ヒナの一件でどこまでも、オレは甘くて愚かでクズもいいとこの男だと思い知らされた。けどそれを思ったのは初めてじゃねぇ。担任二年目。当時二年生のクラスを持っていたオレはクラス内での人間関係の悪化を見せられて、その結末にオレは思い知らされた。
グループが一人を追い詰めるっつうクソな展開、そのグループのリーダー各だったヤツは、社交性はあるが我が強く、他人に合わせるというよりは自分に合わさせるっつうほうが正しいキツイ性格をしてたクラスのトップカースト。コイツはその性格で教師すらも呑み込もうとしてた恐ろしいヤツだ。
んで、それと取り巻きに絶対に靡かなかったのが、オレにこうして克服の機会をくれた富士見麗奈。レナは別にクラスのカーストが低かったワケじゃなくて、そのピラミッドから完全に外れてたヤツだった。一匹狼で近寄りがたいヤツだけど、オレはソイツと関わることが多かった。なんだか放っておけなくて。
「センセーは、ムリしすぎ。今のセンセーは、ツクリモノみたい。見てらんないくらい、痛々しい」
レナは言葉に飾りっ気がなくて、でもその分、その通りだと思うことが多かった。口調に気を付けてた、タバコなんて吸わねぇようにしてた。そんなオレの無理を、ぶっきらぼうに指摘して、少しだけ悲しそうな瞳を伏せた。ツクリモノのオレを否定してきた。
素直にカッコいいとそう思えたヤツだった。けど、オレはソイツの言葉をホントの意味で理解できちゃいなかった。だから崩壊した。
「……その悪化は、その彼女の退学で収まった、というわけですか」
しかもオレが倒れてる間にだ。ホントに突然の自主退学だった。理由もその後もなにもなく、アイツはいなくなった。
けど、それに対して辛いとか嫌だとかじゃなくて、一番に悔しいと思った。確かに素行のいいヤツじゃなかった。バイク乗り回すのが好きっつってたし、髪も染めてたし、タバコも吸ってやがった。わかりやすいくれぇの不良だったけど、オレの授業は……つかどの授業も、聴いてねぇようできっちり聴いてたからな。
だからそんなヤツがいなくなって、クラスも、他の教師も、安堵してたことが、悔しかった。
「せんせーてきに根はいいヒトだったんだね~」
そう、レナはいいヤツだった。そんないいヤツを、オレはみすみす、退学させちまった。二年間を、空白にしちまった。それはあっという間に噂として広まっていった。
──無能教師が、生徒を退学に追い込んだってな。間違ってねぇだけに、オレはなんとも言いようがなく、積み上げた信頼もなにもかもを失った。
「でも、あなたはおかしなことしていたワケじゃないわ。平等、それは美しいまでの理想であるべきよ」
それは結果が伴ってこそ。結果の伴わねぇ理想なんて寝言と変わりねぇ。オレは寝てたっつうことだな。
眠りこけてたクズ教師は、そこで更に一年、腐っていく。なにもねぇ、ただ教科担当としての責務だけをこなす毎日。淡々と、淡々と。同じようなことを延々と、繰り返す日々。自分には何もねぇ、そう思い知らされた。
「けど、そんな一成をあのヒトが見つけた。また、強制的に教師にした」
そうだ。アイツが、ヒナがオレのところに来てくれた時から、ただこなしてくだけだった日々を一変させちまった。
蘭に逢うまでの二ヶ月間、オレの羽丘での生活はヒナに振り回され、ヒナの笑顔と一緒にあった。たったそれだけのことで、オレはアイツに安らぎを感じた。許されたことに、許せたことに、オレはどうしようもなく充実を感じたんだ。
「それで、先生は変わったのね、笑顔を届ける魔法使いに!」
「ヒナが好きで、そんなヒナのために……かぁ。うん、ロマンチックでカズセンセっぽくていいと思うな〜、なんて」
「だったら! やっぱり目をそらすなんてよくないよ! 全力でぶつからなくちゃっ!」
「ほどほど……なんて言ってられないなら、もう受け入れちゃいましょ。その方がいい方向になることだってあるんですから」
「あの……私は、日菜ちゃんのために……できること、先生はまだ、たくさん……あるんだと、思います」
「いっけー! 当たって砕けちゃえ! その方がキラキラできますよっ!」
いざと言う時に逃げたくなるような臆病なオレが、いなくなったワケじゃねぇ。今だって足は竦むし手が震える。けど、オレの背中に、逃げられねぇくらい沢山のヤツが、手を延ばして、押してくれる。ホントに、ムカつくくれぇ、幸せな教師やってるよな、オレはさ。
「一成なら大丈夫だよ。誰よりも大人になることに憧れたキミなら、誰よりも……私の背中を見て、教師を目指したキミなら、生徒みんなを、幸せにできるよ」
ああ、アンタにまで太鼓判押されるなら、砕けてみちまおうなんて思っちまうような弱くてクズなオレを許してほしい。
優柔不断で、流されやすいクセにウジウジと昔の恋を引きずるオレを、どうかそれでも最後まで見ていてほしい。アンタの前じゃまだまだガキっぽくなっちまうけど、オレはきちんと教師として、間違えちまった関係を、清算しに行ってくるよ。
「悪いヒナ……遅くなった」
「……カズくん」
ついに、壊れちまったヒナと真正面から対峙した。愛してほしいと必死に泣くガキを放置したツケが、これだ。歪んじまったヒナからは、前のような宇宙の煌めきなんて感じなかった。星の無い夜。暗闇、それだけがヒナの目には映っていた。
「呼び出したってことは……やっと、やっとあたしだけを受け入れる気になってくれたの? やっと、あたしを好きだって、言葉にしてくれるの?」
「気付いてたのか」
「あはは、なに言ってるの? 自分じゃないヒトのことがわかんないあたしでも、あたしに向けられた気持ちがどんなのかくらいは、わかっちゃうよ」
「……そうだな」
お前は鈍いけど、興味を惹かれたものには、普段の能天気さから想像できねぇくれぇの力を発揮するもんな。きちんと準備してきたつもりだったけど、ラスボスは思った以上に強敵だ。今のレベルじゃ、安全とは言えねぇな。
「けどココで今更、ヒナを愛してる、お前だけが全てだ。なーんて甘っちょろい言葉を並べるためだけに屋上を不法占拠してるわけじゃねぇんだ」
「そっか。結局あたしはカズくんの一番にはなれないんだ、あたしは、勝てないんだ」
「勝ち負けじゃねぇよ」
「勝ち負けだよ。たくさんライバルのいる、勝負だったよ」
確かにそうなんだろうな。それは蘭やモカ、千聖からも薄々は思ってたけど。勝ちヒロイン、負けヒロインってのはモカの言葉だったな。蘭やヒナは勝ちで、自分は負け……今なら確実にその意味を理解できる。理解できるようになったんだよ。だからオレはお前の前に出てきたんだ。
「……あたしは、絶対にカズくんの一番になれない」
「ヒナ?」
「一番になりたかった。でも無理なんでしょ? だったらもう、いいよ」
「……おい」
まるで当たり前のように、ヒナは屋上の手すりに、よっ、と腰掛けた。夕陽が沈もうとする屋上で見るその景色は、ひとつの絵画で、悲壮な顔をするヒナは、それでも美しく見えた。おいおいまさか、冗談だろ、なぁヒナ。
「カズくんを好きになって、カズくんに好きになってもらって、いっぱい色んなことがわかって、すごく楽しかった。るんってすることもいっぱいあって、楽しかった。けど……それだけじゃ意味ないよ」
「意味はあっただろ。色んなことがわかった、楽しかった。それだけで意味はあっただろ」
「だって……こんなに苦しいのに、カズくんは大丈夫だよ、って抱きしめてくれないんだもん」
苦しい? そんなん一番になれたって幾らでも味わうんだよ。苦しくって誰にも言えねぇ気持ちを抱えて、泣いて、泣いて……そうやって恋をする。青春ってのはそういうもんだよ。お前だけがその痛みを味わうワケじゃねぇんだよ。
「それにさ、カズくんは……裏切ったんだ。明日を、あたしの明日を、裏切った」
「……なんの、ことだよ」
「停学明けて、カズくんが屋上に来るかなって、待ってたんだ」
──けど、オレはそこにいなかった。トラウマをこじ開けて、情けなくぶっ倒れて、休んだんだ。オレのことを探してくれるヒナを、置き去りにして。
それは間違いなく裏切りだ。待ち望んだヤツが来ない辛さ、そんなオレを縛り付けてしまえばいい、なんて思ったのか。けどだからって、お前は自分が何をしようとしてんのかわかってんのか。
「……カズ先生は、また間違えたんだよ。だから……今度はあたしが……それを教えてあげるんだ」
「──ヒナ!」
あっさりと、ヒナは体重を後ろにかけ、黄昏の中に消えようと、身を投げた。
オレを縛り付けるために、由美子のように、オレの前から消えたアイツのように、オレを殺すために。これで、オレはヒナを殺したっつう傷が残る。一生モンのな。
──ふざけんな。ふざけんなよバカヒナ。このオレが、クズ教師やってるようなオレが、三度も同じ失敗をするようなヤツだと思うなよ。成長してんのはてめぇだけじゃねぇんだよ。それを思い知る時だ。
「……え?」
「──ったく、バカヒナめ。死んでなんとかなるなんて思ってんじゃねぇよ!」
「どう……して?」
不意を突いたつもりだろうがお生憎様だな。ちょいキツいけど、お前の背はオレが支えてる。死なせねぇよ、絶対に。死んで終わりなんてさせるかよ。道徳とか倫理じゃねぇ。オレがお前に、生きていてほしいって思うからだ。
「……モカだよ」
「……っ! モカちゃんが……」
「お前が手すりに座るまでオレも半信半疑だったけどな」
強引に引き寄せて腕の中に収めたヒナの体温にほっと息を吐いた。よかったちゃんと生きてんな。現実は一緒に落ちてて、なんてことはねぇな? 安堵とは別になんか慣れちまったその抱き心地に複雑な心境を半分感じてると、ヒナは、少しの涙声でオレにすがりついてきた。
「……まだ、こうやって抱き締めてくれるの?」
「それが、今までオレとヒナがしてきたコミュニケーションだろ?」
「嫌いに、なってないの?」
「なるかっつうの。ただ、お前を好きになっちまったっつう気持ちを、リセットしてぇってだけだ。教師として、生徒が生徒でいるうちは、勝ち負けを作らねぇようにしてぇだけだ」
「一番に……なれる?」
「お前がオレの言ったことを全うして、そんでもまだオレが一番なら、そんときはもっと堂々と一番になるために頑張りゃいいんだよ」
お前はまだまだ、わがままいっぱい遊びてぇ盛りのガキもいいとこだ。でもそれは悪いことじゃねぇ。むしろそれでいい。それでこそ青春だろ。
──だから、お前に言うことはそれだけだ。遊べ、ガキらしく遊んで遊んで、青春を骨まで楽しんでいけ。んで、大人になったら、ちったぁその困った性格もなんとかなんだろ。その時になってもまだ、オレの一番に拘るってんなら、戻ってきた他のヤツを蹴落としたなら、オレがお前を全力で幸せにしてやる。
「とりあえず、お前は大人になれ。けどすぐじゃなくていい。青春を生きて、もういいなってなるまで、お前は好きに生きてみろ」
「……いじわる。今すぐ幸せにしてほしい」
「ダメだ。それは不公平だ。
文句は絶え間なく出てくる。けど涙の中にヒナの星空が戻ってきた。
つか、こんなんであっさり元に戻るなら、最初からあんなことすんなよ。千聖もきっとため息ついちまうよ。
「全然だよ」
「ん?」
「全然、許せない。今でも死んでやろう、とか、他の子との関係をめちゃくちゃにしたいって、そうなっちゃえばいいって思ってる」
「……おい」
「でも、でもね……カズくんが、カズくんがいつもみたいに怒ってくれるから、笑ってくれるから……そこまで頑張んなくても、いっかなって、思うんだ」
「そうかよ。オレは今まで通りのクズなもんでな。お前が暴走しねぇってなら、腰が痛くなることくれぇ平気だ」
収まったワケじゃねぇけど、か。結局、構って欲しかっただけかよ。メンヘラの領域超えてるような気がするんだけどな、それは。
んで、やっぱりそんなクソメンヘラ悪魔を抑えるにはオレ自身が生贄にならなきゃいけねぇんだな。卒業まで、お前の教師として、生徒と爛れた肉体関係を持った教師として、付き合っていかなきゃならねぇってことだな。
「じゃあじゃあ……ゴフサタだった分までさ──えっちしよ♪」
「……バカヒナ」
「ほーちされたんだもん、そのくらいフツーのヨッキューだよ!」
「フツーってのはセンセーにカラダは求めねぇヤツのことを言うんだよ」
「あはは、他の子なんて知らないよー、あたしのフツーだもん♪」
そっからは、ホントの意味で元通りだ。今日だけは、モカも蘭も、千聖も紗夜も、誰もいねぇ。あの日みてぇに、唯一の生徒として、オレを満天の星に埋め尽くされた宇宙で、埋め尽くす。一緒に一服吸う時間も、タバコの味がする舌を貪る感覚も、寒ぃからってカラダをくっつけあって快楽に溺れるのも、全部、全部、かつてヒナだけに感じてた感覚だ。
「……ヒナ」
「なにー?」
「結局、お前が気づいたことって、なんだったんだ?」
「……覚えてたんだ」
「逆になんで忘れると思ったんだよ。むしろ気になって仕方がなかったっつうの」
ヒナと紗夜とこころで天体観測をした時、ヒナが口走ってた言葉。ちゃんと覚えてるっつうの。
そして文字通り興味がある限り忘れることのないコイツが忘れるワケもなく、あっさりと二週間くれぇ前のちょっとした会話の続きが始まる。
「えっとね、あたしを見てる時のカズくん、どこかで別のヒトを視てたなーって思ってさ。今はそんなことないんだけど」
「……そのハナシか」
それは割と前に終わったハナシなんだけどな。ヒナには説明、つかなにも知らせてなかったな。悪かった、ホントにお前を置いていっちまってたんだな。
ちゃんと話さねぇとな。オレがどうやってここまできて、どこまで行くのか。ヒナだってオレの大事な生徒の一人なんだから。
「そっか、じゃあもう大丈夫なんだね」
「ああ、全部オレの過去だからな。んで、ヒナは
「あたしはあたしだよ! でも、カズくんの先生にも会ってみたかったなぁ」
「ケンカになるからやめた方がいいな」
お前とはちと相性が悪い気がするからな。アイツはそれなりに子どもっぽいとこあったし、ヒナだってまだまだ、だからこそそれなりに仲良くなれちまうのかも、とか思うこともあるけど。
もし、ヒナが逝こうとしたところに、由美子がいたとしたら、ヒナはアイツになんつってたんだろうな。
「わかんない。だって会ったことないもん」
「想像するとかねぇのか」
「できないことだもん、イミないって! そんなことより、もうすぐクリスマスだよ、クリスマス! どっか行ったりしない?」
「日本では一般的に恋人と過ごす日だからな」
「うん、だから訊いたんだけど」
会話がかみ合ってねぇよ。オレはお前のカレシじゃねぇって何度言えばわかるんだこのクソメンヘラが。つかマジなハナシすると二学期の終わりだから忙しいんでお前や他のヤツと退廃的で凄まじく妬まれるような性……聖夜は訪れそうにねぇんだよな。だからいっそ複数人で焼肉とか、そっちの方が健全かつ現実的だな。そもそももうすぐってひと月以上先だし。
「あとね、星も見たいな~! 双子座流星群とか!」
「それはいいな。こころとかほかのメンツ誘ってみるか」
「……二人がいいなぁ。カズくんちのベランダでゆっくり見たいし」
「ダメだ。ちゃんと天文部の活動として、じゃねぇとオレは許可しねぇ」
まったく、わがままなポルックスなことで。どっかのカストル……も似たりよったりだったな。特に最近。
「あとねあとね~、えへへ、これからもいーっぱい、あたしの先生として、傍にいてね、カズくん♪」
「先生だって思うなら先生をつけろバカヒナ」
「カズくんって短くて呼びやすいも~ん」
──言われなくとも、卒業まで嫌だっつっても構ってやるさ。
オレは、お前の、そしてオレを先生として認めてくれるアイツらにとっての黄昏であり続けるんだ。
青春のように、人生の中でほんの少しだけ色の違う時間を、クズ教師っつう光で、振り返った時に、幸せだったと思ってくれるように。
大人になったお前らが、いつか子どもに、そんな幸せを与えられるように。それが、オレの人生で見つけた──新しい夢だからな。