四月、羽丘の高等部に進学したばかりの美竹蘭は、華道の家元である自分の家を継ぐことに反発してた。自分には音楽があるんだと。しかし同時に些細なことでバンドメンバーであり幼馴染とも喧嘩をして、モヤモヤした思いを抱えて授業中だってのにもかかわらずに屋上にやってきた。
そして、そこにいた
「その辺のJKを落とせば……オレの人生も黒から薔薇色へ……」
「……通報していい?」
そんなつもりはなかったさ。いや、今考えれば少しはあったのかもな。どっちにしろその出逢いが、全ての始まりだった。
蘭の存在にヒナが嫉妬して、モカが脅迫してきて、オレはだんだんとクズ教師として変わっていく。自分の傍にいてくれる生徒たちを笑顔にするために、尽力するようになっていく。
けど生徒と教師って関係はずっと続かねぇ。フツーは久しぶりに会っても生徒と教師だろうけど、オレとアイツらにはカラダの関係があったから。お互いに好きと言い合った関係があった。それじゃあやっぱ、生徒と教師って関係は、最後には崩れちまう。
──打開策はただ一つ、オレが覚悟を決めること。覚悟のままオレはただ一人の生徒を恋人にしなけりゃ、アイツらは納得しねぇ。
「その辺のJK落として、薔薇色だった?」
「そうだな、薔薇色だった」
「通報していい?」
「いいのか? ちゃんとオレはお前を幸せにしてやりてぇんだけど」
「……そっか」
だから蘭たちが卒業する日、始まりの屋上で待っていてくれた蘭に告白をした。誰でもよかったってわけじゃねぇけど。オレは蘭の、蘭なら明日を信じてもいいんじゃねぇかなって思うようになっていた。自然と、漠然と。
「今日、親父さんにも伝えた。蘭が了承してくれたら、オレは美竹になりますってな」
「……一成!」
実際は家元関連の活動以外は清瀬、でいいどころか、蘭を嫁に出してくれるとまで言ってくれた。そちらの方が教師としての仕事も続けやすいだろうからと。
その時の親父さんの顔は、やはりキミが娘を幸せにしてくれるんだ、という安心と祝福の笑顔をしていた。
──そんなこんなで卒業後、四月になって、流石に一日はやめておこうと決めて翌日に、オレと蘭は入籍した。普段はお互い別姓を名乗って、二人一緒の時だけ同じ姓、そういう生活だ。
「おはよ、一成。今日もいい天気だよ」
「……おはよ、蘭」
そうしてバタバタとしているうちにオレと蘭の結婚生活はもう一年以上経過して、蘭はハタチになった。青春に振り回されることなく少し落ち着いた蘭、生徒に手を出すことも屋上で黄昏ることもなくなったオレ。
青春ガールズロックでも、黄昏ティーチャーでもなくなった、オレと蘭の生活は、ひどく春の日差しのように緩やかで、幸福で溢れていた。
「今日はなんか美竹の方で用事あるのか?」
「別に、ただ、つぐみのところに遊びに行こうかなって、それだけ」
Afterglowとしての活動は、結婚後も続いてる。一部では曲調が変わったとか、尖ってる感じがなくなったと酷評されたらしいけど、オレからすればそれは当然で。
そりゃ、今まではコイツの青春を歌ってたんだ。今のコイツは違うさ。でも蘭のカッコよさは失われてねぇから、オレは好きだけどな。
「なるほどね、偶にはオレもついていくかな」
「きっと、喜ぶんじゃない?」
羽沢や宇田川たちとはよく顔を合わせる。今日もきっと羽沢珈琲店でたむろってるんだろうなっつうことも容易に想像できるから、蘭の言葉にはすぐ誰か思い当たった。アイツのことだな。ちょくちょく天文部にも遊びに来ては、ゆーたんはいい子だね~、とウチの生徒をかわいがってるヤツ。この間モカのカレシが結良にカノジョを取られそう、って泣いてたって蘭が言ってたのにアイツは。
「一年半、ずっと見てたけど」
「ん?」
「結局、一成はアタシ以外の子、抱かなかったね」
「……あのな。一応奥さんのいる身だからな? 流石に親父さんに殴られるようなことはしねぇよ」
「一成のクセに」
「なんだと?」
まぁけど、蘭の評価もあながち間違いじゃねぇな。あのバカどもはまるで選んだら最初からこうするつもりでした、と言わんばかりにオレとの関係を、カラダを除いた生徒と教師の関係にしやがった。だからカレシの愚痴、恋愛相談、近況報告なんてのはまぁしょっちゅう来るけど誰ともキスとか、ヤったりだとか、そういうのは一切なくなった。
結局、誰かを選べば恨みっこなし、というかオレがちゃんと幸せになればいいってことか、と苦笑いが出ちまうけどな。
「あ、せんせー、おはよ~」
「お、清瀬先生は奥さんの同伴っすか?」
「巴~、蘭がめっちゃにらんでるよ~!」
「おじゃまするな、羽沢」
「はい! ゆっくりしていってくださいね!」
「巴、ますますオッサンくさい」
「ひどいぞ蘭!」
騒がしいないつもいつも。まぁ、まるであの頃を見てるようでオレは微笑ましく見守らせてもらうとするかと思ったら、なにやら視線を感じた。視線のした方向には、いつまでも変わらねぇぶっ飛んだバカ二人組が紙を広げてなにかをしていた。
「なにやってんだお前ら」
「さーくる活動? って言うのよ!」
「そうそう! でさ、今度は北アルプスの方行こうよー」
「いいわね! きっと星も近く見えるわ!」
お前らは登山サークルでも立ち上げたのか。前も山登ってたろ。そんなツッコミをしたくなるような天体観測サークルを一緒に始めたらしい弦巻こころと氷川日菜の二人。相変わらずコイツらの笑顔はピカピカで、自然と頬が緩んじまうな。
「カズくんも一緒に行こうよー。羽丘天文部としてさ」
「そうね! 先生と結良も一緒ならもっともーっと楽しくなりそうだわ!」
「日程が決まったら言ってくれ。結良とも相談しなきゃならん」
絶対にアイツには、またヒナちゃん先輩と、こころん先輩かー、と苦笑いされるに決まってるからな。コイツらのむちゃくちゃに振り回されてそろそろもう二年目、結良もいい加減慣れてきちまってるんだよな、悲しいことに。
あちこち賑やかな羽沢珈琲店。若宮がお代わりはいかがですか? と来てくれたのでありがたくコーヒーのお代わりをもらう。最近は羽沢が淹れることもあるらしく、これがマスターに負けねぇくらいおいしいってんで、娘の成長にマスターは男泣きしていた。うん、今日も最高だ。
「あ、いらっしゃいませ! これは、チサトさん!」
「あらイヴちゃん。貴女もオフだったのね」
「ハイ!」
「そして……ふふ、こんにちは」
「流し目はやめろ、千聖」
何故か空いてる席じゃなくてオレの向かいに座りやがったのは白鷺千聖。女優でアイドル、その輝くような美貌が放つ鉄壁のスマイルは、世のティーンエイジャーたちを虜にしていく。そんな賛美を書かれた雑誌を見かけた後だから、少しだけ笑ってしまう。実はファン層が10代だけじゃなくて40代くれぇにも人気なんだよな。小柄なクセに妖艶、意外と男ってそういうのに弱いんだよな。
「一成さんは私に見惚れるのいいけれど、後が怖いわよ?」
「一成?」
「……余計なお世話だ」
なんかポンコツ赤メッシュが睨んでくるな。まぁ気のせいとして後で宥めておくか。じゃなくて別に見惚れてねぇよ。心の中で笑っちまっただけで。
そんな清廉ながら妖艶っつう二つの顔を持つ千聖、カレシ持ちでしかもぞっこんってのを知らねぇヤツがほとんどなんだなって思うとついな。
「んで、今日はオレが紹介してやった愛しのカレは?」
「仕事よ、しごと。はぁ……誰かさんと一緒で仕事熱心で、時折妬けてしまうわ」
「誰だろうな、ソレ」
まさかオレとか言うなよ。オレはこんなところでのんびりできるくれぇにはサボってるから、その評価には必死に首を左右に振らざるを得なくなっちまうからな。まぁ、仕事熱心なヤツってのは知ってるし、そのひたむきさがお前の心を掴んだポイントだろうが。
そこで始まるデート談義、と言う名のほぼ千聖の愚痴を聞いていると、またしても客がやってきた。今日はやけに多いな。いつもは静かなんだけどな。
「だから、そーゆーときにさ、料理とか作ってあげるんだって! 胃袋掴んでこそ!」
「なるほど。流石は想い人に後一言が出なかった今井さんですね」
「ちょっと紗夜、喧嘩売ってるよね、ソレ?」
「いえ、本心です」
ギターとベースを背負った女性二人、氷川紗夜と今井リサのコンビが来店してきた。その二人はオレと千聖に気付くとにこやかに手を振りながら紗夜はオレの隣に、千聖の隣にはリサが座ってきた。だからなんで空いてる席じゃなくてオレんとこなんだよお前ら。
「あれ~、カズセンセー浮気ですか~?」
「いけませんね、奥さんがいるというのに。しかも芸能人と」
「あのな、その奥さんソコにいるからな?」
ほら、なんかポンコツ赤メッシュがそわそわしてモカに怒られてるじゃねぇか。相変わらず嫉妬しだすとポンコツ化するんだからやめろよな。つか揃いも揃ってオレを介してウチの奥さんいじめんなよ。
「おねーちゃんだ!」
「日菜、ここにいたのね」
「うん! あ、そだそだ! リサちーもおねーちゃんも千聖ちゃんもさ、よかったら一緒に天体観測行こうよ!」
「……まず、いつにするかを決めてから誘いなさい」
「だからみんなの予定を訊きたいんだってばー」
ヒナとこころが隣の席に移動してきて、また更に騒がしくなっていく。スケジュール帳にびっしりと文字が埋まってる紗夜と千聖にリサがさすが~、と感嘆し、こころがこのハートはなにかしら? と千聖のスケジュール帳を指さす。カレに会った日よと嬉しそうに話して温度の上がったところで、ヒナが、あはは、千聖ちゃんこどもっぽい! と笑って千聖と紗夜を怒らせる。
「センセー、なんかニヤニヤしてない?」
「ふふ、とーっても面白いものを見つけたって顔ね!」
「わ、私のスケジュール帳……じゃないでしょうね?」
「いやー、カズくんのことだから、ねぇ?」
「ええ、どうせ。考えてることはもっと単純ですよね?」
うるせぇな。なんか本来こんな風にならないと思ってた気がしてなんとなく感慨に耽っちまったんだよ、悪いかよ。
最初は、誰も選ぶつもりなんてなかった。けど、蘭を選んだことでこの未来があるなら、この明日があるならそれでよかった。そう思ったんだよ。それはこの間見た夢のせいなのかもな。
「あ~、なんかたのしそ~だ~、あたしもまぜて~」
「も、モカ! なにやって!」
「あ、つ、つい、昔のクセで……あはは~」
「カレシに怒られても知らねぇからな」
「ナイショにしとこ~」
「もう、それくらいならいいけど。なんのハナシしてたの?」
「うん。今ねー、天体観測に行こうって予定を合わせてるんだー」
なんか、オレとしては顔馴染みになっちまったメンバーが楽しそうにお互いの予定を出し合って、行く方向で話し合ってる。それが、オレにはすごく幸せなことだ。こうして、オレは教師として、卒業していった生徒たちにとっての記憶に残って、そして、幸せな時間を手に入れてる。
そうして、夕方までAfterglowをも巻き込んでの賑やかな会議は終わり、まるで学校が終わるかのように、それぞれの帰り道を歩き出した。また明日、ってまた明日もかよ。まぁ、いいけどさ。
「……ら、蘭さん?」
「……なに」
そしてこちらはとても不機嫌なご様子の美竹蘭さん。わかりやすくむすっとしてる。なんだお前かわいいな。
じゃなくて、ここで迂闊なこと言うとめんどくさいことになるからなぁ、けどまぁ原因はとてもシンプルでわかりやすい。結局紗夜が隣を空けてくれず、隣の席にはヒナがいたから、蘭からオレは結構遠いところにいたんだよな。
「ほら、蘭」
「ヤダ。どうせすぐそこだし」
「そうかよ」
手を繋ごうとしたらフラれた。どうせ拗ねてたって夜には怒りながら構ってくれなかったって甘えてくるクセに。こういう強情で嫉妬するとポンコツなところは、まぁなんつったらいいか、惚れてなかったらキレるところだけど、まぁ、そういうトコも含めての蘭だからな。
「浮気してたか、オレ?」
「うん」
「早いな、判定も頷くのも」
「だって、デレデレしてた」
リサとこころは違うけど、残りの四人とはかつて、なにもかも曝け出して愛まで囁いたことのある連中だ。蘭がこうなるのは当たり前だけどな。しかもオレは好きになった女を案外思い出に残しちまうタイプだってことも、蘭は知ってる。その時も、納得はしたけど、嫉妬はするって言ってたしな。
「えっちしなきゃセーフなんて、言わせないから」
「言わねぇよ。オレと蘭は夫婦、だからな」
「……うん」
「不安そうな顔すんな。別に蘭が嫉妬してわがまま言ったくれぇで、オレはお前を捨てたりしねぇし、キライになんてならねぇよ」
「……ウソ」
「ウソじゃねぇ」
「ウソだ、ウソつきだよ」
部屋の前に着いたところで、とうとう蘭は泣き出しちまった。まぁ、あそこまで全員が集まったのはマジで久々だったからな。それだけ蘭も当時のことを思い出したんだろうな。
楽しいし、あの時間は幸せそのものだったけど、誰が選ばれるか、不安を抱えてたあの頃、選ばれた後じゃ、余計にそうなのかも。
「ウソじゃねぇよ。オレは蘭を愛してる。アイツらの誰でもなく、蘭を愛してるから、今一緒にいるんだろ?」
「でも、後悔してたら……」
「そんなことあり得ねぇよ」
「どうして?」
「……夢を見たんだ」
そう、最近見た夢、それは悲しくて、けど不思議な夢だった。オレが覚悟を決められずに誰も選ばなかった今。それは教師として充実しながらどっかで寂しさを抱えるっつう夢。
ヒナが寂しそうに笑って、蘭が少し怒ってるようで、モカはいなくなって、千聖と紗夜は、まだオレっつう未練に苦しんでる、そんな今。
そんな夢を見たからこそ、思ったんだ。誰を選んでもきっと後悔はしなかったってな。あ、でもきっと千聖と紗夜、んでモカは絶対に拗れるだろうな。アイツらとはまだまだ分かり合う時間が足らなかったように感じる。逆にヒナとは、まぁ昔のまま、自然にケンカして笑って、結婚すんのかもしれないな。
「前に言ったろ? 全員がむちゃくちゃ美人で、一人だって勿体ねぇって思ったくれぇだって」
「……うん」
「だから、後悔なんてしねぇよ。今ですら、オレには充分な幸せだからな」
「そっか……うん」
そしてオレと蘭は眠りについて、また明日を迎える。まるで同窓会のような雰囲気に包まれる貸し切りの羽沢珈琲店で、生徒たちの笑顔に包まれて、オレはハッピーエンドを迎えるんだ。
今日も、明日も、そのまた明日も、この未来が続くかぎりを、蘭と、幸せに過ごしていくんだ。
「アタシさ」
「おう」
「一成のことが好き。でも、好きすぎて一成のこと見えてなかった」
「いいんだよ。子どもが大人の顔を伺うようになっちまったら終わりだ。オレがちゃんとお前らを対等に扱う勇気がなかっただけだからさ」
「……なら、今度は」
「おう。ちゃんとお互いに幸せについて考えられるといいな。大丈夫、オレたちには明日があるんだろ?」
──蘭の華は夕焼けの中でロックを歌い続ける。たまらなく幸せなこの一瞬を胸に。このもしもを知った蘭はなんて言うんだろうな。
とりあえず怒ってくれるんだろう。んでその後はちゃんと笑って顔を突き合わせてくれる。オレにとってお前は世界一カッコいいヤツだよホントに。そういう女だもんな。
これでメイン五人が完了。もはやこれでも実質ハッピーエンドだよね。でも続くんだよ。