「それで、日菜ちゃんは大丈夫だったの?」
「まぁ、あんまり大丈夫じゃなかったけど、
「……またそんな風に安請け合いしたのね?」
「安いもんだろ」
花咲川の屋上にて、オレは千聖と先日あった話をかいつまんで説明してやった。
千聖がいつになく呆れ顔なのとやや腰が痛ぇのはまぁこの際置いておくとして、オレを背もたれにする小柄な魔王様のジト目にそう嘯いた。
けど千聖は、そうじゃないわよ、と逸らしてた目線を自分に向けさせた。なに怒ってんだよ。オレが安請け合いなのはいつものことだろ。
「私が言っているのは、紗夜ちゃんのことよ」
「……そっちか」
「貴方のことだからどうせ、すぐに飽きて元に戻るだとか、そのうち目が覚めるまで相手してやるだとか、浅はかな策を巡らせているのでしょうけれど」
「お前のそういうところ嫌いだよ」
勘のいいガキは嫌いだし、賢しいだけの子どもも嫌いだよ。そんな風に否定するとキレられるから余計にめんどくせぇ。ガキが無駄に賢しいってのはそれだけで悪いことだし気づかなくていいことに気づくのも悪いことなんだよ。大人の世界ってのはな。
そもそもそんな風にいいながら安請け合いで得してんのお前だろ。今とかな。
「ここで私だけにしておけばいいのに」
「それはねぇな」
「そう言いながら、誰か一人に絞れないのがあなたの悪いところじゃない」
責任取って、責任取ってと迫ってくるような口でよくも言ったなこの二枚舌め。ここでお前以外の誰かにするっつったら止めるのもお前だろうが。いや、それは千聖だけじゃなさそうだけどな。そもそも、ヒナのハナシしてんだから逸らすなっつうの。
「んで、ヒナが――っ」
「――他の女のハナシは、しないで?」
「……さっきまで訊いてきたの、誰だったっけ?」
「さぁ? キスしたら忘れてしまったわ」
こんのクソビッチ。言葉を続けられねぇでいると、千聖は更に唇を重ねて、二枚舌でたっぷりとオレから反論も文句も愚痴も、他の女のハナシもすべてを奪って、うっとりとした表情で微笑んでみせた。
ほらな、逃がしてなんてくれねぇじゃねぇか。逃げられねぇってわかってるから、そうやってゆっくりと迫ってくんだろうが。
「キスだけでこうなっちゃうんだから、ホントに、かわいいヒト♪」
「もう少し情緒とか、そういうのはねぇの?」
「あら、ずっと言ってるじゃない。焦らされるのは嫌いよ?」
そうだったな。けど、それにしてはマイペースだよな。ゆったりすんの好きだし、そういうところは別に嫌いじゃねぇけど、もう花咲川はお前の独壇場じゃねぇんだから、
口には出さなかったが、予想通り、屋上のドアが開け放たれ、一成先生、と声がした瞬間、千聖の形相がほんのわずかに、険しくなった。
「……はぁ、恋は盲目ってそういうのじゃないと思うのだけれど」
「オレに言われてもな」
「白鷺さんもいたのですか」
「それはそうよ。オフの愉しみだもの」
オレとの情事を休日のいつもの過ごし方に入れんなクソビッチ。でもまぁそんなツッコミよりも羽丘にいた頃にはあった
「紗夜、なんか用か?」
「いえ……用というほどの用ではありませんが、か、顔を……見たいな、と思って」
「……そうか」
あーめんどくせぇ女だなこっちはこっちで。なんやかんやでオレはこんな風に真っ当に恋してくるヤツに耐性がねぇからな。モカは最初から歪んでるし、蘭は色々重なっちまったからな。それが逆によかったのかもな。
「めんどくさいわね」
「言うなよ千聖」
「わかってるわよ。黙っていれば続きは保証されるのなら、私としては問題ないけれど?」
「約束してやるから」
んでまたコッチはコッチで構うのが大変だ。なんかどす黒いオーラが出てやがるし。名前白鷺から黒鷺に改名でもすんのか?
そんな冗談を言えば身に危険が降ってくるのは確実だからな、腰に巻いてた腕で制しておく。けど意地でも離れるつもりはなさそうだな、困ったヤツ。
「白鷺さん。ココは神聖な学び舎ですよ? 屋上で人気がないからと言ってむやみにカラダを接触させるのは、よろしくないとは思いませんか?」
「その学び舎の教師に女の顔をする紗夜ちゃんにとやかく言われる筋合いって、あるのかしら?」
おいこら千聖。売り言葉に買い言葉かよ。早速わかってねぇじゃねぇか。つかこいつらもしかしなくても仲悪いよな。まぁ鉄の風紀委員と援交クソビッチだしなぁ。
オレが苦い顔をしていると、千聖は喧嘩を売ってきたのはアッチよ? と言いながらまたさっきみてぇにオレの口から出るはずの文句やなんやらを全部奪ってきやがった。しかも紗夜の前で……ビーチの時よりも濃厚に、まるで見せつけるように。
――そもそもコイツはいっつも割と挑戦的な女だった。最近誰かと競争してるトコ見てねぇからすっかり忘れてたよ。文化祭んときなんか、モカともバトってたな。
「な、な、なにを……は、破廉恥ですっ!」
「――ん、一成さん、もっと、シて?」
「おい待て、無視はしてやんなよ」
「いいわよ。最後までシていたら、出ていくのだもの」
お堅いむっつり紗夜を追い払うにはそういう、見ていられないコトをする……か。強行突破にも程ってもんがあんだろ。
そんな塩対応でオレに絡んでくる千聖に、紗夜はワナワナと肩を震わせた。もう動きがポンコツくせぇ。モカは自分や千聖を、負けヒロイン、なんて言うけど、コイツのことだろポンコツ負けヒロイン。
「白鷺さん! 貴女はアイドルで、芸能人なのでしょう?」
「……邪魔しないでくれるかしら? 私はこれから、
そんな呼び方初めてだな。ついでに言うとお前に呼ばれるとなんでか、カ、じゃなくて、ク、に聴こえる。この上なく間違ってねぇけど。
つか紗夜いる間は触んねぇからな? 触ってきても、無駄だからな?
「キス……ならいいかしら? 今日は求められたい気分なのだけれど」
「お前、18歳未満にポルノ行為はすんのも見せるのもアウトって知ってたか?」
「いいじゃない。ねぇ紗夜ちゃん? これが、このヒトを好きになる、ということなのよ?」
「……それは」
「性行為を爛れてる、とか汚い、とか思っている限り、一成さんの特別には、なれないわよ」
この行為が爛れてる、とはオレ自身が思ってんだけどな。つかホント千聖はアダルティな雰囲気になると強い。経験値を総動員してるって感じで、それだけコイツが紗夜を認めたオレに対して不満を抱いてることが分かるんだけどな。
「かっ、カラダの関係を結ぶだけが、恋愛ではないと思います」
「詭弁ね、ヒトを愛するということは、決してキレイにはならないわよ?」
「そんな……」
「流石に暴論だろ」
一応、あまりにもポンコツ過ぎてかわいそうなので紗夜をフォローしておく。好きになるっつうことがどんなことかをよく知ってるオレとしては、ホントのところは千聖と同じ意見だけどな。両想いになったら、当然その欲が出る。それは自然で当然の欲求ってやつだ。
千聖はそんなオレのつぶやきを無視して、紗夜に厳しい……が、少しだけ憐れむような表情をして言葉を続けた。
「それがわからないなら、私の邪魔をしないでくれるかしら。私は、紗夜ちゃんの言うキレイさに興味がないもの」
「……し、失礼します」
パタンとそれでもお行儀よく屋上のドアが閉められ、千聖が表情を崩してため息をついてからオレにもたれかかってきた。
――悪いな、損な役を回して。まぁ、千聖からすれば珍しく優しいお説教だったな。
「嫌われた、かしらね」
「そんなんで嫌うならオレにあんなカオしねぇだろ」
「……慣れないことは、するものじゃないわね。あなたの真似をしたつもりだったのだけれど」
「それでやけに暴論だったわけか」
「そのリアクションは役者として悔しいわね。次の機会にはもう少し磨いておくとするわ」
千聖にとって、オレはオアシスみてぇなもんなのかもな。特に飾ることもなく、周囲の評価や、白鷺千聖像について考えなくてもいい、休憩所。
つまり今のコイツに周囲の評価を気にさせるような言葉は地雷ってことだな。紗夜のヤツとかみたいにな。
「……ん? オレもちょいちょいお前にアイドルなんだろって言葉にしてる気がするけどな」
「口だけじゃない」
「もうオレの真似はしなくてよくないか?」
「してないわよ。本心だもの」
それは聴きたくなかったんだけどな。本心から口だけと生徒に言われると割とショックなんだよな。
つか、紗夜の行動はこれからも千聖は唯一の平穏を脅かされるってことなのか。これ以上、不満が噴出するとオレのカラダが一つじゃ足らなくなりそうだな。二人に分裂してオレはお前でウィーアーするしか手が回らなくなるからな。
「……私は大丈夫よ?」
「遠慮すんじゃねぇよ。別にそれをお前らに我慢させて表面的な解決にするつもりなんでねぇから」
おずおずと声を出した千聖の頭頂部に手刀でツッコミを入れる。ガキが大人に遠慮なんかすんなっつってんのに。ガキがワガママなんて当たり前のことなんだから、それを解消してやるのは大人ってのも当たり前のことなんだよ。
「もう、だからあなたはずるいというのよ。これ以上私を虜にして、どうするつもり?」
「自分の足で歩けるまで一緒にいてやるだけだよ」
「……いじわるなヒト」
それが千聖のスイッチだったようで、蠱惑的な視線で今度は邪魔するものがなにもない状態で舌を器用に動かし、オレから理性を吸い取っていく。背中は屋上の手すりに預けてそこに千聖が体重かけてるから、案外逃げられねぇんだよな、この態勢。
オレが生徒から逃げ出すか、と言われれば、そこはハッキリとNoって言ってやるけどな。逃げんのはもうやめたんだよ。立ち向かうのがカッコいいとかじゃなくて、背を見せるなら、前を歩いてる時ってのがカッコいいんだよ。
「……紗夜ちゃんのこと、どうするつもり?」
「任せとけ。これ以上お前を脅かすことはさせねぇようにするさ」
「なら、お任せするわね……明日、日菜ちゃんと用事ある?」
「あるけど、今日は千聖優先だな。迷惑かけちまったしな」
キザだろうと、クサかろうと、オレはカッコよくありてぇんだ。誰だってそうだろ。惚れた女の前やオレを好いてくれる女の前じゃ、いつだって最高の自分でありてぇよな。ダメなとこを見せられんのは、それこそダメなとこも全部ひっくるめて好きになった時だけだからな。ああ、そういう過去は振り返りたくもねぇけど。
「最悪の場合、日菜ちゃんと三人でシてもいいのよ?」
「勘弁してくれ」
「紗夜ちゃんを懐柔したならソッチでもアリよ? なんなら姉妹ど――」
「言わせねぇからな」
なんで3
「なら、今日は独り占めしていいのね?」
「……それ、言わせてぇだけだろ」
ふふ、と微笑みパステルイエローの小柄な魔王は、小さな声で、すきよ、と呟いて、少しだけ寂しそうに目じりを下げた。
紗夜のこと、本当になんとかしてやらねぇとな。コイツは人間関係が拗れるのが、それほど好きじゃねぇんだろう。じゃねぇと丸山やマネージャーに対して何も言わずに抱え込んでるような女じゃねぇはずだもんな。
「あ、先生! やっぱりここにいたのね!」
「こころちゃん」
「よう」
今更ながら、学校の屋上だっつうのに乱れた服を直し、肩に乗せてくる頭を撫で、その髪のサラサラ具合に驚きながらのんびりとしゃべって、行くか、と階段を降りたところに、壁に背を預けていたこころがぱっと笑顔で迎えてくれた。
「千聖、少し先生を借りてもいいかしら?」
「ええ、どうぞ♪」
「ありがとう!」
――コイツ、もしかしてヤってる間、ずっと待ってたのか? いや、考えすぎか……でも、屋上まで来ずに階段の下で待ってたのか確実だな。千聖への一言といい、どっかの誰かに見習わせてぇくれぇ空気読めるし周囲への配慮があるな、お前は。
「それで、どうかしたか?」
「今度の天文部の活動の話をしようと思ったの!」
「活動……ってヒナと合同のヤツか?」
「ええ、それよ」
にしても、楽しそうに会話するヤツだな。まぁ、天文部の活動のハナシをすると、コイツはずっと顧問がいない状態での活動だったからな。そしてなんとこころの場合は気が向くと黒服さんに用意してもらった望遠鏡で屋上から星を見るらしい。
ちゃんと天文部として設立された羽丘がアイツの気ままな部屋で、ちゃんと設立されてない天文部がマトモに活動してるって、なんか笑えるな。
「あと一週間と少し、日菜が我慢してしまうのは先生にとってもよくないわよね?」
「そうだな」
「だから来週から合同で、しかも外で活動することにしたの! そうすれば、先生がココにいる間も日菜を構ってあげられるでしょう?」
「……なるほどな」
「……こころちゃん、すごいわね」
そうすれば、少なくともヒナの鬱憤を晴らしてやれる。ただ聴いてやるより、会ってやれる方がヒナとしても、精神衛生上いいだろうしな。けど、それだけだと千聖との両立がしにくいな。コイツは絶対大丈夫、とか言っちまうタイプだし、どうしたもんか。
「千聖も、今日みたいにお仕事がない日は参加すればいいわ! 向こうも蘭とモカが仮入部しているのよね? そうすれば、不満は解消ね! あ、えっちなことはできないけれど、それもなんとかした方がいいかしら?」
「ありがたいけれど、そっちまで気を回してもらわなくてもいいわ。そこは当人がなんとかするところなのだから」
「同意見だ」
弦巻の、じゃなくて鶴の一声でオレがどうにかしよう、どうにかしようと苦心していたことが解決されていく。日菜が危ういってことを知って、オレたちを笑顔にするためについに太陽が動き出したってわけか。
こうなっちまったら、後はご都合展開まっしぐら。練習のない時に今こころが口にしたメンバーが入れ替わりで天文部の活動をするってだけだ。
「決まりね! それじゃあ、日菜には先生から連絡しておいてくれるかしら!」
「おう、任された」
「ふふ、頑張ってね先生! 先生を好きになったみーんなを、笑顔にして!」
まるで見返りとばかりに太陽サマからそんな無理難題を言い残された。オレを好きになったみーんなを、か。こころには紗夜のことは話してねぇはずなんだがな、なんだかそれも含めての言葉のように聞こえちまったよ。
「……一生かかっても敵いそうにないわね。あの子が私より年下、なんて」
「一コだけだろ」
「今は大きな差よ?」
千聖はそんなことを呟いた。確かに、お前やオレじゃ考えもしなかった方法で、全部を良い方に向かせて去っていくなんて、アイツの魔法には一生かかっても追いつけそうにねぇな。そもそも、世界中を笑顔で埋め尽くすために上を向き続けるこころに、勝てるヤツなんてそういねぇだろ。
「なんだか、風が吹いた、そんな感じね」
「……だな。紗夜のこと、もう少しなんとかしてみることにするか。日菜や千聖のことは、天文部で解決しちまったしな」
「あら、それならもうなんとでもなるわよ?」
「どういうことだよ」
千聖は悪戯っぽく、そしてどこかドヤ顔で、微笑んで見せた。こういう時は魔王ってよりは妖精、って感じなんだけどな。もしかしたら歪んじまう前は妖精みたいにキレイで、んで悪戯な少女だったのかもな。
「私と同じよ。勝手が分からない、郷に入っては郷に従え、ができないなら郷を見せてあげれて、勝手を教えてあげればいいのよ」
「……つまり、紗夜を放課後のパーティーに招待してやる、と」
「ええ、あなたの誘いなら万が一にも断らないでしょうし、知ってもらういい機会だわ♪」
――弦巻こころは、ホント、なんつうかスゲーヤツだ。アイツの一言で、オレが頭を捻っていた全部が、もう解決への糸口を見つけてる状態になっちまってんだからな。案外探偵とかやったら、迷探偵じゃなくて名探偵になれんじゃねぇのか。的外れな一言が解決への近道、みてぇな感じだ。
「そうと決まれば……そうね、明日の朝にでも、連絡してあげましょうか♪」
「うわ、嫉妬は怖いねぇ」
「今日は独占していい、と言ったのはあなたじゃない、ねぇ、カズ先生?」
「お前にそれを呼ばれるとヤな感じだな」
「クズ先生?」
「やめろ」
先が見えなかったところに光が差した気がした。黄昏みてぇな、まだまだ淡い色の光だけど、迷子になりかけてたオレ、そして紗夜を照らすには、それだけできっと、十分だろうな。