由美子の死を乗り越えオレは新しいオレとして復活した。沈んでた気分も忘れてた自分ってのもなく、なんつうかホントの意味で生まれ変わったっつう感じだな。
これを機とばかりにクリーニングに出したからパリっとのりの効いたスーツに身を包み、駐車場に車を停ると就職し始めた時に近いような緊張感がオレの胸に広がった。
実に三週間と少し振りの凱旋だ。まぁあんまり嬉しい高揚感みてぇなのはねぇな。長引いた休みに恐らく同僚がたは不満たらたらの、しかめっ面で出迎えてくださるだろうしな。
やれやれって言いたくもなるな。まぁ一度失った信用はそうそう帰ってくるもんじゃねぇのは今更だからいいけどさ、急に倒れたんだから困るとか、対処のしようがじゃなくてフツーに大丈夫、って言ってほしいトコではあるけどな。
「あ、カズセンセーじゃん、おひさ~☆」
「久しぶりだな、今井」
そんなため息交じりの出勤をしていると、上はマゼンタに近い赤色のTシャツに下はジャージ姿でタオルを首に巻いた今井リサに遭遇した。汗を拭いながら、恐らく朝練中かと思われるこの世話焼きハイスペックギャルは、言葉通り久しぶりに顔を合わせた。
でもその呼び方、まるでヒナみてぇだな。前は違う感じじゃなかったか?
「……ん?」
「いや、その呼び方」
「あ、ああ。ヒナに散々カズくんが、カズくんがーってゆうからさ、つい」
まぁ呼び方に関してならもうそこまで気にしねぇことにしたからな。ヒナも最近じゃ今井と同じ呼び方じゃなくてその後に口にしたカズくん、だからな。オレはお前のカレシじゃねぇって何度も言うけど直んねぇし、なんならせんせーって呼ぶのヤったことあるメンツじゃモカだけだからな。
「それで、カズセンセーは今日から復帰?」
「まぁな。昨日までヒナの相手してくれてありがとな」
「いーっていーって♪ アタシとセンセーの仲じゃん?」
そうだな、つくづく、お前が味方っつうか、オレやヒナの関係を受け入れてくれてよかったと思ってるよ。そういう意味じゃ、今井とオレの仲にそんな義理人情的な会話は必要ねぇな。
──そうだ。ここで今井と出会えたのも何かの導きか、タイミングがいいから
「なぁ、今井」
「んー?」
「今日の放課後って、バンド練習あるか?」
「あるよ~」
「よかった。紗夜に会いたい。できればヒナのいないトコで」
「……ふ~ん?」
そんな目をされても、深い意味はねぇよ。ただオレはお前らがバラバラになって、いずれオレのトコにもやってこないっつうのが単純につまんねぇってだけ。最後はヒナだって紗夜だって、なんならヤってねぇだけでお前もオレの大事な生徒だからな。
「ねぇセンセーってさ、紗夜やヒナ、みんなを結局はどうしたいワケ?」
「教師として教え導いてやりてぇ。授業だけじゃなくてイロイロとな」
「そのために囲っちゃうの?」
「……それはアイツらが求めてきた結果。オレだって男として美人を泣かせた償いと責任の取り方くらいは心得てるさ」
オレはもう、その辺の区分けを明確に行わねぇってだけ。まぁ一歩間違えたら豚箱行きなんだが……あ、それは割と前からか。教師として近すぎた結果、アイツらがカラダを欲するなら男として逃げるのが勿体ねぇってだけだ。
「不誠実……とか思わない? 浮気とかさ」
「思うけど、思うことが幸せかどうかは、最終的にアイツら任せの無責任な大人のクズってわけだ」
今井の言う通り複数の女、しかも全員18歳未満を囲って肉欲に溺れる、なんて最低最悪もいいとこだろうな。正直言うとクズとかいうレベルじゃねぇ。だからあくまでオレはアイツらに大人として接する。その先、アイツらも大人になった先でどういう恋をするのかはオレじゃなくてアイツらの考えるコトだ。
そもそも、オレは恋愛とカラダの関係は別んトコにあると思うクチの人間だからな。不安定で由美子の死を受け入れられないが故の考え方かと思ったけど、それはまた別ってことだな。
「結局、ヤりてぇってのは生殖本能だろ? そもそも三大欲求の一つなんだし、食うことと寝ることと同じように湧いてくるもんだ。それと恋や愛が一緒なんてロマンがねぇからな」
「クズだね、ホント。そんな理論、通用するの?」
「ガキにゃわからんだろうけど、大人になればわかるさ」
もちろんセックスアピールも恋愛の駆け引きの一つではあるがな。女で言えば胸の膨らみ、髪の艶やかさ、腰のくびれ、尻の丸み、脚の細さ、そこで勝負するのも恋愛の一手だ。あくまで一手な。
でもそれで続くのはカラダの関係だけだろ。ずっと一緒にいてぇ、コイツといると安心するってのは、性欲とはまったく別のトコから湧いてくるもんだろ。
「……ヒナを捨てるってワケじゃないんだ」
「もちろん。なんなら今井を中に入れてもいいんだけどな?」
「もしかして口説いてるの、センセー」
「冗談だけどな。まぁセクハラってんなら以後気を付けるよ」
「あはは、アタシなら大丈夫って思って口にしてるクセに~」
正直、お前とはこの距離が丁度いいけどな。オレと距離の近すぎるヤツらからじゃ見えない、オレやヒナたちの様子を見て、伝えてくれる、そんな役割もこの関係を繋げてくのに必要だからな。それを変えてオレと関係を結ぶかどうかを決めるのも、また今井の選択だ。でもなるべくなら遠慮してくれ。
「それって、カズセンセーにとって、アタシも大事な生徒ってこと?」
「そう言ってんだろ。紗夜とのファーストコンタクトから始まり、文化祭、焼肉、海、そうやって関わってきたのに、今更その辺の生徒と一緒にできるかよ」
なんなら頼りにって意味ならこころ並みに頼りにしてる。
──そんなことを言うと今井は少しだけ困ったように頬を掻きながら、けど何処か嬉しそうに、そっか、と声を弾ませた。
「名前の呼び方で分けられてるのかと思ってた」
「名前?」
「うん。ヒナはヒナ、蘭は蘭、モカ、千聖、紗夜、こころ……でも、アタシだけ苗字じゃん?」
「そうだな」
蘭、モカ、千聖は心境が変わったから、ヒナは強制で、こころはそう呼んでと言われたから、紗夜はヒナがいたから、自然にって感じだな。特にオレの中でその辺を気にかけてるわけじゃなかったんだがな。
そう考えると、今井は、文化祭で盛り上がったメンツん中で、唯一、苗字で呼んでるな。って、まさかそれが少し引き気味だった理由だってのか。
「……アタシは、ホラ、センセーから見たらまだまだコドモじゃん? なんか、バイトとかでも仲良い子同士は異性でも呼び捨てだし、なんかソレがステータスになってるってゆうかさ……」
「そうなのか」
「……ぶっちゃけ、紗夜が紗夜、なのにアタシが今井って呼ばれて……なんかさ、距離置かれてるのかも、って思っちゃうし」
──なんつうか、ホント、今井はハイスペックで、その辺抜かりなさそうなコミュニケーション能力の持ち主なのに、異性が絡むと途端にポンコツになるんだな。つかそっか、お前、実は根っからの女子校通いで、免疫がねぇのか。そういや蘭もそんなこと言ってたな。Afterglowは結構そういうところがあるって。
あと距離は一定、置いてるつもりだな。紗夜やヒナみたいになられちゃ困る人員だからな。それが呼び方で突き放してる、ってのは自覚ねぇけど。
「んじゃあ、今井が求める呼び方で。あ、けど渾名を考えろとか無茶言うなよ?」
「ううん、みんなと一緒で」
「ならいいけどな……んじゃあ、リサ。放課後な。ついでに湊や宇田川妹と一緒にスタジオまで送ってってやるよ」
「あ、マジで? ありがとっセンセ☆」
さっきまでの乙女な雰囲気が掻き消えて再び軽い、いつものギャルっぽい仕草と口調に戻ったリサに、オレはちょっと危なかったなと思ったことは言わねぇことにしとく。
なんつうか今、ふと頭に、ほらやっぱり、とにやける由美子の顔が浮かんだ。なんだよ言いてぇことがあんなら今夜にでも夢枕に立ちやがれってんだ。
「あ、つか悪い、朝練中なのに捕まえちまって、じゃあな」
「はいはーい♪ またね、カズセンセー!」
元気な声を聴きながらオレは職員室へと向かい、待ちに待った羽丘復帰初日を迎えた。とんとん拍子で進む一日、ただそこに、芸能活動で休んでいるという一つの空白の席が、何故だかとても元通りの日常でないことを示しているようだった。まぁ、今日だけは都合が良いと思うことにするか。あの悪魔に気取られたら、正直計画ご破算もいいとこだからな。
そんな打算的な考えを浮かべて、時間が変わり、夕方頃、容姿端麗でありながらどこか瞳に影を落とすセーラー服姿の美少女、氷川紗夜がオレの向かいには座っていた。
「それで、私に会うためにわざわざこのスタジオまでやってきた、というわけですか。あなた自身が」
「そういうコトだ」
「普段なら感涙……というところではありますし、今でも十分嬉しくて胸が躍りますが、それとは別に不安もあるのですが」
普段から感涙されたら困るし、お前のキャラで嬉しくて胸が躍るサマを見せつけられたら、正直精神科を勧めざるを得ないな。オレを何年も見てくれてんだ、腕……この場合は口かな、まぁ、そういう実力は確かだしな。
んで、不安ってのは、オレが復活して、現状をどうするか、だろ?
「私は、日菜の考えが最良ではありませんが、逆に美竹さんの考えを良しとは思っていません。貴方は教師をするには抱えてるものが多すぎると、前から思っていたのです」
「確かにな」
由美子の死、教師として自信を奪われた過去、流されやすくまた情に訴えられると弱い性格。オレはハタから見ると教師やってるにしては不安要素が多すぎるな。だから紗夜はヒナの考えに同調したのか。オレを、教師っつう枷から解き放つために。犯罪者にしねぇようにするために。
「ですから、一成さんはこれ以上苦しまないように、日菜と美竹さんの争いを静観していただけませんか?」
「そっか……紗夜はそこまで考えてくれてんだな。スゲーよ。めちゃくちゃに嬉しい」
「……一成さん」
「──
それはなんでもない発言だが、紗夜にとっては、今の自分の厚意を完全に無駄にするような発言に他ならねぇ。千聖だったりモカだったりするなら、即ブチ切れられるような煽り方を、オレは今した。勿論敢えてな。
「それでも、それでもまだ……あなたは教師であろうとするの、何故?」
「なんでってそりゃ……オレがクズ教師だからだよ」
「傷つかない道が他にもあるはずよ! そうやって苦しまなくても……私や日菜が……」
「そうやって楽な道に逃げて、オレは理想を遂げられずに倒れてる。都合三度もな。それについては、触れねぇの?」
「……それは」
正論で敢えて自分が不利な事実は隠す。紗夜も短期間で口が随分うまくなったな。けどさ、それってオレ本人相手じゃ悪手もいいとこだろ。もっと論理的思考じゃねぇものに訴えかけたほうがまだ、効果はあると思うけどな、この場合さ。
「大体、紗夜が楽な道を示すってそれだけで違和感バリバリなんだよ。もうちょい自分のキャラ見直せっつうの。お前は、茨の道を進んで、進み続けてやっと手に入れたんだろ、その居場所を。Roseliaと、そこで奏でる氷川紗夜のギターってのを、見つけようとしてんだろ」
「……っ」
「身内に甘くなるのはいいけど、堕落させんのはホントに良いことなのかよ。例えば、湊がここでアマチュアで満足するっつって、それを許せるのかよ」
畳みかける。なんか色々ズレたことも言ってる気がするが、そこは勢いと語調で誤魔化していく。重要なのは、それがホントに良い方向に導く過程の選択なのかを考えさせるっつうことだ。それでも良いってんならオレは何も言わねぇし、悪いってんなら、その対案はオレが一緒に考えてやる。
「……それなら、あなたを傷付け苦しませたまま、放置しろと、もしくは更に陥れろと、言うの?」
「んなこと言ってねぇし、そもそもオレを見ろっつうの。思い出ん中にいる弱っちいオレじゃなくて、今紗夜の目の前にいる、弱っちいオレを見ろ」
「……え」
「オレは弱いさ。確かに、紗夜や生徒たちの支えがねぇとやってけねぇくれぇにザコもいいとこの貧弱教師だ。けど、けどな紗夜。そこで弱っちいまま許されて、それで笑えるほど、オレは夢もなにもなく惰性で生きてるわけじゃねぇんだ」
オレには大きな理想がある。半ばで逝っちまった由美子の分まで、生徒と一緒に、笑って、怒って、そうやって充実したみんなの記憶に残るようなクズ教師でありてぇっつうアテもなんもねぇただでけぇだけの理想がな。
それを叶えなくていいなんて優しくされても、オレはちっとも幸せじゃねぇ。ちっとも笑顔になんかなれねぇからな。
紗夜がかつて、自分の音を見失って、それでも辞めればいいって言葉に頷けなかったのと、本質はおんなじだ。でけぇ理想に向かって歩く道のりは、苦しくてもぜってぇ他人には譲れねぇもんなんだよ。それは、紗夜もわかってんだろ。
「まぁ……サンキュな、紗夜。お前の気遣い、ホントに嬉しかった。それはホントだ」
そこには感謝もしてる。ポンコツだポンコツだと思ってたのに、必死にオレが生きていける道を模索してくれた言葉は、きちんとオレの胸に届いてる。それは紛れもない、紗夜の成長ってヤツだ。お前はそのまま、間違いと正解を決めて成長していってくれよ。
「……かず、なりさん」
「あーあー泣くなっつうの。結局オレが泣かしちまったみてぇじゃんか」
「じじつ、なかせてるじゃない……っ、しんぱいしたのに、倒れたって、知って……でもそれでも、ギタリストとして、できることをしようと……ココに残ったのに……」
「そうだったのか、偉いな、紗夜。お前は、オレが見ねぇ間にもどんどん、成長していくな」
まるでガキをあやすように、泣きじゃくる紗夜を包んで慰めていく。
コイツは、いつも安心を求めてくるな。いつも年も生まれた日も変わらねぇ、手のかかり過ぎる妹の姉をするのに手いっぱいで、なのに妹は自分のできることよりも更に上の次元をこなしていく。そんな、おねーちゃんとして必死な紗夜には拠り所がねぇのかもな。あるいはそれは、Roseliaのメンバーでもある。んで、今回は、オレってワケだな。
「心配させた責任は、当然取っていただけるのですよね……?」
「それは……お誘いってことでいいか?」
「はい。今夜は……一成さんと、一緒にいさせて、くださいね」
結局それかよ。どいつもこいつも。まぁソッチに訴えかけて、紗夜がそれで満足ってんなら、オレだって拒否する理由はねぇけど。
とりあえず、今日はこの辺でな。羽沢珈琲店にいるから、終わったら連絡しやがれ、とだけ言い残し、オレはスタジオを後にした。
「なんだろうな。オレがしてることは、正しくはねぇんだろうけど……」
──紗夜にも後で伝えなきゃならんことがあるな。そうだな、アイツにはオレを鳥籠にしてほしくねぇからな。アイツがギタリストとして自分の音っつうのをホントに見つけて好きになってほしいな。そん時はもっとRoseliaも色々な交流が増えてるはず、そん中で、きっともっとギターで語り合える男、自分よりギターが上手くて師匠になってくれるヤツだっているかも。そういうのよりもオレがいいってんなら、その時はオレはお前の帰る場所にくれぇに、なってやろうかな。
こうやって甘やかすのは正しいわけじゃねぇ。正しくねぇけど、でもこの場合において間違ってるワケじゃねぇってのはホントに難しいな。ホントならここでオレがバシっと一人の女に絞ればいいんだけど。それはそれで、なんかズルなんだよな。モカと一晩過ごして、オレは改めて、オレの意思が介入するとめんどくさくなるってのを思い知ったからな。
「つかな……全員美人揃いだから、選びきれねぇっつうのも悪いクセだよなぁ」
でもこのなんかめんどくさいハーレムエンドを回避するには、色々しなきゃいけねぇ。
ヤっといて、しかも千聖以外とは処女奪っといてじゃあコイツが好きだから、他はこれっきりってのも、なんかな……そもそも手を出したオレが悪いと言えばそうだな。
せめて刺されないように、立ち回るのが精々かな。そんな退廃的で、かつ一部の女性どころか男性にも刺されかねねぇようなことを考えながら、オレは車を商店街の方へと向けた。
ハーレムエンドまで頑張れクズ!