オレはアイツのことをわかってやれねぇ。そう思ったのは衝撃的な出逢いをした少し後だった。認めてやることはできても、アイツの思考はあまりにぶっ飛んでて、独創的で、オレには理解の外だった。けど、それを知った上で、アイツはオレを求めてきた。るんってきた、とか言うテキトーな理由で、オレには理解できねぇ言語で、オレに笑顔を振りまいてきた。
ただ、アイツには困ったことも参ったこと沢山あったけど、それ以上に何もなかった一年の最後に、キラキラした目でオレを見上げたことで、今の一年がバカみたいに楽しくなった。今ならそう思える。
結局、アイツ……ヒナに由美子の影を背負わせちまったのは、何よりそうやって、由美子のようにオレの世界を劇的に変えてくれたからだ。
そんなヒナが、最近羽丘に来ていない。千聖が言うには最近はパスパレの活動が忙しい、とは言ってたが、それにしたってアイツがオレの前に影も形もあらわさねぇってのも、なんつうか変な感じだ。
「連絡とか、来てないの?」
「来てたら苦労してねぇよ、ったく」
「はいは~い、よしよ~し」
「あら、こういう時こそスマイルよ、スマイル!」
今日の放課後は多少とは言うが、まぁ落ち着いたということで羽沢珈琲店で部活動という名のスイッチオフモードだ。四人掛けの席にモカ、オレ、こころ、蘭が座って、それぞれのハナシをしていた。
「それにしても日菜が来ないなんて、珍しいわね」
「めんどくせぇこと考えてなきゃいいけど」
アイツのことだからまたどでけぇ爆弾を抱えてるに決まってる。ヒナと連絡が取れてる人物はパスパレのメンバーと紗夜、んでリサだけだからな。そいつらもオレを話題になるとハナシを逸らされるらしいからな。紗夜やリサでもダメ、となると厳しい。そもそもヒナが一人でなんか考え込んでるって状況がもうまずヤな予感しかしねぇ。
「蘭、なんかヒナからヒントとかもらってねぇの?」
「ほとんど話してないってば」
「あたしも~、ぜーんぜん会ってないな~」
「こころは?」
「あたしも会ってないわ。天文部の予定も立てられなくて困っているところよ」
こんな有様だしな紗夜やリサ、千聖っつうメンバーを集めて、ホントに対策会議でもしなきゃいけねぇのか、そう思ったところで新しい客が来店してきた。羽沢が接客しているその姿にどこか見覚えを感じてじっと見つめていると、ソイツもこっちに気付いて、先輩、と微笑まれた。
「お久しぶりです、清瀬先輩……あ、すいません、先生、ですよね」
「いや、もう辞めたんだし、前みてぇに先輩でいいよ」
「そうですね、とにかく、お久しぶりです、先輩。お元気そうで安心しました」
「そりゃコッチのセリフだ、
「ふふ、その呼び方は仕事でしかしなかったのに、わざとらしいのは変わりませんね」
蘭やモカが誰、っつう顔をする。あ、そっか、お前らはほとんど会ったことねぇんだな。きっと中高連携とか、
ふわっとした印象が特徴的なお嬢様風のソイツの名前は、加賀谷……じゃなくて、確か
苗字変わってるのはつい半年ほど前に結婚したからだ。今は荻原くん……つまりは旦那さんとのんびり新婚生活を満喫中だ。この大変な時期に羨ましいことに。
「あ~、天文部の前任の顧問の先生……ですよね~?」
「はい。荻原香織です。一年生の貴女たちとは離任式で顔を見たくらいだから、あまり印象にはありませんと思いますが」
「んで香織、今日はどうした?」
「寄り道、です。私も、ここには偶に立ち寄っていましたから」
「……香織」
蘭が何か引っかかってるようだがその予想はハズレだ。まぁ近況報告はさておき、モカの言う通り、天文部の去年度までの顧問、つまりオレの前任。つまり、ヒナが一年の時に、三年生と一緒に活動してたヤツってことだ。辞める前に後任にオレを指名したのも、コイツってわけで……丁度、ヒナのことで頭を悩ませてるところに適任が来た、っつう感じだな。ただ、どう説明したらいいもんか。そう思っていたら、こころが丁度いいわ、とか言い出してあらかた説明しやがった。おい、まて、そこまで言うとオレがヤバいヤツだから。
「……先輩」
「……悪い、いつの間にか、な」
「相変わらず年下好きなんですね?」
「バカ、そのハナシは」
「ふーん? 一成って、昔からそうなんだ……」
「ら、蘭……」
大学時代のハナシはよせ。あれはオレの暗黒時代、そう、蝶の羽で消し去ってしまいてぇくらいの黒歴史なんだからな。つか食いつくのやめろそこのモカ蘭。香織も楽しそうに話すなよ。
「私の同期の子に即座に手を出して……就職してからは落ち着いたと思ったのに、悪化してますね? それとも我慢した分ですか?」
「勘弁してくれ……」
「せんせー、なにしたの?」
「……勘弁してくれって」
ハナシが逸れてるしお前謎にキレてるキャラになってるから方向を戻して、ヒナのハナシしてほしいところだ。つかお嬢様風のクセにこうやってヒトの気にしてるところを的確に面白おかしく突いてくるからオレは羽丘に就職した同期として、仲良くもしてたけど決して得意なヤツではねぇんだからな。
「そうそう、氷川さんですね……あの子には昨日会いましたよ?」
「昨日?」
「はい、丁度お買い物の帰り道に、一緒にアイドル活動をしているという、ピンク色の髪をしたお友達と歩いてるのを見かけました」
「……丸山か」
意外な情報がココで飛び出してきたな。昨日は丸山と歩いてるところで香織に会ったのか。ヒナはコイツに懐いてたってハナシだったし、なんか、ヒントみてぇなのが飛び出そうだな。行き詰ってる現状、藁にも縋る思いだ。
「久しぶりですけど、あの子はいっつも、星みたいなかわいい子ですよね」
「……ほし?」
「……お前の星を感じる感性はいっつもわかんねぇっつってんだろ」
「わかりませんか?」
「あら、あたしにはわかるわよ?」
そりゃあな。こころの感性は宇宙のソレだからな。無限と眩い輝きを感じさせるこころなら、香織の感性なんて楽勝だろうよ。ただ、ここでは一般人の感性で頼む。モカも蘭も、完全に理解の外側にいるからな。
「……コホン。ハナシが逸れた気がしますね」
「今更だな」
「──それでですね、その時、あの子、すごくギラギラしてて……なんというか、野獣みたいでした。アレは先輩を食べてしまおうという顔だったのですね」
「そーだつせんですからね~」
「人気者だからな」
ギラギラか。つうことはなんかやべぇことでも考えてんじゃねぇだろうな。アイツはバカだけど頭は無駄に回るからな。ったく、事情を知ったオレを後手に回らせるとは、流石、腐っても天才ちゃんだな。下手するとオレの動きも知ってる恐れまであるんだよな、ヒナのやつ。
「……そう、それで、何やらチサトちゃんがどう、とか言っていた気がします」
「千聖さん?」
「千聖、ってことは、パスパレの楽しいお話かしら?」
いや、不穏だな。つか嫌な予感がする。ヒナの野獣のような雰囲気、ギラギラ、千聖の話題に丸山が関与してる? まてまてアイツ、オレ以上にクズなこと考えてねぇか? オレの予想が正しければ、元々は蘭から味方を奪う作戦で、その味方を奪う対象をオレに変えて成り立たせようとしてるんじゃねぇよな?
「……あ~、あたしにもピカン、と同じ考えが浮かんだ~」
「なにかあるってこと?」
「もしそうなら、オレなんかより千聖がヤバい……仕方ねぇヒナは後回しだ」
今度は香織とこころと蘭が首を傾げていた。まぁヒナの考えを理解なんかできてねぇから、これがマジなのかはわかんねぇけど、マジだったら、今最優先は千聖だ。杞憂なら杞憂で構わねぇけどな。とりあえず、千聖に連絡するとしようか。
「仕事中だったら出れないんじゃない?」
「……だろうな」
ちなみに前から言ってるけどアイツのスマホは三台あって、オレが知ってるのはプライベート用と、かつてのアソビのお得意様用だった、今ではオレ専用のスマホ。オレはプライベートでいいっつったんだが、際どい会話もしたいとか言うクソみてぇな理由で拒否された。確かにうっかり見られただけでスキャンダルだけどさ。
けど逆にいいことは、そこに連絡取ると確実に電話に出るか電源が切れてるかの二択なところだ。普段ならな。
「……出ねぇ」
「忙しいってこと?」
「いや、
「ええっと、なにか事件……ということでしょうか?」
じわりと口の中に苦い味が広がった。あのバカ悪魔……暴走してんにも程があんだろ。お前は、オレの大切な生徒をぶっ壊そうってのか。
紗夜はぜってぇ事情を知らねぇ。同じ理由でリサもだ。この二人は今もバンドの練習に精を出してるだろうし、邪魔はしたくねぇ。どうしたらいいんだ?
「……なにか問題なのね?」
「こころ……ああ、そうみたいだ」
「それなら協力するわ! 日菜が間違ってることをしようとしてるなら、止めなきゃいけないもの!」
「悪いな、香織。またココでゆっくりハナシでもするとして、今はそんな暇もねぇみてぇだ」
「はい。氷川さんのこと、よろしくお願いしますと頼んだのは、私ですから」
香織がうなずき、離れた場所でコーヒーを飲み始めた。こっから先は香織を巻き込むワケにはいかねぇからな。ヒナを歪めたのはオレの責任だ。アイツにまでその責任を負わせるのは違うからさ。
「んじゃあ、こころ。瀬田に連絡が取れるか?」
「薫ね! ちょっと待って!」
こころはいつもの黒服さんからスマホを受け取り、自身のバンドのメンバーでもあり、千聖の幼馴染でもある瀬田に電話を掛けた。スピーカーから、やけに気取った声で、やぁこころ、一体どうしたんだい? というセリフが流れた。よし、繋がった。
「薫! 今日、千聖がどうしてるか知らないかしら?」
「……千聖かい? 今日は確かスタジオでの撮影だったと思ったが……どうかしたのかい?」
電話の主はこころの声を聴いて一気に真剣さを帯びた声に変わった。流石は舞台で輝くヤツ。イントネーション、語調からの読み取る力は尋常じゃねぇな。
瀬田に事情を説明して、千聖と連絡が取れないことを話し終えると、固い声がスマホから響き渡った。
「……すまない。私は仕事の内容以上のことはわからないんだ。ただ、千聖が清瀬先生の連絡に気付かないことなどあり得ない、とだけは言っておこう。それは私が保証する」
「すると益々ヤな予感がするね~……スタジオでの撮影ってことは一人じゃなくないですか~?」
「バンド全員での撮影だったと記憶している。麻弥も今日は部活を休んでいるからね」
「……ウソだろ」
最悪の想定が頭ん中で虚像を作り上げた。丸山と会話した時のあの言葉、んで今日はパスパレ全員ってことは、関係者も集合してるだろうな。
ああ、モカも同じことを思ったな。焦った顔をしてる。んできっと、これはオレも同じ顔をしてるな。
「サンキュ、瀬田」
「お安い御用です。それでは……千聖とこころをよろしくお願いします」
「おう」
なんて急展開。これってダラダラとオレが教師として頑張る感じのジャンルじゃねぇの? つかまぁ不穏なのなんとか隠してこれまでやってきてたのに、今になってシリアスっつうか、わかりやすい問題を起こすとは思わねぇだろ。
悪魔の囁きは、ヒトをかき乱す。悪魔は配下を呼び出して、魔王としての力を奪われた千聖に襲い掛からせたんだ。
「スタジオの場所、分かるかこころ?」
「ええと……」
「こころ様、ここは我々に」
「ありがとう!」
サンキュ、黒い服のひとたち。蘭は留守番っつうか、自分から留守番を名乗り出た。悪い蘭、今回はお前よりもモカとこころの方が適任そうだ。オレたちが解決してほっと一息つく場所にいてくれると、助かる。
「アンタの足手まといにはなりたくないから、ここでつぐみと待ってるね」
「じょ、状況がわかりませんけど、気を付けてくださいね……!」
「それじゃあ私は大学時代の先輩の話を」
「お前いい性格してやがるなおい」
まぁ無事に帰ってくるって信じてくれてるって受け止めてるからな香織。すぐ近くに止められていた黒服さんの運転する車に乗り込み、敵の牙城へと進む。ところでスタジオって、オレら入れるのか? そこんとこすっかり忘れてた、と思ったらそこも、弦巻家には問題ナシのようで、こころを含むオレたち三人の許可証を手渡された。おお、流石はご都合展開弦巻家。なんでもできるな。
「ヒナには会わねぇようにしてぇな。アイツは直接手を下してねぇから、離れたところにいるだろうし」
「それは運次第じゃないかな?」
「……めんどくせぇな」
けどまぁ目指すべきは控室だ。オレは千聖にもう一度電話を掛ける。アイツ、出れるときは基本的にマナーモード切ってるからな。それが時間稼ぎにでもなってくれればそれでいい。ああもう、つか出てくれねぇっつうのがここまで焦燥感に駆られることだとは思いたくもなかった。せめて討伐される前でいてくれよ千聖。
「こころ、モカ。お前らならオレよりも多少耳がいいよな?」
「まぁ、若いからね~」
一言余計だモカ。オレだってまだモスキート音聴こえるから。じゃなくてだな、緊張感ねぇな。それだけモカも焦りはしたが大丈夫だと思ってるってことだな。この不透明な現状じゃありがてぇな。
「……つか、オレ、ソイツの顔知らねぇんだけど」
「あたしも~」
「千聖が見つかれば自然とわかるんじゃないかしら?」
「あー、確かに~」
ならいいけど。人違いになったら恥ずかしいヤツだから気をつけねぇとな。お互いハナシには聞いても顔も名前も知らねぇ状態だからな。モカとこころが耳を澄ませて、あっちよ、とこころが走り出したのを追いかけた。すると、次第にモスキート音も聴こえるオレの耳にもスマホのコール音が聴こえてきた。
「ここの部屋からだな」
「ええ」
「さしずめ魔獣退治ってとこですな~」
「呑気な勇者パーティだな」
勇者こころと賢者モカ、んで、クズ教師のオレだからな。すると先陣はやっぱり、オレだな。
──つか、控室ん中で既に男女の揉める声が聴こえてきてるな。モカとオレの予想は大当たりで、まぁ切羽詰まる前でよかったってとこかな。オレは部屋の扉を平然と開いた。やっぱり鍵かかってねぇのな。そりゃそうか。
「一成さん」
「よう、千聖。連絡しても出ねぇから迎えに来たんだが……お取込み中だったみてぇだな」
「あー、確かに、お邪魔しま~すって感じですな~」
制服のボタンが外れ、肩からブラのヒモが見えてる千聖、ああ、それより問題なのはそんな千聖の上に
悪いな、そこの
「初めまして、清瀬一成と言います。羽丘学園でクズ教師をしてるんで……どうぞお見知りおきを」
社会人の通例は初対面の挨拶には名刺交換だ。まぁ、相手はすぐには出せるのは名刺じゃなくて下半身なんだけど。
つか思うんだけどソレ、後々の処理どうすんだよ。お前の社会的地位は落ちぶれること間違いなしなのによくもまぁ、元カノでマネジメント担当のアイドルを襲えるな。オレなんか誘われねぇとシねぇってのに。
──悪魔攻略戦、なんともめんどくせぇ状況になってきたな。アイツは、ついにオレだけを標的にすんじゃなくて物理的に、オレの周辺にいるヤツを排除しにかかってきたっつうことだ。つか犯罪はやめろ犯罪は。オレに言われたくはねぇかもしれねぇけどさ。