【完結】【自己ベスト記録】過ぎ去りし時を求めてSS~聖竜の勇者ルートRTA:24時間31分44秒22   作:ryure

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閑話 あるいは聖なる献身とも〈後編〉

 デルカダールやクレイモランなどとは大きく異なる文化の地、異国情緒溢れるホムラの里。

 これがただの観光ならばもう少しのんびり景色を楽しみながら歩いただろうが、今は全くもってそれどころではない。

 長い長い石の階段を一気に駆け上がる。

 

 階段はうんざりするほど長かったが、これでも世界一の兵士たちを半分率いている自覚はある。

 肉体を鍛える方面の訓練とて怠ってはいない……と言いたいが最近は訓練どころではなかった。

 しかし、激務であったな。

 体力はまだまだ落ちてはいない。

 三度ほど深呼吸をすれば弾んだ息は収まった。

 僅かでも相手に無様な姿を見せる訳にはいくまい。

 もしかすると不利に繋がる可能性がある。

 

 さて、石段の先、周囲とはさらに様相の異なる建物。

 意を決して扉を開けば、ひとつの集落のリーダーにしてはまだ年若い男が……マルティナ姫くらいだろうか……ご丁寧に里で最も高い位置に、祀られた(やしろ)の中にいた。

 権威的だろうか?

 はてさて、男は長というには服などにまったく飾りもつけず、他の民と同じような質素な風貌であった。

 既に訪問することは里の人間に話を通させたのでこちらに驚く様子はなく、素早い身のこなしで立ち上がって一礼してきた。

 

 かつて聞き及んでいたよりもホムラの里の中は活気がなく、人の気配はあれど妙に静かで、その事情は不明だったがはてさて、それを尋ねている時間はない。

 ホムラから最も近い国であるサマディーの様子を考えてみればわざわざ質問するほどのことではないか。

 そもそも私が聞いていたのは平素のホムラの里のことである。

 

 どこへ行っても活気がないのは同じだろう。

 世界のどこに行こうとも、赤き勇者の星の爆発を目にしただろうし、その後に降臨した「空の歪み」が見て取れるだろう。

 邪神の影響で多かれ少なかれ魔物が凶暴化し、デルカダールのように邪神の使徒が直々に人の営みを破壊しに来た地域すらあったのだ。

 調べにあがっているだけでも、何か所もある。

 

 そんな現在の情勢で異国から来た私のことを人の皮を被った魔物だと考えて警戒し過ぎだと非難できまい。

 ただ、私はなんとかして信用してもらわねばならない。

 どうにかして説き伏せることが出来ればいいが、長ハリマの目は疑念を除けば不気味なほどに静かである。

 それがどういう意味を持つのか……どう考えているのか窺い知るには相手を知らなすぎる。

 個人の感情を見事に抑え込み、一律によそ者を追い出すわけではなく話を聞いてから判断しようする様子はこちらからするとありがたいことだが一筋縄ではいかぬという意味にもなる。

 

 はてさて、この難関を突破したとてホムラの里には私の望む情報があるのだろうか。

 なければ振り出しに戻ってしまう。

 もう時間はないというのに。

 

 以前の私なら、「軍師ホメロス」に相応しい弁舌をもってしてハリマをどうにか「説得」しただろう。

 軽度の「洗脳」と言っても良かったかもしれない。

 うまく真実と虚構、誇張と虚勢を織り交ぜ、こちらに有利になるよう事を運び、時には影ながら脅しただろう。

 それとは悟らせずに、あるいは生命線を握って真っ向から。

 しかし、それでは……明確な根拠はないが、私が望む情報が得られないのではないかと、思ったのだ。

 そこまでしなくとも、まるっきり嘘を言うわけではなくとも、ほんのわずかなことだとしても、騙すべきではない。

 真摯であるべきである。

 相手を手玉に取って、情報を吐かせるのではなく、理解の上で協力を得るべきだ。

 私は、真実の意味で「正義の人」としてあるべきなのだ。

 

 なんて、ただ甘くなっただけなのだろうか。

 好ましくないように思われる自分の変化を私は戸惑うことなく受け入れ、実行に移す。

 惑っている暇はない。

 下手に逡巡(しゅんじゅん)するよりも今の自分に適応しなくてはならない。

 あぁもちろん、「以前」のように振る舞った方がきっと早いことには違いないが。

 そのようにはもう振る舞えないのだ。

 

 時には綺麗ごとだけではどうにもならないことがあることは分かっている。

 脅しや虚構を織り交ぜたほうがスムーズに展開することだってあるだろうよ。

 しかしだな。

 

 そんなことをしたら、あとからどうバレるかわからないではないか。

 相手はグレイグのようにすっかり騙せてしまえるわけではない。

 いいや、ともすれば誤魔化しきれるかもしれないが、私の良心が残りの人生ずっと痛み続けることくらいは容易に想像できる。

 良心!

 私にあったとて、痛むとは驚くべきことだ!

 

 あぁまるで子どものような見栄かもしれない。

 それでも、それでもだ、自分を慕う幼い存在に軽蔑されたくないだろう?

 いや。

 それも違うか。

 

 アイの上司が「正義の人」でないことに耐えられない。

 アイが身を削って衆生を救わんと戦っているのに……だからこそ悪行であろうとも手を出して、どんな手段を使っても救ってやりたいのだが、それでも、それでもだ。

 私はアイに顔向けできない自分になりたくなかった。

 ハリマが頑なに口を開かないなら、「正義の人」を諦めることにもなろうが、まだ、そうなったとは限らないのだから。

 悲観的になるな、成るように成るのだ。

 

 あぁ、あの日、決定的に運命は変わったらしい。

 私の考え方もすっかり変わってしまったさ。

 アイだけではなく、ほかの部下たちにも、デルカダールの民たちにも、「無慈悲で目的のためなら手段を選ばない、デルカダールの暗部ホメロス」とは思われたくはないものだ。

 そうするしかないならば、今の私でも悪事のひとつやふたつやってのけるだろうが、前は抑え込めた胸の疼きをはっきりと自覚するだろうよ。

 まったく難儀な。

 

 完全に綺麗な行いなど不可能だ。

 私は軍師だ、駆け引きこそが我が使命である。

 こんなものはただの綺麗ごとだ。

 重い足枷にさえ思える。

 ひどく邪魔にすら感じる。

 しかし、妙に居心地がいいのだ。

 肩肘張らずに生きていても良いと、やさしくやさしく、赦されたかのように。

 

「ようこそいらっしゃいました、異国の方。私はホムラの里の巫女の一族……巫女代理のハリマと申します。便宜上、長のようなものです。

見たところ、サマディーやダーハルーネの方ではなさそうですが、このご時世に遠方よりわざわざいらっしゃったということは何やら深い事情がありそうですね。どうぞ話されると良いでしょう。私どもがお力になれることであれば良いのですが」

「では単刀直入に。私はデルカダールのホメロスと申します。この度ホムラの里に来たのは勇者伝説、及び勇者のつるぎについての情報を探すためであります。勇者アイが以前に来訪されたことがあるでしょう……その時のことでも、特に勇者について些細なことでも構いませんので教えて頂けませんか?」

 

 とはいえ、勇者のつるぎについての情報をくれと最初から踏み込むのは戸惑われた。

 世界一鍛冶産業が盛んなホムラの里に情報がなければもはやそれまでなのだが、手の内を最初から明かしすぎるのも相手の警戒を誘う。

 私は真実と懇願だけでハリマの信用を勝ち取らねばならないのだから。

 

「デルカダールの……はて、デルカダールはユグノア王国を滅ぼした元凶として『勇者』を『悪魔の子』と定め、大々的に捜索していたのではなかったのですか?」

「えぇ、以前はそうでありました。ですが今は私どもの理解不足であったこと、『勇者』アイが災いを呼んだのではないということ……私どもの過ちを認め、全面的に『勇者』の行いに協力すると誓っております。私がホムラの里に訪れたのもその一環であります。すでにクレイモラン、サマディーにも同様の理由で来訪し、それぞれご協力願いましたし、それ以前にも私の部下を勇者ゆかりの地である聖地ラムダ、ドゥルダ郷などに派遣し情報を集めておりました。

私どもは『勇者』に対する今までの非礼を詫びるためにも一層の協力がしたいのです」

「そうなのですか。しかし、私はまだ若輩の身、巫女代理となってからまだ日も浅い。あなたの申しあげていることがどこまで真実であるか……判断が付けられません。

何か、お示し下さい。これが我らの恩人であるアイ殿を陥れる計画ではないと」

 

 ハリマの目には隠そうともしない疑念があった。

 当然だ、十四年間も「勇者」を「悪魔の子」であると、ユグノアの滅亡やマルティナ姫の死を全面に押し出して喧伝していたのだ。

 今更「勇者」に協力するなどと言ったとしても世界の危機に直面して頼らざるを得なくなり、世界各地で人々を救い始めた「勇者」に手のひらを返しているようにしか見えないだろう。

 一体どの口が言っているのかと思われても仕方がない。

 

 ……アイは自分をひとりの部下として可愛がる上司が同じ口で「悪魔の子」を捕えることを愚かにも至上命令とする姿をどう思っていたのだろうか。

 気づかれてしまえば無事では済まないと思っていたから勇者の紋章を隠していたのだろうし、無邪気な笑顔の裏で二年間、たったひとりで苦悩していたのだろう。私は気づきもしなかったのに。

 何も知らないかつての私は休みが被った日や二人とも早上がりの日が密かに楽しみだった。

 アイが夜勤でさえなければ、城内にいれば顔を見せに来ることが励みだった。

 それがすべて打算だったとしても、あの表情がまるっきり演技だったとしても、同じだ。

 私はそれに救われたのだから。

 本当のアイが私のことを微塵も慕っていなかったとしても、私は行動を変えはしないだろう。

 

 「大人」が搾取される「子ども」を救うのに本来であれば理由はいらないはずだ。

 

「……今から二年前のことです。デルカダールに兵士志願の少年がやってきました。地図にすら乗っていない故郷の小さな村で幼なじみの少女が魔物に襲われて怪我をしてしまい、居合わせたものの撃退できなかった自分の力不足を嘆いて……村長の言葉もあり、力をつけに来た、まだ幼い少年でした。私はこれでも兵士です。彼は私の部下となりました。それが、アイとの出会いでした。アイは入隊試験で大人の三等兵と戦闘し、見事勝利した将来有望な少年でした」

 

 ハリマはアイのことを恩人と言ったな。

 ホムラの里について私に報告があがっているのは数ヶ月前発生していた連続誘拐事件の解決だが……口ぶりからするとやはり、ファーリス王子の言葉に従ってホムラを訪れ、そしてなにか事を成したのだろう。

 

 だから、もう「勇者アイ」とは言わなかった。

 ハリマがどの程度アイと親交があるのかは不明だが、根拠もなく「世界の存亡の危機を前にして手のひらを返したデルカダールの言い訳」ではなく「ホメロスという男が既存の職務を放り出してまで情報を求めに来た理由」が知りたいのだろうと考えたからだ。

 

「あとから思い出して気づくことになるのですが、アイは一度も左の手の甲にある勇者の紋章を人前に晒しはしませんでした。外界との情報が乏しい故郷の村の以外では『勇者』すなわち災いを呼ぶ『悪魔の子』だと呼ばれていることを知っていたのでしょう。

ですから、兵士のアイは『勇者』としてのチカラを一度も発揮することはありませんでした。ただ職務に忠実で、誰よりも努力家で、……私を誰よりも慕う若い兵士としてそこにいました。私は得意の魔法を教えましたし、アイは熱心に学び、習得しました。誰よりも剣術の訓練に真摯で、休みの日すら訓練に打ち込む、有望な兵士でした。仕事ぶりも真面目で、大変評判が良い部下でした。

私は当時……恥ずかしながら、ユグノア王国が滅んだあの日から闇の呼び声を頻繁に聞くほど真っ当な精神性にない人間でしたが、ひたむきに私を憧れの人だと言って慕う幼い部下を見て、どうして闇の手を取れるでしょうか。私のことを心底素晴らしい正義の人だと信じて疑わない姿を見るとあの声はだんだん聞こえなくなっていきました。ただ自分を慕う者がいただけで私はあの日々を乗り切りました。単純なものです。

アイの正体を知らないまま、二年間を過ごしました。……一度はアイが『勇者』だと呼ばれていたと報告を受けてもなお、何かの間違いだろうと我が王に報告をあげずに握りつぶしたことさえ、ありました。

私は、実のところデルカダール王国が勇者アイに協力するという約束を成すためにここにいるのではないのです。己の部下にして、ただの少年の助けになるために。ただそれだけなのです。信じられますか? 恐らく昔の私の噂のひとつでもご存知であれば、これほどわかりやすく信じられないこともないでしょうね。

あの空の歪みを見て人々は畏れを感じていることでしょう。世界の存亡のため……そんな耳ざわりの良い大義名分のもと、いくらでももっともらしい口上なぞ思いつきますが、真摯に真実を述べさせていただきます。

あの子を、私は、アイを助けたいのです。望みはそれだけです」

 

 私が裏でなんと呼ばれているかくらい知っている。

 どう思われていたのかも、うすうす理解している。

 「英雄」グレイグほどではなくとも私とてそれなりに名前が知れているのだ。

 仮に「うわさ」を知っているならば誇張した綺麗な言葉を並べ立てた方が良かっただろう。

 だが、私は……この状況下で送り出してくれた我が父の息子でもある。

 嘘を顔色ひとつ変えずに吐くことくらい簡単なはずなのに言えなかった。

 

 もう時間がない、と焦燥感が募っているからだろうか?

 アイたちがどこにいるのか定かではないが、彼らが邪神を打ち倒すまでに方法を見つけなくてはならないのだ。

 冷静なホメロスが脳内で冷たく囁く。

 「異国の若造程度、口先で丸め込んでしまえばよかったのだ」と。

 しかし、理性的ではない私は「いや、これで良かったはずなのだ」と甘いことを言った。

 

 ハリマはしばらく私の目を見ていたが、おもむろにうなずいた。

 

「わかりました。

ホメロス殿。あなたを信じましょう……あなたに会ったのはこれが初めてですが、デルカダールの将軍とあろう方がこうも必死になる姿をとても嘘だとは思えません。

つい先日のことです。アイ殿とその仲間の方々はホムラの里と私の命を救ってくれました。彼らに恩返しができるなら願ってもないことです。さて、内容についてもお教え願えますか?」

「……」

「信じられないと言いたげですね、ホメロス殿。ですが私は信じましょう。……人は、普段周囲に見せている一面だけがすべてではないと知ったばかりなのです。ひとつの愛のために他人を売る非道な悪魔になる人間も、あなたのようにひとりを救うために美しい献身を見せる人間もいるのです。であれば、私の恩人にしてあなたの大事な部下を救うのは何の懸念がありますか? さあ、仰ってください。私どもにチカラになれることであれば協力は惜しみません」

 

 ハリマに何があったのか、アイはここで何を為したのか。

 私が信じられたのは恐らくここで起きたことが起因しているのだろうが。

 浮かんだ疑問を抑え込む。

 迷っている暇はない。

 時間がないのだ。

 好都合だと受け取っておく。

 

「それでは勇者伝説、特に勇者のつるぎについての伝承があればお教えください。私の調べで判明したことは伝説の金属『オリハルコン』製であることと、恐らくはサマディー王国に伝わる『ガイアのハンマー』で打たれたこと。ヒノノギ火山以上にこの世で熱量がある場所もないでしょう。オリハルコンをも鍛えることができる、『鍛冶場』をご存じではないですか?」

「あぁ……鍛冶場ならばこのように、里の中にいくつもあります。ここにいらっしゃるまでにもご覧になったかもしれませんね。また、伝説の金属であるオリハルコンを勇者に依頼して手に入れた者がおり、オリハルコン製の剣を造った者もいました。しかし、その際『ガイアのハンマー』が用いられたのかは定かではありません」

「ホムラに、オリハルコンの剣を造った者がいるのですか?」

「えぇ、そう聞いております。ですがホメロス殿、あなたが求めているのはおそらく彼の話ではないと思いますよ。あくまで彼は勇者のつるぎではなく、オリハルコン製の剣を作ったに過ぎないのでしょう。

……あの日、私どもはアイ殿に命を救われたあと、なんとお礼申し上げたら良いのか分かりませんでした。ですから、尋ねました。私どもにできること、用意できるものであれば何なりと求めるようにと。するとアイ殿は『ヒノノギ火山にある禁足地への鍵が欲しい』と仰ったのです。禁足地について里の者が旅人に申し上げるはずもありません。里の者も立ち入ったことはなく、中に何があるのか知らないのですから。どこでアイ殿が禁足地について知ったのかは疑問でしたが、恩人に対する礼ですから、その通り鍵を差し上げました」

「……禁足地、とはどのような場所なのです? 長のあなたなら知っているのでは?」

「さぁ。禁足地ですから、私どもは鍵の管理をしていたのみです。私も、先代の巫女も立ち入ったことはないでしょう」

「そこはヒノノギ火山にあるのですよね」

「それは間違いなく。

しかし、ホメロス殿。そこは我らの禁足地です。鍵もアイ殿に差し上げてしまい、私どもは入る手段を失いました。ですから……そうですね、私は禁足地には立ち入らぬよう、ホメロス殿を止めました。鍵ももうないと申し上げました。しかし、その後たまたま見知らぬ異国の旅人が異境の民族の禁足地に押し入ったとてホメロス殿のせいではないですね」

 

 真顔でハリマが首を傾げた。

 合わせろ、ということか。

 建前が必要なのだろう。

 あるいはそのような話をすると()()でも下るのか?

 

「私は、もちろん、異国の地で狼藉を働くことはありませんから」

「えぇ。ホメロス殿がまさかそんなことをする訳がありません。しかし、禁足地には私どもも立ち入ってはならぬのです。おいそれと近寄りもしませんし、しばらくはその事実にも気付かぬでしょうね」

「そのような不埒者がそうそう現れては安心できないでしょうな」

「はい。ですので、私からはこれまでです。それでは」

 

 ハリマはにこやかに一礼した。

 私は礼儀正しく、なるべく爽やかな笑顔を浮かべるよう尽力しながら、当たり障りのない別れの言葉を述べた。

 

 はてさて、話は上手くまとまったが……ホムラの里の長は巫女……文字通り女という話だったのだが、ハリマは巫女代理である。

 ハリマは見た目の通り男だろう。

 ならば巫女本人はどこにいる?

 私は再び脳裏を掠めた疑問を振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……押し入ろうにもな……」

 

 目の前に立ちふさがっている「禁足地」への扉は重厚な金属製である。

 ご丁寧にそびえ立つ高さは防犯上の理由であっても不要に思えるほど。

 継ぎ目も美しく芸術的なまでにぴったりとくっついており、文字通り子猫一匹通さないであろう。

 

 鍛冶産業、鉄鋼業が盛んなホムラだ。

 この扉は鋳造製だろうか。

 無骨ながらも表面には細かな模様が施されており、世界中探してもここにしかない神秘の灼熱の火山相まってこれだけでも見に来た価値のありそうな景観ではあったが。

 いや、これはただの現実逃避だ。

 鍵をアイたちが持っている以上、この手で破って突入しなくてはならない。

 

 ……いかなチカラ自慢のグレイグと言えども、これはチカラだけではどうにもならないだろうな。

 また、頭だけあってもどうにもならないだろうが。

 うまいことこれをこじ開ける必要がある。

 この関所めいた建物をすり抜けられるならまた話は別だが、エレメント系のモンスターごとき挙動を生身の人間が体得できるかは疑問が残る。

 

 ふむ、鍵穴をピンかなにかで開くか。

 ……あまり現実的ではない。

 そのような訓練を受けたことはないし、一般的な錠前の理屈は理解していてもこれもそうとは限らない。

 例えば「鍵」に込められている魔力が呼応してこの扉を開くのだとしたら無駄な行いになる。

 理論と実践は違うものである。

 最終手段として後回しにしておく。

 

 立ち尽くしていてもしょうがあるまい。

 まずはそっと扉を引く。

 当たり前だがアイたちは鍵を閉めて行ったらしい。

 ビクともしない。

 次に扉を叩く。

 材質は見た目の通り金属らしい。

 辺りの地熱のせいか、触るとほんのりとあたたかい。

 ずっしりとした手応えが見た目の通りの強度を伝えてくる。

 

 諦め気味に扉を押してみるが当然びくとも動きはしない。

 どのような状況でも戸締りをきちんとしていったのは偉い。

 流石は我がホメロス隊で兵士をしていただけのことはある。

 何事にも丁寧なところも好ましいのだ。

 私は虚しく胸の内でアイを褒めた。

 現実逃避である。

 

 さて。

 

 ここで諦めるくらいならば最初から我が父にお暇を願い出てなどいない。

 勇者のつるぎを破壊しうるものがこの世にあるのだとして、それがありふれたものであるとは最初から考えていないのだ。

 厳重に保管されている可能性も、誰かが所持している可能性ももちろん視野に入れていた。

 幸い、許可は降りたようなものだ。

 もし公認で強盗ができるなら準備時間がなかったとしても楽なものだろう。

 

 たった二人で双頭の鷲の目を掻い潜り、天下のデルカダールからレッドオーブを盗み取った盗賊がいるというのに誰に怯える必要もなく見張りもないこの扉をホメロスが破れないなど情けないことだ。

 方法はあるはずだ。

 考えろ。

 

 とにかく入れさえすれば良い。

 通れなければここから先試行錯誤することもできないのだ。

 この金属扉の錠前を開ける、もしくは扉に大穴を開けてしまえば良い。

 私ひとりが通ることが出来れば良いのだ。

 いくらでも損傷の謝罪は後回しにしてしまえば良い。

 時間が無いのだから。

 

 鍵穴に手を当てる。

 扉からは特別な力を感じない。

 ならばあとは……。

 

 無詠唱で鍵穴にドルマを叩き込む。

 一度、二度、三度、鍵穴の奥の機構が闇の魔力に侵蝕され、じわじわと溶けだす音を聞きながら次々と。

 何度も。

 何度も、魔力を使い切るまで。

 ただただ一点に魔力を集中させ、余波で扉自体を傷つけないようにしながら、鍵を破壊することに尽力する。

 そして魔力が尽きれば魔力回復の聖水を飲み下しながら、荒い息のまま扉を押してみる。

 僅かに軋みながら扉が動いたのを見て、私は後ろに下がった。

 

 一呼吸置くと賢者の聖水が若干の魔力を満たした。

 回復した魔力で自分にバイキルトをかける。

 さらにもう一本飲み干しておけばこの先にドラゴンが待ち構えていようとも逃げ出すことくらいはできるだろう。

 準備は整った。

 

 足を踏み込む。

 前へ飛び出す。

 そのまま思いっきり扉に体当たりした。

 扉が少し開く。

 鍵の辺りからなにかが砕けたような音がする。

 もう一度思いっきり体当たりをする。

 今度は人一人分程度の隙間が開いた。

 

 少々チカラ技だったが良いだろう。

 作った隙間に体を滑り込ませ、物々しい障壁を抜けると禁足地の深奥へ足を踏み入れた。

 ごつごつとした岩肌の洞窟は長く、私ははやる気持ちでそこを駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふつふつと煮えたぎる溶岩の音が聞こえる。

 外とは比べ物にならない灼熱の空気が渦巻く。

 「禁足地」とはヒノノギ火山の火口付近のことだった。

 しかし、いくら火山の火口が危険とはいえこうも頑丈な関所のごとき扉をわざわざ建設してまで立ち入らせないほどだろうか?

 しかし何よりアイがわざわざここに来たのだから、なにか勇者ゆかりのものがあるのだろう。

 通常の燃料や魔法の熱では不可能でも、この天然の熱さならオリハルコンを溶かすことが出来るのかもしれない。

 

 私は意を決して火口を覗き込んだ。

 想像していたような真っ赤に燃える溶岩溜まりの中央部には如何にも天然物ではない建造物があった。

 何やら機能的とは言い難いその形状は何かの紋章を現しているのだろうか。

 俯瞰しなければ具体的な形は分からなかったが、おおかた、「勇者」か「大樹」をさしているのだろう。

 

 そんないつから存在するのかも知れない、見慣れない設備だが……中心部は見ようによればなるほど、鍛冶場のようにも思えた。

 なるほど、火山の熱源に直接接続した特別な鍛冶場というわけか。

 大掛かりな施設だが、世界中に古代の痕跡がプワチャット王国をはじめいくつか存在している。

 それらに類する古代文明の遺物か、はたまたこれは大樹が造らせた何かなのか。

 

 ここであの忌々しい黒き勇者のつるぎが創造されたのか。

 であれば、勇者のつるぎをここに持ち込むことに出来ればつるぎを破壊することも出来るだろうか。

 オリハルコンの現物をじっくり観察したわけではないが、私でも実際に起動してみることくらいはできるだろうか?

 どの程度の性能なのか、扱えるものなのか確かめてみなくては。

 

 熱気の中に踏み込む。

 溶岩の間近であり砂漠にも勝る灼熱ではあったが、その鍛冶場は踏み入れても私の足を溶かすことは無かった。

 ゆらゆらと熱気で視界が揺れるが、想定していたほどの熱気はない。

 熱いことには違いないが、不思議と普通に呼吸ができる。

 

 この場所には何らかの生命維持の加護が込められているのだろうか?

 火山であれば人体に有毒なガスが溶岩と共に噴出しているはずだろう。

 時にそのガスは金属すら腐食すると聞く。

 しかし、特別異臭は感じなかった。

 あるいは無臭のガスなのかもしれなかった。

 ホムラではいくらか温泉特有の腐った卵のようなにおいがしていたのだが……。

 

 注意しいしい建造物の中心部にたどり着く。

 はてさて、到底見慣れた文明のものとも思えないが。

 使用方法を窺い知るには苦労しそうだ。

 まさか起動には勇者のチカラが必要なのではなかろうな?

 この場所がオリハルコン製の武具を作るために存在しているのではなく、勇者のつるぎを作り出すためだけに存在しているのであれば……待て、ハリマはホムラの里の住人がアイに頼んでオリハルコンを入手し、剣を作ったと言っていたな?

 つまり、オリハルコンは勇者ではない人間、さらには普通の設備で加工可能だということか?

 ならば悪い予感は当たっているのか?

 

「しかし、ここまでつるぎを持ち込むことが出来るだろうか……」

 

 アイからつるぎを奪い、ここまで来て、設備を起動し、つるぎを破壊する。

 いやはやなかなか現実味がない。

 設備の観察を切り上げ、奥に鎮座している()()めいた機構に近づく。

 太陽、いや、目か?

 何とも形容しがたい形状の紋章が赤く光っている。

 その上には壺のように口が開いているのか、業火が噴出しながら規則的にぐるぐると回っている。

 近寄るだけで暑いが、どことなく神聖な雰囲気をも兼ね備えていた。

 使用する金属、打つハンマー、設備も特別ならば炎も特別か。

 その方が道理だろう。

 ホムラの炎は他とは違うのかもしれないな。

 

 勇者のつるぎを造るために使った炎、か。

 これを持ち運ぶことが出来れば、あるいは。

 

 じっと炎を眺めていると小さな火の塊がこちらに飛び出してきて地面に落ちた。

 ……消えない。

 そんなはずはなかろう。

 しばらく眺めていたが、やはり消えはしない。

 まさか、なにを原動力に燃やしているというのか?

 火の粉が飛んで消えなければ辺り一面火の海になっていてもおかしくはない。

 しかしそうなってはいないではないか。逡巡しているとさらに火の塊が飛び出してきて今度は私の足元に落ちた。

 それも消えず、煌々と燃えている。

 

 火に意志でもあるというのか?

 どう考えても私は「勇者」を害するためにここにいるというのに。

 ここは「大樹」側ではないのか?

 私に手助けをしているのだろうか。

 

 まぁいい。

 荷物の中から持ち運び式のカンテラを取り出す。

 消えないならばこれに灯して持ち出すことは可能だろう。

 手段は多いほうが良い。

 他に見つけてきた「手段」と比較すればこの「炎」を使うのが一番まともな方法だろう。

 

 しかし、炎はカンテラに移そうとすると嘘のように消えてしまった。

 まさか私をからかっているのか?

 

 考えろ。

 ホメロス、正解が近くにあるはずなのだ。

 炎は意志をもっている。

 私に勇者のつるぎを害する手段を与えようとしている。

 少なくとも、そのように見える。

 であればだ。

 

「ここにおわしますのは炎の神なのか? ここで勇者のつるぎが打たれたとお見受けする。どうかお示しください」

 

 返事はない。

 ごうごうと燃える炎の音、流れる溶岩の熱気が私を包み込む。

 

「あなたはヒノノギ火山の化身なのですか? 私になにを望んでおられるのだ?」

 

 炎が揺れている。

 消えることなき、聖なる炎が。

 

 大地の精霊の名前はガイアというらしい。

 であれば、いまここにあるのは「炎の精霊」とでも言うべき存在なのだろうか?

 精霊は神とも大樹とも違う意志を持っているならば、ともすれば私にチカラを貸す可能性もなくはない、のだろうか。

 

 炎が揺れている。

 私を挑発するように、熱く熱く燃え滾る。

 闘争を炎で例えるように、まさか炎は私に勇気でも示せと言っているのだろうか?

 

 カンテラを左手に持ち替える。

 ならば示して見せよう。

 

「私には消えぬ炎が必要なのです。オリハルコンをも溶かし、ただの金属を鍛え上げたつるぎに変えてしまう熱きチカラが。偉大なる炎よ、そのチカラをもらい受ける!」

 

 素手で()()に手を突っ込んだ。

 防護魔法もなくそんなことをすれば灼熱が当然のように襲い来る。

 回復魔法がどこまで効くかもしれないが、()()()()そうでもしなければ大いなる存在に覚悟を伝えられないと判断したのだ。

 痛みは熱さにかき消され、炎は私を受け入れていく。

 いや、むしろ引っ張り込まれているような様子さえ……死ぬわけにはいかないのだが!

 しかし私はむしろ受け入れるように足を踏み出した。

 恐れるなかれ、これは恐怖ではない。

 怯えるなかれ、覚悟を示さなくてはならないのだ。

 

 こんなものは決して勇気ではないだろう。

 蛮勇、いや無謀とでも言うべきだ。

 しかしだな、それくらいはしても良いのだ。

 自分より幼き者を命を賭して救う覚悟なくしてどうして騎士か。

 

 カンテラが燃え、溶け落ちていく。

 頬を焼く炎が不意に私を押し出した。

 

 気づくと、()()というべき炎の塊を握りしめたまま私は禁足地の入り口で倒れていた。

 全身に火傷は負っていたが、あの()()に飛び込んで負ったにしては軽傷すぎる。

 命に別条ない程度の、火傷だ。

 

 覚悟比べに勝ったというわけか。

 ()()は不思議なことに私の服さえ燃やそうとはしなかったが、確かに熱く、消えることなく煌々と燃え盛る。

 そっと握りしめると、私は双賢の姉との打ち合わせ通り、ラムダ行きのキメラの翼を空に放り投げた。

 あとは戦いが終わるのを待ち……そして大樹とアイの目をかいくぐり、機会を伺うのだ。

どこ好き?

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