文化祭の二日目。オレは蘭と朝早くから準備を進めていた。そこに千聖が来て、今井と弦巻とヒナが来て、最後にモカがのんびりとパンを差し入れながら音楽室に集合した。つか、部員とその扱いの蘭、ヒナ、モカと手伝いで来てくれる弦巻はいいとしても、今井と千聖はそれぞれの持ち場もあるのにな。特に今井は別にオレ目的でもねぇんだし手伝ってもらうのは申し訳ねぇな。
「いやいや、乗りかかった舟だし、センセーはあの
「……まぁ、そうなんだけどな」
「あはは、遠慮しなくていいって~」
準備も一通り済んで、音楽準備室で今井と言葉を交わした。そうやって誰と話すのとは変わらないテンションでウィンクをする今井は、敬語を使うのは苦手らしくこの話し方なのだが、正直見た目完全にギャルなのにきっちりかっちり敬語でしゃべられたら詐欺だな。金返せって言われかねねぇ。なんの金かはしらんが。
「それにアタシさ、割とお節介だって自覚してるし」
「そうか?」
少し伏し目がちにそう言う今井は続けて、たぶん紗夜にもウザがられてるしね~、とおちゃらけてみせた。バカだな、そんなウザいと思ってるヤツが大事な妹とクズ教師をとっちめようとして頼るか? その後もどうせ紗夜のことだからお前にヒナとオレの様子を訊いてんだろ。お前はお節介じゃねぇよ。
「そういうのはな、世話焼き上手っつうんだよ。日本語は正しく使わねぇとな」
「……あはは、英語教師なのに?」
「英語教師だけど、オレは日本語の方が好きだからな」
回りくどくて、表現するための言葉が多い。ヒトの個性をこれほど表現できる言語はそうねぇよ。オレのしゃべり方、今井のしゃべり方、英語にしちまえばそれほど違いがねぇからな。口語文を文字におこすだけで誰がしゃべってんのかわかるって、すげぇと思うよ。
「そっかそっか、今のはちょっときゅんとしたなぁ。センセーはそーやって、口説いて回ってるってことね~」
「口説いてねぇよ。ガキを認めてやんのはオレの仕事ってのを、アイツらが勝手に勘違いしてるだけだ」
「ふ~ん? それじゃあ、そーゆーことにしとくね」
口説き文句も、まぁ言ってしまえば他者を褒めて認めてやることだから、大した違いはねぇのかも知れねぇけどな。けど、その含み笑いと意味深な納得はやめてくれ。まるでオレが意図的に教師の仕事を悪用して口説いてるみてぇじゃねぇか。
「……リサさんとなにしゃべってたんですか~?」
「うお、びっくりした。急に出てくんなモカ」
「せんせーいるところにモカちゃんありっすよ~」
冗談に聴こえねぇからやめろこのストーカー。昨日は文化祭のシフトがあったから追っかけてきてはねぇだろうけどな。苦笑いをしたらモカはふくれっ面になって腕を引っ張ってきた。昨日モカのクラスで会ったきりというのが相当不満だったらしい。まぁ、お前以外の全員は人目盗んでくっついてきやがったし。つかそもそもキスされたしな。
「ひどい」
「悪かった」
「蘭から、千聖さんともココでちゅっちゅしてたって聞いた」
「言い方、なんかヤだなそれ」
「あたし、昨日ちゅーどころかぎゅーもしてない」
んなこと言われてもオレからはなにもしねぇよ。アイツらが迫ってくるだけだっつうの。まぁあえてアドバイスしてやるなら、受動的な人間は腐ってくだけだ。能動的になってこそ、ヒトはそのヒトの脳を動かせるんだよ。学校生活で受動的なだけじゃ、またゆとりだのなんだの嘆かれるんだよ、オレみたいにな。
「だからさ、今日はシフトない午後は構ってね?」
「はいよ。その代わりこっちの準備も手伝えよ?」
「は~い」
抱きついてきたモカはふにゃりと笑ってみせた。幸せを表情で、万人に伝わるように。そういや、あのクズ教師んちにいたネコも、やたらとオレに近寄ってきて、構ってやると嬉しいのか擦り寄ってきてたな。モテるね、なんて言われてガキだったオレは拗ねたっけか。オレはアンタだけいればいい、って。
「……せんせー?」
「……悪い」
「ううん。あたしにも、過去のことは読めないから」
「そっか、ならいい」
しまった。モカに気を遣わせちまった。けど、昔の話はしたくねぇからな。つか正確に言うとできねぇんだ。
大学入ってから二年の途中くらいまでの記憶があやふやなんだ。ピースがいくつか欠けて、そのせいで全体の絵がぼやけてるように、ナニカが足らなくて、そのせいでその辺りの記憶が混濁してる。そのあたりから地元に帰らなくなって、って考えてるとちょっと頭が痛くなってるから、あんまり考えねぇようにしてるけど。
「……準備、してくるね〜」
「ああ、悪いな」
「モカちゃんはね〜、こう見えても空気、読めちゃうんだ」
「知ってるよ」
「にしし〜」
マイペースなクセに鋭い。けど不器用なとこがあって、お前は気難しいヤツだ。単純な行動原理と言えば、依存心だけ。安心できるヤツがいなくなったら息すら忘れるバカ、それがオレの知る青葉モカだからな。
「カズ先生ー、準備できたよー!」
「おう、んじゃあ今日も頼むな、ヒナも蘭も」
「うんっ!」
「うん」
蘭も、ヒナも、今日もコンディションは絶好調って感じだな。蘭はちょっと心配してたが、問題なさそうだ。ちゃんと言われた通り控えめにした甲斐はあったっつうことかな。
手伝いをしてくれた弦巻も、今井も、千聖も、笑顔だ。なんか、ここ数日で一気にここの居心地がよく感じるな。文化祭効果ってやつだろうか。
「ふふ、こういう高校生らしいイベントも偶にはいいものね」
「なんなら都合が合えば、このメンツで焼肉でも行くか? オレが奢ってやるよ」
「つまり、打ち上げ、ということね! 素晴らしいアイデアだわ! 大賛成よ!」
「センセー気が早いな〜、ケド、どーせならご相伴に預からせてもらっちゃおうかな〜?」
「ふふ、勿論私も賛成よ♪」
JKまみれにオレひとりってのは中々、奇異の目で見られるかもしれんが、それよりも、個性的なこのガキどものやりとりを見守りながらメシってのもいいな、と思った。まぁ、オレの隣がどうので争いが始まりそうな予感はするが、そこの対策とかは今井と練るとするか。
「ん? どしたのセンセー」
「いや、なんでもねぇ」
まだいいかとそれは脇に置いといて、準備が終わったところで千聖、今井とモカがそれぞれの仕事に戻っていった。弦巻は蘭となにかを話しているようで、それを遠巻きに見ていた。最初のうちは奇想天外すぎる弦巻が苦手だったらしい蘭も、呆れ交じりにツッコミを入れてる。いやまぁ噛み合ってるとは言えねぇけどさ。
「タバコ吸えないからもっとイライラしてると思ってたけど、楽しそうだね、
「先生をつけろ」
「はーいカズ先生」
「……吸わねぇからイライラしてんじゃなくて、イライラした時に吸ってるからな」
「先生は、なんだか先生が揺らいでる時に吸うよね。一旦先生をリセットしてる感じ」
遠巻きに加わったヒナの言葉に、口ん中が苦い感覚がした。わかってんなら質問すんなよ。つってもそれをヒナが一番見てきてるから、わかって当然か。
オレは大学時代、自己評価で教師に向いてる、って思って信じることで今の職に就いた。けど、どうやら教師に向きすぎていて、だから教師に向いちゃいなかったっつうことが担任を持った時にわかっちまった。んで封印してたタバコを解禁したらあら不思議、さざ波の立っていた感情が穏やかになって、オレは教師として教壇に立つことができた。
──以来、この百害あって一利なし、と言われる健康を損ねる嗜好品は、オレにとっては仕事の相棒となった。たゆたう白い煙、息を吸い込むと赤くなる火、胸を焦がすような感覚、オレだけの時間。それがオレにとってはなくてはならない、味方だった。
「……まぁ、そんなタバコに頼るくれぇなんだから、やっぱ教師なんて向いてなかったんだろうな」
「そうかもね」
「肯定すんなよ、傷つくだろ」
「だって、カズくんのホントは、大人とか子どもとか、そんなの気にするヒトじゃないもん」
「そうか?」
「うん。カンケーねぇ、オレはオレの思ったことをしてぇ、くらい言いそうだよ」
「自分勝手なヤツだな」
「カズくんはわがままでしょ?」
そうかもな。つか、カンケーねぇって思ってるからオレはヒナと関係を持って、モカとも蘭とも、千聖まで囲ってまで教師を続けてるんだよな。オレは強欲なヤツだ、四人も囲う色魔でもあるし、それは悪食ってわけだ。イライラを火に点けなければやってられねぇくらい憤怒に染まることもある。普段は教師として怠惰もいいとこだろうし、ただ授業はこなすし他の英語担当が教えてるより何故か平均点は上がってるんだよな。これはまぁヒナが無駄にやる気だしたり、モカが頑張ってくれたりと生徒に助けられてる結果なんだが、教師陣から傲慢だとでも思われてんだろ。もちろん嫉妬もする。わがままで、自分勝手でオレはとことんまでクズだ。
──けどね、っつうんだろ、ヒナ。そんなクズだから、ヒナは羽丘を楽しいと思えるようになった。本気になれるヒトを見つけたから、ヒナはオレを認めるっつうんだろ。
「あたしは、るんってすることが好き、だから、
「……口説かれてるって認識でいいのかソレ」
「えへへ、カズくんみたいに上手じゃないけど」
「口説いたことねぇし」
「ウソつき。ペナルティだよ?」
「……うるせぇな」
コイツに口で負けるようになるっつうのは、ホントに困るな。つか最近、オレはコイツらと同じ目線でしゃべっちまうことが多くなってきたな。眩しすぎるんだよ、可憐すぎんだよ。一等星のように輝くお前らの笑った顔が、花が朝日を浴びて咲き誇るように、頬を染めて微笑むお前らの恋する顔が、燃え尽きちまって、枯れちまったオレの心に、突き刺さって、抜けなくなっていく。
「後夜祭、あたしはココで待ってるね」
「……そうか」
また、そうやって刺してきやがるんだな。生徒の、ガキのクセして、そうやってオレを、オレの虚しい戦いから救おうとしてきやがる。ったくそんなにオレが教師やってんのが気に入らねぇのかよ、ヒナ。
──いいや、違うな。そうやって訊いたらお前はぜってぇ、違うっつうんだろうな。お前は教師じゃねぇオレの傍にいてくれたから、それでもいい、って両手を広げたヤツだからな。
「文化祭はすごいわね! みーんな、笑顔なんだもの!」
「すぐに花咲川も文化祭だろ?」
「ええ、とっても楽しみだわ!」
それから、クラスの方に合流したヒナや蘭と別々になり、オレは弦巻と文化祭を歩いていた。昨日と変わらねぇってのは、普段からこんな雰囲気だったかと感じさせるな。そして跳ね回り、金の光を周囲に振りまく弦巻は否が応でも目立つ。しかもセーラー服だしな。
「つか、そんなクルクル回ってるとパンツ見えるからやめとけ」
「あら、それもそうね。楽しいと身体が動いちゃうの、あと歌いたくなるわ!」
「……はぁ、そうですか」
15分も歩けば気づく。コイツはヒナの快楽主義に近い何かを持ってる。けど、常に笑顔になれるものを探す弦巻の熱は、周囲に影響を与える。裏表のない言葉、屈託のない喜怒哀楽、なんつってもオレは喜と楽しか見てねぇけど、そしてその立ち振る舞い。
変人だが、恐ろしいまでに美人だしな。つか黙ってれば深窓の令嬢もいけるだろ。黙ってればな。
「つか今どこ向かってんの、お前」
「さぁ? きっと楽しい方よ!」
「あ、そう。んじゃもう好きにしてくれ」
こんなヤツ放置するつもりだったさ。なのにこの個性派お嬢様は、ひとりじゃつまらないわ、とか言い出してヒトを振り回してらっしゃる。じゃあ一人でくんなよ、保護者代わりに誰かいねぇのかよ。黒服さんはどうせついてきてはいるだろうけど。
「オレ、ついて歩いてるだけでいいのかよ」
「ええ、そうよ?」
「なんで?」
「その質問がもう、答えだわ」
「意味わかんねぇよ、もうちょいコミュニケーションを……って、ああそういうことか」
「ふふ、わかってくれたみたいね」
コイツが一人じゃつまんねぇと言う意味、それは質問した時点でそれが答えだな。お前、今はそうじゃねぇってハナシだけど、どんだけ独りだったんだよ。どんだけ、楽しげに笑うヤツらを尻目に虚しく楽しいことを探してきてんだよ。ガキのクセに時折賢くなるのは、そのせいか。
「なんだよ、意外と繊細なのな弦巻って」
「こころよ」
「あ?」
「あたしの名前は、こころよ」
「ホントに意外と繊細なのな、
「そうかしら? 先生だって、もしも日菜や蘭に清瀬先生、って呼ばれたら、同じことを言うわ」
「そうか、そうなんだろうな」
ニッコリと微笑まれ、オレはこころの胸に潜む光をも呑み込む穴を見つけた気がした。そういや、智恵と美の象徴として見られる金星は昼夜の温暖差が激しいんだっけか。そんなくだらねぇことを考えるくれぇには、冷や汗が流れた。
「おや? こころじゃないか!」
「薫! 今日はロミオはお休みかしら?」
「まさか、今からジュリエットの元に参上するところさ」
そんなタイミングで瀬田が現れてくれて本当に助かった。こころの声も元通りで、少し安堵の息を吐いた。瀬田と目が合ったタイミングで微笑まれ、オレはそれに苦笑いで返す。やっぱり太陽のようなヤツっつっても十代のガキだもんな、色々拗らせて当然か。子どもを一括りにするのは教師として、大人としてバッドコミュニケーションだけど、こればっかりは例外がいねぇんじゃねぇのと思うようになってきた。今井も、こころも、千聖も、きっと瀬田も、十代らしい青春に振り回されて生きてる。それに巻き込まれてる大人は堪ったもんじゃねぇけどさ。
どうしても子どもだけじゃどうにもならなくなった時に頼られるのは、大人の、っつうより教師の義務みてぇなもんだからな。逃げるわけにはいかねぇよ。
「こころ、話しててぇなら先行くからな」
「ふふ、先生が待ちきれなくなってしまったようだね」
「そのようね、それじゃあ今日も素敵なロミオを期待しているわね!」
「勿論だとも、精一杯、プリンセスの期待に沿うとするよ」
なんつうか、瀬田とこころのやり取りは、それはそれで演劇の延長のような感覚がするな。自由でお子様なクセに言葉には品がある。つか語調は全く違うが口調は千聖と同じ、丁寧なもんだ。当たり前のように敬語は使わねぇけど。コイツはきっと国のトップとかにも、貴方がもっと良い政策をすれば、みんな笑顔になるわ、とか平然と言いそうなんだよ。
んで、そんなこころと芝居がかった口調の瀬田のやり取りは絵本から飛び出したプリンセスとプリンスだ。立ち振る舞いとかも、社交ダンスとかしたら釘付け間違いなしの美女百合カップルだな。
「そうだ」
「なにかしら?」
「お前って許嫁とかいねぇの?」
「いないわよ?」
「意外だな。仮にも弦巻家唯一の跡取りだろ? どこかの御曹司の次男とか、ありそうだけどな」
「それは高校を卒業してから、あたしがあたしの目で決めるの。その前に恋をしてもそのヒトと結婚しても、自由。お父様もそうやって、お付き合いをしていたお母様と結婚したのよ」
なんとなく一般的なイメージとしてのお嬢様っつうのは幼少期から決められた結婚があって、とかだと勝手に思ってた。ドラマの見過ぎとか言われても、コイツの家柄がフィクションだからそれを疑う余地もなかったんだが。
そうか、みんなを笑顔に、か。きっと両親の願いでもあるんだろうな。お前は、みんなを笑顔にできる存在でいなさい、だから、そのためには、まずこころが笑顔でなくちゃいけない。だから自由なんだなお前は。けど、その分だと恋愛はできそうにねぇな。
「んじゃあ理想の性格とか、ねぇの?」
「んー、そうね。一緒にいて笑顔になれるヒト」
「だろうな」
「あとは、あたしを否定してくれるヒトがいいわ」
「……なんでだよ?」
「あたしは弦巻こころ。今まで、ほしい、と思ってダメだと言われたことはないわ」
ああ、そう。ないものねだりは人間の特権だよな。けどな、ダメだと言われればほしくなる。与えられ過ぎれば、際限がなくなる。それが人間の強欲ってヤツだ。
わざわざ、ダメだと言われることを欲しがるヤツ、いねぇよ。お前は常に認められて生きてきた。弦巻だから、弦巻家の令嬢だから、そうやって大人たちに囲まれて生きてきたんだろ。
──だから、お前はお前の生き方に反発するヤツがいいんだな。お前の言葉にふざけんな、って叫べるようなヤツと一生を添い遂げてぇ、とお前は求めてる。趣味悪いな、お前も大概。
「さぁ、先生! 目指すは文化祭完全制覇よ! ぜーんぶ見て、ぜーんぶ食べるわよ!」
「オレの胃はそんな容量ねぇから、それはお前だけにしてくれ。んで午後はヒナと回ってくれ」
「……ええ、そうするわ!」
太陽は恵みを与えるだけじゃねぇ。けど、太陽はそもそも恵みを与えたくて燃えてるわけじゃねぇ。
絶え間なく核融合を行ってるから燃えてるだけ。悪いけどお前の金色は、黄昏が好きなオレにはゴメンだね。
フラグ立てんな。