新しい夢、そうオレが黄昏の太陽として生徒たちの青春を照らす。それがオレの夢であり同時にオレがオレに課した、命題のようなもの。その先で何があるのか、オレにだってよくわからねぇけど、少なくともきっとこれからオレは……最低で最悪な男になるんだろうなってことはよくわかっていた。
「これで、後は芽吹くのを待つだけか」
「……種を蒔いたのに、芽吹かせるのは一成ではないのね」
「来ると思ったよ、こころ」
その種を蒔いたっつう言葉が別の意味に聴こえるからやめてくれると嬉しいな。まぁ芽吹くのを待つってぼやいたのはオレなんだけど。その言葉はやっぱり、オレを責めようって魂胆か? らしくねぇなこころ、お前が誰かを責めるだなんて。
「ごめんなさい、そう聴こえたのなら謝るわ」
「いやいい。オレだって責められるべきだって思ってるからな」
非難されるべきだ。いやそんなこと言ったら最初からなんだが、それでも最初のアレを認めてくれたヤツにとっても、アイツらの感情を知ってるヤツにとっても、オレの本当の姿を知ってるヤツにとっても、オレが描こうとしてるエンドロールは罵声を浴びせかけるようなものだ。
「あたしはまだ、納得できないわ」
「誰だってそう思うさ」
けど、よく考えてほしい。アイツらを囲い込んで、うっかり愛しちまった。このオレがみっともなくガキに対して
「なら、まっすぐにそれを伝えるべきだわ」
「
「ふざけてなんて」
「ああそうだな、こころはルールを創る側の人間だもんな。でも、オレはルールを破る側の人間なんだよ」
散々ルールを破って、青色のおにーさんにビクビクと怯えながら堂々と開き直って教師をやってるオレだが、つまりオレには守ることはできても創ることはできねぇって証左なんだよ。なければ創ればいいってのは、それだけお前がルールを創る側って証拠でもあるようにな。
「この国は一夫一妻制だ。戸籍上で夫婦になれんのは、家族だって認められる他人はたった一人だけなんだよ」
「……だからって」
「
ヒナは全てを排除しようとした。蘭はそれに立ち向かってヒナを排除しようとする。モカが全員を出し抜いて、千聖は関係に挟まれ動けず、紗夜は待つことしかできねぇ。リサは泣きそうになっちまうし、お前はオレを叱咤することでしかアイツらを笑顔にできなくなる。これが今起こる結末なんだよ。オレはその結末をほんの二年かそこらだけ先延ばしにしただけ。明日を信じられねぇオレにとってできる最悪の手だ。
「アイツらはもう、
だいたい、これまで失敗続きだったオレがポンと一回成功しちまっただけで美人に囲まれてハッピーエンドってそりゃねぇだろ。しかもオレ自身はなんもしてねぇ、ただ大人だとか抜かして上から目線でアイツらがわちゃわちゃしてるのについていっただけの腰巾着、金魚のフンが妥当な評価だ。正直、今年一年で教師としての体裁を保てただけ奇跡に近いレベルだ。
「ここまで言えばわかるだろ」
「だけど!」
「けどもクソもねぇ。もしもってのもナシだ。オレは教師であり西日だ。それがいきなり盛って中天上がってアイツらを焼き殺すなんて……死んでもごめんだね」
我ながら逃げの一手だけはすぐ思いつくなって笑うレベルだったよ。でも、もう逃げるくれぇしかなくなっちまった。アイツらはそれだけオレに近づきすぎてる。もう教師と生徒って体裁も通用しなくなる程度には。どんどん、石は坂を転がって、止まらねぇっていうんならオレは、その下にいるアイツらに危険だって教えてやらなきゃなんねぇ。
「だから、頼む。もう二度と、ヒナがここを飛び降りるなんてバカな真似をしねぇためなんだ」
「……あたしだって」
「こころ?」
「あたしだって、あなたの物語のヒロインになりたかった。なのに」
もしかしたらこれからもああやってオレが奔走して、教師だかハーレムカス野郎だかなんだかわからん状態で女を口説きまくってたら、それもあったのかもしれねぇ、他にもリサとか、他のヤツと関わっていくとふとした時にそういうフラグが立つのかもしれねぇ。アイツらがまだ制服を着る期間は少なくとも、一年以上ある。蘭やモカ、こころは二年だ。その中でゆっくりと育まれる関係ってのもあったのかもしれねぇ。
──それをオレは今ここで叩き折った。こころの中にいつの間にか蒔かれていた種、って言い方はやっぱ嫌だな。ヤってねぇし。とにかく、関わってきた時間が弦巻こころという女に、ゆっくりと恋を教えていくはずだったのに。
「別のヤツにしとけって言ったけどな」
「それで別のヒトにしようと思えたら……恋ではないのでしょう?」
「違うな」
わかってる、お前の言いてぇことは痛ぇくれぇに伝わってる。だからそんな顔すんな。いっつもにこにこ晴天の太陽サマは、オレしかいねぇと最近ホントに曇りっぱなしだな。ああもう、お前までオレを教師から遠ざけようとしてくるなんて思わなかったよ。バカどもに影響されすぎなんじゃねぇの?
「ほら、こころ」
「……一成」
「誰もいねぇ時ならいい。アイツら、たぶんまた人数増やすと余計荒れるからな」
「愛人、というわけね」
「ヤらねぇからな」
「惚れたら、いいのでしょう?」
「言葉の綾で曲解だ、って訂正した気がするんだがな」
するりとオレの腕の中に入ってくる太陽サマをしっかりと抱きとめて……ってお前、なんつうか、印象のせいで気づくこともそういう目で見てくることもなかったけどかなりメリハリあります? なんかパット仕込んできたとかならいいんだけど腰の割にケツも、と思考したら耳を抓られた。
「痛ぇな」
「変態さんには、お仕置きしなきゃいけないわ」
「お、身体の関係もねぇクセに早速愛人気取りか。気が早ぇ……って耳はやめろっての」
思いの外、女性として魅惑的な身体をしていることを知ってしまったところで、こころはゆっくりと目を開けて、びっくりするくれぇに幸せそうな顔で微笑んできやがった。あーあ、お前も男を見る目がねぇな。こんなおっさんじゃなくてもっと同年代のイイ男探せよ。手頃にあるもんで済ませていいわけねぇじゃねぇかよ
「好き」
「そうかよ。届かねぇもんを追っかけてるだけなんだけどな」
「それが、青春だと教えてくれたのは先生よ?」
「だからそれを同年代で探せっつうの」
なんでその相手が自分より一回り年上のおっさんなんだよ、おかしいだろ。けどそんなことはどうだっていいのよ、とかこころがまた笑顔を見せながら人の温もりをこれでもかというほどに奪っていく。いや、奪ってるどころかオレもこころの温もりでほっとしちまうんだけど。
「んん、ずーっとこうしていたくなるわ」
「ずっとは困るな」
「わかっているわ。けれど……離れがたいのも事実なのよ?」
「理解はしてるさ」
そう言いながらさりげなくこころを引き剥がしつつ、どこかにでかけるか? と問いかける。ぱっと笑顔を咲かせ、いいわね! とこころはまた無邪気な仕草で立ち上がりオレより前を歩いていく。どこかってお前の好きなところってわけじゃねぇんだけど。まぁいいか。
「一成は」
「あ?」
「どういう先生だったの?」
まだ出たな。この間言ったろうが、オレは過去の話をするのが苦手だって。そもそも由美子の件があるのが大前提としてあるし、そうじゃなくてもオレは誰かに自慢できるような過去がねぇからな。
「前に言ったわ」
「知ってる。だから語らねぇとは言ってねぇだろ」
「……いじわるだわ」
「バカ、バカ野郎……運転中に足を抓るんじゃねぇ」
さっきの耳といいアレか? 暴力系なのかお前? やめとけやめとけ流行んねぇよイマドキ。蘭だって偶にしか手が出ねぇっての。千聖が文句あると足踏んでくるけど。あのクソビッチ、ヒールで踏みやがるからな。ご褒美でもねぇから。車を走らせてやってきたのはそれほど遠いワケでもねぇ、いつもの羽沢珈琲店……とは違う、駅前の喫茶店だった。さすがにここなら誰もこねぇしな。
「そんで、何が訊きてぇんだよ」
「全部よ!」
「大長編語らせやがるな。夜が明けちまうよ」
「それもいいわね! 先生のおうちでゆっくり聴きたいわ!」
「自分のおうちに帰ってもらいますかね?」
人んちで夜明けを迎えようとするな。んじゃあ全部とは言うけどかいつまんで適当に語るとするかな。まずは、そもそも入る前に色々あったんだよな。具体的に言うとオレって二十四の時に就職してるんだよ。二年後ろで、だから先日あった香織とばったり会って気まずい思いをしまったんだけど。
「前の二年は何をしていたの?」
「なんかアプリの運営みてぇなの。広報とかカスタマーみてぇなのとか」
タバコ仲間だった先輩が社長を務めるソコで二年間、とにかくオレは不特定多数の、しかも相手が男だか女だか年上だか年下だかよくわからんヤツらの相手を延々とさせられた。それがお前の仕事だとクソ理不尽なことに四六時中だ。
「元々二年で辞めるっつうか、二年経ってまだ教師になりてぇんだったら社長自ら紹介してやるって言われてな。大学四年で色々不安定になってたオレは、ちょっと逃げるって意味もあってそこで過ごした」
「それで、二年遠回りをして羽丘の先生になったのね」
「おう」
どういうコネをもってたのかなんてさっぱりだがとにかく、その伝手を使ってオレは羽丘の教師になった。そしたらまさかの同ゼミの、しかも浅からぬ縁の後輩が一緒ってんだから当時のオレはめちゃくちゃ驚いたってわけだ。
「浅からぬ縁……ということは?」
「ハズレだ」
正確に言うと大学三年から卒業まで付き合ってたカノジョと高校大学と一緒だったヤツなんだよ。ほらな、一応浅い縁じゃねぇだろ? まぁ香織やその親友のことはどうだっていいんだよ、今は教師時代の話だからな。
「つか最初のころはなんの問題もねぇよ。とりあえず馴れるまで大変だったってのはそうだが」
「担任の先生にもなったのよね?」
そうだな。それなりにマジメにやってて評価されたのか、教科担当としてウケがよかったのかはわからねぇけど、結構すぐに一年生の担当をやらせてもらった。副担任から慣らしてくるんじゃねぇのかとか思ったけどな。たぶんオレは部活の顧問もやってなかったから暇だろってことだったんだと思う。
「失敗したのね?」
「まぁ、端的に言うと」
あの頃のオレはなんでもかんでも平等で生徒を導ける、カミサマみたいなものを目指していた。今考えるとくっだらねぇけど、あの頃のオレはそれを目指して邁進していた。だけど、じゃなくて
「アイツはいっつもオレの理想をくだらないだの貶してきたんだよ。今じゃ正しかったのはレナの方だったけど、当時のオレに認められるワケもなくてさ」
けど色々と偽ってるオレにとって素のままで教師ができてたのはレナだけだった。担任をしていて情けねぇことだとは思うけど、オレが胸張って生徒だって言えたのは、レナだけのはずだったんだよな。けど、アイツは中退した。
「つい最近までこの辺の記憶あやふやだったんだけどな、オレさ、アイツを助けようとしてたんだ」
そこで呼び出して、話をしてる最中に高校ん時のダチから連絡が来たんだよ。内容は由美子の法事に来ねぇことに対する怒り。ソイツはオレと由美子が付き合ってたことも知ってたから、余計にそう思ったんだろうな。恋人が死んだ時にも、その後の法要に呼ばれてたはずなのに、オレは無視し続けてたんだから。
「……一成」
「ほら、湿っぽくなるだろ? これを笑い話にできる自信がねぇから言いたくなかったんだ」
結局は、大学時代も教師時代も、いつもいつもオレは由美子を引きずってミスをしてる。今回のことだってそうだろ? だからもう、オレは明日に人生を懸けるのはやめたんだよ。オレが人生を懸けるものはただ一つ、教師としてアイツらを幸せにしてやることだけ。
「つかこころも」
「あたし?」
「幸せになれよ」
「……怒っていいかしら?」
「勝手にしろ。怒ってくれて構わねぇけど、オレはお前らの将来の相手になるつもりはねぇよ」
言い切ると不満そうな顔をされるものの、オレはもう決めたんだよ。つかお前らだっていやだろ、明日を信じられねぇクソみてぇな男、しかも浮気までするような男だ。そんなの青春のアヤマチで済ませた方が身のためだろ。そもそもこころはオレで処女まで散らすバカな真似はしねぇって信じてる分いいけどな。
「それで安心されていると……なんとかして奪ってほしくなっちゃうわね」
「ははは、マジで勘弁してくれ」
ホントに勘弁してくれよな。オレが本気で誘われると断れねぇってのはわかってんだろうが。というかしっとりと微笑むな、オレの中で何かが目覚めそうになる。弦巻こころといえばいっつも太陽みてぇな金ピカ笑顔だろ。ガキみてぇに口を開けて笑うんじゃなくて、微笑まれるとなんて言ったらいいんだろうな、とにかく相手をガキだと思ってるからそうなるんだろうな。
「なるほど、先生を笑顔にするにはあたしが大人になればいいのね!」
「まぁそうなるのか……って違う。ガキだからとかじゃなくてだな……」
「そうなるのよ!」
いやお前が自己完結するんかい。全く持ってこころってヤツの思考はヒナと同等かそれ以上にわかんねぇやつだ。だが少なくとも、目的だけは一つ、明らかになっていることがある。
──コイツはオレを教師であり続けながら一人の男としての笑顔を模索している。そんな風に、あり得ないことをカタチにしてくれようとするほどに、オレを愛してくれる。優しくてバカみたいに明るい太陽サマだ。