青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑤曇天スピラエア

 ある()()()()に夢を見た。夢ってほとんどぼやけてて、起きた頃にはほとんど覚えてねぇもんだけど、その日の夢はきっちり、ハッキリ覚えてた。

 夕暮れの中、オレが晴れ着を纏ったとびきりの美人と、いつもの屋上で会話をする夢。その美人は青春を振り返って、少しだけ寂しそうに笑ってオレはそいつの笑顔に心を痛める。

 アタシだけじゃダメだったんだよ。そんな後悔を引きずる美人にオレはじゃあもっとクズでも良かったのか、なんて問うと、それが一成の教師として生きる覚悟だったんだよとまた寂しそうに微笑んだ。

 今考えても不思議な夢だった。でもあれは、たぶん蘭だった。妄想全開でいくと、教師としての覚悟の足らなかったオレは、ハタチになった蘭と再会して語らったんだろうな。んで、失敗を二人で語り合う、あったかもしれない未来……なんてな、くっだらねぇ妄想でしかねぇし、オレは覚えてるかぎりだと知り合いが出てくる夢を見るからな。ヒナと暮らしてる夢だとか、この間の由美子とかな。

 ただオレが見た夢に意味があるってなら、オレが覚悟をしなかったら、あの夢の蘭の会話が未来に待ってるってなら、オレはどこまでもクズ教師でいるさ。蘭に、生徒にそんな寂しい顔をさせるわけにはいかねぇからな。

 

「だからって、アレは流石にクズすぎるんじゃないカナー? ってアタシは思うんだケド?」

「いいんだよ。アイツらが爛れたって()()の関係じゃ嫌だってんなら、いっそコッチの方が幸せだろ」

「うわー、暴論……」

 

 これは現実に生徒との会話だ。雨が降り出しそうな空を避けるため天文部の部室で、JK二人と昼休み、なんて一部から妬み嫉みの大批判を受けそうな状況だが、オレとしては休日はほとんどこんな環境のせいかなんとも思わなくなっていた。慣れって怖いんだな。けど、その分制服のポリスメンには気をつけねぇとな。職務質問とかめんどくせぇしうっとうしいんだよ、っつう体験談なのがなんとも悲しいけど。

 そうそう、JK二人、とは言ったものの、そのうちの一人、ヒナは席を外してる。なんか色々画策してるようで、最近は羽沢とコソコソしてることが多い。なんかやらかそうとしてんのか、面白そうなコトを。

 

「アタシはさ、ハーレム、だっけ? そーゆーのはよくわかんないし、一人のヒトを好きになって、好きになってもらって、ってそうゆうのがキレイで良い恋愛だと思ってる」

「リサらしい言葉だな」

「だから、カズセンセーの、その、クズ教師として──ってやつ? は、あんまり……キレイじゃないってゆーか……んー、うまく言えないんだけどさ……それは、ホントにヒナたちを幸せに、笑顔にできるの?」

 

 ヒナがいなくなって……いや、ヒナがいなくなったからこその、言葉なんだろうな。リサとしては、リサ自身が思い描く恋愛……たぶん小説とか漫画とか映画とか、そっちが基礎になってるヤツ、それからかけ離れた今の友人、知り合い、後輩、そして教師の関係を、不安な思いで見つめてるんだろうな。

 

「ヒナたちがフツーの恋をしてねぇから、それが心配か?」

「うん……そんな感じ」

「……なぁ、リサ。フツーってなんだろうな」

「え?」

「例えば日本だって五百年も遡ればある程度の地位の男性は一夫多妻がフツーだろ。世界には今でもそれがフツーの国もある」

「そう……だね」

 

 それがなんだと言われたら、どうもしねぇよとしか返せねぇけど、そんだけフツーって言葉は曖昧で、共通認識をはかる言葉でありながら実際のところ、各個人で認識の尺度に差がある。そういうもんだ。だから、オレはリサの言葉を否定はしねぇ。心配すんなとは言いてぇけど、まぁそれはリサを安心させる言葉とは言い難いからな。

 

「普通と常識で上から言葉をかけてくるヤツは信用しねぇ。それはソイツにとって都合のいいもんだからな」

「う、うん……なんかハナシそれてない?」

「……そこは流されとけよ」

「センセーじゃないんだから」

 

 おい、オレがまるで流されるキャラみてぇな言い方だな。まぁ否定できる要素はねぇけど。それは置いといて、ジト目で煙に巻こうとしたオレを言葉無く糾弾してくるリサに、つまりだと棚上げする。

 

「どんなクズな選択だったとしても、アイツらを不幸にはしねぇ。それだけは約束するよ」

「……わかった」

 

 リサは半信半疑といった感じだったが一応は頷いてくれた。その気になったらリサにはギロチンのヒモを預けてあるんだから、暴走しちまったらとっととこの首を落としてくれればいいんだけどな。

 

「たっだいまー! つぐちゃん確保してきたよー!」

「確保してくんなリリースしてやれ」

「ひ、日菜先輩……はやい、です……あ、リサ先輩、清瀬先生、こんにちは」

「だいじょーぶだよつぐみ、アタシもついてけてないからさ」

「メシ食ってねぇならここで食っとけ、ヒナに捕まったんだしな」

「は、ハイ……き、清瀬先生は、すごいですね……」

 

 まぁ、オレはな。最近益々ぶっとび具合がひどくなってきたヒナにとって残された唯一の先生だからな。ヒナの言語は相変わらず難しいけど、それでもこうやって行動原理からなんとなくを浮かべられんだよな。

 そんなワケかどうかはしらねぇけど、四人に増えてリサと世間話をする羽沢を見てヒナは満足そうに笑った。怒ろうと思ったのにちくしょう美人だなてめぇ。

 

「うんうん♪ こころちゃんのゆってた通りだね」

「だからって無理やり引っ張てくんのはやめろって」

「だってー、つぐちゃんが」

「だって、を前につけんのやめろっつうの」

「だってー」

「ほらまただって」

「むー、カズくんのバーカ! バーカバーカ!」

「ガキかよ……」

「だってカズくんが、あ、もう……キライ!」

 

 天体観測以来幼児退行し始め、わかりやすく頬を膨らませてそっぽを向いたたバカヒナにため息をついていると、羽沢は何故かほっこりとした表情をしていた。リサはリサで複雑な顔してるし、なんかあったか? 

 

「なんだかさ……ねぇ?」

「はい……なんだか、痴話喧嘩、ですよね」

「だよねぇ〜、なんか心配してソンしてる気がしてきた」

 

 痴話喧嘩、と言われてもな。確かにこんなヒナは今まで経験がなかったけど。つか、国語辞典の粗探しできるようなヤツの語彙力じゃねぇだろ。なんだよバーカバーカって。このバカヒナ。

 さっきまで頬を膨らませていたヒナはバカバカ呟きながら、オレの肩に頭を乗せてきやがる。甘えるか不満を吐露するかどっちかにしろ。

 

「あはは……」

「悪いな羽沢。こんな感じで」

「いえっ……モカちゃんが最近元気なくて、先生がどうしてるのか気になってましたから……でも、今日先生と日菜先輩の様子を見て安心できました」

 

 やっぱり幼馴染だからかな。羽沢はモカの変化をちゃんと見て、オレがいるだろう天文部へと足を運んだか、それともヒナに突撃でもしたか。どのみち無理やり引っ張ってきたわけじゃないんだな、お前。

 

「ウソついてないよ? あたし、だってつぐちゃんが、ってゆったもん。その先を聴かなかったカズくんが悪いもん」

「別にヒナを咎めてぇわけじゃねぇよ。ヒナの言う通りだし、クズの中でも特にクズ行為をしてんだから、厳しい目を向けられて当然だしな」

 

 けど、今日でそれは終わる……だろう。今日はヒナが部活の間、モカと話をすることになってるからな。そこでキッチリ、ケリがつくだろう。

 だろうってのは、拗れるかもしれねぇし今回だけはホントにコロっと堕ちたりだとか笑顔の魔法でどうにかならねぇからだ。

 それでも、オレはモカにも手を延ばす。そうしなきゃだとか、そんなんじゃなくて……オレがそうしてぇからだ。

 

「羽沢、羽沢にとってオレはどう見える?」

「どう……ですか? えっと……いつも自信に溢れてて、最近では授業でも、そのいつもが出てきていて……間違ってるハズなのに正しい……という……感じでしょうか」

「間違ってんのに、正しいか……ロックだな」

 

 いつもはジャズピアノみてぇに柔らかくて細やかで縁の下で頑張るってな雰囲気なのに、今の羽沢の言葉はロックで、カッコいいキーボードのそれだった。

 そうだよな……おかげでオレもモカにぶつける言葉が見つかった。今日は、羽沢の頑張り屋なところも、少しだけ借りるとするよ。

 ──それからは、限られた時間を笑って過ごして、オレは屋上でモカを待っていた。覚悟は決まった。あとは……夢で見たアイツの言葉を、信じるだけだ。

 

「あ……せんせー」

「よう、超絶美少女JKのモカ。来ないかと思ったよ」

「……行くよ、せんせーの言葉をもらえるなら、何処へでも」

「重いっつうの」

 

 もう既にモカは人を食ったようで意味深な言動を繰り返すモカちゃんモードではなかった。ある種冷たさすら感じるモカのトーンは、けれどドロドロに煮詰まって喉を焦がす程の愛情を内包していた。

 

「終わったよ、モカ」

「うん」

「バタバタしちまって報告が遅れたけど、オレはオレのまま、こうしてヒナたちを囲ってみせたよ」

「……知ってるよ。ぜんぶ、ぜんぶね」

 

 だろうな。お前はまるで、見てきたように、ページを捲ったりサイトのリンクをクリックしてきたように知ってるだろうな。

 オレの仕事用のカバン、部屋、車に盗聴器があったのには気づいた。他にもあるだろうし、何を知っててもお前相手なら流石だなとしか思わねぇけど。

 

「オレは、できる限りのクズ教師として、できる限りのことを、したよな」

「うん。ぱーふぇくと、だよ〜。だからさ……おいで」

「モカ」

 

 ──オレはいつも自信に溢れてて、間違ってるのに正しくて、そんな大人だ。傲慢で、ガキに上から目線で話す。偉そうになんて言われても、当然だと思いながら直したりはしねぇ。

 けど、いいよな。相手はモカだ。ストーカーで、重いくれぇに病んでて、ピカピカの理想に生きた頃から、オレを見てきたコイツなら……カッコつけなくたって、ガキだ大人だとかにこだわんなくて、いいよな。

 

「わわ……も〜、勢い強すぎだな〜。いくらモカちゃんが好きすぎたーって言ってもさ〜」

「そうだな……悪い」

「……茶化したつもりなんだけどな〜」

 

 みっともなくモカに抱きついて背中に背負ったもんを涙と一緒に、全部口から出していく。弱っちいオレは、モカの甘さに甘えて、ドロドロの愛に溺れ、沈んでいく。

 そういやコイツは、好きなヤツがどうしようもなく泣きじゃくるのが好きだったな。モカ、モカって求めてくるのが、たまらなく気持ちいんだったな。

 

「オレは……オレは、アイツらの笑顔を守れたか? お前の笑顔を、守れてるか?」

「うん……だいじょーぶ」

「元気ねぇって言われてたけど」

「んー、せんせーのコト、考えてたから……花になれないあたしも、同じ扱いなのかな、って」

「……花?」

「ありゃ、無意識?」

 

 ああ、そういうことか。蘭ならオーキッド(らん)、ヒナはサンフラワー(ひまわり)、千聖はイーグレット(さぎそう)、紗夜がブルーローズ(あおばら)。オレが勝手にアイツらに向けてる花だ。そういや、モカには一度も、そう喩えたことはなかった。けど、最後の言葉は心外だな。モカにはSpiraeaがピッタリだよ。

 

「すぴ……えっと〜?」

「ユキヤナギ……だな」

「……そんなかわいい花で、いいの?」

「いいんだよ。モカだからな」

 

 小さくて白い花を咲かせる雪柳は、オレとしてはモカのイメージにピッタリなんだがな。

 花言葉は、なんだったっけ。そっちには疎いっつうか、オレの思い出で聞いたことある知識だけだからな。花のことも、オレが趣味ってワケじゃねぇからな。

 

「……花言葉はね、蘭から聞いたことあるよ。愛嬌、賢明、殊勝、静かな思い、そんな感じ」

「モカっぽくねぇな」

「え〜あいきょーもあるし、しゅしょーだし〜」

「どこがだよ」

 

 モカは強欲だろ。お前ほど、欲しいもんに向かって強かなヤツを、オレは知らねぇよ。こうやって、あっさりと、オレの奥深くまで踏み込んでくるお前は賢さはあっても殊勝さは、ねぇな。

 そんな、段々といつも通りのテンポの会話になっていく中で、モカは小さく、呟いた。

 

「ごめんね……せんせー」

「なんで謝る」

「……あたしは、あたしたちは……せんせーを笑顔にできてないから。せんせーにだけ、いつも、難しいことを押し付けてるから」

「それは……オレは大人だからな」

「でも、それじゃあホントの幸せじゃない。せんせーが幸せになってくれなきゃ、ダメだよ。大人だって、幸せにならなくちゃ、いけないんだよ」

 

 背中に回る手の力が強くなって、その強さにオレは驚いた。初めて会った頃は、色気より食い気の、ただのクソガキもいいとこだったのに、いつの間にか、こんな甘くて辛くて、カッコいい言葉を吐ける悪魔に成長してたんだな。

 青葉モカは常に考えてた。蘭のため幼馴染のため、自分を押し殺してまで、自分の中にある小さな世界を、笑顔で満たそうと、必死に。けど、それじゃダメになっちまったんだな。オレっつう異物が入り込んで、蘭が変わっていって、巻き込まれてく中で、自分が笑えねぇ世界に、イミがあんのか、っつうところまで辿り着いたんだな。

 ──ホントは、オレが先に辿り着くべき答えに。世界の誰かが自分を愛してくれるなら、愛するヒトのために、笑っていようっつう、単純で、優しい答えに。

 

「もう、みんなそのことで頭がいっぱいだよ?」

「みんな?」

「そう。せんせーが笑顔にしていった生徒たちみんな。次はせんせーを笑顔にしよう、ってさ。言い出しっぺは日菜さんで、真っ先に蘭が乗ったんだ~」

「……だからか、最近ヒナがコソコソやってると思ったら、そういうことか」

 

 バカ、バカだな、お前らホントに、バカばっかりだ。無能でクズ教師なんて肩書きを持つオレに称賛なんて必要ねぇって、精々罵られるくれぇが丁度いいんだ。それが、なんだよ。ヒナが言い出して、蘭がそれに乗った? んでいつの間にか、羽沢やリサ、こころたちが乗っかってるってことかよ。ふざけんな、なにが笑顔にだよ。マジでふざけんなよ。

 

「ね~、みんなバカになっちゃった。せんせーが今までしてきたこと、ぜーんぶが、こうやってせんせーを、泣かせてるんだね」

「……ふざけてるな。こんなに、()()()()()()()()()()()()()()()

「せんせーはむのーで、クズで……批難される立場……ねぇ? ホントにそうか、なんて……せんせーが大切にしてきた生徒が決めることだよ?」

 

 これ以上、どうしろってんだ。モカの前でみっともなく涙を流すオレを、お前らはこれ以上、どうやって幸せにしてくれるんだよ。オレはもうこんなに()()()()()()()()

 この仕事はどうしようもなく報われねぇ、褒められねぇ仕事だと思ってた。上司はなんつうか考えが古くて、伝統を大事にしすぎるあまりに革新をしようとしねぇし、客である保護者からは日夜クレーム。小さくて細かいことまで、そりゃもうめちゃくちゃに。

 けど、そうじゃなかったんだな。オレが経験してこなかっただけで、教師には、こんなに報われる瞬間が存在するんだな。

 

「ほら、もう泣かないでせんせー……生徒(あたしたち)は、せんせーをちゃんと、愛してるよ」

 

 真摯に向き合えば生徒はちゃんと応えてくれる。大人になってほしいと心を砕けば、きちんと成長した姿を見せてくれる。

 これほどまでに、教師をやってよかったと思える瞬間はきっとねぇんだろうな。ありがとうなモカ、そのことを教えにきてくれたんだな。もしも自分も花なら、ちゃんと育ててくれたことに報いようと、サプライズを用意してくれてたんだな。

 

「やっぱり、オレは、教師を辞められなさそうだ。何時まで経っても」

「えへへ~、それでこそせんせーだね~」

「それじゃあ、そんなモカも別の幸せってのは目を向けねぇのか?」

「あー、でもな~、せんせーしか見えないあたしにそれはな~」

 

 卒業してオレ以外の男に目を向けろっつう話。確かにお前には難しい問題だな。病んでて、ストーカー気質のお前は、そう簡単に他の男に乗り換えられるような性格してなさそうだもんな。

 

「安心しろ。お前みたいな美人、男どもが放っておかねぇよ」

「……ふふ、じゃあ、待ってみるね。せんせーお墨付きの美人のあたしは、がっついたりしないからさ~」

「そうしてくれ」

「まぁお墨付きどころか噛み跡とかつけられちゃうんだけど~」

「おい、台無しだろうが」

 

 ──これからも、少なくともモカや蘭が卒業するまで、今のようにモカのしっとりとした熱っぽい表情見る限り、オレはコイツらと爛れた付き合いをしていくことになる。デートして、キスをして、ヤって、そうやって関係を繋ぎ続けていく。けど、後悔することは多分二度とねぇだろう。

 オレは今きっと、この世界中で一番、幸せな教師だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日からしばらくは書き下ろしになります。あれだよ、前回投稿時に最終話とコレの落差が激しすぎて不評だったからね! 崖じゃなくて坂にしようという発想なんだよ。結果は変わらないけどね。
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