青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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書き下ろし分、はーじまるよー



⑥向日葵ビストレイヤー

 オレは教師としてこの上のねぇ幸せを抱いた。満たされたことでオレは、ゆっくりと風を失っていった。持論ではあるが順風満帆ってのはやっぱり風が吹かねぇといけないのであって凪いだ日常はそんな四文字熟語には似つかわしくねぇ閉塞感がある。

 

「ヒナが生徒会長ってのは、なんつうか似合わねぇもんだな」

「確かにそうね」

 

 月日は流れ、クリスマスやら色んなイベントを通り過ぎていったオレやオレが愛する生徒たちはこの春の日に学年を一つ上げていた。ヒナやリサたちは三年に、蘭やモカたちは二年に。そんな日常の始まりにオレは羽沢珈琲店で千聖を向かいにおいて駄弁っていた。

 

「けれどあの子の自由さは、きっと羽丘を変える風になってくれるわよ」

「そうだといいがな」

 

 風って言うのは聴こえがいいが、ありゃ暴風だろ。横殴りの雨に身体が浮くほどの暴風の中でわざわざ外に出て風を感じてぇ奇特なヤツはそうそういねぇとは思うんだよ。すっかり巻き込まれちまってる副会長(はざわ)はもう知らんけど。

 

「とりあえず、天文部はしばらくこころだけになっちまったな」

「さみしいのかしら?」

「そりゃそうだろ」

 

 生徒会の忙しさってのは学校によってまちまちではあるが、責任感みてぇなのを尊重するってスタンスを取ってる羽丘(ウチ)は特に丸投げ、もとい生徒たちの自主性に任せるため生徒会の忙しさは相当だ。羽沢なんて休み時間に留まってることの方が少ねぇってことはクラスメイトの幼馴染ズからもよく聴かされるしな。あのお気楽メンヘラクソ悪魔もさすがにその流れには逆らえねぇようで、天文部の活動は去年に比べて目減りしていた。

 

「日菜ちゃんだもの、慣れればすぐあなたの愛をねだりにくるわよ」

「そうだといいがな」

「悲観的すぎるのはどうかと思うのだけれど」

「悲観的なんじゃなくて期待すんのが負けたみてぇで嫌なんだよ」

 

 なにせヒトの弱みに漬け込んですぐにキスしよえっちしよ、だからなヒナは。後輩組がそれを真似するからやめろってのに。蘭とか特にあの事件以来ヒナを意識してる感じなんだから、あの純粋ラブコメ赤メッシュの情操教育に悪影響だっての。

 

「悪影響なのは一成さんよ?」

「それは棚上げしてるんだよバカ」

「そう?」

「そうだよ」

 

 おいなんだその半笑いは。いいだろ別に、今は仕事もしてねぇし千聖とのんびりデートしてるだけなんだから。それともお前はカッコつけまくってゴテゴテと装飾をつけたオレの方が好みだったか? 

 

「あら、先生として頑張るあなたは好きよ? カッコつけていたとしても、私の前ではちゃんと素を見せてくれる一成さんが好きだもの」

「そりゃどうも。流し目もやめてくれると助かるな」

「うふふ」

 

 うふふじゃねぇ、と文句を言ったところでそういやと話を無理やり転換させてもらうことにする。千聖と関連して松原がポツリとこぼしていた言葉が気にはなってたんだが、なにやら奥沢の動向が冬以来変だってな。

 

「ああそのことね。たぶんカレと別れたのよ」

「……あー」

 

 まぁそうなるんじゃねぇかなって気はしてたけどな。確か結構なクズ男だったもんなってオレが言ったら終わりな気がするけど。どうやら冬にカレシと別れて、そこからしばらく家には帰らなかったっつう期間があって、千聖が松原の頼みで秘密裏に調査をしていたっつうことか。

 

「こころちゃんが既に全部知っていたけれど」

「まぁこころだし」

 

 あの不可能を可能にする女こと弦巻こころに文字通り不可能はねぇ。アイツの前にプライバシーって言葉は存在しねぇも同義だからな。

 ただ松原には言うんじゃなくて奥沢の口から直接言わせる必要があるのは同意する。というかオレはあの太陽サマの次の行動がなんとなく読めたな。

 

「あら、訊かせてほしいわね」

「もうその新しいカレシとやらに接触してる頃だろうよ」

「……なるほど」

 

 バイト先まで追っかけるなんてなかなか情熱的なところあるな奥沢も。というか半同棲ってのが気になるけど相手は当然オレとそれほどトシは変わらねぇはずだよな? ヒトのことは言えんが女子高生と付き合うおっさんにロクな男はいねぇからやめといた方が身のためだと思うがな。

 

「まだ二十代だったはずよ?」

「うるせぇまだオレだって二十代だ」

「もうすぐ三十じゃない」

「じゃあなんだ、向こうは二十代前半だってのか」

「そこまでは知らないわよ」

 

 一周は違わないはずよと言われオレはそう変わらんだろと苦し紛れに自分を正当化していく。なにせコッチは千聖とジャスト一周差だからな。まぁそんなことはどうだっていいだろ、奥沢がそれで幸せだってんならそれでいいんだよ。

 

「そういえば、最近妙なことがもう一つあるのよね」

「なんだよ」

「燐子ちゃんが、モカちゃんと妙に仲良くなにか交流めいたものをしているらしいの」

 

 燐子ちゃんっていうと花咲川で会長になった白金のことか。Roselia関連でリサや紗夜から話には聞くし、最近そんなリサにくっついてくる新入生の宇田川妹が特にプライベートでも交流あるらしく、オレとしてはタイムリーな人物ではあった。引っ込み思案でおどおどしたような印象を受けたが、モカとか。

 

「まぁそれもどうだっていいな」

「なによ」

「モカだって交流を広げようとしてるんだろ。特に白金は上原や羽沢、宇田川と交流もあるしな」

 

 そもそも蘭のヤツがRoseliaはライバルで湊のことやたらと意識してるところだが案外AfterglowとRoseliaはプライベートの交流が盛んだ。オレだってその間にいるせいでどっちのバンドのメンバーとも知り合いだしな。

 

「モカちゃんが交流を、ねぇ」

「おかしくはねぇ……とは断言できんが、アイツだって思うところはあるだろ」

 

 オレとばっかり一緒にいたって、いいことは欲求が満たされるくれぇだろ。モカはソッチに忠実なメンヘラストーカーではあるものの、それ以上にアイツは自分のロックを大事にしてるからな。蘭が変わっていくのを目の当たりにしても、アイツは前に進むことを選べた。ちゃんとアイツだって成長してるのさ。

 

「ところで千聖の方はどうなんだよ」

「私は……まだ」

「ゆっくりでいい。お前は傷つきやすいんだから」

「けれど」

 

 そうだな、オレの生徒たちは順調に変わり始めてる。蘭もモカも日菜も紗夜も、なんならリサやこころだって。でもそれはあくまで自分のペースでの話だろ? 千聖はどうしてもそれを受け入れるのに時間がかかるんだ。焦っても仕方ねぇし、オレはそんな千聖にとって安心できる場所でありてぇから。

 

「ありがとう、一成さん」

「まぁなんだ。最近みんな忙しいみてぇだし、今日は安心して独り占めできるがどうする?」

「ふふ、なぁに? まるで私が忙しくないみたいじゃない」

「実際暇だろ?」

「忙しいわ、あなたに恋をすることに精一杯」

 

 そうかよ、そりゃあよかったな。オレとしても断られなくてほっとしたよ。寂しいんだよ、そりゃあオレだってさみしいに決まってる。去年はずっとヒナに振り回されてる時期だったせいかな、独りでのんびりと帰ることが多くなって腰の痛みもなんとなしに治ってきて、タバコも吸う必要がねぇくれぇに凪いだこの生活が、オレはスゲー寂しい。

 

「寂しいのは、どうして? あなたは教師としてこの上ない幸せを掴んだ。そう言ったのに?」

「……わかんねぇよ、んなこと」

「わからないの? すぐそこに答えは転がってる。こんなこと、わざわざ先生に教わる必要すらないことよ?」

 

 なんだよその言い方は。まるで、オレが何かを見失ってるみてぇだな。いや実際なんかを見失ってるのか。教師としての最上級の幸せを手に入れたと思ったのに、これは間違いだったのか? そう疑いたくもなるくらいにオレの心はカラカラに乾いていた。千聖に求められて、そこに水が注がれるような感覚に、オレは顔を顰めたくなった。

 ──結局オレは何かに依存してるだけだ。それがタバコからコイツら生徒になっただけ。過去から現在(イマ)になっただけ。だから、崩壊するんだ。だから逃げなきゃいけなかったことを思い出さなきゃならんくなるんだ。

 

「つかなんでわざわざホテルなんだよ、千聖」

「いいじゃない。狭いベッドより情緒もあって偶にはいいでしょう?」

「悪かったな狭いベッドで」

 

 そんな愚痴を言いながら助手席に千聖を乗せて、夜の街を駆け抜けようとエンジンを掛けた、その時だった。オレは信じられねぇものを見るように助手席(ちさと)側の窓に見えた人影を目で追っかけた。

 

「一成さん?」

「……なんでだ」

 

 ゴメンね、最近構ってあげられなくて! そんな風に笑ってたのは忙しかったからじゃねぇのか。だったらなんで連絡も寄越さねぇでこんなところにいやがる。千聖もオレの視線と表情がおかしいってことに気づいたように後ろを振り返り、オレを同じものを見て固まっていた。

 

「今のって」

「間違い、ねぇよな」

「え、ええ……でも」

 

 あのアイスブルーの髪と、あの服装は間違いねぇ。姉じゃねぇ妹だ。つか今更後ろ姿でも間違えるはずがねぇんだ。千聖もオレも、最初は他人の空似だと思いたかった。思おうとした。けど現実はいつだって非情に、オレを突き落とそうとしてきやがる。男の方が何かを話して、それに素早く返事をするようにひまわりみてぇなスマイルの横顔が見えた。元気いっぱいに跳ね回るその姿、もう間違いようがねぇ。

 

「ヒナ」

 

 日常ってやつが崩れるのはいつだって一瞬だ。そのことをオレはすっかり安寧の日々の中で忘れていたらしい。由美子が倒れた時だってそうだし、大学ん時に付き合ってたと思ってたのに実はオレはそいつにとって浮気相手だってことが発覚した時もそうだった。今回の衝撃は比較的後者に近いのかもしれねぇな。

 

「そそ! そんでね! 星がすっごいの!」

「なら今度行く?」

「やり! デートだデート! ねねいつ行く? 明日?」

「明日は急すぎるでしょう」

 

 援交か、とも思った。つかそっちであってほしいとすら願ったさ。教師のクセに、本気であってほしくないだなんてそんなクズみてぇな思考がでるくらいにはオレは衝撃を受けていた。

 ──ヒトは変わっていく。特にティーンエイジャーなんてのはいつの間にか大人になっていくのに、オレはついていけるはずもねぇ。大人は大人になっていくガキにも気づかず置いていかれるだけのやる瀬ねぇ存在でしかない。

 

「悪い、今日は」

「……ええ、帰らせてもらうわね」

「おう」

 

 教師なんてロクなもんじゃねぇと思ってた。必死に教師としての幸福を、正解を求めた先にあったのが生徒との爛れた五股なんだからな。オレはそれすらただのわかったつもりでしかねぇことをこの時になって初めて知った。天文部のクソメンヘラ悪魔はずっと、少なくともアイツと蘭くれぇはずっとなんて無邪気に信じ始めていたオレがいた。ずっとなんて、あるはずがねぇってことくれぇ痛いほど思い知ったと思ってたのにな。

 

「いっそヒナに……」

「あたしがどーかした?」

 

 こんなぐちゃぐちゃした感情で仕事なんてやってられるかといつも通りの屋上でサボタージュしてると、まるで狙いすましたかのようにご本人様の登場だった。今日ほどタバコがねぇことにイライラすることも最近じゃなかったっつうのに、コイツはいつだってオレの穏やかだったもんをぶっ壊してくれるな。

 

「なぁヒナ?」

「ん?」

「……お前、別の男と付き合ってるだろ」

「あ、うん。そだよ?」

 

 絶句した。なんつうか去年を思い出すような言語が通じてねぇのかと思うやりとり。お前は、ああいや違うのか。オレはあくまで教師、ヒナは生徒、いくらカラダの繋がりがある爛れた関係を結ぼうともコイツとの間にあるのは恋人関係でもなんでもない。最低な言い方をすれば所謂セフレだからな。

 

「そっか」

「あれ、もしかして妬いちゃった? あたしにカレシができたの知って、カズくんはどう思った?」

 

 うるせぇクソ悪魔。そうだよ妬いたよ。そう言えれば、オレはどんだけ惨めな自分を受け入れることができたんだろうか。胸が痛ぇ、またオレは正解を選べなかったのか。ヒナとの関係を、アイツらとの関係を結んだのはやっぱ教師として不正解だった。正しくねぇ行いには必ず報いってもんが返ってくる。だったらオレは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今からでも教師としての幸福を、黄昏ティーチャーとしての幸せを掴んでやるよ。

 

「妬いちゃったならしょーがないな、あたしは──」

「──よかったな」

「……え?」

()()()()()()()()()。んでこれでお前に腰を破壊されることもなくなったわけだ。せいせいするよ」

「カズ、くん……?」

「妬くわけねぇだろ。むしろ押し付けてそのカレシに同情してるくれぇだ。あんまがっつくなよ? 逃げられちまうからな」

「そっか……うん、そだよね」

 

 ヒナはそれだけを言うと扉を勢いよく閉めて屋上から去っていった。オレに背を向けて、振り返ることもなく。

 ──買っといてよかったな。アイツがカギ持ってるからな、あそこから()()を持ち出すのはなんだか気が引ける。()()()()()()()()()、火を点けて紫煙をくゆらせていく。オレのストレスをなんとかしてくれるのはやっぱコイツだけなんだよな。仕事の相棒、思い出の香り。

 

「……まず、やっぱダメだな」

 

 けど予想通り、オレが教師として揺らいでる時ほどコイツは相棒じゃなくてまるで誰かのように上から目線でオレを立ち上がらせようと味覚を刺激してくる。わかってる、今日だけだ。今日のこの感情をリセットして、こころとの賭けはオレの勝ちだという感覚で肺を満たしていく。

 

「ガキと付き合うのはナシだな。ガキはガキだ」

 

 言い訳だな。そう言いたい自分はどんどんと煙と一緒に吐き出していく。もういいだろ、いい加減一人の男として、ただの清瀬一成としての幸せなんてもうねぇんだよ。あの時に取りこぼしたんだろ。由美子ん時か、未来(みみ)ん時か、はたまた別のところに転がってたのかもしれねぇけど。オレは、アイツらの青春に向き合えるほど強くねぇ。アイツらの青春を抱きしめられるほど強くねぇ。だったらオレにとっての正解たただ一つだろう。

 ──逃げるんだよ。青春から目を逸らして、教師としてアイツらにオレじゃねぇ幸せってヤツを押し付けてやるだけだ。この屋上で黄昏を見るのはもう、オレだけでいいから。

 




氷川日菜──脱落。黄昏エンド(トゥルーエンド)まであと四人。
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