青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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③秋晴シンフォニー

「それで? そのまま放置して大丈夫なの?」

「オレにできることはなんもねぇよ。言葉足らずで紗夜に嫌われても、それはそれで仕方ねぇしな」

「……すぐウソつく。アンタがそんな図太い性格だったら、愚痴なんて言わないでしょ」

「うるせぇ」

 

 花咲川教師生活一週目があっという間に終わり、オレは蘭と近所を歩いていた。

 結局あの後、紗夜がどうなったのかなんて知らねぇけど、やっぱりどうにもこころとカフェで話しただけじゃ、不安の雲がぬぐい切れなかった。そんな弱気を見せられるのは、やっぱり慣れ親しんだ生徒たちだよな。不思議なことに、コイツが隣にいるってだけで晴れていくんだから、ヒトの気持ちなんて、女心でなくても秋の空みてぇに、コロコロ変わっちまうのかもな。

 

「一成の言葉も、紗夜さんと同じ、なんだと思うよ」

「……正しすぎるってことか」

「そう。正解すぎて、思わずムカっとする。アタシたち子どもは、正しすぎることに嫌気が差しちゃうからさ」

「だな……あーあ、オレもまだまだだな」

 

 後悔なんて、選択すれば必ずする。そして人生は選択肢でできてる以上、後悔することは当然ある。その、あーあ、と思っちまうことを減らす最大の薬は、自分の選択に絶対の自信を持つこと。間違ってねぇと信じて突き進めば、あーあ、なんて言わなくても済むからな。今のオレには到底無理なことでもあるけど。

 

「ねぇ、今日は一成んちじゃなくてよかったの?」

「……家だとヤっちまうだろ。今日は気分じゃねぇけど、生憎オレは流されやすいクズだもんでな」

「知ってた」

「んじゃあ訊かなくてよかったろ?」

「ごめんって」

 

 蘭との会話は相変わらずのノーガードの殴り合いみてぇなもんで。お互いのことを知ってるだけに余計に、オレと蘭の間に遠慮とかそういうもんはない。心配とか、恋慕とか、そういうのは多分に含まれてたりもするが、初めての感情に戸惑いながら言葉を選んでくれねぇ蘭には、これくれぇがちょうどいいってことだ。

 

「つか、付き合ってもらってアレだが今日は練習とか華道の集まりはねぇの?」

「うん。ひまりがミスってスタジオの予約取れてなかったからさ」

「あ、そういう暇なんだな」

 

 つうことはモカもどっかにいやがるのか、と思ったらどうやらアイツはバイト中らしく、残念そうに連絡を蘭に寄越していたことを明かされた。

 ストーカーとか言いつつそういうとこあるんだよな、モカは。つかヒナにも連絡したのに全然返事来ねぇし、ついにオレも飽きられたかな。いや、ヒナ以外からはちょくちょく来るけど。

 

「まぁお前の顔見て愚痴ったらちょっと楽になったよ」

「……そういうの、真顔で言わないで」

「あ、悪い」

「もう、それじゃあコンビニ行こ」

「モカがいるのに?」

「一成がうじうじしてるから、晴れさせてあげるってこと」

「そのために、コンビニに行く必要があるってことか」

 

 蘭がうなずき、オレは渋々了承した。コンビニに何があるのかわかんねぇけど、コイツがそう言うんだったら、何かはあんだろ、とモカが働いてるコンビニへと進路を変更した。商店街から少し外れた、羽丘にほど近いコンビニ、自動ドアを潜ると案の定、しゃーせー、と気の抜けた挨拶が耳に届いた。

 

「ちゃんと発音しろよ」

「あ~、せんせーに蘭まで~、デートですか~、いーなぁ」

「今日は全然構ってくれないけどね」

「おい」

 

 客もいねぇからとそんな雑談をしてるところに、誰か来てるの? と声が聴こえた。ああ、そういやコイツもバイトしてるんだっけか。バックヤードから顔を見せたのは世話焼きハイスペックギャルの今井だった。オレと蘭を見て今井は、いらっしゃいませ、と滑らかな発音で笑ってみせた。

 

「二人揃ってどうしたの? デートじゃココには寄らないもんね~」

「お前らがいるからな」

「あはは、そーだよね。それじゃあ、なんか用事?」

「一成が()()()で落ち込んでるので、リサさんを頼りにしに来ました」

「なるほどねぇ? もうすぐで休憩だから、ちょーっと、待っててね!」

 

 そう言って、今井はまた奥へと消えていった。あの事、ってのは昨日のことで間違いはねぇんだけど、それで今井を頼りにってのはどういうことだ? と考えたのは一瞬、そういや、アイツは紗夜ともヒナともそれなりに深く繋がってんのか。紗夜とは同じバンドの仲間として、ヒナとはクラスメイトでブレーキとして。

 ──つまり、今井リサはオレのくせぇ説教の結果を、知ってるってことだな。

 

「おまたせ~、はい、コーヒー」

「サンキュ」

「ありがとうございます」

 

 コンビニの端にあるカフェスペースで、今井は早速、とオレがハナシをした後の紗夜を教えてくれた。

 あの後、湊にも自分の音を失ってることを指摘され、茫然自失となったこと。ヒナに会って、姉妹喧嘩をしたこと。やっと、自分たちの気持ちを、伝えあったこと。どうやら今日は二人で出掛けているらしいこと。今井は自分が知ってる全てを話してくれた。

 

「……はぁ、そういうオチか。やっぱオレの言葉なんて、必要ねぇってことな」

「まぁ、カンタンにゆうと、そうだねー」

「当人の問題なんて、当人同士でなきゃ無意味か」

 

 結局、オレの魔法のおかげ、なんてことはなに一切なく、秋時雨に傘は差されたらしい。まだ晴れることはなさそうだが、青空になんのも、もう時間の問題だろうな。めでたしめでたし、まぁ、拗れてねぇだけよかったとするかな。

 

「でもさ、センセーの言葉が完全に無意味だったか、って言ったら、多分違うと思うんだ」

「……つまり?」

「だって練習に来た紗夜は、正しさを求めてるわけじゃなくて、つまらない音楽をどうにか変えようと必死だったよ? 試行錯誤して迷子になって……それってセンセーのお説教があったからだって、アタシはそう思った」

 

 今井は優しい声で、フォローを入れてくれた。あまりにも分かりやすくて、確証のねぇフォローだったけど、すっと胸が軽くなるような感じがした。言わなきゃよかったっつう後悔が、言ってよかったっつう安心に、自然と変わっていった。そんな時に、自動ドアが開き、モカがまた、しゃーせー、と気の抜けた挨拶をした。

 来客は、オレたちを見つけると、あら、と落ち着いた、澄んだ声で柔らかな笑顔を浮かべていた。

 

「友希那?」

「リサ、休憩中?」

「う、うん」

「清瀬先生もいることだし、丁度良かったわ」

 

 そんな来客……湊は、今井の隣に腰を下ろし、ノートを広げた。そこには湊の湧き出るインスピレーションが言葉として踊っていた。痛み、雨、苦しみ、そんな暗さを連想させるワードが、(アンブレラ)という単語から一気に明るく、晴れ渡っていく。決意、勇気、約束、貴方の隣で……それはオレに、一輪の青薔薇を連想させた。

 ──そっか、お前は、決めたんだな。茨の道を突き進むんだと、見つけると。

 

「……さっき、二人で歩く紗夜たちを見かけたわ」

「そうだったんだ」

「あんな紗夜の顔、初めて見たわ。憑き物が落ちた、そんな感じよ」

 

 わざわざオレの顔を見てそれを言うか。あんまり関わりがなかったと記憶してるんだが。そんなお前すら、オレをそうやってまた教師として立たせようとするんだな。いや、それより乱暴な生徒からの檄だな。

 紗夜が立ち上がったんだから、お前が座り込んでじゃねぇっつう、平手打ちに近ぇ、喝だ。痛ぇけど、めちゃくちゃ効くな。

 

「紗夜は貴方のこと、きっと気にかけているわ。素直になれずに、キチンと自分のための言葉をかけてくれたヒトが、傷ついていないか」

「光栄だな。なら、来週にでも声を掛けてみるよ」

「……ええ」

 

 どうやら用事はそれだけだったようで、歌詞の続きを書くため、羽沢珈琲店へと向かうと口にした湊は、ノートを閉じて立ち上がった。それじゃあ、と静かに歩いていく姿に、どうしてもオレが気になっていたことをぶつけてみる。以前は孤高の歌姫と呼ばれていた湊友希那は、バンドを組むと決めた際の最初のメンバー……氷川紗夜を、どう思ってんのか。

 

「湊、もしヒナがお前のバンドにギターとして入りてぇって言ってたら、どうした?」

「どうもないわ。Roseliaのギタリストは、紗夜一人。紗夜のギターしか、あり得ない」

「……そうかよ」

 

 答えは、思った以上にロックだった。痺れたよ、湊。お前もめちゃくちゃ、カッコいいじゃねぇか。なんかでチラっと耳にした孤高の歌姫、っつう異名ももう過去のものなんだな、今は五人で最高を、てっぺんを見つけるのが、お前のロックなんだな。

 蘭とは違ったロックを魅せられたオレもまた、今井にサンキュ、と声を掛けて嬉しそうな顔をする蘭とコンビニを後にした。

 

「しゃーした~、今度は~、あたしともデートしてね~」

「気が向いたらな」

「いけず~」

 

 もう、オレの頭上にも胸にも不安の雲なんてなくなってた。今の空と同じ、青色……きっと今日は、キレイな黄昏が見られるんだろうな。

 少し前までの夏はどこに行ったんだっつうくれぇの、秋晴れの中、蘭と手を繋いでいく。嬉しそうな顔しやがって、ったく。

 

「……ありがとな、蘭」

「どういたしまして。やっぱり一成はありすぎなくらい自信満々の方が、カッコいいよ」

「失敗続きだけどな」

「それでも、少なくとも紗夜さんも、一成がきっかけだった。アタシや、日菜さん、モカも千聖さんも、アンタが笑顔にしたんだから、胸を張っていいんじゃない?」

「んじゃ、カッコつけさせてもらうよ」

 

 今頃は、紗夜もヒナも笑ってんだよな。オレの魔法はきちんと届いたんだな。そう思うと嬉しくなって、いいトシして飛び上がりたくなっちまうな。失敗続きの魔法使いが、初めて魔法を成功させた。そんな気分だ。数々の失敗がたった一度の成功を導いた、つまりはオレの教師人生は全部が全部、無駄じゃねぇってことだからな。

 

「さて、次はどこ行く? 好きなとこに連れてってやれるくらい、今のオレは機嫌がいい」

「だったら……家、行こ?」

「……ちょっと前に言ったこと、忘れたか?」

「忘れてないよ。だから、()()()って言ってんの」

 

 顔を赤らめてそんなことを言い出す蘭に、漸く自分が誘惑されてることに気付いた。普段積極的すぎるのが近くにいるせいで感覚が完全に麻痺しちまってんな。

 ──ってか、蘭からこうも誘ってくるなんて珍しいな。タマって……じゃなくて、構ってやれなかったからな。偶にはこういうのもあんのか。

 

「泊りは?」

「する。明日はどうせ練習だし」

「そっか」

「……だから、気持ちいトコまで、連れてって」

 

 プッツン、と理性の切れる音を自分で感じ取った。最初の頃に比べて蘭も怖がらなくなったしな。時間のあるうちに、決して交わるってのは怖ぇことじゃねぇってことを、ちゃんと教えてやらねぇとな。もしも相手がオレじゃなくなっても、トラウマがなくなっちまうように、好きなヤツに誘われた時に、シたいと思えるようにな。

 ──言い訳が頭に過ぎって、それが言い訳だってことには気づけなかった。気づけないからこそ、オレはクズなんだが。

 

「んじゃあ、行くか」

「……うん」

 

 結局、オレは蘭にどっかで甘えちまうんだよな。コイツとだけは、どうしても教師と生徒の枠を軽く越えちまう。嫌かどうか訊いてもぜってぇこの女は、嬉しいよ、なんて笑いやがるから、余計なんだけどな。

 

「一成は一成だから。教師だって一人の男の人、でしょ? アタシの前で建前はいらないから」

「生意気だな」

「……イヤ?」

「まさか。どんどん大人(キレイ)になっていく蘭が、眩しいってだけだ。オッサンには、若者の成長ってのは目も当てられないくれぇだからな」

 

 目まぐるしい。たった半年、出逢ってたったそれだけの時間で、蘭は駄々をこねるだけのクソガキじゃなくなって、蕾だった花弁は静かに開こうとしてる。眩しくて、目が眩んで、けど目を伏せたら、お前はいなくなっちまいそうで。

 ──いなくなってほしくない。そんな剥き出しの欲望のまま、オレは蘭に触れる。手で、指で、唇で触れるたびにピク、と反応する蘭はまるで麻薬のように、ガキのようなわがままを解消してくれる。

 

「熱っ、一成……熱くなってる」

「蘭だって」

「それは、アンタが触るから……っ」

 

 オレは、ずっとなんて言葉を信用してねぇ。モカが仲間を見て口にするずっとであろうと、ヒナが楽しそうに口角を上げるずっとであろうと、千聖が空を見ながら縋るずっとであろうと、そして蘭がオレに向けて約束したずっとですら、その全部をオレは信用できねぇ。一生なんて、いつまでが一生かなんて、わかりはしねぇのに。

 ──明日には突然、その一生が終わるかもしれねぇのに。明日って言葉が、オレは嫌いだ。

 

「……かず、なり? どうか……した?」

「なんでもねぇよ」

 

 そんなこと考えて萎えちまうんだから、やっぱ今日は流されてヤっちまう気分じゃなかったっつうことだな。明日人生が終わる確率なんて考えるくれぇなら、宝くじでも買ってワクワクしてた方がマシだっつうのに。なんでまた、こんな暗すぎて呆れちまうような考えが頭を過ったのか、オレ自身にもわからねぇけど、そんな不慮の事故かなんかで、死んだヤツとか、身近にいたっけか? 覚えてねぇ時点で、そんなん、いなかったに決まってんだけどな。

 

「そういえばさ」

「ん?」

 

 しばらくして、ベッドから降りて散らばってた服を集めてる最中、蘭が思い出したかのように、最近連絡を寄越して来ねぇ薄情なガキの様子を口にした。羽丘に交換で行った教師のうち、社会を担当してるのが地学専攻で天体に熱心なハゲ、じゃなくて間違えた。坊主頭のヤツがいたらしく、オレの代わりに顧問代理をやっているらしいこと。

 

「あのヒト、日菜さんに天文部の活動をしろって、ギターの持ち込み禁止したり、結構縛り付けてるっぽいよ。リサさんが言ってた」

「……そんなことになってたのか」

 

 オレとしてはじゃあなんで花咲川の天文部の顧問じゃねぇんだよテメーと思ったけど、そりゃあアレは屋上に無断で侵入して星を見ようとしてたこころをなんとかしてお咎めなしにしようと、こころのために設立された部活だったな。そりゃ、寄り付きたくはねぇだろうよ。おかげさんで今はオレが顧問代理だしな。

 

「んなことになってんなら、なーんで連絡寄越さねぇかね、あのクソガキは」

「それは……日菜さんも、子どものままじゃない、ってこと。アタシだって、日菜さんの立場なら、アンタに連絡なんて絶対しないから」

「はぁ、それにしてもあのヒナがねぇ……らしくねぇことすんなよな」

 

 まぁ、後二週間すれば、そんなハゲ教師ともおさらばなんだからっつうのもあるんだろうな。そんな風にヒナのヤツが選択してんなら、オレから連絡もしないっつうのはおかしな話か。

 ──紗夜に訊かきゃなんねぇことできちまったじゃねぇか、クソ。あの問題児め。

 

「アタシもその話、昨日聞いたばっかりだから、月曜にリサさんに言ってフォローしてみるから」

「悪いな蘭」

「別に、アンタが流されやすくてその上浮気性のクズってのはわかってるし」

「そうじゃねぇけど……つか怒ってんじゃねぇか」

「怒らないヒト、いないと思うんだけど?」

「だからなぁ。んじゃ、オレの甲斐性に免じて、ってのはどうだ?」

「はぁ? 死んできたら?」

「……うるせぇ」

 

 ああ、晴れた思ったらまた曇りか。本格的に秋になり始めて、天気がコロコロ変わるように、一難去ってまた一難、千聖、紗夜の次の問題は、ヒナか。

 ヒナか、とは言うけど、コイツに至ってはいつでも問題起こしてる気がするし、なんなら初めからオレに対して災厄ばっかり降らせてきやがるし、やっぱ悪魔だなアイツは。

 そんな悪魔を見捨てることができねぇのが、オレがクズ教師っつう証左に他ならない、ってのも、また嫌んなるけど。アイツはアイツで、蘭にはないオレにとっての大切なものを持ってるからな。それを言うときっとベランダで夕陽を眺める蘭に拗ねられるから、口にはしねぇけどな。

 

 

 

 

 

 

 




一難去ってまた一難。クズがクズである限り問題は尽きないのだ。

訂正により蘭との明日と明日を信じられないって矛盾がなくなったらなくなったでこのクズはゴロゴロ坂を下りよるな。もう破滅しかないってのに。
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