青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑥灰色ストーカー

 いっつも蘭が奏でてる青春ガールズロック。まっすぐで、でも素直じゃなくて、暗めなのに何処か眩しい、エモいロック。けど今日はいつものそれじゃなくて、青葉モカ(あたし)の青春ガールズロック。誰も聴いたりなんてしてくれないかもしれないけど、ちょっとだけ、聴いてほしいな。

 ──その音楽が始まるのは中学一年生の時、仲良し五人組だったあたしたちの中で蘭だけが一人、別のクラスになった。そこでつぐがバンドをしようって言って、元通りになったちょっと後のこと。

 

「ねぇ聞いてよモカ! 今日の活動、高等部から先生が来て英語の授業するんだって!」

「へ~、あたしえーご苦手だしな~、寝ててもバレないかな~?」

「いや、バレるだろ」

「が、頑張っておきてようね、モカちゃん!」

 

 授業ってゆっても本当に英語の教科があるわけじゃないけど。高等部はこんなことをしてるよ、ってゆう説明と、オリエンテーションみたいなお遊びがあるだけ。寝てたい、おなか減った。そんなことばっかり考えてるうちにその先生が中等部の英語の先生に紹介されてはいってきた。

 

「高等部で英語の教師をしています、清瀬一成です。よろしくお願いします」

 

 今考えると誰だ、ってなるかもしれないけど、三年前のせんせーはハツラツとしてた。まだまだ若いヒトなんだな、ってわかる25歳。中等部にいないタイプの先生だったから、クラスもちょっとだけ色めき立ってた。あたしは色気より食い気なんで、と興味を失ってたけど。

 教え方は上手なんだなってことはわかった。たとえ話を交えて話すことが多くて、なんか無駄に英語の発音でドヤ顔をするヒトじゃなくて、むしろ日本語の語彙があるから英語向いてないんじゃないって思った。

 

「それじゃあ、みなさん退屈してきたと思うので、女性には嬉しい、ボクにはちょっと恥ずかしい恋のハナシでもしましょうか」

 

 なんだコイツって思った。いやこれは今でも思うけど。恋なんて興味ないしきゃーきゃーと黄色い声の立つ教室もくだらないと思った。読めてる、どうせ英語なんだからわかんないじゃん。あとどうせ実体験じゃなくてどっかの古典でしょ? あたしの想像を逸脱しないその授業はひどく退屈だった。

 

「こ、こここ恋だって、モカ!」

「……ひーちゃん、鯉みたい、お魚の」

「ハハ、言えてるな、ひまり」

「巴~」

 

 ひーちゃんは楽しそう。まぁひーちゃん恋愛映画好きだし、成長期にご飯食べたらめっちゃ太った~って泣いてた、のは関係ないか。あとその体重はおっぱいのせいだと思う。目に見えて成長してるし、ブラのホックすぐ壊れるって泣いてたし。

 それに比べてあたしは全然成長してる様子はなし。きっとひーちゃんやつぐみたいなかわいい子は恋をして、あたしにはそんなもの無縁だって諦めてた。

 

「お……なぁ、つぐ、これなんて読むんだ?」

「ロミオとジュリエット」

「タイトルは聴いたことあるな」

「有名だもんね。私も、聴いたことあるだけだけど」

 

 ロミオとジュリエット、ベタだよね。ベタだしあたしはミステリーとかホラーの方が好きだから、興味がない。けど、クラスの子たちは違うみたいで、ざわざわしてた。どうせまともに聞き取れないし、見てもわかんない単語だらけなのにね。

 ──そして一幕、ロミオが塀を越えてジュリエットと出逢うシーンを大根二人が演じてくれて、その後はせんせーによる解説。色っぽい表現にきゃーきゃーまた黄色い声が出るクラスを尻目に遂にあたしはパンを食べ始めた。

 反抗期ってやつなのかな? 受け入れられてる環境の中で、一度きりの授業とは言え拒絶されたら、やっぱりキレちゃうのかな。そんなスリルを求めた行為。けど、せんせーはそれを見つけて、英語の解説中だったせいか、ふっと笑って一言だけ漏らしただけだった。

 

「You're eating than romance」

 

 あたしにもわかるように、ゆっくりの発音だった。授業のあと、すぐに調べて、あたしはたったそれだけのことで、と自分の心臓を今すぐ止めてやりたくなった。

 ──キミは、色気より食い気だな。安心したような、恥ずかしい中でほっとしたような言葉。ドキドキした。拒絶されたくせに、まるで受け入れたようにそうやってカッコつけて、バカじゃないの。

 そうやって自分にウソを吐き続けていた。後になってせんせーと関係を結んだ時、あたしはウソをついた。大人になりたかったから、大人なせんせーを利用しようと思ってた。蘭の元カレみたいに、年上だからいいなとか思った。目の前に積み上げたウソの気持ちすら、せんせーの前ではホンモノになっていった。けど、ホントは全部ホンモノなんだ。

 この時、あたしはせんせーが好きになった。最初はAfterglowの誰かが高等部に用事があると決まってついていって、せんせーを見つけては写真を撮った。二年生、三年生になるとちょっとした暇には、せんせーを追って写真を撮ることが、あたしの日課だった。だから他の女子生徒と仲良く話している姿、泣いてる子に寄り添ってる姿、屋上でタバコを吸うようになった日の写真。だんだんと誰も傍にいなくなって、独りになっていく姿。そんな一人だったせんせーに悪魔が近づいた日。

 あたしは全部、知ってる。蘭も日菜さんも、もちろんつい最近付きまとうようになった千聖さんなんかは絶対に知らないせんせーをあたしだけが知ってる。写真のせんせーのように、今のせんせーをずっと、あたしの手の中に閉じ込めておけたら、どれだけ幸せなんだろう。考えただけで、ドキドキする。絶対に独りになんかしないよ、せんせー。あたしが一生、いてあげるから、だから安心してね。

 

「いや無理だろ」

「ありゃ、不満? あたしのせーしゅんを、せきららに語ったのに~?」

「随分拗らせた中学時代だったことしかわからねぇ……」

 

 文化祭も午後になって、いくつかのお店は値下げを始めてた。食べ物は余ったら大変だもんね、って笑いながら、あたしは大好きなせんせーの隣を歩いてる。デートですデート。

 せんせーはタバコを吸いたい欲求を解消してるのか、棒つきのキャンディーを食べてた。せんせーの唾液にまみれたアメ玉が緑色なのはステキだけど、歩きながらは危ないよ? 歩きタバコはしねぇって言ってたのに歩きながらソレの方がもっと危ないよ。

 

「……モカ、視線」

「あ~、ごめんごめん、つい~」

 

 口許に視線が行き過ぎちゃってたみたいで、せんせーは嫌そうに眉をしかめてた。隣を歩くと幸せなのに、写真を撮れないのだけが唯一の不満。保存できるのは、あたしに視線が向いてない時だけ。だからその分、今は触れていてほしいのに。どうせなら、アメ玉みたいにあたしを……そんなピンク色の妄想が脳内に広がった。

 

「何考えてんのか知らねぇけど、くねくねすんな」

「だって~、舌がエロいんだも~ん」

「今後一切お前に話しかけねぇ」

「え~、ひどいよ~」

 

 あたしはこんなにもせんせーを想ってるのに、肝心のせんせーはぜーんぜん、構ってくれない。あんなに蘭や日菜さんのことは構ってるのに。その二人より、あたしの方が長く、せんせーを想ってるのに。

 

「……んで? どうせお前はシンプルに食いもん目当てだろ?」

「うん。奢ってくれるの?」

「オレも食う時だけな」

 

 ──けど、せんせーのそんなところもすき。あたしがホントは今すぐにでも縛って、閉じ込めておきたいって考えてるの知ってて、それでも隣を歩いてくれるところがすき。理解してくれるのがすき。ツンとしてるのに優しいところがすき。ずっと一緒にいてほしい、独りにしないで、あたしはやっぱり誰か、じゃなくて、せんせーと手を繋いでいたいよ。

 

「せんせー」

「……ダメに決まってんだろ」

「だって」

「言い訳する余地ねぇよ」

 

 言葉にはあんまり、すごくすきが溢れちゃった時にしか言えない。だからあたしはせんせーにくっついて、キスして、えっちをする。言葉にしなくても、すきって伝わるように。すきって気持ちでせんせーを埋められるように。

 

「……こんなとこで発情すんなよ」

「よっきゅーふまんだもん、いいもん放置するなら襲っちゃうからね」

「ヒナかお前は」

 

 む、日菜さんの名前出されて余計に不満だよ。デート中に他の女の子の名前は嫌。そんなの許さない。襲ってやる。そんな勢いであたしはせんせーを音楽準備室まで連れて押し込んだ。プラネタリウムで星の瞬かないそこは、呑み込まれそうな闇が広がっていた。

 せんせーの顔も見えないけど、膝に乗ってる感触、腰に巻かれる腕の感触、舌の感触、脚に当たる、あの感触。それが今のあたしの全部、あたしとせんせーの世界。

 

「やっぱり……今はせんせーを食べたい気分だな〜」

「……ヒナが戻ってくる前に済ませろよ」

「うん、バレたら、まずい?」

「ヒナにも襲われる」

 

 浮気はダメだよっていつも言うのにな〜。そうやって、日菜さんともそうやってえっちしてるんだ。クズ教師だって、言い訳してさ。あたし知ってるよ。

 せんせーは蘭のロックの中に夢を見つけたんだよね。ドリームじゃなくて、ウィッシュの方。叶えたい夢を。だから二人はすっごく仲良しで、まるで恋人みたいに間には入れなくなっちゃった。

 それと同時に日菜さんの瞳に夢を見てることも、知ってるよ。醒めない過去の夢、せんせーの、逃避。だからせんせーは蘭だけじゃなくて、日菜さんのことも特別の中でも特別。

 この二人がいる限り、あたしは所詮負けヒロイン、わかってる。せんせーの物語のメインヒロインは、蘭と日菜さんで、それ以外は脇役なんて、わかってても、納得できるわけないよ。

 

「モカ、泣いてんのか?」

「せんせーが、いじわるだから」

「お前が悪い男に引っかかってるからな。ロクでもないから卒業したら新しい恋をしろよ」

「なんで? せんせーじゃ、ダメ?」

「騙されてんだよ。生徒を認めんのはオレの仕事だから、それを愛されてるって勘違いしてるだけ。それを利用してガキのカラダをいいように貪ってるクズなんだから」

 

 それが全員に適用されたら、あたしもそうなんだーって思えたけど、せんせーはそうじゃないことも知ってるから、それがせんせーの優しいウソだってわかっちゃうよ。

 そんなこと考えてるクズだったら、どうして担任の時はヤってなかったの? 中にはさ、確かに本気っぽい、言わば二つの意味の先輩もいたけど、そのヒトにも一定の距離を保ってたよね。

 

「お前らみてぇな猛獣はいなかったからな」

 

 乾いた笑い、そうかもしれないけど、最大の理由はせんせーに余裕がなかったから。担任を持ってたせんせーはもっと自分に自信があって、だからこそ苦しんでて、それこそ屋上でタバコ吸ってる不良教師なんかじゃなかった。そんな風に誘って揺らぎそうな印象はなかった。

 もうウソはつかないで、ホントのことをしゃべってよ、せんせー。

 

「せんせーはなにか嫌なことがあって辞めようとまで思った。けど日菜さんに出逢って、それでここまで来たんでしょ?」

「さぁな、嫌なことなんて、そんなんオレにしかわかんねぇだろ」

「じゃあ、なんで一昨年の秋の一時期、急に休んだの?」

「……は?」

「え?」

「休んだ? オレが?」

「う、うん……」

 

 ──おかしい。今のはウソをついてる反応じゃない。なんで、あたしは、というかあたしのスマホにはちゃんと残ってる。あの時期はつぐだったりひーちゃんだったりが毎日のように高等部に用事があったから、日付順にすると毎日一枚はせんせーの写真がある。それが表情が暗くなって、ある日から一週間、写真がなくなって。それから先はあたしの良く知ってるせんせーの、不良教師の顔になる。つぐが聞いてくれたんだ。あの先生は()()()()()それから一週間休んだんだって。なんで憶えてないの? 

 

「……それって……」

「カズせんせー? あ、モカちゃんも、いたいた~!」

「日菜さん、こころんも~」

「あら、こんなところにいたのね」

 

 せんせーが何かを思い出そうとした時、日菜さんとこころんがやってきた。もうそんな時間か、と乱れた制服を整えた。せんせーはもういつも通り、先生になってて、日菜さんと次にどの曲を演奏するか話し合ってた。

 なんでかな、天体観測の気分に近くなるようにって低めに設定されている空調のせいか、寒気がして、寒いのに、汗が背中に流れた。その日、なにがあったの? 知りたいけど、知っちゃいけない、そんな気がした。

 

「んじゃあ、それで。でも、アンコールはあっても一曲な」

「うん、えへへ、昨日はごめんね」

 

 昨日はヒナさんの演奏はすごい人気だったんだけど、目を離した隙にアンコールで三曲、その上どこからか出した自分のギターで星空のロックンロールをしてたんだって。おかげさまで仕事が増えたじゃねぇか、って、でもあんまり怒ってる風じゃないせんせーはまた、あたしの心を揺らした。

 

「あんまりカズ先生を困らせないようにしま~す」

「ふっ、できるならそうしてくれ」

「そうだなー、カズ先生があたしを満足させてくれたらねー」

「満足する過程で困ってるから、そりゃ無理そうだな」

 

 なんで、あたしじゃないんだろう。そこにいるのが、そこでせんせーに前みたいに先生をさせてあげられるのが、なんで、あたしじゃないんだろう。なんだか、蚊帳の外だ。

 ──せんせーを閉じ込めるのはカンタンなんだ。あたしが持ってる動画を使えば、あっという間にせんせーは先生じゃいられなくなって、一生、あたしが面倒を見てあげればいい。けどそれじゃあ、せんせーは幸せになってくれないってゆうんだ。

 誰かがあたしを愛してくれるって言うのに、あたしが一生手を繫いであげてもせんせーは幸せになってくれないんだ。

 

「モカ?」

「……なに?」

「ヒナたち来たし、腹減ったよ。奢ってやる」

「あ、うん」

 

 あたしの頭に手を置いてせんせーはちょっとだけ子どもっぽく笑っていた。ああ、またキラキラしだした。初めて会った時に見せた安堵と同じお日様みたいな暖かい笑顔。ホントのせんせーの暖かさ。

 やっぱりね、あたしの気持ちは最初から偽物なんかじゃないんだ。まっすぐで、でも素直じゃなくて、大人であろうとして、でもちょっと子どもっぽい。蘭が見つけた景色のように暖かくてちょっとだけ寂しい。矛盾だらけで、その矛盾が、せんせーを支えてる。

 

「せんせー、なに食べたいの~? あ、もしかして~あたし~?」

「さっき食った、っつうか食われた」

「ごちそうさまでした~、えへへ~」

「じゃあお前の分いらねぇな」

「えー、それは別腹だよ~」

 

 文化祭ってゆう空気のせいかな。せんせーはいつもより元々のせんせーに近い気がする。蘭と一緒に歩いてる時も今も、先生ってゆう荷物を半分だけどこかに置いてきてるような気がした。

 あたしは向かい合ってしか見られないと思ってた、先生じゃないせんせー。なんだ、ちゃんとせんせーの中に、あたしはいるんだ。ちゃんと、あたしを見てくれてるんだ。

 

「……なんだよ」

「今ね、ぎゅーってしたくて……えへへ」

「いつもだろ、お前は原始的な欲求で生きてるもんな」

「えー、そう?」

「食欲、睡眠欲、性欲。モカの行動原理まんまじゃねぇか」

「せーよくじゃないもん……これはラブだから、えっと……愛欲?」

「意味ほぼ一緒だろ」

 

 これからも多分、あたしはせんせーに愛されることはないと思う。欲求だけを受け止めてもらう、片想い。所詮、あたしは負けヒロインだから、蘭みたいなロックを奏でられないし、日菜さんみたいな、自由な愛も持てない。想ってる長さが偉いわけでも、そのヒトと結ばれる権利があるわけじゃないから。

 ──でも、あたしはせんせーの傍にいたい。いつかは、誰かにせんせーみたいな黄昏のロックを、聴かせてあげらるように。せんせーに恋したことを、いつか誰かに伝えられるように。

 

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