青春ガールズロックと黄昏ティーチャー。   作:黒マメファナ

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第一章にあったリサの初登場の裏側(バックドア)です。


幕間:緋椿バックドア

 第一印象は、もうそのまんま。テキトーそうな先生だなってことくらい。英語を担当することだけを簡潔に伝えたそのヒトは、高校に上がったばかりで浮かれてざわつく教室なんてお構いなしに授業を始めちゃった。静かにさせることもなく、生徒を視界に入れてるのかわからない、そんな授業。当然生徒(アタシたち)からのリアクションもなく終わっていく。印象にも残らない先生をだけど、印象付けたのはダンス部の先輩からの噂話だった。

 

「清瀬先生って、前はあんなんじゃなくてさ。親しみやすくて、マジメな先生だったんだよね」

「そーだったんですか……イメージ湧かない」

「だろうね。でも退学者出してから変わっちゃった」

 

 どうやらその退学者を出した原因が、生徒じゃなくて先生にあるみたいで、すっごく責任を問われて今やぞんざいな扱いを受けているみたい。退学者はすっごい不良で、よく二人でいたから一部では爛れた関係を持ってて両親にバレて退学させられた、みたいな噂もあるらしく、アタシはそれに言い知れない不安を感じた。

 

「先生も、アタシら子どもにキョーミなんて持つもんなんですかね」

「まぁうちらだって異性だと思っちゃうところあるし。そのくらい年が近いとなっちゃうんじゃない?」

 

 うちの好みは年下だけど、と余計な一言を付け加えられながら先輩の言葉を心の中で反芻する。年が近いってアタシとあの先生に十歳は差があるはずなのに、子どもじゃなくて女として見られてるのかなという不安。ずっと女子校で異性というものにあまり触れてこなかったから、怖いとすら思った。

 

「え、次の顧問の先生、あのヒトなの?」

「リサちー知ってるの?」

「え、うんまぁ……噂とか、色々」

「へぇ」

 

 だからヒナの新しい顧問になるって知った時、アタシはその噂を全てヒナにしゃべった。もしかしたらそのヒトは、アタシら子どもを女として見てて、いやらしい目で値踏みしてくるのかもしれない。そんな噂に踊らされて。

 

「それにいっつも屋上でタバコ吸ってるっぽいし、ヤバいってヒナ」

「屋上、タバコ……えっち、そっかそっかぁ」

 

 けどヒナはそんなアタシの噂に靡くこともなく、フツーに部活をして過ごしていった。逆にヒナが先生の話をする時は楽しそうで、あの教師どころか結構クラスメイトにも嫌われがちなヒナが懐いてるってことは、根はいい先生なんだろうなとも思った。

 

「あの……先生」

「ん、どうした?」

「実は……わかんないことがあって」

「えーっと、この赤線とこ?」

「はい、訳が変になっちゃって」

「なるほど」

 

 ヒナに感化されて勇気を持って訊きに行った時には丁寧に教えてくれた。いっつもこのくらい丁寧だったらいいのにってくらいで。それが逆に噂ほどじゃなくてもその退学した生徒さんとなにかあって、やる気が無くなっちゃった。もしくはまた傷つきたくないって閉じこもってる。そんな感じがした。

 

「リサさ~ん」

「……あ、ごめん。どしたのモカ?」

「おつかれ~のところ申し訳ないんですけど~、愛しのカレシさんがお呼びで~す」

「愛しのって……もう、モカ~」

 

 二年生になって、アタシはまた友希那と音楽を始めた。その練習とダンス部、バイト、とにかくアタシは変わった環境に疲れて、清瀬先生の授業も何度か謝りながら寝てしまったこともあった。そんなアタシにとって、去年から付き合っていたカレシは段々と、重荷のように感じていたのかもしれない。

 

「どしたの? 今日ってシフトないよね?」

「え、ああうん。でもリサに会いたくて」

「今は休憩中なんだケドな~?」

「……だよな」

 

 嫌なわけじゃない。嬉しかった。アタシは誰かに頼られることがアタシだって思ってるから。誰かに頼られなくなったアタシは……もうアタシじゃない。そーゆー意味だと、二つ年上だけどなんだか頼りないカレに惹かれたのも、放っておくとすぐサボろうとするモカがいてくれるのも、アタシの性格故なのかも。

 

「じゃあ、リサ」

「うん」

 

 でもやっぱり面倒見がいいとか、お世話上手とか言われてもそれは体力を使っちゃう行為みたいで、アタシはため息を一つこぼした。こんな時にはヒナが一番だ。ヒナはアタシの言葉に嫌な顔ひとつせずに……まぁつまんなかったらつまんないって言われちゃうケド、愚痴を聴いててくれる。

 

「ふんふんふ~ん、ふふふ~、えへへぇ~♪」

「モカ~、ご機嫌じゃんどーしたの?」

「……ちょーっと、写真のせーりをしてただけでして~、んふふ~」

「笑い方怪しいんだケド」

 

 振り返るモカの表情はすごく嬉しそうで、蘭とか幼馴染のかな? モカってばその話ばっかりだもんね。どうやらスマホのデータぎっしり詰まってるどころか外部に移さなきゃいけないレベルらしく、よく撮らせてくれるねって笑った。性格的に蘭って恥ずかしがりそうなのに。

 

「……ふっふっふ~」

「え、まさか隠し撮り?」

「リサさ~ん、ナイショですよ~?」

 

 そんなストーカーじみたモカの一面に苦笑いをして、アタシは整理終わったらちゃんと働いてねと釘を差しておいた。そうして、やがて満足そうに出てきたモカはそーいえば~と眠くなるくらい間延びした表情でアタシに雑談を振ってくる。

 

「GWの予定って~、どーなってます~?」

「どしたの急に、フツーにRoseliaの練習だケド……」

「……やっぱり~」

 

 珍しく歯切れの悪くもごもごと独り言を呟くモカにアタシは首を傾げた。え、なに? となにか悪いことでもあったのかと訊くと実はですね~とアタシにとっては足許が崩れるような事実を悲しそうに告げてくれた。告げてくれて、まだよかったのかもしれない。

 

「リサさんのカレシさんが~こないだきゅーけーちゅーに~電話でうれしそーに~、GWの()()()()()()()()()()ハナシをしてたんですよ~……」

「……えっ」

「えっと~、その~、黙ってよーかな~とも思ったんですけど~」

 

 もちろん、相手は友達だった様子でなにかの見栄だったのかもしれない。楽観的に考えれば大学一年生、サークルとかのめんどくさい用事に誘われた断り文句にアタシを使ったのかも。そう思ってみたけれど、胸がスッとしない。そんな楽観的な見方じゃなくて、アタシもモカと同じ懸念をしてしまったから。

 

「……教えてくれてアリガト、モカ」

「いや、でも~」

「ううん、見ないフリはできないでしょ」

 

 また友希那と音楽ができるって報告した時におめでとうと言ってくれたカレが、デートの終わりに送るよって優しく言ってくれるカレが、いっつもアタシに会える度に嬉しそうな顔するカレが……アタシだってそう信じたい。信じてあげたい。それに、アタシが構ってあげられなくて浮気をしてるんだったら、そのくらい、ちゃんと赦してあげたい。

 

「……青葉のやつ、あの時電話終わってからきました~みたいな顔してたクセに」

「じゃあ……」

「ホントだよ」

「……っ! そ、そっか……アタシとじゃ、デートできないもん、ね」

 

 シフトが被ってるバイト終わりに、アタシはカレに問いかけた。詰問したつもりはない。浮気を咎めるどころか、むしろそうだとしてもアタシはカレに恋人としていてほしかった。もうしないよ、だなんて反省してくれればそれでよかった。アタシはそれ以外のものを求めてはいなかった。アタシにはそれ以上のことなんてなかったのに。

 ──カレの口から出てきた言葉は、アタシを傷付けるものだった。

 

「あいつ……ああGWに会う約束してるやつな。あいつに言われたんだ。それって付き合えてるんですか、大切にされていますか……ってな」

「……それは」

「おれもそうだなって思ったよ。それに」

「うん……」

「お節介なんだよ、お前さ」

 

 頭を殴られたような衝撃だった。アタシはアタシなりに、カノジョとしてカレにできることをしようと頑張って……頑張ってたのに。

 その先にある言葉なんてわかってる。聞かなくても、こうなったらアタシが受ける言葉は一つだけ。

 

「お節介焼かれてばっかで、年下の尻に敷かれてんのかってダチにも言われた。そう思われんのはもう嫌だ……だから、別れてくれ」

「……あ」

「あいつは違う。なんでも気が回って先回りしてくるお前とは違って、あいつはいつだって後ろにいてくれる。そんな安心感が、おれは欲しかったんだ」

 

 そっか、だなんてどこか別のヒトの話を聞いてるかのようにアタシは相槌を打つことしかできなかった。もし、もしもここで気づかないフリをしていたら、まだカレの傍にいられたのかな。これも余計な気が回っちゃうお節介なせいなのかな。そんなことばっかり頭の中でぐるぐると浮かんでは消えていく。

 

「バイバイ、リサ」

 

 待ってと縋りつくこともできなかった。そうしたら、カレに迷惑だななんて思ってアタシは言葉を押し殺すことしかできなかった。夢であってほしい、目が覚めたらいつも通りおはようとメッセージが来るんじゃないかなんてバカみたいなことを考えちゃうほど、どこか現実感がなくて、虚無感に包まれた。

 

「はぁ……あ」

 

 ダンス部で気を紛らわそうとしてみたものの晴れやかになるどころかじわじわと別れちゃったんだという悲しみが雨雲のように押し寄せてくるばかり。そんな感情に押しつぶされそうになっていた時に、角でヒトにぶつかってしまう。

 

「わっと~、だいじょーぶ?」

「っご、ごめんなさい」

 

 そのツヤツヤの黒髪に、赤メッシュ、ちょっと吊り目気味の不良テイストな子こそ、モカがいつも話してくれるし、偶にコンビニにも来てくれる美竹蘭だった。でも蘭って確か部活してないのに、こんな時間にどーしたんだろ? そんな風に考えていたらなにやら相談事をされてしまった。

 

「うーんなるほどねぇ、あの清瀬センセがね~」

 

 意外だな、と思う一方でやっぱりそういうヒトなんだなって思いがあった。何かのきっかけで教師であるってことに火を点けられなくなっちゃっただけのヒトで、元は情熱もあっていい先生だったんだろうな。同時に、蘭の青春の悩みを大人の余裕で笑って流して解決してくれたってことがアタシの中で引っかかっていく。

 

「……ありがとうございました」

「そんなのいーって。アタシも蘭と話せてよかった~って思ってるからさっ☆」

 

 でもやっぱり少しだけ怖いところもあった。蘭は、清瀬先生のことが好きなのかな。そうやって好きになってほしくてカッコつけただけってこともあり得るよね。なんだろう、運命感じちゃって大人の男の魅力を出した、みたいな。だから対象外であろうアタシのことなんて知らんって言われておしまいかも。

 やっぱりアタシは恋愛とかそういう手の話が苦手だ。周りには付き合ってるカレもいたし、相談は基本断らないからモテ上手みたいに思われるっぽいケド……アタシはそんな恋愛だってロクにしたことない、子どもなんだ。子どもだから、アイツにもフラれた。アタシは、大好きだったカレにフラれたんだ。

 

「……っ、あれ……アタシ、なんで今頃……?」

 

 押し寄せていた曇天の雲はようやく、雨を降らせ始めた。時が進むような脱力感、冷たくて悲しくてアタシの胸を締め付けるような、でも燃えていた火事を消すような優しい雨が降っていく。とめどなく溢れてきて、もうダメだって思って一人で気持ちを消化するために、あの恋を昇華させるために屋上の階段を上っていく。

 

「見つけたら、先生も一緒に住もうね! 楽園だよー!」

「……はぁ、断固お断りなんだよなぁ」

「えー、なんでー!」

 

 屋上のドアを開けた瞬間、そんな声が、聞き覚えのある声がアタシの耳に入ってきた。いやでも、アタシと話すよりも数段明るい声。これは……そうだアタシが紗夜の話をした時のヒナにそっくりで、でも何かが決定的に違うものだった。開けかけたドアに気づかれないうちに、アタシは慌てて涙を首にかけていたタオルで拭く。汗と一緒にしてしまおう、そうしたら、誰にも気づかれなくて済むから。

 

「あ、あれ、ヒナもここにいたんだ。部活は終わり~?」

「リサちーだ!」

「おう今井は、ダンス部か」

「まぁそんなところですね」

 

 ──でも、危なかったなぁ。扉を開けるまで先生はタバコ吸ってる時はここにいるって言ってたのもすっかり忘れてた。もしヒナがいなかったら気づかなかったかも。でも、そうしたら先生は……なんて声をかけてくれたのかな? 無視、はさすがにないよね。もしかしたらアタシ、ちょっとは期待してたのかな。蘭を助けてくれたように、アタシも、もしかしたら笑ってハナシを聞いてくれたのかな。

 

「じゃあ、家の前だけど気をつけて帰れよ。変態はちょっとしたスキを狙ってくるもんだからな」

「そーだよリサちー!」

「あはは~」

「……お前のことだけどな」

 

 ぼそりと呟いた言葉は、やっぱりヒナは特別なんだなぁと思わせるには充分なものだった。第一、アタシんちを先にしちゃうとヒナんちを先にするより遠回りだし……やっぱり邪魔しちゃったかな? そうやって伺ってるとどうした? と先生は優しい顔で問いかけてくれる。

 

「元気ねぇんなら、まぁ気が向いた時に屋上でも来いよ」

「あー、カズくん!」

「先生をつけろバカ氷川」

「ヒナに怒られちゃいそうなんで、あはは~」

「遠慮すんなよ。青春の悩みの捌け口くれぇにはなるだろうからな。ガキにゃ言えねぇことなら尚更な」

「……はい」

 

 いいなヒナは。こんな先生にとっても特別なんて。自然にそう思った。きっとヒナはそれを嫌がるだろうけど、先生はあくまで生徒としてヒナを大事にしてる。退学しちゃった生徒のこともきっと、そして蘭やアタシのことすら。きっかけはアタシがヒナと仲がいいから制御できる相手を求めてとかそういうのかもしれないケド、向けられた暖かい言葉は、雨が降り続いていた心にそっと傘を差してくれるような温もりだった。

 

「ありがとうございました」

「じゃあ、またな」

「また明日ねー!」

 

 また、そう言ってくれるのはいつだってアタシを見てくれるヒトのものだ。バイバイといつも別れていたカレは、一度だってごめんね、とまたねを聴いたことがなかった。カレはいつもどこを見ていたのかな、誰を見ていたのかな。ぎゅっと胸が締め付けられるケド、テールランプの光を残していく車から掛けられた言葉がアタシを立ち上がらせてくれた。

 ──さよなら大好きだったヒト。キミを傷付けてごめんね……バイバイ。

 

 

 

 

 




書き下ろしでした。やっぱこういうのないと再投稿したイミないよね!
リサちーの過去はほんのちょろっと別のところでやっただけなので。でもヒロインじゃないんじゃあ~
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