12月、師走と呼ばれるだけあって教
「一成さん、ポテト、まだ食べますか?」
「んー、おう」
割と構う暇ねぇんだけどな。なんでオレはコイツと一緒にいるんだろうな。
珍しくノートパソコンなんて持ち出して、更に珍しいことに無賃で作業をしているオレの隣にいたソイツが店員を呼び出し、また山盛りのポテトを注文した。そのキリっとした様子をパソコン越しに覗き見ると、やっぱりさっきと同一人物だとは、到底考えられねぇな。
「どうかしましたか?」
「いや、退屈してねぇかなと思って」
「お気遣いありがとうございます……ふふ」
「にやけんなよ、そこで」
休日の真っ昼間、ファストフード店で氷川紗夜と過ごしていた。最初は忙しいってんで断ったんだが、邪魔をしませんからという紗夜の言葉に流され今に至っていた。
最初はどうせすぐ飽きて構ってと鬱陶しく鳴いてくるかと思ったが、そういやコイツはヒナやモカじゃねぇんだから、そこまで構われなきゃ死ぬってようなヤツじゃなかった。
まるで忠犬のようにおとなしく、オレの向かいで嬉しそうに作業を眺めているだけだ。
「やっぱり、お前はどっか犬っぽいよな」
「私は猫より犬派ですが」
「そうじゃなくてな……まぁいいや」
オレの言葉の意図を汲んだ上での発言だったらしくまた作業に戻らせてもらう。猫のように作業を邪魔して構ってほしいことをアピールするのではなく、両手が空いた時に思いっきり構ってもらいたい。そういう紗夜の意思を表現する言葉だったんだろうな。ある意味じゃ、お前は千聖よりも理知的だよ。千聖なら間違いなく全部わかって誘ってくるからな。アレは狐だな、言ったら絶対に怒られる気がするが。
「私は、羽丘の人たちのように気軽に一成さんを眺められるワケではありませんから……これでも充分満たされています」
「そりゃ手がかからなくてよろしい……もうちょいでキリつくからな」
「はい。お待ちしてます」
待たせてんのに嫌な顔ひとつしねぇ。待つことすら楽しくて幸せってか。感情との付き合い方を知ってからも相変わらず、お前はどっかで盲信的なところがあるよな。惚れた相手とならなんでも幸せ、なんでも喜び。まぁそれが紗夜だってんならもうなんも口出ししねぇけどさ。
そこで、お待たせ致しました、と店員さんがポテトをテーブルに置いていった。明らかに高校、大学生くれぇの女性と、オッサンがこうして休日にのんびりと過ごしてるっつう状況は、店員にはどんな風に映ってんだろうな。ちょっとインタビューしてみてぇと思うこともある。
「……なぁ紗夜」
「どうかしましたか?」
「いや、どうもしてねぇけど、テストの出来はどうだったのかな、と」
「問題はありませんでした。少しズルかもしれませんが、英語は満点でした」
「そりゃすごいな」
まぁ、確かにズルいかもな。なんせ他所のテストだとか言って無責任に出題範囲絞って、教えてやったからな。ただ、やりすぎて千聖も満点なんだよな。アイツは元々、英語は芸能界で必要、とか言って多少の会話なら出来るからな。秀才の紗夜と千聖くれぇ、まぁ不審がられることもねぇか。
「北沢さんや戸山さんにも教えていたのでしょう? そちらはどうでしたか?」
「あー、まだ結果を聞いてねぇんだ。本人たち曰くできたらしいけどな」
あっちは満点とはいかねぇだろうな。元々北沢は赤点取るくれぇに英語は苦手だし、戸山は読みの流暢さからは想像もできねぇほど日本語訳が苦手だからな。
とは言えその苦手はちゃんとゆっくり教えてやれば克服できる。ここは教師としてのジレンマでもあって、生徒は集団でかつ、苦手意識のねぇように教えなきゃなんねぇけど、その苦手意識を取り払うためにはソイツ個人を教えなきゃなんねぇ。だから家庭教師やら塾講師なんてのが教師とは別の職業として存在するわけで、つまりは教師だけじゃ、子どもの教育を支え切れてねぇってことだ。
「別に、塾講師とか家庭教師より
「塾には塾の、家庭教師には家庭教師の、それぞれの良さがありますから」
「むしろこんなぐうたら教師の手が回らねぇトコまで見てくれるんだから、感謝してるくれぇだよ」
「一成さんらしい言葉ですね」
「らしい、ってなんだよ」
「そのままの意味です」
まぁそんなこと言いながらお前を含めて個別に授業しちまってるけどな。でもそれは北沢や紗夜が他校の生徒だからできることであって、それでもバレたらきっとクレームつけられるようなことだけどな。
「私はあなたがあなたらしくいてくれれば、それでいいんです」
「なんだよそれ」
紗夜が急に意味深なことを言い出した。そんなの、オレが言いてぇっつうの。紗夜がプライド高く、んでストイックさを出しながらも、こうして柔らかな雰囲気も出せる、そんな魅力的なヤツでいてくれるなら、オレはそれでいいと思う。
「……口が上手いですね」
「口下手なヤツって教師向いてねぇと思うけどな」
「開き直るのですね」
「そりゃあな。紗夜がそれを望んでるんだからな」
「……一成さん」
確かに楽しい気分でいてほしいからこうやって構うけど、こんなところで熱い視線は勘弁してくれ。そんな湿り気を帯びた声を出すなっつうの。
そろそろ限界かと思いパソコンのデータを保存しようとしたところで、やっほー、と明るい声でオレの隣にするりと新しいヤツが座ってきた。
「い、今井さん……湊さんも」
「どーもー♪ やー、まさかこんなところで会えるなんて奇遇だねぇ~」
「よう、どっか出掛けてたのか?」
「んー、ちょっとね~」
「いつも通り、羽沢珈琲店で新曲を練っていたら、リサが青葉さんに──」
「わー、ちょ、ちょっと友希那~、それは言っちゃダメだって」
なるほどな。流石オレのストーカー、オレの居場所は蘭たちと行動しててもバッチリ把握済みか。もしかして最近姿をみせねぇのは発信機とか盗聴器とか、そういうガチなもんでも使うようになったか。
んで、リサはそれでオレを探してたっつうことか。
「それで、なんか用だったか?」
「あ、うん……来週さ、カズセンセはヒナや紗夜たちと流星群見に行くんでしょ?」
そうだな。天文部合同での二学期最後のイベントっつうことで、流星群を見に行くことにはなってるし、この間こころと予定詰めてたしな。今のところメンバーは天文部二人と羽丘からは蘭とモカが、花咲川からは千聖、戸山、北沢……あとここにいる紗夜が来ることになってる。随分と大所帯になっちまってて、大丈夫かと心配してるとこなんだよな。
「……アタシも、って言ったら……メーワクかな?」
「まさか、むしろこのままだったら頼もうと思ってたくれぇだよ」
なにせブレーキがいねぇもんだからな。奥沢にも松原にも山吹にも断られて、保護者側を増やしてぇとこだったんだよ。ありがてぇ。これでちっとは楽になりそうだよ。リサがいれば心強い。
「頼めるか、リサ」
「う、うんっ、まかせとけ〜ってねっ♪」
「よかったわね、リサ」
「……確かに、今井さんは必要な人材ですが」
まぁ、そう渋い顔すんなよ、紗夜。リサがオレに見せる教師に対するもんじゃねぇ感情は、お前とおんなじに見えて実は違うとこにあんだから。ぶっちゃけこころの方を警戒しておいてほしいくれぇだよ。
「湊はどうする?」
「私……?」
「ああ、湊もどうだ? そうそう見れる景色じゃねぇことは保証するし、そういうのを直に感じるのって、アーティストには必要なんじゃねぇかなって思うんだが」
「……私のことは、そう口説いてくるのね?」
「お前……つか敬語は?」
「今は、先生でないのでしょう?」
言うじゃねぇか。一応教師としての仕事してるっつうの。そういえば、湊は学校じゃねぇとこだと敬語じゃなかった気がするな。そういう区切り以前に一応日本には目上年上は敬うっつう文化が存在したと思ってたんだが?
「まぁいいや、来るんだろう?」
「ええ、同行するわ」
「それじゃ、決まりってことで! 邪魔してゴメンね、センセー」
「もうキリつけてたから邪魔だとは思ってねぇよ」
そうは言うものの、オレの向かいにいる忠犬が猛犬、あるいは元の狼になり始めてるからな。帰るなら帰ったほうがいい。特にリサはオレの隣を陣取っちまってるから牙を突き立てられる前にな。今のところはポテトが犠牲になってくれてるから平気だとは思うけど。つか食うペース早えよ。
「ならよかった! てかさ、カズセンセーがパソコンって珍しくない?」
「珍しいことしてんだよ」
「ふ~ん、あ、アタシが見ちゃダメなヤツとかもあんの?」
「そりゃあな。紗夜ならヨソの生徒だからまだしも、リサはウチの生徒だろうが」
そんな狼を前にしてもリサは退くことなくオレとの距離を詰めてきた。おい湊、全部を察した上で知らん顔を決め込むな、ドリアを頼むんじゃねぇよおい。それオレの支払いになんだろ。
「……しまったわ。ドリアは熱すぎてすぐには食べられないわ」
「も~、友希那ってば、猫舌なんだからやめときなって~」
「猫……いいわ。頼んだからにはきちんと食べてみせるわ。時間がかかったとしても……必ず」
湊のキャラもこの空間のせいか崩壊し始めてやがる。おいこら、特定の単語で自分の舌に愛着わくんじゃねぇよこのポンコツ。あれか、Roseliaってのはどいつもこいつも音楽以外がポンコツじゃねぇと目指せねぇ高みでも目標にしてんのか。唯一の例外は隣のハイスペックギャルのみじゃねぇか。今のリサはハイスペックギャル、というよりネコ科……豹のような肉食獣のオーラを纏ってるけどな。
「そういえばさ~、センセーとこーやって直でしゃべるの、久々な気がするね」
「そうだな。最後ん時もヒナたちのことでバタバタしてたしな」
「センセーが節操なしだからねぇ~」
「おいリサ。あんま痛いトコ突くのはやめろ」
はーい、と聞いてんのか聞いてねぇのか判別しにくい返事をしたリサはなんかめちゃくちゃ機嫌が良かった。最初は変なヤツだと思ったけど、これは多分、原因はひとつだな。オレの言った言葉がその場のウソじゃなかったっつう確認が、リサにとってはここに来た意味にもなってんだろうな。
最後に会話した時に変わったこと、オレが何気なく口にしてるから嬉しいんだろ。なぁ、
「……んんっ、少しよろしいですか一成さん?」
「なんだ」
「先程から気になっていたのですが、私の記憶では今井さんのことは苗字で呼んでいた気がしたのですが」
「美人で聡明な紗夜なら、予想は立つだろ」
「びじんで……はっ、そ、そんなわかりやすい口説き文句に惑わされる私ではありません!」
いや、思いっきり惑わされてただろ、今。つかお前ならマジで、なんでかなんてちょっと考えればわかるよな。それに、わかりやすい口説き文句だけど、それは心にもねぇことを言ったわけじゃねぇことだってのは、事実だからな。
「……そうですね。さしずめ文化祭があったのにも関わらず、今井さんが自分だけよそよそしい呼び方なのは我慢できなかった、というところでしょうか」
「……だからってホントにピンポイントに当てるんだからすげぇよな」
「一成さんのお眼鏡に叶うほどの美人で聡明な私ですから」
ドヤ、じゃねぇよドヤ、じゃ。さっきまで嫉妬で牙を研いでたヤツのクセに。雰囲気的にもキリっとした印象のあった紗夜も、湊も、色々なことに心を動かして、今の一瞬に生きる子どもってことだよな結局。
「とはいえ、今井さん」
「なに~?」
「呼び方の距離が縮まっただけで、別に物理的な距離を近くしなくても良いと思うのですが」
「ヤキモチ妬く紗夜が面白くって、つい、ね♪」
「紗夜には基礎基本、余裕ってもんがないんだからやめてやれよ」
紗夜を面白がるリサと、そんなリサの策にハマって眉を吊り上げる紗夜。この二人のじゃれあいはオレを巻き込み、最後には湊をも巻き込み、昼時を過ごしていった。
店員がなんかすごく微妙な顔してたけど、やっぱりどう映ってんのか気になるよな。二人だったらまだ年の差があるカップルもしくは援交で済むけど、十代女性が三人にオレ一人は、なんとも面倒な誤解をされている気がするんだよな。
「それじゃあ、まったね~、センセー☆」
「おう」
「紗夜も、いっぱい甘えてきてねぇ~」
「い、今井さん!」
ウィンクと投げキッスをしてから手を振り去っていくリサと、振り返ることなく歩いていく湊に手を振り返し、車に乗り込んだ。本来ならちょいちょい楽器店でも付き合ってやって、今の時間には送ってくっつう予定だったけど……さて、どうせ紗夜のことだ、次に言う言葉は決まっている。
「……もう時間ですし、帰りましょう」
そうだろうな。紗夜はそういうヤツだ。予定を狂わせたリサに怒るわけでもなく、もう少し一緒にいたいとわがままをこねるわけでもなく、紗夜は澄ました顔でそう告げる。
ああ、でもな紗夜。オレはお前がとんでもなく寂しがってること、ホントはあのファミレスで満足するくれぇに甘えられるっつう計算だったからこの予定を立てたこと、わかってるんだよ。
「まぁ、お前がそれでいいってんなら、オレはそうするけどな」
「はい」
正しい選択だよ。最初の予定を崩さず、繰り上げることでキープする。大人になる上で大事なことだ。けど、子どもが大人にならなきゃいけねぇほど、オレは子どもに無理を強いるようなヤツだと思われるってのは、心外だな。
お前が大人ぶるってんなら、オレは、ガキみてぇなわがままで、お前をそこから引きずり降ろしてやるよ。
「紗夜」
「……ん、まだ、ここ……っ」
「んじゃあ、あっさり帰れば満足だったか?」
「……っ、ずるいです、それは、その質問は……」
抱き寄せて、唇を重ねていく。紗夜の閉じた門をこじ開けて、ぬるりと、甘く毒のように溶かして引き出して、しゃぶりつくす。
紗夜、お前には確かにオレを鳥籠にしてほしくねぇとは言った。羽搏くための翼を無駄にしてほしくねぇってな。
けど、鳥はずっと飛んでるんじゃねぇんだよ。ずっと羽搏いてると、疲れちまう。そんな時は、休むのに適したもんを見つけて、翼を手入れするんだよ。
鳥籠になるつもりはねぇ。けどな、
「紗夜」
「……はい」
「どうするべきか、なんて訊かねぇ。お前は、どうしたい?」
休むことも、生きることだ。飛ぶことだけが鳥にとっての生きることじゃねぇってことだ。甘えんのも、紗夜にとって生きてるってことであってほしい。オレでも、別の誰かでも、いいから、今のうちに甘えるってことを覚えておけ。大人になってからじゃ、甘えることを知らねぇのは、苦労することになる。
「……抱いて、いただけますか?」
「……飛躍しすぎだろ」
「私は美人で聡明ですから……このまま甘えていたら、どうなるかなんてわかっています」
「そりゃあ、確かにそうだろうけど」
「だから……誘ったら、応えてくれますよね?」
応えねぇわけねぇだろ。オレがお前らの誘いに弱いのも、わかってるくせに。そんな風に訊いてくんじゃねぇよ。
熱を持った紗夜を左に置いて、オレは氷川家ではなく、自分の家へと車を走らせた。完全に二人きりになった紗夜は、リサとの距離のことを愚痴りながら、ついに翌日目が覚めるまでオレから離れることがなかった。
美人にずっと誘われるってのはそのハチミツみてぇな甘さに喉がつまりそうだ。
「……おはようございます、今日も良い天気ですね」
「文句無しの青空、ってのも、いいもんだな」
冬枯れは、夏の蒼とは違って寂しげで、けどそれがキレイだと思えた。
力強い群青ではなく、センチメンタルに揺れるアイスブルーの髪が、キレイだと思うようにその微笑みが、天使が降らせた奇跡のようだと、思えるせいなんだろうか。
──奇跡の青い薔薇、幸せの青い鳥。それは黄昏ばかりのオレには、少し眩しすぎるな。けど、お前はそのままでいい。そのまま飛び立ってくれりゃあオレは幸せだよ。
気が向いているのでもしかしたら最終話とこの話の間を増やすかもです。書き下ろしというか補足? みたいな。ちょこちょこさせてもらってはいるけど。