『蒼葉 梢さんへ

 はじめまして。
 あなたは今、幸せですか?』

掃除をしていた梢の目に飛び込んできたのは、問いかけの手紙。
その差出人に書かれていたのは知らない女の子の名前だったけど、恵は何かを知っているようで……?

※2005年に某所へ投下した作品です。「まほらば」といえば梢。梢といえば――ということで書いた作品でした。

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ことばのいずみ

『蒼葉 梢さんへ

 

 はじめまして。

 あなたは今、幸せですか?』

 

「?」

 

 

 春が近づいてきた、二月のある日曜日。

 

「なんでしょう、この手紙……」

 

 私は自分の部屋で、軽くお掃除をしていました。

 白鳥さんや皆さんと一緒に出かける機会が増え、お土産や、その……白鳥さんからプレゼントして頂いたものが、少しずつ、今では一杯増えていって。

 少し整理したほうがいいかなと、そう思ったのです。

 

 そんな最中に見付けた、一通の封筒。

 私がいつ買ったのか覚えていない、ちょっと難しそうな「武者小路実篤全集」に、それは挟まっていました。

 切手の貼られてない封筒に入っていたのは、短い文が書かれた手紙。

 そして……

 

「あの、『紺野 棗』さんってご存知ですか?」

 

 最後に、ぽつんと私の知らない名前。

 

「えっ!?」

 

 炊事場でお菓子を食べていた桃乃さんは、その人の名前を出した途端、動揺したように顔色を変えました。

 

「こっ、梢ちゃん、どうしてその名前を?」

「桃乃さん、ご存知なんですか?」

「いや、知っているというか、なんというか……でも、どうして梢ちゃんがその名前を?」

「あ、あの、お掃除したときに見付けた本の間に、こんな手紙があったんです」

 

 私は持ってきた本の間から封筒を取り出すと、向かいに座っていた桃乃さんにそれを差し出しました。

 

「あたしが読んでもいいの?」

「桃乃さんも知っている方のようですし、内容としても問題無いかと」

「それじゃあ、ちょっと失礼して」

 

 そう言いながら、桃乃さんは封筒から先ほどの手紙を取り出し、軽く眺めました。

 

「へえ……『あなたは今、幸せですか』か」

 

 そう呟いて、桃乃さんがなんだか嬉しそうに微笑みます。

 

「桃乃さんは、紺野さんのことをご存知なんですか?」

「えっ? あ、うん。まあね。知らないこともないっていうか。それよりも梢ちゃん、ちゃんと返事を書いたほうがいいわね。この手紙の」

「お返事、ですか?」

「そう。届いた手紙には、ちゃんと返事を書かないと」

 

 桃乃さんはしみじみと言うと、手紙を封筒に戻して私に差し戻しました。

 

「でも、住所とかも何も書いてありませんでしたし」

「だいじょーぶ大丈夫。同じように手紙を本に挟んでおけば。そうすれば、きっとちゃんと返事も棗ちゃんに届くわよ。それに……」

「それに?」

「出した手紙の返事が返ってこないのは、寂しいじゃない?」

「……確かに、そうですね」

 

 季節の挨拶や友達への手紙に返事が貰えなかったり、その逆のことを考えると、確かにそれは寂しいことです。

 一方通行のみのやりとりは寂しいですし……お互いのこころが通じるのは、とっても嬉しいですから。

 

「ところで桃乃さん。紺野さんってどういう人なん――」

「あー、ストップストップ!」

 

 そこまで言った私を、桃乃さんが手で制しました。

 

「そんなに焦らない焦らない。きっといつか会える時が来るから、その日までのお楽しみにしよ?」

「は、はあ」

 

 桃乃さんがそう言うのなら、わかる日がちゃんと来るのでしょう。

 

「まずは返事を書いて、また棗ちゃんからのお返事を待ってみたらどうかな」

「そう……ですね。そうしてみます」

 

 お茶を飲みながらの桃乃さんの言葉は、いつものように優しくて。

 

「どう? 梢ちゃんも一緒に。バラさんがいいお茶貰ったんだってさ」

「あっ、いいんですか? それでは、私も頂きます」

「はいよっ」

 

 いつも以上に、穏やかな言葉でした。

 

 *

 

「ふぁ~あ……あー、もうすっかりお日様が高くなっちゃって」

 

 部屋から出ると、メガネ越しに陽の光が目にぐっさりと刺さってきた。

 お昼前だから当たり前なんだけど、起き抜けに鋭いのが来るとさすがに参っちゃうわ。

 

「さてさて、小腹もスキマロだし何か食べておかないとね……って、おろ?」

 

 そう言いながら、食堂に向かおうとしたあたしの足下に何かが転がっているのに気付いた。

 これって、雑巾?

 つまみ上げてみると、まだ水分が含んであって使ってからそんなに時間が経ってないのがわかる。

 それでもって、廊下の先には転がったバケツとこぼれた水。

 梢ちゃん、やっちゃったのかな……

 

「あは、あはははは」

 

 起きたばっかりだってのに、さっそく何かが起きそうな予感がするわ。

 

「さて、早く腹ごしらえしときますか」

 

 一緒に騒ぐにも、やっぱり腹が減っては戦はできぬってね。

 こぼれた水をさっさと片づけると、あたしはバケツを手に食堂へ入った。

 

「あー、お腹へったー」

 

 そして、ドアを開けると……

 

「……?」

「ありゃ」

 

 梢ちゃんが、部屋中を歩き回っておろおろしていた。

 

「あ、えーっと、梢ちゃ――じゃなくて、棗ちゃん?」

「…………」

 

 頭の両端で結わえてある髪で判断して呼んでみると、棗ちゃんが食堂の片隅に後ずさりながら小さく頷いた。

 これは、まだまだ怯えられてるわね……

 

「そんなに怯えなくたって大丈夫だってー、今日は何もしないからさ」

「…………」

 

 あっけらかんと言ってみても、棗ちゃんはやっぱり片隅で震えたまま。

 うーん……ここは、珠ちゃん直伝のアレを使ってみるかねー。

 

「ほらほら、棗ちゃん棗ちゃん、おいしい梅干しがあるんだけどなー」

「……!」

 

 冷蔵庫を開けて梅干しの瓶を取り出すと、棗ちゃんがビクッと震えてその瓶に視線を釘付けにした。

 

「ね、棗ちゃん、いっしょに食べよ?」

 

 カタカタ……

 カタカタカタカタカタカタ……

 

 にこっと笑いながら言うと、棗ちゃんの震えがどんどん大きくなって、

 

 とてとてとてとて……ぴとっ

 

「……た、食べたい……かも」

「はいはい」

 

 瓶越しに、あたしに擦り寄ってきた。

 

「はい、棗ちゃんの分ね」

 

 お皿に五個の梅干しを取り分けて、棗ちゃんにそれを差し出す。

 

「……!」

 

 すると、ぱあっと顔をほころばせながら嬉しそうに梅干しを頬張り出した。

 すっぱそうに顔をしかめるんだけど、それはやっぱり幸せそうだった。

 

「んじゃ、あたしもいただきますっと」

 

 それでもって、あたしが作ったのは梅干し茶漬け。

 ただご飯に梅干しとお茶漬けの素を乗っけてお湯をかけただけだけど、寝起きにはさっぱりしたものがいいしね。

 

 ずるずるずるっ

 

 んー……酸っぱい!

 梢ちゃんが選ぶのはいつも酸っぱいけど、梅干しの風味が口の中にいっぱい広がるから食べ応えがある。

 

 さすがは、梅干し選定名人の梢ちゃんってとこかな。

 

「どう? 棗ちゃんも食べてみる?」

「……?」

 

 お茶碗を差し出してみると「いいの?」という風にあたしの顔を見上げる。

 

「いいのいいの、美味しいものはいっしょに食べたら、もっと美味しいからね」

「……い、いただきます」

 

 小さく、ささやくような声で言うと、まるでリスのようにちまちまとお茶漬けを食べ始めた。

 ……か~~~~っ! かわえ~~~~~~~っ!

 いやホントに小動物みたいだってば! いつもの大和撫子な梢ちゃんもいいけど、こういうでらかわいい棗ちゃんもラブリーっすよ!

 眼福で幸せになりながら、あたしはもう一つ幸せを感じていた。

 こうやって、棗ちゃんもちょっとずつ馴染んできてくれてるっていうこと。

 前は名前も教えてくれなかった程だけど、白鳥くんが来てからはちょっとずつ、本当に少しずつ、こうやってあたしたちと接する機会が増えてきている。

 ホント、白鳥君様々だわね。

 

「ところで棗ちゃん、さっきは何かあたふたしてたけど、何か探してたの?」

「…………」

 

 箸の先をくわえつつ、棗ちゃんがちょこんと頷く。

 

「もしかして、白鳥くん?」

「……珠実さんが、隆士くんは……お出かけって言ってた……かも」

 

 あー、そういや昨日そんなこと言ってたっけ。

 

「そっか。それじゃあ、珠ちゃんか誰か探していたの?」

 

 その問いにも、棗ちゃんはふるふると首を振る。

 ということは……なんなんだろう。

 

「……探し物……かも」

 

 探し物?

 その言葉が、あたしの心のどこかで引っかかる。

 ……もしかして。

 

「探し物って、梢ちゃんへの手紙?」

「!」

 

 いつもはぼうっとしている棗ちゃんの目が、あたしの言葉に反応して見開かれる。

 

「あ、いや、たまたま知ってただけでね? 梢ちゃんがそう言ってたから」

「……恵さんは、梢さんのこと……知ってるの……かも?」

 

 期待が込められた、棗ちゃんの眼差し。

 それは、どこか切実なものに見えた。

 

「う、うん。まあね。知ってるというか、なんというか……」

「…………」

 

 ――それ以上の答えを、この子は期待している。

 でも、あたしが今それを言うわけにはいかない。

 

「棗ちゃんは、どうして梢ちゃんへの手紙を書いたのかな?」

 

 だから、少しピントを外した話題を棗ちゃんに振ってみることにした。

 

「……鳴滝荘のみんなが……私のこと、そう呼ぶことがある……から……でも……私は、その人に会ったことがなくて……ここに、いるはずなのに……」

 

 ああ……

 

「……だから……知りたかったの……かも」

「……そっか」

 

 あたしたちの言葉から生まれた、ひとつの疑問。

 

「棗ちゃんは、梢ちゃんに会ってみたかったの?」

「……そう……かも」

 

 それが、どういうことかを知りたくて。

 

「……いつも、会いたくても……会えなかったから……だから……書いてみた……かも」

 

 梢ちゃんにも、自分を知って欲しかったんだ。

 

「……でも……どこにあるか……わからなくなって……」

「手紙が?」

 

 こくんと、元気なく頷く棗ちゃん。

 お茶碗と箸を置いて見上げるその瞳は、少し潤んでいた。

 

「大丈夫よ、棗ちゃん」

「……?」

 

 そっと頭を撫でてあげると、棗ちゃんは小さく首を傾げて見せた。

 

「その場所だったら、あたしがちゃんと知ってるから」

「……ほんと?」

「うん、ホントホント。この桃乃さんにまっかせなさい!」

 

 ――少しぐらい、あたしが橋渡しをしてもいいよね。

 白鳥くんや珠ちゃんに申し訳なく思いながら、あたしはドンと自分の胸を叩いた。

 

「さ、思い立ったが吉日。早く探しにいこっ!」

「っ!?」

 

 あたしが棗ちゃんの手をそっと握ると、彼女は目を見開いて、

 

「…………」

 

 だけど、ほっとしたように小さく頷いて見せた。

 

 

「おじゃましまーす」

「……おじゃまします……かも」

 

 思ったとおり、梢ちゃんの部屋には鍵がかかっていなかった。

 まあ、ここにその張本人の別人格な子がいるわけで。

 

「えーっと、確か本棚って言ってたはずだけど」

 

 どの本に挟んだって言ってたっけ。『はぁ~りぃふぉっくす』じゃなくて……『デゼニワールド』じゃなくて……『サラダの国のトマト姫』でもなくて……

 確か、もーちょっと小難しいタイトルだったような?

 

「あっ」

 

 こつんと、指にハードカバーの感触。

 背表紙に『武者小路実篤全集』と書かれたそれを、手にとって開いてみる。

 

「あった!」

「あ……」

 

 梢ちゃんがあたしに見せたときと同じ白い封筒が、ちゃんとそこに挟まっていた。

 

「ほら、棗ちゃんこれ! この封筒でしょ!」

 

 ぽんっ!

 

 あたしがそう言うと、棗ちゃんは頭から花を咲かせながら大きく頷いた。

 

「はい棗ちゃん、仕舞うときはちゃんと自分で覚えときなさいよ」

「……うん」

 

 封筒を受け取った棗ちゃんは、大事にそれを抱きかかえるとほうっと息をついた。

 そして、中身を確かめるように封筒を開けて手紙を広げる。

 

「……!」

 

 ぽぽぽんっ!

 

 あれ?

 目を通したと思った瞬間、棗ちゃんの頭に咲く花の数が一気に増えた。

 これって、とても嬉しいってことだって白鳥くんが言ってたような……

 

「おーい、棗ちゃん?」

「っ!!」

 

 ぽうっとしていた棗ちゃんに声をかけると、彼女は嬉しそうにあたしにその手紙を見せてきた。

 ……へえ。

 

「お返事、来てたんだね」

 

 棗ちゃんの文の下に、梢ちゃんの筆跡で返事がちゃんと書かれていた。

 

「!」

 

 頷いたその表情は、今まで見た棗ちゃんの表情の中でも一番の笑顔だった。

 そりゃ、嬉しいに決まってる。

 自分の伝えたいことが、相手にちゃんと届いたんだから。

 いくら遠くに離れても、いくら会うことが出来なくても……

 一番「言葉」が欲しかった人から、返事が来たんだから。

 

 棗ちゃんが喜びの花を咲かせているのを見ながら、あたしはあいつから初めて手紙が来た日のことを思い出していた。

 

 ――よかったね、棗ちゃん。

 

「また返事を書いたら、きっとまた返事が来るわよ」

 

 100パーセント正しいことかはわからないけど……

 

「……うんっ!」

 

 あたしは、この笑顔が見れて幸せだった。

 

 

 

 

『蒼葉 梢さんへ

 

 はじめまして。

 あなたは今、幸せですか?

 

                 紺野 棗

 

 

 紺野 棗さんへ

 

 初めまして。

 私は今、みんなと一緒にいられて幸せです。

 

                 蒼葉 梢 』

 

 

 ――蒼葉 梢さんへ。

 

 


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