オレの人生が大きく変わった瞬間ってのは、どういう時なんだろうな。そういうのって、大概後からわかるのであって、オレもその例にもれず、きっと後からそのことに気付いた。アイツの誘いに乗った二学期の始め、たった三週間の出来事がオレの人生を変えたんだと思う。その時からずっと、オレはどこかでこの気持ちを持っていたのかもしれねぇ。
「……あたしは?」
ヒナたちとのいずれ訪れる別離を話した時に、ポツリとこぼれた言葉。続く言葉にオレは呆れたような声が出ちまう。コイツはさみしそうなオレを捕まえて、生徒たちの別離に水を差してきやがった。
──あたしと結婚してくれないかしら? キラキラのお目目を輝かせて、こころは告白もなんもかもをすっ飛ばしてプロポーズしてきやがった。オレを笑顔にするために、だよな。
「そうよ! だから今はダメかもしれないけれど十八の誕生日に──」
「──いいよ」
「……え?」
「あ? なんで驚くんだよ。結婚してやるっつってんだよ」
断られる覚悟だったらしく、目を見開いていた。面白れぇな、初めて見たよお前のその顔は。だから言ってるだろ? オレはあの三週間であまりにもお前の魔法に助けられた。そのせいかわかんねぇけどさ、ピカピカの太陽サマを信じてみたくなったんだ。
「本当、よね? 嘘じゃないわよね?」
「んで、こころこそ、本気なのか?」
「あたしは……あたしはいつだって本気よ! 一成の笑顔のため、それ以上に……あたしは一成が大好きなの!」
「そっか」
とりあえずは、今いる生徒たちを無事に送り届けてから恋人から順立てていこうなと約束をした。まぁ恋人ってことがどういうことなのかわからなかったのかと思ってた。だからため息交じりにちょこっとずつ教えればいいかとも思った。教えてやりゃわかるようなヤツだしな。
けど、それが杞憂だと察したのはそれからわずか四ヵ月後、クリスマスを祝った時だった。こころは誰から聞いたかしらねぇけど、リアルに、あたしがプレゼントよ! を慣行してきやがって、その時に初めて気づいた。
──この女は、本気でオレとの将来っつうか、男女としての付き合いをする気だったんだっつう、まぁこころなりの覚悟だったんだろう。それからは一度だってこころの愛を疑ったことはなかった。
それが印象的だったのはこころが卒業した日、蘭をフった後の打ち上げでトイレに行って店の前でタバコを吸うわけにもいかずぼーっとしてる時だった。
「はいっ!」
オレのところまでやってきて、そう明るい顔でこころは両腕を広げてきた。なんのつもりだよそりゃ。すると今度は不満げに頬を膨らませながら身長差があって腰を折ってくれないとダメなの! と文句を言ってきやがった。抱き着きてぇのか抱きしめてほしいのかどっちかにしろよ。
「……最後だからってたっぷり甘えておこうって腹積もりか?」
「そうじゃないの。ただ……お疲れ様、先生」
「まだ終わりじゃねぇよ」
「ええ、でも」
「ああ、ありがと……こころ」
こころの温もりは大切なアイツらをフっていく中で傷ついたオレを癒してくれた。別に
「一成はヒトの関係を大切にするから、依存じゃないわ!」
「そうかね」
「だって、あたしには一成のおっきな背中がちゃんと見えているもの」
そんなこころにゴリ押しされるカタチで、オレはこころと結婚をした。だが同棲先は夢のような豪邸、お城のような家ではなく、何故か一等地とはいえマンションだった。何故だと問い掛けるオレにこころは首を傾げて当然じゃない、と口にしやがった。
「二人で生きていくのよ? 黒い服のヒトたちに頼り切りも、いけないもの!」
「……スゲーなお前は」
こころはとんでもなく大人になるスピードが早かった。ホントに同じキャラかよと思うくらいには、こころは成長していった。
その急成長は傍にいたオレすら気付くこともなく、けどそこには新居に昔のようにはしゃいで金髪を揺らすこころがいて、眩暈がしそうになった。ホントに、こころはすごいヤツだとは思ってたけど、いい意味で子どものまま大人になっていくところを見ちまうと、オレはホントにお前の旦那でいいのか、と何度も確認したくなっちまうな。
「不便なことなんてないわ。これでも旦那様を連れてきても恥ずかしくないように、とできることは多いのよ?」
「……まさか」
そのまさかで、こころは料理こそ最初は失敗して顔をしかめたが、掃除、洗濯といった家事は、一通りできていた。料理は経験だからな。失敗は成功の母だろ? そういうとこころは、それじゃあ次は成功させてみせるわ! と前向きに微笑んだ。
そんなキラキラの太陽との同棲生活もそろそろ二年が経過しようという頃のなんでもねぇ一ページが今日のことだ。
「おはよう、一成!」
「……はよ、こころ」
「ええ! 今日もいい朝よ!」
「……その前に服着ろ、服」
「あら、そうだったわ」
眩い金の髪は輝きを衰えず、その美貌はますます磨きがかかり、そしてその美貌が放つ極上の金色の笑顔は、今日もオレの朝一番の景色を埋め尽くした。
──おはよう、オレの太陽サマ。元気の出るようなその笑顔が、オレの笑顔の源だ。
「今日は大学が終わったらヒナと天文部に行くわね!」
「……おう。なんの予定もねぇけど」
「けれど、結良と一成はいるでしょう?」
「まぁな」
こういうところは相変わらずの太陽サマだ。けど少し違うのは度々オレに甘えてくるところか。高校生の時は二人きりの時に抱きしめるくらいなもんでそれが不満だったことをオレは後から知ったくれぇだし。その分を埋めてるのかと思うと拒否はできねぇ。できねぇけど。
「なにかしら?」
「いい加減服を着ろ」
「あ……ふふ、そんなにじろじろ見られたら……恥ずかしいわ」
どこで覚えたそんな流し目。絶対あの芸能人のクセにマネージャーに別れろとか言われて逆にキレてカレシの家でヤりたい放題した女に教わったろ。アイツ、干されてるらしいけど、意に介すことなくそのうち泣きついてくるわ、とか言ってたな。流石魔王、健在だ。
──それはさておき、こころはジャージを着て、オレもスーツに着替えて朝食を摂る。毎朝オレと同じ時間に起きて、大学の時間までこうして毎日ランニングをするらしい。健康的だな、見習いてぇよ。
「行ってらっしゃい、一成」
「おう。こころも、気を付けてな」
「ええ!」
もう、アイツの周りに黒い服のヒトたちはいねぇ。だから髪をポニーテールで縛ったその後ろ姿に少し不安になるって言いてぇトコだが、残念ながらそうはならねぇ。何故なら、最初の言葉はウソだからだ。
「では一成様、行ってらっしゃいませ」
「……ああ、うん。はい……いつもながらこころのこと、よろしくお願いします」
「かしこまりました。いつもながら、全力で」
このヒトたちは太陽であるこころが作り出す影のようなもの。こころの
そしてこころお嬢様は、こころ様、奥様へ、オレは清瀬様から一成様、旦那様へとクラスアップだ。独り立ちさせたいからよろしく、と言った大旦那様、つまりこころの親父さんも、結局はどこにでもいる、娘の幸せを願うお父さん、ってことだよな。
「さて、オレも教師として、頑張りますか」
ともかく、今年度もあと少し、来年は大切な生徒である結良の卒業の年だしな。今までより、それこそこころたちの世代が卒業してった時くれぇに張り切らなきゃ送り出したアイツらにも怒られちまう。
そう思ったら、丁度、メッセージが入った。二人分、相変わらずの仲良しで嬉しい限りだな。いつも通りでいいから、頑張れ、という優しい言葉、そして、また遊びに行くからね~、というのんびりとした言葉。かつての生徒たちの激励は、今が冬だってのも忘れさせるくれぇの暖かさだった。
「──というわけで! 第一回、天文部存続会議を始めるよー!」
「おー!」
「お、おー……なに、このテンション……」
「オレに訊くな」
「司会はあたし、名誉部長の氷川日菜が務めるからね!」
「いつできたそんな役職」
そんな始まり一転、天文部室は妙な空気に振り回されていた。しまった、こころとヒナを同時に連れてきたのはまずかった。どこからか持ってきた名誉会長の襷を掛け、何故か制服……っておい。ハタチになってまでコスプレすんな。
「なーにーカズくん? 昔のことでも思い出した?」
「いや、キツそうだなと思って」
「うん、確かに……胸とかお尻、ケッコーキツいかも」
よかったこころも制服じゃなくて、こころも昔からだいぶ成長してるからな。オレの眼に毒だ。既にヒナがそうだしおかげで結良がやや引き気味だけど。
そんな視線は無視して、ヒナはどっからかもってきたホワイトボードに、部員を集めよう! と無駄にキレイな文字で書いた。
「えっと、ヒナちゃん先輩前に、プロジェクションマッピングが~とか言ってなかった?」
「そうだけどさー、ぶっちゃけそれだけじゃインパクト足らないでしょ!」
「インパクトは必要なのか?」
「いるよ! だって面白い子が入ってほしいもん!」
お前の私物じゃねぇんだけど、と思っていたらこころが議題の下に、面白い子を集める! と書き足した。いやいや、このバカヒナを諫めてくれよマイハニー。そういうヤツじゃねぇと思ってても納得いかねぇよ。
「確かに、あたしたちともかかわるのだから、ある程度面白くないとダメだわ」
「芸人か、ここはいつから芸人を集める部活になった」
「わたしはソレ、クリアしちゃってるんだ……割とショックだよ」
結良にある程度の面白さがあるのは認めるけどな。この部長は先輩方の脛をしゃぶりつくしてでも天文部としての活動実績を近年で一番にしたいって息巻いてるんだ。その辺の意思は汲んでやれよ。
「カズくん、甘いよ、甘すぎるよ!」
「……おう」
「そうよ一成! よく考えてみて? フツーの子はきっと、毎回のように遠出の泊りで星を観たくて天文部には入らないわ!」
「ん、まぁ……確かにな」
こころにそのフツーを説かれると釈然としねぇんだけど、確かにその通りだ。結良の掲げた毎月宿泊がてらの天体観測会は異常な頻度だ。きっと気疲れしちまうだろうし、それでお金がかかるかもという心配に駆られるヤツもいるかもな。そう言うと結良は、じゃあ大々的に無料って言おうと手を挙げたけど、ヒナはそれじゃあだめだよと諭した。
「どうして?」
「だって、無料! って大きく掲げるんでしょ? タダより高いものはないってゆうじゃん? 逆に近寄りにくくなっちゃうんじゃないかなー?」
「……あ、そだね」
際どいコスプレスカートを揺らしてマトモなこと言うな。まぁツッコミは入れつつも概ねはああでもないこうでもないと話し合う新旧の天文部部長たちを見守ることにする。するとこころは椅子を持ってきて、オレの隣に座った。やけに嬉しそうな顔で、どうした? と問い掛けると、輝くような微笑みで、答えてくれた。
「あの二人が笑顔だもの、きっと楽しい歓迎会ができるに決まってるわ」
「……そうだな。つかヒナを焚きつけたの、お前だろ?」
「ふふ、どうかしら?」
そんな風に太陽サマは柔らかい、春の日差しに似た笑みでヒナと結良を見つめていた。その二人はオレの笑顔の源だ、とでも言わんばかりに。
かつて部長と生徒会長を兼任し自由にオレを振り回した一年を持つヒナと、そんなヒナたちが集まれる場所を守ってくれている結良。どちらもオレが教師として笑顔でいられるには欠かせねぇ二人。だからこころは二人で来たっつうわけだろ。
「旦那様のことを放っておけないもの」
「ずいぶん甲斐性のある奥さんで助かってるのか立つ瀬がねぇのか」
「あたしは一成を愛してるだけよ。世界を笑顔にして、そしてその思い出を貴方と巡って、一緒に逝きたい、それが今のあたしの夢だわ」
「そりゃ……瀬田風に言うなら、随分と儚げな夢だな」
オレは、いつの間にか、お前が笑顔にする世界から魔法を教えた弟子に、そして一緒に世界を歩く夫婦としてお前の隣にいたんだな。撫でるとサラリと流れる金色の川が、オレの肩へと止まって、ふふとまた微笑みが生まれる。なんか今日は全体的に春の日差しだな。いつもの真夏はどこに行った?
「眠いんだな?」
「……ええ、一成が平気そうな方が不思議だわ。昨日はあんなに激しかったのに……」
「残念ながら、そこのバカとかその他に鍛えられてるからな」
「ずるいわ。あたしにももっと手を出してくれてもよかったのに」
やなこった。それこそ社会的に死ぬと思ってたからな。クリスマスん時はギリギリ踏みとどまったけど、アレは大変だった。ホワイトデー騒動って言えば、ヒナも多分笑いだすからな。
「お返しにブランデー入りなんて渡す貴方が悪いのよ」
「会食とかに行く機会があるって聞いて勝手に酒も平気、とか思ったんだっけか」
「そうよ」
懐かしいな。こころんちで起こった騒動、結果はあっという間に全部食ったこころが完全に酔っちまって、そのこころに押し倒されて……酔いが醒めたのは痛かったから、なんて今じゃ笑い話にしかならねぇよ。けどそん時はもう止まらなくて、と話していたら、こころに太股を叩かれた。
「……そんな細かいところまで覚えているなんて、やっぱり一成は変態さんだわ」
「あんまりにもキレイで笑えて、んで愛おしくてさ。忘れたくても忘れられねぇよ」
「えっち」
ふい、と拗ねた様子でそっぽを向いたこころ。まぁまぁと宥めるフリして腰を抱いて、耳にキスをして、そこではっと気づいた。
──あ、やべ。ここ家じゃねぇ。それと同時に刺すような視線を四つ。一つは顔を真っ赤に、一つは呆れ顔で。
「あ、ああ、あだるてぃ……コレがヒナちゃん先輩や蘭ちゃん先輩が言ってたクズ教師、のカズくん先生なんだ……」
「カズくん、意外とどこでも発情するもん。えっちだし」
「誰のせいだろうな」
「えっちなのは元からじゃん」
それについては否定できねぇ。けどどこでも発情するっつうかスイッチが入るようになったのはぜってぇお前のせいだ。つかココでもヤったことあるもんな。あとキスで反応するようになった原因でもあるからお前が指摘する側に回るのは間違ってる。
「一成はギルティよ、有罪だわ」
「ほらほら、奥さんもそうゆうってことは、やっぱりカズくんがえっちなだけじゃん♪」
「え、えっと、聞いちゃダメなんだろうけど、聞きたい……うぅ」
そんな脱線はあったものの、一年生にプロジェクションマッピングをやるということを広報して、文化祭の時みてぇに音楽室で上映、そんで興味がある方はこころんちのペンションで一泊二日の無料ツアーの開催、という作戦になった。一回くらいなら、の一回でハマってくれて、なおかつヒナのキャラについていければ問題なく入部してくれるだろうな。
大まかな作戦が決まったあとはメシを四人で食べて、家に帰った。すると玄関が閉じられた瞬間に背中に体重をかけられ、オレは背中越しに振り返った。
「ん? どうしたこころ?」
「なんでもないわ、けれど」
「……こころ」
「あ……ん、かず、なり……」
玄関で靴も脱がずに、こころにキスの雨を降らせていく。キラキラ輝く太陽を曇らせる情欲の雨、けど、太陽がずっと照らしてちゃ、世界は疲弊するだけだからな。
だから別に嫉妬したって構わねぇんだよ。ヒナにヤキモチ妬いても全然おかしくねぇんだから。
「ヒナもそうだけれど、あたしとしては結良だわ」
「結良が? ああ、そっか。結良はなぁ」
「ええ、貴方と二人きりでもし、そうなったら」
「大丈夫だよ。昔ならまだしも、オレはこころだけって決めてるからな」
そんなしおらしい顔すんなよ。知ってるか? 男は狼で、羊が弱ったところは、絶対に見逃さない生き物で、性欲は食欲に似てるらしい。肉食系って、案外間違ってねぇ表現だよな。メシ食ったばっかりなのに、ハラが減った感じだ。愛おしい羊の心配なんて、無用なくらい、オレはこころにぞっこんだよ。
「お、お風呂は? え、一成?」
「いいだろ、後でも」
「……きっと汗かいているわ」
「んじゃあ一緒に入るか?」
「いっ……いい、わよ」
そういやヒナが最後に言ってたな。えっちなのは知ってたけど、誘ってきたことってなかったよね、と。そうだな。オレはあくまで流される立場で、一応ムラっときても我慢はできてたんだよ。けど、今の相手はこころだ。将来を奪った、オレが選んだ一人だ。そんな相手に対して、我慢なんてできるワケねぇだろ。
──だから翌日もこころは眠そうにしちまうんだよな。激しかった、と文句を言いながらさ。
「一成は欲張りなのよ。欲張りなのに、カッコつけるから」
「そうだな、オレはこころも欲しかったんだな」
「やっぱり……えっちで欲張りさんだわ」
「それでいいって言うくせに、お前だって十分欲張りだよ」
太陽は暮れることなくいつまでもピカピカとオレの頭上で輝いてる。たまらなく幸せなこの一瞬を胸に。このもしもを知ったこころはなんて言うんだろうな。
いや、こころがなんか言うわけねぇ。だいたいコイツのやろうとしてることは読めてきた。後はオレの選択次第ってことになるな。まぁなんにしてもオレが求めるのはもうカッコつけることのねぇ、純粋な笑顔と幸せのためだけだ。
リサはサブヒロインだけど、こころはどちらかというと隠しヒロイン的なイメージなんだよね。
実はこの未練世界の創造も後一話なんです。どうぞよろしく。