【完結】【自己ベスト記録】過ぎ去りし時を求めてSS~聖竜の勇者ルートRTA:24時間31分44秒22 作:ryure
オレは小さな、平凡な人間だった。
この世界じゃよくある、チンケな不運の被害者だった。
オレと妹は孤児だった。
幼い頃に凍死寸前の時にバイキングに拾われ、それから休みなく下働きをさせられた。
他の国のことはあまり知らなかったが、クレイモランにも孤児なんていくらでもいたし、特別なことだとは思わなかった。
朝から晩までクタクタになるまで働かされていることなんてザラだし、常に空腹を抱えて地面に伸びているのもまぁ、ありがちなことだった。
ありふれた不幸だったから、特別オレの置かれている環境が過酷すぎるとは思わなかった。
不幸な身の上だったが、それでも幸運なことに血の繋がった妹がいたからひとりぼっちではなかったし、あの粗暴なバイキングどもはオレたちを飢えさせはしたが本気で餓死させるほど非道ではなかった。
オレたちを腹いせに殴ることはあっても、激情のままに殺してしまう気は毛頭なさそうだったし、適当に使える下働き二人が多少邪魔になっても、役に立たない日があっても、裏社会の人買いにやるほどの下種ではなかった。
人買いが縄につないで連れているような、元の色が分からないほどのぼろ布を着て、全身あざだらけで骨と皮だけの人間にオレたちをしてしまうほどの悪意はなかったんだろう。
それどころか人買いどもの目にオレたち兄妹が値踏みされるのを忌み嫌う程度にはまぁ、それなりに人情がある奴らだったんだろう。
仲間同士での殺しを厳禁し、時には王家お抱えの依頼を受けるだけあって略奪の際すら殺しは御法度だった。
その点でも幸運と言えた。
アイツらは揃いも揃って粗野なはみ出し者だったかもしれないが、見た目だけは兄妹ともまぁ良い方だったから人買いどもからはそれなりの金額を提示されていたはずでも、バイキングどもはいつだって一も二もなく突っぱねる程度には
よく、売らなかったことを盾にこき使われたものだったが、それでも運が良かった。
とはいえ、どう言い繕っても幸福とは言えない貧しい暮らしだった。
その上、オレは要領が悪かった。
しょっちゅうマヤにからかわれ、のたのた雑用をこなしてはバイキングどもに怒鳴られながらも何とか生きていた。
オレはマヤと過ごせるならそれで良かったし、もっと幸せな暮らしをしている奴らがいることは知っていたが、学もなければ要領も悪いオレにはどうすればいいのか分からなかった。
本音を言えば、マヤにもっと腹いっぱい飯を食わせてやりたかったし、もっと欲しいものを与えてやりたかった。
オレだって風の吹き抜ける寒々しい寝床よりも、街のヤツらのようにしっかりとした壁に囲まれたあたたかいところで眠りたかったが、どうにも物心ついた時から襲い来る自分の不幸に慣れきって、貧しさを受け入れ切っていたから打開しようと行動することはなかった。
オレはこのままゆっくり大人になって、いつしかバイキングどもと契りを交わして本当の仲間になり……生来小柄なもんで、いつまでも下っ端海賊から抜け出せることもなく……このまま貧しいままじわじわ老いていくのだろうと、老いることができれば良い方で、そのうちうっかりつまらない理由で死んじまうのだろうと信じて疑っていなかった。
マヤはそんな暮らしを嫌がるだろうが、もしこの寒い場所から出て行きたいと言うならせめて兄としてわずかな金でも工面してやれたらいい、と考えていた。
そうだ、オレはこの世で一番マヤが大事だったんだ。
なのにオレは。
オレは、自分かわいさに呪いに飲み込まれていった妹を見捨てた。
助けを乞う妹の手を掴めなかった自分を恨み、妹にやった首飾りの呪いがオレに来れば良かったのにと叶わぬ願いに夢を見る。
いつだって要領の悪いオレは何もかも空回りした。
何もかも、悪手だった。
良かれと思って贈った首飾りのせいで妹に呪いが降りかかり、妹に降り掛かった呪いに怯えて、そして妹を失い、オレだけはのうのうと生き残って。
気づけばオレはあんなに目を向けなかった「外」へと一人飛び出し、よどんだ下層の人間として薄汚く生きるひとりになっていた。
そんな度胸があるのなら、マヤを連れてさっさと「外」に出れば良かったのに。
マヤとふたりなら、ふたりで過ごせるなら、どこで暮らしたってよかったのに。
オレは、罰を受けるべき人間だ。
贖罪を果たさねばならない人間だ。
たったひとりの妹さえ見捨てた大罪人で、ちっぽけな人間で。
そんなオレでも……預言によれば世界を救う「勇者」サマのお役に立てるらしい。
そう預言された。
「勇者」に手を貸せば贖罪までも果たされるとまで囁かれて。
本当かどうかも疑わしい預言者曰くのオレの運命。
それが本当なら、世界を救う手伝いをした上にマヤを助けられるという、都合のいい話。
いかにも耳触りの良い、いかにも弱者がすがりそうなどんでん返しの夢物語。
最初は信じちゃいなかったさ。
聞きながらも半信半疑だった。
だってそうだろう?
危ないクスリでもやったような落ちぶれた男が奇怪な夢の中で聞いたような話だ。
貧しさに頭がおかしくなっちまって生まれた妄想といった方が信じられる。
そもそも「勇者」なんて、巷では「悪魔の子」と呼ばれる国滅ぼしの邪悪な存在で、しかも地の底で出会うなんていう曖昧な情報しかない。
預言者の実在も、「勇者」との出会いの運命も、全部全部眉唾物の話だった。
本当に、運命の出会いをするまでは。
地の底で光を見たんだ。
オレはあの日、「運命」ってやつを信じた。
「なぁ行くなよ。なぁアイ。もうじゅうぶん頑張っただろ。今度は自分の幸せを優先しようぜ? あいつの話だと……失敗したらお前は死んじまうより酷い目に遭うんだろ……」
「成功したらマヤちゃんが助かるのに何言っているのさ。マヤちゃんだけじゃない、ベロニカも、ロウじいちゃんも、母さんも、エマも、イシの村のみんなも、ソルティコの町の人も、聖地ラムダの人たちも、デルカダールだってみんな元通りになるんだよカミュ」
「アイ、オレに……また、大事な人を失えって言うのか」
「失うんじゃないさ。僕は取り戻してくるんだよ。悲劇のあったこの世界は残らない、時間はすっかり戻って……悲劇の前に巻きもどる。そうしたら、あとは僕が『うまくやる』だけなんだ。僕は未来を『知っている』んだからそんなに難しいことじゃないよ。あの時より僕はずっと強いしね」
アイは笑う。
明るく、オレを心配させないように、朗らかに。
お前は普段そんな顔をしないだろ。
無表情で、知らないヤツからすれば何を考えているのかも分かりにくいのがアイだっただろ。
そんなふうに無理して笑うなよ。
オレを安心させなくたっていいんだ。
なぁ、なぁアイ。
なぁ、そこにいるだけでいいんだ。
お前が残ってくれるだけでいいんだ。
もう、オレには。
「なぁ、オレにはもう相棒しかいないんだよ。元々故郷なんてないようなものだし、マヤももういない。デクも……昔の知り合いなんてみんな死んじまった。お前は成功した場合の話をするけどよ、もし失敗したらオレは……一体何を
「みんながいるさ。セーニャも、シルビアも、マルティナも、グレイグも。いるじゃないか、大切な仲間たちが……」
「あぁそうさ、そうだよアイ。相棒にとっても大事な仲間たちがいるだろ。アイ、妹がもういない俺にとっても仲間ってのはお前の次に大事だ。そいつらをみんな置いていくっていうのかよ」
「置いていくんじゃない、取り戻すんだよカミュ。置いていくんじゃないさ。みんなを、取り戻すんだよ……ね、信じてくれよ。ねえ……僕はもう、失敗しない。次は上手くやって、カミュがマヤちゃんと笑い合える未来を作るんだ……」
アイは笑っていた。
流れるものはなかったが、泣き笑いだった。
アイの左手に輝く勇者の紋章が憎かった。
アイのことを信じられないわけじゃなかったが、これまで散々アイを使い潰しておいて、故郷も肉親も育ての親も帰る場所も何もかも失わせておいて、自分だけのうのうと空に復活した大樹が示した次の選択が口惜しかった。
オレが、グロッタの南に光るものがあるなんて言わなければ。
アイはオレたちから離れてひとりぼっちになる選択をしなかったんだろうか。
吸い寄せられたキラキラ光るもの。
不思議な鍛治が大好きなアイはいつでも「キラキラ」を見つけるたび、無表情ながらも喜んで、何を見つけても嬉しそうにしていたから……今度の「キラキラ」もいいものだろうって思ってしまった愚かなオレ。
昔からちっとも変わっちゃいない。
オレは要領が悪くて……いつも、大事な存在に手が届かないのか。
「なぁアイ。オレと一緒に世界を旅しようぜ。世界は広いんだから、きっとまだ見ぬ何かがあるさ。なにか他に奇跡を起こせるものが見つかるかもしれない。ひとりぼっちで行かなくてもいいはずだぜ……なぁアイ」
「カミュ。そんな奇跡なんてないよ。死者は何をしたって生き返らないんだ。分かっているんでしょう?」
「普通ならそうだ。だが、死者が生き返るくらいありえないたくさんの奇跡をオレは見てきたんだよ。アイはいつでもオレの隣で奇跡を起こしてきたじゃないか。だから、今度も他の方法を探そうぜ。相棒の隣で奇跡が見たいんだ、オレのいないところに行かないでくれよ……」
「カミュ……ねぇ、分かってくれよ……」
あぁアイが「勇者」でなければ。
オレの前に残ってくれたのか?
アイが、大樹に選ばれなかったら、こんな残酷な選択をさせられることもなかったのか?
なぁ。なぁ、アイ。
お前がオレを唯一無二の相棒だと思っていて、だからオレの妹を取り戻したいのだと言うが、……そりゃあオレたち全員で「過ぎ去りし時」に戻れるならそうしただろうが、お前だけを行かせるというなら、そんなことはごめんだってなんでわかってくれないんだ。
オレにはもうなにもない。
だがお前が残ってくれるなら違うんだぜ。
「アイ……もうオレにはお前しかいないんだよ……」
「カミュ。キミの大事な人を取り戻すから。安心して待っててよ」
「なぁ! お前だって! オレにとって大切なんだ! なぁ、なあ……オレを哀れに少しでも思うなら、オレのところに残ってくれよ!」
「カミュ、取り戻してくるから。僕、カミュが妹と幸せに暮らす未来が見たい。これは僕が勇者だからじゃないよ、君の相棒だからそう思うんだ。相棒の妹が死んでいくのを、口惜しく見ていた僕にチャンスをくれたんだよ。
ね、カミュが僕に行くなって言うのと一緒なんだよ」
何を言っても。
アイには響かない。
弱々しく懇願しようが、感情のままに怒鳴りつけようが変わりやしない。
アイには分かっている。
そりゃ分かるだろうさ、オレたちは相棒なんだから。
オレの気持ちは一つだけで、残って欲しいというだけで。
言い方を変えようが、言っていることは変わっちゃいないってことを理解している。
だから、響かない。
微笑みながらオレを見て、優しく諭すだけだ。
オレがみっともなく泣いて縋っても……アイを何とかしてどこかに閉じ込めようとも変わりやしないだろう。
なんせ、アイには大樹がついている。
死者を生き返らせることは出来ない、自分は蘇っても、荒廃した大地の失われた魂を返しちゃくれない、クソッタレな聖竜が。
アイに残酷な選択を強いながら、素晴らしい「結末」をチラつかせる。
「なあアイ……望むと思うか? ベロニカやロウじいさんが、お前が時をさまよう存在になっちまう危険に飛び込むのを、許すかよ?」
「許さないとしても、二人はちっとも望まなくても、僕が望んでいるのさ」
「アイ、なぁ、お前の……左手が憎い。その紋章を皮ごと剥ぎ取っちまえば、お前は行かないのか?」
「カミュはそんな事しないだろ?」
「……お前が残ってくれるなら、両腕両足切り落としてやったっていいんだ。お前が残ってくれるなら……お前の両目を潰しちまってもいいんだ……」
「カミュ。ねぇ、無理しないで」
「無理なんか言ってねぇ! お前の姉ちゃんだってお前が残るなら今すぐその腕落としたって残らせる! 相棒は……腕落としたって、足なくしたって、目をえぐり出されたって、オレたちを振り払って行っちまうんだろ……」
「うん。優しいねカミュ。分かっているから、やらないでいてくれる。僕は何があっても、どんな方法で止められても、行くよ。僕が僕である限りはそうするんだ。
ね、カミュ。全部忘れてしまっても、僕は君たちのことが変わらず大事だから。大丈夫、大丈夫……カミュのこと、また相棒って呼ぶから。君が君であることには変わりないんだからね。ほら、カミュとまたデルカダールの滝から飛び降りて、導きの教会からまた一緒に旅をしよう? 約束する」
アイ。
お前は残酷な男だ。
この話を聞いているお前の姉ちゃんが泣き崩れているのを知りながら、笑っている。
セーニャなんてもう涙が枯れちまって、しゃくりあげて息をすることさえつらそうだ。
それを尻目にお前は止まらない。
オトナだから、オレたちの手前シルビアとグレイグは騎士らしく悠然としているが、席を外せば滝のように泣くだろうよ。
分かっていてお前は決意を曲げない。
「……オレはもう一度お前と旅をする。頼むから、オレを置いて行くなよ。もし使い物にならなくても一回くらいは盾ぐらいにはなるだろ。何だって使えよ。何だって言えよ。お前の話をオレは信じる。未来から来たってすぐに言っちまえ。オレは戸惑うだろうが、受け入れるさ。そんでアイが受ける何もかもを情けないオレに押し付けちまえ。どれもこれもお前が味わう苦難に比べてみれば大したことないんだからな。だから、オレを……オレを置いていくな。じゃなきゃ殺してでも止めるからな!」
「カミュがそう言ってくれて嬉しいよ。ねえ泣かないでよ。みんな、泣かないでよ……僕たちはまた会えるんだよ? すぐに会えるよ。ベロニカとロウじいちゃんもね」
お前が泣かせているんだから、そんなワガママ言うなよ。
お前はらしくなくにこにこ笑っている。
そしてアイは、いなくなった。
時のオーブは砕け散り、時の楔を失った世界はすべて巻き戻り、オレたちは何も知らないでアイが無茶をするのを見守るだけの亡霊になった。
かつて、オレたちを照らすまばゆい光を持っていたアイ。
今は大樹と邪神の闇をその小さい体にめいっぱい取り込んで、すっかりくすんでしまった光を宿しながら……お前は変わらず前を向き、オレたちを背にかばいながら進む。
後悔を二度としないように焦って、焦って、また失わないように自分を犠牲にして進む。
なぁ、きっと「オレ」も、お前を傷つけてまで止めるぜ?
覚悟してろよ。
お前ばっかりに無茶なんてさせてられないんだ。
オレはオレなんだ。
お前を今度は止めてみせる。
アイは今もオレたちを愛している。
心底愛おしく、大事に思っている。
同じように今のオレたちだってお前が大事なんだ。
お前が無茶をするというなら、こっちだって手荒な真似をさせてもらう。
アイ、お前が「勇者」でなくても。
オレたちに預言者の語る運命がなくても。
きっとオレはお前と出会ったし……きっと相棒になれたはずなんだ。
そう思わないか。
アイ。
お前が「勇者」であろうがなかろうが変わらないさ。
隣にいられる、お前の孤独を知らないオレでも薄々、勘づいているんだぜ。
おまえの犠牲をな。
なぁ、アイ。
オレを許すなよ。
オレはお前を貶める。
お前を傷つけ、お前を止める。
なぁ、相棒。
お前がその身を削って与えてくれる光に対する返礼だ。
受け取ってくれよ。
なぁ、だから、もう……いなくならないでくれ。
今日、やっと理解した。
アイを止めるには言葉でも行動でも態度でもどうにもならないのだと。
そもそもアイはオレたちの感情を理解していないわけじゃあないし、上司のホメロスの言葉がわかっていないわけでもない。
さらにタチが悪いことに痛みを感じないわけでも苦痛を感じないわけでもないが、自分に降りかかる苦痛よりも何よりも、「世界を救う」、いや「みんなを救う」ことに執心している。
それは「勇者」としてのサガというべきか、それともほかに理由があるのか。
これまではそこのところをいまいち理解はできなかったが、今日、はっきりと分かった。
アイは「恐れて」いるんだと。
奪われることを怖がって、傷つけられることが怖いから、だから、戦っているのだろうと。
失いたくなくて、アイは後悔を恐れて、戦っている。
デルカダールに魔物が攻めてきたあの時。
あからさまに強敵そうな魔物や昼間だっていうのに太陽がすっかり奪われた異常な現象を見て恐怖したアイが自失しきった様子で座り込んだ時だ、オレは不謹慎にも安心したんだ。
心配するよりも何よりも先に、安心した。
普通の少年らしく、恐怖する心がアイにもちゃんとあるのだと理解したからだ。
だが次の瞬間には、絶望した。
ホメロスの呼びかけがオレたちの呼びかけと何が違っていたのかわからなかったが、肩を揺さぶられて奇跡的にも自意識を取り戻したアイは、次の瞬間にはもう「勇者」としての戦いに戻ったからだ。
「アイ」が恐怖しようが、「アイ」が自失しようが、「勇者」は止まることさえできないのだと。
どれだけ恐怖しようが前を向く。
自分がどれだけ傷つこうが背を向けず。
お前が光の彼方に旅立っちまう前に、オレはお前を傷つけることにした。
アイが「勇者」じゃなくなっちまえば、闇のチカラはここまで強くはならないだろうし、「勇者」じゃないなら少しは戦う理由を失うはずだ。
お前は亡国の王子かもしれないが、「勇者」なんて大樹が勝手に選んだだけのことだ。
その左手の紋章さえなければ勇者の証明はないだろう?
あとは、オレたちが口をそろえてアイは「勇者」じゃないと言い張ってやるよ。
ロウじいさんもお前の姉ちゃんも、グレイグも、そしてきっとホメロスも。
セーニャもベロニカも口をそろえてラムダの名前で否定してくれるだろうし、シルビアだってアイのことを思えば嘘の一つや二つくらいは吐いてくれるはずだ。
その左手を、傷つけてでも、オレはお前を止めたい。
あぁ、そんな単純なことでどうにかなることではないかもしれないが。
可能性に賭けたい。
大樹がオレに罰を与えようとも、そんなことよりも自分に課している罪悪感の方が上だ。
心の奥が叫んでいる。
アイを止めろ、何をやっても、と。
「ロウじいさん、悪いな」
じいさんの目を見ながら謝った。
可愛い孫のアイを目の前で害そうとしているのに止めないでいてくれることへの感謝でもある。
オレの心中を理解してくれているのだ。
同時に、今日の戦いを思い出す。
すべての魔力を使い果たしてもなお、闇のチカラの氾濫というべき暴走が止まらなかったアイは体中から噴き出す血をものともせずに、その生命力を犠牲にして呪文を唱えた姿を。
当然、無茶なことだ。
魔力は魔力で、生命力は生命力だ。
代替できるものじゃないことなんて子どもでも知っている。
いくらピンピンしていても魔力が尽きれば魔法は使えないってな。
だがアイはやってのけた。
凄まじい執念と、闇魔法の練度で押し切ってやってのけた。
その代償はすぐさまあらわれ、その口から、目から、腕から吹き出すように流れた血は、決して魔物から攻撃された傷から溢れたものではなく、無茶をした代償として肉体の崩壊という形でアイを蝕んだ。
おびただしい量の血を吐き捨てながら、敵に闇の一撃を与えたアイを押さえつけて無理やり賢者の聖水を飲ませながら、己にとって邪魔な敵を倒すためにアイに闇のチカラを与えた大樹を呪った。
セーニャはそんな無茶なことをしたアイを癒し、「癒せたこと」に憤った。
オレは悟る。
大樹が「そうさせた」のだと。
どう考えても、あの時のアイは自分の意志で呪文を唱えちゃいなかった。
アイだって痛みや苦痛を感じる。
普段なら、回復魔法や魔力回復をやることだって普通にあるからだ。
闘争心や、戦いたい気持ちは本当にアイのものかもしれなかったが、直面した恐怖と焦りに突き動かされながら、アイは大樹に与えられた暴走する魔力を放っているように見えた。
いわば、あの時のアイは大樹の代行者で。
意志はあれどもいいように扱われていた。
魔力が尽き、代わりに命を削って魔法を使うことになっても大樹にはどうでもいいことだろう。
アイに適当な加護を与え、何度でも手軽に修復できる……そんな存在と定めたのだから。
アイはオレたちの方を全く見ないまま、大樹に操られちまって、魔物を屠ることに夢中だった。
戦いが終わればいつものようにオレたちの方を見てくれたが、次また邪神の刺客が現れた時、あの状態になるのかと思えばもう、邪神を倒すまでとても待っちゃいられない。
放っておいても、邪神を倒すまでアイは「もつ」だろうよ。
そういう風になっているんだろうよ。
そこからは?
それから、アイのそこからの人生はどうなるっていうんだ?
闇の大樹の代行者として戦って、世界の脅威を払い、そしてアイはどうなるんだ。
このままじゃあ邪神と相打ちになるように大樹が無理やりアイの体に何かしでかさないと言い切れない。
オレはそう思ったから、だから。
オレの考えを理解してくれたロウじいさんには感謝している。
自分の命より大事な孫息子だろうに。
「あぁ、見ていても止めないわしは悪い祖父じゃろうなあ……」
「じゃあ見ないふりしとけばいいさ。見なくてもいい。オレはどうせ盗賊崩れ……いや、国賊だったか? 天下のデルカダールが指名手配しているような国賊ならまぁ、相棒として厚遇してくださった慈悲深くお優しい勇者サマに刃くらい向けてもおかしくはないよな。そういう薄汚い人種ってやつは恩を仇で返すのがセオリーなのさ。ロウじいさんは脅されていたということにでもしておけばいい。オレはじいさんの大事な孫を切り刻もうとしている極悪人なんだから慈悲なんていらないさ。何も嘘はない」
「カミュ、おぬしの普段を知る者からすれば何があろうとも深い事情を察するはず。自分をそう卑下するでないぞ。わしは自分の意志でおぬしの行動を見ておる。共犯であり、責任は同じだけあるのじゃ。真に邪悪なのはわしのほうじゃろう」
「そうかよ。アイはじいさんに本当にそっくりだよな。お優しいことで。
だとしてもオレの罪はオレのものだ。オレの何であってもじいさんにくれてやるほどオレの心は広くないぜ。信頼なる相棒に、一生恨まれていいのはオレだけだ」
愛用の短剣を構える。
普段の戦闘ではもっと切れ味のいい武器を使わせてもらっているが、最低最悪の荒事には手に馴染んだこっちの方がいいだろう。
じいさんの眠りの魔法ですっかり眠っているアイはすっかり無防備だ。
さっき自分で被せた布団をゆっくりと剥ぐ。
オレが言えたものでもないが、年齢の割に小柄な少年は、その程度では起きる様子もなく実にすやすやと眠っている。
戦いでこびりついた血も、付着した煤も、全部綺麗に洗い流して、今は静かに休息をとっている。
「悪いなアイ……」
ひと言。
つい謝って、そして手は躊躇なく左手の紋章に短剣を突き立てた。
が。
キン、と鋭く金属音が部屋に響いた。
刃は間違いなく紋章をとらえていたが、肉に沈み込むことなく、ぴたりと不可視のチカラで食い止められる。
「クソッ!」
何度も。
何度も刺そうとする。
無駄だと理解してなお、オレはアイの左手を切り裂こうとする。
「なあ、なんでだ、おい……なんでだよ、なんでだ、どうして……」
キン、キン、と金属が悲鳴をあげる。
刃の方が負けそうだ。
勇者の紋章に届く前に、かたいなにかに阻まれる。
あぁ、大樹の意志ってやつだろう。
クソったれが。
「いっそこの左手を切り落として全部済むならなぁ!」
カッと頭に血が上る。
やるせなくて、悔しくて、オレはアイの手首ごと断ち切ってやろうと、オレはアイに一緒恨まれても、アイが痛みや苦しみに泣き叫ぼうと、構うものかと……あぁ、世界中に恨まれても構いやしなかった。
だが。
パキンと。
あっさりと。
オレの愛用の短剣の方が負けて金属片が砕け散っただけだった。
アイが普段戦っているときは勇者の紋章がある手だろうとなんだろうとお構いなしに傷がつくっていうのに、戦いのさなかならアイの腕や足がもげるかってくらい酷い傷をごく普通に負うのに。
こうして勇者の資格を消し去ってやろうとして刃を向けると大樹は鉄壁の守りをアイに与えるのか。
都合のいい、悪夢だ。
「クソったれがよ!」
アイは眠っている。
微塵も起きる気配なく、穏やかに。
眠りの魔法は実によく効いていた。
とうとう柄までヒビが入り、チカラを入れすぎたせいでオレの方こそ血が流れたが気にするものか。
「なぁ、じいさん。オレ、アイを止められるなら、アイに恨まれてもいいんだぜ。自分の幸せを二の次にして、オレたちを置いて行っちまうアイを止められるならなんだってする。腕を切り落としても、足をもぎ取っても、目を潰しても、アイが本当に死んじまうよりいいじゃないか……本気だ。本気でそう思ってた。
死ぬよりつらい目に遭うってわかっているなら、殺してでも止めたいもんだろう……? アイはオレを救ってくれたんだ。オレの妹だけじゃない。薄汚く、死んだように生きるしかなかったオレに光をくれたんだ。居場所も、相棒としても、なにもかももらって、なのにオレは……だから、なぁ、ああ……」
じいさんの手がオレの背中をなぜる。
泣き叫ぶ子どもを慰めるように、黙ったままやさしく。
オトナにこうして慰められたことなんて一度もないオレは本当に涙がこみあげてくる。
じいさんから見れば十四歳の孫息子も、十七歳の盗賊崩れも似たような年齢だろうぜ。
「どうやったら、アイを救えるんだ。どうやったら、アイを止められるんだ。どうやったら……オレの相棒は……」
アイは懇願しても怒鳴っても泣いてもすがっても止まりやしない。
知っているはずだ。
だから、無防備に眠るアイを狙ったんだ。
だけど変わらなかった。
変えられなかった。
オレは止めなきゃいけなかったのに。
「アイ……オレには大事な妹がいるが、お前だって、大事なんだ、だから……傷つけても止めれるならいいんだ……」
口が勝手に言葉を紡ぐ。
本心には違いないが、勝手に言葉があふれ出る。
「オレを恨んでくれ。オレを恨むくらいでお前を止められるなら……お前を傷つけようとするオレを恨んでくれよ。なぁ、なあ……アイ……」
気づけばオレは、アイの、紋章が刻まれた手を握って、祈るようにうずくまっていた。
次話よりいつもの感じに戻ります。
閑話を書かなかった人たちがやっていたこと
ベロニカ→セーニャの過激思想を理解しつつも今は止める。ベロニカの冷静さがセーニャを踏みとどまらせている。とはいえセーニャとベロニカの感情はかなりの精度で連動しているので、ベロニカもセーニャに影響されている。※もともと町の中で火魔法ぶっ放す人
シルビア→町がぐちゃぐちゃなので地下シェルターにいるしかないデルカダール避難民たちに芸で励ましながら勇者のポジティブキャンペーン実施中。ホメロス隊の兵士たちも絶賛しつつ便乗してアイくん兵士時代の微笑ましいエピソードを語る。ある程度目撃されているので信憑性も抜群。自分も聞いていて微笑ましくなりつつ現状を思い出して絶望の上塗りで笑顔が辛い
ロウ→現状を見極めている。とりあえず仲間たちの行動はすべて止めずに見ていることに。孫ももちろん心配だが孫の相棒カミュのメンタルも心配になってきたこの頃※限界カミュがそのままごめん寝したので刃物を片付けた人 翌朝、何故か気迫がすごいセーニャと凄まじく悲壮なマルティナを見てこっちも心配になってきた
グレイグ→ホメロスと話し合いをし、お前のその頑強さは他者にはないんだから頑張って盾になれと改めて厳命されている。「既視感」や幼少期の経験からあらゆるものを失い慣れているのでかなりメンタルは安定して見える。見えるだけ。常にタガが外れているとも言う。セーニャに斧の扱いなら慣れているから任せてくれとかこのタイミングで空気読まずに言える人 ガンギマリセーニャ「頼もしいですわ!」 言わずもがな伐採の意味である
どこ好き?
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RTA部分:数値付き解説
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RTA部分:ストーリー解説
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RTA部分:走者の他作語り
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小説部分:アイ視点
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小説部分:カミュ視点
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小説部分:セーニャ視点
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小説部分:マルティナ視点
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小説部分:ロウ視点
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小説部分:シルビア視点
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小説部分:グレイグ視点
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小説部分:ホメロス視点
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小説部分:その他視点
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全般:再構成ストーリー
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全般:原作死亡キャラ生存
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