青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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第二章書き下ろしの裏口はもちろん次章メインキャラのひとり、白鷺さんです。


幕間:鷺草バックドア

 ──所詮、私は子どもだ。子どもであり、けれど大人の真似事ができてしまうような、難しい年頃の子ども。言葉や仕草、ちょっとした視線の動きや足の組み換え、そんなものを身に着けて飾り付けた背伸びをしてでもほしいものがあった。

 

「マネー、ジャー?」

「悪い千聖、すぐに行かなくちゃいけないところがあるんだ。チェックアウトは一人でできるか?」

「……ええ」

 

 私が好きになったヒトは子どもみたいな大人だった。社会的には大人だけれど駄々っ子で、自分の想い通りにならないと嫌な子どもみたいなヒト。でも私にとっては彼しかいないというくらい、彼に助けられたし、子役から抜け出せなくて悩んでいたこの時期に新しい挑戦の話を持ってきてくれた。結果的にはそれは正解で、私は新しい白鷺千聖としてのブランドを保ち続けていた。

 ──白鷺千聖というブランドを、売り続けていた。

 

「珍しいね、千聖ちゃんから誘ってくれるなんて」

「ええ、まぁ……少しだけ、心境の変化がありまして」

「おや、それは気が引けてしまうね」

「嘘はよくありませんよ? うふふ♪」

 

 一回り以上、それどころか二回りも歳が離れた男相手に生まれたまま全てを晒し、愛撫され嬌声を上げる。私にとってのこれは、ブランドを売っている行為でありもう一つの意味があった。心奪われたヒトを振り向かせるための、ちっぽけで安っぽい復讐。

 

「……ふう」

 

 全てを終えた後、汗を流してゆっくりと湯船に浸かる。自分の声だけが反響する、暖かくて優しい空間。最初はこんな風に浮気、をしてしまう自分が汚いものに感じてしまって嫌で嫌で仕方なくて、涙を流しながら入っていた行為後のお風呂も、そのどちらも習慣になってしまえばなんのことはない。これが大人になることなのだろう。なんにも心の動かない惰性と義務感に動かされる。セックスも仕事も。そう諦観し始めていたのに。

 

「うふふ……」

 

 防水シートで覆ったスマホで電話を掛ける。一回、二回、三回……四回の途中でまるで躊躇っていたかのようにもしもし、とトゲがありながらも甘く優しいテノールが私の耳朶をくすぐった。もしもしと切り返して同じ言葉をあげるとため息、これだけでも少し嬉しくなってしまっている自分がいた。

 

「なあに()()? ため息を吐くと幸せが逃げちゃうわよ?」

「お前の先生になった覚えはねぇ。あとため息はリラックス効果があるんだよ。鬱病予防にもなるらしいって精神科の先生が言ってたんだがな」

「通説よ、先生?」

「……二度は言わねぇからな」

 

 電話の相手は清瀬一成さん。先生、とは呼ぶけれど私の通う花咲川の教師ではなくて、日菜ちゃんや麻弥ちゃんが通う羽丘の教師。そして日菜ちゃんにとっては大事な先生らしく、私は一目見た時から彼が気になっていた。気になる、というのはもちろん恋愛的な意味ではないのだけれど……まぁ性的な意味合いはあるから同じことのように彼にぶつけていく。

 

「つかまーた風呂かよ」

「まさかすぐわかるなんて、すごいわね」

「お、ケンカなら買ってやる」

「ふふ、怒らないでちょうだい。そこにわざわざ言及するあなたをからかいたくなっただけよ」

 

 それがケンカ売ってるんだよなぁ、とぼやく彼。最近の電話相手はなんだかとっても話しているのが楽しいヒトだった。かといって向こうから話題を振ってくるわけでもなく不思議な感じ、聞き上手というのかしら? 私の興味がある、という補正はあるだろうけれどとにかく時間を潰すのにうってつけの相手には間違いなかった。

 

「深夜に風呂入るクセ、なんなの?」

「深夜まで汗を掻くから、かしら?」

「……電話切ってもいいか?」

「どうして? 私はまだ満足していないのだけれど……もっとナカまで満たして♡」

「くたばれクソビッチ」

 

 と、言いつつ電話は切らずにおいていてくれるところが、なんというか遊びたくなるゆえんなのかしら。私、結構マゾヒズムに染まっている自覚があったのだけれどこういう一面もあったのね。というかれっきとした大人のクセにこういう軽い子どものような下ネタにムキになるからからかいたくなるのね、なるほど。

 

「ところで」

「あ?」

「私の出番はまだかしら?」

「一生ねぇよ」

「焦らされるのは好みじゃないわ。がっついてほしいの」

「知るか」

 

 ああもう、いじわるなヒトだ。あれだけ日菜ちゃんに手を出しておきながら、それでいて別に相手は生徒だ、なんてのたまっておきながらそんな意地の悪いことを言うだなんて。

 私は、追いかけられるより追いかける派なのよ? 中途半端に冷たくされたら、余計に気になってしまうじゃない。

 

「……んで、なんの用だよ。雑談だけってならもう寝るからな」

「うふふ、そうね」

 

 そしてなによりこの優しさがクセになってしまいそうになっている。なんの用だよ、ですって。別に好きでもない、生徒でもないただ日菜ちゃんという共通の知り合いがいるだけの子どもに対して、()()()()()()寝るからと言えてしまうその甘さともいうべき彼の性格が私を興味へと駆り立てるものだった。

 

「そうね、また今日の交換でいいかしら?」

「雑談か」

「違うわ。情報交換よ♪」

 

 こうやって電話を掛けられる時はお互いの今日を交換し合う。清瀬さんの一日を聞かせてもらい、私の一日を話す。そうすることでお互いのことを知り合える。我ながらロマンチックで素敵な言い訳よね。実際はただの雑談に違いはないのだけれど。

 

「つかあのクソメンヘラ、お前ならどうにかできねぇの?」

「私に? そのメンヘラちゃんは、先生のことが大好きなのだから馬に蹴られたくはないわね」

「あのモンスター生み出したの、白鷺の責任もあるだろうが」

「私は器に知識を詰め込んだだけ。そこに命と愛を与えたのは他でもない、あなたでしょう?」

 

 日菜ちゃんは退屈に飢えているから、だったら私のアソビでもやってみる? と誘ったのが始まりだった。初顔合わせからなにやら私に興味を示していたし、まだキスをすることやセックスの気持ちよさ、くらいしか知らなかった彼女にやや偏った性知識を詰め込み私ではないカラダに偶にはお得意様もどうかしらと提案したのだけれど。

 

「それで、ヒナはなんて?」

「興味ない、と」

「……ヒナらしいな」

 

 ほら、そこで安堵する。それがどんな意味を持つのかを知りながら純粋に先生として生徒が売春をしていないという事実に息を吐けるあなたは、どこかちぐはぐで、だからこそ剥いてみたい。日菜ちゃんは続けてあたしはあたしのるんってくるヒトとしかえっちしたくないから、と明るく笑ったのよ? その日菜ちゃんの言葉が向けられた先にいるのが誰かなんて、今更問う必要もないでしょうに。

 

「わかってるよ。けど、オレだってポリシー……みてぇなもんがあるんだよ」

「生徒とセックスする教師に?」

「そうだよ。ヒナとヤっちまうクズだけど、それが()()()()()()()()()()()()()()

「……そう」

 

 その声音はまるで、日菜ちゃんが私のアソビに興味ないと言った時に似ている気がした。彼だって男だ、しかもまだ三十路というところ。男性は一生射精ができるというのに彼のような若い男がイイ女とセックスがしたい、美人に種を蒔きたい。そんな欲を持たないわけがない。特定の奥さんや恋人がいない状態で、いやいても誘えばケダモノになれる本能を持っていながら、彼はそれが彼女や自分にとって大切な生徒にしか向かない。だから絆されるのも、彼が生徒と認めた子にだけ。

 

「どうした白鷺?」

「いえ、ガラにもなくないものねだりをしそうになっただけよ」

「……なんだそりゃ?」

「例えばあなたの子種、とか?」

 

 いけない。まさか私がいつの間にか嫉妬させられているなんて。本当に罪作りなセンセイね。私の仕入れたあなたについての噂にもだんまりだけれど……そんな生徒のために身体すら犠牲にできるのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

「くどい」

「あなたが秘密主義だから、暴きたくなってしまうのよ」

「墓まで持ってくっつってんだろ。墓暴きはすんなよ」

「……甘そうな秘密を前にして?」

「やめろその声」

 

 なんだかまだまだヒミツがありそうなヒト。私も秘密を教えてあげますから素直に教えてくださいと要求するけれど、いらないの一点張りでどうやら本当に墓まで持っていく気らしい。もう、だから焦らされるのは好きじゃないのに。知りたい、知りたい。私はどんどんと清瀬一成という男に堕ちていく。

 

「あなたは、本当にいい先生だわ」

「オレがいい教師ってのはお世辞にしか聴こえねぇな」

「そう? 褒めているわよちゃんと」

「お前さっき自分でソレを指摘しただろ」

 

 ああ、生徒とセックスするような教師とは言ったけれどそれがあなたの教師観の全てを否定する材料になっていないじゃない。あなたという器には二つの理想がある。一つは生徒の鏡のように、映る範囲の望みを叶えようとする親身であり教師としは落第点もいいところの愛にあふれたクズ教師。そしてもう一つは、神の視点に立とうとする理想の教師像。全ての子どもを平等に教え導き、その旅立ちを見守ろうとする慈愛でありどこかヒトとは外れた御伽噺にもいない完璧な教師の姿。相反する夜と昼、悪魔と天使の顔。そこに私は危険な香りを、けれどどうしようもなく惹かれる仄暗さを感じるのよ。

 

「私の価値観では、イイ先生というところかしらね」

「都合が?」

「まぁそうともいうわね」

 

 ひとまずはその認識でいいんじゃないかしら? あなたはその教師の風上にも置けない男としてもクズの部類ある姿と、それとは違ってあまりに生徒を平等に愛そうとする姿の中間に立ってしまっている。だから特別に認められたい、愛されたいと願う問題児があなたという仄暗い光に惹かれるのでは、と考えている。私もそんな願いを抱えた問題児の一人だからこそ。

 ──私は、彼の生徒になりたいと思っている。この気持ちは一時の気の迷いなんかでは、ないと確信している。

 

「それじゃあ、そろそろ」

「ああ。長風呂はカラダによくねぇしな」

「……ええ」

 

 わざと嬉しそうな声音を出すと焦ったように一般論だよと言い訳を重ねる彼との会話が、最近何故だか無性に楽しい。お芝居をしなくても構ってくれるヒト、それでいながら他人に言えないようなアソビを知っているヒト。白鷺千聖(わたし)が私でいられるヒト。やっと見つけた、私が子どもになれるヒトだから。

 

「はぁ……まるで私じゃないみたい」

 

 彼はまだきっと、私のことをただカラダの関係という枠に都合のよいアソビの相手にしようとしてくるビッチとして見ているのよね。日菜ちゃんには申し訳ないけれど、私だって大人で仕事ができて聞き分けのよくていつも笑顔の白鷺千聖じゃいられないのよ。

 たまにはただの女の子として振舞いたいというわがままを叶えてくれるのは、もうきっと彼しかいないから。

 

「あ、おはようございますマネージャー。今どちらに?」

「……はよ、千聖。今は──」

 

 翌日、マネージャーにスケジュールの確認をしようと電話をしたところで眠そうな声と同じように眠そうなよく聴いたことのある声がどうしたの~? と暢気に私の電話口に響いた。ああそう、夜中までハッスルしていらっしゃったようで。お邪魔でしたかね? 

 

「なにキレてんの千聖?」

「いえ怒っていませんけど」

「お前だってどっかのおっさんとヨロシクヤってたんだろう」

 

 別に怒っているわけではなかったのだけれど今怒ったわ。そういう言い方をして、自分が正当化されると? 第一用事で帰ったはずなのにアイドル家に連れ込んでいるとはどういう了見なのかしらね? そういう文句まで言っていいなら本当にブチ撒けてやるわよ。

 

「──んん! 今日はいつ頃出勤されるおつもりですか?」

「すぐに支度するよ、今日は二人一緒だしな」

「……そうですか」

 

 向こうでは未だに眠そうに甘えた声を出すあの子がいて、私はガラでもなくイラっとしてしまう。いけないいけない。あのヒト、一成さんと出逢ってから私はとにかく、焦ってしまう。焦らされるのは嫌いだけれど、早いのも好きではないのよ。イク前にイッて満足されてしまった時といったら──とこれは関係のないハナシね。

 

「それではっ、プロデューサーに連絡してそちらに頼らせてもらいますので精々遅刻しないようにとそこでまた発情し始めた子にも伝えておいてくださいねっ」

 

 勢いよく通話終了ボタンを押して、私は深々とため息を吐いた。その苛立った様子たるや後でプロデューサーにあたふたと心配されたくらいだった。ええ大丈夫、今は新しいお得意様のおかげでなんとか頑張れてますから。

 

「……アソビの方もなんとかしてもらいたんですけど」

「それは無理です。文句ならあの無能色狂いマネージャーに言って頂戴」

「はぁ……」

 

 あれでもアソビの際の対面的には私のカレシということになっているんだから、もう少しちゃんとしていてほしいところね。お得意様はみんな知っててその辺は汲み取ってくれているけれど。なんならウチの社長と知り合いと言うヒトにマネージャー新しいの斡旋してくれるとまで言ってくれているし。イイヒトたちばかりなのよお得意様って。まぁ十代のアイドルと散々セックスするロクデナシしかいないとも捉えられるけれど。

 

「あ……」

「あら……こんにちは♪」

 

 そんな散々な仕事をして帰りに羽沢珈琲店で癒されようと立ち寄ると、そこにはすっかり打ち解けた様子でつぐみちゃんとお話しをしているクズ教師の姿があった。あら、これは運命というものを信じてもいいのかしら? うふふ、こんな沈んだ気持ちの時に限って、あなたは顔を見せてくれるなんて、本当に惚れてもいいのかしら? 

 

「悪い羽沢、今日は急遽腹が痛くなったから帰るわ」

「いいのかしら? アイドルとの関係……社会的な死を私からプレゼントしてあげてもいいのよ?」

「……魔王かよ」

 

 魔王だなんて、とんでもないこと言うわね。けれどそんな冗談も今の私には嬉しくて仕方がない。まるで恋を知ったばかりの乙女のように私は一成さんの向かいの席に座っていつもの紅茶を注文した。

 

「なんでいるんだよ」

「そちらこそ。ああそういえば今日は土曜日だったわね」

「そうだよ。ヒナはレッスン行ってるし、蘭は華道でモカはバイト。おかげで今日は自由だって思ったんだがな」

「うふふ」

 

 とかなんとか言って、寂しそうなところがあなたらしいというかなんというか。だからこそ私が相手をしてあげるわよと誘っているのに、あなたは本当に焦らすのが好きなのね? そこだけは私の性的嗜好に合わないのをどうにかしなくちゃいけないわね。

 

「だからシねぇっての」

「そんなこと言って、結局三人に増やしたのに」

「だからそれと白鷺は違ぇっての」

 

 今日はどうやら文化祭に向けた予定を立てているみたいで……ああ文化祭。確かこの間薫が客演として出てほしいとか抜かしていたわね。嫌よそんなのと一蹴したけれど私は諦めないとかキザなこと言ってたわね。何度来ても同じなのだけれど、はぁ鬱陶しい。

 

「ヒナがなぁ」

「最近忙しいものね」

「そうなんだよ」

 

 どうやら何かをしたいという意思はあるものの時間がないというのが今の状況らしい。サクっと話合える時間が取れればいいのよね? と私は素早く仕事用のスマホで日菜ちゃんのマネージャーに連絡を取る。どうせ日菜ちゃんのことだからそういうことは一切マネージャーに言ってないだろうし。

 

「というわけで、多分近いうちに纏まって放課後休みになる日が出てくるわね」

「お、おう」

「なに? もっとはしゃぎ回ってくれてもいいのよ?」

「キャラ間違えすぎだろ」

 

 借りを作ってしまった、というリアクションに私は思わず笑ってしまう。この程度のことでカラダを要求するほどヤクザじゃないわよ。こんな風にただ雑談をしているだけでも、私は降り積もったものを吹き飛ばされるような風を感じていた。ああ、やっぱり私は……あなたに恋をしているの。

 あなたにとって私はビッチかもしれない。穢れたカラダなのかもしれない。けれど、そうだったとしても、ただの子どもとしての私が叫び続けるの。あなたが、好きよと。

 ──例え、それが叶わないものだとしても。

 

 

 




子どもであり大人であり、千聖さんは難しい立場にいて、だからこそそんな自分をフィルターを通すことのなく見てくれるヒトに靡いていきます。
なにより追いかけてくるよりも手を引いてくれるヒト。彼女は大人っぽく振舞うからこそ臆病なところがあって、だから手を引いて新しい世界を見せてくれるヒトに恋をしてしまうのだという解釈です。
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