青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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⑧惜別グラデュエーション

 時は流れる。激流のようにそこに抗うことはできずに。時折流されてきた元の場所には何があったんだろうと振り返ることもある。けれどそれは水煙と吐き出され続け押し出そうとしてくる水だけで、他は何も見えねぇ。所詮、過去も未来も真っ暗だ。過去だって歩んできた道が自分の足跡で光ってるだけ。もしも、なんて考えるとやっぱ一歩外は真っ暗だ。

 

「──卒業生、答辞」

 

 羽沢がまっすぐに、けれど今にも泣きだしそうな顔で壇上に立つ。珍しくオレもきっちりとスーツを着て、その言葉を一字一句逃さずに聴いていく。去年はヒナがやるって聞かなくてなんとかオレと羽沢で説得してリサにやらせたんだよな。アイツがやるとめちゃくちゃになるからって。そのせいか妙にそのヒナを扱いきったってのが評価されたようで、オレは翌年にいきなり三年の担任をやらされた。幸い、と言っちゃなんだがAfterglowが一箇所に固められたところに放り込まれただけで、羽沢や上級生になってすっかり頼もしくなった上原や蘭に手伝ってもらいながらなんとか一年をこなしてきた。

 

「やっぱり、担任をするとジンときますか?」

「いや、オレの場合は感慨ですかね。はぁー終わったー、みたいな」

 

 隣の副担任とそんなことを話しながら、オレは一年を振り返っていった。なにせ三年の担任やってるっつってんのにあの卒業生と他校の生徒どもは何かありゃオレに連絡を寄越しやがる。つか千聖はとっとと付き合ってくれ。まだ揉めてるんだよなアイツ。

 

「せんせぇ~!」

「おっと、つかお前ずっと泣いてただろ上原」

「だ、だ、だって~」

 

 堅苦しい式典が終わり、卒業生が退場した後で上原に抱き着かれ、そのボリュームに一瞬だけ苦い顔をしてモカのジト目に気づいたオレはなんとか教師としての顔を維持する。羽沢も結局最後に決壊したし、宇田川も絶対仲間に見せるつもりはねぇようだが目許が赤かった。モカはなんも変わらねぇ顔でオレを見つめてくるけど。

 

「ありがとな、お前ら」

「清瀬先生」

「久々の担任で、しかも三年ってことでカッコつかねぇとこばっかだっただろうけど、お前らがいてくれたから、見ててくれたからこうやって見送れる。最高に幸せだよ」

「──先生!」

 

 今度は羽沢まで抱き着いてきやがる。ああもう、まーたこれでオレは教師や保護者方から冷たい目で見られるんだがな。そもそもこの一年お前らに頼りっぱなしだったせいで生徒と教師の枠を越えてるんじゃないかーってクレーム何回か来てたんだからな。まぁ今日で最後だから今日くれぇはいいんだろうけどさ。

 

「モカ、この後の予定は?」

「打ち上げだよー、せんせーも来る?」

「クラスのか?」

「んーん、こころんとか、アッチの卒業生と」

「オレ来てもいいやつか?」

「もち~」

 

 流石にモカは抱き着いてはこねぇな。コイツのはガチで教師と生徒の一線とび越えてるからそれされたらヤバかったんだけど安心したよ。ただ後が怖いけどな、あの顔は絶対に嫉妬してる。もしかしたら抱き着かれるだけで済んだ方がマシだったと思えるようなことが起こるかもな。かもじゃねぇ気がしなくもねぇが。

 

「んじゃあ今日はパッパと仕事終わらせてソッチに合流するかな」

「こんな時まで仕事あるんですか~?」

「オレは教師を卒業するわけじゃあねぇからな」

 

 お前らが卒業してもオレは教科担当としての仕事も残ってるし、来年から始まる新一年生の担任業の準備もしなきゃならんからな。後の方は卒業生いえどもおいそれと口には出せねぇ機密事項ではあるんだが。

 

「ん、そういや蘭は?」

「いつものとこだよ~」

「たぶん、先生を待ってるんだと思うんです、行ってあげてください!」

「……そうか」

 

 宇田川とモカに指され、オレはなんというかアイツらしいなと思った。蘭は泣いてはねぇだろうな。ただ待ってるんだ。この黄昏からはまだまだ遠いこの空を眺めながら、オレが来て声を掛けるのを。

 ──さすがに緊張するな。ガラでもねぇけど、緊張する。けどここしかねぇ。後に回すと次はあの太陽サマに迫られるからな。誕生日にはきちんとフってやったけど、まだ卒業までって約束だからな。最後のチャンスに仕掛けてくるのは目に見えてる。つか()()()()()()()()()()()()()()()。ったく、蚊帳の外にしてやってもあの手この手で干渉しようとしてきやがるなこころは。すっかりアイツは変化球の使い方まで覚えちまって、将来が恐ろしい限りだ。

 

「──まだ夕陽には早いだろ」

「うん。でも、アンタとアタシといったら……屋上(ここ)でしょ?」

 

 そうだな、と肯定する。一年になったばっかりのお前が授業をサボりに来て、たまたまオレと出くわした場所。通報していい? なんてクソみてぇなお前の言葉から始まった、長いようで短い三年間の、その始まりの場所だ。

 

「その辺のJK落として、薔薇色だった?」

「そうだな、薔薇色だった」

「通報していい?」

「その必要はねぇな」

 

 なにせ、オレはその関係を()()()()()()()()()()()()()。蘭はほんの少し、怒ったような顔をしてから、そっかとその怒りをひっこめた。二年前だったら確実に胸倉掴まれてただろうに、成長したなお前も。だが代わりに青臭く胸倉を掴まれる方が幾分かマシだと思うほど鋭く、冷静な質問がとんでくる。

 

「なんで?」

「生徒を絆してヤって見送る。そんなの教師の所業じゃねぇだろ?」

「そうだね、アンタは教師として最低だった」

「ああ最低だった。お前とも一昨日シたばっかだしな」

 

 家に帰ってきたら自由登校のハズのクラスの生徒が何故かいて、一緒にメシ食って一緒に寝た。幸せそうに眠る赤メッシュを撫でながらこれがずっと続いたらいいなと思った自分がいた。だけどこれは教師として最悪もいいところだ。断罪されるべき業だ。その間違いのまま幸せになることが正しいはずがねぇだろ? 

 

「アタシは、そんなの望んでない」

「けどもう親父さんには伝えた。頭を下げてきたよ」

「──はぁ?」

 

 そこで、蘭はキレた。当たり前だろう、既にこの議論は終着しているからな。自分のことなのに自分と関係のねぇところで関係が終わらせられてたなんて知ったら誰だってソイツを突き落としたくなる。大人同士の約束を利用して蘭は口を出すヒマもなく、結婚相手を探す日々が始まるわけだからな。蘭の夢見た未来では、オレがなるはずだった蘭の結婚相手を。

 

「どうして? アタシは三年間、全部頑張ったのに。アンタに言われたからじゃない。華道もバンドも学業も全部、全部全力で走ってきた。アタシの青春を奏でてきたのに」

「おう、だからお前は幸せになれるんだ」

「一成じゃない」

「オレじゃなくたって幸せにはなれる。そもそもオレが幸せにしてやるとは言ってねぇ」

「──そんなの!」

 

 意味がねぇってか? そうはならねぇだろ。意味ならある。お前はこの二年間で色んな青春の思い出を刻んできた。その中で出逢いもあっただろう。ホラ、いたじゃんか。なんか蘭の作品に惚れこんできた良家の次男坊とかな。アイツめっちゃいいヤツだったよ。なにせお前の親父さんに連れられて三人でしこたま飲んできたからな。

 

「アタシは他の誰でもない、清瀬一成にアタシの将来を奪ってほしかった」

「それはできねぇ。オレは教師だからな」

 

 もしオレが、教師としてではなくて何かの形で蘭と出逢っていたなら、ソレもありだったのかもな。けど、そうじゃねぇ。オレは蘭を生徒としてかかわっていたい。これからは卒業生としてたまにやってきて二言三言交わすだけの生徒と教師の関係。薄くて、けれど確かに青春に刻まれた人物として。

 

「アタシは、一成を愛してる」

「オレも蘭を愛してるよ」

「だったら……アタシと」

「──悪い」

 

 嘘はねぇ。蘭のことを愛していた。ヒナも千聖も紗夜もモカも、生徒と教師の垣根なんて意味がねぇくらいに大事な女だった。お前らを愛してきた時間があったからこそオレは今教師として再び担任をして、今度は一年大成功を収めるまでに至った。そう、()()()()()、オレは今一度正しく教師としての理想をリセットしたい。ただ絆してカラダの関係結んでなんてクソでクズな男じゃなくて、きちんと教師として生徒を送り出したい。ちょうど来年からは新一年生だし、ここから三年間任されるくれぇになってオレはオレの夢を叶えたい。

 

「これがオレの(ロック)だ。青春からは遠く離れた黄昏のオレが奏でる、最高の」

「……じゃあ、アタシから」

 

 そう言って蘭はオレに一歩近づいてくる。さよならのキスか? だなんて身構えていると思いっきり頬を張られた。痛ぇ、ジンジンくるな。反射的に閉じた目を開けると、涙で瞳を潤ませたとびっきりの美人がそこにはいた。胸が痛くなる。後悔なんてゆっくりと後でじんわりくるもんだと思ってたのに、もう後悔してやがる自分がいた。それほどまでにオレは美竹蘭を愛していたんだな。自分でも気づかねぇくらいに、深く。

 

「アタシは、諦めない」

「……いや、諦めてくれよ」

「ううん、アタシは絶対にアンタを幸せにしてみせる。どんな形だろうと、アタシはアンタに復讐する。これはアタシの決意と覚悟……絶対に、忘れないで」

 

 蘭は、諦めることはなかった。今日の自分がダメでも明日の自分を信じてる。未来の自分自身ならなんとかしてくれると本気で信じてやがった。なんでだよ、なんでお前はそんなにキラキラしていられるんだ。明日なんて信じてなんになる。現にお前らはオレが言った通り進路をバラバラにした。ずっと一緒だなんてもんは幻想だったことを、お前ら自身が証明したじゃねぇか。なのに、どうして明日を信じてるんだよ。

 

「おう、お待たせ」

「あー、一成先生!」

「よう戸山」

「センセも呼ばれたの?」

「こころにな」

 

 打ち上げにはちょっと遅れていった。蘭はやっぱり拗ねたようにオレには話し掛けてこなかったけど、その様子にみんな気づいていながら触れてくることはねぇ。

 まぁ触れてくるのはモカかこころだろうな。他はあくまで生徒と教師って面目を保ってるメンツばっかりだから。わいわいと卒業で盛り上がる中で、オレはちょっと悪いと立ち上がった。山吹にどうしたんですか? と問われるけどタバコだよと言ったら納得された。

 

「はぁ……どいつもこいつも」

「タバコなんて持ってないでしょう?」

「なにしにきた、トイレか?」

「野暮用、というヤツかしらっ?」

 

 野暮用ってのはオレのことか。まぁ要件はわかってるし先回りしようかとも思った。また誕生日ん時みてぇに結婚して、だなんてキラキラお目々でプロポーズしてくるんだろう? どっかの誰かのようにもう卒業するんだからってな。

 

「いいえ。それは後でするけれど」

「じゃあなんだよ」

「はいっ!」

 

 そう明るい顔でこころは両腕を広げてきた。なんのつもりだよそりゃ。すると今度は不満げに頬を膨らませながら身長差があって腰を折ってくれないとダメなの! と文句を言ってきやがった。抱き着きてぇのか抱きしめてほしいのかどっちかにしろよ。

 

「……最後だからってたっぷり甘えておこうって腹積もりか?」

「そうじゃないの。ただ……お疲れ様、先生」

「まだ終わりじゃねぇよ」

「ええ、これからが始まり。そうよね?」

 

 なんだ、お前はわかってくれるのか。その上でお疲れ様と笑って受け止めてくれるのか。ホントに、惜しい女だ。オレなんかに惚れることなく、もっと別の出逢いを求めていればお前はもっともっと幸せになれただろ。お前は気ままに散歩すんのが趣味なんだから、その先で色んなヤツに出逢っていただろう。

 

「いいの、いいのよ。そんなもしもがあったとしても、今のあたしは一成の体温を感じられるだけで、ハッピーなの」

「そりゃあ、素敵なハッピーだな」

「そうよ? それをくれるのはいつだって、一成だもの」

 

 万感のこもったハグ、万感の想いがこもった愛の言葉。曇りのない、晴々とした弦巻こころの告白はきっと誰もを笑顔にする力があるようだった。

 ──勿体ねぇな。こんなキラキラの恋をできるのに、なんで相手がよりにもよってオレなんだよ。お前のことを幸せにしてやりてぇ、笑顔にしてやりてぇって思える男がなんで清瀬一成なんだよ。

 

「卒業しても、天文部の活動はしてもいいわよね?」

「……ああ、つか澤田じゃ来年度の活動が危ういから手伝ってくれると助かる」

「もちろんよっ、名誉部長と一緒に盛り上げに行くわね!」

 

 名誉部長ってまさかとは思うけど……ヒナだよな、そうだよな。お前にとっての天文部といえばオレとヒナと、んで他のメンバーがついてきて一緒に笑顔になる活動のことだもんな。澤田はお前のこともヒナのこともめちゃくちゃ嫌いだけど、来年度の新入部員はお前についていけるくれぇのヤツを集めねぇとな。

 

「それと、モカのこと……準備は整ったけれど本当にいいの?」

「いいんだよ。アイツには恨まれるくれぇで丁度いい。嫌われるくれぇじゃねぇと幸せにはなってくれねぇよ」

 

 それでも幸せになれるかは半々なんだからな。オレの一番の失敗はアイツをどう転んでも泣かせなきゃならんところだな。アイツに依存しすぎちまった。蘭ですら幸せになれよって送り出せるのに、ヒナですら半ば意地になれば送り出せたのに、アイツには言葉通り一生一緒にいてくれそうな覚悟を感じるんだよ。例え不幸になっても、オレのせいで傷つき続けて、その果てに死ぬとしても、オレと添い遂げる道を選びそうなんだよ。そんなモカにオレは重いもんを預けすぎた。

 

「預けたもんは、返してもらわねぇとな」

「あたしも、モカは一度離れた方がいいと思うの……あの子は自分を不幸にしすぎてしまうわ」

 

 ありゃそういう星の元に生まれてるんじゃねぇかって勢いだからな。アイツは今のままじゃあまりに周りを不幸にするし、自分を不幸にする。それでも日常生活の面で多少はマシになったけど、恋愛が絡むと一年の頃となんも変わってねぇ。

 ──そもそも、モカと一緒にいられねぇ以上、オレはマジでお前らの誰とも一緒になるつもりはねぇんだよ。

 

「義理立て、ということ?」

「半分はな。もう半分はやっぱ、正しい教師になりてぇってわがままさ」

 

 少しだけ、思うんだ。アイツらがそれぞれの青春を過ごして、その先でオレを取り合って戦争を起こすのは正直勝手にしてほしいし、それが幸せになる道筋なら教師としてでも放っておいてやるって。だけど、モカがそこに参加できねぇってなったら話は別だろ? そんなのアイツが負けヒロインじゃねぇか。不公平だろ。カミサマになるつもりもねぇけどせめて、五人、いやこころ含めて六人か。まぁ何人でもいいけど全員に可能性はあって然るべきだろ。

 

「だからこそリセット、なのね?」

「オレのことは気にするな。そのうち気が向いたら自分で幸せになるよ」

「……ええ」

 

 こころは悲しそうに頷いてくれた。そう、モカへの義理立て。オレはモカがいなきゃとっくに死んでただろうから。せいぜい殺してぇくらいに恨んでくれ、そんでオレの前から消えてくれ。

 ──お前のこともオレは死んでもいいってくれぇに愛してたからさ。

 

 

 




美竹蘭、青葉モカ――脱落。トゥルーエンドまであと一人
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