確かに、オレは千聖とヒナに条件を出した。その条件をクリアすれば一緒にプールなり海なりに行ってやってもいいと言った。そういう許可はだした。
――条件はただ一つ、騒ぎにならないこと。二人揃ってアイドルで目立ちまくるオーラもある白鷺千聖と氷川日菜っつうメンバーでもオレが安心、安全に休みを満喫できる環境があればいいと言った。だからって、だからってお前らは平然とジョーカーを切ってくるだなんて思いもしなかった。
方法は単純、アイツらはあろうことか弦巻こころに頼みこみ、あっさりとその環境を提示しやがったらしい。千聖のほうはあっさり了承されすぎて冗談かどうか迷ったっつってたからな。
「いや~、確かにこころがなんとかすれば千聖とヒナがファンの人たちに見つかることもなく泳げるよね、でも思いついてもやんないよね、フツー」
海に行く、と言っていた今井は夏期講習の合間、そんな苦笑いを残していた。シャレになってねぇよ。つかなんでこんな時に限ってお前はいねぇんだよ。ブレーキは? 保護者は? 焼肉メンバーに今井が抜けただけってのは心労でハゲそうなんだけど。
「あはは、じゃあアタシの代わりにブレーキになりそうなメンバー探してみることにするよ、人数多くて千聖やヒナたちの知り合いなら、センセーの負担も減るっしょ?」
「頼む、このままじゃオレは警察に自首しかねん」
「まっかせといて~☆」
唯一の頼みは当日海に出かけてるこの世話焼きハイスペックギャル。今日会った白金もどうやら海に行くらしいし、そもそもあんまり対人コミュニケーションが苦手な部類らしいから違うとして、誰が来るんだ? JKなのは確定だから安心はしきれねぇけど。
「こんにちは」
「……あ、こんにちは」
現地に集合時間一時間前に集まりそんなことを思考していると、折り目正しく、そんな挨拶をされた。こころと同じくれぇの背丈に肩に届くくらいに切りそろえられた黒髪に帽子、服装はモノトーン系でややボーイッシュな印象がある、けどそのパチっと開く目といい、なんだか年相応の美人って感じだな。
「えっと、清瀬、センセーですよね。羽丘の」
「おう、キミは?」
「あたしは――」
「――美咲!」
「うわっ、あーもう、暑苦しい!」
そんな控えめ美人に向かって急に太陽が降り注いだ。金色の髪を跳ねさせ、嬉しそうに抱きつき、見てるこっちの気温が上がってきた。ヒナ相手とはまた違った笑顔を振りまき、そしてオレを見つけてささ、と身なりを整えてまたパっと笑顔を咲かせてくる。
「先生はいつも早いわね!」
「先生なもんでな。つかお前もはえぇよ、こころ」
「美咲は先生に自己紹介したのかしら?」
「……しようとしたらあんたに邪魔されたとこだよ、ったく……」
「はは、キミは苦労人っぽそうだな」
「ええ、まぁ……奥沢美咲です。花咲川の一年でらいちおー、そこの天災お嬢様のバンドの所属です」
「美咲はすごいのよ! いつも――」
朝日に照らされて、一気に花が咲くようにこころは奥沢のことを語りだした。クラスが一緒で席が隣で、心配性だけれど、頼れるヒト。なるほど、こころのブレーキにはうってつけの人物ってわけだ。
「それにしても暑いわね、下は水着だし、脱いでもいいかしら?」
「いやいやダメでしょ」
「ダメに決まってんだろ」
なんか、ちょっと振り回されてるとこある気がするけど、いざとなれば奥沢に頼ればいいってことだな。けど、これじゃあ悪魔と魔王の方はどうなるんだろう、と思ったら噂の二人が人を伴ってやってきた。
「カズくん! おっはよー!」
「……どうも。今井さんに言われて貴方を監視しに来ました」
「おかしいな。お前はヒナの監視のハズだが?」
「ふえぇ……ち、千聖ちゃん。これ、どういうことなの?」
「どうもこうもないわよ。一成さん? あまり紗夜ちゃんを煽る発言はやめた方がいいわよ?」
ヒナの隣にいたのは悪魔を妹に持つ鬼、氷川紗夜。今日もオレを見る眼差しは性犯罪者に向けるような、名前のごとく氷のように冷てぇ。夏にはちょうどいいな。氷川姉クーラー。
まぁ、コイツはもう顔見知りだし千聖が呆れ顔だし置いておこう、今井の選んだメンツが非常に不安になってきた。後は千聖の近くにいる見るからにおっとりしてそうなヤツ。ふわふわしてるのは髪だけじゃなく、金髪お嬢様よりもお嬢様って感じがするな。
「え、えっと……松原、花音、です」
「花音は割と人見知りする子だから、迫っちゃダメよ?」
「しねぇよ」
「それにまだ処――」
「やめろっての」
処……はさておくとして、松原は千聖と中学からの親友なのだとか。紗夜さえ機能してくれればオレとしては文句のねぇメンツだが、問題はモカだな。アイツはああ見えて交流せめぇしな。今井に懐いてる理由もバイト先が一緒だからだ。山吹とかやめろよ、アイツはアイツでオレに冷てぇ反応するからな。
「それはもう、誰もいませんな〜」
「大丈夫、アタシがいるからさ」
まぁ、ココは順当に蘭がモカを抑える役だろうな。モカの暴走はこの中じゃ病み力をメンヘラで抑え込めるヒナか蘭しかいねぇけど、逆を返せばこの二人がいれば一先ずは安心だな。っつうかここ全員と知り合いってマジで今井の人間関係はなんかの能力かと思うな。
「さて、行くわよ!」
「おー! れっつごー!」
「って、こころ、ドコいくの? プールを貸し切ったってこと?」
「いえ、流石にレジャー客で混み合うプールを貸し切りにするのはやめた方がいいと、奥沢様も申しておりましたので、代替案を用意させていただきました」
「……あ、そうですかー、あー、これはこれは……まさかね」
「美咲ちゃん……もしかして」
「ええ、花音さんも予想している通り、黒服さんたちならやりかねません」
「……だよね」
奥沢と松原がなんか不穏な会話をしてた。どういうことだよ、と訊き返す間もなく奥沢が、あー、きっと車に乗ればわかりますよ、と諦め半分の苦笑いを向けてきた。説明になってねぇし、乗ればわかる、は誘拐でもされるのかオレたちは。相手が黒服だけに余計に身構えちまうじゃねぇか。
「まぁこころだし、千聖さんと日菜さんの要望から遠いトコじゃないでしょ」
「もう賽は投げられたんだよ~? 後は丁が出るか、半が出るか、ってヤツだよ~」
「とは言え、弦巻さんが枠に収まらないようなヒトであることには違いないですから、不安と言えば不安です」
けど、こころがいなきゃヒナや千聖が提示した条件の場所には辿り着かないワケで……オレと、蘭とヒナ、千聖とモカにおまけが数人。よくわかんねぇメンバーによる珍道中となった。天体観測の時と同じ車に揺られて……いや、恐ろしいくらいに揺れない快適なキャンピングカーで、オレはすかさず隣にやってきたヒナと千聖に囲まれた。
「うふふ、焼肉の時はクジ運が無かったけれど、やっぱりココが一番ね♪」
「えへへ~、ココはあたしのてーいちだからねー」
「……定位置、ですかなるほど」
「おいこら、スマホの手を止めろ。通報すんな」
「あ、あはは……なんか、すごいね」
「マジでこんなカオスなヒトが羽丘にはいるんですね、いや、ホントできれば知り合いにはなりたくなかったです」
奥沢になんかひでぇことを言われたんだが。オレだってヒナに腕を抱き寄せられて千聖に妖しげに脚を撫でられたくて教師やってんじゃねぇんだよ。つか千聖は援交モード入ってんじゃねぇよ松原いんだろ。
「あら、花音は私のアソビを知ってるわよ?」
「う、うん……」
「……え、じゃあ」
「花音をそういう目で見るなら抉ってもいいわよね?」
「……えぇー」
え、なんでそうなんの? なんでサラっとアブネー発言してんだよ。別に松原もアソビ仲間かとか言ってねぇじゃんか。一瞬疑ったけど、あんなオドオドしてるようなヤツが実は陰でヤリまくってた、とか言われたらオレはショックで寝込むっつうの。千聖の真実でもしばらく立ち直れなかったのに。
「花音は純粋なの。悪い虫がつかないようにしないといけないのよ」
「なんかあったの?」
「え、えっとぉ……バイトし始めた時に、ちょっと」
「バイトしてんのか、マジか」
「松原さんとはよく会いますよね」
「う、うん。いつもポテト食べに来てくれるから……」
この子がファストフード店でバイトって、なんかイメージつかねぇな。ん、つうことは上原とか宇田川とも同じバイト先なのか。んで紗夜はそこに良く通ってる、と。うわ、世間せめぇな。お前らのネットワークにオレが巻き込まれてるだけかもしかして。
「でも花音ちゃんって確かにオジサンがすきそーだよね。かわいーし、おとなしーし、カラダも意外とえっちだし。押し切ったらえっちできちゃいそうだよねぇ」
「ヒナ……明け透けすぎだっつうの」
「ふ、ふえぇ……」
「年上に好まれやすい……なるほど、つまり松原さんも危険なのでやはりここでこの男は排除しておきましょうか」
「なんでそうなるんだよ……お前の思考回路やべぇだろ」
「暴論を身につけるべき、と語ったのはどなたでしたか?」
「……オレだな」
でもな紗夜。そこで暴論と暴論で正論をサンドイッチしたらなにができるかよく考えろ。まごうことなきクズの完成だからな。鉄板で挟んで上手に焼けて、出来上がったのがサンドイッチクズなんて食ったら絶対に腹壊すからやめとけ。
――というところで、辺りが暗くなって車が完全に停車した。着いた場所は何処かの地下駐車場のようで、本格的にドコだという不安が募るが、黒服さん方はいつも通りのテンションだ。
「ここからは、こちらにお乗りいただき、到着までお待ちください」
「……こちら?」
「それって、ここがもうフェリーってこと~?」
「はい。船での移動になります」
「わー! 船だって、千聖ちゃん!」
「え、ええ……ということは行き先がプール、というわけではないのね」
「そうよ! プールの貸し切りは美咲に反対されてしまったから、誰もいない無人島に招待するわ!」
むじんとう、むじんとう……なんだろう、頭ん中で漢字に変換できねぇくれぇに日本語が理解できなくなってきたらしい。それに対する反応はそれぞれ、オレと蘭、紗夜が言葉も出ないっつうかもう日本語が理解できてなかった。
「無人島……なんかもうアタマ痛くなってきたんだけど……」
「想像以上のスケールですね……」
「……マジかよ。ぶっ飛びすぎだろ」
「無人島と言っても宿泊施設などは整えさせていただいておりますので、プライベートビーチを想像していただければ結構です」
「……と、言われてそーぞーできます、千聖さん?」
「さすがに無理ね」
奥沢と松原は半分予想していたようで、やっぱりという顔をしてた。流石はハロハピ、メンタルをあの天災お嬢様に鍛えられてやがる。
んでヒナはめっちゃ楽しそうで、千聖とモカは苦笑い。この状況を受け入れてんのがそもそも半数以下なのが本当にぶっ飛んでるっつう証拠だよな。
つうわけで弦巻家の車をそのままでかくしたような、つまりホテルみてぇなフェリーに乗って更に移動、そしてそこにはエメラルドグリーンが広がっていた。今十時だし、移動時間は四時間くれぇか。
「……朝早く集められたワケだ」
「すごいね、コレ。というかココ、日本?」
「ギリギリ日本っぽいっすな~」
ギリギリなのか。ホントに状況を飲み込むのすら精一杯だからその情報は余計だモカ。つかスゲーな弦巻家って。島一つ持ってるところもそうだけど、なんか子どもが見たら目を輝かせてお城だーって喜びそうな建物が見える。ラブホテルじゃなくてマジの城だ。アレがそれぞれの宿泊施設、か。
――つまり一泊するんだな? オレ聞かされてねぇんだけど?
「……いちおー、帰ってから仕事しようと思ったんだけど」
「でしたら言っていただければ
「……んじゃあとりあえずパソコンとコピー機」
「かしこまりました。清瀬様のお部屋に設置させていただきます」
なんでも……ね。思わず乾いた笑いが出た。よく見ると、蘭がダメ元でギター持ってきてないやとぼやくと、かしこまりました、と言われもう笑うしかねぇって感じでオレの部屋にやってきた。ご都合展開、チープすぎて読み飛ばされちまうくれぇ、なんでもかんでもとんとん拍子だもんな。
「なんか、デートのつもりだったのに、規模がよくわかんなくなったね」
「だな。メンバーもオレの想定より三倍多いしな」
「アタシとアンタとモカだもんね」
それがヒナに千聖、そしてこころに、奥沢、松原、紗夜が加わって九人だ。三人だったはずなのにな。けど、なんでか肩は軽い。あんなにどうしようか考えてたはずの当日がウソみてぇに今は窓の外の景色がオレを呼んでる気がする。
「――アタシたちしかいないから」
「ああ、それが理由か」
「ここなら、一成が心配したようなことは、起こらないでしょ?」
「……なんのことだよ」
「アンタのことだから、アタシやモカがナンパされるの、ヤだったんでしょ?」
「さぁな。オレはブルーのおにーさんに職質されるのがなによりの恐怖なんだよ」
「そっか」
そのわかってます顔うぜぇっての。まぁ、蘭のその顔はキレイで、ドキッとするけどな。んでこんな顔をした蘭は当然のようにベッドに座っていたオレの脚の間にやってきて背中を預けてくる。ふわりと香る花の匂い、まるで恋人の語らいみてぇな舌の交わりも、その先も、もう蘭は怖がることなく、ほしい、と潤んだ瞳でねだってくる。
「日菜さんの、えっち、って言い方、柔らかくて好き」
「セックスじゃダメか?」
「なんか、ヤだ」
それは元カレが口にしてたからだろ、とは思ったが口には出さなかった。確かにアイツの言い方は、なんつうか柔らかい。カタカナよりもひらがなの方が丸くて柔らかい印象があるみてぇに、アイツの言い方は、ひらがなみたいにふわっとした言い方だしな。オレも、なんとなくそっちのがいいって思っちまうな。
「……じゃあ、え、えっ……えっち、したい」
「したくねぇとか言われても、正直、我慢できるかどうかわからんかったけどな」
「ヘンタイ、クズ」
「知ってる。オレはクズでヘンタイの不良教師で、そんでもって、今は夏休みだ」
「……ホント、クズなんだから……だいすき」
まだ午前中だってのに、蘭に誘われるまま服を脱いじまうクズに、コイツはそんな風に微笑んでくれる。それだけで今日の精神的に疲れた道中の意味があったような気がするんだから、単純なもんだよな。
青い空、エメラルドに輝く海。雑多なプールの景色を共有するはずだったのに、天体観測の時に負けねぇくらいの、いつもじゃ見られねぇ景色がそこには広がってる。
「また、思い出、増えたね」
「……だな」
「あー! 蘭ちゃんずるい! 今カズくんの部屋から出てきた!」
「うっわ、ヒナ」
「あたしも!」
「バカか、恰好を見ろ。今から海行くんだよ」
「むー、あたしも行く!」
「好きにしろ」
正直、ただの臨海学校、とかだったら景色を楽しむ余裕もあったのかもしれねぇけど、オレが放っておかれることはまずねぇからな。蘭はさっきの道中にオレをヒナと千聖に取られっぱなしだったことで離れてくれねぇし、それこそその二人もことあるごとにくっついてくる。さらにはストーカーつきだ。
「今日はストーカーじゃなくてくっつててもいーよね~?」
「モカ……いつの間に。しかも着替えてるし」
「えへへ~、せんせーのお肌が焼けないようにあたしが日焼け止めを塗ってあげるね~」
「手つきがもうアウトだよ」
つかそれは男女逆じゃねぇのか。いやオレはそんなイベント起こすつもりもねぇし自分で塗ってほしいと思うとこではあるけどな。
――とコントを繰り広げていると、既にこころと奥沢が入り口に立っていた。金色をポニーテールにして振り返ると光を反射して眩しい。こころが髪を縛ってるところを見るのはなんか新鮮だな、いつも降ろしてるし、そういうことには無頓着そうだ。
「美咲がやってくれたのよ、ふふ、似合うかしら?」
「あーもう、なんでそれだけでそんなに嬉しそうかな……あんたは」
「こころんは髪さらっさらですな~」
「しかも動きが激しいから。フツーに髪結んだりしても解けちゃうんだよね、結構キツめにしたけど、痛くない?」
「ええ、平気よ」
奥沢は、なんつうかどっかのハイスペックギャルとは違うベクトルだけど、姉気質で、言葉端に見える雰囲気が長女っぽい。オレも年の離れた姉貴がいるし、あの雰囲気はそれに似てるしな。こころに対して奥沢はまさしく保護者だ。よかった、アイツを目で追いかけるのは割と苦労することは文化祭で経験済みだし、慣れてるヤツに任せよう。
「さて、行くわよ美咲! 思いっきり、遊ぶわよ~!」
「あ、ちょ、こころ!?」
――よし、放っておこう。あのロケットお嬢様に気に入られるとロクなことにならねぇってことはよくわかった。オレもアレに片足どころかきちんと両足を突っ込み始めてるとか考えただけでぞっとする。今はストーカー気質の悪魔とロックな天使の相手で忙しいしな。応援と同情はしてやるから頑張ってくれ奥沢。
「なんかね~、海の家もあるっぽいよ~?」
「プライベートビーチなのに?」
「日菜さんがほしいって言ったらしくて……ほら」
「……なんか、怖くなってきた」
そして黒服さん方の言葉通り、ホントになんでも用意できるということを再確認した。店すらも自由自在に用意できるってどうやってんの気になるけど、やめておこう。考えるだけ無駄だ。頭を切り替え、モカに引っ張られるカタチで、オレは照り付ける太陽の下に躍り出た。
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