【完結】【自己ベスト記録】過ぎ去りし時を求めてSS~聖竜の勇者ルートRTA:24時間31分44秒22 作:ryure
デルカダールの将の片翼たるグレイグという男は、「英雄」と呼ばれている。
「英雄」グレイグは、しかし決して「勇者」ではない。
「勇者」と称えられる日は永遠に来ない。
それは「勇者」を「悪魔の子」だと魔道士ウルノーガがモーゼフ王に扮して、十四年間も
グレイグという男は間違いなく「英雄」であるが、それ以上ではないのだ。
彼もまた救う者である、チカラある者である、そして善良である。
しかし、それは育った環境がたまたま、そうあるべきだと示していたからに過ぎないもの。
後天的に獲得した善性。
つまるところ大抵の人間がそうであるように、グレイグという男もただの人間なのだ。
もしも彼が、例えば幼少期からウルノーガに切々と闇について口説かれていたらどうなっていたかは……最早不明である。
モーゼフ王ではなく、ウルノーガにこそ救われたと勘違いしていたら?
もしホメロスではなくグレイグが親友への嫉妬心を燻らせ、その感情を利用されていたら?
大抵の人間ならば、そのままごく自然に闇に堕ちるだろう。
特に世界の根本から闇に侵食されているこの世界なら。
それは特別恥じることではない。
ごく普通のことであり、当たり前であり、育ちというのは大抵血よりも濃いものだ。
とはいえ、血よりも育ちよりも絶対的なものがある。
それこそが生まれついての使命。
生まれついての「勇者」とは真の意味で不可侵なものなのだ。
その心は決して与えられた使命から背くことなく、その美しい信念は折れず曲がらず、生まれこそ一人の人間でありながら、骨の髄まで聖竜の代行者である。
大樹を蝕む闇のチカラを利用しようとも、その心が数多の絶望に塗り潰されようとも、決して諦めず突き進む、世界を救うためだけの
自分を顧みず、結果的に世界を救うようにできている。
それが人間らしい復讐心によるものだとしても、結局はそこへ行き着くようになっている。
あくまで自由意志だと思い込みつつ、周囲の環境すべてに誘導される。
そのように生まれついていて、そのような星の元にあるのだ。
聖竜は直接人を操って「勇者」を誘導しているわけではなかったが、ある意味では神がかり的なシナリオが「勇者」を突き動かすのだ。
だから、そのような機構じみた存在とは違ってグレイグという男はあくまで「英雄」だった。
しかしながら、彼は一人の人間として己の信念に従った行動の末「英雄」に成ったのだ。
それは真っ当な人間としての営みの一環であり、彼の選択の結果であり……そして。
「英雄」と褒めそやされたその男はそれはそれは大変に不器用で、その男はそれ故に見誤り、その男はちっとも言葉が足りず。
己が光を闇への道へ追い込んだ。
悲劇的であるが、それこそがグレイグの本性だった。
もちろん彼には微塵も悪意はない。
グレイグという人間はどこまでも真っ当な善人であり、今やどこまでいっても正義である。
ただ人並み以上に不器用で、ただ尽くすべき言葉を尽くさず、ただ、隣にいた男に光を見出して。
決して、その感情を口には出さなかった。
言葉なくともその憧憬が伝わると信じ込み、あるいは態度だけで十分だと思っていた。
しかし、人間というものは必ずしも上手くいくわけではなく。
せいぜい胸の内を燻らせるだけだった悪心は見いだされる。
甘言を囁かれ、理性は徐々に奪われていく。
孤立を信じ込まされ、そして親友は闇の手を取る。
もちろん、それは今は起きえなかった話である。
あくまで勇者アイがやり直す前の世界の話であり、故にグレイグという男は。
絶対的に信頼している友を失わずに済んでいた。
その幸福を知らないまま。
失わない光をグレイグは未だに追っていた。
しかし、彼の中には確かにかつての記憶が眠っている。
悲しい別れと、しかしながら今度こそ正しく言葉を尽くせたその瞬間を、確かに知っているはずだった。
双頭の鷲は共にあるべきだ、我らは違うのだから。
違うのだから、共にあるべきなのだ。
二人でならば、なんだって成し遂げられる。
それは……いつの世界線でも闇に堕ちる前のホメロスとグレイグの決意であり。
かつて無惨にも破り捨てられた、……今度こそ破られなかった約束だった。
ホメロスとは、少年時代からの親友だった。
同じように身寄りのない境遇であり、同じ歳の存在。
周囲の親切で仲良くなるように仕向けられ、そしてそのようになった。
ふたりしてデルカダールを共に護る存在となろう、デルカダールの盾をきっと手にし、素晴らしい騎士となって我らの父に恩返しをしよう。
そう誓い合った存在だ。
我が王にして我が父が授けてくださった誓いのペンダントの片割れ、双頭の鷲、親友にして好敵手。
これ以上ないほどの、わが生涯においての唯一無二である。
そう、例えるなら勇者……いや。
デルカダールホメロス隊期待の星の相棒であるカミュとのかけがえのない仲のようで。
あるいは双賢の双子の睦まじい仲のように互いを補い合う存在であり。
切磋琢磨しつつも、常に目標にするべき俺の光。
闇夜を照らす道しるべのようであり、歳を重ねても変わらず隣にいる存在だと。
そう、ずっとずっと思ってきた。
一体、いつから嫌な違和感を覚えるようになったのだろう。
ホメロスは常に自他ともに厳しかった。
自分を律し、他人を律し、常に新たな知識を求め、鍛錬を怠らない。
大変に真面目で、デルカダールのためとなるように表でも裏でも努力し続ける男だ。
俺はそれをよく知っていた。
その戦略は数々の勝利をもたらし、その知識は少しずつ確実に民の生活をより良いものにした。
俺が我が王の剣となり盾と言えるなら、ホメロスは我が王の頭脳であり、兵法書なのだ。
そうして二人合わせて我らが国章そのものと言っても良い。
我らは双頭の鷲。
ホメロスと一緒ならば不可能なことなど何もないのだ。
だというのに、俺は、どうしてこの不可思議な違和感を覚えているのだ。
あれはあの少年が若き兵士として志願する少し前のことだっただろうか。
いつものように城ですれ違ったホメロスから何か嫌な気配を感じた。
ホメロスはいつも通りだというのに、何かおぞましい闇の気配の中にいるような……そんな、魔物にでも抱くような警戒心を持っていた。
親友にだ。
かけがえのない、親友に。
俺は自分がおかしくなったのではないかと思った。
ホメロスを疑うくらいならば、自分を疑った方が余程良い。
疑ったのは他の誰でもないホメロスだ、ホメロスだぞ?
デルカダールの双頭の鷲にして知将。
誰もが口を揃えて正義の人だと言うだろう。
そうでなくてもこの世のほかに誰が道しるべになるというのだろう。
俺はその時本気でそう考えていたのだ。
とはいえなんだって上手くやるホメロスはそれでも、ただの一人の人間だと知っていたし、幼い頃のあれやこれやも知っていたが、もはや口に出さないくらい信頼しきって、それで俺の考えは凝り固まっていたように思う。
家族を失い、祖国を失い、命を拾っていただいたこのデルカダールで。
幼くして同じく帰る場所を失ったやや小憎らしい少年こそ、俺の片割れであり、俺の光だった。
俺が半ば疑いのまなざしを向けていてもホメロスはいつも通りだった。
いつも通り鍛錬を怠らず、周囲を律し自分を律するデルカダールの知将。
他の国と比較すれば多いとはいえ、凶暴な魔物どもとの戦いが絶えないゆえに少ない精鋭たちをまとめ上げる逸材。
立ち振る舞いに変化は微塵もなかった。
いつも通りどこか険しい顔をして。
ホメロスは、いつも通りだった。
俺は深く恥じ入り、その考えを振り払った。
俺もいつも通りあいつと会話し、そして。
ある日有望な少年が兵士として志願してくるのだ……あの時期に少年兵の志願など前回はなかった。アイは十四になってから訪れ、ウルノーガの言うがままに俺は彼を投獄したのだ。
初対面で、少年の紫の瞳はどこか懐かしいような錯覚を覚えた。
会ったことなどないはずだが、ひたむきに故郷を想う気持ちは好ましかったし、彼もまた上司となったホメロスと同じく大変に真面目で鍛錬に励む人間だった。
隊が違うのだからそうそう話すわけではないが、ときたますれ違った時などに彼を見た時、俺は胸がざわめいた。
この少年は果たしてこんなに小さかっただろうか。
俺の知っている彼はもう少し背が高く、片手剣ではなく両手剣が得意だったような……?
十二歳の少年兵だ、年齢なりに平均的な身長の彼を小さいと思うとは。
自分の背の高さなら自覚している。
いくら故郷の村では成人を迎えているとはいえ十二歳などどこからどう見ても守るべき子どもではないか。
むしろ二倍近く背の高い自分などとすれ違ってよく怯えないものだ。
何も知らない彼は元気よく敬礼し、時に明るい笑顔まで見せてきた。
世界の成り立った日からそうであるように、
彼は暗い顔を少しも見せることなくそこにいた。
それは優しく灯された道しるべのようだった。
ゆえに彼はわかりやすく誰にでも好かれていた。
そう、気難しく見えるホメロスにさえもだ。
俺は嬉しかった。
ようやくホメロスも部下を分かりやすく可愛がり、それによって周囲が思っているほど神経質で気難しい人間ではないということが知られるだろう。
本人は凛々しく振舞おうとしているようだが、どこからどう見ても小さな少年は可愛がられているようだった。
俺も自分の部隊に加えられなかったことを心底残念に思っている。
だがその真っ当な感情と裏腹に彼を見ると、いつも不思議な気分になる。
言葉が詰まり、何かを言いかけ、しかし決まってそういう時に限ってわざわざ言うべきことなどないのだ。
「グレイグさま、どうかされましたか?」
ある時、いつものように彼の前で「言うべき」言葉を見つけられず、口ごもった時。
俺を見上げて不思議そうな顔をした少年に……不意に泣きたいような、感情が沸き上がる。
胸の内で、傷ついた誰かがうめく。
彼はただそこにいるだけだというのに。
もちろん傷一つなく、最近伸ばし始めた髪を結び損なって不格好になっていることに気づかずに。
年相応の無邪気さがそこにあって、守るべき国民と紙一重の少年はそこにいた。
「……確かお前は……デルカダールに来たのは、兵士志願の日が初めてだったのだな」
「? はい。イシは山間の田舎ですが食料は自給自足しておりますし、用事がなければそうそう出てきません」
「……」
「あの?」
「いや。会ったことなどないはずなのだ。お前がイシの村で生まれるより前から俺はデルカダールで兵士をしているのだから。いやなに、初対面の時から以前にお前と会ったような気がしていたのだ。その癖もっと背が高かっただろうとか、両手剣使いだっただろうとか……現実とそぐわない。きっと他人の空似だろう。勘違いして悪かった」
彼はその時、思わずと言った感じで微笑んだのだったか。
変なことを言う上司に困ったように? いや。
顔をほころばせる気はなかったようで、すぐに彼は表情を消して真面目ぶった。
「それはそれは。夢のある話ですが、前世などで大樹の近い葉だったのかもしれませんね。例えば得物まで想像できるのでしたら……グレイグさまの戦友だったりして」
「はは。お前はおとぎ話などを信じているタイプには見えなかったが」
「ええ、ええ、そうかもしれませんけど。イシは大地の精霊を崇めておりますし、そのあたりは
それはホメロスに対してより、少しだけ。
わざとらしく取り繕ったように堅いような、むしろ慣れ親しんだように柔らかいような、妙に遠慮なくそっけないような、不思議な態度だった。
無表情の彼が静かに頭を下げて、踵を返し。
夕闇迫る時刻だったからか明かりのない仄暗い廊下に消えていった。
どうしてか、その背を追いかけるべきだと思ったが、俺は理由を見つけられずに立ち尽くしていた。
そこはとても暗かった。
時間帯的にも夜だったがそれだけではなかった。
視界に広がる空には雲ではなく瘴気がたちこめていて、またたく星のひとつも見えなかった。
しかも空気は腐ったように濁っていて、じわじわと肺を犯した。
吹きすさぶ風は生温く、常に微かな血の匂いがした。
それは戦場の夜だった。
それも最悪な部類の戦場だった。
我が美しき故郷バンデルフォンが滅んだ日の夜であり、ユグノア王国が戦火に崩れ落ちた真夜中のにおいにそっくりだった。
夜闇は見たくないものを覆い隠すが、決してその場から消えてなくなっている訳では無い。
明日の朝には無数の散らばった人間の遺体、斬り捨ててきた数多の魔物の死体、そして最早どちらのものなのか分からなくなった血が姿を現すことだろう。
粗末な焚き火だけがじんわりと体を温めた。
そして、その場で孤独ではないことが身に染みた。
「だってグレイグ。僕を勇者と仰ぎ、その盾となる。貴方はそう誓った訳です。いくら偉大な聖竜が僕を勇者と定めたと言ったって僕はたった十四の若造だ。それだけで貴方がどれだけ柔軟で正義を重んじる人かわかりますよ。
僕は敬意を払います。そして貴方に報いたい。『勇者』として成し遂げるだけではなく、個人としてもきっとチカラになりたいと思っている。きっと。僕は機会があればばらばらになった仲間たちを救うために行動するでしょう。世界を救うよりも先にね。その対象にいるのはグレイグ、あなたもです。僕も、みんなも、貴方も後悔してきた。そうでしょう?」
焚き火の前で幼さを色濃く残した少年が仰向けに倒れている。
いや、ただ横になっているだけか。
体を実に適当に投げ出したまま彼はまくし立てるように喋っていた。
彼の紫の目には炎が映り込み、妖しくゆらゆらと揺れているのを俺は見ていた。
早口で、ともすれば呂律も怪しい疲労困憊の少年の声。
しかし俺は感謝していた。
その少年は間違いなく生きていた。
生きている者が傍にいることに感謝していた。
それこそがはっきりとした慰めであり、それを理由に俺はまだ戦えるからだった。
俺はどこまで行ってもただの人間であり、なにかよりどころがなければあっけなく折れてしまうような存在だった。
そうだ、俺は人生の大半そばにあった「よりどころ」を失ったところなのだった。
「できればひとつも『後悔』なんてしたくないじゃないですか。ね。心配しないでください。きっと僕は無茶しないし、後ろめたくなんてないですよ。もののついで。世界を救う使命のついで。母さんやエマを奪った巨悪への復讐のついで。それだけなんです。グレイグの後悔も、申し訳ないですけど近くで見ちゃいましたから。どうにかできるならやるでしょう。叶うなら、母を救うためにあげた手をついでに使うでしょう。それだけです」
俺はなんとか口を動かし何かを返したが、自分の声は奇妙なことに耳鳴りのせいで聞こえない。
少年の声だけが焚き火の爆ぜるぱちぱちとした音と混ざりあって、鮮明に聞こえる。
「だってグレイグ! 僕はあなたを買っているんです。僕は散々『悪魔の子』だと流布されてきた。いくら元凶が偽りの王だったとしても十四年間熱心に宣伝されてきたんですよ、今更自分の過ちを認め、正し、償うために行動できる真っ当な人間がこの世にどれだけいるって言うんですか?
貴方にもきっと悪いところはあるでしょうが、僕は貴方の素晴らしくいいところばっかり知っているんだもの」
「……買い被り過ぎだろう?」
絞り出すように出された返事。
ようやく自分の声を捉えた。
俺はらしくもなく弱りきっているようだった。
ホメロスと酷い喧嘩した末に口でコテンパンに負かされた日のことをふと思い出す。
あの時もこうだった。
今の俺はさすがに泣いていなかったが、凄まじい疲労感と悔しさが胸の中をぐるぐる回り、やるせないような憤りがあって。
あの時のホメロスはホメロスで俺を負かした癖にちっとも晴れ晴れした顔をせずにいたんだったか。
そして互いに我が父に説得され、最終的には父の前で非を認め合い、握手して仲直りをすることになったのだ。
しかし、今はもうホメロスも俺もいい歳をした大人である。
すでにそのような方法で仲直りをすることなどないだろうし、……ホメロスは、もう望まないだろう。
俺と向かい合って穏やかに話すことも、背中を預けることも。
誓いは破り捨てられ。
幼き日の笑顔がだんだん遠くなる。
ホメロスは親友である。
親友だった。
だというのに、彼の笑顔を最後に見たのはいつだろうか。
思い出されるのは皮肉な笑い、暗い気配、疲労を押し隠して職務を全うする。
真面目で、ひたむきで、しかし裏では闇と通じていた。
虎視眈々と世界を混沌に叩き込む機会を狙っていたのだ。
俺だけではなく、なんの罪もない人間たちや目の前の選ばれた少年をしきりに殺したがっていたのだ。
まぎれもない悪である。
打ち倒すべき邪悪である。
理解していたが、やるせない。
今更戸惑うわけにもいかぬ。
剣を向ける際躊躇いはしないだろうが、それでも。
嘆いていた。
「そう言うならみんなだって僕のこと買い被りすぎだ。僕なんて……育ててくれた家族と、みんなが幸せならいいんだ。みんなの大事の人もあわよくば、と思うけれど。ね、ただの人でしょう。グレイグもそうでしょう。助けて欲しい?」
しかし、疲労のあまり興奮気味に、そのくせ朦朧とした少年は暗にこの苦しみから救ってやろうと持ちかけたのだ。
それに俺はなんと答えたのだったか。
すべて、塗り重ねられ覆い隠された後の話だった。
どこ好き?
-
RTA部分:数値付き解説
-
RTA部分:ストーリー解説
-
RTA部分:走者の他作語り
-
小説部分:アイ視点
-
小説部分:カミュ視点
-
小説部分:セーニャ視点
-
小説部分:マルティナ視点
-
小説部分:ロウ視点
-
小説部分:シルビア視点
-
小説部分:グレイグ視点
-
小説部分:ホメロス視点
-
小説部分:その他視点
-
全般:再構成ストーリー
-
全般:原作死亡キャラ生存
-
その他(感想・コメントへ)