あんなことがあったっつうのに、美竹は相も変わらず屋上にいるとやってくるようになった。けど変わったことも勿論あって、偶に羽沢を連れてくることもあった。なにより廊下ですれ違うと、挨拶をしてくるようになった。これがまぁ素敵な笑顔なもんだから、オレは好奇の視線を独り占めできちまうわけで。お仲間四人は口を開けて驚いてた。
「別に、アタシだって
「おかげさんでオレは一躍人気者だよ」
「よかったね、センセイ?」
「嫌な言い方すんな気持ち悪い」
前までならしなかっただろ、そんな冗談も楽しそうな顔もつかオレと話してる時のコイツは、ツンケンってなんだったっけってくれぇに素直で年相応の笑顔をしてくるようになった。原因なんて考えなくてもわかる。完全に引いていたはずの線を踏み越えちまったあの日の出来事が美竹を変えちまったんだ。
「ねぇ」
「なんだよ」
「今度さ、ライブやるんだけど……来てほしい」
「暇だったらな」
「そこはいいよって言ってくれないんだ」
拗ねるような口ぶり、ジトリとツリ目がオレに向いた。そんな目をするなよ。お前は誰かの支えがねぇと生きていけない自分が嫌いじゃなかったのか。縋るような顔をするその本性が嫌で、ずっと隠して生きてきたんじゃねぇのかよ。
「そりゃまぁ、教師の仕事の範囲を越えてるからな」
「そう、だよね」
おい、青葉。今ならお前が来ても許してやるから早く来てくれ。んでなんとか言ってやってくれ。そんなオレの願いが通じたのかそれとも監視でもしてやがったのかタイミングよく間延びした声と扉を開く音がオレと美竹の耳に届いた。いつもは顔を見るだけで気持ちが重くなる青葉の登場にオレはほっと安堵する。だが、それも束の間のことだった。
「モカ聞いてよ。コイツ、ライブに誘ったのに即答で断ってきたんだけど」
「断ってねぇよ暇だったらっつったんだよ」
「え~、蘭がかわいそーだよ~せんせ~」
「もっと言ってやってよ」
青葉が来ても何も変わらずにあの顔をする。青葉もそれを嫌だと思うどころか良いとすら思ってるのか、たいそうご機嫌な様子だった。そこにはオレが感じていたロックなんてどこにもなくて、オレは言葉が継げなくなる。
「そーいえば蘭、ひーちゃんが探してたよ~」
「わかった……じゃあライブ、絶対来てよね」
愕然とする中で扉が閉まり、青葉と二人になる。疑問と疑念に渦巻く頭を整理するため、思考の時間を無理やりつくりだすためにオレはライターとタバコを取り出した。青葉がいるとか知ったことじゃねぇ。火を点け、空に向かってこの気持ちを落ち着けるために息を吐いた。
「せんせーのせいだよ」
「んなのはてめぇに言われんでもわかってるっつうの」
「え~、わかってないよ~」
「だいたいなんでそんな嬉しそうなんだよてめぇは」
「だってさ~、蘭が前よりあたしを頼ってくれるんだよ~? 弱い声でさ~嬉しいよ~?」
寒気が走った。恍惚の表情をする青葉はやっぱりオレの見立てに間違いのねぇ悪魔だ。あの状況を、あの美竹を、あの声と顔を嬉しいと形容するコイツが、オレにはおぞましいものに感じる。眠そうな目と食欲の中に潜んでいたナニカが今、オレの隣で鼻歌を歌ってやがる。
「あはは、最初はさ、せんせーのせいで蘭が変わっちゃうんじゃないかーって怖くなったけど、せんせーのおかげだね」
「美竹がこのまま一人で立てなくなってもいいってのか」
「……大人だね、せんせーは。子どもが一人で立てるように頑張ってるんだよね。でもね、蘭にはあたしがいるから、あたしたちが一生傍にいるから安心していいよ」
安心だと? ふざけんなできるわけねぇだろ。一生傍にいる? あたしたちが? お前の言う一生ってのはしょせんは子どもに見える限りの将来、つまりは高校時代までの展望だろうが。そのあとはどうする、進路は? 美竹は華道を継ぐんだろ? そこにお前が顔を出すってのかよ。そんなの無理に決まってる。無駄にイラつく笑顔で語るその一生は、なんにも、何一つだって将来を見通せてはいねぇ。ただ美竹が壊れてくのを見るだけになる。
「でも大丈夫だよ、せんせー、あたしは──」
「──出てけ、てめぇのツラは少なくとも今日中は見たくねぇ」
「……冷たいな~、まぁいいや、またね、せんせー」
オレはとんでもねぇバカだ。思惑から外れていたとはいえ青葉の望んだ通りの場所に美竹を連れてっちまった。何もかも、あの日美竹を抱き寄せたせいで。
間違えてんのぐれぇ、その時からわかってたさ。けどじゃあどうすりゃよかったんだよ。アイツの傷を、涙を知って、言葉や表情の意味を知って、どうすりゃ正しいんだよ。なぁ……誰か教えてくれよ。
──クズ教師、アンタなら正解を知ってたのか? あのどうしようもねぇ悲しみに正しい大人であれたのか?
「クズ教師はカズくんでしょ?」
「……ヒナ」
合計すると今日は五度目の扉の開閉音。蘭、モカと続いてオレを探してやってきたのは当然、ヒナだ。待て待て、止まれっての。今はひでぇ顔してるから。
けど、ヒナはいつものような悪魔の笑顔をしてはいなかった。
「偶にはさ、カズくんだって先生を休憩しないと、疲れちゃうんだよ」
「……休憩、か」
「うん、疲れちゃったら休憩する! ね? 当たり前のことでしょ?」
「そう、だな」
「だから、おいでカズくん」
今までに見たことねぇくれぇの優しい顔で、穏やかな声音でヒナは両手を広げてきた。なんだそれ、キャラじゃねぇな。つかガキの分際で大人に対しておいでなんて、バカじゃねぇの……なんて愚痴も、今日は口から出てこねぇ。これも疲れちまってるからなのかな。
「カズくんってさ。他の大人よりもずーっと子どもみたい」
「……あ?」
「だってほら、今の一瞬にいっぱい心を動かせるのが子どもならさ……カズくんもじゃん!」
「なるほどな」
「うん。ほらほら、子どもなんだからいーでしょ?」
天使の表情と慈愛で放たれる悪魔の囁き、狡猾な蛇の甘言。そこに言い訳に言い訳を重ねた甘くとろけんばかりのミルフィーユを腕の中に用意してきやがった。一度は拒絶したものの二度目は抗えず、オレはガキみてぇにヒナの背中に手を回してその温もりを受け取っていく。
ああもう、こりゃもうダメだな。ここんとこ色んなことが起こりっぱなしでオレも疲れちまってるみてぇだ。まぁその原因の一つでもあるコイツに甘えちまうのは、教師であろうとなかろうと不本意だけどな。
「なぁヒナ?」
「んー?」
「なんでオレを構おうとする?」
「わかんないや」
そんな言葉が顎の下からする。底抜けでいつも通りの明るさと少しの優しさを含んだ……コイツらしくもねぇけど、そんな光もコイツは持ってるんだなんて安心しちまえる。なんだよ、今日はわがままも言わねぇつもりかよ。
「こういうのはるんってこねぇんじゃねぇのか」
「そーでもないよ? よしよ~し」
「トシ、一回り違うんだけどな」
「いーじゃん! カズくんに触れてたり、触れてもらったりすると胸がきゅうってなるんだ。それがカズくんに感じる、るんって気持ちだから!」
そりゃあ完全に重症だな。ヒトはちっちゃなことで恋に堕ちる。特に思春期なんてその最たるもんで、席が隣になった、話しかけられて仲良くなった、委員会や部活で一緒になった、帰り道にたまたま会って一緒に帰った。そういうちっちゃな異性とのエピソードに事欠かねぇもんだからな。まぁここは女子校でそりゃねぇんだけど。けどホントに小さなことで意識するようになる。ヒナの場合、それが興味と認められてぇという飢えを満たしてくれるという実感ってとこか。オレはヒナのことを会った最初から認めてる。問題児だとか言われてはいるが、なんでって授業が退屈だからなんだよな。既知を脱せないバカな大人ばっかで、更にそれを指摘すると顔を真っ赤にしちまうくらいのバカばっかりで。
「もっとぎゅーってしてもいい?」
「好きにしろ」
「やった♪」
ホントにやべぇことは今井が止めてくれる。だからオレは授業でも好きにしていいと言った。結果としては大成功だったんだよな。対して聴いちゃいねぇけど課題はマジメに出してくれるようになった。時折、オレがわかんねぇような英語の本を読んではそのハナシをしてくれるようになった。ヒナの世界にオレという存在が花開くにはそれだけで十分だったんだ。
「好きだよ、カズくん」
「オレはお前が嫌いだよ」
「知ってるよ」
「初めて会った時からオレのタバコ吸いたがるし、かと思えば今度はキスしよえっちしよってそればっか。しかも床が堅いってのにがっついてくるから腰痛くなるし、ナカに出す時に気持ちよさが変わるかどうかって興味だけで、オレのゴムにこっそり穴開けてんの見た時はさすがに屋上から突き落としそうになるくれぇ、ムカつくし嫌いだ」
「知ってるってば」
「けど、別のどこかで……そうだな、教師と生徒って立場じゃなきゃ、間違いなくここで付き合ってるだろうな」
「──それは、知らなかったなぁ。あたし、そんなにいい女だった?」
「調子乗んな、全然よくねぇに決まってんだろこのメンヘラクソ女」
そうメンヘラなんだよヒナはさ。興味だけで股を開くようなビッチじゃねぇことをオレは知ってた。キスしてきたのだって興味以外の何か、例えば試した……ってところか? お前みてぇないい女なら男はみんな舐めるような視線で見るだろうしな。アイドルやってんならなおのことヒトの目には晒されるし、夜の駅前に立ってりゃ間違いなくオッサンに援交求められるだろうしな。
「いいカラダは、してるでしょ?」
「カラダばっかで品性がまるで追いついてねぇんだよなぁ」
「え~……気に入ってるクセに」
「まぁ……付き合ってきた女の中でもトップクラスだった」
「やり~、いっちば~ん」
一番とは言ってねぇ。ただ誘われて萎んだままでいるほど枯れてねぇのもまた事実で。コイツの腰回りに触れていて、胸に顔を埋めてみるとわかる通り、スタイルいいんだよなぁとか考えるくれぇには、いいカラダはしてる。
「カズくん」
「このタイミングでえっちしよは通じねぇよ。今はさすがに流されねぇからな」
「今は……ね?」
「まさかお前、家まで着いてくるつもりかよ」
「いっつも最終下校時刻がーって満足する前にやめちゃうもん」
「満足してなかったのか……」
なんだコイツ頭イカれて……はいるのか。けどそれも流されねぇよとヒナを膝の上に置いて抱きしめられてるっつうカッコ悪い状態のまま見上げると、驚くことにヒナはまだ向日葵みてぇな笑顔をしてきやがる。ああはいはい、流す流されねぇじゃなくて離れるつもりもねぇんだな。言っとくけどオレはお前と付き合うつもりはねぇからな。
「ありゃ、フラれちゃった」
「そりゃそうだろ」
「じゃあカズくんに慰めてもらわないとな~」
「同一人物だバカヒナ」
「とか言ってカズくんも離れないんだもん、ホントはもう流されちゃいたくなってるんでしょ。カズくんもバカだよねぇ」
「うるせぇな」
「……ほら、今は先生じゃないなら。持ち帰ってえっちし放題だよ~?」
誘惑の仕方がホントにヤバいからやめろ。押し付けてくるなイロイロと。なんだかんだでコイツも青春してやがるってことなのかな。春を売るんじゃなくて、それで気持ちよくなることだけが目的じゃなくて。まぁこれでオレが首を縦に振らなくても何がなんでも振らされるんだよな。
「アイドルとスキャンダル、援交教師、どっちがいい?」
「どっちも勘弁してくれ」
「じゃあいっぱいシようね! 今日だけなんだし♪」
「その今日が終わって土曜日にお前がえっちしよって言うまでは予想できるけどな」
「えへへ~、だって好きなんだもん!」
どちらからというわけでもなくオレとヒナは恋人同士みてぇにゆっくりと唇を重ねた。微熱にうなされたような潤んだ瞳が、オレという存在で満たされていく。この熱にアテられることで救われた気がしちまうから、オレはやっぱりクズなんだよなぁ。
──なぁ、アンタもそうだったのかな? オレがいてアンタは幸せになれたか? 救われてたのか? なんてやっぱり問うても答えなんてあるはずはねぇよな。
オレの歩もうとした理想とはかけ離れた、大人と子どもが取る距離感にしちゃ近すぎるってことはよくわかってる。結果として一人のガキを壊して、もう一人は全裸でオレのベッドで寝息を立てることになるんだからな。昔のオレが知ったら卒倒するのか、それとも。
「一成、好きだよ。こんなオバサンでいいなら」
「いいに決まってんだろ、アンタくれぇの眩しさで、オレは照らされていたかったんだ」
見てきた教師が、オレの
「カズくん、起きたの? どうかした?」
「ああ、悪い。ちょっとな」
「ふうん……ね」
「教えねぇ」
「えー」
なんか、昔の夢を見た気がする。なんにも知らねぇガキの頃の夢だな。オレが丁度、今のヒナと同じ高校二年生の時の夢だ。なにやら興味を惹かれた、というよりは若干嫉妬が混じったような目をしてやがる。そういうとこばっか鋭いのはなんとなかんねぇかな、とは思うけど絶対に教えられねぇってんでオレは誤魔化す目的で布団の下で足を絡めてくるヒナにキスをしてやる。
「む、誤魔化した?」
「……つかいつ帰るのお前」
「まだ足りない」
「は? 明日もいるつもりなのかよ」
「いーじゃん、どーせ暇でしょ?」
「いやそうだけどな……」
「ほらほら、昨日みたいにカズくんからきてもいいんだよ~?」
ヒナは朝っぱらだってのに楽しそうに誘ってきやがる。しかもここで触らねぇと襲ってくるのがクソ悪魔であるゆえんなんだよな。こんなヤツと一日一緒にいたらカラダ持ちそうにねぇしフツーにもう腰に違和感あるからせめて夕方には帰ってもらうとするか。
つかお前アイドルどうした。レッスンとかあるだろフツー。そう咎める視線に気づいたのかヒナはオレの手を自分の胸に乗せながら布団を広げてきやがった。
「なんかカズくんとえっちの気分になった」
「ほっとくと一日中その気分だろうがバカ。つかお前のせいですっかりゴムもタバコもねぇよ、コンビニ行かねぇと」
「じゃああたしも行く~」
「待て待て、制服しかねぇだろお前。その恰好はマズいっつうの」
「ダメ?」
「ダメです、つかお前それでよく今日も泊まる気になったな」
「じゃあ服とか下着も買って」
「……泊まらねぇって選択をしろバカヒナ」
薄給にたかるんじゃねぇよと言いながらとりあえずはこのハザードは乗り越えることに成功する。とりあえず制服だってバレねぇようにしてコンビニへ。んで服を買いに行くのか……あーあデートコースまっしぐら。しかも教師を自主的に休憩してようがなにしようがガキどもの青春は否応なく大人のオレを巻き込んでいく。
「シャワー浴びないとベッタベタだね、あ、カズくんも一緒に入る?」
「ゴムねぇっつってんだろアホ」
「あ、そっか♪」
ベランダに出て、最後の一本を吸いながらオレはシャワーの音とヒナのご機嫌なナンバーをBGMに南にやってきていた太陽に向かって煙を吐き出した。教師失格のクズを糾弾するため天からの裁きがくだされそうなくれぇのいい天気、嫌になるな。来週には元通り教師やってられるかなぁ。豚箱レッツゴーだけは勘弁したい。けどオレって悲しいことに青色の制服のお兄さんたちに囲まれねぇ保証はねぇってくらいに、悪行ばっか積んでるからなぁ。
というわけで次回第二章③豚箱レッツゴーをお楽しみに! クズの教師人生最後に起こる奇跡と感動の物語が――あるといいなぁ
そうそうクズポエムは精神に余裕があるロックな魂を宿してる時にしかでないので現時点のコイツはポエマーにはなってません。カッコつける余裕もねぇってか、あはは