あたしは小さな頃から
だけど、そんなあたしに、友達、と言えるヒトはだぁれもいなかったわ。いつも独りで遊んでいた。あたしが
「弦巻さんと遊んでケガさせたら大変だってママが」
ケガなんて平気よ。黒い服の人たちが来てくれて応急手当はしてくれるし、お父様も、ケガのない人生なんてつまらない。痛いことを知って、それを覚えてこそ人生は楽しくなるんだ、ってよく言ってくれたわ。
「おじょうさま、なんでしょ? わたしたちと違うから遊んじゃダメなんだって」
なにも違わないわ。あたしもみんなと同じ人間よ。笑って泣いて、怒って、そうやって大きくなっていく、あなたとあたしに、なんの違いもないのよ。
──けれど、そんな言葉はクラスメイトたちの耳には届かなかった。一緒に遊んでくれるヒトなんて、誰もいなかった。一時期は名前を呪ったことすらあったわ。あたしが弦巻じゃなければ、友達ができたのに、一緒に遊んでくれたのに、って。
「こころ様はこころ様です。例えお嬢様が弦巻でなくなっても、我々は共に」
けれど、けれどね。そうやって塞ぎこんだあたしに、いっつも無表情の黒い服のヒトたちが、少しだけ笑いながらそう言ってくれたの。
このヒトたちはあたしと一緒にいてくれて、それが、嬉しいんだわってわかった時に、あたしは例え独りでも、そうやって誰かに笑顔を届けてあげられるんだって気付いたの。だからあたしは決めた。
「あたし、魔法使いになるわ。魔法使いになって、魔法で世界中を──笑顔にしてみせるわ!」
これがあたしの夢。初めて見た夢。でもこうやって夢を見たことで、あたしはどんどん、独りじゃなくなっていったわ。
ドラムを手にオドオドとあたりを見回してた子。あたしの歌を褒めて、とっても上手なドラムを叩いてくれた子。
「こころちゃん、私、ドラム諦めなくてよかったって思うんだ。ハロハピが大好きだもん」
花音は、あたしと出逢って、俯いて諦めようとしたドラムを楽しそうに、今も向き合ってくれる。素敵な笑顔で、ビートを刻んでくれる。あたしの大事な、友達。ちょっと怖がりだけど、いざという時は勇気を持ってくれるヒト。もしあたしにお姉さまがいたのなら、こんな感じかしら? そんなことも思っていたの。
「こころと出逢ったのは正に運命だね……実際に、私の世界は広がった。感謝しているよ」
薫は噂を聞いた時から絶対に必要なヒトだって思ったから、あたしも運命、というものを信じたくなったわ。ギターは初めてだったのに、まるでギターと長年連れ添ったように自分の音を出す薫は、とーっても素敵な王子様ね。この調子でもっと自分の言葉で素直に自分の気持ちも出せたら、もっともっといいと思うわ。
「はぐみ、難しいことはわかんないけど、ハロハピに入って、すっごく楽しいんだっ、こころんと一緒に世界を笑顔にするって、すっごく楽しいことだもん!」
はぐみはハロハピ以外でもどんどんヒトを笑顔にしていけるとっても素敵な女の子ね。はぐみが持ってきてくれるコロッケも、はぐみと一緒で、ぽかぽかしてて、みんなが、笑顔になれるもの。だから、別にかわいいものが好きでも恥ずかしいことじゃないのよ? あたしだってぬいぐるみにぎゅーってして寝るの、好きだもの。
「こころちゃんと一緒に世界を笑顔に。ミッシェルも、その一員になれて嬉しいんだ」
ミッシェルに喜んでもらえるなんて、それだけでも意味があった気がするわね。みんなのヒーロー、クマのミッシェルのDJは、いつも観客を虜に、その姿は子どもたちを虜にする、ハロハピのヒーローよ。
「はいはい……まぁ、あたしも、あんたに、こころに巻き込まれて厄介だって思うことの方が多いけど……よかったな、って思うこともあるから……って、今のナシ! あーもうなに言ってんだあたし……」
なにより、美咲がいてこそのハロハピね。ステージには立たないけれど、色々なことを、後ろで支えてくれてる。あたしたちにとって、美咲がいない、というのは足場のない空を歩かされてしまうようなものだわ。
「それじゃあ、今日も、世界を笑顔にするわよ!」
──そんな素敵な友達、仲間に囲まれたのが、今のあたし。最近じゃ、日菜、香澄、蘭、リサ、千聖、色々なヒトと知り合って、道を歩けば商店街の人たちや色々なヒトがあたしに話しかけてくれる。あたしの夢は、あたしを太陽のようにピカピカさせてくれた。
「日菜は、顧問の先生がいるのよね、女のヒト」
「あー、実は四月から代わって、今は男のヒトなんだ」
「そうなのね」
「うん、あたしの大切なヒト。こころちゃんには教えてあげるけど、実は……」
そんなことを聞いてあたしはびっくりしたわ。えっちなこともしてるなんて、と思ったけど、日菜は、だって、好きなんだもん、なんて笑うから、なにも言えなかった。だからどんな先生なんだろうってあたしも少しだけ興味が湧いた。だから天体観測の日に先生を呼んだのよ?
結果は思った以上のものだったわ。夢に破れて、それでもまた夢を失わずに立ってる貴方は、素敵な大人だ、って素直に思った。だから文化祭にも手伝いに行った。千聖と日菜に頼まれて、誰もいないところを見つけた。そして、先生を、花女に呼んだわ。全部、先生が、どんな夢を叶えるのか見ていたくて。
楽しい、とっても楽しい三週間だった。大切な生徒たちを笑顔にするために悩んで、それでももがいて、
──けれど、先生がココに来るのはもう今日で最後。先生は羽丘のヒトだとわかっていたけれど、どこかでもっとずっと、あたしのところにいてほしいって、思った。
どうしたらいいのかしら。この気持ちは、モヤモヤはどうすればいいの? 教えて、先生。
「……ホントに今日で終わりなの?」
「そうなんだよ。なんか全然、教えてやれねぇで悪かったな」
「ううん、チョー分かりやすかった! ありがと、せんせっ!」
──そうしてやってきた花咲川で授業をする最後の日。ココのクラスは北沢の人懐っこい笑みにまず見送られた。
また会えることを知ってるせいか千聖と紗夜、んでついでに松原も丸山もえらくあっさりしてたせいかな。こうやって最後ってのを強調されると、ガラでもなくぐっとくるな。特に北沢は英語が苦手とか言いながら一生懸命ついてきてくれたからな、名残惜しいと言えばそうだな。
「えー先生もういっちゃうの~?」
「お前はオレの授業かなり寝てたろ」
「……てへっ」
「てへ、じゃねぇよ。花園も戸山も、あんま寝てると受験生になった時に泣きを見ることになるからな」
「……気を付ける……オッちゃん」
「もう半分、寝てんじゃねぇか」
オレはお前んちのウサギじゃねぇっつうの。ったく、コイツらは最後だっつうのに……まぁ、羽丘と花咲川は近ぇし、なんだかんだでまたすぐ会えそうな気はするしな。あんまり最後って感覚にはならねぇんだろう。そう思っていたら、山吹が近づいてきた。
「よう、どうした?」
「……先生って、ちゃんと先生するんだなって」
「……なんだよ、改まって」
「モカから聞いてた印象とはちょっと違ったから、私、誤解してたかも」
そりゃあ、モカが話すオレの印象は多分にダメな部分が入ってるからな。そりゃあ誤解もするさ。それでも、山吹の態度が軟化するなら、頑張って話しかけてた甲斐も出たってもんだ。
「……また、ウチに来てください。今度はちゃんとオススメのパン、紹介しますから」
「ホントなんだよ。地味に湿っぽいじゃねぇか」
「あ、それだったら、ウチ、近くの肉屋なんだ! コロッケも買ってってよ!」
「わかった。ぜってぇ行くよ」
惜しまれるってのはなんだかむず痒いけど、嬉しいことでもあるな。それだけ、生徒に響く教師でいられたっつうことなんだから。なんか羽丘でも、もうちょい頑張ってみようか、そう思える三週間だった。それはやっぱりアイツのおかげだな。
「こころなら多分、屋上にいますよ」
「サンキュ、奥沢」
「はい。三週間、ありがとうございました」
「英語だけじゃなくて分かんなくなったらいつでも訊けよ? お前とも、ここで終わる縁じゃねぇだろうし」
「そうですね、そうします……あと、こころを」
「わかってる」
奥沢とはそれこそ卒業までの付き合いになりそうだ。夏休みに会った時はこんなことになるなんて想像もできなかったけど、やり切っちまった今は、そう思える。
また、どうせこころに振り回されるんだろ、そうしたら、オレとの縁も、そう簡単でもねぇからな。
「清瀬様、我々からも……」
「まぁ、
「お願いします」
そんな黒服さんたちにも見送られながら、オレは屋上のドアを開けた。夕焼けに棚引く金色の糸、切なげに揺れるそれを纏う小柄で、けれど息を呑むほどの美しい、
弦巻こころは文字通り、屋上で黄昏ていた。
「ようこころ、随分探させたな」
「……そうみたいね」
屋上で空を見ていたこころは、少しだけ沈んだ声でそう言った。口にしなくてもその態度だけで全てを物語ってんな。
──終わらないで。そのまま夢を見させて。そんな叫びがオレの耳に聴こえてきそうだった。
「そんな空ばっかり見てても星はまだ見えねぇだろ。天文部の活動にはまだ時間が早すぎるな」
「けれど、星はあるわ。あたしの目には見えないだけで」
姿を見せてくれねぇ星に願ったって、こころの夢を現実にしてくれるわけもねぇのに、縋って、なんか、らしくねぇな。笑顔じゃねぇこころが、何かに縋るこころが、オレには強烈な違和感を伴って襲ってくるようだ。
そうじゃねぇだろ。お前は、享受する方じゃなくて創造する方だろ。創ってこそ、弦巻こころじゃねぇのか。だから、今のお前には、冷たくさせてもらうからな。
「ガキだな。出来もしないことを空に届けちまって、七夕はもう随分と前だった気がするけどな」
「……そうね」
「言いたいことがねぇってんなら、オレはもう行くからな」
「……ええ」
ため息が零れた。今日は随分と勝手が違うな。普段だったらそこで頷くようなヤツじゃねぇくせに。いや、実際、なんて言ったらいいのかわからねぇのか? だから諦めてる、ってんなら、余計にらしくねぇだろ。
──しょうがねぇな。太陽サマにとってオレは素敵な魔法使いだ。そうやって三週間、オレを見ててくれたっつう恩もあることだし、生徒の意図を汲んでやることも、教師には必要な力だ。
「こころ。お前はオレになんつったか、覚えてるか?」
「たくさんお話したわ。どれかしら?」
「辛い時、どうすればいいってハナシだよ」
「……もちろん、覚えているわ」
「なら」
「ダメなの……楽しいこと、嬉しいこと、思い出す度に胸が痛いの。先生がいた三週間のことばかり思い出して、お別れだと思うたびに、痛いの」
「──こころ」
それは、ガラでもなく喜んでいいことか、こころ? オレはお前にとって先生でいられたっつうことか。
惜しんでくれるってのは、ホント、むず痒い。んでもって、教師としてこれ以上なく嬉しいことだ。自分との別れを悲しんでくれる生徒がいる。それだけ、お前を笑顔にしてやれたって、思っていいんだな。
「オレもだ。花咲川にいた三週間、ドタバタしすぎて、あっという間の、濃い時間だったよ」
北沢がようやく入り口に立ってくれて、めちゃくちゃ嬉しかった。アイツの元気な笑顔がパッと輝いて、わかったよ、ありがとっ! って言ってもらえて誇らしかった。
戸山はなんだかんだ寝てたくせにしっかりオレが大事だっつったところは抑えてたしな、なんなら途中から北沢と一緒に勉強してる姿を見んのが、楽しかった。
花園はよく分かんなかったけど、テストは頑張って考えたアトがあって笑っちまった。枠外にめちゃくちゃ色々書いてあって、最終的にはわかんねぇとこ全部、跳ねる、だとか、ウサギに関連した単語ばっかりなのは呼び出して説教すべきか悩んだけどな。
山吹は一週間ちょい過ぎたあたりから態度が軟化してきた。曰く、なんか拍子抜けしたらしい。つか意外にも要領が悪くて、不器用なのは、授業態度からよーく理解できた。
丸山はバカだった。なんか授業中もしょっちゅう新しいキメポーズのイメージ固めてて、なんだコイツと思ったけど、クソ真面目で、流石にアイドル、バイト、学業を兼任してるだけはあった。赤点ギリギリだったけどな。
「お前はいっつもオレを助けてくれたな。紗夜ん時も、授業中も、オレの気が回らねぇとこにわざわざ立ってて、いつものスマイルでオレを呼んでくれた。感謝してもしきれねぇよ」
MVPは間違いなくお前だよ、こころ。三週間でオレは随分と自信を取り戻すことができた。きっともう、ウジウジと教師でいることに悩まなくて済みそうだ。通常の授業じゃ全然手がかからなくて、助けられてばっかだったのは、反省しなきゃいけねぇけどな。
「だから、オレは決めたことがある。教師としてはお世辞にも正解とは言えねぇ、クズみてぇなことだけど、オレは思っちまったんだ」
「……思った? 決めた?」
「こころの卒業してく姿をちゃんと見ていてぇってな」
お前はもう、オレにとってただの他校の生徒じゃねぇんだよ。多分、オレが名前もロクに覚えてねぇ羽丘の生徒よりもよっぽど大事な、それこそどっちかしか教えらんねぇって言うなら即座にこころを選ぶくれぇに、オレにとって弦巻こころはでけぇ存在なんだよ。
──そもそも、花咲川の教師になったのはお前がぶっ飛んだことを言ったのが原因だ。ならその報酬くれぇ、給料とは別にもらっても構わねぇだろ?
「
「……それって!」
「ああ、ヒナは芸能活動があるし、こころはハロハピの練習もあるだろうけど、どっちかがいたらオレはついていくさ」
オレは無粋にも、この別れをぶち壊させてもらう。いいだろ、今以上に手を広げたって、まだ終わりにしたくねぇって思っても。
オレだって惜しいんだよ。お前らが今以上に成長していく姿を、ちゃんとこの目で見てぇって思うんだよ。んでそのためにはこころがいねぇと、始まんねぇんだよ。
「つ、つまり……先生は、あたしの先生をやめない、というわけね?」
「そういうことになるな。顧問の名前には入ってねぇけど、実質ってヤツだな」
時々はちゃんとした活動もするさ。こころんとこの黒服さんの運転で、秋はキャンプがてら、冬は室内でもいいけど、この屋上じゃ見れねぇような満天の星空を見上げる活動と、あとは、そうだな。
「──また、焼肉でも行くか?」
「ええ、ええ! もちろん! 今度は一人で、バッチリお肉を焼いてみせるわよ!」
それは黒服さんがオロオロするからやめような。ったく、確かに弦巻家のお嬢様がケガなんて大変なことかもしんねぇけどさ。
「んじゃあ、決まりだな」
「……ふふ、ありがとう、魔法使いさん。貴方は、もう立派な魔法を使えるようになったのね」
「先代の魔法使いが優秀なもんでな。このくれぇは習得しなきゃ、教えてくれたヤツに失礼だろ」
「あ、でも、日菜や千聖みたいにえっちなことはしないわよ?」
「バカ、結婚してから……ってのはイマドキ清らかすぎるかもしれねぇけど、そういうのは惚れた相手にしとけっつうの」
「それじゃああたしが先生に惚れたら、シちゃうのかしら?」
「……言葉の綾だ。曲解だ。オレはお前に触れる気はねぇよ」
「そうね。襲われちゃったら、お父様とお母様になんて言ったらいいのかわからないわね」
「だろうな」
ったく、いつも通りの笑顔じゃなかったら冗談でも笑えなかったっつうの。お前は弦巻なんだから、言葉には気を付けてもらいてぇもんだな。つかお前にはそんなことしなくてもいいだろ。
「それでも、あたしだって女の子よ? 日菜がよく教えてくれるし、ちょっとくらい興味はあるわ」
「……ヒナのヤツ。悪いことは言わねぇからもっといい男見つけろ。優良物件ならいくらでもある」
さしずめオレは事故物件だな。メンヘラとヤンデレストーカーとビッチとついでにメンヘラの中に飛び込んだら最後、命の保証はしねぇ。オレの生命も危ぶまれるからオススメなんてしねぇ。
「決める時にいなかったら、先生にしておくわ。素敵なことに変わりはないのだから」
「おい」
「それより、今日の活動は山で天体観測にしましょう? ハロハピのメンバーと先生で!」
「決定事項なのか」
「ええ、今決まったの!」
「……え」
そうしてオレとこころ、そして奥沢、松原、北沢、そして合流した瀬田と共に、春に天体観測をした弦巻家のペンションまで黒服さん運転の車で行って、練習風景を見せられ、豪華なメシを食って、一泊の真夜中の天体ショーを見ることになった。
キレイだった。キレイだったけど、レッツゴー、だよっ! と笑顔を見せた北沢と、キミはいつも、素晴らしい提案をするね……ああ、儚い、と微笑む瀬田はさておき、常識的だと思ってた松原が、きっとキレイなんだろうな、とそして奥沢が、まぁ、こころが決めたことだし、諦めましょ、と乗り込んだことに少なくないショックを受けた。
ハロー、ハッピーワールド! は、常識人すら、その世界に取り込むのか……ホント、こころの魔法は、恐ろしさすらあるな。そんな太陽サマの力を再確認した、金曜日だった。
サブヒロインなのになんでこんなに……まぁ個人的な好みですよね、そうだよ。
というわけでこれにて章を締めくくらせてもらいます。幕間は明日の前半で。