青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑩相愛サンフラワー

 ヒナは全てを敵に回してる。アイツは今、全てが敵だと思ってるだろうからな。悪を叩き、制裁を与えて正妻に収まろうっつう腹みてぇだ。と字面だけは面白いものの何をしでかすが分からねぇっつう笑えねぇ状況でオレは蘭とデートをしていた。買い物してメシ食って、向かった先はカラオケボックス。

 どっかのガールズバンドの曲を熱唱していく蘭をぼーっと眺めながら、やっぱちゃんとヒトに聴かせる練習をしてるヤツってすげぇな、なんて考えていた。

 

「おー、点数高ぇ」

「別に、普通だから」

「そう言うなよ。オレなんか得意な曲でもそんなに行かねぇんだからさ」

「……一成に負けるわけないし」

「そうか? ならちょっとでも負けてたら笑ってやる」

 

 まぁ当然普段から歌を人に聴かせるヤツに勝てるワケもなく80点台の点数にオレはしかめっ面をした。このテの娯楽は教師になってから遠のいちまったからな。そうそう90なんて取れやしねぇか。蘭に対抗なんてバカバカしいけど、これが意外にモチベーションになるから、オレも割と負けず嫌いだな。

 

「ところで、お前ってカラオケ大丈夫だったんだな」

「なんのハナシ?」

「んー、いや、深い意味はねぇけど」

「気になる言い方するくらいなら、言えば?」

 

 肩を寄せて曲を選んでいた、その右側の赤メッシュを撫でながらながら、スキンシップを一瞬、躊躇った。その動作で蘭もどういうことなのかを察知しやがったみてぇだ。するりとヒトの前にやってきて、ちょん、とキスをしてきた。

 

「……元カレとのこと、心配してた?」

「そりゃあな。こちとら、一回トラウマこじ開けて泣かせちまってんだからさ」

「ありがと」

「嬉しそうにすんなよ、バカ」

「うっさいクズ」

 

 蘭がかつて元カレに迫られてあわやっつう状況になったのが、カラオケボックスだったのを知ってるからな。そこでホントは怖くて泣きそうだったら困るんだっつうの。今は綻ぶ口許が杞憂だってことを教えてくれて、よかった、なんて安堵してるけどな。

 

「それに……一成なら、ココで襲われても……きっときもちいから」

「バーカ、こんなトコ、カメラ付いてんだからヤったら通報もんだろうが」

「ふふ……あはは、そうだった。18歳未満を連れ込んでえっち、なんて……一成、終わっちゃうもんね?」

「よくわかってんじゃねぇか。ほらほら、次の曲入れろよ」

「うん」

 

 ったく、ヘンなこと囁きやがって。思わずそういう気分になりかけただろうが。

 そう思っていたらやけに過激な歌詞が飛ぶヴィジュアル系バンドの曲を歌い始めた。なんつうか雰囲気がピンク色だ。おいやめろ、流し目送ってくんな、どこで覚えてきやがったそんなの。

 

「……千聖さんが、一成を誘うならストレートの方が効くって」

「クソビッチめ……」

「それでもダメなら舌入れろって」

「……あんのエロ魔王……」

 

 昨日なんだかんだで、キスだけで年相応みてぇな寝顔で眠っちまったクセに。おかげで割とここだけのハナシ、ムラっとしたままお預けだったんだからな。舌なんか突っ込まれたら襲いかねねぇからやめてくれ。

 そんな煩悩を払うように大学の一時期ハマってた失恋ソングを歌い終わったオレに、蘭は少しの沈黙を挟んで、切り出した。

 

「……日菜さんのこと、大丈夫なの?」

「どうだろうな。とりあえず紗夜とリサに危ねぇからっつうことは言ったけど」

「解決はしてないよね?」

「そうだな。全く解決してねぇ」

 

 けどこれ以上はどうしようもねぇんだよ。紗夜には必要以上になんにも言うなって言ってあるしな。万が一ってこともあるから蘭やモカも目を離して一人にさせるワケにはいかねぇんだよな。

 対策として一応、常に二人で行動を意識するように伝えてる。紗夜にはリサ、花咲川なら千聖や松原、こころと。

 モカはバイトでリサ、もしくは蘭や他のメンバーと。そうやって千聖と同じ徹を踏ませねぇって決めてるからな。アイツん時はなんとか間に合ったけど、もしも間に合わなかったら、そう考えるとぞっとする。

 そんなことあっていいはずがねぇ。ヒナの欲望のために他のヤツが傷つく、なんてのをスルーしてたらクズ教師すらも失格だ。コレはもうオレが教師としてやっていくかどうかのハナシだ。そう思うと、ぜってぇに止めてみせるって気になるな。

 

「……なんでちょっとイキイキしてんの?」

「いや、なんか教師スイッチ入ったからな」

「……ぷっ、なにそれ」

「笑わなくていいだろ」

 

 なにより、こうやって笑って背中を押してくれるヤツがいるってことがオレにはでかすぎる財産みてぇなもんだ。オレが知らねぇ間にもめまぐるしく成長していく生徒たち。流されやすくて、そのくせカラダの関係を持っても浮気性なオレをそれでも、好いてくれるとんでもねぇバカども。ソイツらのためにも、ヒナの暴走を止めなきゃいけねぇ。

 

「気合入ったのはいい。でも、一人でなんとかしようとか思わないでよ」

「……そうだな」

「あと、一成がなんと言おうと、アタシとモカがこれ以上はダメって思ったら、日菜さんは排除する。これ以上みんなに危険が及ぶならアタシは戦う」

「……蘭」

 

 これは蘭からの忠告だ。あんまり悠長に、甘いことばっか言ってるとヒナはますます増長する。だから、早めに決着をつけろってことだ。厳しい。けど当然の反応だよな。

 現に千聖がもう傷を負ってる。紗夜、モカ、蘭。もしかしたら蘭の幼馴染たち、こころやリサにまで手を出すかもしれない。あまりにも危険すぎるんだ、今のヒナは。

 底抜けに明るくて、よく分かんねぇところに興味を惹かれて、目を輝かせるあどけないアイツは、どこにもいねぇんだ。

 

「……ねぇ、一成」

「どした……っ」

 

 前のヒナを思い返して、少し表情が暗くなったのを見透かされたせいか、蘭は大きな目を閉じて、オレの唇に自分の唇を押し当ててきた。長いキスの後、ついばむように何度か繰り返して閉じてた目を開いた、そこに、潤んだ星が、瞬いていた。

 

「どうしよう……アタシ、どんどん一成のこと、前より好きになってる。一緒にいて幸せ過ぎて、その後を考えるのが怖い、苦しい……これが、ヒトを好きになるって気持ちなの?」

「……そうだな。それが、好きって気持ちだな」

 

 コイツは今、繋ぎとめようと必死なんだな。オレにどこにも行ってほしくない、教師じゃなくて、男として自分だけを見ていてほしい。そんな不満すら、青春の前じゃ胸をざわつかせる恋心に変わる。

 ──悪いな、蘭。オレは共感しかしてやれねぇ。教師として、お前のその苦しいってくれぇの好きをなんとかすることはできねぇんだ。んで、それはあのクズ教師にもできなかったことだ。

 アイツは、由美子はその気持ちを丸ごと、呑み込んできやがったからな。その上で、それじゃあずっと一緒にいてあげるよ、一成、なんて笑いやがるんだから。自分が長くねぇことを知っていながら、それでも言わずにはいられなかった、って今ならそう思える。

 

「少なくとも今は、こうして受け止めてやれる」

「その後は……アタシが決めること」

「ああ、まだ時間はある。ゆっくりでいいから、お前にとっての青春の答えを見つけるんだ」

 

 オレは別に、事故とかで死んだりしねぇ限り大丈夫だから悩め。悩んで、悩んで、お前の青春の色を羽丘にやってきて聴かせてほしい。そん時は、元教え子としてでも、爛れた関係だったヤツとしてでもいいから。オレはお前やヒナ、モカたちとの間にできた切れない縁を、見ねぇフリなんてしないから。

 髪に触れ、肩に触れてきて、そうやって触れ合っていくうちに、また個室に唇が触れ合う音が響いていく。

 

「ん……もっと」

「これ以上は、オレが止まんなくなるから」

「いいよ。襲ってよ」

「まずいだろ」

「じゃあ……一成んちなら、いいでしょ?」

「……悪い、わけじゃねぇけど」

 

 いつの間にそんな誘いを覚えてきやがったんだ。しかも流石は蘭、ストレートながら直接的な単語は出さない。そして流石はクズ教師たるオレでもあって、ダメだのなんだの言いながら、流されるまま、蘭の舌を受け入れちまう。つか上手くなったってか、たどたどしさがなくなってきてんのは、この際どうリアクションすればいいんだろうな。

 

「蘭?」

「……モカがさ、前に言ってて……その、調べてみたんだけど」

「何を?」

 

 個人的観点だが、ここで思わず訊き返しちまうところが、流されやすいクズって部分なんじゃないかと思うんだが。純粋(ピュア)で、割と性知識にも乏しかった蘭だけど、モカや千聖に毒され始めてるようだ。これは教師としてあの厳格な父親に申し訳が立たない事態って、もう手を出してるから一緒か。ならいっか。

 

「こ、コレを……口で、する、んだよね……舐めたり、く、咥えたり……って」

「なるほどな。やってこねぇと思ったら、知らなかったのか」

「し、知るわけないじゃんっ、モカと千聖さんが、それで何処が弱いとか、話してて……そこで初めて知ったんだから」

 

 蘭っつうヤツが近くにいんのにオープンすぎんだよ二人。つかモカは恥ずかしがってただろ、ちょっと前まで。オレの反応が楽しくなったらしくノリノリだけど。つか千聖は後輩にナニ吹き込んでんだよ。あのエロ魔王め。

 際どい、っつうかもう退廃的でしかねぇ会話に仄めかされる、ピンク色の空気に、波にオレは流されていく。

 

「……間近で見たの、初めてかも。なんか、グロくて、変なニオイする。こんなの、口に入るの……?」

「最初は舌だけにしとけ、顎が外れると歌うのに苦労するだろ」

「うん……」

 

 こんな一幕が、蘭や他のヤツと過ごす、爛れてて、退廃的な時間がヒナにとって敵だって言うんなら、オレはヒナだけを選べねぇな、やっぱ。度し難いかもしれねぇけど、コイツらは、きっと後から出逢う生徒たちの中でも、とびきり特別で、生徒と教師以上に、大切なモノを持ってるから、きっと、間違いの被害者は、コイツらだけだから。

 

「……明日、アタシも一緒に行っていい?」

「もちろん。つか、今日泊まってく気満々だろ」

「まぁ……うん」

 

 日曜は紗夜のハナシを聴きに行くってことで、それ以上、ヒナのハナシも、明日のハナシもせず、オレはカラオケ帰り、メシも食わずに蘭を家に連れ込み、その日は家を出ることはなく、モカの訪問でやっと家を出た。

 

「紗夜さんとは~、どこで待ち合わせですか~?」

「氷川家前」

「……日菜さんと鉢合わせとか、大丈夫なの?」

 

 その辺は抜かりない。朝から撮影があるらしいからな。それに、万が一紗夜に何かを仕掛けてたとしても、家の前集合なら防止できんだろ。アイツが直接紗夜を攻撃してなきゃな。それはそれで警戒しなきゃなんねぇことだけど、ヒナはそこまで考えなしじゃダメだってことくらい、わかってんだろ。

 

「わざわざ迎えに来ていただき、ありがとうございます」

「よう、なんも変わりねぇようで安心した」

「ええ、流石に家の中ではなにもできないようでしたから」

 

 助手席に座った紗夜が、柔らかく微笑みながら、けど純粋な善意への感謝じゃなくて頬に恋の色を浮かべてるところがらしいと言えばらしいな。

 それを言うなら、オレも純粋な善意なんかじゃねぇんだけど。紗夜もそれくらいわかって、それでいてこんな顔をしてる。

 

「それで、どこ行く? 紗夜の行きてぇところでいいからな」

「……それでは、その、カラオケに」

「カラオケ?」

「意外っすね~」

 

 確かに意外だけど、オレと蘭が微妙な顔してんのはもう一つの理由は、昨日行ったばっかりだからなんだよな。ただ、それを察知したモカと違って知ることのない紗夜は下を向いて、照れた表情をしていた。

 

「その……実は、私、そういうところに今まで行ったことがなくて……」

「なるほど」

「キョーミはあったんですね~」

「私は歌よりギターばかりですから、そういったものに縁がなくて」

「でも〜、今だと楽器弾けるトコもありますよ〜」

「……そうなんですか?」

「そうなの?」

 

 紗夜とついでに蘭がえらく食いついて、しばらくの逡巡。ポツリと、ギター取ってきます、と言ってまた車から降りていった。

 ホントにギターばっかりなんだな。そこが紗夜の魅力だって感じちまうよ。

 

「あ、アタシも……取ってこようかな」

 

 蘭はなんか負けず嫌い発動してるな。ストイックさで言うなら紗夜の方が上だしな。

 まぁ、好きにしたらいいさ。でも、ちゃんとハナシもしてくれるんだろうな、特に紗夜は。

 んで結局、車にはオレとモカだけになった。確かに近所だけどな。仕方ねぇ、後で迎えに行ってやるか。

 

「……ギターにヤキモチ?」

「違ぇよ」

「あたしはせんせーにそんな顔させるみんなにヤキモチだけどね」

「ならモカもギター取りに戻るか?」

 

 いい、とマジで不機嫌そうな声が真後ろで聴こえた。前に比べたら随分とかわいい嫉妬だな。それも、お前の成長、自分の気持ちに向き合ってるっつうことなんだろうな。なら、オレはそれに応えるのが、誑かした責任の取り方だ。

 頬を膨らませてるのか、なにやら空気の音がする真後ろに手を延ばすと柔らかい頬の感触がこすりつけられてくる。ホント、ネコみてぇなヤツだよ、お前はさ。

 

「……そうやって構うから、あたしみたいな子がチョーシ乗っちゃうんだよ」

「知ってる。今お前があっという間に機嫌よくなってんのもな」

「むぅ」

 

 モカのご機嫌取りに頬を撫で、頭を撫で、えへへぇ、と綻ぶ顔に笑っていると紗夜が戻ってきた。

 ギターは後ろに乗せて、また助手席に座った紗夜は、険しい顔をしてた。なんかあったのか。

 

「随分、青葉さんとはスキンシップが多いのですね」

「そうか? モカは口より手が出るタイプだからじゃないのか?」

「もー、それだとぼーりょくてき、みたいじゃ〜ん」

「合ってる合ってる。お前のスキは一種の暴力だよ」

 

 座席の間から顔を出して、もっと撫でろと言わんばかりのモカにその感想は間違ってねぇだろ。しかし、モカにも紗夜にもそれは納得できる答えじゃなかったらしい。

 

「私ももう少し」

「……いや、お前は構いきる前にエロ悪魔と化すだろ」

「あーやっぱ紗夜さんもエロたんとーなんですね〜」

「ちがっ、違います!」

 

 なんも違わねぇから。否定するとこじゃねぇからな。お前はエロ担当なんだよ残念なことにさ。

 なんせ普段の凛とした青薔薇も、誰もいなくなった途端に甘い香りを放つピンク色に早変わりだからな。ついついそれにクラっとやられるオレがなんか言えることじゃねぇけど。

 つか続きはせめてカラオケボックスでしてくれ。拗ねるヤツがもう一人増えたら付き合いきれねぇから。

 

「コホン、とにかく、一度手を出したのならこういった不満は出さないことを念頭に置いてください」

「……おう」

「そもそも、不公平によって不満が噴出したから、次から次へと問題が起こるのでしょう?」

「……そうだな」

 

 ド正論だった。流石に今回は暴論で逃げるっつう手段は逆効果だと悟り素直に受け止めておく。JKに論破させるの、なんかスゲー負けてる気がするけど。ホント、しかも紗夜に、あの正しさの鬼である紗夜に。

 ──まぁ和やかで平和的な限りなんでもいいけどな。この輪の中にアイツがいねぇんだけどな。

 

「……そういうところが、不公平だ、と言うのです。今この時も、貴方の中に……日菜がいるなんて」

「放っておけるような性格じゃねぇからな……アレを見れば尚更な」

 

 あの底抜けに明るいバカヒナが、悪魔と言ってたものの、なんやかんやで甘くて、いっつもキラキラしてたヒナが、千聖にあんなことをけしかけたっつうのは、オレにとって少なくねぇショックを与えてた。だから、これ以上ヒナがバカなことをしねぇように、妨害してる。被害を止めるためじゃなくて、ヒナがヒトを傷つけなくてよくなるように。

 結局、ヒナはオレのリスタートポイントなんだよ。腐ってた不良教師を、そのまま受け入れてくれた。ダメになりそうだったオレに寄り添ってくれた。それは、由美子の影としてじゃねぇ、特別な気持ちだ。

 

「だからこそオレは教師として、ヒナを今のまま放置するワケにはいかねぇ」

「……一成」

 

 ──未来への希望が蘭であり逆位置にいたヒナは過去の希望の存在だ。ああやっと自覚できた。オレ氷川日菜っつう女にどうしようもなく惹かれてたんだな。

 夜空のように底の見えない黒と、そこにキラキラ粒のように光る星のような、困ったひまわり。オレはヒナが大切で特別だった。どうしようもねぇくらいの安らぎだった。それなら余計にオレが出来ることは一つだ。ケジメをつける。戻らねぇ時計の針を、無理やりにだって巻き戻すだけだ。

 

 

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