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誰しも年に一度は誕生日を迎える。
そしてそれは、英雄にも等しく訪れるものだ。
1
「バースデイパーティ?」
「はい。空々部隊長の誕生日が三日後のようなので、バースデイパーティを開催したく思います。右左危博士」
机に積まれた大量の書類、そこで無理やり作られたスペースに置かれたノートパソコンへ向かっていた右左危博士は、『悲恋』の言葉に物憂げに振り返って、バースデイパーティなるものの開催を願う一機の爆弾に眉をひそめた。
「……ねえ『悲恋』ちゃん。彼の誕生日って、どこから手に入れた情報?」
「氷上副隊長のパソコンにハッキングし、入手しました」
「痕跡は?」
「残していません」
「ならよし」
納得したように頷いてから、右左危博士は『悲恋』から視線を外すと、思案顔で逡巡したあと、疑問を呈した。
「にしても、バースデイパーティねえ……彼、喜ぶかしら? ケーキにはあまり良い思い出がないようだけれど」
「そうなのですか?」
抑揚のない声で『悲恋』は聞き返す。
それに対し、右左危博士は少し躊躇うように視線を揺らめかせたあと、煮え切らない曖昧な顔を『悲恋』に見せた。
(『悲恋』が自主的になにかを提案することなんて今までなかったのだから、これはある種のチャンスなのかもしれない……)
「……ううん、そうね。これも一つの変化と見るべきでしょうね」
人目を憚らず。もとい爆弾の目を憚らずに、右左危博士は呟いた。
「なんでもないわ、『悲恋』ちゃん。さっきの言葉は気にしないで」
「了解しました。気にしません」
右左危博士は座ったままに、いまだ直立している『悲恋』に問いかける。
「それで。私に相談に来たということは、なにか頼みごとがあるんでしょ。何がお望み? お金の用立て?」
「バースデイパーティの開き方をご教授願いたいのです」
「……なるほど、そうくるのね」
それは予想できない答えではなかったが……しかし右左危博士にとっては望ましくはないものだった。
子供の誕生日会すらまともに開いてこなかった右左危博士にとって、思い返せばバースデイパーティなんていう言葉を聞くのはいつ以来だろうかと、遠い昔の出来事を思い返そうとしていたが……。
しかしどうにも誕生日会なるものに関して、自分は、『悲恋』になにも伝えることができないだろうということを悟り、即座にこう提案する。
「ねえ『悲恋』ちゃん。誕生日会というのはたいてい、子供が行うものなのよ」
「なるほど。子供が、ですか」
「なら私よりも適任が、この空挺部隊にはいるじゃない」
2
「というわけで、バースデイパーティの開き方をご教授願いたいのですが」
「はあ……? 私が、ですか?」
手袋は、困ったように眉を八の字に曲げる。
隣にいたかんづめもまた、奇妙なものを目にしたように悲恋のことを見ていた。
どことなく、「こいつなに言ってんだ」という空気が流れているのだが……それを感じ取ることができない『悲恋』は、じっと二人から反応が返って来るのを待っていた。
二人のどちらからも関わりたくなさそうな雰囲気があったが、意を決して、かんづめが『悲恋』に尋ねた。
「ばーすでいぱーてぃって、だれのや」
「空々部隊長のバースデイパーティです」
「誕生日会……? や、やめておいた方がいいんじゃないかな」
「あほ。おまえのばあいは、たんに、おにいちゃんにあいたくないだけやろ」
かんづめは伏せ目でじっと手袋の方を見たあと、手に持っていたゲーム機を近くの机に置いてから、腕を組んで呆れていた。
大人のような仕草ではあるが、要所要所の動きは幼女そのもので、背伸びをしているようなあどけなさが見られる。
「にしても、いがいやな。『ひれん』がそんなんゆうなんて。あのへんなおねえちゃんならともかく」
「意外ですか」
「うん」
そう聞いて、『悲恋』はどこか翳りのある顔を二人に見せた(爆弾に気の落ち込みなどあるのか知らないが)。
「そういえば、左博士も驚いたような顔をしていました。……やはり爆弾が人の誕生日を祝うなどということは、ちゃんちゃらおかしいのでしょうか」
「……そうゆうこと、いいたいんとちゃうんやけどな」
『悲恋』は自信なさげに「そうですか」と返した。
かんづめは『悲恋』との接し方が上手く掴めずにいたのだろう。無理やり話を切って、本題に入ろうと言葉を探る。
「ええっと、ばーすでいぱーてぃやったっけ」
「……はい、そうです。空々部隊長の誕生日を祝いたく思いまして。ですが、私はバースデイパーティの開き方というものを知りません。ですからそれについて教えていただきたく思うのです」
『悲恋』のその真摯な姿勢は機械故のものだろうが、しかし確かにこの爆弾はそれを願っているのだろうということが強く伝わってくる眼差しだった。
だからかんづめは深く悩んだし、手袋もまた、二人を遠巻きに眺めているだけではあったが、決して無関係でいようとはしていなかった。
「かんづめは、ばーすでいぱーてぃなんてもん、ほとんどおぼえとらんけん。やから、さんこうになるかわからんけど」
「それでも構いません。些細なことでも、今はとにかく情報が欲しいのです」
「うーん、そうやな……なんか、ごちそうゆうんがいっぱいあったとおもうで。おいしいもん、ぎょうさんたべた」
「なるほど……御馳走、ですか。幸い、空々部隊長が好んで食べているものの情報は既に入手しています」
「えっ……あの人、好きな食べ物とかあったんだ」
と、真剣な顔で驚いたのは手袋だ。
「まあ、おどろくきもちもわからんことないけどな。でもそらあるやろ、おにいちゃんにもすきなたべものくらい」
それから、興味ありげにかんづめが身を乗り出した。
「でも、おにいちゃんのすきなたべものなんて、そんなんどうやってしったんや。ちょくせつ、きいてきたんか」
「氷上副隊長のパソコンからそういった情報を入手しました」
「ああ……せやったら、たしかなじょうほうやろな」
「はい。『反応が良かった料理』というフォルダーに入っていたので、おそらくは」
淡々と述べる悲恋に対し、かんづめはどこか気が重そうに頭をもたげている。
「なんやせつないな。こんどからひがみのおねえちゃんにはやさしくしとこ」
「? はぁ」
よくわからないが、なにかしらのことがらで氷上が同情されているらしいということを『悲恋』には察する事ができた。
とにかく“ごちそう”という言葉を記憶回路に刻み込んでから、『悲恋』は手袋の方に体を向けて話しかけた。
「手袋さんは、バースデイパーティについてなにかご存知ありませんか」
「わ、私ですか?」
自分に話が回ってくるとは思っていなかったのだろう、『悲恋』とかんづめの二人から少し離れた位置にわざわざ座り直していた手袋は、分かりやすく驚いていた。
「手袋さんは、大いなる悲鳴以降に絶和へ加入したのだと聞いています。空挺部隊において、日常的な生活を最近まで送っていたのは手袋さんとかんづめさん……それから空々部隊長くらいなものですから、ぜひ参考にさせて欲しいのです」
「……そんな、期待されても。応えられるかは分からないけど」
手袋は疎ましげに前髪を払うと、少しも自信のない言葉でぽつりぽつりと話した。
たどたどしい物言いであったが、『悲恋』はそれを真剣に聞いていた。
「ええっと、飾り付けがしてあったり、プレゼントをもらったりしたような……」
「プレゼント、ですか」
「うん。ぬいぐるみとか、人形とか。……あくまでも女の子向けのプレゼントだから、男の子の空々くんが、なにを貰って喜ぶのかは分からないけど」
「なるほど……」
「ぷれぜんと……おにいちゃん、しゅみとかなさそうやけど、どうなんやろ」
「趣味、ですか……上官の趣味……」
うんと悩んだあと、『悲恋』はややまごついた言葉遣いで語った。
情報の整理がうまくついていないのだろうということが明確に察せられる話し方だった。
「普段からトレーニングばかりをしているようで、特にこれといった趣味はないようです……インターネットの検索履歴や、テレビで流している番組は、ニュースやドキュメンタリーばかりで」
「……らしいっちゅうか、おにいちゃんやなっていうか」
「なんだか、同い年って感じがしないなあ……」
「これには副隊長も苦難しているようです。パソコンの検索履歴には『年頃の男の子 趣味』や『中学生男子 プレゼント』といった言葉が残されていました」
「くろうしとるんやな」
「日頃から試験的に贈り物をしているようなのですが、フォルダーには、そのときどきの空々部隊長の反応を記録したデータファイルがありました。写真、動画、音声などに分けられていて、それぞれ百近くあったので、よほど苦労されているのかと」
「きっしょ。なんや、ただのへんたいやったか」
軽蔑したようにそっぽを向くかんづめ。
『悲恋』は自分のしでかしたことの重要さに気がつかないまま話し続ける。
「やはりプレゼントは大きな課題であると認識しました。では、早速情報調査に向かいたいと思います」
もっと多くの人の意見を聞くために、『悲恋』はその場を去ろうとした。とはいえ『悲恋』が行けるところなど限られているのだが、だからこそ、目敏く気付いたかんづめが『悲恋』を引き止めた。
「ちょっとまち。つぎはだれのところいくんや」
「副隊長にお尋ねしようかと。隊長のことを一番よく知るのは彼女でしょうから」
「あー……やめとき。それいちばんのあくしゅやで」
悪手。
その言葉にひっかかるように、あるいは単に疑問に思って『悲恋』は「どうしてですか?」と言葉を返した。
「……あのおねえちゃんはばーすでいぱーてぃとかぜったいやったことないやろ。あったとしても、おにいちゃんのばーすでいぱーてぃで、れいせいにいられるかわからんし。……せやな、そもそもおねえちゃんは、ぱーてぃにさそわんほうがええかもな」
「なるほど……確かに一理ありますね。副隊長には悪いですが、パーティのことは内緒にしておきましょう。後日パーティの様子をレポートにまとめて副隊長のパソコンに送信しておくことにます」
「いや、ずっとだまっとったほうがええんちゃうか。じぶんがぱーてぃにさそわれてないことをしらされるのは、むしろざんこくやで」
「そうですか。参考にします」
ただ、じゃあ誰のもとに向かうべきだろうかと『悲恋』が思い悩んでいると、その様子を見かねてか、手袋が遠慮がちにこう提案してくれた。
「こういうのはパンプキン……鋼矢さんが向いてるかも。非常識な魔法少女たちの中で異端だったあの人は、きっと常識的だから」
3
「それで私のところに来た、と。……手袋ちゃんに信頼されているのか、されていないのか」
杵槻が眉尻を下げて笑うと、『悲恋』は言葉の意味を理解しかねたように額にしわを寄せた。そんな機微な変化に目敏く気づいて、杵槻は素早く言葉を挟み込んだ。
「いいえ、なんでもないわ。独り言。……ええっと、なんだっけ。バースデイパーティ?」
「はい、そうです。杵槻さんに、バースディパーティについてご教授願いたいと思い、やってきました」
「ええ、ええ。それは構わないんだけど。ただちょっと待っててね、『悲恋』さん」
鋼矢は手をつけてあった書類をファイルに閉じて、簡単に机の上を整理してから、近くの椅子を引き寄せてそこに『悲恋』を座らせる。
「立ったままじゃ話もできないでしょう。ささ」
「失礼します」
杵槻は、『悲恋』が椅子に座るのを見届けると、楽にした姿勢で『悲恋』の方を向いてようやく本題を話し始めた。
たとえ機械が相手であっても、自分が相手に抱いている驚きや好奇心などを隠してしまうのは、彼女にとってはすでに自然な行為だった。
「具体的には、どんなことをしようと思っているの?」
「部屋を飾り立てたり、ご馳走やプレゼントなどを用意して、祝おうかと考えています」
既に『悲恋』の中では情報が精査されているのだろう、質問に対する問いは即時的なものだった。
「なるほど……」
真剣な面持ちで鋼矢は深く考えごとを始めた。
パーティのことはもちろんだが、そのほかに、『悲恋』自身のことも案じているのだろう。
長考の末、鋼矢は済ました顔で言った。
「確かにそうね。装飾品で飾り付けた部屋だったり、それからやっぱりケーキは大切で……そうそう、ケーキには蝋燭を立てるのよ。歳の数だけ。彼の場合は十四本かしら」
鋼矢は『悲恋』の無知をどれほど知っているのだろうか。
ともかく、その知識の穴を埋めるように、バースデイパーティの基礎ともいえることやその補足を次々に答えていった。
「なるほど……理解しました。これなら私一人でも用意することができそうです」
「? あなた一人でパーティの準備をするの?」
「はい。……これは、私がやりたいと言い出したことなので、私が自分で準備するべきかと」
「…………、頼ってくれてもいいのよ? 同じ部署の仲間なんだから。それにパーティは、あなたとそらからくんの二人だけじゃきっとできないわ。バースデイパーティにはね、いっぱい人がいるの」
「そう、なのですか……」
「ついさっき話を聞いてきたところなら、手袋ちゃんやかんづめちゃんを誘えばいいわ。乗り気かどうかはともかく、本心から嫌がりはしないだろうし。それに右左危博士も暇そうなら呼べばいいし、天才ズの三人はむしろ喜んで来るでしょうね、ひょっとしたら酢ヶ湯さんも来るかも。氷上さんは……やめておいたほうがいいかもしれないけれど」
「どうしてです?」
「たぶん、あの人張り切りすぎちゃうだろうから。元気が空回りしかねないっていうか、下手したらどこかホテルの会場を予約したりしそうだし。……バースデイパーティなんていうのは、こじんまりとしたものでいいのよ」
こじんまりとしたものでいい。
“飾り”や“ケーキ”、“プレゼント”といった言葉から、つい絢爛な様子を思い浮かべていたが、そういうものなのかとふと思わされる。
「あと一つ付け加えるのなら、サプライズパーティなんていうのはどう?」
「さぷらいずぱーてぃ……?」
「そらからくんにはなにも知らせずにパーティの準備をするの。それで、なにも知らないそらからくんをパーティ会場まで連れて行って、びっくりさせるの」
「空々部隊長がびっくりするでしょうか」
「うっ……確かにそらからくんは、驚いたりはしないか」
でも、と鋼矢。
「びっくりしなくても、記憶には強く残るはず。彼はまだ十三歳……あと少しで十四歳。せめて子供らしい思い出は作ってあげないと」
鋼矢だってまだ子供だというのに。そんな何気ない言葉は口にはできないものだった。
彼女にも彼女なりの矜持があるはずで、それを侵すような真似はできない。
だから『悲恋』はなにも言わずに、ただ頷いた。
「了解しました。では早速明日から準備に取り掛かろうと思いますので、ご協力お願いします」
「ええ。そのときは手袋ちゃんとかんづめちゃんもなんとか説得して連れて行くから」
「ありがとうございます。助かります」
では、と部屋から出て行こうとしたとき、後ろから鋼矢に呼び止められた。
どうしたのだろうと振り返る。
「次に、誰のところに行こうとか、宛はあるのかしら?」
「いえ。まだ未定です」
「そう……確か手袋ちゃんのところにはもう行ったのよね?」
「はい」
「絶和にごく最近に入ってきた人といえば、手袋ちゃんくらいなものだからなあ……絶和の影響をあまり受けていないのは彼女だから、バースデイパーティなんていう日常的な話は、彼女が最適なのだけれど」
「ですが……」
「ううん、別にもう一度聞きにいけばって言いたいわけじゃないのよ。でもまあ、私が適していると判断した理由が異端性だというのなら、そのうえ絶和の影響が少ない人間といえば、地濃さんも候補には上がるんだけれど──って、ああ、ちょっと待って──!」
4
「なるほどなるほど。それで私のところにやってきたというのですね? 順番としては四番打者というわけです、確実性を求めるのなら確かに私が適任でしょう!」
と、地濃は自身ありげに胸を張った。
今でこそあのフリフリとしていてスカート部分なんかは広がりに広がっている、体が大きく見えるような構造になっている魔法少女の衣装は着ていないものの、しかし地濃の態度は相変わらず尊大なものだった。
「協力感謝します」
「いえいえ、同じ部署の仲間じゃないですか! その代わり、私の誕生日パーティもお願いしますよ!」
「検討しておきます」
「プレゼントはなんでもいいですよ! なるべく私が好きそうなものを選んでくださいねっ」
このままだと地濃の誕生日のプランニングを組むことになりそうだと危惧し、素早く本題に入った。
5
「ほんで、うちらんとこ来たゆうことか。なんじゃ、地濃のあとっちゅうんが、イラッとするのう」
「まあいいじゃないの。ところで、地濃さんからなにか情報は得られたの?」
「寿司の出前は松を選んだ方がいいと言われました。七面鳥や、ピザや菓子類なども。ドリンクは必須とのことです」
「えらい俗物的やのう。地濃のやつが食いたいだけとちゃうか」
「まー、誕生日会っていうのなら、それくらいのご馳走は悪くないのかもしれないけれどねー」
訪れたのは、好藤の部屋だった。
天才ズの動向については詳しく知らないので、ひとまず部屋に行ってみたところ、運良くそこに灯籠木も居合わせた形だった。
虎杖浜の姿は見当たらないが、彼女は彼女で仕事中なのだろうと推察する。天才ズの中で一番真面目なのは(というより、サボらないのは)彼女だ。
「まあでも、だいたいそれでええんとちゃうんか? あとはほら、プレゼントやき。重要じゃけん、プレゼントは」
「プレゼント、ですか……それが、良いものが見つからないのです。氷上副隊長のリストを参考にしようと最初は考えていたのですが、よくよく考えてみればそれは、既に一度隊長に与えられているものですから」
「確かにな」
「ですから、どうしたものかと思い悩んでいるのです」
すると、意気揚々と灯籠木が提言する。
「そこで私たちの出番ってわけだねー」
「ま、もろとる給料の分は働くきに」
「助かります」
下は敵ではあったが、手強い敵である分、味方となったときの心強さは大きなものだった。
「確かにプレゼントっちゅうんは、難しいやろな」
「彼がものを貰って喜ぶっていうのも、あまり想像できないしねー」
「そうなんです。空々部隊長が好きなもの、ときいて、思い浮かぶものもありません。以前されていた野球も、されてはいないようですし」
単純に、野球はチームで行う競技で、チームメイトがいない空々は練習する意味を失ったということなのかもしれないが、しかし幼い頃からずっと続けていた野球を空々がしなくなったのは確かなことだった。
てっきり長い時間考えるものだと思っていたから、『悲恋』は長丁場を覚悟していたのだが、しかし大して考える素振りもなく好藤が言った。
「ほな、プレゼントっちゅう考えは捨てた方がええな」
「? どういうことでしょうか?」
「プレゼントが難しいならプレゼントは辞めっちゅうことじゃ。ま、ようさん考えたらいくつか案も浮かぶやろうけど、他のことで勝負したほうが早いし、なによりそっちが確実じゃけえ」
「なるほど……確かにそうです。プレゼントはひとまず置いておいて、また後で考えましょう」
「そうなると、代わりに何をするかってことになるけどー」
代わりと、一口に言っても難しいものがあるのだろう。かくもの天才も、誰かを喜ばせるならまだしも、そうでない祝い方の経験がないからだろうか、苦戦を強いられているようだ。
「サプライズパーティするんやったら、いっそ目隠ししたまま連れ去るとかどうじゃ」
「ただの誘拐だよ、それー」
そんな会話がいくつか重なって、その途中で、灯籠木が出した代替案に『悲恋』が反応を示した。
「ケーキを作るなんていうのはどうかなー」
「ケーキですか」
「うん。やっぱり手料理って、男の子の憧れだからねー」
「ほんまか? おまえの偏見が混ざっちょるやろ」
「ま、ケーキは買っても良いと思うけどねー。あくまで参考ねー」
「……少し、考えてみます」
6
「ま、また来たんですか……」
怯えたふうに肩を竦めて、手袋は後ろに下がった。
色んな人のところへ回っている間に、かんづめは眠ってしまったようで、ここには手袋しか頼りになる人はいない。
そのことに気付いた手袋は、露骨に嫌そうな顔で『悲恋』を出迎えた。
「今度は、質問に来たんです」
この様子だと、まだ鋼矢からなにも聞かされていないのだろう。ただどうやら手袋と鋼矢は仲が良いらしいので、手伝い云々の話は鋼矢に任せようと、自分の目的だけを言葉に乗せた。
「空々部隊長は、喜んでくれると思いますか?」
「……え? どういうこと?」
単純に理解していない様子だった。
空々と、喜ぶという単語がうまく結びつけられていないのだろう。話の文脈から意味を察するのに随分と時間を要していた。
ようやく理解できたのか、ただそれでも不審そうな顔は変わらずに(むしろ深まったと言ってもいい)、手袋は答えを返す。
「……あの人が、喜んでくれるかどうかを悩んでいるなら、あまり気にしないほうがいいと思う……」
「気にしないほうがいい……」
「あの人には真心は伝わらないだろうし、プレゼントを送ったところ喜ばないと思うけれど……でも、あの人は、『悲恋』さんの頑張りを認めることができる人だと思う」
「そうでしょうか」
『悲恋』は手袋の目を見つめて訊ねる。
手袋は少し狼狽えた様子を見せたが、それでも続けた。
「あの人は誰よりも人であろうとしているから、だからあなたのそんな頑張りを、人一倍敏感に感じとることができると思うの。……褒めたりとか、そんな気遣いはしないだろうけど」
でも、と。
「認めてくれるはず」
認める。認められる。
それは喜びとはまた違う意味なのだろう。少なくとも、喜怒哀楽といった感情に分類されるものではない。
けれど、それは素晴らしい響きのように聞こえた。
7
「空々部隊長の誕生日を祝いまして、乾杯!」
クラッカーを鳴らし、音頭を取ったのは氷上だった。『今日の主役』と書かれた襷を肩にかけている空々の不自然さといったら他にないが、それ以上に、どこか浮かれた様子の氷上が、このバースデイパーティのぎこちなさの要因となっていた。
「なんじゃ……あいつ、妙に浮かれとるの」
「やけになってるのよ。自分が誘われていなかったって、知っちゃったものだから」
確かに氷上はいつもに増して三割り増しほどテンションが高く、傍目から見ても異様であった。
「ちなみに私の誕生日は秘密です。二十代とだけお伝えしておきましょうか」
なんていうことを言い出す始末である。誰も聞いていないのに。
バースデイパーティ自体は比較的簡素なものになった。飾りつけというのも、百均で買ってきたテープを軽く窓のあたりに下げてみたり、色紙で文字を作ったりしたくらいで決して華やかなものではなかったし、食べ物だってそこらのチェーン店で買ってきたものを並べているだけだ。ケーキだけはそれとは異なるが、しかし高級品でもない。
だけれども、そんな質素さこそが日常だというのなら、非日常を生きる空々たちにとっては十分特別な空間だっただろう。
結局、悲恋は、自らの手でバースデイケーキを作ることを選んだ。
慣れない器具を手に取り、慣れないことをした。
あくまでも彼女は兵器であり、空々は彼女の上官だ。
死と隣合わせの彼らにとって、こんな馴れ合いは本来不要なのだろう。
だけれども『悲恋』は祝いたいと思った。
幼き少年兵の誕生日を、せめて彼の休息として。
そんな気持ちは、呪いのようなものだろうか。
(私の中にいる誰かが、こうすることを強く願っているのでしょうか……いいえ。たとえこの気持ちが他人のものだとしても、これはなんとも尊くて、何事にも変えがたい温もりです)
視界に映るのは、笑顔を浮かべようとぎこちない表情をする空々だ。
喜んでいるのか、迷惑に思っているのか、まったく判断がつかないけれど、それは確かに空々らしい表情だ。
話しかけてみようと、悲恋は空々に近づいた。
(どうしたものかな……うまく喜ぶことができそうにない)
空々は、ぎこちない表情の奥で困惑していた。
去年までは、自分が何事にも感動しないということを知らない人たちに囲まれていたから、誕生日会だって演技をして乗り越えていたというのに……今空々は、空々の本質をよく知っている人たちに囲まれてしまっていた。
嬉しがる様子なんて、そんなの嘘だってすぐにバレてしまう環境に彼は放り込まれていたのだ。
なにかリアクションを見せなければならないと思いはすれども、どういう反応を見せればいいのかが空々には分からなかった。だってリアクションをとるということは、空々にとっては嘘をつくのと同じなのだ。それはなんだか躊躇われるものだった。
でもだからって、無表情でいることはいいことではないだろう。
「上官。少しよろしいですか」
「ん。なんだい『悲恋』」
「楽しんでいただけているか、様子を窺いにきました」
直球だなと思いながら、空々は「楽しいよ」と返した。
嘘ではなかったが、しかしほんのり罪悪感を感じてしまったのはなぜだろう。『悲恋』はその言葉を疑わず、素直に受け取っていた。
「喜んでいただけてなによりです、上官。……ご馳走もたくさん用意しましたから、今夜はたらふく食べて、ゆっくり休んでください」
「ああ……そうだね。そうするよ、『悲恋』」
抑揚のない感謝の言葉に、『悲恋』は軽く頷いてみせた。
空々と同じように、彼女はただ機械的に動かされていた。
「あの……その、一ついいですか」
「? 構わないけど」
悲恋は目を合わそうとせず、飲みもしないジュースを選ぶ素振りをしながら言った。なんだか気まずそうだった。
「プレゼントを用意しようと思っていたのですが、ついぞ最後まで何が良いのか選びきれず……用意できていません。申し訳ありません」
「いや……いいよ、そんな。こうやって誕生日会を開いてもらっただけでも、十分だよ」
変に気を使い合うような真似はよくないのだろうが(特に機械相手には不要とも言える)。
ただ、こう。
思ったよりも、空々は誰からも距離を置かれていないような気がした。笑顔でなくとも、喜んだ素振りを見せずとも、いつも通りの距離感でみんなは祝ってくれていた。
どうしてだろう、自分はこんなにも祝われる立場としては不似合いだというのに──でも、そこで空々は気がついた。
自分が喜んでいなくっても、ただ黙っていても、誰もそれを不思議なことだと思っていないことに。違和感なんて感じていないことに。
『悲恋』は空々の誕生日を祝うために苦難し、特にプレゼント選びに関してはついぞ答えが出せなかった。
だが、しかし空々は確かに『悲恋』からあるものを受け取っていた。
気付きを得ていた。
空々は、今になってようやく、演技をする必要はないのだと理解できた。
第九機動室にいたときだって演技はしてこなかったが、しかしそれとは違う。あのときの空々には仲間と呼べる者は誰一人いなかったことだろう。
だが、ここにはありのままの自分を認めてくれる仲間が大勢いる。演技などせずとも、普通に接してくれる。
そんな場所は、一般的な日常を送っていた頃の彼にとってはどうしても手に入らないものだっただろう。
三者三様、変人奇人が集まるこの空挺部隊は、空々空という一人の英雄にとって唯一の居場所だったのだ。
誰にも理解されなくていい。
誰にも共感されなくていい。
空々空が誰かと共に生きていくために自分を偽ることは、既に必要でなくなっていた。
彼は彼として生きていていいのだと、ふと、憑物が落ちたような気持ちになれた。
「……ありがとう、『悲恋』。今日は本当に楽しかったよ」
会も終わりの頃に、空々はそんなことを『悲恋』に告げた。
楽しかったと、言葉にして言うのはこれで二度目だったが、しかし二度目のこれは一度目の「ありがとう」とまるで意味が異なるものである。
「上官に喜んでいただけてなによりです。……隊員のみなさんの助力あってのものですから、彼らには感謝の一言に尽きます」
「そう……」
会話は長くは続かない。
お互いに趣味もないからか、盛り上がるような共通の話題もなく、強いていうなら業務的な会話が二人には精一杯だった。
ただそんなやり取りが、二人にとっての日常だった。
不器用ながらも、一人の少年と一機の爆弾は、今日を生きている。
・この話を書いていて思ったんですけれど、空々くんって地撲に入ってなかったらどうなってたんだろうなって。
花屋とかの第九機動室のほとんどは死ななかったろうし、剣藤さんはあのままだったろうし。四国は跡形なく吹っ飛んでただろうし。
でも、少なくとも空々は一般で言うところの普通の日常とやらが送れて、野球も続けて、それが幸せなんだって思う生き方をするんじゃないかなあ。
まあ、地撲に入ったからってそれが幸せとも限りませんけど。何回か死にかけてますし。でも、結果的に幸せ? になってるのかな。結婚もしてましたし。
ps.そういえば、前回空々くんと剣藤さんの食事シーンを書いた話を投稿してからちょうど一年が経つみたいですね。本当に偶然で、「そういえば去年の今頃に投稿したんだよなあ」って思って見てみたら同じでした(びっくり)。