さて、
「……それだと結局、あたしが負けヒロインなんだけど~?」
「だから否定しただろ軍師殿」
「ドコに向けた言い訳なのかな~、バカ殿様?」
「誰がバカだ、せめてクズ教師にしろ」
昼休み、オレはいつもの屋上で軍師殿、もとい今回の一番の味方であるモカと作戦会議を開いていた。モカはいつも通りパンと弁当というカロリーマシマシな重厚感溢れる昼メニュー、それに対してオレもいつも通りめんどくさがってコンビニ弁当とはならず、弁当箱を持ってきていた。
「あれ~、な~んかかわいらしいっすね~」
「紗夜がツンデレしながら作ってくれたんだ」
「愛人べんと~」
「言い方ヤだな、ソレ」
確かに愛人。同様の関係の女が複数いるしその表現は的確かつ適切だな。流石は万能の女の才能を見出したヤツ。恐ろしく器用だ。けど本人曰く料理はあまり得意じゃないらしい。確かにおっかなびっくりだったしな。
「あれっすね~、紗夜さんって~、な~んか、だいたい、って言葉苦手そうだよね~」
「そう、まさにそれなんだよな」
だから結局分量とかはオレが決めてやった。不満そうだったがクソ忙しい朝にイチイチ量るんじゃ、いつまで経っても本当の意味でツンデレ愛人弁当の完成は程遠いな。しかし味はうまいから筋はいいんだよな。
きっとコイツはこの筋がいいの時点では相当マルチな才を発揮してんだろうけど。どこかしらで不器用だからな。
「で~? 今日は愛人のべんと~をあたしにわざわざ見せつける作戦会議~?」
「違うからフォークをオレに向けるな、危ねぇっつうの」
ふん、と鼻息を荒くしてそっぽを向いたモカ。ホントに、自称負けヒロインの時とは打って変わってっつう感じだな。嫉妬が敵意に変換するクセさえなければかわいい、で済むんだけど、そのクセがあるから、オレとしても冷や汗を流すハメになるんだよな。
「蘭の攻略に協力してもらおうと思ってな」
「……あ、そっか」
そっかじゃねぇんだよな軍師様よ。んで、今回なにが軍師様を頼らなきゃならねぇほど厄介って、ヒナの存在が蘭を苦しめて、傷付けちまってるってことなんだよ。更に厄介なのは苦しめながらも蘭がオレにとってヒナに対抗する唯一の支えってことだ。
「じゃあ、日菜さんからじゃダメ?」
「甘いな。ヒナを攻略すれば、アイツはまたいつものメンヘラに逆戻りだ。すると蘭もまた変わらねぇからな」
「わ~、蘭もめんどくさいせーかくしてるもんね~」
「まったくだ」
けど、無条件で待ってるっつうのとは距離が離れた気がしちまうからな。色々策を弄しなきゃいけねぇところなんだよな。
そこで、やっぱり幼馴染で蘭に最も依存してる人物であろうモカの出番ってワケだ。まぁ、勿論無償なんてムシのいい話はしねぇよ。
「……ご褒美?」
「甘ったるい声を出すな」
期待に潤んだ目をしやがって。まだ真っ昼間だっつうのに発情すんなよ。まぁ、いつも言うようだが、それがお前にとって頑張ってくれる報酬になるってんなら、オレは構わねぇけどな。
そう思っていたら、モカがしばらくの無言の後、ポツリと訊いてきた。
「せんせーって、次空きなの?」
「おう。じゃねぇとこんなとこでのんびりメシなんて食ってねぇからな」
「……じゃあ」
その答えを聞いたモカの行動は素早かった。オレの膝の間に座りこみスマホを取り出し、誰かに電話をかけていく。誰だ、なんて思うまでもねぇな。きっと羽沢か上原のどっちかだ。
その予想通りモカの耳元から、どしたのモカ~、と底抜けに明るい声がした。上原の声だな。
「あ~、ひーちゃん、実はさ~、熱っぽくなっちゃって~」
おいおい仮病かよ。と突っ込む間もなくモカに唇を奪われ、その感触に眩暈がする。上原の大丈夫ってかホントなの? っつう声が遠くに聴こえて、モカが唾液の橋を切って上原に答える頃には既に、モカを止めれるくらいに理性は働いてなかった。
「はぁ……うん、ホントだよ~、ん、ヤバいカンジ~」
確かにさっきより息が荒く、艶っぽくなってるけど、それって完全に熱っぽいの意味が違うだろ。ここでモカの恐ろしいところは、ウソはついてないところだな。体調が悪い、なんて一言も言ってねぇ。あとオレの逃げ道をふさぐように脚の間にいやがるし、なんならスマホを耳元に当ててる右手の、その反対側の手は、オレの堪え性のない愚息をロックオンしてやがった。
「ん~、次の授業お休みすれば大丈夫だと思う~、うん、うん、は~い……えへへ、またサボちゃった~♪」
「ココじゃ寒いだろ……熱っぽいらしいし、保健室でも行くか?」
「ううん。ココがいい。シてたら、あったかいからさ~、へーき」
熱っぽいのはモカだけじゃねぇな。オレもだ。つか前払いって、ちゃんと働いてくれるんだろうな。まぁここで、嫌だと言われても、オレはもう我慢はできそうにねぇけどな。もし、働かなかったらぜってぇ、覚えてろよ。
「……もー、疑りぶかいな~。せんせーのためなら、せんせーとのご褒美のためなら、あたしは蘭とケンカしたっていいもん」
「重いな、ホント」
「ストーカーだからね~」
「頼りにしてるからな、モカ」
「うん」
授業をサボったモカと、そろそろ寒くなってきた空の下でお互いに夢中になって性欲を発散させていく。ヒナのせいでなんかもう慣れちまったスーツを脱ぐことのねぇ、んで制服を脱がすことのねぇその行為をするたびに、制服のスカートって実は欠陥品なんじゃねぇかって思えてくるよ。まぁそんなこと言ったら、ズボンのチャックだっておんなじかもしれねぇけど。
――まぁとにかく交渉成立っつうことで、モカに頼んで放課後にオレは蘭を呼び出してもらった。つい先週会ってるっつうのにひどく久しぶりな感じのするその立ち姿は、相変わらず優美で、けどどこか張りつめてる感覚がした。
「……なに」
「なに、は酷いな。せっかく復帰したっつうのに。会いにも来てくれねぇし」
「別に、忙しかっただけだし」
爆発しそうな何かを我慢してるような蘭。ヒナになんか言われたのか? 例えば、オレは明日なんか信じてないから教師やってる意味がない、みてぇな。蘭を、利用して教師を続けようとしてきただけだと言われでもしたか? それを必死に否定しようとして、躍起なんだったら、悪いけど、オレはその期待には応えられそうにねぇな。
「……なんつうか。ここで二人ってのは、懐かしい気もするな」
「そうだね、アンタはずっと、ココにはいなかった」
「……吸っていいか?」
「勝手にすれば」
屋上で棘のあるコイツと会話すんのは久しぶり、ついでに言えば、コイツの前で吸うのも、久しぶりだ。ホントは蘭がいる手前、止めるとこだけど、当時の感覚と距離感を取り戻すためだ。ここで相棒任せになっちまうのはカッコ悪いけどな。
「お前は今、どんな青春を抱えてる?
「……頼んでないけど?」
「ふっ、頼まれなくてもお前を構うのが今のオレだからな」
「うざ……」
懐かしい感覚だ。オレの手の届かねぇとこに身を置いて、そうやって独りでクサクサして、全然ロックじゃねぇな。わがままをこねるクソガキじゃねぇか。カッコ悪い。今の蘭は、そんなことにも気づいてねぇくらい、余裕がねぇのか。
「うざくてもなんでも、オレにはオレのポリシーがある。そのポリシーが、蘭を放っておくなって言ってんだよ」
「……別に、アンタに、アンタなんかに構われて、嬉しくなんて」
「どうして、あんなにオレを――」
「――黙って!」
叫び、悲痛な蘭の声にオレは無言になって灰を落とした。蘭は今、葛藤してる。ここでまたオレに甘えてぇ、泣きついてどこにもいかないでって、泣きじゃくりたいっつう自分と、そんなことをしても、いずれは捨てられるっつう不信感を持った自分がせめぎ合って、余裕をなくしてる。
「……アンタは結局、理想を、アタシたちの黄昏をコレぽっちも信じてなかったんだ!」
「ああ、信じてねぇ。信じられるワケねぇだろ。信じた結果、由美子にはもう、会えなくなっちまったんだから」
「そのくせに、アタシの前で理想を語った」
「そうすることで、蘭の教師でいられると思ってたからな」
蘭は確かに教師としての希望だった。
「アタシは、その理想を信じた。信じて、アンタが教師をやってく中でいなくなったら困ると思って、日菜さんも、モカも、千聖さんも、紗夜さんも抱きこんだのを黙ってた。ホントはすごく嫌で、なんでこんなヤツのこと好きになったんだろ、って何度も思った。だけど、それでアンタがアタシのことを見てくれるならって」
「悪いな、流されるだけのクズで」
「……はぁ? ソレだけでハイそうですかってアタシが納得すると思ってんの? 今までの全部ウソでした、で納得できるほどアタシは大人じゃないし、そんな大人になりたくなんてない!」
そうだろうな。オレだって、そんな大人にはなりたくねぇと願ったさ。あーあ、なんか、ホントなんつうか、お前は昔のオレみてぇだな。
剥き出しの承認欲求と、大人から享受されるものに甘んじるクソガキ。なぁ、蘭。わかったろ? 愛されたいだけじゃ、人間関係はうまくいかねぇんだよ。
「まだ大人ヅラすんの? クズのクセにアタシより上だとでも思ってんの、ねぇ!」
「あ? ナメんな。オレはお前の目上だ。教師と生徒、年上と年下。どんなにクズだろうが、尊敬できなかろうが、この関係に変動はねぇよ」
「――っ、この……っ」
涙を流しながら、怒りの表情でオレを睨んでくる蘭。というところで流石のオレも焦りが背中を流れていった。
あの、モカはまだ出てこねぇの? そろそろ出てきてくれてもいいんだけどな。着地点どんどんオレが見失い始めてんだけど、おいモカ、まさかマジで裏切ったとか言うなよこの土壇場で。
「オレは教師だ。どんなにクズでも、オレはどうしても蘭を生徒として認識するし、由美子が逝っちまったっつう過去がある以上、明日、を信じることはできねぇ。そこはもう、変えられねぇんだ」
「ならなんで……アタシにはあんなこと、都合の良いこと、言うの。アタシは、アンタの言葉を信じてたのに……」
「信じてみたくなったから。あんときは、なんでか知らねぇけど怖くて怖くて、仕方がなかった明日を、蘭がいることで信じてみたくなったからだ」
「けど、結局信じてくれなかった」
「そうだな、オレは変われなかった」
悔しそうに俯き、拳を強く握る。そもそも、それが間違いだった。蘭をまるで正妻のように扱ったソコがもう、オレにとって最悪の選択肢だった。
どんなに蘭にとって幸せな選択だったとしてもそれは、オレの幸せじゃねぇ。特別で大切だと思える生徒たちにメイン、サブの格付けをするなんて、オレには結局、できねぇことだったんだ。
そんな蘭の怒りが収束し始めた時、屋上のドアが開いて、モカがやってきた。いやもう遅えから。なんか解決に向かいつつあるのに出てきたの、お前。
「お取込み中どーも~」
「……モカ?」
「蘭って、かわいそーだよね~。結局、蘭がヒナさんともめて自分こそがせんせーの隣に相応しいって頑張ってる時、あたしさ~、せんせーとえっちしてたんだ~」
「……え?」
「お、おいモカ?」
確かに事実だな。蘭がそうやって千聖と話してる間に、お前はオレの家に来て、こころが持ってきたメロンを食って、オレんちに泊まった。間違ってねぇけど、それをそういう言い方でカミングアウトする意味はなんだ、逆効果じゃねぇのか。
「それって……」
「うん、せんせーはあたしを選んでくれたよ~? だって今日も、お昼にココでシたし~、らぶらぶなんだ~」
ちょっと待て、なんで蘭を追い詰める。その必要はどこにあんだ、と止めようとしたらモカに唇を奪われって、この件、昼もやっただろうが。
不信感が募り、けどモカの瞳は、蘭を突き放そうとする意志はねぇ。んだったら、最後まで乗ってやる。舌を差し込んで、茫然とする蘭の目の前で、むせ返るようなキスを繰り返した。
「ほら、これが今のせんせーだよ」
そうだな。お前を信じてる。それが今のオレだけど、ホントに蘭に正しく伝わるんだろうな。後はその悪魔の囁きに任せたからな。オレは傍観に徹させてもらうからな。
――蘭は唇を噛んで怒っているように見える。まぁ当然だな。突然出てきたモカを受け入れたんだから、オレのやってることは最低もいいとこだ。
「アタシに飽きて、ヒナさんに飽きて、次はモカってワケ?」
「いやいや~、そもそもせんせーはあたしたちのことは生徒としか思ってないわけでしょ~?」
「なのにそこのクズはモカを選んだんでしょ?」
「……そりゃ~、あたしは、せんせーを認めて、信じてるからね~」
選んだのはモカだけじゃねぇ。同じように千聖がごちゃごちゃした関係に決着をつけたときに、おかえりと言えるように、紗夜が羽搏いて、戻ってきた時に、おかえりと言えるように、オレはそういう余地を与えた。とモカは言いてぇんだろうけど。絶対蘭には伝わってねぇよ。
「何が言いたいの、モカ」
「せんせーは、蘭の知ってるせんせーじゃないよ。だから、蘭の駄々っ子みたいな言葉は、せんせーには通じない。せんせーは、先生だから」
「はぁ?」
「蘭、どっかで思ってるでしょ? せんせー……一成が教師として立つなら、また自分との約束をしてくれるんじゃないかって、だからその言葉が出るまで駄々をこねて粘るつもりだったんでしょ?」
「……っ、それは……」
なるほどな。だから、モカはこのタイミングで出てきたワケか。蘭の中でヒナとの正妻を巡る血塗られた戦いはまだ続いてて、ここでヒナを出し抜くためにオレを利用しようとしてた、と。それは気付かなかったな。ナイスだモカ、とオレは前に立つ灰色の悪魔の頭を撫でてやった。
「蘭の思い通りにはならないよ。だって、せんせーは由美子さんに貰ったものを使い切らなきゃいけないんだから」
「……だな。モカ、何からなにまでサンキュ」
「えへへ、ちゃんと役に立った~?」
「立ちすぎて、昼の分じゃ足りそうにねぇな」
「ふっふっふ~、そこも、ちゃーんと予想通りだから~」
蘭は、全ては悪魔に勝つため、か。ヒナのヒトを歪めるチカラはえげつねぇな。夕陽みてぇにキラキラした青春と、それをまっすぐ伝える声を持つロックなコイツを、そんな風にしちまうなんて、やっぱ、アイツがラスボスだ。
「蘭、オレはこうやって今、明日を信じてくれるコイツらを信じて、なんとか教師としてやってる。それじゃあお前は不満だろうけど、もう結んじまった関係の中で順番をつけて、コイツみてぇに泣かせたくねぇんだ」
モカがかつて負けヒロインっつうなら、お前は勝ちヒロインだったっつうわけだ。同じ立場にいながらオレに更に特別扱いをされる破格の優遇。んでそれが、今回のヒナと蘭がオレの周囲を巻き込むきっかけになった。
だったらそんな順番いらねぇよ。オレはカラダの関係を結んだ全員の責任を取らなきゃいけねぇってのに、蘭やヒナだけに構ってるヒマはねぇんだよ。
「蘭、やりてぇこと全部やれ。もうオレのことなんか見なくていいんだ。まっすぐ自分の生きたいように生きろ、んで、華道とバンドみてぇに全部こなしてみせろ」
その先でお前を幸せにしてやれる男なんて、いくらでもいる。あの春の満天の星に負けねぇくらいな。その中で誰を選ぶかも、もちろん蘭の生きたいように生きるってことだ。恋も自由にしろ。将来とか約束とか、そんなチープなもんで、お前の明日を狭めんじゃねぇよ。
「……生きて、それでも一成がいい、って言ったら?」
「そん時は、そん時に考えるさ」
「――っ、バカ、クズ、サイテー、それって、結局アタシとの約束なんて守らないってことでしょ?」
「でも~、蘭がせんせー以上に相応しいヒトがいないと思えば、それは約束してたのとおんなじだよ~?」
「……モカ」
「モカの言う通りだ。悪いな蘭」
泣きじゃくる蘭を抱きしめてキスをする。今度は約束じゃなくて、お前の人生のために、お前の青春を輝かせてほしい。
そこでまた、カッコいい美竹蘭を見せてほしい。お前の青春という名のロックを聴かせてほしい。
「それでも、アタシは一成が好き……それでも、いいの?」
「それはそれだな。今のお前がそうなら、オレも受け止める」
「……え、えっち、したい、とか言っても?」
「断ると思ったか? お前みたいなとびきりの美人にそう思われてさ」
「……やっぱり、クズ」
「嫌だったか?」
「ううん……だったらさ、週末、空いてる?」
「そりゃもちろん」
「……じゃあ、デート、してくれるよね?」
「デート、か。もちろんだよ」
蘭はそこで笑顔を見せた。いつも通りの笑顔で、黄昏に映える、蘭の花を思わせる笑顔で、オレを見上げて、もう一度キスをした。
――これで、後はあのメンヘラ悪魔だけか。まぁ明日には来てくれんだろ、アイツも。
蘭だけ立ち位置変わっちゃったからホント大変だよ。メインヒロインとかいらないんだよなぁ。