ばしな。あたしの継子なんだからよ」
「はい。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
新たな柱候補の決意に、耀哉は眩しいものを見るように目を細めた。師と弟子の空間に邪魔が入らないよう、狼を囲む柱たちへと声をかける。
「私は席を外すから、狼衆の骨子が纏まったら烏で報告をしておくれ」
「お館様、狼衆とは?」
「君が率いる部隊の名前だよ。こういったものは、わかりやすいほうがいい」
隊の名に自らの名を刻まれた狼が柱からからかわれている間に、耀哉とあまねは屋敷の奥へと下がっていく。
後に鬼殺隊の支柱として認知される部隊は、長である狼の意を介することなくその名が決定されたのだった。
鬼滅の刃 用語集
人物
影蔵伸三 かげくら-しんぞう
今代の影柱であり、柱内では最高齢。
柱内で最も古株であり、年齢にもかかわらず柱内の実力では次位を誇る豪傑。
影の呼吸は炎の呼吸の派生であり、威力をそのままに搦め手を得意とする風変わりな呼吸。
妻と子を鬼に喰わた復讐から鬼狩りの道を選んだのだが、その過去を感じさせないほどに柔和な性格であり、隠からも懐かれている。
しかし柔和な雰囲気のまま一息で鬼の首を落とすため、本性を知る者からはほとんど例外なく恐れられている。
天水清右エ門 てんすい-きょうえもん
今代の雨柱であり、柱内では最年少。
雨の呼吸は水の呼吸の派生であり、足運びと高速戦闘に重きを置いた攪乱を重視した呼吸。
鬼に両親を眼前で生きたまま喰われ、自身も犠牲となる寸前で今は亡き風柱に助けられ鬼殺隊と関わった。
年齢もあってか体が軽いため、一撃に重さが生まれないことが悩みの種。
柱内では最弱であるため、日々の鍛錬を欠かさない努力家でもある。
畠山ヤヱ はたけやま-やえ
今代の岩柱であり、現在柱の中では唯一の女性。
祝言の場を鬼に襲われた経験から、女としての幸せを捨て去っておりまた鬼への恨みも非常に強い。
岩の呼吸により強化された薙刀捌きは、並の鬼ならば数体纏めて切り捨てることが可能なほどの威力を誇る。
姉御肌で面倒見がいいが、酒乱でありいろいろと大雑把であるため一般隊士からは尊敬されつつも敬遠されている。
継子を持つのははじめてであるため、内心非常に喜んでいる。
施設・組織
狼衆
本編登場まで、解説は控える。