青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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ひとつずつ、ひとつずつ紐をほどいていく感覚ですかね。


⑩曇天アフタースクール

 どんより灰色、絶妙に頭が重くなる天気にオレはたゆたう紫煙を吐き出し、それを見つめながらぼんやりと考え事をしていた。もしかしたら行くわけないと返事をされるか、そもそもブロックされてるかも知れねぇな、と思いつつ蘭にメッセージを送る。

 ──雨の日は天文部の部室、それ以外は屋上でサボってる、ってな。返事は次の日に晴れたら行くとだけ返ってきた。それ以来晴れの日はなしで、天気にまで避けられてるなとため息がこぼれていく。

 んで今日は、雨が降らない代わりに太陽も見えず。なんとも悲しい天気だった。今度はため息の代わりに相棒の先端を赤に染め、曇天の雲と同じ色をした煙を吐き出していると背中に別の誰かの体重をかけられた。

 誰だ、と確認する必要もねぇな。小さな腕を腰に巻き付け、小さなカラダでオレを暖めようと密着させてくるヤツなんて、一人しかいねぇ。

 

「えへ〜、だーれだ〜」

「原始欲求に忠実なストーカー」

「はずれ〜、せーかいはモカちゃんでした〜」

 

 間違ってねぇじゃんか。夏かぜが流行り初めて子どもの食欲が、と言われる今の時期にあってもパンを大きな口で頬張り、若者の睡眠時間が、と問題になる昨今でヒトの授業中だろうとお構いなしに幸せそうに眠り、あろうことか性欲を教師のオレにぶつけてくるストーカー気質の青葉モカだろ。

 

「略せばオレの大好きなモカ、ってこと〜?」

「どこに大好きな、って要素あった? つかヒトの考えてること読むのはやめろ」

 

 にへら、と笑って、お構いなく密着してくるモカ。火点いてんだから危ねぇっての。

 蘭とは違ってコイツは態度で自分の気持ちを相手に伝達するタイプだ。どっちかって言うと、ヒナとおんなじタイプだな。波長が合うのかギタリスト同士ってのもあるのか、いつの間にか仲良くなってやがった。まぁ、実はオレの見えないとこでパワーあるヴィジョン的な何かで殺し合った末なのかもしれんが、オレを巻き込まなきゃ好きにしてくれ。

 

「今日日菜さんは〜?」

「レッスン。新曲の譜面配られるんだってとっとと帰ってったよ」

「ありゃ〜さみしーね〜」

「別に」

 

 アイツはいつだって興味を優先してるからな。いつかはこんなクズも部活も飽きて、新しい刺激を求めるだろうし。その時は寂しくはねぇよ。むしろその興味を求めて、オレのことなんて忘れてほしいくれぇだよ。それこそ、オレと関わったなにもかもをな。

 

「さみしーよ」

「なんでそう言い切る?」

「せんせーの言葉が、さみしーから」

 

 そりゃあそうだろ。オレにとってお前らはたった二年、三年で縁の切れる子どもの一人にしか過ぎねぇ。熱意はあるけど熱はねぇってのが、フツーだ。卒業を機に薔薇色の墓に埋まるような甲斐性はオレにはねぇしな。

 ヒナに関しては心配してない。アイツはそこでコロっと切り替えられるヤツだって思ってる。きっと誰かさんみたいに引きずることなく、健全に次に進む。

 その点、逆にモカは割と心配してるよ。まだ二年あるとか思ったら大間違いだからな。あと二年、そもそも三年しかねぇんだから。

 

「誰かと付き合おうとか……ないの?」

「ねぇよ」

「どうして?」

「教師だから。卒業したお前らの面倒なんて見られるかっつうの」

 

 クズだと罵られても、それだけはポリシーの問題だ。オレは教師としてお前らと接したっつう証。それが卒業で切れた鎖、残った傷と(わだち)だからな。

 ──ああ、だからか。ヒナにはそれが残んねぇかも、って思うことは、確かに寂しい。

 

「そうやって、せんせーは繰り返すの?」

「……かもな」

「最低だよ。せんせーのこと、好きなのに」

「どうも」

 

 生徒一人一人との轍を刻まれて、オレは教師を続ける。それが教師としてあるべき姿だよ。

 教師人生二年目と三年目に連続して担任を持った。去年卒業したヤツらの一クラスを二年間見守ったときになんで学ばなかったんだろうな。

 ちなみにもちろん、と胸を張るのは間違ってんだろうけど、担任としての評価は最悪最低、四年目からは外されて、担任時代の功績の数々は今も陰口の対象ってわけだ。無能、生徒の立場になれない、平等な立場で教育ができてない、挙句に問題を起こした等々、ホントなんつうか大人の陰口ってのは蠅みてぇなもんだ。ブンブンうるせぇくせに姿は見せやがらねぇ。汚物に集って、数ばっかり増やす、そんなことでオレがキラキラした顔で来年こそ頑張りますなんて言うと思ったかよ。

 来年こそは、って頑張れるその原動力は汚物(おとな)からは得られねぇってことだ。いつだって、教師は子どもから得られるもので動くんだからな。だから、お前らを一人前の女として認めることは、少なくとも羽丘の制服を着てる間は絶対にねぇよ

 

「そうそう、モカは卒業したら何したいんだ?」

「そんなの……まだ決まってないよ」

「だろうな。一年の一学期で決まってるヤツそうはいねぇよ」

「じゃあ、なんで訊いたの?」

「蘭の、Afterglowのそばにずっといたいって言ってたから、具体的に決まってんのかなって」

「……せんせーはそれを、子どもの幻想って笑うんでしょ?」

「そりゃもちろん」

 

 何度だって笑ってやるよ。目指したいところも性格も全然違う幼馴染五人が中高一貫で一緒だった、ここは商店街から近いしな。けど、羽丘学園にも大学はあるにはあるけどな、中等部から高等部に進学するのとはわけが違うんだよ。蘭は高校卒業したら親父さんの華道を継ぐ、羽沢はこの間立ち話したときにバリスタになりてぇって言ってたし、宇田川は和太鼓の経験を生かせたらいいなってよ。バラバラじゃねぇか。

 

「卒業すれば会う時間はどんどん減るだろうよ。新しい人間関係もできて、段々と今は過去になる。そうしたらいつの間にか、疎遠になっちまうよ」

「もっと夢を持たせてよ」

「夢は醒めなきゃな」

 

 ネバーランドはどこにもねぇんだ。あるいは、それは人生を全うしたものにだけ与えられる、天国なのかもしれねぇ。確実なのは、今すぐに行ける場所じゃねぇってことだけだ。オレも、お前も。空は飛べねぇ、永遠に子どもじゃいられねぇ。人間には叶えられる夢(Wish)醒めるだけの夢(Dream)があるんだよ。その夢は寝てるときだけに見てればいい。ずっと見ていたら、寝覚めが悪くなっちまう。

 

「……ヤだよ。みんなとも……せんせーとも、一緒じゃないなんて、あたしはどうやって息をしたらいいの?」

「息の仕方なんて、教えてやらんでもできるだろ」

「ウソだよ。苦しいよ……だって、独りは、独りなんて苦しいだけだよ」

「バカだな。蘭たちがお前を独りじゃなくしたように、また誰かが、お前を独りにはしねぇよ」

 

 世界はそうやって回る。誰かが手を繋いで、その手が離れれば別の誰かが手を繋ぐ。そうやって、最期の時まで誰かの記憶に残って、誰かと関わって、ヒトは燃え続ける。燃料のように、灰になるその日まで、誰もお前を独りにはしねぇんだよ。

 ──そうやって誰かが、青葉モカを愛してる。手を握って愛してるって伝えてくれる。

 

「でもどうせなら……最期までせんせーの手を握っていたいな」

「無理だな」

「あ、年齢的にはあたしがせんせーの最期に手を握ってあげる方だね~」

「そういう意味じゃねぇよ」

 

 抱きついて、モカはそう告白してきた。愛してほしいと、遠回しに、いじらしく。結局、お前も本気かよ。気になってるの意味は蘭の元カレに向けたもんとおんなじようなものじゃなかったのか? ただ近くに誰もいねぇから、大人っぽくありたかったから、大人であるオレに騙されてるんじゃ、なかったのか? 

 そんな内心を読んだモカはとびっきりの笑顔を向けてオレを押し倒してきた。曇天に紛れた灰色の髪、透き通る白い肌、そこに差す朱色と宝石のような瞳。

 

「最初はそうだったのかもね。でも、ウソだって時にはホントになるんだよ?」

「モカ……」

「せんせー、かずなりせんせー……あたしは、本気だよ」

 

 頬に大粒の雨が降った。次いで、その雨と一緒になまめかしい舌を伴うキスの雨。どこから出るんだと思うほどの力で押さえつけられ、ひたすらに奪われる。蹂躙される。

 ──本気過ぎんだろ。こんな熱をもらった男はこの悪魔の虜だな。コイツの一生を叶えるために身を粉にするんだろう。けど、けどなモカ。オレだって、本気なんだよ。

 

「オレは……教師だ」

「こんなコトしてるのに? 堪え性なく、硬くなって反応してるのに?」

「ああ、オレは教師だ。生徒に迫られて反応するクズ教師だ」

「……っ、こんな時になっても、せんせーは先生なの?」

「当然だろ」

 

 本気で、オレは教師として生きたいと思った。蘭の青春にアテられて、あの時できなかった、後悔したことを、今度こそ成そうって夢を見てる。だからお前らだけに教師としての命を使い切るわけにはいかないんだよ。

 

「じゃあ……もしも、もしもせんせーが今年限りの先生だったら?」

「もしもの話か……なら、ヒナや蘭と今後も浮気してもいいならってところかな?」

「……どっちもクズだ」

「悪いな、クズ教師だから、教師抜いてもクズは残るんだよ」

 

 溜息をつかれ、ようやくモカの顔じゃなくて曇り空が視界に広がった。自称するため認めたくはねぇけど、コイツもえらく美人で、そんな美人に誘惑されて、負ければひたすら求められるっつうオイシイイベントだったけど、今回はなんとか回避したな。まだグズグズ鼻を鳴らしてる曇天の頭をなでると、嬉しそうに頬にキスをされた。ネコみてぇだな、ホント。ネコは気分屋だけど、依存するととことんまで依存する。ヒナは姉に、蘭やモカは仲間に、そんなネコに懐かれるのも楽じゃねぇよ。

 

「あたしをフったこと、今回は許してあげるね~」

「おう……って次があんのか」

「うん。せんせーが先生を辞める時、今度こそあたしのこと離せなくなるように、縛り付けてあげるんだ~」

「……え?」

 

 ──なにせこの思考回路だからな。発言がマジトーンでぶっ飛びモノトーンだからマジで怖い。オレを運んで宇宙までも行きそうなヤツだ。悪い、宇宙空間に適応はできねぇからお手柔らかにお願いします。離せなくなるように縛り付けるって、依存と束縛は似通ってるとは言え、そこにヤンデレ加えたら下手しなくても青い制服のお兄さんが登場する物語が始まるだろ。

 

「あのね~、辞めたらね~、えへへぇ……あたしがいっしょー養ってあげるね~♪」

「……いや、次の職場探すから」

「そんなのいーよ? だって外に出たら日菜さんとか蘭に浮気するもん」

「そもそも辞めるイコールお前のモノって方程式が誤りなんじゃねぇの」

「え?」

「えぇ……」

 

 なんでそこで心底意外そうな顔できんの、怖えよ。

 しまったな、どうやらオレはこの悪魔を邪神に進化させちまったらしい、条件不明で攻略サイトにも載ってねぇよ、どうしたらいいんだ。外堀埋められても必死に抵抗したら、大筒がいつの間にかミサイルになりやがった感覚だ。外堀埋めた意味もねぇよ、本丸跡形も残らねぇから、それ。

 

「すきだよ、せんせー、どこにもいかないでどこかにいったらおしおきだよ、だってすきだもんあたしがぜーんぶやってあげるからね」

「自立したい」

「だめだよ?」

 

 ダメじゃねぇよ。完全にネジ外れてんじゃねぇか。落ち着かせてやらねぇと……とは言うものの……どうすりゃいいんだ、コイツ。と、思ったらまた押し倒された。ケダモノの気配、なんかが高まって発情期、完全にネコじゃねぇか。受け身なのはオレのほうだけどな。

 ──こりゃあ、腹いっぱいになって落ち着くまで、待つしかねぇのか。

 

「それじゃあ、いただきます♪」

 

 さよなら、オレの倫理観。流石に束縛ヤンデレに一生を縛られるくれぇならどんなクズにでも成り下がってやる。満足するまで、理性が戻ってくるまでなら、なんでもしてやるよモカ。

 そう決意したはいいものの、すぐに後悔した。理性のない獣を相手にするには腰に爆弾抱えてるのはきつかった。モカが満足して眠っちまったから抱えて、テキトーに言い訳つけて保健室を借りた。保健室の教師はオレの同期の一番の共犯者だから意味深な笑みで、ごゆっくり、腰は痛めないように、なんて言って去っていった。勘違いしてんじゃねぇよ。違わねぇけどここじゃシねぇっつうの。あと腰はもう遅い。

 

「……ん、ぅ……あれ、ここ……は?」

「お、起きたかモカ」

「せんせー……あ、えっと、あたし……」

「覚えてねぇのか、しょうがねぇやつ」

 

 それからモカが目を覚ましたのは最終下校時刻ギリギリ。いい時間感覚してんな、お前。手で目を擦り、状況を整理しようとして首を傾げるモカは、理性がぶっ飛んだことを覚えていないらしく、混乱しているみてぇだ。そうしたらやがて顔を真っ赤にし始めた。

 

「思い出したか?」

「……最初のほうだけね~」

「まぁ思い出さなくてもいいこともある」

「それで、ここでもう一回? 日菜さんみたいにベッドで襲っちゃう?」

「バーカ、もう最終下校時刻だ。生徒は速やかに下校しなさい」

「……もうそんな時間かぁ」

 

 俯いて、灰色の髪に表情が隠れ、声は落胆してることがわかる。

 ──本当にしょうがねぇヤツ。残りの仕事は後まわしだな、ったく、お前のせいで怒られるんだから、ちょっとくれぇはまぁいいやと思わせてほしいな。

 

「行くぞ、モカ」

「どこに?」

「帰るんだろ、送ってってやる」

「……あ、ありがと、せんせー」

「けどまぁ、寄り道すんなら、今のうちに言えよ」

「……あ、う、うん」

 

 それはヒトの考えを読むモカにとっても意外な言葉だったようで、戸惑いに目を白黒させていた。今日でハッキリとわかったけど、お前を不満なまま一日放置するとロクな目に合わないからな。束縛エンドを回避するためなら自称美少女JKと制服デートで援交の疑いをかけられ青い制服のお兄さんの職質の危険性にも耐えてやる。

 いや、やっぱりそうなったらモカも口添え頼む、アイツらの威圧感半端ねぇし。

 

「ね、じゃあさ……あたしのお気に入りのパン屋さんに行きたいな」

「近所だろ?」

 

 しかも羽沢珈琲店の向かいに位置する場所でもある。名前は確かやまぶきベーカリー、だったか。そんないつでも寄れる場所でいいのか。

 モカは、ふっふっふ~、とわざとらしい含み笑いでその疑問に答えてくれた。

 

「だって、せんせーは食べたことないでしょ~?」

 

 ホント、言葉より態度のいじらしいヤツ。今のはオッサン的にも割ときゅんとしたよ。屋上で会ったときの印象と全然違ぇんだからそれも作戦か、なんて深読みしちまうよ。周りくどさも、お前の好きって気持ちの表れなんだな。それなら大人みてぇな汚さがないな。体裁と打算じゃなくて、照れと好き、か。

 

「モカの好きなもの。確かに気にはなる……行くか」

「うん」

 

 曇天の髪色を持つ邪神……の側面を持つ悪魔はそこで晴天の笑顔を向けてきた。はぁ、お前もホント、純粋に笑うと悪魔(てんし)だよ。扱いは難しいけど、ヒナよりも純粋で、純情なんだもんな。病んでるけど、おそらく放置しすぎるとメンヘラより酷い目に合うけど。

 ──そして、実際にコイツの舌は割と頼りになって、そこのパンはめちゃくちゃ美味しいと思えた。スーパーの惣菜パンなんか目じゃねぇよ。喫煙者のオレにだって、それくれぇはわかる。

 ただ、ただな……モカ、一つだけ言いたいことは、そこにはAfterglow以外の幼馴染がいるってことを早く言えっつうの。

 

「よかったね~、つーほーされなくて~」

「よくねぇよ、折角美味しいパン屋見つけたのに寄りにくいじゃねぇか」

「そこは~、これからはあたしが、買ってきてあげるよ、せんせー♪」

 

 これから、罠を巡らす策略家の一面があるモカにオレは振り回されるらしい。一つ、また一歩モカに依存する形になったことに、オレは帰ったらとりあえずタバコ吸おう、とそれだけを考えていた。

 

 

 

 




決意を固めた彼、それは教師としてクズだろうとなんだろうと三人を生徒として送り出したいという願い。
やがてそれは、ある種では呪いへと変わっていくんだけれど。
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