天文部は大いに盛り上がった。みんなが笑顔になってくれた。少なくともあたしはそう思っていた。日菜がクラシックギターで我慢できなくなって、エレキギター取り出して受付をしていたあたしに声を掛けてくれた。
「一緒に歌おうよ、こころちゃん!」
一緒に、素敵な響きよね。それからリサを巻き込んで、たまたま遊びに来てくれていた花音と燐子を巻き込んで、黒服の人たちが機材とかを用意してくれて、即興ではあるけれどあたしたちは星空の下で大盛り上がりのお祭りを楽しんだ。
「あはは、楽しかったぁ!」
「ありがとうリサ、花音、燐子!」
「……いえ、わたしも、楽しかった……ですから」
「うん、やっぱ音楽っていいなぁって思えたもん」
「確かに、こころの狙い通りってカンジだった!」
そんな盛り上がりに触発された蘭はわざわざ二日目にはみんなに頭を下げて、あたしにも頭を下げてAfterglowのゲリラライブをやっていた。アンコールでは飛び入りの香澄とあたしの三人で歌ったのもとーっても楽しかったわ!
──気づけば、色んな人を巻き込んでの二日間だった。薫と千聖の即興劇も、ミッシェルが来てくれて一緒に踊ってくれたことも。先生は詳しくは知らないけれど本当は先生が思っているよりももっともっと予定とは違うことをして、サーカスのような二日だったわ。来てくれた人たちみーんなが、笑顔になってくれたそんな文化祭だった。
「え、どうして?」
だからこそ、二日目の最後の公演後、誰かに頭を下げて、その誰かが怒鳴ったような声を上げてまた謝る先生の姿を見た時、少しだけショックだった。どうして? あんなにお客さんを笑顔にしたのに、どうしてそれを許可してくれた先生が怒られなくちゃいけないの?
「変なとこ見せちゃったみたいで悪かったな」
「あたしは……ただ」
「──別にこころたちが悪いわけじゃねぇよ。お客さんの顔が笑顔なんだ、それは成功だろ?」
成功なんてしてないわ。だって、だって……まだ先生を笑顔にできていないもの。あたしは世界中を笑顔で埋め尽くしたい。世界を笑顔にしたい。そのためにはただ一つとして取りこぼすのは成功なんかじゃない。
先生も、先生を怒っていた人も笑顔にしなきゃ、あたしは。
「暗くなんなよ。ほら、ピカピカの太陽サマがそんなんじゃみんな心配しちまうよ」
だけど、先生はまるでさっき怒られていたのがなかったようにあたしに笑顔をくれる。日菜や蘭たちのようにあたしに触れたりはしないけれど、まるで抱きしめられたような暖かな声で笑っていた。
「どうして?」
「ん?」
「どうして、先生は怒られたのに笑顔なの?」
「そりゃあ、アイツらがめっちゃ楽しそうだからな」
「先生は……日菜たちが笑顔だと、笑顔なの?」
「教師だからな」
教師だから。それは、あたしにはどこか逃げているように聞こえた。何から逃げているのかもわからないけれど、このヒトはホントウの言葉があって、ホントウの顔があって、そのホントウから逃げている。でも、だからといって教師だからと笑った先生の顔がウソとは思えない。難しくて、あたしは少しだけ顔を顰めてしまう。
「なんで納得できてねぇんだよ」
「先生のせいだわ」
「おっと、まさかのオレか。そりゃあ悪かったな」
ガキにはちょっと難しいか? なんてわざと煽るような言葉を掛けてくる。その本心にはきっと、あたしに対する信頼とあたしがいつかそんな難解な
「あたしはそんなあなたを解けないなんて、まだまだ子どもだわ」
「いいんじゃねぇの。オレだって十五、六の頃なんて、なんも難しいことわかんなかったさ」
「時間が解決することなのかしら?」
「十年経ってみろ。今答えが見つかんねぇのが意味わからなくなるくらいになるからな」
十年なんて気が長すぎるわ、だなんて言うとあっという間だよと寂しそうに笑った。人の一生の時間感覚はおおよそ二十歳で半分らしいからなと先生は教えてくれる。そう考えるとそれでもあたしには十年が長いわ。
「まだあと四年あるもんな、ハタチまで」
「でも先生からすればあっという間の四年なのね」
「……まぁな」
どれだけ濃密で、大変な一年になるのだとしても。やはり先生にとってみれば振り返ればあっという間のこと。そのあっという間の時間の中にしかいられないのが、あたしたち生徒なのだということも。あたしたちにとっては一生の中でとても長く、そして星のようにキラキラとした三年間を過ごしていたとしても、先生にとっては、一瞬の輝きでしかないのだから。
「やっぱり先生は、あたしたちと一緒の時間を過ごしているわけじゃないのね」
「そうなるのかな。けど、オレはそれでいいと思う。教師が生徒と一緒に青春なんて、だっせぇだろ」
ダサくても、なんでも一緒にいてほしい。そんな風に思った。けれど先生にとってのあたしはあくまで日菜の友達止まりで、生徒にはどう頑張ってもなれないから。あたしの声は先生にはちゃんと届かない。
どうしたら、伝わるのかしら。あたしは一生懸命考える。まるで考えることこそが大事であるかのように先生は笑ってくれた。
「どーしたらって、あたしに言われても。そもそもその先生知らんし」
「でも……あたしは」
「わかった、わーかったからそんな泣きそうな顔しないでよこころ」
ハロハピ会議の後、あたしの思いついたイメージを歌詞にする作業をひと段落させながら美咲はその清瀬先生ってどういう人? と優しく問いかけてくれる。
彼は、大人だわ。年齢がじゃなくて、見せてくれる顔が。日菜や蘭、モカにも、もちろんあたしに対しても絶対に
「え、それウザくない? 大人だってことひけらかしてサイテーの先生じゃん」
「そうなのかしら?」
「いやこころから見たら違うのかもしれないけど……あたしはそんな先生は嫌だなぁ」
でも、日菜や蘭たち、それに薫も彼を嫌だとは思っていないことを伝えた。けれどやっぱり美咲はピンときていないようで、ううーんと唸りだしてしまった。あたしの言葉が足らないのかしら? けれど、あたしから見た
「そうだわ!」
「え、なに?」
「美咲、明日は用事ないかしら?」
「え、ないよ? どうしたの?」
「美咲に先生のこと知ってもらうには、あたしだけの言葉じゃ足りないわ。だったら!」
「なーるほどね。他のヒトに訊けばいいってこと? まぁ、こころがそう言うなら付き合うけどさ」
そうして、翌日、あたしと美咲は羽沢珈琲店へと向かった。基本的には羽丘生の知り合いに話を聞いてみるならということで、早速出迎えてくれた一人目、つぐみに先生のことを訊いていくわよ! 気分はまるで街角のインタビュアーだ、なんて美咲が言うからあたしは清瀬先生のことをまるでマイクを向けるようにつぐみに訊ねた。
「えっと、清瀬先生は……なんて言ったらいいのかな? 適度に力を抜ける人なのかなーって思うんだ。ほら先生ってなんだか忙しい時はみんなピリピリしてて話かけにくいことが多いけど、清瀬先生ってそれがないんだよね。いっつも大抵屋上でサボってるせいもあるかもしれないけど」
「サボ……って、ええ? ちょっとこころ、ホントに大丈夫な先生なのそれ?」
確か日菜がそんなことも言ってたわね、というと美咲がダメな教師じゃんと苦い顔をする。うーん、屋上で黄昏るのもまた、あの人が生徒に向き合うために必要なルーティンのようなものなのだけれど。やっぱり伝えるのは難しいわ。
「あ、こころちゃんだ!」
「やっほーこころに美咲も。こころは打ち上げ振りだねーどしたの?」
そんなタイミングでやってきたのは日菜とリサだった。どうやら夏期講習? 帰りだったらしく何かしらと美咲に問いかけるとあたしも出てたからソレと言われてしまった。あたしも夏休みに学校行きたいわ!
「はいはい、そーじゃなくて」
「そうね! 二人に清瀬先生のことを訊いておきたくて」
「センセーのこと?」
「カズくんがどーかしたの?」
「カズ……くん」
美咲が何か驚いてるけど、それじゃあまずは一番先生と関わりがある日菜に訊いてみようかしら! 日菜は今年の二月に初めて先生と話をしたことは知っていた。どんなことをしているかも日菜から聞いてるけれど、じゃあ先生ってどんな人なの? とは訊いたことがなかった。その質問に少しだけ考える仕草をした日菜は、まず最初にクズかなと言った。
「クズ……ですか」
「うん。カズくんってさ、たぶん誰かの好き! って気持ちにすごく弱いんだよね。だからあたしが持ってたもの、ちゅーとかえっちとか、そーゆーのも全部他の人にあげちゃう」
「え、ええっと……ねぇこれヤバいでしょこころ」
「あでもね。それは拒否らないカズくんがクズだからなんだけど、でも試したことあるんだよね。リサちーとこころちゃんにはゆったよねコレ」
「あーアレ?」
どれ? と美咲が首を傾げる。段々と美咲が困惑してきているけれどどうかしたのかしら? ぶつぶつとどうしてリサまでこの状況に適応しているのか、とかつぐみとかひまりも聞こえてるはずなのに平気そうにしてるのかとか色々と言葉が積み重なっていた。あたしから見たらつぐみは飾らない日菜の言葉に恥ずかしそうにしているし、ひまりはちょっと興味ありげに聞いているわよ?
「そーじゃなくて……いやもういいや。あたしがおかしい。そう思うことにしておく」
「──でね、あんまりに興奮されるからあたしは禁止! ってゆってしばらくえっちやめよーってしたんだけど、その時に気づいたんだ。カズくんって、どんだけ頭の中でえっちしたいって思ってても、あたしや他の子にえっちしよって言わないなぁって」
「そりゃ誘ったらアウトでしょ、センセーのポリシーがあるんだから」
「え、それでポリシー保ててるんですか? あたしには既に犬のエサになってるとしか思えないんですけど」
でもそこが、先生の教師と生徒の、大人と子どもの境界線なんだと日菜は笑った。少しだけ寂しそうな笑顔で、本当はそんな境界線はいらないと思っていることもあたしには伝わった。どれだけ愛してると伝えても、どれだけ本気で好きなのかを伝えても、その境界線がある限り先生が生徒である日菜を求めることはない。もしも日菜が求めなくなれば、その時は先生も日菜に手を伸ばさなくなる。その日が来ると日菜はどこかで予感しているとすら思える表情だった。
「とゆーわけで、カズくんの魅力、伝わった? あたしとしてはこれ以上カズくんとえっちしちゃう子が増えると妬けるからイヤだけど」
「いえ全然」
「そっか!」
「いやいいんだ……ってヒナ的にはいいのか」
「それよりもさーこころちゃん相談に乗ってほしいことがあるんだけど!」
「なにかしら?」
美咲はいやもうホントになんにもわかんない。なにがいいのか全然わかんなかったんだけどとひたすらに首を傾げてしまったけれど、だったらあたしとしては直接会って確かめてみればいいの。おんなじ時間を過ごせば、あの人の教師としての在り方が嫌だとは思わなくなるはずだわ。
──おんなじ、時間。あたしは自分が思った言葉にすっごいアイデアがあることに気づいて思わず美咲に抱き着く。
「え、なに? ど、どーしたのこころ?」
「そうよ! おんなじ時間を過ごせばいいのよ。教師としての先生と、一緒の時間を過ごせばきっと! 先生のことを解けるヒントがあるわ!」
そうと決まれば、あたしは世界を笑顔にするため、先生を笑顔にするために未来に絵を描いていく。千聖が文化祭も終わってしまって、また構ってもらえなくなるわと悲しんでいたことを花音から聞いた。日菜もそのことであたしに相談、というよりは提案をしにきてくれた。点が線を結んで星が
──そうね、ちょっとだけズルをしてもいいかしら? 相手は先生で、大人なのだから。今回くらいは子どもではなく、弦巻としてあたしは先生を理不尽に巻き込んでみせるわ! だってそれが、世界を笑顔にするための道筋なのだから。あたしが今一番したいことは、先生を理解して、先生と言う謎を解いてみせることなのだから。
生徒とヤらなきゃそれなりにいい先生ではあるんだよなあのクズ。大人になればなるほどクズみたいなクズは結構ありがたくなるんだよなぁと思わなくない。
なんか以前に「上から目線でうざい」みたいなこと言われたことあったなぁと思いだしながら書きました。