青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑤天才リスタート

 結局、オレなんていらないんじゃねぇか。月末の土曜、本当なら家でダラダラとテレビでも見て月曜からの仕事をする日だっつーのに朝から車を走らせて氷川家の前に止めて待つ。まずここで数十分待たされた。どんな格好がいい? って訊かれてもお前の私服なんざどうだっていいから、さすがに路上で車止めて吸ってるとご近所様の印象に響くな、とタバコもお預け。そう思ってると氷川が思ったよりも地味めの格好で出てきた。

 

「おせぇよ、氷川」

「えっ」

「えっ?」

 

 なんで天体観測なのにギターケース背負ってんだ、と思ったら声が違う。底抜けに明るいあのアホの声じゃなくて、もっと物静かな印象がする声、瓜二つの顔も、よく見るとややアイツよりも棘がある。アレを花に例えるのは癪だが、日菜は向日葵でコイツは薔薇のような、触れがたい印象だ。つかアイツに姉妹とかいたんだな。全然そんな話しねぇせいで知らなかった。

 

「あ、貴方は……?」

「悪い、オレは氷川……えっと、日菜さんの所属する天文部の顧問、まぁこういうもんだ」

「はぁ……清瀬、先生ですか」

 

 名刺はいつでも持っておくべし、社会人だし一歩間違えると青い制服のお兄さんたちに勘違いされやすいって小学校教諭になった先輩からの金言な。そのおかげで氷川の姉か妹かわからんコイツも、警戒心が薄れたようだ。

 

「いつも日菜がお世話になってます。私は姉の氷川紗夜です……まぁ、姉と言っても双子なんですが」

 

 折り目正しい挨拶、ペコリと軽く頭を下げるだけなのは後ろのギターケースのせいだな。双子でギタリスト同士、この子の氷川を呼ぶ声も柔らかく、仲睦まじい姉妹なんだろう、と勝手に思った。

 

「そっかそんでアイツがギターやりだしたんだな」

「……ええ、はい」

 

 ──ん? なんかミスったらしい。表情が曇ったことでオレはそれ以上の追及はやめ手を振って氷川姉を見送った。あの反応はアイツ姉にまでなんかやらかしたんだろ。プライベートのことも何もかも知らないが、性格と本性くれーはわかる。アイツは無意識でヒトを傷つける厄災のようなヤツだからな。

 

「お待たせー、おはようカズ先生!」

「遅い、私服一つにどんだけ悩むんだよ」

「だって普段制服でしょ~? 先生に見せる初めてだからさ、決めらんなくて」

「アホか、山の中なんだから動きやすい格好にしろ」

 

 折り目正しい姉の後だとよりアホに見えるなコイツ。車に乗り込みながら本当に大丈夫かと格好を見る。見せるから、とか言っておいてきちんと動きやすそうな格好なのか、なんだ安心した。流石の氷川もそれくらいの分別はついてるか。

 

「あれ、もしかしてスカートの方がよかった? これだと着たままはえっちできないもんね」

「んなわけあるか。つか夜は冷えるから、カイロ持ってるか?」

「持ってな~い」

「だと思った、ほらよ」

 

 日中は随分暖かく、歩いてると汗が出てきそうになるくらいにはなったが、夜は冷え込みまだまだ夏には程遠い。そんな夜中のしかも山でその薄着は風邪引くだろ。まぁ車にはタオルケットとかオレの予備の防寒具積んでるから、最悪はそれで足りるだろ。特に小言はやめておくか。

 

「これがあたしを女として気遣って、だったらきゅんきゅんでるるるるんって感じなのになぁ」

「生徒の体調管理不足に目を行き渡らせるのは、教師の仕事だ」

「最近、ソレ多いよ。つまんない」

 

 お前を楽しませるために生きてるんじゃねぇからな。それにオレはお前のカレシじゃねぇって何度も言ってるだろ。

 ──生徒と先生でもない、セフレ、ってのもちょっと違うクソみたいに面倒な関係だ。ちょっと不機嫌になったらしい氷川それ以上は特に会話をせず、オレもわざわざ話しかけることもねぇから無言で駅のロータリーに車を走らせていく。

 すると、遠目でもわかるほど目立つ金髪に氷川が扉を開けて手を振った。

 

「こころちゃん!」

「日菜! 絶好の天体観測日和ね!」

「うん! 楽しみだね!」

「ええ、とーっても!」

 

 金髪、とは言うが染めたようなくすんだ金じゃなくて、西欧系でも中々いないだろうってくらいの眩しい金色。さながら太陽の金。瞳も同じようにまるで太陽のように輝くことを当たり前にしてやがる。

 確かに珍獣だ。こんな女子高生、滅多にいねぇよな。精神年齢いくつだよ、高校生のガキでもまだ少しはこの世界に多少なり諦めて生きてるっつーのに。ちなみにコイツらの()()()ってのは星を見ることだけじゃなくその中にあるはずであろう移住できる星を探すことも含まれてる。引率がオレだけってマジか、不安すぎるだろ。

 

「ご心配なく、なにかあれば我々もサポートします」

「……はぁ? えっと、弦巻の関係者ですか?」

「はい。日頃こころお嬢様をサポートしているものです」

 

 そう言ってどこかへ消えていく黒服のおねーさんたち。はぁ、やっぱいらねぇじゃんオレ。生徒と他校のお嬢様に無意味なアッシー君として休日出勤……はぁ、タバコ吸いてぇ。事前にさすがに氷川に釘を刺されてるしな。ちなみにあたしも我慢するとのこと。いやお前は外で吸うなよ当たり前だろ未成年。

 

「なら、出発ね!」

「れっつごー! ごーごー!」

「はいはい……って、オレの車じゃないのな」

 

 いつの間にかオレの車は無く、あるのは車ん中が部屋みたいになってる縦長の車。キャンピングカーの中でもバスベースのヤツじゃねぇかよ。ホント勘弁してくれ……ワゴン車までしか運転したことねぇよ。

 

「問題ありません、私たちが運転致しますので」

「……ああ、そいつはどうも」

「そちらのお車に積まれていた荷物も我々の車の方に積ませていただきました」

「ありがとう、ございます……」

 

 絶対にオレいらない。もはやアッシー君ですらない。というか帰りたい、帰るか。運転席と助手席に乗り込む黒服さん二人を見送ってから疲れたようにため息をつくと、氷川が袖を引っ張ってきた。

 

「ごめんね、こころちゃんが、どうせならみんなで楽しく、って。カズ先生も、偶には休んでほしいなって」

「……ガキが大人にいらん気を遣うなっての」

「うん……」

 

 珍しく殊勝で、少し気落ちしていて……初めて見るな、こんな氷川。けど、いっつもメンヘラっぽいし、傍若無人なせいで忘れてたけど、コイツはコイツで、オレを振り向かせたくて必死なんだな。

 片想いの相手を振り向かせたくて必死になる。オレだって、そういう時期は多分にあったさ。コイツは、本気で手に入れたいんだ。

 

「んじゃあ氷川の厚意に甘えて、オレはオレの休日を過ごさせてもらうな」

「──カズくん!」

「あ、もちろん引率としてな」

「……いじわる」

「まぁ、ちょっとは感謝してるけどな……()()

 

 ──嫌になるくらい、オレはガキに甘すぎる。偶には氷川にもアメをやらないと、なんて思っちまって、コイツを喜ばせるような言葉を探してしまう自分は、教師なんか向いてないんだろうな。

 

「えへへ、るんってきた~!」

「それじゃあ、せっかくだしお邪魔させてもらうな、弦巻」

「日菜の笑顔のためだもの」

「笑顔、か」

「ええ、あたしは、世界中を笑顔でいーっぱいにするのよ! 日菜も……もちろん貴方も」

「そんな目標持ってるとさぞ学校って環境は狭いだろうな」

 

 目に蓄えられた光をこっちに向けて微笑む弦巻。コイツは何かが視えてる、そう思える瞳だ。花女の異空間、弦巻こころ……突飛な言動はあるが噂よりもずっと賢いヤツみたいだ。珍獣すぎるだろ。本能のまま子どものようにはしゃぎながら、その実ヒトを視る目がある。占い師やっても成功しそうなヤツだ。

 

「貴方、貴方は、他の大人とは違うのね、素敵だわ」

 

 ほらな。あっという間に奥底まで踏み込んできやがった。少しの嫌悪を相手がガキだってことで思いとどまる。ヒトが住める星を探して王様になる……コイツにはその目標はただの絵空事じゃねぇ。この世界は、コイツが住むには狭すぎるんだ。だから、外へ飛び出そうとしてる。世の中、こんなヤツばっかりだったら、悲しいことが少なくなるんだろう。

 山の上にある弦巻の別荘であるコテージへの道中、氷川は弦巻との話に花を咲かせていた。時々、構ってほしそうに手を握ってくる氷川を窘めながら、話を振ってくる弦巻に相槌を打つ。

 

「瀬田がメンバーにいるのか」

「ええ、薫はとっても素敵よ! 臆病なのだけれど、誰よりも自分に厳しくて、努力家だわ」

 

 弦巻の人物プロファイリングはメモの価値ありだった。特に手がつけられない二大問題児(せたとひかわ)を知っているという点でオレは今日ここに来た意味を見出していた。瀬田は演劇部の王子様、だったな。きっと、演じるという上で誰よりも王子であることを自分に科してる、弦巻の話を聞いてそんな気がした。今度それを今井と話してみよう。

 

「なら、ヒ……氷川は?」

「あら、普段は名前なのでしょう? あたしは気にしないわ」

「……ヒナは?」

「ええ、日菜はいつもニコニコしていて、ひまわりみたいに周りを笑顔にできるわ」

「だって、ひまわりスマイル~♪」

「いっつもオレに向けるお前の笑顔は邪悪だけどな」

「先生がいるから、きっと意地悪なひまわりになってしまうのね」

 

 意地悪なひまわり、か。悪魔みたいなヤツ、けど、悪魔は対価を払えばヒトと契約し、望みを叶えてくれる存在。オレはその召喚を間違えちまっただけだ。手の延ばし方を、契約の結び方をほんの少しだけ。氷川からすれば、全然ちっとも、間違えちゃいないんだろうけど。

 コテージに着いて、弦巻と氷川が高原の周りを駆け回っている間、コテージのテラスに肘を置いて、そこで漸く一服できた。空気が澄んでるとコイツも美味い、フツーなら空気が澄んでると直接吸い込むんだろうけど、これはこれで味わいがある。屋上なんかよりもずっと遮るものがなくてキレイな青空、けどキレイ過ぎてオレにはどうもな。あの雑多な街が見下ろせるってのがなんとなくオレには合ってるんだと思う。

 

「せーんせっ」

「ヒナ、弦巻と探検は?」

「行ってきたよ、でもあたしは探検も楽しいけど、この時間も楽しいから」

「あっそ、今日はあげねぇからな」

「代わりにカズ先生をくれたら、いいよ」

「それもダメ」

「けち」

 

 でも今日はそれでもいいのか、オレの腕に頭を寄せてしばらく無言で数度深呼吸をしていた。無駄だと思いつつも、そんな氷川が煙を吸い込まないように上を向いて吐き出す。そうすると身じろぎをしてから、腕を組んできやがる。振り払おうとして、その瞳がオレではない虚空を見ていることに気付き、タバコを携帯灰皿に押し込んだ。

 

「おねーちゃんに会ったんだ?」

「ああ、出掛けるところに偶々な」

「あたしのこと、なにか……言ってた?」

「なんも。けどお前がギターやってること言ったら表情が曇った」

「あはは……だよね」

 

 この距離じゃねぇとしゃべれねぇのかってくらい、オレとの距離を限りなくゼロにして氷川はぽつぽつとしゃべり出した。氷川姉は努力家で成績優秀スポーツ万能、そんな風に才能を発揮してきた。それを全て追って、折って回ったのが、氷川だった。姉がバスケを始めればその後を追い、姉よりも才能を発揮する。姉が死ぬ思いで勉強しテストで90点を取っても、妹は直前まで友人と遊び歩き平然と100点を取る。そんな日々を10年以上、続けてきた。そして最後に姉の手に残ったギターで才能を発揮、プロ顔負けのアマチュアガールズバンドのギタリストになった……のだが、妹は平然と追いかけものの数日、オーディションに合格し、アイドルバンドとしてプロのギタリストになった。

 

「お前……そんなに姉が嫌いなのか。ひでぇな」

 

 最後のアイドルなんて、それでお前は未成年喫煙とかその他諸々をやらかしてんのか、とツッコミたいところは山ほどあるが、とにかく、真っ先に言いたいことはそれだった。氷川姉は反復する努力の人、氷川は努力をしない、見て覚える天才。その話を聞くに氷川姉妹の到達点に差はない。が、それに日数を必要としない氷川の存在は、姉にとって相当なコンプレックスだ。比べられることをわかっていて、氷川は姉を潰して回っていた。嫌いだとしか思えねぇ。

 けど、氷川は首を横に振った。悲しそうに、寂しそうに。あるいはそれは、悪魔である氷川日菜の、人間の顔だったのかもしれねぇ。

 

「ううん大好きだよ、おねーちゃんのこと大好き」

「そっか」

 

 意地悪なひまわり、本当に弦巻の言う通りだ。コイツはただ姉が好きで、そんな姉の後ろをちょこちょこついてくるかわいい妹だっただけだ。おねーちゃん、おねーちゃんって、姉のやることに興味を示して姉を手本にしただけ、それだけだ。それが双子の姉妹に亀裂を生んだ。

 ──これが、氷川の口から語られた、初めてのプライベートの情報だった。最初にプライベートな相談から始まった美竹とは大違いだな。けど、納得した部分はある。コイツは自分の才能を認められてこなかったんだ。妬まれ、僻まれ、この話をすれば姉の同情になる。後輩の言ってた通り、飢えてるんだな。

 

「アプローチの仕方を間違えてんだよ。お前も、姉も」

「どうしたらよかったのかな」

「んでもって過去形にゃまだはえぇよ。まだ変われる、そうだろ?」

「どうして?」

「姉はギターをやめてるのか?」

「……あ」

 

 なんか、コイツとまともに成立する会話をしたのも、ほぼ初めてな気がするな。そうそう、入り口がそこだったんだよ。オレと氷川の本当に始めるべきだった入り口は、こういうところにあったんだ。

 ──過去形には早すぎる。なにせまだ16だろ、姉がそこで折れてギターをやめてないなら、10年経てばあの時はムカついたで済むようになるだろ。んでもって多分な、悪い部分はもう一つある。

 

「それに、お前、姉が辞めると興味失くすだろ、それが余計に腹立つんだよ」

「そ、そうだったんだ……」

 

 自分よりも才能あるやつが、もしかしたら世界にすら羽搏けるような才能の持ち主が飽きたからやーめた、ってのはかなりムカつくだろ。ああ、氷川にはそう感じるような相手がいないからわかんねぇかもしれないけどな。

 

「お前が姉と昔みてぇに仲良くしてたいって言うなら、今度は中途半端にやめねぇことだな」

「そうだね……そうすればおねーちゃんも」

「いつか、笑ってくれるさ」

「うん……ありがと、()()。すっきりした! なんか、星探し、しなくていっかなー」

「移住するんじゃなかったのか?」

「だって、住む星が違うなら、おねーちゃんも苦しむことないかなーって思っただけだもん」

 

 ホント、コイツは破滅思考だな。確かに手の届くところにいるから姉は苦しんでるんだろうけど、そこから別の星を探して移住するって発想にはならねぇだろ。けど、変えるには逃げるんじゃなくて、向き合うこと。美竹にも言ったことで……今のオレにも言えることだな。オレは、氷川から逃げてるから。

 

「ん」

「え?」

「弦巻、しばらく帰ってこないんだろ? 一本やる」

「い、いいの?」

「その代わりちょっとずつでいいから、お前自身のことを話せ」

「それは、コレだけじゃあな~って言ったら?」

「じゃあ多少は許してやるよ」

 

 ──コイツに間違ったアメを教えたのはオレだ。なら、きちんと向き合うべきだろ。教師として、超問題児にな。そのためのプロセスで必要ってんなら……オレはいくらでも汚れてやる。間違えてる問題をガキのせいにしてちゃ、先生には程遠いからな。

 

「なんか、るんってこないなぁ」

「じゃあやめてもいい」

「それはヤダ、カズくんとするの、きもちいもん」

「クソビッチ」

「カズくんだけだってば~」

「メンヘラ」

「じゃあパスパレの話、したいからえっちしよ~」

「結局かよ」

 

 教師と生徒、にしちゃ随分爛れてて、どうしようもなく褒められた関係じゃねぇけどな。それで氷川が……ヒナが変わるってんなら、ヒナが大人になるってんなら、オレは都合の良いこと言って生徒とヤっちまう先生でいい。間違えた過去はもう、間違えたまま進んでいっちまうから。これが、傍迷惑な天才ちゃんとの付き合い方ってなら、オレは最後の最後まで付き合ってやるよ、ヒナ。

 

「言ったね? じゃあ最後まであたしに付き合ってね! 見捨てたら泣いてやるんだから!」

「イチイチメンヘラくせぇな」

「あたしは本気だよ、本気でカズくんになら、全部をあげられる」

「それもメンヘラだっての」

「……でも、見捨てないんだ」

 

 そりゃそうだ。ようやく、ようやくお前に教師としての付き合い方がわかったんだ。どんなに正解から遠くたって、美竹に何も言えねぇようなことをしてたって、オレはお前にとっての教師として力の限りを尽くしてやる。なんだかんだでお前は……オレを助けてくれたんだから。

 

 

 




この時点でまぁこころはこれっきりとは思ってなかったよええ。
というかタバコ吸えないと思考回路働くなら禁煙しろ
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