元子役で女優、そしてアイドルでもある才媛、白鷺千聖と、羽丘女子学園演劇部が誇る魅惑の王子、瀬田薫による夢の舞台、『ロミオとジュリエット』という触れ込みはどうやら近隣の学校にすら広まっているらしい。かのウィリアム・シェイクスピアもまさかあの作品に百合の花を咲かせられるとは思ってもなかっただろうな。ヒナと一緒に興味本位でチラリと練習を除いたところ、瀬田の甘いボイスはまるで女性しかいない歌劇団の男役みてぇな華やかさがあった。普段から演技がかってるが、それはまだまだ序の口だってことを思い知らされた。
「ならどうして、アンタはそんなビミョーな顔してんの?」
「んー、なんて言うかな、瀬田と白鷺が噛み合ってねぇんだよ」
「噛み合って……ない?」
「温度差がある気がすんだよな」
少なくとも、主役二人くらいは見てる世界を一緒にしないといけねぇよな、なんて言ってみてぇけどオレは演劇に詳しいわけでもねぇからよけいな口は挟まなかったけど、ヒナもちょっと変な顔してたな。オレの腐った感性なんかはアテになりゃしねぇけど、実は芸術もピカイチに天才的なヒナの感性は、あれで結構アテんなる。だからこそ白鷺に言おうかどうか悩んでるところなんだが。
「言えばいいんじゃないの?」
「お前に言うのとは違って、明け透けにしゃべる相手でもねぇからな」
「面倒だね」
「面倒ってのはお前にだけは言われたかねぇな」
「は? ケンカ売ってんの?」
蘭はそんな風に眉を吊り上げてくるけどあのな、ひとつ言ってやる。殴り合いの会話がしたかったら、とりあえずオレの脚の間から退けよ。
──とまぁ、今日は晴れちまってることもあって、オレは屋上の手摺に背中を預けて座り込み、蘭がその脚の間に座って背中を預けて、お互いの体温で幸せいっぱいのカップル状態だった。今週は文化祭準備でヒナばっかりにかかりきりであんまり構ってやれなかったせいか、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
時々キスをせがんできては応えてやるたびに微笑む蘭、なんだろうこの妙にかわいい生き物は。
「ん……でもさ、一成がそう思ったなら、少なくとも千聖さんには言ったほうがいいよ」
「そうか?」
「元々アンタが焚きつけてるんだから、責任取るのがフツーでしょ?」
「カラダ差し出してるのに?」
「カラダ差し出してるのに」
それ以上を要求はいくらなんでも強欲過ぎだろ。魔王だけあって七つの大罪コンプリートする気かよ。つかそもそも蘭がアッサリと白鷺の、清瀬さんを借りるわね、に対して、いいよ、と頷いたのが解せねぇんだけど。オレさ、約束では一度だけとはいえ、お前の三つの要求外の女とヤるってことなんだけど。
「……妬かないワケじゃないけど。アンタはそういうヤツだから」
「割り切れるもんなのか」
「じゃあやめてくれるの?」
「……今更は無理、だな」
「ほら」
確かに、やめられないし止まらない。オレが教師としてやる気を見せれば見せるほどヤっちまうのが現状の三人プラス白鷺だしな。蘭としては割り切るとか割り切れないとかじゃなくて、そこは駄々をこねても無理だってだけだったのか。本当にどうしようもねぇクズで悪いな。
「でも、一成がクズだから、アタシはこうしてアタシである意味を知った。最低だけど最高のヒトだよ」
「……蘭」
吹っ切れた蘭は、前よりもずっと、いい女になった。ビジュアルとかスタイルじゃなくて、青春とロックの融合に磨きがかかった。モカも最近の蘭は前よりもエモい、とか言ってたな、オッサンのオレには、エモい、がよくわかんねぇけどさ。もたれかかって甘えながらカッコいいことを言えるコイツは、やっぱオレが思う最高のロックだよ。
「先客がいたのね……お邪魔しちゃったかしら?」
「いや、いても関係ねぇから」
「アタシが気にするって」
「白鷺相手に気を遣う必要あるか?」
「清瀬さん? それはどういう意味かしら?」
そんな教師としての束の間の休息を取っていると、屋上に邪魔者が現れた。お邪魔だと思うならUターンして帰ってくれてもいいものの、わざわざ近づいてくる。邪魔だと思ってねぇなら言うんじゃねぇよ、馬に蹴られて死ねよ。
そんな悪態をつきつつも、白鷺の方へと頭を切り替えていく。頭に手を置き気にする、と言ったくせに不承不承の顔をする蘭を後でな、と宥めてから立ち上がった。
「んで? オレと蘭が屋上にいるの知ってたのにもかかわらずわざわざここまで来た白鷺は、なんか用でもあんのか?」
「随分言葉にトゲがあるわね?」
「気のせいだろ」
「……まぁいいわ」
嘆息した白鷺はそう言って西日に目を向けた。いつもの女帝のような、誰をも煙に巻き絡めとってしまう妖しい雰囲気とは打って変わって、十代の少女の顔をした白鷺は、ポツリと今の練習が上手くいっていないことを話しだした。
つか、やっぱ上手くいってなかったんだな。そしてコイツが瀬田の前では女優でいられる自信がねぇって意味も語ってくれる。
「薫とは、腐れ縁なのよ。小さい時から、ずっと」
「あの王子様とねぇ」
「……王子様、そうね、みんなにとって瀬田薫は、キザで、芝居がかっていて、貴公子。みんなのことを子猫ちゃんなんて言って甘い言葉を吐く、王子様よね」
口振りが意味深で、オレと蘭は顔を見合わせた。まるで、それじゃあ白鷺にとっての瀬田はどういうヤツなんだ? って訊いてほしいみてぇな。腐れ縁で、仲の良かった瀬田の、何かを知ってるってことだよな?
「千聖さんにとっては?」
「おばけが怖くて、引っ込み思案で、よく私の後をついて回ってきた、かわいらしい子」
「……瀬田のこと、だよな?」
「ええ、昔の薫は、あんな風ではなかったわ」
いや、幼少期からアレは流石に引く。けど、白鷺の言葉通りなら、本当は臆病で親友の袖をいつも引いて、二言目にはやめようよ……現在との差がありすぎてイメージ湧かねぇけどつまり、今のアイツのキャラクターは、鎧だって、言うのか。
「それに、私の『ロミオとジュリエット』の解釈が薫と決定的に違うのも原因だわ」
「解釈……そっか、お前と瀬田を同時に制御できるヤツなんていねぇだろうしな」
「そうね」
そうねじゃねぇけどな。オレは芸術には詳しくねぇけど、『ロミオとジュリエット』くれぇならストーリーも知ってる。授業で使おうってんで原文をなんとかして読んだことがあるからな。
あれは日本でこそ悲劇としてポピュラーだけど、その実で恋愛を題材にした王道の喜劇でもあるし王道のロマンスでもある。ラストはそれこそ悲劇的だけど、なんでそこで間違えるんだよって笑えちまうし、死して添い遂げるってすげぇなっつうロマンスでもある。途中途中も、原文は喜劇寄りで割とエロい表現も多いし言葉遊びも多い。
だからこそ難しい。女子高の劇で原文から訳すにはそれなりに削らなきゃいけねぇし、悲劇にするか喜劇、どっちかに振り切ったほうがいいもんができる。そうするとやっぱ日本人には悲劇のほうが馴染み深いよな。
──とまぁこんな風にちょっと聞きかじっただけでもコレなんだからそりゃあ成功しねぇよな。
「……薫は、認めたくないけれど天才よ。役になりきる力は、私が見てきた誰よりも……けど、私はジュリエットのようには考えられない。すべてを捨てる彼女の気持ちが、わからないの」
「千聖さん……」
なんだかんだ苦しんでんだなコイツも。どんなに才媛でも悩みは尽きない。ヒナだってギターの演奏で首を傾げてる姿を何度か見かけてるし。能力が高けりゃ悩みがないわけじゃねぇ。苦心がねぇわけじゃねぇ。むしろ能力が高いから、そのスペックの上に悩みを置く。白鷺は、相手もそうだってことを忘れてやがるな。
瀬田だって、当然のように悩んでるよ。お前との差異にきっと今も頭を捻ってる。演劇部の花形としての責任として、この舞台を成功させるために。
だったらオレはそんな白鷺の背中を押した責任を取るために、素人とはいえ口を出していくことにする。
「白鷺は、白鷺千聖が、嫌いなんだな」
「……え?」
「お前は、名前に縛られることを嫌ってる。嫌ってるけど、その名は捨てられないから、すべてを捨てたジュリエットを拒絶するんだろ?」
オレだって名前を知ってたくれぇだしな。元子役で現役高校生女優、白鷺千聖。それはコイツが歩んできた道についた轍の名前だ。決して、今こうして、屋上で苦心を吐露するヤツに向けた名前じゃねぇ。きっと、文化祭のポスターにも書いてあんだろ、
同情するよ。だからこそ、お前は三つのスマホを持ってるんだろ? 自分の名前を呼ばれるためにな。
「お前が役に向けてるモンは嫉妬だよ。お前は決して成れないものを演じようとするうちに、感情移入しすぎて空回りしてやがる。相手は羽ペン持ったオッサン、そう思っとけよ」
「そう、そうね……」
「それに、瀬田のことも。なにもかも自分の中で処理できんのが大人じゃねぇんだよ」
大人にだって、自分の中で処理しきれねぇことはある。オレだって最近、ガキに教えられて知ったことだけどな。
ヒトは、一人じゃ生きていけない。起こったことを自分の中だけで完結させようとしてたら、いつかは破裂しちまうよ。
「じゃあどうすれば……いいの?」
「言えばいいんだよ。瀬田が過去を重く閉ざして、隠してたとしても、悪戯に、
「……あなたは、ずるいヒトね」
「大人だからな」
「一成はクズ、ですから」
「おい」
つかお前、ちょっと黙ってたと思ったら急にソレか。しかも白鷺にもヒナにも敬語なのになんでオレには最初っから敬語じゃねぇんだよ。納得できねぇし、ヒナにそこまで尊敬できる要素ねぇだろ……と思ったが、ヒナのギターを凄いって言ってたのは蘭だったな。ちくしょう。
「うふふ……ねぇ、清瀬さん? もし、もしもそうやって、
「準備中はオレの生徒として扱う……って契約だろ」
「それならそれなりには、期待させてもらうとするわ……頑張ってくるわね♪」
光を棚引かせて、白鷺は優雅に、今までの葛藤がまるで嘘のように屋上のドアを開け、再び演劇部という舞台の場へと躍り出ていった。裏方として取り残されたオレと蘭は苦笑しあい、また、元の位置へと戻っていった。
「はぁー、アイツと会話するとどっと疲れる」
「お疲れ様……カッコよかった」
「それは補正かけすぎだな」
「一成の言葉も、ロックだった」
「そりゃあ勿体ねぇ言葉だ、サンキュ」
蘭の肩に頭をうずめると背中越しに頭を撫でられ、頬にキスをしてもらった。蘭を抱きしめて、労ってもらう。実家のような安心感、とはこのことだろうか。10年近く帰ってねぇからよくわかんねぇけどな。けど、蘭の手の温かさ、唇の熱、離れがたいぬくもりだ。
「それで、千聖さんの言ってたご褒美、今日あげるの?」
「今日は蘭がいるからなぁ……どうするか」
「アタシ、週末でもいいよ」
「それなら今日も週末も逃げてぇ」
「どっちかにしよ?」
「仕方ねぇ、そうするか」
こんなのホントに誰にも見せられねぇな。結局、蘭は土曜日にオレんちから直接バンドの練習に行くことになった。オレは文化祭準備あるってことで送りついでに出勤、まぁ妥当なとこだな。
白鷺のスマホに今日、空けてやったとメッセージを送ったところ、一時間ほどしたころに、それじゃあ屋上で待っていて、と返事が来た。おお神よ、私は今から悪魔の王にこのカラダを捧げるのです、という悲壮な決意だ。見かねた蘭がまた慰めてくれた。最近、なんつうか生徒に甘えっぱなしだな。
「アタシは別に、好きでやってるから」
そうやってはにかむ蘭の笑顔はまさしく、オレがずっと見つめた黄昏のような優しさがあり、ますますドツボに嵌ってしまうんだけどな。あれ、オレって結構堕ちやすい性格だったっけか? それを訊くと肯定されそうな気がしたためやめておいた。
──蘭、と蘭を迎えに来た羽沢に見送られ、白鷺はオレの車に乗り込んだ。助手席で早速脚に手を這わせるな、おい。
「さて、デートしてからホテルね♪」
「18歳未満がロクでもねぇデートコース指定してくんじゃねぇよ」
知ってるか? ラブホって18歳未満は立ち入り禁止なんだけど。しかし、やはりというべきかコイツにとっては今更らしく、バレなきゃいいのよ、と微笑まれた。蕩けるような笑み、魔王に相応しい、蠱惑的な瞳だ。
「そうやってオッサンどもをホイホイしてきたのか」
「そうね、大人であればあるほど、性的に魅力があることに喜ばないヒトはいなくなるわね」
「カレシもか」
「……うふふ」
なんだその意味ありげな目線は。ジロリと睨むと、白鷺は勝手にヒトのカーナビの行き先を操作し、指定した。タクシーかよオレは。とは言え、これは契約でもあるから従う。まぁいいや、振り回されてやるよ。そう思ってナビ通りに進路変更した。
「本当に、本気になりそうだわ」
「カレシは?」
「気づいてない、というわけではないのでしょう?」
は? 気づいてはねぇよ。違和感があるなってだけだっつうの。大和の話を聞かなきゃよかったと心から思ったけどな。
コイツは、オレに会った時、真実の中に嘘を混ぜ込んで話をしていた。真実ってのは男を食い荒らしてること、初めてはマネージャーだったこと。
「やっぱカレシってのはウソかよ」
「半分はね、今の彼は彼で夢中なヒトがいるから」
「丸山か」
「知っていたのね」
「ヒナがベラベラしゃべってくれたよ」
パスパレ結成時、マネージャーがいたのは白鷺と若宮の二人だけ。だからそれ以外の三人はプロデューサーと各マネージャーで受け持つことになった。めちゃくちゃ手に余るヒナはプロデューサーの管轄、大和は若宮のマネージャー、そして白鷺のマネージャーは、そこで運命の出逢いをした。今じゃラブラブのカップルなんだとか。白鷺とは少しだけ関係を結んだらしいが、結局は仕事上の付き合いになってるらしい。
以上、ヒナにちょっと訊いたらいらんことまでしゃべってくれたよ。だからもしかしたらコッソリ二股でもかけてんのか、とも思ったが、やっぱり予防線か。
「本気じゃねぇってアピールが目的か?」
「ええ、中には関係ないってヒトもいるでしょうけど、大半はそれで割り切れてしまうから」
「オレにはちょっと味付けが濃すぎたな」
「あたはが強情だから、ついスパイスを多めにしてしまったのよ」
けどきちんと男関係は把握してる上に本気になられたことのあるマネージャーはコイツの裏の顔を知ってる。確かに、近い存在でもあるし、大和が言うにはアイドルあるあるらしいからカモフラージュには最適だったってわけだ。結局アイドルのことは純粋な目で見れなくなったけどな。
「それで、フリーだって知った清瀬さんは……どうするの?」
「どうもしねぇよ。生徒にカレシがいるかいねぇかで変わるわけねぇだろ」
「そうね。関係ないけれどこれで、私が本気になってもあなたの心が痛むことはなくなったわね?」
「……わかってんなら最初から訊くんじゃねぇよ」
寝取りは趣味じゃねぇからな。ギラついたお前の目を躱すだけで済むならいいんだが、それでカレシに恨まれたりしたら最悪じゃねぇかよ。その心配をしなくていいってんなら、オレだって中途半端な扱いをしなくて済むしな。
そんなロクでもない安堵をしていると、目的地が見えてきたらしくナビの音声案内が流れた。白鷺の指に従ってウィンカーを出すと、そこにはちびっこがお城だと瞳を輝かせそうな建物が目に入った。
「あそこよ」
「あそこよ……って、ラブホじゃねぇか」
「ええ、サービスは悪いけれど、チェックが緩いから制服姿の女子高生でも問題なく利用できる18歳未満立ち入り禁止のホテルよ♪」
「……デート、とは?」
「ドライブしたじゃない。それに……焦らされるのはシュミじゃないの」
いやお前の性癖とか知らんがな。しかしここで引き返そうものなら後が恐ろしそうなコイツに逆らうわけにもいかず、駐車場を止める。うわ、しかも高ぇじゃねぇか。サービス最悪のくせにナメてんのか。
──エンジンを止めたはいいものの、いろんな理由が重なって躊躇っていると、いつの間にかシートベルトを外していた白鷺がオレに迫ってきて、耳元でねっとり、甘い毒を含んだ声で囁いてきた。
「……はやくして、待ちきれないのよ?
「てめぇ……」
「ふふ、イケナイこと沢山教えてくださいね……先生?」
はいはい、今更逃げやしねぇって。つかそのまま部屋でも先生っつったらヤらねぇからな。
しかしそれは白鷺には完全に予想の範疇内の反応だったようで、ニマっと笑った魔王は、また蕩けるような瞳で、オレを誘惑してきやがった。
「先生って呼ばれるのがイヤなら、私のことはきちんと千聖って呼んでくれるのよね?」
「つくづくオレを嵌めやがって」
「ハメるのは今からでしょう? ほら、偶には、ブレザーじゃなくて、セーラー服もいいと思わない? ねぇ、一成さん?」
「ぜってぇ恨むからな……千聖」
「ええ、是非……恨まれたとしても、私はもう、貴方の虜よ♪」
車に乗ってからここまでの会話全部が、女帝の手のひらの上、って……コイツはホントに悪女だな。まぁ、他の三人に比べてコイツはオレと同世代のヤツをも堕としてる歴戦の猛者だもんな。手練れに決まってるんだよな。
──さて、オレは今から、クズを嘲笑うクズに成り下がるとして蘭に、つかそれよりもモカになんて言おうか。当然、口添えはしてくれんだろうな? もうお前だって無関係とは言わせねぇからな、なぁそうだろ千聖?
ヒロイン増えました! 増やしてよかったのかは未だによくわかっていないけれど。まぁ好きでいてくれるヒトがいるならそれでいっかなぁって