青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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第七章:そして彼は屋上で
①夕空オーキッド


 教師なんて仕事はロクなもんじゃない。オレはそんなことを、24ん時に私立の女子校に就職してから知ってしまった。中高一貫のそこは、部活に力を入れてるようで、上司の一人が、ウチのダンス部は全国的にも有名で、と声をでかくした瞬間にしまったと思ったのをよく覚えている。オレはあんまり部活の熱意、っつうのはよくわかんなかったからな。

 ──それから四年と半年が経ち、若くて熱意のあったオレを過去っつう暗闇に置き去りにして、未だ未来なんて言葉だけはいっちょまえな暗闇をだらだらと行進中……やってられるかとやる気を失ったばかりにオレは不良教師のひとりってわけだ。唯一の救いは顧問をしてる天文部はメンヘラ悪魔の頭がイカれてんのかと思う天才がひとり、私的利用してるだけ。変人だってのはよく分かってる上に同僚、上司も、なんならオレだってソイツの扱いにゃ困ってるようなヤツだけど、オレとしては都合がいい部分もあるんだよな。

 んで、そんなことよりもっと問題なことがある。教師がロクなもんじゃねぇって証左が、このオレ、清瀬一成って人間なんだよな。

 なにせ、オレはクズ教師よろしく、生徒を囲い込み、挙句は複数人とカラダの関係を持ってるっつう事実があって、即時抹殺されてもおかしくねぇ行為だ。ロクでもねえ教師、の最上級みてぇな存在が、オレだった。別に女子校に嫁探ししに来たわけじゃねぇが、セフレはもっと探してもねぇんだよな。けど結局、他校の生徒まで含めて五人と関係を持ってる。いつ通報されるかいっそワクワクしてる部分もあるんだけどな。

 

「つかなーにやってんだろうな、オレは」

「……今更後悔するんだ?」

「客観的に考えてみろよ」

「通報するけどいい?」

 

 絶好のサボり場でもある屋上で、オレはそんな生徒による無体な言葉に息を吐いた。そうか、そうだよな。客観的に考えたら生徒たちの将来のためには社会的にぶち殺した方がずっとマシだよな。教師できなくさせた方がいいよな。

 

「本気で落ち込まないでよ。アタシがそんなことするわけないじゃん」

「優しくされるとムラッとするな」

「……やっぱ通報する。変態、バカ、クズ」

 

 けど、そんな変態ロリコンクズによる犯罪スレスレどころか一線をゼロにして幅跳びしてるような言葉にも、蘭はその特徴的なメッシュと顔を同じ色にするだけ。本気で嫌がってはいねぇんだよな。

 むしろ、満更でもない感じがするうえに、そんな蘭がかわいいと思っちまうから、やっぱクズだよな。

 

「それで、日菜さんは? ほっといていいの?」

「……今頃、たっぷり怒られてる頃だと思う」

「誰に?」

 

 そりゃあ、蘭はこの間初対面だった、普段はゆったりのほほんとしてて、更に自由を基本理念にしてるクセに、怒るとめちゃくちゃ怖いお姉さん(かおり)だからしらねぇか。ヒナがあっさりと元に戻ったことを知ったそいつは、程なくしてヒナをお茶に誘った。それが丁度今日だった。

 お茶に誘った理由は勿論、オレがヒナの悪行を言いつけてるから、だな。それを知らないヒナは呑気に向かって、さて、ヒナのブレーキたる香織とはどんなハナシをしてるんだろうな。

 

「なんか、一成の後輩って感じだね」

「適当と自由は別モンだろ。反面教師にされたってなら納得だけどな」

 

 それにアイツは去年、ヒナとそれに負けず劣らず変人だったもう一人のヤツを制御してたようなヤツだからな。オレとどっちがマトモな教師か、なんて語るまでもねぇよ。辞めちまうなんてホント、オレからしたら勿体ねぇにも程があるっつうのに。

 

「……蘭」

「なに?」

「吸ってもいいか?」

「……なんかあったの?」

 

 なんも、と首を横に振った。決別のための最後の一本ってだけだ。これが終わったら禁煙……はしねぇけど、しばらく独りで吸うことはなくなるだろう。唯一、ヒナといる時だけ、ヒナが鍵を持ってる天文部の棚ん中に、保管してある。

 未成年に預けるなんてカッコ悪いことこの上ないけどな。こうでもしねぇと、結局吸っちまいそうでさ。

 

「……いいよ」

「サンキュ、蘭」

「うん。アタシはもう、平気だから。タバコも、キスも……えっちも」

「強がらなくていいんだけどな」

「強がってない……一成の記憶に、全部上書きされたから」

 

 なんだよ、それは。なんでそんな幸せそうに照れ笑いしてんだよ。

 結局オレは、なに一つ、変われなかった。紗夜が、千聖が、モカが、ヒナが……なにより蘭が変わって、成長していったのに、オレは成長することなく、こうやって生徒の甘い顔に、甘い声に、クラっとしちまう。それがいいことだなんて思ってなんかいねぇ。これがハッピーエンドだと思うような、めでたしめでたしの思考は残念ながら持ってねぇんだ。

 迷いじゃねぇ、これがコイツらの教師として現状での最適な答え、ってのもわかってる。

 わかってるから、オレは自分が嫌になりそうだ。バカみてぇに次から次へと問題が起こったってのに、のほほんとヒナの活動中、屋上で一服して蘭を構う日々が戻ってきたんだからな。

 

「一成は、アタシとするの、嫌なの?」

「なにヒナみてぇなこと言ってんだよお前」

「いいから、答えて」

「……嫌なワケねぇだろ。とびきりの美人が甘い声で啼いて、感じてくれるってのに」

「……っ、うるさい、バカ、変態……変態っ」

「ぐっ、み、鳩尾はよせ……悪かったから」

 

 お前が訊いてきたから答えたのに鳩尾にグーって理不尽じゃねぇのか。突然過ぎて意味わかってねぇんだよコッチは。しかもわざわざ変態を二度言ってくか。

 しばらくの暴力的な戯れを受け入れ、ソイツが落ち着いたけど、まだ顔を赤くした蘭はそっぽを向きながらぶっきらぼうに言葉を紡いでくれる。

 

「ちゃんと一成も変わってる。初めて会った時よりずっと……カッコいい大人になってる」

「……蘭」

「アタシの信じてる黄昏ティーチャーサマはさ、無駄に自信満々で、美人の誘いにホイホイ流されちゃうクズで……アタシの将来全部を奪って欲しいって思えるヒトだから。変わってるところもあるし、変わってないからほっとしてるところも、あるから」

「アゲるクセに罵倒すんのかよ」

「嬉しそうな顔すんな、ばーか」

 

 だって、そんなこと言われてもな、蘭の青春でエモいロックに褒められたんだから、にやけちまうっつうの。んで、さっきまでのマイナスな自己評価が手のひらの上で高速回転しちまうくれぇに嬉しいんだよ。

 あんだけお前にとって最悪な教師でもあるオレに向かって笑ってくれる。変わらずにそういうヤツなんだな。そんなお前に甘えても許してもらえるんだもんな。

 

「アタシは、一成のコトを好きになっちゃったから。いいとこも悪いとこもあって、一成、なんだから」

「……むず痒いな」

「青春してるから」

 

 青春、だな。大人には眩しくて、恥ずかしくて、痒くて、くだらなくて、尊くて……きっと子どもにしか見えねぇキレイなもんが沢山あって。

 オレはそれをちょっとだけ見せてくれるお前らが、今はなによりも大切だ。そんな子どもの世界で一緒にはしゃげるような教師でいられることが、オレの誇りなんだ。

 

「……タバコ、もうおしまいだね」

「だな。二年間、相棒として頑張ってくれたせいか、やっぱ名残惜しくもなっちまうな」

 

 由美子との思い出の香り、アイツに憧れて吸い始めたコイツは、もう相棒じゃなくなる。そうしていつしか思い出の香りは、ヒナとの退廃的なこれからのために必要なモノへ変わっていくんだ。

 百害あって一利なしだなんてよく言われて嫌がられるこの多いコイツだけどさ。少なくとも、オレにとっては大切な思い出と、大切なこれからを繋いでくれる橋みてぇなもんだ。

 

「さて、行くか」

「うん」

 

 ──っつうわけで、コレで湿っぽく、かつイイ感じにハッピーエンド……となればよかったけどな。気付いてるかもしれねぇけど、短いんだよなコレじゃ。尺が余り過ぎてるからな。なんのハナシだってなるかもしれねぇけど、大概こういう時は、後から笑えちまうような問題が起きる時ってなもんだ。そろそろ学んできただろ? 

 その問題は、蘭と半分以上開き直ってイチャイチャとしながらやってきた羽沢珈琲店で起きた。いや、既に起こっていた。

 

「……あ、い、いらっしゃい……ませ」

「つぐみ?」

「どうした羽沢、顔色悪いけど」

「あ、あの……ひ、ひまりちゃん」

「そこで私にフらないでよつぐ~……」

「まぁ、遅かれ早かれこうなるだろうからな、いいんじゃないのか?」

「と、ともえぇ~」

 

 そこにいたのは手伝いをしてる羽沢と、客としては上原、宇田川……そして、えらく和服の似合うダンディな男性が、そこにはいた。

 黒く短く整った髪は女性が羨むくらいにツヤがあって、将来ハゲることは少なくともなさそうでそのキリっとした、どこか不愛想な感じはオレの隣で青ざめてるヤツに似ていて。つかフツーに蘭の親父さんじゃねぇか。さすがのオレでも見たことはある。

 

「……と、父さん」

 

 さてさて、バッドエンドのフラグはどこで踏んだんだろうな? 案外気付かねぇもんだな。千聖の時とか紗夜の時とか、何度かそう思ったこともあったけど、回避してきた。けど、その回避方法、もうわかってると思うけど、二人とも抱き込んじまったから許されてるとこ、結構あるんだよな。オレがホモに目覚めてそういうルートに突入できれば、同じパターンで回避できるかもしれねぇけどな。まぁ相手妻子持ちだしキビシソウダナー。

 

「座りなさい、蘭。()()もお座りください」

「……失礼します」

 

 この感じ、終わったな。しかもオレの素性もバッチリってとこか。さて、これが最終回だからな。次からは語り部が蘭になってオレの帰りを待ってくれるかもしれねぇけど、それじゃあ物語として成り立ってねぇから、はい、今回で最後だ。おつかれさん。

 

「清瀬一成先生……でお間違いないでしょうか?」

「……ええ。清瀬一成です」

「いつも娘がお世話になっているようで」

「いえ、こちらこそ。至らぬ教師で、学ぶことのほうが多い日ばかりです」

 

 やべ、心臓がバクバクしてきた。待て待て、どこからオレと蘭のことがバレた? いや、そもそも二学期あたりからあんまりコソコソしてる感じはなかったし、そんなことしなくてもいいってことに気付いたけど、それでも、蘭がうっかりしゃべらねぇ限り、もしくはモカとかそっちから漏れない限りセーフだと思ったんだけどな。

 

「な、なんで父さんが一成のことを?」

「……ごめん、蘭」

「ひまり?」

「私が、うっかりして……口を滑らせちゃって」

 

 上原かー、それは盲点だった。そういや、モカが最初の頃に口が軽いって言ってたな。マジで最初の頃のハナシだったから忘れてた。ここで回収してくるのか、こんな蛇足で、回収しなくてもいいと思うんだけどな。

 

「……つまり、私と蘭、さんの関係は承知してる……ということでしょうか?」

「そう判断してくれて構いませんよ」

 

 そりゃ威圧感も出るわ。大事な跡継ぎの娘がどこの馬の骨ともしれねぇどころか一回り年上のクズ教師とめくるめく退廃、背徳、爛れた関係を結んでるんだもんな。今すぐ刀でも抜いて切り捨て御免って感じだな。持ってねぇよな刀? 

 なんて言い訳したらいいんだろうなこの場合。なんて言い訳しても更迭、じゃなくて鋼鉄の警察さんのお世話になりそうだな。よし、開き直るか。

 

「自分が何をしているかはわかっています。けれど、貴方の娘さんを不幸にはしません、絶対に」

「……例え、ルールを犯してでも、ですか?」

「一成は大丈夫だから。もう()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、蘭の親父さんはほんの僅かに眉を動かした。あんなこと、そのことに関して思い浮かぶ蘭の過去と言えば、やっぱ中学時代のことだよな。反発心だけでバンドをやって、反発心だけで男を作った末路、それを親父さんは心配してしてんだな。守れなかったって、怖い目に遭わせたことを、後悔してんだな。

 

「──確かに、私は、かつて蘭さんとお付き合いしていたヒトと同レベルのクズだと思います。正直言いますと、今すぐにでも警察に突き出されてもおかしくないとすら思っています」

「ではなぜ?」

「それが、娘さんの……蘭の幸せだからです。傍にいる時の安心したような笑顔が、私にとって、オレにとっての幸せだからです」

「一成……」

 

 あ、なんか勢いに任せてえらく熱くなっちまった。けど、これが本音だ。

 けど、親父さんにとっては蘭が悪い男に食い物にされてんのかどうかが重要だ。そんなら一方向だけでも誠意を見せれば、つまりいつもの暴論サンドイッチなら多少は誤魔化せるはずだ。

 

「……あのさ、父さん」

「なんだ?」

「アタシ、一成と、このヒトと出逢えたから、逃げないって決めることができた。家のこともバンドも、駄々をこねるだけのガキじゃダメなんだってわかった。そんなヒトとアタシは将来を一緒にしたいし、一緒にいたい。アタシはもう全部から逃げないから」

 

 全部から逃げない。やりてぇこと全部、やらなきゃいけねぇこと全部、欲張りに全部できるチカラがある蘭なら、そうやって選びたい放題の未来に素敵な旦那さんと素敵な未来が待ってるハズ、そう信じてる。

 それがオレってんなら、まぁ、後は戻って来た悪魔どもと戦うのに助言は言わねぇってだけ。無責任で最低だけど、蘭のイマはそういうことらしいな。痺れる一言だったよ。

 

「……そう、か。蘭、本気なんだな?」

「アタシは本気。ハンパな気持ちじゃなくて、バンドとおんなじくらい、華道とおんなじくらい、本気だよ」

「清瀬さん」

「はい」

「……ここに来る前には、貴方のことはなんとしてでも認めない。そういう気持ちでした」

「それは親として当然の判断です。立場を無視していますから」

「ええ、けれど、ここで色々なヒトの言葉を聴いて、蘭が本気なら、清瀬さんが本気なら、覚悟を決めよう、そう思って待っていました」

 

 ──あっぶねぇ。誰だかしらねぇけどナイスだ。多分宇田川とか上原とか、あとは千聖とかだな。オレと蘭だけじゃダメだったけど、色んなヤツがオレのことを、オレと蘭のことを言葉にしてくれて、態度が軟化してたってことか。けどまぁ殺されそうな目つきだったんだけど、それはどういうことなんだろうな。

 

「……すみません、娘の恋人と会う、というのは初めての経験で……少々、緊張していて」

「……そ、そうですよね」

 

 緊張で顔が固くなってただけかよ。それでブチ切れてるように見えるんだから流石は蘭の親父さんだな。顔どころか表情筋も似てんのな。そう思っていたら思いっきり蘭に足を踏まれた。痛ぇよ、つかいつからモカの特技を覚えた。なんにも口に出してねぇのに。

 

「それで、ゆくゆくは婿入りして(みたけになって)いただけるのでしょうか?」

「ま、待ってください、それはあまりに気が早いのでは?」

「いえ、蘭はともかく清瀬さんはもう年齢的にも急ぐべき、高校卒業と同時なら、清瀬さんの職業にも影響はありませんし」

「……ちょ、ちょっと父さん!」

 

 ニワトリの親はニワトリ。ポンコツの親はポンコツか。なんか暴走しはじめた親父さんを最後は羽沢の親父さんが宥めて止めていた。なんだコレ。緊張が抜けた途端、また別のコミカルな問題が発生しやがって。羽沢の親父さんがやってくる前にはついに孫の名前まで考え出しやがって。

 こうして、なんかよくわからねぇ間に親公認になっちまった。いや、実のところ氷川家は既に公認なんだけどな。じゃなきゃ家の前に集合もできやしねぇんだけど。

 これはこれで、蘭と一緒にいやすくはなったけど、それよりなによりいざという時にどうやって断ろうって問題が待ってんだけどな。どうしようか、どうしようもねぇ気がするんうえに……あーあヒナたちになんて説明するべきか。

 まぁなんとかなるだろうなきっと。とりあえず収監エンドは避けたんだからな。

 

 

 

 

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