青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑥真実ロマンス

 部活が休みだろうとオレの安息の地は、いつも通りの屋上だ。少し曇り気味の空や帰り道を歩いていく生徒の姿に紫煙吹かせ、温くて、すっかり湿度が増えた風を浴びていた。今日は美竹も来ねぇって連絡あったし、夕方から雨降るって予報だし、その前にテキトーに仕事して定時で帰るとするかな。そんなことを考えながら煙を追いかけると、眼下に見たことのある女子生徒が見えた。

 言い訳するとそんな生徒をまじまじと見ていたわけではなく、何やら言い合いをしていたから目立ってるだけだけどな。

 

「……なーにやってんだ、アイツら」

 

 喧嘩をしてるのは仲良し五人組、Afterglowってバンドをしてるやつらのうちの二人、青葉と宇田川だ。美竹の言うことには美竹と宇田川はよくぶつかるが、それ以外はほとんど喧嘩しねぇって聞いたんだけどな。すると、ふと、灰色の頭がオレを見上げた。

 ──さて、偶には悪魔に恩でも売っとくか。携帯灰皿にタバコを押し込みながらオレはそいつに手招きをしてやった。

 

「どうした、青葉」

「せんせーこそ~、呼び出しなんてどーしたの~? あ~、ついにモカちゃんもせんせーの毒牙に~たいへんだ~」

 

 それから二分ほど、あくまでいつも通りに振舞う青葉は、オレにはどうしてもまだ泣いているように見えた。

 んでもって対峙して思うこともある。やっぱりオレはコイツが嫌いだ。なんでそう素直になれねぇんだよお前は。そんな風に隠してたってなんもいいことねぇぞ。大人になりゃ嫌でも隠し事をせざるを得ねぇしロクでもないことばかりで、オレは毎日ガキどもが羨ましいってのによ。それをわざわざドブに捨てるなよ、大人なんて、いつか勝手になっちまうんだから。

 

「……タバコ、吸わないの?」

「ガキの青臭え話を聞く時は吸わねぇな」

「……悪かったね、青くて」

 

 青くて結構じゃねぇか。青春を否定するといざ本当に大人になった時に後悔するんだからな。つか、今日くれぇまっすぐ言葉を投げてみろよ。変化球ばっかは肩とか肘に疲れがたまっちまう、ってハナシだしな。

 

「……トモちんと、ケンカ、しちゃった」

「そりゃ見かけたからな。原因は?」

「──カレシ、できたんだって」

「……ふぅん?」

 

 青葉はぽつぽつと語りはじめた。青葉と宇田川の諍いの間にあるのは、美竹の過去だ。アイツのトラウマは他の四人にも多少の傷を負わせた。羽沢、上原は年上の男が怖くなって、宇田川と青葉は美竹に対して過保護になっていった。

 そんな美竹の転機はオレの存在だ。羽沢や上原はオレに怖がることもなくなったし宇田川は、自分がそこまで神経質になることはねぇってことで、以前から仲の良かった商店街の同じトシのヤツと恋仲になった。

 

「……トモちんも、つぐも、ひーちゃんも、蘭も……みんな能天気すぎるのに、また、ああなるかもしれないのに……なのに」

「そりゃ、考えすぎってやつだな」

 

 それが青葉には裏切りだと感じた。だから宇田川につっかかって、言い返されてケンカになった。くだらねぇ理由だ。でもこれで青葉が本当は仲間たちに何を求めていたのか、それがなんとなくわかる気がするな。

 

「あたし……このままじゃ、独りになっちゃう……嫌だ、独りは……やだよ」

「……青葉」

 

 コイツは極度の依存体質だ。面倒なことに同じ目線にいてくれるヤツが自分を見ていないととてつもない不安に襲われる、そんなタイプだ。ヒナみてぇなメンヘラとは違ってタチが悪い。

 ──依存してるヤツを追い詰めてでも、自分に依存させたいって感じだな。厄介なヤツの話聞いちまったな。

 

「大丈夫だろ。この間も、美竹はお前がキレてんの心配してたからな。それに、お前らは五人でAfterglow……だろ?」

「し、知ったかぶり……だ」

「そりゃそうだ。なんせ美竹の受け売りだからな」

 

 ほらな、お前は大人なんかじゃねぇよ。どこまでもガキだ。本当に自分の願いのままに四人を存在させてぇなら悪役になる覚悟くれぇしねぇとな。

 それができねぇんじゃ、まだまだだ。合格点はやれねぇな。

 

「……なんで、そんな優しいの?」

「優しい? 冗談よせよ気持ち悪い。ケンカの解決は自分でなんとかしろって思ってるからな」

「そっちじゃなくて……なんで、あたしの味方、してるの? どう考えても、あたしがめちゃくちゃなこと言ってるのに」

 

 確かにめちゃくちゃなこと言ってるな。宇田川がカレシをつくったことに文句を言うなんざ筋違いもいいとこだ。けど、けどな……オレはそんな筋とか、お前が鬱陶しい悪魔だって以前にな、一つだけ見えたもんがあるんだよ。

 

「詩的に言うとだな……傘は濡れてるやつに貸してやるもんだろ?」

「……っ、う、うわ……キザ……似合わなさ過ぎて、警察呼びたい……」

「突き落としてやるから動くなよ」

 

 オレが青葉をわざわざ呼んだ理由、それは単純でお前が泣いてたからだよ。小さな子どもみたいに、独りにしないで、ってな。それに青葉はオレにとって余計なことしかしねぇ敵みてぇなもんだが、敵味方以前にオレは羽丘の生徒なんだよ。教師(おとな)は、生徒(こども)の悩みを真摯に受け止めるもん……ではねぇかもしれけど、オレはそういう教師に会って救われたんでな。そうなりてぇんだよ。

 

「……蘭が傍にいたいって思った理由、わかっちゃったな」

「そりゃ助かる」

「蘭とは付き合ってるの?」

「いや、オレに恋人はいねぇよ」

「そっか〜」

 

 全然、これっぽっちも関係のないハナシだが、オレはこの時、ヒロインの失恋を慰めたらいつしか惚れられていたとかいう物語だけじゃなくて展開の脇も甘いマンガが頭に浮かんだ。全然、これっぽっちも関係ないハナシだが。

 というか、心が折れかかった時に味方されると弱いってのはつい最近経験した。傷に染みていく暖かさを、ソイツからしかもらえねぇって、思っちまうんだろうな。だからきっと、一人で抱え込みがちな青葉は、吐き出せる相手に……依存しちまうんだろうな。

 

「……なら、屋上に来たら、あたしの話も聞いてくれる……?」

「ああ、もちろん」

「笑わない?」

「保証はしかねる……けど、溜め込むよりはずっとスッキリすると思うがな」

「せんせーがスッキリってゆーと変な意味に聞こえるな~」

「そりゃお前が妄想逞しい変態なだけだ」

 

 青葉は初めて、刺すような敵意もなく、悪魔のような笑顔でもなく、自然な表情をオレに向けた。なにも解決なんざしてねぇけど、独りじゃねぇってことに安心したみてぇだな。いつも距離のあったはずなのに今は一歩もないくれぇなのが、ちょっと気がかりだけど。

 

「あたしのコレは、みんなには教えられない。教えたくない」

「だろうな。引かれること間違いなし、だからな」

「だからさ……せんせーを利用させてもらうね」

 

 けどまぁ、コイツの本質も間違いなく悪魔だな。そうじゃなきゃこんな言葉が飛び出るワケねぇし、美竹を守るためと称してあんな画像や動画を撮影してるワケねぇんだよな。話を聞いてほしいとかじゃなくて、溜めこんで壊れちまいそうな自分を支えるために、オレでガス抜きってことか。依存体質は我慢が多くて大変だな。

 

「大変だよ? わがままばっかりなのに、そのわがままで嫌われちゃうかもーって考えると……息すらできなくなっちゃうもん」

「青葉はとことん、考えすぎだな」

「あはは~、そーかも」

「お前は隠すのがうますぎるから、余計めんどくせぇヤツだよ。ガキはガキらしく、素直に、思ったままでいいのによ」

「それが上手くいく子どもばっかりじゃないんだよ~」

 

 その言葉に、オレは肯定の意味で苦笑いをした。難儀だよな……子どもは子どもの、大人には大人の、勿体ないところがある。だから大人は、子どもが素直に思ったことを話せるように言葉を考えるし、子どもは、大人の手に余らないように本心を隠そうとする。だけどな、オレはお前が手に余るなんて、考えたことはねぇよ。客観的に見ればヒナには余してるように見えてるかもな。でもオレはアイツを手に余るヤツだと一度も思ったことはねぇ。まして青葉なら尚更だよ。

 

「じゃあ上手くいくように、オレが指導してやる」

「せんせーが指導ってゆーと卑猥だね」

「先生が指導って言ったらフツーの意味だろ、どんだけお前の脳内はピンク色なんだ」

「そりゃ~、そーゆーことにきょーみしんしんのJKですから」

「なら、あの隠し撮りは目に毒だったろうな」

「……あ、あれは……その……」

 

 揚げ足取りでからかったつもりだったが、揚げてカラっと空ぶったのはオレの方だったか。青葉はその性格上ヒナとかと同じ方向だと思い込んでたんだが、どうやら違ったらしい。顔を逸らしたその髪から僅かにのぞく耳は、羞恥に赤くなって、どうやらコイツには本当に刺激的すぎたのだとわかった。

 

「よく残してたな、そんなの」

「……見返さなきゃいいだけだもん」

「けど見返しちまうのが、興味ってヤツだもんな」

「あんなトコでシてるのが悪いんだ……」

「あっそ……つか、見返してたんだな」

「あ……うわ……さいてー、へんたい、性犯罪者」

 

 よし、これ以上はやめておくか。今までの仕返しができて満足したしな。ヒナが消したって言ってた以上、もう過去の話だし、いたいけ……かは議論の余地が残るもののJKにそれを見せたのはオレであるわけだし、これ以上つっこむとしっぺ返しが怖えし。

 ただ、隣で真っ赤になった顔を両手で冷やしてるコイツを見るのは新鮮で、なんつうか笑っちまうけど。

 

「日菜さんが動画消さなくていいよって言ってた理由がわかった……消しとけばよかったな~」

「……は? なんで、アイツ消したって」

「はぁ、日菜さんにはちょー甘いってホントなんだね~。あのヒトが無力化したのは()()()()ですよ~? 別に動画や画像を消した、なんて一言もゆってないんだな~」

「……あのクソ悪魔」

 

 つまり青葉が拡散した時のメリットしか消してねぇってことね。ヒナは青葉がその動画にどんな感情を抱いているか知ってた、つかスマホを見たときになんらかの要因で知ったんだろうな。あのエロ悪魔ならイタズラにそういうことしやがるだろうよ。というか下手するとアイツもそれを持ってる恐れがあるんだよな。

 

「日菜さんってとーんだ変態ですよね~……まぁ、それに反応したあたしも大概ってことになるんですんで、言いませんけど~」

「その変態に常に誘われてるオレのことも考えてくれると嬉しい」

「性犯罪者?」

「それやめろっつうの」

「否定しきれないからかな~?」

「うるせぇ」

 

 顔真っ赤にしながら言うことじゃねぇだろ、ったく。敵意がなくなった青葉は誰かのような殴り合いに近いようなものと、誰かのような悪魔との対話、その両方を感じる。嫌いだったコイツのよくわかんねぇところが解消されてるから余計にそう思っちまうな。

 

「せんせー」

「ん?」

「あたしの前だったら、吸っていいよ」

「いいのか?」

「うん、あたしはへーきだもん」

「近くにいると、においつくぞ」

「へーき」

 

 へーき、とか言われてもなぁ……オレ、親御さんにクレームつけられたくないのよ。まぁ、ヒナとか美竹の親には殺されても文句言えねぇけど。それに比べたら娘の制服からタバコのにおいがした、とか言われるとやや理不尽に思えるし、余計な軋轢は生みたくねぇんだが。

 

「日菜さんの前ではスパスパ吸ってるくせに〜」

「まぁ、そうだけどな……」

 

 アイツが吸うのにオレが我慢する意味ねぇもん。まさかお前も吸いてぇとか言うなよ? もうタバコあげるのヤなんだよ。そんなオレの考えを読んだ青葉は呆れたような顔をしてきやがる。

 

「吸わないよ〜、日菜さんじゃないんだからさ〜」

「ならいいけどな」

「……あ、あっちには……ちょっと、興味あるけど」

「……ヘンタイはどっちだ」

 

 青葉の言葉に甘えながら苦い顔をした。確定、コイツの脳内はピンク色だ。つかお前、それ同年代のお猿さんたちに言ってみろ。二時間後にはベッドまであるからな、気をつけろよ? まぁ、青葉はあの一件もあるし男には警戒心強いだろうけどな。

 

「だってさ……日菜さん、すごいえっちな顔で……あ、喘ぎ声とかも……すごくて……気持ちよさそう、だったんだもん」

「例の動画か」

「……うん」

 

 それは今まで見たことのねぇくらいにひび割れたような、熱いなにかを内に秘めた声だった。お前、オレのこと嫌いだったろうが、そんな顔すんなやめろ。まだタバコは残ってて、耐えるように背を向けるとその背に体重がかけられた。

 ──マジかよ、それで絆されたらチョロいってレベルじゃねぇからな? 美竹が比較的チョロいくらいなんだからな。

 

「実はあたし、前からせんせーのこと好きだよ〜?」

「は? 悪い、日本語か英語にしてくれ」

「あたし〜、割とまえから〜、せんせーのこと気になってたよ〜?」

 

 悪いな、青葉の日本語はオレには理解できてねぇみたいだ。その割と前ってふわっとしたのはなんだ、意味わかんねぇ、つかぜってぇウソだろ。おい、オレの考えがわかるなら青葉、オレの疑問に応えやがれ。

 

「せんせーがちゅーこーれんけーの授業に来た時のこと、覚えてない?」

「中高連携……あぁ、そういややったな」

「そんとき、あたしたちのクラスだったんだよ~?」

 

 ん? あーっと、あの時か。なんか中等部の教師とラブロマンスを題材にした英語の会話を解説したやつだ、恥ずかしすぎて一瞬記憶から抹消してたわ。解説する度にきゃーきゃー言われてさすがに辟易したしな。

 ──その中にいたいた。ヒトの解説を聞きながら堂々とパン食ってるヤツ。それが青葉ってわけだな。んで? 

 

「きょーみなくてさ、聞き流してたら、せんせー、なんて言ったか覚えてる?」

「いや全然、まぁ、怒ってないことは確実だな」

「えーごでね、後で調べたらキミは色気より食い気だな(You're eating than romance)って、ちょっと笑いながら」

「うわ……きめぇ」

「えー、本人が言います? それ」

「なんで英語……あぁ、ネコ被ってたんだな、ぜってぇそうだ」

 

 そうだな、あの時は確かまだスキルアップに邁進してた頃だから思わず口から出たのか? わからん、情熱溢れた当時の自分の思考が読めなくて苦笑いしかできねぇよ。日本語でいいじゃんか、少なくとも今のオレは母国語である日本語で表現することの方が好きなんだがな。

 

「ああ、こーゆー面白いせんせーもいるんだなって思ったらなんとなく追いかけちゃって、高等部に行く用事があるときは絶対に探してたし、入学式の日も欠伸してるの見かけたよ」

「……そうか」

 

 オレは青葉のことなんて覚えてもなかったんだけどな。そんなことを考えていると、いつの間にやら背中から正面に移動してきやがった。にへら、というような緩んだ笑顔、ホント、今日で印象がめまぐるしく変わるヤツだ。

 

「それ以来あたしは、せんせーのストーカーなんだけど~って言ったら、どうする?」

「イロイロ納得する。けど妙にタイミングがいいのは美竹がいるからだと思ってた」

「それもあるよ~? あたしは蘭に依存してるから」

「敵意を向けてきたのはどう説明すんだよ?」

「もっちろん、日菜さんとイチャイチャしてたからヤキモチだよ~」

 

 どーりで、コイツからはなにも読めないわけだ。行動原理を半分隠されてちゃ、わかるはずねぇよ。美竹が二度目に屋上に来たときにそれをいち早く発見した理由も、弱みにつけ込んだコイツが最初にしたことがオレとの連絡先の交換と、羽沢珈琲店への呼び出しだった理由も、それ以前から、コイツがオレの授業で食ったり寝たりしてた理由も、縺れた糸がほどけるように、氷が解けていくように、確信へと変わった。

 

『蘭に近づかないで』

『そうやって子ども扱いして!』

『蘭にはあたしがいるから、あたしが一生傍にいるから、安心してね』

『ありゃ、冷たいな~』

 

 隠してた意味があったのか。気付かねぇもんだな、ったく……お前のせいで苦しんだこともあるっつうのに。当の本人はやっと近づけた、って顔だな。素直じゃねぇって美竹のこと言えねぇよ、お前。

 

「やっとせんせーの生徒になれるね。ちゃんと約束したから、これからはあたしのことも構ってね、あたしのせんせー」

 

 強引に首を引っ張られ、屋上の手すりに背中を預けた青葉がオレの唇を貪る。最初はファーストキスらしい控えめでソフトに、そして三度目からはあの悪魔を彷彿とさせる強引な舌の動き。ヒナに絆されきった変態クズ教師たるオレに熟れてないはずのその果実は甘すぎて、オレ自身がどろりと溶け出しちまいそうだ。

 

「……こーふん、してくれたんだ。えへへ~♪」

「雨、降りそうだな」

「そーやってごまかすんだ?」

「……送ってってやる。傘持ってねぇんだろ?」

「──うん♪ あ、今日は遅くなるって、ちゃんと言ってあるから~」

「練習サボってんだったな」

 

 外堀を埋められ、夏の陣。槍も持ってねぇし三途の渡し賃もねぇオレに青葉なんつう大筒に勝ち目なんて万に一つもねぇんだよな。後はコイツの言う通りに、コイツを血だらけにして泣かせるだけ。

 ──なぁクズ教師。オレってやっぱ、アンタよりクズかもしんねぇな。アンタがオレ以外の他の生徒に手、出してたかなんて知らねぇけど。

 




これが負けヒロインの爆誕である。生まれながらにして負けているのである。
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