青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑦花咲川ラストプロブレム

「一成さん、もっとください」

「休憩時間がほしいんだが」

「我慢しろ、と言うのですか? そういうプレイなら」

 

 狼みてぇなヤツだなんて、そう思ったのはいつだったか。一学期の雨の降る日だった気がするんだが。それからたった数ヶ月でここまで印象が変化するなんてそん時は思いもしなかった。コイツは間違いなく犬だ。犬系の甘えたがりで、そのくせカッコつけるポンコツだなんてな。

 ヒナも、蘭も、モカも、千聖も、どっちかっていうと猫っぽいイメージのあるヤツばっかりだからこういうのは慣れねぇし、そうやって落ち込まれると流されやすいクズっつうことに定評のあるオレもその、もっとに応えてやりたくなっちまうんだからな。

 

「……紗夜」

 

 こうしてオレは五人目に手を出していた。千聖でこりごりだと思ってたのに、紗夜を抱きしめて、誘惑に反応した堪え性のない愚息で満足させる。荒い息を吐きながら、幸せそうに笑う紗夜に、オレはやや困らざるを得ない状況に陥っていた。

 

「よかったじゃない。思った以上の成果で私もビックリしてるわ」

「よくねぇよ。なんか思った以上の変化でオレはかなり困惑してるっつうの」

 

 それから数日後の放課後、オレが花咲川で過ごすのもいよいよ最後の週となった頃、いつもの屋上での密会ではなくヒナも呼んでファストフード店で部活動っつう名目のオレの愚痴を聴く会を開いていた。

 千聖が妙にツヤツヤ機嫌が良いのと、オレの腰がだるくて猫背なのはいつも通りとしか言いようがねぇけど、今日はそれを表に出すわけにはいかねぇんだよな。

 

「あ、あはは……先生は、マジで苦労してるんですね~」

「女たらしなだけよ」

「ひどい言い方をしやがるな」

「いやいや、あのお堅い紗夜さんまで女にしてしまうんですから、相当かと」

 

 今日はゲストに奥沢がいるからな。こころがなんかの食事会とか言って来れねぇらしく代わりに、と巻き込まれたらしい可哀想なやれやれ系のダウナー美少女。顔はいいしなんならこころと二人で歩いてると絵になるんだが、それよりも先に振り回されてるコイツが心配になるけどな。

 

「絶対それ先入観だろ」

「確かにそうよね。紗夜ちゃん、案外カワイイところあるわよね」

 

 風紀委員会として誰よりもヒトに厳しく、そして自分に厳しい紗夜。けどそれはアイツがヒナのために正しくあろうとするからで、食生活としてはポテト好きでニンジンが嫌いだったり、犬が好きで道行く犬に話しかけ撫でてたり、普段とのギャップがすげぇんだよな。そもそも、紗夜が怖い印象を受けるのは言い方が冷てぇのと、つり目なとこだろ。なんで知ってるのかは訊かねぇ約束だよ。

 

「それで、紗夜ちゃんはすっかり?」

「おう、話してるだけなら元の紗夜だ。二人きりになるとすぐ誘惑してくるメンヘラになったけどな」

「ツンデレって言いましょ、そこはかわいい感じにしとかないと」

 

 あの妹にしてあの姉あり、って感じだからな。紗夜のヤツ。流石にヒナほど口を開けば欲望まみれってワケじゃねぇけど、ヤりてぇって時はどこであろうとめちゃくちゃ分かりやすく誘ってきやがるしかなりヤキモチも妬く。

 あと、調べたらこういうのが気持ちいらしいので、と真面目くさった顔で性知識を披露してくるのが紗夜らしいけど、なんか慣れねぇ。

 

「今日は練習があって来ないのね?」

「そうだな。ヒナは来るらしいけど」

 

 遅いな。連絡してるんだけど、まさかこの間話題になってたハゲ、間違えた髪の毛が寂しくなった教師がなんか邪魔してんじゃねぇのか、と思って電話を掛けた。頼むから最後の週くれぇ、何事もなく終わらせてくれよ。

 

「どうしたの?」

「……繋がんねぇ」

「日菜さんに、ですか?」

「ああ、不在着信になりやがった」

 

 ちょっと前まではいつも通り顔文字だらけのメッセージ送ってきてたのに、最後の週もどうやらオレの願いは届かなかったみてぇだな。

 ――となれば、連絡するべきは蘭かモカなんだが、あの二人は極度の筆不精だ。当然、スマホもそうずっと手元に置くようなヤツじゃねぇ。とすれば後は頼れるのは一人だな。

 

「は~い、もしもーし」

「今井、お前今どこにいる?」

「え、フツーに練習に向かおっかなーって学校出るトコ……なにかあった?」

「ヒナは?」

「……あー、ホントならソッチ向かってるハズなんだけどな~」

 

 苦い顔をしてるんだろうと容易に想像のできる声、その声でオレは逆に安堵した。行き道で事故とかだったらもっと切羽詰まってるハズだからな。きっと厄介事に巻き込まれてて、今井はそれに思い当たるフシがある、そんな口調だった。

 

「リサちゃん、それってあの……」

「たぶんね、ちょっと前に探してるトコ見ちゃったし」

「なにかあったんですか?」

「ん? まぁかいつまんで説明すると、ヒナの自由さにオレの代わりの臨時顧問の怒り心頭ってところだな」

 

 オレが想定した最悪の事態からは程遠く、こうして和やかになったものの、当人にとっては最悪の事態に相応しい状況なんだろうけど。楽しい時間に水を差す。それがヒナのような人物だった場合、爆発することくれぇは想像に難くねぇしな。

 

「その先生、こころのこともあんまり良く思ってない感じでしたね」

「言うことを聞けないと将来絶対困る、とか言っちゃいそうなタイプよね、余計なお世話ね」

「千聖ーそれは言い過ぎだと思うな~? アタシ的には、頑張ってるんだなーって思ったんだケド」

「リサちゃんは人類に甘すぎるのよ」

「人類って……」

 

 なんか壮大なスケールの甘やかしが出てきたところで、これはオレが迎えに行かないとダメなヤツなんだろうか。

 千聖に目線を送ったら、にっこりと微笑まれた。どうやらオレに行けっつうことなんだな。あのハゲ、ぜってぇ毛根がどう頑張っても減っていく呪いにかけてやるからな。覚えとけよハゲ。

 そんな愚痴を心に溜め込みながら、オレは羽丘に向かった。そんなオレを待っていたらしく校門の前にいたのは、今井と、モカだった。

 

「モカ」

「さっき見てきたけどね~、日菜さん、多分いつものトコにいるよ~」

「屋上か。サンキューなモカ」

「センセー、ヒナのこと、怒らないで」

「怒るに決まってんだろ。待たされてんだからな」

 

 オレはお前みてぇに甘くねぇからな。教師である以上、遅刻に対して厳しい態度で接さないと、示しがつかねぇだろ。

 いつもの場所へと歩く景色は、三週間ぶりでも驚く程、当たり前の光景だった。それだけオレが屋上でサボって、ヒナと爛れた関係を過ごしたっつうことなんだけどな。でも、それはもちろん後悔してるけどオレが教師として踏みとどまるのに必要だったと思えるから、それをヒナの前で否定したりはしねぇ。

 ――オレとヒナが変わるために必要だったってんならな。

 

「よう、迎えに来てやった」

「……か、ず、くん?」

「バカヒナ。いい加減校内では先生つける癖をだな――」

「――カズくんっ」

 

 あーあー、落ち込んでたところにやってきたせいか、ヒナの好感度が突き抜けた感覚がしたな。つか一度注意したのに直ってねぇしこのバカ。ったく許してやんのは今日だけだからな。それ以上は、まぁ大目に見てやるか。

 

「中々来ねぇからオレが来るハメになっただろ、ったく」

「うん……ごめんなさい、えへへ」

「嬉しそうに謝んなっつうの」

「だってだって、カズくんがあたしを連れ出してくれるんでしょ?」

 

 今のヒナはさしずめ囚われの身ってトコか。学校外活動なんて認可できない、って個人的感情で閉じ込めたバカによって、ココから出られなくなっちまったのか。こころにチクったらどうなるかなんてわからねぇわけでもねぇのに、そんなに子どもに優位に立たれるのが嫌なんだな。

 大人なんて、所詮はガキの踏み台だろうが。ガキどもが自分のやりたいことが出来るように、背伸びじゃ届かねぇところに手を届かせてやるのが、教師の仕事だろ。

 

「行くか?」

「うんっ! 連れてって、カズくん!」

 

 そうして、オレはヒナを連れ出した。明日のことなんて考えねぇまま、つか明日なんてもういいだろ。オレにはもうヒナが笑顔になれる道が見えてんだから、アンタのことは用済みってな。またこころの権力に震える教師人生でも送っててくれ。

 ――ヒナにはオレがいるからな、天文部の顧問は、悪いけどオレなもんでな。

 

「明日からどうするの? あのハゲ、絶対怒るよ?」

「ん? ヒナは今週いっぱいまで停学だな。屋上はちょっと前から校則で立ち入り禁止になったしな」

「え? っと、つまり……」

 

 そしてウチは校則違反の事項で担任、学年主任、さらには部活の顧問の一存によって停学処分が決められる。ちなみに屋上の無断侵入は前例で停学食らったヤツもいるから別に横暴でもなんでもない。これでヒナは明日から週明けまで、()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ停学中も構ってやれるから、とにかくおとなしくしとけ。んで停学明ければ、もうオレがいる」

「……カズくん!」

 

 停学食らってこんな嬉しそうなヤツ、初めて見たな。一応言っておくと停学は内申書に書かれるから手痛い履歴でもあるんだけどな。まぁ、コイツは去年の時点で推薦資格も失ってるし、そこはあんまし心配しなくていいからこその措置だけどな。

 

「やっぱり、あたしにとっての先生はカズくんだよ! だいすき!」

「はいはい、だったらとりあえず先生をつけろ、な?」

「カズ先生って、言いにくくない?」

「お前が言い出したんだろ」

「そーだっけ?」

 

 そんなことより沈んでたヒナが笑顔に変わっちまったんだ。ひとまずは、ちっとは心配してるだろう千聖と、こんなことに巻き込んじまった奥沢と一緒に、オレの魔法が遂に大成功したことを、祝うとするか。

 

「日菜ちゃんと千聖ちゃんのこと、大事にしてあげてくださいね!」

「卒業まではな」

「ふふっ、ホントですか~?」

 

 ファストフード店に戻ってきたオレは奢ってやるということで、なけなしの薄給で四人分の注文を取っていると、やけに馴れ馴れしい店員にそう言われた。

 最初はマジで誰だコイツ、と思ったらふわふわとしたピンクの髪を纏めたソイツは、丸山だった。

 

「ホントだよ。なんなら丸山も、完全に無関係ってわけじゃねぇからな」

「えー、口説いてるんですかぁ?」

 

 口説いてねぇよ。お前は千聖との関係でややこしいだろうから、オレの中では監視対象なんだよ。つかお前自分が三角関係の頂点だって理解してる? してねぇだろ。

 そんな弁解に、丸山はポツリとだけ、声を漏らした。

 

「……三角じゃないですよ?」

「は?」

「先生も、なんならそこにヒナちゃんもいますから、ぐちゃぐちゃに絡まってる感じですよね?」

「それには千聖の……ってまさか」

()()マネージャーさんは優柔不断だけど欲深いヒトなんです」

 

 なーんか、コッチはまた面倒ごとになりそうだな。人間関係の多角化、もしくは縺れ、なんてオレには無縁のものだと思ってきたんだけどな。

 大学時代だとオレとカラダを持ったヤツが実は他の男に貢がれてたって知った時は、めんどくさくて連絡断ったし、浮気してたヤツもいたけど別にオレと男の間にイザコザがあったわけじゃねぇし、なんならオレだって浮気したことねぇわけじゃねぇからな。そうやって節目節目で人間関係をすっきりさせながら生きてきたって自負してる。なのにいつの間にかこんなことに巻き込まれてる、なんて思わなかった。

 

「欲深いって……丸山も十分な」

「そうですか?」

「おう」

 

 そんなことを言いながら、サービスしてくれたポテトをトレイに乗せ、いつもの二割増しに機嫌の良いヒナ、何か考え事をしている、つかオレが丸山と話してるところを見てたんだろう千聖。その視線は疑惑が籠っていたけどスルーして、そんなヘンな先輩に囲まれて苦笑いをする奥沢に手を振って、トレイを机の中央に置いた。

 

「ポテトがずいぶん多いわね」

「丸山がどっさり入れてくれたんだよ」

「彩ちゃんが……へぇ、ふーん?」

「なんだそのリアクションは」

「別に」

 

 拗ねんなよ。そういうとこ、千聖はいつもよりもガキっぽいんだよな。ホント、別に、じゃなくて、丸山と浮気すんなくれぇ言えねぇのか。言えねぇから、オレは言えるようになるまでいてやるっつったんだけどな。

 

「彩ちゃんと浮気ー?」

「違ぇよ。サービスいいだけだろ」

 

 まぁ、こうやって誰かのように言われてもお前はオレのカノジョじゃねぇだろって言うだけなんだけど、ようするにそういう気概を持てっつうことだよ。黙ってんのが美徳、なんてことはねぇんだからさ。

 

「大変ですね、いつも」

「奥沢、そんなことを言ってくれんのはお前か今井くれぇなもんだ」

「まぁ自業自得なところもありますし、心配なんてする必要もないんでしょうけど」

 

 それを言わないでくれ。ちゃんとわかっているからこそ痛いんだよ、その言葉。

 ただ、だからどうにかしろって言われても、オレはなんともしねぇだろうけどな。これでも、嘘は吐くけど約束は守る方なんだよ。

 

「なんか、愚痴る気分でもなくなったな」

「だから紗夜ちゃんは安定しているのだから、悪いことはないでしょう?」

「悪いことだらけだよ」

「おねーちゃん。ちゃんとカズくんを好きになることをわかってるから、いいと思うんだけどなー」

「でしょう? 私の時間の邪魔もしないし、普段はいつもの紗夜ちゃんだから、私もそれでいいと思うのよ」

 

 二人に言われちまうと、なんとも反論しづれぇな。どうにも、味方はいなさそうだし、やっぱり愚痴る気分じゃねぇな。

 つか千聖は今週で最後なのにえらく平常だな。無理してねぇのか。

 

「ええ、たくさん相手してもらったから、平気よ」

「ならいいけど」

「……どっちかというとこころの方があたしとしては心配ですけど」

「こころ?」

 

 どうしてそこでこころの名前が出てくる? アイツに心配になるようなところがオレとしては一切ないんだが。

 首を傾げていると、奥沢は少しだけ言おうかどうか迷った後、えっとですね、とゆっくり言葉を紡ぎ出した。

 

「……こころは、先生のこと、正直めちゃくちゃ気に入ってて、だからこそ、先生を花女に呼んでまで、先生が先生として立つところを見ていたんです」

「そうね」

「そうね、って……千聖も気付いてたのか」

「当たり前よ。こころちゃんはずっとあなたの傍にいたのよ?」

 

 そういやそうだったな。紗夜に説教をした日、千聖の時間を紗夜が邪魔した日、それから先、基本的にこころはオレに笑顔を向けていた。ヒナや千聖よりも一歩引いたところから、オレを魔法使いと呼んで、オレが成すことを、目を輝かせて見守っていた。

 ――アイツにとってオレが来た三週間ってなんだったのか。それはアイツにとっての夢、だったのかもな。

 

「こころちゃんってカズくんの一番のファンだよねー。天体観測の時からずっと、カズくんのことを知りたがってたし!」

「それに、いくらなんでも、あなたがいると言わなければ、こころちゃんも快く無人島を紹介したりはしないでしょう?」

「前に散々プレゼンされましたよ。ステキな先生だって」

 

 そんなこころが三週間の夢から醒めるのを寂しいと感じてくれてんのか。完璧で、オレができることなんてないと思っていた、こころが。

 オレ自身にもどこにそんな、こころが気に入るようなことがあったのかなんてわからねぇけど、それを放置して羽丘には帰れねぇな。

 

「オレの最後の仕事、ってワケだな」

「はい。こころが寂しいと思わないようにしてあげてほしいです」

 

 そうだな。花咲川であった怒涛のような三週間。そこで学んだ全てを生かした、総復習ってとこだな。

 弦巻こころを笑顔にして、笑って見送ってもらうとするか。

 

「でも手を出すのはダメだよ?」

「バカヒナ、出したらさすがにオレの人生が終わるから」

 

 ホントバカじゃねぇの。相手を考えてしゃべってくれ。そりゃお前の変人仲間かもしれねぇけど、世界に名だたる弦巻家の一人娘を誑かして純潔を奪いました、じゃオレの明日は豚箱どころの騒ぎじゃねぇことになるし、最悪マジモンの墓場に直行だ。

 唯一の救いは、本人が結婚までヤるのはダメっつうありがたくも美しい貞操観念をお持ちなことだけだ。

 

「ちなみに、どうするつもりなの?」

「そりゃあ、もちろん。オレが出せる方法は一つしかねぇよ」

 

 なにせオレはクズ教師だからな。平等とか公平なんざ無視しまくって、こころを特別扱いしてやるに決まってんだろ。ヒナや蘭、モカ、千聖に紗夜、他にも今井や奥沢も、オレを知ってる生徒は全員がオレにとって特別な生徒で、だからこそどこまでも巻き込んでやるからな。

 ――オレはお前らの卒業していく後ろ姿に、満足してぇんだからさ。

 

 




花咲川最後の被害者は弦巻こころですよー!
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