こころのぶっ飛び発言の詳しいハナシは二学期になってから、と黒服さん方に説明を受け、衝撃のまま夜が明けた。二日目もバカみてぇに晴れやがって、波の音が今日もヒトを誘い出してるようだった。
「あ、お、おはよう……ございます」
「おはよう松原」
教師としての生活リズムのせいか、早起きをして散歩をしていると、声をかけられて振り返った。
コイツとはほぼ初対面だな。松原花音、花咲川の二年生で千聖と同じクラス。んで親友らしく……その一言でオレは警戒しちまうけど、千聖曰く松原を見て清純派を学んでるらしく、どうやらシロ、らしい。正直に言うと千聖のシロクロ判定は信用してねぇからな。
「え、えっと……は、はやいです、ね」
「まぁな、これでも生徒よりは早起きしなきゃいけねぇ立場だからな」
「ふふ、先生ですもんね」
うんシロ。こんな子がクロとか人間不信待ったナシだ。千聖の守ってあげないとっつう言葉も理解できた。バイトにかこつけて松原に近づいたヤツは千聖と一緒にごうも……尋問、あ、いや、事情聴取するしかねぇ、守ってみせます、この笑顔。
そんな癒し系ゆるふわ美少女は、それでもまだオレには人見知りしてしまうようで、言葉もつっかえながらだが、千聖が素を見せてるってことで多少はマシらしい。
「あ、あの……」
「ん?」
「……こころちゃんが、言ってました。先生は魔法使いだ、って」
「買い被りすぎだな、オレは生徒を手篭めにして泣かせる、クズ教師だよ」
「そんな軟派なヒトだったら、わざわざそんなこと言いませんから」
魔法使いだってよ。まぁ、そんな風になりてぇと思ってるけどさ、こころを見たら全然そんなことねぇただのクズなんだなって思い知らされたよ。アイツこそ笑顔を届ける希望の魔法使いだろ。あと、奥沢もな。
「先生は優しい、ってよく言われませんか?」
「……いい意味でも悪い意味でも言われるな」
「優しくて、だからこそ、酷いヒト。千聖ちゃんの受け売りですけど」
「オレは教師でいてぇだけなんだけどな」
千聖にも言われたけど、ヒナもモカも、今のまま卒業して、そこでハイさようならっつって納得するようなヤツじゃねぇ。最初のうちはそれでも忙しくなっていけば自然と、オレなんかに会いに来ることはねぇとタカをくくってた。それもなんか無理そうなんだよな。こうして考えるとわかるけど、アイツらはオレの教師としてじゃねぇ、ただのクズとしてのオレに踏み込んでやがるから。
──教師じゃなくなっても、それでもアイツらはオレを過去にはしたがらねぇ。当然だよな。オレだって、惚れた女を過去にしようとしては、失敗してんだから。
「……教師に拘ることで、何を守ろうとしているのか、私には分からないけど、千聖ちゃんは私の親友、だから……先生のこと、私は紗夜ちゃんや、先生が言うようなヒトだとは、思えないんです」
「ちなみに紗夜はなんて?」
「……言っていいのか、わからないんですけど……」
松原はおずおずと昨日、オレがこころたちと遊んでる間に海の家での紗夜の言葉をオレに伝えてくれた。
紗夜ちゃんが一成さんを敵視するのは、羨望……悪く言えば、嫉妬でしょう、と千聖に指摘され、紗夜は言葉を躊躇った後、私では、あんな風に日菜に寄り添うなんて考えもしなかった、と口にしたらしい。そしてだからこそ、それが日菜だけでないことが許せない、許したら私はなんのために日菜にキツイ言葉をぶつけ続けていたのかわからなくなる、と悲しそうに言ったらしい。
「ったく、紗夜も買い被りだっつうの。ヒナに寄り添えてなんてねぇよ、オレは」
「そう……なんですか?」
「ああ、アイツの思考回路なんてコレっぽっちも理解できてねぇよ」
辛うじてわかるのはアイツがオレに本気で、アイツなりに恋をしてること。バカみてぇに欲求に正直なところ。んで、姉である紗夜のことをホントに大事に思ってることだけだ。見りゃわかるだろうけど、ここの双子は言わば両片想いだからな。アプローチを間違い続けて、結果が断絶なだけだよ。
そんな風に笑うと、松原は驚いた顔をしてから恐ろしいくらい慈愛に満ちた笑みを返してきやがった。
「……先生は、素敵な先生なんだな、って思いました。こころちゃんに頼んで、私のクラスにも来てもらおうかな?」
「……それがホントに叶うんなら、松原が頼まなくても千聖が頼んでるよ」
「あ、そっかぁ……そうですね。それじゃあ、楽しみにしてます」
ふわりと柔らかく、子どものあどけなさと、大人に一歩足を踏み入れた女性的な魅力を混ぜ合わせたような、そんな顔で笑われ、毒気が抜かれちまった。コイツ、接客業向いてねぇように感じるけど、こと対応力だけなら向いてるようにも感じた。モカみてぇなヤツに、しゃーせー、しゃーしたー、とかテキトーな挨拶されるくれぇなら松原のスマイルに金払いに行く。それくらいまぁ、悪く言っちまうと男を堕とす才能はめちゃくちゃあるってことだな。流石千聖の親友、腐っても類は友を呼ぶってわけか。
「……ところで、先生? さ、早速……教えてほしいことがあって、今、ここじゃないとダメなことなんですけど……」
「おう、なんだ?」
「帰り道……わかんなくて」
「……こっちだな」
聞けば方向音痴らしい。こういう抜けたところは千聖とは似ても似つかねぇ……と、思ったけど、アイツはアイツで電車移動が壊滅的だっつってたな。小さな頃からずっと車でしか移動したことねぇんだと。さっすが芸能人。オレなんて高校がそもそも電車通学だったんだがな。送っていく中で、似てねぇようで、やっぱどこか似てる松原が千聖みてぇにエロ魔王にならなくてよかった、と内心で安堵した。
「松原さんはああ見えて遅刻が多いんです」
「……方向音痴ってレベルか、それ」
「しかし、嘘をつくようなヒトでしょうか?」
「まぁ、そうだけどな」
にしたって学校への道を迷うかフツー。しかも二年目だろうが。一年以上通ってて、迷っちまうのは、ある意味凄まじく、そしてオレには理解できねぇハナシだよ。
──今日は昨日の疲れもあり、オレは水着になることなく、黒服さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら同じく私服姿の紗夜と話をしていた。さっきまで千聖がいて、今朝のハナシをしてたんだが、松原に呼ばれちまったからこうして二人で、やや気まずい時間を過ごす。
「貴方は、そんな生徒を担任したらどう思いますか? また、どうしますか?」
「なんだろうな。ほぼ毎日通う道を迷う、ってのがオレには理解できねぇからな。本人の言葉を認めた上で、んじゃあ、どうするってハナシだな」
地図作ってやってもきっと地図読めねぇだろうしな。難しい問題だからこれは松原自身と話さなきゃ解決できねぇ問題だと思うな。けど遅刻欠席は内申にも響く事項でもあるし、なんとかしねぇと松原の将来にかかわっちまう。遅刻以外の学校生活がまともってなら、尚更だ。
それを聞いた紗夜は、オレの回答が意外だったのか驚いたような表情を僅かにして、それから、ため息をつきやがった。
「なんだよ」
「いえ……何故、それほどまでに教師として正しくあろうとする貴方が、生徒に手を出しているのか、と思っただけです」
「オレは流されやすいってだけだ。あと、聖人でもねぇからエロい誘惑されたら反応するってだけだな」
「なるほど……それはまた清々しいまでのクズですね」
「うるせぇよ」
ここに来る最初に比べて、やけに紗夜の態度が柔らかい。多分、蘭がなんとかしてくれたって感じだな。アイツの言葉はロックだからな、生粋のギタリストとしての紗夜を動かしちまったんだろう。そういうところは素直に羨ましいと思う。オレにはあんなカッコいい言葉は浮かばねぇからな。
「……そうしたら」
「ん?」
「例えば……あくまで例えば、仮定として聞いてください」
「おう」
「──優れた妹にヒドいことを言っている出来損ないの姉が、ホントは、どうにかして、妹と、まっすぐ話せるように、そして、何も気づかなかったころのような姉妹に戻りたい、と相談してきたら、先生は……どう答えますか?」
例えば、あくまで仮定ね。随分限定的な例えば、だが紗夜がどうしても気になるって顔してるからな、オレは仮定としてちゃんと答えるさ。
紗夜……じゃなくてその出来損ないの姉がどんな人物なのか、オレはよくは知らねぇけど、そうなるんならオレができることなんてそう多くはねぇよ。
「そうだな……その妹が行ってきた努力を知らずに姉を越えるっつう一種の暴力によって、自分のアイデンティティを崩されたって傷は、他人が思うよりもずっと深いものだろうな。けど、血を分けた家族でもあるわけで、どうしても嫌いになれねぇってことだろ?」
「……はい」
「そりゃ、多分妹の方もだよ」
「え……?」
「お前がさっき肯定したろ?
「……けれど」
ヒナ……妹が行ってきた無自覚の暴力は、オレなんかには想像もできやしねぇほど辛いもんだったのにも関わらず、それでも願いは、まっすぐ話せるようになりてぇ、昔みてぇに愛に満ちた関係に戻りてぇって思えたんだ。お前から受けた言葉の暴力なんて受けても、今更嫌いになんてならねぇよ。あのお気楽天才娘はな。
オレはお前のことはよく知らねぇし、ヒナのことも正直あんまりわからねぇ。けど、アイツが言葉にしてきたことは、ちゃんと覚えてんだから、信用しろよ。アイツは、誰よりも紗夜を愛してる。アイツにとっての愛は、紗夜に向けるために存在してんだからな。
「アイツは認められることに飢えてた。認められる何かがあれば、姉とまた並んでいられる、そう思ったんだろうな」
「……あの子が、そんなこと」
「一度でいいから、アイツのギター、聴いてやってくんねぇか? お前を追いかけて見つけた、認められるものは、紗夜が認めることで、始まるんだからな」
「ヒナの……わかりました」
オレの言葉で解決になんねぇことはわかってる。けど、じれってぇ背中を押してやって、後は二人がなんとかすればいい。
けどな、これは自分で気づくべきことだけど、ヒナはギターを持って奇跡を象徴する青い薔薇を彩ってる紗夜が、大好きだってこと。アイツは、たびたび今井に紗夜のことを聞いて、こっそりとライブを聴きに行って、お前のギターのファン第一号なんだからな。
「良い回答だったかは、わかんねぇけど、オレの全力なんだ。感想は?」
「……やはり、貴方が後ろ暗いものを抱えてることが、勿体なく感じます」
「オレは生徒と距離が近すぎるからな」
「わかっているのに、やめないのですか?」
「生徒に望まれる教師でありてぇ。オレが目指してる教師はそういうヒトだったから、生徒が望む限りはやめねぇよ」
「……ふふ、貴方にはやはり、クズ教師の称号が似合いますね」
「最高の褒め言葉だな」
去り際に、紗夜は初めてオレの前で笑ってみせた。薔薇の棘じゃなくて、何よりも孤高に、美しく咲く、薔薇の笑顔。ヒナをきっかけに華のある女が身近に多くなりすぎて、どうにかなっちまいそうだな。紗夜もヒナとはまた違った系統の美人だしな、松原も、奥沢も、他とは違う華がある。あんま美人ばっかりに囲まれると、教師としては疲れちまうところだな。
「そーだね~、蘭も日菜さんもとびっきり美人なのにね~」
「……お前も十分すぎるよ」
「え~、あたし、もしかして口説かれてる~? 不束者ですが~、一生大事にしてね~?」
「はいはい、卒業までな」
「いっしょーってゆった~」
──と、ここで悪魔の登場。さっきまで紗夜のいた場所ではなく何故かオレの隣に。ふにゃりと顔をだらしなく弛緩させて、冗談じゃない冗談を飛ばしてくる自称超絶美少女JKのモカは、いつもの長ったらしい口上もなく、せんせー、と甘えたい欲を隠すことのないトーンでオレを呼んできた。
「ん?」
「えへへ~、あのね~、よんだだけ〜」
「そうか」
「うん」
なんつうか、甘ったるいな。正しく懐かれちまった、ってイメージだ。撫でろと言わんばかりにオレを見あげて、その通りにしてやると目を細めてまたふにゃりと頬を緩めた。
ホント、猫みてぇなヤツ。気まぐれなくせに、寂しがりやで依存しがちなところも、お前はアイツを思い出す。なんて名前だったかな、モカ、じゃなかったとは思うけど。
「……ねぇ、せんせーは花女の先生になっちゃうの?」
ほらな。さっきまで幸せの絶頂だったくせに、急にこれだ。蘭にもヒナにも、まぁ行ってらっしゃい、くれぇなもんで大した反応を貰えなかったっつうのに、コイツだけは、不安そうにオレの腕を抱き込んでくる。
──あ、いや蘭には諦め気味に味方増やしは程々にね、って言われたっけ。
「行っちゃやだよ、せんせーは羽丘の先生でしょ? 卒業までいてくれないとやだよ」
「……モカ」
「花女の子と仲良くしないで、いつもみたいに屋上で不良教師しててよ、あたしの前からいなくならないでよ……」
あたしの前から……か。コイツは、恋を知ってからの長い年月、オレを追いかけてたんだっけか。そう考えると尚更重たい言葉だな。バカだなお前は。そんな恋はもっとオレなんかより誠実で、愚直な男を探してしてくれよ。
「安心しろ。出向、みてぇなもんらしい。交流会ってカタチで何人かの教師も巻き込んで実現ってとこだろ」
「どのくらい?」
「曰く三週間くれぇだろうって話だ。詳しいことはまた後になってからだけど」
「……長い」
「連絡はしてやる。筆不精なお前にはちょうどいいだろ?」
「毎晩電話かけるから」
「多いな」
最後のはどうやら冗談だったようで、にや、としてオレにキスをしてきやがった。安心した途端これだ。困ったヤツだよ、お前はさ。慣れちまえばどうってことねぇけど、いつか誰かに見せる時は慎重にな。
「……せんせー? 審判のごほーび、ほしいな〜、って思うんだけど〜」
「ものによるな」
「じゃあ大丈夫だね〜」
「なんだよ」
「……えっちなこと、だもん」
それを大丈夫と言い切るモカは、やっぱり照れがあって、お前はあの二人には絶対にソッチじゃ勝てなさそうだな。悪魔のクセに、ヤンデレでストーカーのクセに、肝心なところじゃかわいらしいガキなんだから。
「んじゃベッド行くか」
「うん、あ~」
「なんだよ」
「水着ですればよかったな~って」
「乾いてるだろ」
「……えへへ」
はいはい。水着の感想も言ってなかったもんな。コイツはやっぱりあの二人に負けず劣らずの悪魔だな。その悪魔の誘導にあえてハマってやるオレも大概な気もするが、やっぱオレにはこの夏休みは刺激的すぎるよ。
これにて夏休み終了です。