とある日を境に白鷺千聖が羽丘にやってくる日が倍増した。演劇部のメンバーもそんな彼女の熱意にアテられたようでいつも以上に練習に精を出している、と瀬田は語ってくれた。良い方向に転がってくれて助かってるよ、ホントにさ。
「先生が千聖を説得してくれたのでしょう? 頑固な彼女をオトしてみせたその手腕、是非とも知りたいものですね」
「訊くな……そんなキレイなもんじゃねぇからな」
格式ばった……本当に演劇の世界から抜け出てきたような口調でしゃべる瀬田は、オレにきちんと敬語を使うヤツだった。しかしオレはコイツが苦手だ。なぜならコイツとしゃべってると取り巻きに囲まれるハメになる。しかも教師ってんで一応はスルーされているが、一部にはヒナと仲いいこともあり、とある噂まで蔓延してやがるもんでまぁ面倒なことになってるしな。どうやらヒナや今井は瀬田ファンクラブの皆様の仮想敵キャラらしいな。よかったな千聖、瀬田の本来を暴いたのが非公開の場で。
「んじゃあ、演劇、頑張れよ」
「ええ、必ず」
「ヒナー、先行って部室のカギ開けとくから」
「はーい!」
そう言って堪えてた欠伸をしながら職員室へと向かう。金曜と土曜の昼までは約束通り蘭に使って、そこから日曜も含めて千聖とヒナに付き合わされて、昨日は突然モカが泊まりに来た。おかげで寝不足だよ。というかそろそろ平日にまで泊まりにくんのはやめろっての。出勤ついでに朝には叩き起こして家まで送ってくんだけどさ。
しかも唐突だったから、すっかりモカに千聖のことを言うの忘れてた。どうすっかな、つかオレ一人でモカがどうにかなるとは思えねぇんだけど。ちなみに、ストーカーでもあるモカを唯一振り切る方法は車を使うこと。流石にJKのアイツが車に追いつける足はねぇってことだな。
そんなモカへの対処を考えながら天文部のカギを片手に職員室を後にしようとすると、ドアが開かれ、小柄で可憐な黄色い花が咲き誇った。
「失礼……あ、ふふ、失礼します♪」
演劇部の顧問が、白鷺さん、こっちこっちと嬉しそうに手招きをしていた。おい、流し目を送ってくんな。意味ありげに微笑むな、手を振るな。おかげで近くにいた同僚に質問責めにあった。攻略してねぇ、ヒナの関係で知り合っただけだっつうの。つかお前らあの白鷺千聖って言っても十代のガキだからな? うらやましいとかもう通報してやるからなお前ら。
「はぁ、ったく」
「仕方ないわよね。あなたは注目されるだけのことを私にしているのだから」
「うーわいつの間に、もうちょい休ませてくれねぇの?」
「行き先がわかってるもの、先回りは当然だわ」
部室の前でカギを開けて中に入った途端、後ろには噂の美人女優様がさっきとは違った微笑みを称えていた。
そりゃもう餌を見つけた、って感じだな。文化祭中は生徒扱いなのでしょうとか言い出し押し切られて日曜も抱いちまったせいで、結局一度きりっつう契約もうやむやにされちまってるしな。
「ここって……人気ないのよね?」
「まさか、ここほど人の往来の多い部室もねぇってくれぇだよ」
「ふふ、かわいいウソね、誘っているの?」
「んなわけねぇだろ」
ヒナが苦笑い気味に言うには、オレは千聖に火を点けちまったらしい。すぐに迫ってくるおかげであんまり会話できてねぇから、今日こそ、まともで健全な会話をさせてくれ。そう思って必死になってキスをしようとしてくる魔王の肩を掴んだ。つか練習しに来たなら部室行けや。
「モカのこと、忘れてねぇだろ?」
「ええ、けれど……私の言葉も、忘れてないわよね?」
「忘れたな」
焦らされんのはシュミじゃねぇってか? お前がそうやって迫ってばっかりだからこっちが焦れてんだよ。お前にとってはモカなんてテキトーにあしらえる相手かもしれねぇけど、オレにとってはヒナより怖ぇヤンデレなんだよ。
――かくなるうえは、我が身を犠牲にってか。いっつもこんなんだな、そろそろ泣いてもいいかもしれんな。
「いじわるなこと言うのね?」
「わかった……わかったけど、屋上でな」
「あら、素敵な場所を知っているのね♪」
ヒナにメッセージを送ってから、階段を上っていく。最近、雨の日も少なくなってきたな。本格的に夏になれば、屋上は死の世界に姿を変えるけど、日陰もあるし、まだ大丈夫そうだな。
そんな日陰で、隠れるように
「お楽しみのところすいませ~ん」
「……モカちゃん」
「どーも~、ちょーぜつびしょーじょのモカちゃんで~す」
いつもの口上、張り付けた笑顔。予想通りキレてやがる。気をつけねぇとオレの命に関わるか一生をモカに縛り付けられて生き地獄を味わうかの二択だ。嘘みてぇだろ、コイツオレのこと好きって言って憚らないメンヘラストーカーなんだぜ?
「邪魔しないでもらえるかしら?」
「いやいや~、そのクズせんせーはあたしのなんで~」
「ふふ、彼のいち生徒でしかない貴女が所有権を主張するなんて……倒錯しているのね」
「……ねぇせんせーなにこの女、あたし、浮気するヒト増やしていいっていった? そもそも浮気もヤなんだけどさ、それでもまだ蘭や日菜さんなら納得できてたんだけどいくらなんでも節操なくない? やっぱりあたしがちゃんと性欲管理してあげないとダメなの?」
「大変ね、あなたも」
「ちょっと前まではこの枠、ヒナだったんだがな」
いや、ヒナも根はこんな感じだけどな。アイツはなんだかんだその辺の精神の成熟ができてるとは思う。泊まると偶に言動がぶっ飛ぶから、そん時くれぇはちゃんと受け止めてるけど、ヒナはそもそも認められたいって欲と興味が混ざった上にオレが流されたから歪んじまっただけで、本来は賢くてかわいらしいヤツなんだよ。
けどモカは最初からこんな狂気を常に放出してる。虎視眈々とオレが教師を辞めちまうところを望んでるし、道半ばで倒れたら自分のものになると本気で信じてる。コイツは、依存してねぇとダメなヤツだからな。
「モカはどこにも行かないでって泣いてるだけだよ。さみしがりなヤツだからさ」
「……豪胆ね、あの勢いなら寂しいってだけでヒトを殺せちゃうわよ?」
「これがいじらしいことにオレだけは殺せないんだな、アイツ」
それは幻滅されて嫌われたら即首元にナイフとか突きつけてきそうなほどの殺気が滲んでるけどな。とりあえず今のところ言葉に感じるほどの命の危険はねぇ。千聖は知らねぇけど、きっと寂しがりなだけのモカはオレと自分ぐれぇしか殺せねぇだろうな。
だからオレは平然とモカに近づいて寂しさを和らげてやる。自分の不満を泣くことでしか表せないガキを、宥めるように抱きしめて名前を呼んでやるだけだけどな。
「悪かったなモカ。なんにも説明できてねぇ挙句に放置しちまって」
「……バカ、死んじゃえバカ、クズ、最低、今すぐ飛び降りてよ、女たらし、節操なし……すき、だいすき、どこにも行かないで」
「約束は守るから、安心してろっつうの」
「……うん」
抱きしめられて数分で、モカの狂気はなりをひそめた。わがままで寂しがりで、自分の気持ちにまっすぐ過ぎて歪んでるどうしようもねぇヤツ。これがヒナくれぇ思い切りがよかったら刺されて死んでるだろうな、悪運が強いのはホントにそうだな。
「ごめんなさい、モカちゃん。貴女から一成さんを取ろうというわけではないのよ?」
「……ホント、ですか~?」
「ええ、本当よ♪」
噓つけ、この間寝取りをしてみてぇって言ってたろ。二枚舌もいいとこだな、と睨むとモカが安心したようにキスをしてきた。しかもまるで、さっきの千聖とのやり取りを見てたかのように激しく、泣いた代償を求めてくる。
――見てたんだな、コイツ。だから嫉妬のまま、オレを燃やそうとしてきやがる。
「ねぇねぇ、いつ暇? 今日?」
「昨日泊まったばっかりだろ」
「いーから~」
「明日、保健の先生が出張だからな、カギを確保できたら、明日な」
「りょーかーい」
納得したのか、ようやく離れたモカに、千聖とこうなった経緯を説明していく。精神状態が穏やかなモカならまだ説得できる。千聖の口の上手さに任せてすべての説明を終えたところで、モカは唇を尖らせていた。
「ほんとさ~せんせーは節操ないよね~」
「なんとも言わねぇ」
「言えないから~?」
言えねぇ、そうだな、節操ねぇってオレも思うよ。ヒナから始まり、モカ、蘭、遂には他校の生徒である千聖。教師生活でこんなに色んな意味で刺激的になるなんてな。おかげで、四ヵ月前までは黄昏に煙を吐くだけの無能は生徒に手を出しながらもソイツらの歩みを見届ける節操のねぇクズ教師に成ったよ。
「けど、あたしは開き直ったせんせーもすき~……えへへ~」
「はいはい。お前はいつもそれだな」
「いつもだも~ん♪」
体重を預けてきて、幸せそうに極端に愛情を伝えてくるモカに、千聖はやや苦笑いをしていた。本気になったってんならお前も同じ穴の貉だからな。悪魔と魔王なんだから似たようなもんだろ。
「一成さんに夢中になってもらうのは至難の業になりそうね」
「できねぇから安心しとけ」
「そーですよ。せんせーはあたしのだも~ん」
「それも違ぇよ」
「蘭ちゃんにはアッサリ許可を貰ってしまったし、日菜ちゃんも全然ダメとは言ってくれないし、手強い子ばかりだわ」
千聖は、ホテルに行った日、寝取りはしたことがない、と語ってくれた。いやフツーねぇよとツッコミたいのを堪えて、オレは辛抱強く、それってどういうことだ、と訊いたけどな。
曰く、カノジョや奥さんがいるヒトは相手にしたことがないらしく、狙ってるとか追いかけてる、と言いつつオレに対して決定的にアプローチをかけてこなかった理由をここで初めて察することができた。
コイツは本来、リスキーなことはしねぇタイプだ。浮気や不倫をして、女性側から恨まれ、スキャンダルをばら撒かれることを恐れてたらからだ。すなわち、それはモカや蘭といった存在を警戒していたってことでもある。
だから、文化祭の客演に出演を依頼されたとき、オレが来ると思い拒絶し続けていた、と。これがコイツの瀬田がいる、白鷺千聖の名を売られる以外に嫌がっていた理由だったんだと。
「……千聖も、大概めんどくせぇヤツだよな」
「けれど、彩ちゃんに教えてもらったのよ? 時にはリスクを冒してでも、まっすぐにならなくちゃいけないって」
「……それは芸能活動だけに活かしてくれ」
「はー、千聖さんは逞しいですね~」
逞しすぎんだろ。パスパレの出逢いは千聖をまた一つ成長させたらしい。その成果を、今回で見せたい、とコイツは笑った。
――はぁ、腹割って話すのに千聖が前に冗談交じりに言った通り、本当に事務所やマネージャーとかじゃなくヤんなきゃいけなかったってんだから呆れたヤツだよな。おかげ様でピロートークは有意義だったよ。
「そうそう、ピロートークはリピーターになってほしいヒトとしかしないようにしてるのよ?」
「……知りたくもねぇ事実だな」
「リピーターになってほしーってゆーのは知ってるけどね~」
「また、沢山ハナシを聞いてほしいわ、イロイロとタマってるのよ」
「卑猥な意味にしか聞こえねぇ」
「いや~、たぶんどっちもっすね~」
そう、誘ってはいるが、千聖が近寄ろうにもモカがオレに片時も離れないため誘惑できないという現状。オレには笑顔のモカと笑顔の千聖の目線に火花が見えるけど、気のせいじゃねぇんだろうな。最近落ち着いてきたと思ったらすぐこれだ。
「モカちゃんは昨日、お泊りだったのよね?」
「ええ、まぁ。だから今日は蘭あたりに譲ろうかな~と」
「私が先に誘ったのだけれど」
「参入した瞬間負け確のサブヒロインがですか~?」
「ふ、ふふ……ここまでコケにされたのは初めてよ……!」
ああ、修羅場なり。ヒナヘルプ。実は蘭は今日、華道の集まりで来ないから千聖さんの話でも聞いてあげたという余裕のセリフをいただいてるからヒナだけが頼りなんだ。そう思ったところで、屋上のドアが勢いよく開け放たれ、ヒナが……あ、やべ、ヒナのやつ目のハイライトが消えてる。久々のメンヘラモードだ。
「カズくん? 今日は部活の手伝いしてくれるってゆったよね、なのに部室で待っても来ないし屋上で二人といちゃいちゃしてるしあたし放置するんだそうなんだ、あはは、あははは」
「ひ、ヒナ……」
「千聖ちゃん?」
「……な、なにかしら?」
ちなみにコイツとモカの最大の違いはオレ以外に狂気の矛先が向くこと、過去に蘭もモカも被害に遭ってるせいか、モカがゆっくりとオレから離れていった。おい逃げんなこうなったらお前も道連れなんだよ。
「ねぇ千聖ちゃんは他校のヒトだからがっついちゃうのはわかるけどさ? 会ったから食べちゃった、じゃあカズくんが壊れちゃうでしょ? ねぇ?」
「う、は、はい……」
「大体さぁ、麻弥ちゃんが探してたし練習終わったら部室でよくない? ってか練習とそうでないときのメリハリをつけなさいってゆうの千聖ちゃんでしょ? ほらぁ、あは、前にゆってたじゃん」
「……そうね、ごめんなさい……」
遂に魔王に対しても無双し始めたよ、元祖悪魔。笑顔を作ってるつもりなんだけど全っ然、笑えねぇ。口が裂けてるようにしか見えねぇし、言葉の速さと声の大きさがまちまちなの、マジで怖いから。ゆっくりん時は叫ぶように、早口のときは蚊の鳴くような声で、あと途中で笑うな急にホラー要素付け足すのやめろ。
「モカちゃんもねぇ? カズくんが決めたんだから節操なくてもクズでも、いちおーは納得しようって、前に話したよね?」
「……はい」
モカはもう諦めてるな。まぁ、あんまり事情を知らずに暴走してそれを冷ましてる最中だったし、聞き分けはいいか。今日は都合がつけば帰りに送ってってやるから、あんま肩落とすなよ。頭を撫でてやるとモカは許されてることを理解したらしく、ヒナがそれ以上狂気を向けることはなかった。
モカにはな。あとはオレが待ってるから。コイツの反動はすさまじいんだよな。
「それじゃあ、モカは最後までいるなら、送ってってやる」
「じゃあ残る~」
「千聖、仕事は?」
「ないから誘っているのよ」
「んじゃあお前もな」
「ええ、ありがとう♪」
そうしてヒナとオレを残し、千聖とモカは半ば逃げるようにして屋上のドアを閉めた。
空白の時間、狂気をまき散らし、散々に暴れた悪魔は、ん、と手のひらを見せてきた。お手、じゃなくて、コレはいつものだな。とライターとタバコを取り出し渡した。
半袖のブレザーのJKが慣れた手つきで火を点け、紫煙を吐き出す。中々に退廃的で、画になっちまうのがなんだか悔しいな。
「カズくん、久しぶりに火、点けてあげる♪」
「前は点けてやったんだろ」
「あはは、そうだったね」
けどライターはコイツが持ってるしな、と特に抵抗することもなく、差し出されたタバコを咥え、火の点いたヒナのタバコが火の点いてねぇオレのタバコの先端に押し当てられ、ヒナに合わせて息を吸う。紫煙がオレの口からも吐き出され、嬉しそうな顔をする悪魔が蠱惑的でつい、抱き寄せて、タバコを手にもったまま、ヒナの唇に、ヤニの味がする舌に吸い付いた。
「……っはぁ、あの時よりえっちだもんね、カズくんは」
「うるせー、千聖にもモカにも舌入れられてんだぞコッチは」
大体、ディープキスで反応するようになったのは誰のせいだったっけな。そもそも、生徒とヤるっつう心理的ハードルを下げたのは、誰だったんだろうな。
もう日差しもキツいから、涼し気な日陰に座って、壁に背中を預けて、タバコとヒナを交互に味わっていく。
――最後に、タバコが短くなって火を消しちまえば、前は恒例だった部活動のシメが、待ってる。いつの間にかキスをしていたヒナが、スカートを捲りあげて、オレに跨ってくる。
「えっちしよ、カズくん。あたしもう、ガマンできないや……♪」
「ガマンするつもりもねぇくせに」
「うん、無理だもん。腰、痛くしちゃったら、ごめんね」
「もう諦めてる」
コイツの狂気の反動は、オレがカラダで払うことになる。つか最近だと整体にリアルに金を払ってるけどな。
蘭がきて、モカがきて、劇的に変化したはずの爛れたオレとヒナの関係は、こうして、今も変わらずに続いている。
つかこの後千聖が泊まりに来るらしいことをさっきタバコを吸ってるときにスマホのメッセージアプリが教えてくれた。ヒナに教えたら、じゃあさんぴーで、だと。バカじゃねぇの、つか無理に決まってんだろカラダ持つわけねぇじゃん。
変わっていく日常に、変わらない情事。
いい風に言ってみてもコイツはクズ。認めてはならん。