──これはオレが花咲川の教師から羽丘の教師として帰ってきて、幾分か時が過ぎた頃の話だ。ヒナがこころと一緒になにやら色々と計画を立ててるのをちょっとだけ覗いて、オレはいつもの場所に移動していた。
「先生の大学時代ってどんなのだったのかしらっ?」
「……あ?」
いつものように屋上でタバコを吸っていたら、唐突にそんなことを問われた。なんだよ藪から棒にと問い返すと、流石にすぐ近くにはやってこねぇけど、弦巻こころはいつもみてぇなキラキラした瞳でオレの暗黒を覗き込もうとしていた。
やめとけって、自分語りは好きじゃねぇし、面白い話でもねぇんだから。
「面白いかどうか、じゃないわよ?」
「だろうな」
ヒナたちにも、詳しい話は伏せている。伏せてるっつうか、逃げてるんだけどな。先日あったあの騒動からホラ、オレの過去ってヤツはなんとなく訊きにくい雰囲気あんだろ。だから誤魔化しきれてるんだよな。
「ずるいわ。そういうのはちゃんとみんなと共有するべきだわ」
「オレの過去はオレのもんだよ。いくら惚れてようが生徒だろうがそれは譲れねぇな」
「……先生?」
あーもう鬱陶しいな。わかったわかった。話せばいいんだろ、ただし吹聴すんのはナシな。どんな相手であろうと、オレの傷を誰かにも紹介されるのはさすがの大人なオレでもキレるからな。そのくれぇ、大学時代なんてもんは過去にしてぇものでもあるんだけど。
「思い出しながら、吐き出した方がいいことの方が多いわ」
「特に弦巻こころには、か?」
「ええ、あたしは、あたしだもの」
その過去すら笑顔に変えてくれるってか? ありがてぇ提案ではあるが、聴くんなら意見せずに聴いてほしいな。
オレにとって大学時代って過去は、笑顔にしちゃいけないことの方が多いんだからな。
「まぁ大学入った経緯は……すっ飛ばしても?」
「ええ」
「──最初の方はマジメだったよ。今でも信じらんねぇくれぇだけど」
教師になりてぇって熱意にあふれてた頃だ。なんだかんだでタバコは吸ってた……おっと未成年っつう野暮なツッコミはなしでな。タバコは吸ってたけど当時は不良学生じゃなくて不良のフリしてるカッコつけって先輩に笑われてた。そんなガキだった。だが根はどう頑張ってもマジメにはなれねぇもんで、更にはあのクセは既に大学の頃からあったんだよな。
「当時付き合ってたカノジョ……ってのはまぁいいとして、遠距離だったからな」
「浮気を、してしまったのね?」
「ああ、ゼミのヤツとな」
女が二人いて、一人は既に付き合ってるヤツがいてラブラブだったもんでオレに興味は示してこなかったけど、もう一人がな。一人暮らしの、今の家でもあるけど、そこにたむろするようになったんだよ。最初なんてほとんど押しかけだ。CDコンポなんつう古臭いアイテムまで家から持ってきて、いっつもジャズを流しながら宅飲みしてたっけな。当然ながら未成年だったけど。
「それで、男女二人きりの誰もいねぇ空間なんて、自然とそうなるもんなんだよな」
オレはもちろんカノジョがいるっつって断ろうとした。けど酒の勢いのまま押し倒されればオレに拒否するほどの堪え性なんてねぇんだよな。
──そいつとのセフレ同然の関係は、オレが
「けれど、その子は」
「たぶんオレが優しくしすぎたんだろうな。浮気だって事実に耐え切れなかったんだろ」
優しいとは言わねぇ気がするけど、とにかくオレはそいつを受け入れた。求めてくるのを拒まなかったし、好きって言葉をずっと呪いのように吐き出し続けたのを否定したことは一度もなかった。だからこそ、オレの前からCDコンポとジャズのCDだけ残して姿を消しちまった。メンヘラ女のクセに、オレなんかに惚れるからだよ。なんて今なら会ってもそう言える気はするけどな。
「それで、何もかも失ったオレは無気力で怠惰な男に成り下がったってわけだ」
「なるほど、先生が不良学生、というのはその時のことなのね?」
そういうことだ。んで、その不良学生は女を気軽にアソビに誘ったし、ダチとバカみたいな生活を送った。特に別のカノジョ作った時なんて欠席回数ギリギリだったな。ただこの女が恋人って口約束したハズなのに、オレ以外に既にカレシがいやがったっつうトンデモクソビッチでな。それ以外にも色々いたはずなのに全部被害者ヅラでカレシと同棲し始めやがったんだよな。確かそのまんまデキ婚したってのは風の噂で聞いたな。
「デキ……えっと?」
「デキ婚。ガキが腹ん中にいたから結婚したんだとよ。それでカレシは金持ちだからな、すぐに辞めちまった」
これで女二人辞めさせたオレは一転疫病神扱いを受けることになる。そりゃそうだよな。偶然にしちゃヤバすぎる確率なんだよ。しかもウチは退学者毎年数えるほどしかいねぇのにな。二年連続だったからまるでバイキン扱いだ。いやアイツはオレのせいじゃねぇだろとは思うけど。
「三年生は?」
「三年は……そうだなぁ」
つか今思い出してみるとオレって女途切れねぇな。ある意味スゲーよ。三年は三年で二つ下、当時の新入生と速攻で付き合ったな。ただコイツとはだいぶ長持ちしたし辞めてもなくてきっちり教師やってるハズだ。
「どうして別れてしまったの?」
「別に、ただそいつとヤるのに飽きただけだよ」
「……嘘はよくないわ」
「お前なぁ」
即座に看破してくんな。あのな、オレだってこう、思い出すと寂しくなる相手くれぇあのクズ教師以外にいるんだっての。特に三年から卒業まで付き合ってたそいつは喫茶店でコーヒー飲むのが好きだったからな。今でも、ふと元気かなって思っちまうくれぇの相手だったんだよ。ただ、飽きたなんてクソほど雑な別れを切り出して……それ以来だけど。
「つかなんで嘘だなんてわかるんだよ」
「先生が惚れた女性に飽きたなんて言葉を吐くわけがないから、かしら!」
「あーはいはい、オレの性格完璧に把握されてんのか、ムカつくなそれ」
「きっとその元カノさんも、嘘だってわかってるわよ! あなたは、あなたのステキなところをたくさん見せてくれる人だから」
お手上げ。やっぱコイツはオレの手に負えるような女じゃねぇ。つかお前はホントなんでヒトの話をする時も聴いてる時もそんなにキラキラできるんだよ。本当にピカピカで、太陽みたいなヤツ。オレのめちゃくちゃ苦手なタイプだよ
「あたしのこと苦手なの?」
「苦手だよ。つか苦手じゃなかったらこんなに話さねぇよ」
苦手だっつってんのになんでそんなに嬉しそうなんだろうなお前は。モカはヒトの考えてること的確に当ててくる怖い女だけど、お前はその上でヒトを笑顔にしようとしてくるんだからなおのことヤバいんだよな。だから苦手なんだっての。オレにカッコつけさせろってんだよ。
「そんなことしなくても、あたしの中で先生はとっくにカッコいい魔法使いよ!」
「好意を向けてくるな、コッチは結構気を遣ってるつもりなんだからな」
「あたしは、気を遣われたくはないわ」
そんなことを言いながらこころは少しだけ不満そうな顔をしてきた。なんだ今日はどうした。随分とわがままな太陽サマだな。またないものねだりか? お前なんてないものを探す方がめんどくせぇってのに、よくやるよ。
「
「……十分もらってるよ」
「下手な嘘はやめましょう? ここはあたしだけよ」
──急に大人びた顔すんな、温度差で風邪引いちまうよ。なんでお前はこうも先回り先回りなんだ。コッチは漸く自分の教師としての在り方を考えてるってのに。つかマジで薄々気づいてたけど、オレが関わってきた生徒の中でお前が一番大人に近いな。ガキっぽいって思ってた初対面が懐かしいくれぇだよ。つか呼び捨てにしたな今、つまりは……言いてぇことはわかった。
「お前にはやらん」
「でも」
「いいんだよ」
「よくないわ!」
「カッコつけさせろっての、バカが」
「一成がカッコつけるとその分だけ笑顔が減るから嫌よ!」
「オレの幸せはここにあるんだよ」
「……そうね、先生の幸せは、きっとここにあるわ」
オレは教師で大人だ。お前らみてぇな生徒で、まだ十の位が二にすらなってねぇガキに幸せだなんだって言われたくはねぇんだよ。それに、おかしいだろ? オレは散々教師だ、教師だって突っ張ってきたのに、いきなりそれじゃあ生徒、もしくは生徒だった女を囲って幸せになりました? バカだろ、ふざけてる。そんなのはな、間違ってんだよ。
「間違って……そうね、間違ってるわ」
「だろ?」
「けれど、正しければ一成は笑顔になれるわけじゃあないわ。むしろ……」
「安心しろよ、そんなことにはさせねぇよ」
その言葉にこころはオレを見上げた。コイツのピカピカ太陽の瞳の中には、どんなオレが映ってるのかなんて、見てもわかりはしねぇけど。少なくともオレはそれで納得してる。それがアイツらの幸せで、オレの幸せだと信じてる。
「ヒナや蘭、千聖はイケると思うんだが、モカ紗夜辺りはどうすっかなぁ……なぁこころ?」
「……ずるいわ。そうやって、あたしを蚊帳の外に放り出そうというのね」
「そうだよ。お前がいちゃ、ご都合主義になっちまうだろ?」
お前の力を知ってる。お前に弦巻っつう名前をやや疎ましいとは思った過去がありながら、今は世界を笑顔にするためには惜しみなく使ってくる力。なんでもかんでも捻じ曲げる、ルールを創る側としての圧倒的で無比な力だ。それさえありゃ、なんでもできる。
「それにな」
「それに?」
「正直、
卒業すりゃあ合法かもしんねぇけど、違うんだよ。アイツらは卒業したらそれで生徒じゃなくなる。生徒じゃなくなれば、ただの男女になるんだよ。それじゃあダメなんだ。ただの男としてアイツらを抱くのは、アイツらに好きって言われて鼻の下を延ばしてるようじゃ、オレはいつまで経ってもクズのまま。
「なぁこころ。オレの夢を聴けよ」
「……ええ」
「オレは、この黄昏みたいな教師になりてぇんだ」
太陽、でもどっかの太陽サマみたいにピカピカしてねぇ、けどあったかくて優しいオレンジの太陽のような教師になりたい。中天よりも近くで寄り添えて、未来なんていう真っ暗な夜の世界に星があることを教えられる、そんなヤツになりたいんだ。
「アイツらを女として見たらもう、オレはソレには二度となれねぇ。いや、女として見てるからこそだな……手を取ったら、教師には戻れねぇ」
「そんなこと……きっとまた」
「
明日、なんてオレは信じてやれねぇ。その明日がオレから大事なもんを奪った。明日がオレに痛いものばっかりを遺した。
──だからオレは、一日でも一秒でも早く、今を教師として生きたい。不良でもなんでも黄昏の中で生徒を導ける……黄昏ティーチャーに。
「悪い、だから。モカと紗夜のこと……頼めるか?」
そんなオレの夢を聴いたこころは、大粒の涙をこぼしていた。本当は今すぐにでも首を横に振って、コイツらしい無理やりなご都合展開で、オレを幸せにしようとしてくれるだろう。だけど、最高の魔法使いはゆっくりと頷いた。
「ヒナと蘭、千聖は……特に千聖のヤツはオレが探す。そうじゃねぇと納得しねぇだろうし」
「ええ、そうね」
「泣くなよ」
「泣くわ、一成を笑顔にできないことが、とっても悔しくて悔しくて」
「ありがとな」
「……あたしは?」
「……は?」
そうやってどうするか迷ったものの、金髪にゆっくり触れながら教師としてじゃなくて、ただのオレとしての感謝を伝えていくと、泣きはらした目で今度はまっすぐにオレを見てきやがった。あたしは、ってどういうことだよ。
「十八歳の誕生日」
「あ?」
「あたしはもう一度だけ、同じ質問をするわ」
「二年後か、また先のハナシだな」
「それが嫌なのはわかっているわ。けれど、あたしは変わらない。それは約束するわ、
決意の表情、覚悟のロック。まさかこころからこんなカオが飛び出してくるとはな。真剣でそうじゃなきゃ無条件で信じちまうくれぇに強い言葉だった。半信半疑なのは、これはもう変われねぇ気がするから悪いけど。
「んで? あたしはってどういうことだ。もちろんお前だって生徒の──」
「──あたしと結婚してくれないかしら?」
「……はぁ?」
なに? なんのハナシだよ? 結婚? バカかお前は。待て待て筋道立てて説明しろ。いややっぱいい、流石にオレでも次にお前がなんて言うかくれぇはわかる。アレだろ、オレを笑顔にするためよ、とか言い出すつもりだな。
「そうよ!」
「お断りだな」
「だからもう一度だけ、あたしの十八の誕生日に訊くわ」
「オレの答えは変わんねぇよ」
「変わるわ。明日を信じられないのなら、明日、あなたがどうなるかなんてわからないでしょう?」
「なるほどな」
つまりはお前とオレとのバトルってわけだな。オレの理想のための筋道が変わんなきゃお前の負け、オレがそれに答えてもいいなって思えるようになりゃお前の勝ちってわけだ。これが弦巻こころの敗北確定からの最後の最後の足掻きによる大逆転の一手、パーペチュアルチェックによる勝負の持越しか。相変わらず、お前はオレの想像を遥かに越えてくる。そういうところは、素直に惚れちまうよ。生徒じゃなきゃな。
「期間、延長してもいいけど?」
「あら、優しいのね! いつまでかしら?」
「卒業まで。まるっと二年以上だよ」
「……言ったわね? あたしが生徒でなくなる瞬間まで待ってくれるなんて、やっぱりあたなは素敵な魔法使いだわ!」
ここから始まるのは、幕間の中でも特にくだらねぇ、オレとこころの攻防戦。お互いの意地を懸けた、未来という盤面のマス数もコマの役割も、なんもわかんねぇ人生という名のボードゲーム。勝てば官軍負ければ賊軍、一騎当千の覇者はいねぇし大逆転の一手もねぇ。ただどっちかのプレミ一つで勝敗が決まるだけの淡々としたクソゲーだ。
──結末まで、オレが屋上でタバコを吸って空に吐き出すまでの間に起こった、中天の太陽と黄昏の太陽になりてぇ男の、太陽メモリーズだ。
ガッツリ関わってるはずなのにこころの影が途中でフェードアウトするということに気づきこころ推しの作者が書き下ろした太陽メモリーズ。
要するに裏番組でサブヒロインがメインヒロインとして、二度目のプロポーズをするまでの過程のお話になります。
(ごめん、フツーにこのコンビが一番好きなだけ)