青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑨雨天ダイアリー

「……そっか、結局、蘭ちゃんもモカちゃんも」

「そこはキレてくれていい。ヒナの気持ちを考えてたら、こんなことしなかったんだからな」

 

 蘭とモカとヤってから更に一週間が過ぎた水曜日。久しぶりに部活をするという連絡を受けたオレは、雨だということもあり、天文部の部室へと足を運んだ。せせこましい場所、こんな狭かったのかと驚いていたら、その部屋の主、氷川日菜に笑われた。

 一度も来たことはなかった。教室にいたらタバコは吸えねぇし、襲われてるところを誰かに見られるリスクもたけぇってんで避けてた場所だった。

 

「ううん」

「……怒んねぇのか?」

「だってあたしの気持ち考えてくれないのなんて、ずっとじゃん?」

「返す言葉もねぇ」

 

 そもそも、コイツの告白を一度フってる。それなのにヒナはオレを自分の膝に誘導して、星空みてぇなキラキラした瞳で見下ろしてくる。そんな極上の枕でプラネタリウムを鑑賞してると、ヒナはピラリと何の気なしにスカートをめくった。

 ──なるほどな今日はまた一段と色っぽい黒か。

 

「ガン見しすぎ~」

「見せてくるお前が悪い……もしかして新しいヤツ?」

「そーなんだよ~、るんってきたから買ったんだ~」

 

 この会話で、誰が健全な顧問の教師と部活動をする生徒だと信じるんだろうな。無理あるだろ。平然と教師にパンツ見せて、そのパンツで会話を膨らませるんだからな、変態的にも程があるだろうが、ヒナの下着のハナシは初めてじゃねぇからな。動揺したり反応したら悪魔の思うツボだし。反応しちまったけど。

 

「つか、アノ日は終わったのか」

「なに~? えっちしたいの? 変態だ~♪」

「ちげーよ。月頭だってこと覚えててさっきパンツ見たせいで気になっただけだっつーの」

「じゅーぶん変態だけどねー」

「……なんで言い訳したんだろうな」

 

 ヒナとはもう会話にも遠慮がねぇ。まるで何年も連れ添った恋人同士みてぇにコイツの下ネタも気にしねぇし、オレも平然とそれを口にする。膝枕を平然とされてる時点でお察しってレベルだけどな。コイツの太腿の柔らけぇのなんの。教室で雨の音を聞きながら美人の膝枕、しかも生足。相手がガキだってことに目をつぶって開き直ればコレ、理想郷だよな。

 

「そうそう彩ちゃんがねぇ、あたしの名前で検索すると太腿で挟まれたい、踏まれたいってあるらしいよ」

「欲望丸出しかよ」

「カズくんほどじゃないでしょ」

「丸出しにはしてねぇよ」

 

 挟まれたいは否定しない。だがオレは経験者なんだ。悪いな名も知らぬ欲望丸出しの変態たちよ。

 つか、ホントに白鷺が予想した通り、前回のミニライブでコイツらのグループは人気がうなぎ登りらしい。特にリーダーの丸山彩ってやつはトークで大成功を収めSNSのトレンドに名前が入ったのだとか。ヒナがバカみたいに笑いながら教えてくれた。ホントに成功したんだろうなそれ。

 

「つかまぁ、アイドルは得てしてそんな欲望の対象だろ」

「千聖ちゃんも手とか口とか、そんな感じかな~、でもえっちしたいって思ったよりも少ないんだよねぇ、不思議だよね」

「そうだな」

 

 白鷺魔王こそ、踏んでくれそうだなんてな。そんな妄想すると電話がかかってきそうで怖えからやめておこう。つか、この状況、モカが練習でよかった。あのストーカーなら見られててもおかしくねぇからな。カラダの関係のある人数が増えて、一人はもう手を出す気はないとしても内訳がメンヘラ一人、ストーカーが一人はキツイ。純愛青春を生きる蘭が二人のようにならないようにしたい。

 

「えっちしたい」

「今日は大学んときのダチと飲みに行くから無理だっつーの」

「明日も仕事なのに? クズなんだ~」

「仕事先の生徒とヤるよりは健全だろ」

「じゃあ今シて」

 

 にしてもヒナも随分変わったな。前だったらめちゃくちゃキレて口も利いてくれなかっただろうし、詰りもしただろうに、日常会話の中にその不満の解消を求めて、わがままとカラダの要求で、帳消しにしようとしてくれるんだから。諦めた、と言っても過言じゃねぇけどな。

 

「今って、バレるだろ」

「コレでバレないならえっちもバレないでしょ」

「お前が声でけーんだよ」

「だっていつも声出してってゆーじゃん」

 

 ただ、そのせいかいつもより会話が生々しい。モカもこの手の話題は顔を赤らめて黙るからな、久しぶりに二人きりだと余計にそう思えて仕方がない。あと、オレそんなこと言ってんのか、いや、自分だとヤってる最中は理性ぶっ飛んでてあんまり覚えてないんだよな。

 ──つったらどこからともなくICレコーダー出してきたのがこの悪魔なんだが。

 

「ねーねーえっちしよーよ~」

「バレないところ言えたらな」

「先生の車」

「やなこった、汚れる」

「バレないところってゆった~」

 

 ヒナが口をとがらせるが、知らん。オレは車じゃタバコも吸わねぇって前に言ったよな? 車はキレイに使いたいんだよ。そもそも外に出たらアウトだろ。

 それじゃあ、と思案するヒナを見上げながら、苦笑した。コイツはヤるっつったら意地でもヤろうとするよな。今外に出ずにヤれるところなんてねぇんだから、諦めてほしい。そう思ったら、ヒナはあっと声を上げてそれから笑った。

 

「……保健の先生って今、いないんだよね?」

「用事があるっつって早退してたな……まさか」

「うん、保健室♪」

 

 その瞬間スマホが震えて、メッセージ。モカからその手があったか~とのこと。

 ──待て待て、コイツまさか盗聴でもしてやがんのか。マズい、この状況を知られたら絶対にあの悪魔も便乗してきやがる。

 

「あー、モカちゃんね、今通話してるの」

「はぁ?」

 

 盗聴じゃなくて合意による傍受だった。なんでお前らグルなの? ストーカーとメンヘラのベストマッチはオレの背後と腰に危機感しかねぇよ。

 つか、保健室か。どこの教室からも遠い、特に職員室からは声が聞こえるところにねぇし、普通の生徒は保健室の前は通らねぇ。ご丁寧に内鍵が閉めれるからオレが職員室行って、ヒナが体調悪いんでーとテキトーに理由つければ最終下校時間まで二人きり。否定材料がねぇ。

 

「先生? 約束守んないとペナルティだよ?」

「具体的には?」

「全部の予定キャンセルしてあたしを泊める」

「……悪魔め」

 

 ヒナ、それさ、ヤるかヤるかの実質一択だって知ってるか? 知ってて言ってるんだよな。贅沢なプラネタリウムの時間は終わりか。

 そんなコイツのおねだりにも慣れて、ちょっと期待しちまうクズなんだけどな。コイツの嬉しそうな顔が、なによりの救いなんだから。

 

「ほらほら、もっとじっくり……見てほしいなぁ」

「はいはい、あとでじっくり見てやるからスカート捲るのはやめろ」

「うん! カズ先生が立てなくなったら困るもんねぇ」

「あんまバカなこと言ってると襲うぞ、ヒナ」

「──それ、あんまり言ったら今度はあたしが立てなくなっちゃうよ?」

 

 それは困ると素早くヒナの太腿から頭を離して、立ち上がったところで、ふと思ったことがあった。ヒナの過去のハナシ、それはちょっと前にもっと重いかたちで聞かされた気がするんだが……コイツは。

 

「そういや、お前ってカレシにレイプされかけたんだよな?」

「え? うん、そだよー」

「軽いな、おい。それなのに、襲うって言われても平気なのか」

「だってカズくんはカズくんだし、単純に襲うって言っても意味違うじゃん」

「……そうだけど」

「蘭ちゃんとは違うよ?」

「だな……悪い、変なこと聞いた」

 

 そうだよな。コイツは興味があって、その興味を失いかけたところに襲われ、その辺にあったもので殴って逃げた。逞しいヒナらしい、ある種笑えねぇストーリーだ。

 それに対して、蘭はもっとセンチメンタルで、ずっと性的な瞳に晒されて、気持ち悪さを抱えていたところにダメ押し。しかも自力じゃなんともできずにファーストキスを奪われてる。悲惨で、男性恐怖症になってもおかしくねぇストーリー。そりゃあ、性行為一つに対する恐怖なんて桁違いだろうな。

 

「蘭ちゃんもいつか、平気になるよ」

「どうしてそう言い切る?」

「なんとなくっ」

 

 そりゃあ随分な根拠だな。けど、ヒナのそれをオレは信じたい。信じたって、何も救われないかもしれねぇけど、抱き着いてくるコイツは、オレに安心を感じて、また与えてくれるから。根拠のねぇそのなんとなく、にオレは縋らせてもらうよ。ったく、最近のオレはとことん悪魔信仰だ。なにせヒナはオレにとって、悪魔(てんし)だからな。そして加護は与えられ、なんの疑われることもなく、オレは保健室のカギを手に入れれば、そこは簡易のラブホテル。

 ガキの頃、憧れた保健室っつうシチュエーションにまさか教師になってから体験できるとはな。相手が無駄にエロい保健室のセンセーではなく無駄にエロい教え子ってのはちょっと、いやだいぶ理想とはかけ離れてるが……なんやかんやでヤっちまうんだから、何を言い訳しても無駄だよな。

 

「あースッキリした~!」

「お前やっぱり動くの禁止、がっつくな」

「えー、つまんないじゃん」

「腰を労わってくれ」

「とか言って激しいのは先生もでしょー?」

 

 そうして下校時刻になり、駐車場までの道中、あまりに不毛で他人に聞かせられるようなもんじゃねぇ会話を続けていく。まぁ、雨の音に紛れてなかったら外でこんな会話しねぇけどさ。

 

「……あ、リサちーだ」

「ん? お、ホントだ」

 

 そんなとき、駐車場で立ち話をしている、茶髪の上半分を傘で隠した後ろ姿が見えた。隣はたぶん湊だな。ヒナ曰く、二人は同じバンドであり、幼馴染らしいからよくツーショットでの姿を見かける。ここまでは問題はない。特に、今井はオレとヒナの関係を察知してやがるからな。

 問題は、そこにさらにもう一人、別の制服に身を包んだ女子生徒がいることだ。傘から除くその髪色はまさかのヒナと瓜二つ。あれはまさか。

 

「……やっと来たみたいですね」

「や、やっほー、ヒナ……えーっとそれと、清瀬センセーも」

「氷川姉」

「その呼び方はやめてください」

「んじゃあ、呼び捨てで悪いけど紗夜でいいか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 ヒナの双子の姉、氷川紗夜。その視線はまん丸の目を宇宙のように煌めかせるヒナとは違いツリ目気味。真一文字に引き締まった口は厳格でとっつきにくい印象を持つ。けどすらりとした足といい、全体的にヒナよりスレンダーで、間違いなく美人だな。

 じゃなくてだな。なんでここに紗夜がいる? ヒナの迎え、だったら連絡するよなフツー。今井の挙動不審具合といいまたもやここでなにかありそうだ。

 

「た、立ち話もなんだし、ホラホラ、ファミレスでもいこーよ、ね?」

「そうね、このままだと風邪を引いてしまうわ」

「……そうしましょう。清瀬さん、車に乗せていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、いいけど」

 

 後ろの席に湊、今井、紗夜が座り、ヒナは助手席。その横顔はなんだかいつものお気楽な顔じゃねぇのが引っかかる。つか空気が重い。普段はこんな空気を嫌うはずの今井もなんもしゃべんねぇし。

 あ、この空気覚えてると思ったら、アレだ。白鷺と初めてしゃべったときのやつだ。つまり、これから始まるのは……あの時の再来ってわけだ。帰りてぇ。

 そんな願いも空しく、ファミレスの席で、紗夜はオレとヒナに向かいあってオレを睨みつけた。

 

「……清瀬さん。妹と、日菜と交際をしているのですか?」

「いいや、付き合ってねぇよ」

「そうですか」

 

 ジャブのような言葉、それにウソをつくのはマズいから即答する。教師に対して真っ先にその質問が出るってことは全部知ってるっつう仮定で言葉を選んだほうがよさそうだ。紗夜はヒナにも目線で同じ問いかけをして、ヒナはゆっくりと頷いた。頼むぞヒナ、今回ばかりはどこぞのビッチの時みてぇに余計なことは言うなよ。

 

「成る程、そうだというのに貴方の家に日菜は外泊していたのですね?」

「そうだな」

「……よく平然と肯定しますね。正気を疑うレベルなのですが」

「勝手に疑ってくれて結構だ。ヒナはいつも外泊の許可を親からもらってるはずだけどな」

 

 それをしなかったのは最初の泊りだけ。あの時白鷺に叱られたヒナは二度はやるまいと事前に、いや何回かは直前に外泊することを両親に言っているはずだ。そして放任主義らしき親があっさり許可を出すところをオレも目撃してる。しかも、開けっ広げにカズくんちに泊まるね、だ。なにも咎められる、ことはあるけど、肯定することに迷いが出るわけねぇだろ。つか回りくどいから本題を言ってくれ。

 

「そうだとしても、相手が交際もしていない、しかも教師だなんて……不潔だと思われて当然ではありませんか?」

「あー、はいはい、汚いのは重々だ。けどな、当人たちが納得してるとは考えねぇの? 幾ら汚ねぇっつっても、それは個人の感想なんだよ。虫に触れることが汚くて怖いと思うヤツもいれば、虫を飼うヤツがいるように、お前の価値観でなんとでもなるわけねぇだろ」

 

 正論で武装するのはいいけど、気の短いうえにクズな大人にはちょっと足りねぇな。正論のほかに暴論を使いこなせなきゃ、ガキ扱いからは抜け出せねぇな、紗夜。かく言うオレは正論を暴論と暴論にサンドするサンドイッチクズだからな、お前を黙らせるのは片手で食べて片手でカードゲームしてやれるくれぇ簡単だな。

 

「日菜を抱いて、その責任を取ろうとすらしない貴方に何を言われても……っ」

「あたしはそれを望んでないもん。先生の重荷になりたくないもん」

「日菜……!」

 

 しかしそれでも譲らない紗夜を黙らせたのは、誰でもない、ヒナ自身だった。実はな、その話ひと月前に終わってんだよ紗夜。オレはコイツらの青春っつう猛獣の牙から逃げたりしねぇって決めたあの時に、オレとヒナはお互いの最適の距離を選んでる。今更他人の価値観に左右されるほど、オレの薄給みてぇな紙っぺらな時間は過ごせてねぇんだよ。

 

「日菜はそれでいいのっ?」

「うん。あたしは、今が一番幸せだよ、おねーちゃん」

 

 今井が隣で、あちゃー、って顔をしている。湊は何やら歌詞づくりに励んでいて、こっちのハナシに入ってこねぇわけだ。つか、今井さん? 紗夜のストッパーで来たんだろ? このタイミングしかねぇんだからなんかコメント残して、そこの狼をなんとかして宥めてくれ。

 

「……アタシらじゃ止めらんないよ、紗夜」

「けれどっ」

「よくわかんない世界が広がってるってだけだって……アタシや紗夜は、恋愛とか疎いんだから、これ以上は無駄だからさ、ね?」

「……今井さんが、そういうなら」

 

 おお、すげえ、流石羽丘の猛獣使い。ヒナ、瀬田、湊っつう扱いにくい三人を制御できる人物で、最近はモカも蘭も扱えている。つかオレの悩みの種、全員扱えるならヒナに協力してもらってアドバイザーになってもらおう、白鷺の数億倍は有意義そうだ。つかコイツが扱いきれない代表だろ、白鷺。

 

「けれど、私は認めませんっ!」

「オカンかよ」

「おねーちゃんだよ?」

「そういうこと言ってるんじゃねぇよ」

「ひ、ヒナも! 前にカレシと別れた時に、私が認めた相手じゃないとダメと言ったでしょう?」

 

 そんなこと言ったのか。オカンじゃなくてオトンだったか。というか涙目になるな、即堕ち負けヒロインムーブすんな。オレが言えたことじゃねぇけどお前もポンコツなのか。

 ──当の日菜はと言うと、驚きに口を開けていた。

 

「え、だって、おねーちゃん天体観測から帰ってきたときにカズ先生のこと訊いたら、いい先生ね、とか言ってたじゃん」

「ぶはっ……ひ、ヒナ……そこで紗夜の物真似は卑怯……っ」

「い、い、今井さん!」

「……いい先生ね……ふっ」

「湊さんまで!」

 

 なんだこのコント。湊も若干肩震わせてる。なんだコイツらのバンドってプロ顔負けの超絶技巧のガールズバンドだろ、コミカルバンドじゃねぇよな? ネタにネタを重ねて会場を笑いに咲き狂わせる集団だったのか、知らなかった。

 

「というわけで、ホラ、おねーちゃん認めてるじゃん」

「それは、そんな意味だとは……!」

「ちゃんと録音してるもん」

「あはは、紗夜~、言質取られてるんだってさ~」

「……いいでしょう、けれど、私は認めません!」

 

 シリアスが続かねぇやつらだな。紗夜、お前は白鷺とは違った方面でダメなやつだよ。ポンコツは蘭の枠で埋まってるから、さよなら。せめて白鷺くれぇインパクトがあればよかったんだがな。ヒロインにはちとキャラが不足してるよ。

 ──かわいそうになったオレは、紗夜たちにポテトとドリンクバーを奢ってやった。ものに釣られませんとかキリっとした表情で言うならほら、そのポテト食う手を止めてから言え、な? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




氷川紗夜陥落、この世界は終わっている。こんな男がのさぼっているなんて……

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